エールちゃんの冒険   作:RuiCa

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ゼス王宮と将軍

 エール達は王宮にある豪華な応接室でもてなされていた。

 

 スシヌとパセリはマジック達に詳しい事情の説明中である。

「今頃パセリさん、めちゃくちゃ怒られてんだろうなぁ」

「あの悪霊ババアがスシヌ騙して連れてったのがそもそも発端なんだから当然だろ。さっさと浄化しちまえばいいんだ」

 スシヌが悲しむから出来ない、エールは首を振った。

 相手がハニーキングであることを考えれば軽率ではあったものの、パセリもスシヌを思ってしたことである。実際にスシヌは自信をつけ魔法制御も上手く出来るようになったのだから責めきれない、おそらくマジックもそう結論づけるだろう。

「そういやウズメは?」

「ウズメは金ピカババアに連れてかれてったぞ。ゼスの情報をうちに持ってきたのあいつだって話しやがったからな。リーザスの情報網だってことにしとけって言ったのによ」

 ウズメの母親はリーザスに仕えているわけじゃないだろうか、エールは尋ねた。

「うちとあいつの母親は元主従関係だったらしいが、あっちはあくまで独立組織。元々ヘルマンにあったっていう暗殺機関だとか自由都市にある裏組織だとかまとめてるもんでどこの国にも所属出来ないってわけだ」

「暗殺組織まであんの!? そういやウズメも暗殺出来たっけ。こっえー…」

 ウズメの優秀さは環境あってのものでもあるのだろう、とエールは納得した。

「まあ、ウズメが俺様の女になれば全部まとめて俺様のもんになるわけだ」

 何故か得意げに笑っているザンスをエールは眉間にしわを寄せて見つめた。

「なんだ、妬いてんのか?お前も俺様の女になりたいならAL教法王ぐらいにはなっておけよ」

 ウズメはもちろんスシヌもであるが二人ともエールの大事な姉妹。手を出して欲しくないだけだとエールは口を尖らせた。

 そしてエールはAL教の熱心な信者ですらないのだから法王になどなれないし、ザンスの女になる気もない。

「まあ、法王でなくともエールは日光持ちで神魔法が使えるってだけでも価値があるからな。そういや、お前が産んだ子供が神魔法覚えられりゃいつかリーザス王家で神魔法独占出来るってんで母さんも認めてやるってよ」

「こ、子供って! エールはお前の女になんかならないって言ってるだろー!」

「エールもちっとは将来の事考えておけよ。親衛隊の隊長でもいいし、なんか新しい役職作ってやっても良い。もちろんお前が法王になってリーザスがAL教を操れるのが一番だ。法王を選ぶムーラテストだったかそんときゃリーザスが後ろ盾になってやるからな」

 さも当然とばかりに話すザンスの中ではエールは将来、リーザスへ行くことは決まっているようだ。

「エールは冒険者で俺の相棒なの! 話聞けよ、お前ー!」

 ザンスが長田君の抗議の言葉に返答とばかりに蹴り割る。

 その光景を見ながらエールは考えておくよ、と適当に返事を返した。

 

「女王陛下がお見えです」

 部屋に入ってきたメイドの言葉の後、マジックがスシヌを伴って部屋に入ってきた。

 

「この度は娘を助けて下さり、女王として、母として感謝を申し上げます」

「うんうん、ありがとう。ゼスの建国王としてスシヌのおばあちゃんとして改めてお礼を言うわ」

「助けて頂いてありがとうございました…」

 

 エール達はゼス王国女王マジックから丁寧な感謝の言葉を受け取った。

 横にいるスシヌも一緒に頭を下げているが、いつもふわふわと浮かんでいたパセリは杖に引っ込まされているようだ。

 エールは気にしないでください、と笑顔で返した。

 

「礼はいらねーって。どうせスシヌは俺のところに嫁にくるんだし、助けるぐらいは当然だ」

「ザンスちゃんはブレないわね」

 パセリは受け流すが、マジックはそれを聞いて眉をぴくっと動かした。しかしあくまで冷静にザンスの言葉を制する。

「感謝はしてますがそんな話はありません。あとザンス君はリア女王にお礼の手紙を書くので持って行って―」

「非公式なんだからいらねーって。そのうちゼスごと俺のもんになるんだから、うちで起きたトラブルみたいなもんだしな。母さんも気にしないで良いって言ってたぞ」

「だから!そんな話はないっていってるでしょう! 大体、リーザスはそう言ってゼスに税率やら取引やらで不利な条件を回してくるんだから…!」

 一国の女王に対しても尊大な態度を崩さないザンスになんとか落ち着こうとしていたマジックが声を荒げた。

 大人の事情に疎いエールにもリア女王の言う気にしないでがものすごく恩を売ろうとしている一言なのは分かる。

「お、落ち着いてママ…」

「えーっと、そういえば王様からの手紙って何が書いてあったんすかねー?」

 スシヌや長田君の言葉に一旦落ち着く様に咳払いをした後、マジックは手紙をエールに手渡した。

 親書だそうだが読んでも問題ないものだろうとエール達が内容に目を通す。

 

