エールがハニワ平原に向かって歩いて行くと少し遠い場所に島が浮かんでいるのが見えてきた。
あの浮遊大陸が目的地のハニワの里。ランス城ほど高い場所にはないもののそれなりに大きな島がまるごと浮いているという不思議な光景はやはりワクワクとするものだった。
しかしハニワ平原に入るとすぐにエールが驚きの表情を浮かべる。
あちこちに大きなクレーターが出来ていて地面が抉りとられたようにボコボコになっている、酷い有様だった。
「魔法レベル3といえど、これは凄まじいですね……」
アニスが魔法を打ち込みまくったとは聞いていたが、これだけ遠慮なく地形が変わっているのを見るとエールも日光も戦慄を覚えずにはいられない。怪我人達がアニスが来たというだけで怯え逃げようとしていた理由も分かるというものだった。
穴だらけのハニワ平原を注意深く進むとそこは人間と仲良く出来ないはみ出し者の乱暴者である野良ハニーが多数闊歩していた。
ハニワ平原はゼスで危険とみなされたハニー達が隔離されている場所でもある。エールが見たことなかった目つきの悪い凶悪ハニーもいて、地面をボコボコにされたのをものすごく怒っているのかエールを見るなり襲い掛かってきた。
魔法が効かないのは厄介であるが、エールは必殺のハニワ叩きを唸らせながら立ち塞がる野良ハニーをパリンパリンと叩き割りながら順調に進んでいった。
これでは一般人はとても来られないだろう。
そうして浮遊大陸の下まで進んでいくと今度はハニーの集団がわさわさとたむろしているのが見える。
スーパーハニーを筆頭に、ブラックハニーやダブルハニーなども混ざっていて相手にするにはかなり危険そうだ。
「女の子だー、はにほー」
「はにほー!」
しかし野良ハニーと違ってエールに襲い掛かってくることはなくむしろ親しげに挨拶をしながら近付いてきた。
エールもつられてはにほーと挨拶をする。
「女の子がこんなところに一人だと危ないよー」
エールはその親切な言葉に驚きつつも自分はハニワの里を目指している、と伝える。
「何の用で行くの?」
ゼスの使者といえば追い返されると聞いていたので、エールは冷静に温泉に入りたくて来たと伝えた。
温泉には帰りに入る予定なので嘘ではない。
「そうなんだ! こんなところまでよく来てくれたね。あとちょっとでハニワの里に着くから頑張って」
エールが女一人だったからなのか、ハニー達は疑いもせずに歓迎ムードで道を開ける。
「あっ、キミ。ハニワの里には青のハーモニカ無いとは入れないよ。 良かったらボクの貸そうか? 吹いた後返して貰うけど、洗わなくていいからねー」
自前のがあると言うとそのハニーは肩を落とした。
「待った!」
歩き出そうとしたエールを一人のブラックハニーが呼び止めた。
「一人で来たとか君ちょっと強すぎない? 怪しいぞー!」
中々鋭いハニーである、とエールは思った。
「お前何者だー! ここに女の子一人とかすごく危ないんだぞ! 捕まってブルマとか履かされたらどうするんだ!」
疑っているのか、心配してくれてるのか。
エールは少し考えて自分は世界中を冒険していて危険な所を回ることもあるから強いんです、と荷物から一冊の観光雑誌を取り出して見せながら答える。
「そ、それはハニー観光名所特集号!」
表紙にはハニワCITYの絶景温泉やハニー造幣局の桜の通り抜け、はにわ教本部ハニワ神殿等、世界各地のハニーにまつわる観光名所の名が書かれている。さらにハニーキングへのインタビューも掲載されているらしく、右下には協力:はにわ教(信者募集中)と記載がされている。
「わー、それハニーの間でプレミアついてる雑誌なんだよね。発行部数が少ないから」
エールはただウルザから渡されたもので中身を全く読んでいなかったのだが、今更ながらかなり気になる雑誌である。
時間がある時に読んでみよう。
「なるほど、それを見て来たんだ! ようこそ、ハニワCITYへ!」
「お前、せっかく観光に来てくれたお客さんに失礼なことをー!」
「言ってみたかったんだよー!」
引き止めたブラックハニーが周りのハニーに叩かれている。
