リーザスの歩き方
リーザス首都に到着。
世界一恵まれた土壌と交易路を持つ経済大国だけあって、首都は整備が行き届いており綺麗な街並みが広がる。
行き交う人々も活気があって生き生きとしているのが分かる。
「いやー、前来た時も思ったけどホント大都会だよなー」
テンション高めの長田君にエールは頷いた。
前回来たときは城以外の場所には全くいけなかったので町を見て回るだけでも楽しそうだ。
「エール、あんまキョロキョロすんなよな。田舎者だと思われっぞ。カジノやコロシアムに行きてーけど、まずは道具屋探そうぜ。買い出しは冒険の基本中の基本!」
長田君がそう言って今にもふらふらと歩きだしそうなエールの手を引っぱっていく。
珍しいものが売っているお店や綺麗な建物、長田君と町を歩いているだけでもエールは楽しいと思えた。
町中には見慣れないものがいっぱいあった。
レベル屋と書かれた見慣れない看板の前にはけっこうな人々が並んでいるのが見える。
「ああ、エールは専属のレベル神いるから全く縁がない場所だよな。普通の人はああいうレベル屋やってる人に頼まないとレベル上げてもらえねーんだぞ。俺等ハニーは勝手に上がってくんだけどな」
前の冒険ではエールのレベル神がパーティ全員のレベル上げをしてくれていたのもあって、そういったお店があることすら知らなかった。
長田君が勝手にレベルアップするというのはモンスターだからだろう。長田君はモンスター扱いされるのが好きじゃないようだが…
さらに歩いていくと公園の奥に一際目を引く大きな赤い屋根の建物が見える。
「あれはパリス学園ってあるから学校だな。確か金持ちしか入れない、いわゆるお嬢様学校ってやつ? 花園ってやつだなぁ」
エールは知識も技術も母や近所に住んでいる人たちに教わったので学校というのが良くわからない。
そういえば姉のスシヌは学生だったな、ゼスで会えたらどんなものなのか聞いてみよう。
そうやって楽しく歩き回っているうちに道具屋、看板に「海の家バルチック」と書いてある店までやってきた。
「いらっしゃーい。世色癌がセール中だよー」
中に入ると可愛い雰囲気の金髪のなぜか水着を着たお姉さん……店員ではなく店のオーナーだというパティが愛想よく接客してくれた。さらに同じく金髪のきつい感じがするお姉さんが店内を掃除しているのも見えた、こちらは愛想はないがパティの姉であるらしく姉妹で店をやっているらしい。
プールや謎の手書き太陽なんだか変わった内装だがさすがリーザスにあるだけあって品揃えはとても良かった。
世色癌がセール中と言う割には全く安くは見えないが、長田君はいくつか買っているようだ。水着のお姉さんにすすめられては断れなかったのだろうか。
「ちがうって! いや、ちょっとはそれもあるかもしれないけど! 神魔法の使い手が減ったせいで世色癌は冒険者どころか一般的に常備しておくのが当たり前のアイテムなんだぞ!」
長田君が言うにはおかげで世色癌を作っているハピネス製薬はここ数年、大変な好景気なんだとか。
そんなことを全く知らなかったのはエールの周りがAL関係者だらけで、ヒーリングぐらいは当たり前のように使えるからだろう。
エール自身も使えるし、母であるクルックーはAL教の法王なので神魔法Lv3、回復の雨まで使える世界でトップであろうヒーラーである。
「要らないかもしれないけどとりあえずエールも一個ぐらい持っておけよ。マヨネーズも欲しいけど高いなー、こっちはちょっと無理」
そんなことを言いながら世色癌と竜角惨のセットをエールの鞄に突っ込んでいた。
さらに他に食料を買おうとするが、既にお金がほとんど無くなってしまった。
とりあえずお金を稼がなくてはどうにもならないので、こういう時はレイの冒険者ギルドで仕事を貰うんだっけ?とエールが少しワクワクしながら長田君に尋ねる。
「仕事もいいけどさ。せっかくエール強いんだしリーザスのコロシアムに出場とかどうよ? そこで楽して一攫千金じゃね?」
なんでも参加者は賭けることは出来ないらしいが勝利するごとに賞金が入り、さらにランキング一位になると豪華なアイテムがもらえるらしい。
長田君がパンフレットらしきものを手に持ってエールに説明する。