"親善大使としてスシヌを送ってくれてありがとう。帰すのが遅くなっちゃってごめんね。

                                 ハニーキング"

 

 署名の横にはハニーキングの絵が描いてある。短すぎる内容の手紙に目を通したエールは思わず苦い顔をした。

「まっったく!こっちがどれだけ苦労したか!」

 それを見たマジックも色々と思い出したのかまた怒り始めた。

「怒ると血圧上がっちゃうわよー?」

「元はと言えばパセリ様がスシヌを連れ出したからでしょう!反省してください!」

 杖に対して怒鳴っているマジックを見ていつも疲れた表情をしている理由がエールにはよくわかった気がした。

 

「しかもスシヌは変な呪いまでかけられちゃっているし……」

「うぅ……ごめんなさい」

 スシヌは悪くない、とエールが慰める。

「こほん。それでエールちゃん、スシヌがかけられた呪いなのだけれど神魔法で解除できないかしら?」

 マジックにそう言われたエールは解呪は専門ではないので期待しないで欲しいと言いつつやってみます、と頷いた。

「スシヌは眼鏡似合うしそのままでもいいんじゃねーかな!」

 そんな事を言っている長田君もハニーである。

 マジックが長田君を睨みつけると同時にエールが長田君を叩き割った。

「では、私は戻ります。王宮でみんなのもてなしの準備をさせているのでゆっくりして行ってね。何かあればメイドに言いつけて下さい」

 マジックが疲れた表情で部屋を出て行こうとしたので、エールはマジックに駆け寄ってヒーリングをかけた。

「…ふふ、エールちゃんは優しいわね。ありがとう、スシヌを宜しくお願いします」

 

………

……

 

 エールは母から渡されている神魔法図鑑を片手に呪いを解除が出来ないか頭をひねっていた。

 

「そうやって神魔法すぐに覚えてすぐ使えるんだ。すごいね、エールちゃん」

「ま、俺の相棒だし?」

「俺様の女だからな」

 得意げな二人を無視してエールは色々とページをめくり色々とそれらしき魔法を試してみるが、どれも効果はなくエールは肩を落とした。

 簡単な呪いであればエールにも解除できるのだが、闘神大会で魔女リクチェルがかけていたような本格的な呪いとなるとかけた本人かそれ以上の使い手でもない限り解除は不可能である。

「出来ねーのか。神魔法も役に立たねーな」

 ザンスの言葉にエールは頬を膨らませた。

「まあ、スシヌは眼鏡かけてる方が絶対可愛いって!それで巨乳だったら俺的には完璧―」

 長田君はエールとザンスに粉々に叩き割られた。

 スシヌは眼鏡があっても可愛いが、無くても美少女である。

「び、美少女って……そんな……」

 エールの言葉にスシヌは顔を真っ赤にして俯いた。

「エールちゃんってザンスちゃんと違ってストレートよね。こういう所が差をつけられちゃった理由かしら」

「あん? 差って何のことだよ?」

 

 エールはスシヌの目を見ながらこうなったらあの人のところに行くしかないね、と話した。

「えっと、あの人って?」

 パステルさん、とエールはその名前を口にした。

 カラーの女王、パステル・カラ-。

 闘神大会でリクチェルに呪いをかけられた際、リセットが母親であるパステルなら呪いを解くことが出来るとあっさり言っていたのを思い出していた。あの時はエールがリクチェルを倒し命令として呪いを解かせたが、スシヌに呪いをかけた張本人であるハニーキングがどこにいるのかすら分からないのだからもはや頼れるのはパステルだけだろう。

「そういやあの人、呪いのエキスパートだってリセットさん言ってたっけ。なんか全くそんな風には見えねーけど」

「あんなポンコツ村長がねぇ」

 長田君やザンスが言う様にエールも半信半疑だが、ともあれ当てと言えばパステルだけである。

 

 

「エールさん、ご無事で何よりです。中々戻られないのでとても心配していました」

 そうしていると車いすを軽快に操りながらウルザが入ってきた。

「あっ、ウルザさん! 俺、向こうでも役に立ったっすよ! なっ、エール!」

 長田君の活躍というよりは魔血魂のおかげなのだが、それは話さないままエールは得意げにする長田君の言葉に大きく頷いた。

「そうですか。長田君もご協力ありがとうございました」 

 ウルザとしてはエールを心配して泣いている長田君を不憫に思って例外的に解放しただけだったが結果的にそれがハニーキングを倒す切り札になった。

「そうそう、スシヌ王女も無事戻られたので捕えていたハニー達は全て解放しました。中にはもっとここにいたいなんて言い出す方もいましたけれどね。長田君にもまたどこかでと伝えて欲しいと伝言を預かっています」

 長田君はエール達が捕まっている間、ハニーと大分仲良くなっていたようだ。

「ザンス王子、マジック女王がお呼びです。礼状をしたためたとのことでリア女王へ届けて欲しいそうです」

「いらねーっつーのに。まあ、一応受け取ってやるか」

 ザンスはメイドに案内されながら部屋を出て行った。

 