申し訳ない事をしたと心の中で手を合わせつつも上手く誤魔化せたエールは、ここで何をしているのかを尋ねてみた。
「僕等は王様に言われてここにくるゼスの人達を――」
「わー、バカ! これは極秘任務なんだぞ!」
「ボクらはここで軍隊ごっこして遊んでるだけなんだ! 本当だよ! 」
極秘任務とやらを詳しく聞かせて欲しいと詰め寄ったエールに
「ハーモニカ吹くとこまで案内するからこっち来てー!」
ハニーはエールの手を引っ張っていった。
「ねーねー! ボクのハーモニカ使ってー」
そう言ってハーモニカをはぁはぁと興奮しながらぐいぐいと押し付けようとしてくるハニーを叩き割り、エールはさっと青のハーモニカを取り出しおもむろに吹き始めた。
ボコボコのクレーターだらけで野良ハニーの破片も散乱しているハニワ平原に、優しい音色が響き渡る。
エールは師匠のサチコからハーモニカを少しだけ教わったことがある。
一曲演奏できるぐらいの腕しかないがその姿は中々サマになっており、ハニー軍団もじっとその音色を聞いていた。
母が外に仕事に行っている間、寂しがっていた自分を慰める様に優しい音色を聞かせてくれたサチコを思い出しながらエールは一曲奏で終わった。ハニー達が拍手をしてくれているのを見て、エールがご清聴ありがとうございましたとばかりに頭を下げた。
…そうすると足元の地面がぐらぐらと揺れはじめた。
「いってらっしゃーい!」
エールが慌ててバランスを取ると、ふわりと地面が浮かび上がりぐんぐんと地面と手を振るハニー軍団が遠くなっていく。
「全然、疑われませんでしたね」
日光が小さくつぶやいた。
エレベーターを上がったエールを"ようこそハニワCITYへ"と書かれたアーチが出迎えた。
………
エールが振り向くと地面ははるか下、外から見たときより大分高い場所に上ってきたと感じた。
浮遊大陸から見るゼスの地はかなり眺めが良く、遠くに日曜の塔か弾倉の塔か、ゼス王宮を囲んでいる塔がそびえ立っているのがうっすらと見える。
「あら、人間さんなんて珍しい。 ようこそ、ハニワCITYへ」
エールが眺めを楽しんでいると通りすがりのハニ子が気さくに挨拶をしてきた。
ハニワCITYではたくさんの一般ハニーがのんびりと暮らしているようで仲良く遊びまわっているハニーや買い物袋を抱えたハニ子などが行き来している。
「観光でいらしたのかしら? 落ちないようにして下さいね。 観光地化されてますがいまだに落ちてしまう方が絶えなくて」
ハニーインザスカイでもそうだったがなんでそんな危ない所に暮らすのか。ハニーは高いところが好きなんだろうかと苦笑しつつエールは気を付けます、と礼を言った。
「そこに詳しい案内図がありますよ。」
ハニ子が指さした方を見ると名物の温泉はこちらと書かれた大きな案内看板の他ハニワCITYの案内図が壁に賭けられている。
エールがそれを眺めると地図の他、各種施設や設備の料金が書かれていた。
備え付けられている望遠鏡は一回5G、名物のハニワの里温泉は男湯が50G、女湯が10G、ハニ子と眼鏡っ子は無料と料金設定にだいぶ差がついているのが気になるところである。
他にも宿泊施設などもあるようだ。ふと見ると全部混浴に戻せーと小さく落書きがしてあった。
「せっかく観光地化で色々とやってるんですが人間さんはなかなか来ないんですよね。 ぜひともごゆっくりなさってね」
ハニ子はそう言って去って行った。人間が来るのが珍しいのか、ちらちらとエールの方を見ているハニーがいる。
凶悪ハニーまでいるハニワ平原を抜けるのは一般人には無理だ、冒険者ですら気軽に来れる場所ではないだろう。
観光事業はうまくいっていないというのはエールでも分かる事だった。
「目的のハニー城は地図を見るまでもありませんね。迷いようもないので助かります」
日光が話す通り地図を見なくてもCITYの方を見ればエールの目的地である城がドーンと存在感を放っている。
エールがそうしているとまた別な真面目そうなハニーに話しかけられた。
「すいませんがそこの人。ここに来るまでに行商と会わなかったかい?」
エールは首を横に振った。