「俺は有り金ぜーんぶエールに賭けるからな。なんたってエールはあの闘神大会の優勝者だからヨユーっしょ? エールは見た目弱そうだし賭けの倍率も良さそうだし……そうだ! 一方的にボコすのはやめてちょっと接戦を演じてくれりゃもっと……」
エールはあの時よりちょっとレベル下がってるのだが大丈夫だろうか、と心配しつつも日光を軽く振り回しながらはやくもやる気になっていた。
「そーそー。コロシアム出る前にリーザス城行って先にザンスとかに挨拶しに行こうぜ」
地図を見るとちょうど王立コロシアムはリーザス城のすぐ横である。元々、兄弟に会いに行くのは冒険の目的の一つでありエールは大きく頷いた。
そういえばリーザスの王子の妹って言えばお城で無料で色々と備品や食料分けてもらえたんじゃないか、とエールが言うと
「お前、もっとはやく言えよー!」
長田君はエールをぺしぺしと叩いた。
………
そんなことを話しながらエールと長田君がコロシアムのあるリーザス城敷地へ入ろうした。
「ちょっと待つんだ、お嬢さん、とハニーか? リーザス城の敷地に入るならまず通行手形を見せてくれ」
エール達は門番に止められてしまった。
前はリセットが先頭に立ってくれて城まで顔パスだったために気が付かなかったが、ここを通るには通行手形というものが必要であるらしい。
長田君も知らなかったようで焦っている。
中は王立のカジノやコロシアム、そしてリーザス城があり、貴族の人たちも利用するという事でそういった警備は厳重であるのは当然のことだった。
「ちょ、ちょっと待って。こいつ、この国の王子の妹なんすよー!」
長田君に続き、エールも自分はザンスの妹です、と言ったが妙なハニーとそれを連れた少女がいきなりそんなことを言いはじめたことに門番は不審な顔をするだけである。
「冗談言っていないではやく帰りなさい」
明らかに馬鹿にしたように言われたエールは少しむっとした。
コロシアムの期待へ溜めた闘志が空回りしていたのもあって、門番を倒して無理矢理通るという選択肢が真っ先に頭に浮かびあがり、すっと日光を抜こうとした。
「お前、何か物騒なこと考えてない!?」
長田君がそれに気が付き全力で止めた。
そこでエールはぱっと名案を思いついたとばかりに、自身の証明として魔人を倒せる聖刀・日光を門番の目の前に突き出して見せてみた。
「エールさん?」
「おっ、確かに喋る刀って超珍しそうだもんな!」
突然、突き出された日光は驚きながらも冷静かつ丁寧に門番に交渉をしはじめる。
「失礼いたします。私は聖刀・日光と呼ばれるもの、こちらは現オーナーのエール・モフスさんです。せめてこの名を知る方へお取次ぎ願えませんか? ここで何もせず追い返したら後日あなたが咎めを受けてしまうと思いますから」
馬鹿にした様子だった門番もその美しい女性の声で語る不思議な刀を見て、急いで城内の人間と連絡をとると言ってくれた。
そして飛ぶように戻ってくると、慌ててエールたちに無礼を詫び頭を下げる。
「も、申し訳ありません。どうぞお通り下さい!」
さらに案内人らしきメイドも連れてきてくれて、敷地内に通して貰うだけでなく城内まで案内してもらえるようだ。
「おー、良かったー!ここまで来て中に入れなかったらどうしようかと思った」
さすが日光さんだ、とエールは感謝した。
「お役に立てたようで何よりです……」
日光はいろいろと行き当たりばったりで行動する二人に呆れや説教の言葉を飲み込んでそう言った。
リーザス城の敷地内にはカジノやコロシアムがある。前に来たときは観光ではなかったので気に留めることもなかったが、ドーム状の建物からは熱気のある声が聞こえる。
「なんかすげー盛り上げってそうじゃね!?」
エールも興奮するように頷きながら、その歓声に導かれるようにコロシアムへ歩いていこうとする二人。
「エールさん、長田君。案内の方が困ってますからちゃんとついて行くように」
そこを日光が窘めた。
その様子は二人の保護者のようで、案内しているメイドはしきりに感謝をしていた。
そのままリーザス城内に入り、綺麗な客間に通されるとさっそく美味しいお茶とお菓子が二人に振舞われた。
「美味いなー、さすがリーザスって感じじゃね?」
手元のカップも薄手で繊細な格調高い作り、お菓子も口に入れた瞬間に分かるほど美味しく高級な物であるのが分かった。