「うちのはに飯の材料が中々届かなくってね。在庫はまだあるが途中で盗賊にでもあったかと心配していたところなんだ」
「こっちも文通相手からの手紙が届かないんだよ。配達員さんが中々来なくてさ」
「いつの間にかハニワ平原が酷い事になってるし、何があったんだろうなあ」
ゼス王国でハニワを捕まえ始めた効果が少し出ているようである。
エールはハニワCITYを小走りで駆けていく。
さっさとスシヌに会って温泉を楽しみたいところだった。エールも眼鏡をかければ二人で無料で入れるはずである。
………
ハニー城に向かっている最中の事である。
「サテラさん、ちょっとお買い物に行ってきますね」
「ついでに情報屋が来てないか見に行ってくれ。 …まったくなんでハニーどもはこうのんびりとしすぎてるんだ。リズナ、またハニーをぞろぞろと連れて来るんじゃないぞ」
「あはは……なんかみんなついてきちゃって」
どこかで聞き覚えのある声と名前が聞こえた。
「エールさん、今の声は……!」
日光の言葉にエールも思わず立ち止まり、その声のした方へと方向をかえた。
エールはこっそり覗くつもりだったが、その人物と目が合った。
「え……?」
お久し振りです、とエールは意を決して声をかけた。
「あらまぁ、お久し振りです。お名前はエールちゃんだったかしら。スシヌちゃんの妹の」
長い金髪に圧巻の巨乳、そしてやたらとエロい雰囲気の目を閉じた美女。
目の前に居るのは元魔人のリズナであった。
同じく元魔人であるサテラの声も聞こえたが、二人でこんなところでなにをしているのだろうか。
「なんだ? どうしたリズナ… ってお前は!?」
驚いた声をあげたリズナに、サテラも顔を出した。もちろん後ろにはシーザーが控えている。
「こ、こんなところまで追手が!?」
慌てるサテラにエールが首を横に振った。
「リズナさんはもちろん、サテラさんも元魔人というだけ。私が戦う相手ではありません」
日光が冷静に声をかける。
「そ、そうか。 いや、どうだかな。 人間はサテラ達を見るとすぐ襲い掛かってくる」
エールはその言葉で大体の察しがついた。
サテラ達はすでに魔人ではないが、長年積み重ねられてきた魔人に対する人間の恨みは相当なもの。特にサテラは魔王の愛人として人を攫っていたのだ。恨みを持った人間につけ狙われているのだろう。
「ぐっ… そ、それはお前らだって悪いんだ!」
そういえばあの時はひんひん言わせられなかったな、とエールはサテラをじっと見つめた。
「なんだ、その目は! いや、人間のガキ相手に怒ってもしょうがない。 そうだお前、あの後あいつと…ランスと会わなかったか?」
エールは首を横に振った。
魔王城で別れて以来、ランスを探しているようだ。
「ふん、役に立たない。 全くサテラがこんなところで情報を待つしかないなんて……」
そういえばサテラはけっこうアクティブに動く方だったはずだ。
「それは私達に無敵結界が無くなったからですね……人の世界に私達がいるのは危険なんですよ、色々と」
エールはサテラを叩いた。
ポカッと小気味良い音した。
「いてっ! な、なにをするんだ貴様!」
やっぱり無敵結界は無くなったままなんですね、とエールが言った。
「お前、前もサテラを叩いたろう!」
「サテラ様ニナニヲスル!」
エールはサテラとシーザー凄まれたが全く怯まなかった。
「サテラは誇り高き魔人だぞ! サテラをバカにするとどうなるか――」
もう魔人じゃない、とエールが言葉を遮った。
「うぐっ…」
言葉に詰まったのを見て、エールは内心舌を出していた。
サテラには出会いがしらに殺されかけ、日光は折られ、リセットが攫われたことがあった。少しぐらい仕返ししてやりたい気持ちがある。
「サテラさん、エールさん落ち着いてください」
そんな二人の間にリズナが割って入る。
「それで、私達がここにいる理由なんですが、ここには私が昔世話になった方がいまして匿まわれ―…いえ、会いに来ているんですよ」
「サテラはそのお守りをしている。 先輩として後輩についてきてやったんだ」
意外に面倒見がいいのか、とエールはサテラをちらりと見る。
ふふんと得意げにしているが実際はリズナの方がサテラをお守りしているんだろうなとエールには分かった。