エールと長田君が遠慮なくその菓子を口に放り込んでいると、その場に現れたのはなんとリーザス女王であるリアであった。
「今頃何しに来たのかしら?」
エールがお菓子とお茶のお礼を言ってから近くに来たので挨拶しに来ました、と言うと
「挨拶ねぇ……? ま、そういうことにしてあげる。残念だけどザンスなら遠征に出て今はいないわよ」
そういえば赤の将軍だった、前に来た時もいなかったし仕方がないだろう。
ならばとエールが妹のアーモンドに会えますか、と聞いてみたのだがリアはそれには答えずエールを上から下まで品定めするようにじろじろと見つめる。
「……名前、エールだっけ? あなたって今は若い子が使えなくなってる神魔法使えるのよね。どう、リーザス軍に入らない? リーザスには、落ち目とはいえAL教徒もまだまだ多いし良い布教にもなるでしょ」
ちなみにリア女王の傍らに控える妙齢の女性、マリスも神魔法の使い手であるのだそうだ。
「聖刀・日光のオーナーっていうのも大きいし、レベル神もついてるんだっけ? そのあたりはさっすがダーリンの子よね。今後あなたがムーラテストに出たときにリーザスで全面的に支援してあげるわよ?」
美味しい話でしょ?とばかりに満面の笑みを浮かべてリアが話を続ける。
エールが興味なさそうに首を横に振った。
するとリアは口元は笑みを浮かべつつも視線を鋭くさせる。
「あなたって将来AL教の法王になるんじゃないの? ダーリンの娘とはいえザンスの女の一人になりたいっていうなら最低でも法王ぐらいになってくれないと」
なる気もないです、というとさらに眼が冷たくなったような気がした。表情は穏やかなのだが目が全く笑っておらず、長田君は恐怖と緊張で今にも割れそうになっている。
リア女王は名君で有名な人、さすがのエールも冗談でも膝に座ろうとか頭に物を乗せようかとか一発ギャグをかまそうとは思わせない強いカリスマに空気がピリピリするのを感じる。
「……冒険は楽しい?」
そう聞かれエールは素直に楽しいですと答えると、今度はあからさまにリアの笑顔が消えた。
「ふん……気楽なものよね。他のダーリンの子はみんなそれぞれ国営とか将来があるし自由に冒険なんかできないもの。もしかしてあの法王、ダーリンの気をひこうとして娘にダーリンと同じ冒険とか貝とかそういうのを好きになるように仕込んだとか? 秘密主義なのは知ってたとはいえ法王なんてノーマークだったんだけど、けっこう計算高い女だったわね」
母であるクルックーのことを悪く言われ、エールはむっと頬を膨らませた。
「あのー! 俺達、金欠で困ってるんすけど、なんかできるような仕事とかありませんかねー?」
長田君が明らかに空気が悪くなったのを感じ、エールの袖を引っ張りつつ話を切り替える。
リアはエールの傍らに座っている今まで気にもしてなかっただろう長田君を見つめた。
「あなたにはそのハニーがお似合いよねー」
笑顔で明らかにバカにしてるような雰囲気を感じるが、エールとしては悪い気はしない言葉である。
「仕事……そうね。怪我人の治療と、強いらしいし親衛隊の訓練相手ぐらいなら出来るんじゃない? あと城にしばらく泊まるのを許可してあげる。……ザンスも会いたがってたし」
それだけ言って、さっさと部屋を出て行ってしまった。
残された侍女マリスがリアの代わりに詳しい仕事内容などを説明をしてくれる。
「あのー、俺たちなんかしました?」
「いえ、何もありません。ですがもしランスさまにお会いしたらリーザスにお越しいただければ国を挙げて歓迎いたします、とお伝えください」
父ランスはあれから一度もリーザスに来ていないのだろう。
ちなみに自分が住んでいるトリダシタ村にも来ていない。
「仕事は明日からお願いいたします。そしてリーザス滞在中は城にお部屋をご用意いたしますので何かありましたらメイドへご用命ください」
エールはこくこくと頷いた。
「この方はザンス王子の妹君です。粗相のないように」
控えているメイドにそう伝え、頭を下げるとマリスはリアを追いかけるように足早に部屋を去って行った。
とにかくエールたちは仕事が貰えた上、城に泊めてもらえることになった。
リーザスはご飯も美味しいし、宿代も浮く。
「いや、これってエールの監視なんじゃねーの」