「私達が世界を歩き回ると危ないので、情報屋ハニーさんにランスさんがどこにいるか探して貰っていたんですが、何故か戻りがすごく遅くて心配してるんです」
「ハニーどもはのんびりしすぎだ。 こんなに待たされるとは思っていなかったぞ」
エールはそれに心当たりがある。
ゼス王国では捕まえられたハニーの中にその情報屋ハニーがいたのだろう。
「お前はサテラ達を追って来たんじゃないならこんなところに何をしに来たんだ?」
エールがなんといえば良いか少し言葉に詰まっていると
「お姉さんに会いに来たんでしょう? スシヌちゃんならハニー城にいますよ」
リズナが笑顔を浮かべてそう言った。リズナはここでスシヌと会ったことがあるようだ。
エールは大きく頷いた。
「スシヌって誰だ?」
「エールちゃんのお姉さんでゼス王国のお姫様ですよ。ハニーの親善大使をやっているって話したじゃないですか…」
「ああ、リズナがたまに遊びに行ってるんだったな。 ハニーなんか相手にして楽しいのか? 物好きな奴」
ハニーと遊ぶのは楽しい、とエールは長田君を思い浮かべつつ口を尖らせて言った。
「サテラさんだって景勝の子に囲まれて楽しそうに遊んでくれてるじゃないですか」
「そ、そんなことはないぞ! シーザーが気になるっていうからちょっと相手してやってるだけだ」
エールの中でサテラの好感度が少し上がった。
「そうだ、エールちゃん。私が世話になってる景勝と会ってくれませんか?」
景勝というのはハニワCITYに家庭を持つぷちハニーであるらしい。
「景勝は私が魔人だった時から本当に心配してくれていて……私を魔王や魔人から解放してくれた皆さんにお礼を言いたいって話していたんですよ。スシヌちゃんには会いに行ったんですけど、リーダーはエールちゃんだから言われていて」
エールは少し悩んだが後で寄るので先に姉に会ってきます、と答えた。
「ふふ、分かりました。 スシヌちゃんやハニーキング様にもよろしくね、また行きますと伝えて下さい」
エールは軽く手を振って再度ハニー城へ走っていった。
………
ハニーの城にたどり着き、門を開けようと手をかけた時、門番ハニーがすっと現れた。
「こら! いきなり開けようとするなんて無礼ものめ!」
「ここは人間は立ち入り禁止。 用があるならここで聞くぞー」
門番ハニー達に咎められたエールはスッと長田君から貰った眼鏡をかける。
そしてハニーキング様に重要な用事があって会いに来た、と話した。
「むむっ、眼鏡っこだったの?」
「重要な用事? なら王様も会うよね。 門開けるからついて来てー」
眼鏡をかけただけで通してもらえる甘いセキュリティに驚きだが、長田君に感謝しつつエールはハニー城に入った。
内部は豪華な内装に似合わずハニー達がはしゃぎまわっていた。
「おっ、新しいめがねっこ?」
「でも可哀相な雰囲気がないからキングの好みじゃなさそう」
「可愛いけどスシヌほどじゃないね」
好き勝手言われながらエールは謁見室らしき室内に案内された。
「王様、お客さん連れてきました。 王様に重要な用事があるらしいですー」
エールが少し緊張しながら足を踏み入れる。
「ふっふっふ。 よく来たね」
たくさんのハニーとハニ子に囲まれた大きな玉座。
その上にどーんと座っている全身からオーラを溢れださせる王冠とマントを身に着けた真っ白で大きなハニー。
ハニーインザスカイで会って以来のハニーキングである。
そしてその脇に赤いアンダーリムの眼鏡に白いヘアバンド、ゼス応用学校の学生服を身に着けた少女がいる。
「え……? うそ……? ど、どうして――」
目を見開き信じられないものを見てるような表情で杖を持った手を震わせている。
スシヌ!とエールがその名前を呼び駆け寄ると、その少女…ゼス王国王女でありエールの大事な姉の一人であるスシヌもエールに走り寄る。
「エ、エールちゃ……!」
エールとスシヌの二人はぎゅっと抱き合った。
たくさんのハニーが見守り、一部のハニーが興奮している中。
姉妹は再会をはたした。
※受け継がれたハーモニカ演奏 コルドバ→サチコ→エール