能天気に喜んでいるエールとは対照的に長田君はあまり心は休まらなさそうだと感じた。
「まっいっか。仕事明日からで、まだ休むにはちょっとはやいよな? せっかくだからコロシアムでも見に行こうぜ」
………
コロシアム内に入ると予想よりもかなり広い空間、で人の出場者が激しく争い合い中央の円形の広場とそれを見下ろす形でぐるりと観客席が並んでいる。
「殺せ!殺せー!」
「何やってんだ! 立てーーー!」
外まで聞こえる観客の歓声と怒号が飛び交うそこは熱気と殺気に溢れており、整然としておりハイソなリーザス首都の雰囲気とは良くも悪くも切り離された空間だった。
「うぉ……なんかちょっと怖いな」
その殺気だった様子に長田君は怖気づいたのか、少し肩を震わせている。
闘神都市も同じようなものだったのに、と言うと
「あの時は大勢いたし? あと、こっちの出場者って客もだけど妙に目が血走ってると言うかさー……」
確かに試合を観戦しているとかなり激しくぶつかり合い、お互い大量の血を流し合っているのにギブアップする様子もない。
あ、死んだ。
エールが見つめていたその先で片方の男がぐさっととどめを刺されて絶命しているのが見えた。
「よっしゃー!よくやったぞー!」
「おいおいおい!そっちに賭けてたんだぞ!」
「ふざけんなー!」
観客席では一際大きな歓声と怒号が入り混じる。
見世物として、賭け事として、命のやり取りを見つめる。闘神都市もだったがこれは確かにすごい娯楽なのだろう。
「エール、俺あんなこといったけどやっぱ出るのやめても……」
エールはそういう長田君をおいて受付に行くと、コロシアムに参加したい旨を伝えた。
「コロシアムに出たいなら参加証がないと無理ですよ」
そう言われあっさりと拒否されてしまった。
長田君はほっとしたようだがエールが参加したいのだが参加証とやらどうしたら貰えるのか、と聞くと王様が出場に値するかどうかを見極めて発行していると言う。
「簡単に発行してもらえるようなものではないですし年若いお嬢さんではまず無理かと。そういうのが好きな方も多いですけど……尚更諦めた方がいいかと」
受付嬢がそう言いながらエールを眺めた。
エールは獲物こそ立派ではあるが、まだ少女。小柄で細くて弱そうな見た目である。
屈強な男達も参加しルールも無用のコロシアムに参加をすればどんなひどい目に合うか分からない、それは善意の忠告だった。
エールはそんなことはお構いなしにあとでリア女王に頼んでみよう、と長田君に呟く。
「お前、あんな睨まれた後でよくそういうの頼もうとか思えるな!? 怖いもんとかないわけ?」
魔王に腕を切り落とされかけても、蹴りを入れられても、たとえかなわないと頭でわかっていても命を懸けて立ち向かったこともあるのだ。
今更怖れるものなどあまりないだろう。
リーザス城に戻ってとりあえずメイドさんに貰えるかどうか言ってみよう、とコロシアムから出ようとした帰り際、エールの耳に興味深い話が聞こえてきた。
「この調子でドカンと儲けて、シーウィードに行ってやるぜ」
「そろそろリーザスに来るって噂だな。一晩いくらだっけ? 貴族ぐらいしか使えないけど俺もいつかは――」
貴族の連中も家族に秘密で行っているとか、女性でも満足させてくれるサービスが、等々。ともあれ近々シーウィードがくるらしい。
「へー、シーウィードがくるのか。前は見るだけで割れちゃったけど今度こそ……」
長田君がリベンジに燃えているがそもそもあそこは超高級売春宿、そんなお金があるわけないというと納得しつつも残念そうに肩を落とす。
「エールさん、もし良ければカフェと話がしたいのですが」
カフェ、というのはシーウィードのオーナーの名前である。
理由を聞いてみるとカフェや日光、魔剣カオスにホ・ラガあとリーダーのブリティシュの五人は昔魔王退治の旅に出たことがある仲間だと説明する。
そういえば修行の時にそんな話をしていたような気がした。
日光は魔王の脅威がなくなったことを自ら話がしたいのかもしれない、エールは笑顔で了承した。
もう知っているだろうが、日光と会えば聞けばカフェの方も喜んでくれるだろう。
世界にはまだまだ会いたい人がいる、とエールは笑顔を浮かべた。
※ 2019/03/28 改訂