 ザンスが出て行ったのを見てエールはウルザさんに心配させてすみません、と頭を下げた。

「こちらもハニーキングを侮ってしまって……危険性を把握していながら無茶をさせて申し訳ありません」

 ウルザが頭を下げると、車いすがキッと音を鳴らした。

 そしてウルザの優しい瞳が、真剣なゼス四天王のものに変わる。

「エールさん、これは政治上の話になるのですが今回の事は内密にし、法王様には話さないようにしていただけませんか? エールさんは法王のご息女です。現在でも神魔法を覚えられるという御方を危険に晒したとあらばゼスの責任問題になってしまいます」

 クルックーに話しても特に問題ないだろうが、エールは頷いた。

 その様子を見てウルザは胸を撫で下ろす。 

「ウルザさん、本当にご心配おかけしました」

「スシヌ王女、何かお体に障るようなことはされませんでしたか?」

「眼鏡が外せなくなったこと以外は大丈夫です。ハニーキング様は私に酷い事なんかは一切しませんでした。エールちゃんも来てくれましたし……」

「ちょっとえっちな事はされてたけどね~」

「えっ!な、なにかされたん?そういえば制服着せられててスカートめくりがどうだらいってたけどさ!大丈夫だった!?」

 焦る長田君にエールは別に大したことはされてない、と答えた。

 ストリップやら水鉄砲、えっちなラレラレ石を鑑賞させられたりスカートをめくられたりはしたもののスシヌの方は少し頬を赤く染めているがエールにっては傷つくものでもない。

「パセリ様、今後何かされる時はこちらに一度ご相談下さいね」

「今後はそうするわ。マジックにこってりしぼられちゃったし、本当にごめんなさいね」

 パセリの声はさすがにしょんぼりとしていた。

 

「スシヌ王女の眼鏡が外せなくなった件ですがこちらでも人を使って解呪の方法を調べています」

「あっそれなんですけどエールちゃんがシャングリラにいるパステルさんに頼めばいいんじゃないかって話をしてくれたんですけれど」

「…そうですね。あの方であればきっと解呪出来ることでしょう」

 ウルザは既にパステルの事を考えていたとばかりに言葉を続けた。

「しかしあの方はその…少々気難しい方で。頼むとなるとシャングリラに貸しを作ることになりますね」

 ウルザはまたマジック女王の心労が増えてしまうことが気がかりだった。それを分かっているのかスシヌも俯く。

「なぁ、エール。クリスタルの森で俺ら密猟者やっつけたじゃん。それで頼めばいいんじゃね?」

 長田君の提案にエールは手をポンと叩いた。

「エールちゃん、密猟者やっつけたの?」

「へへー、俺らペンシルカウにも行ったんだぜ?」

 エールは手短にクリスタルの森であったことを手短に話した。

 仮にパステルは色々言われても、その時はリセットに頼めば大丈夫だろう。

「ふふ、リセットさんは良いお姉さんですものね。リセットさんは本来ならゼスに来られているはずなのですが、急遽予定が変更になってしまったんですよ」

 エールは事情を知っているが、ヘルマンの事情を話すのは良くないだろうと口をつぐんだ。

「しかしエールさんは良いのですか? せっかくの貸しを使って頂いて…」

 

 恩とか貸しとか借りとか大人は面倒くさい、とエールがぴしゃっと言い切った。

 

 それを聞いてウルザ達は面食らった表情になったが、姉を助けるのは当たり前の事だとエールは続ける。

 

「…そうでしたね。申し訳ありません」

「こういうのをサラッと言える辺り、やっぱりエールちゃんってかっこいいわね~」

 スシヌは顔を赤くしている。

 それに結局、スシヌの救出はエール一人では出来ず捕まってしまって迷惑をかけてしまったということもある。

「エールちゃんが助けに来てくれた時、私すごく嬉しかったんだよ! それに一緒に居てくれたから寂しくもなくて」

「エールさんはスシヌ王女の不安を和らげてくれたと思います。それにハニーキングを倒すことが出来たのもエールさんの作戦だったのだとスシヌ王女に楽しそうに報告いただいていますよ」

「ウルザさん!?」

 それを聞いてますます顔を赤くしたスシヌを見ながらエールは笑った。

 

「分かりました。マジック女王に話をしてきますね。夕食は豪華にして貰える様、準備をしていますので本日はこちらにお泊り下さい」

「ゼスってご飯美味いもんなー!あっ、カレーマカロロってあります?そういや、サクラ&パスタっていう店があるって聞いてんですけどー」

「サクラ&パスタは流石に予約しないと難しいですね。それはまた次の機会に」

 長田君が嬉しそうに飛び跳ねていた。

 

………

……

 

 ウルザと入れ違いになる様に一人の男が部屋を尋ねてきた。

 

「スシヌ王女。無事に戻られたようですね」

「うわっ、誰このイケメン」

 長田君が思わずそう呟いたようにそう若くはないものの精悍な顔立ちに凛とした雰囲気を纏っている男である。赤い髪にマントがよく似合っていてモテそうだなとエールはその男をじっと見つめた。

「サイアス将軍。お久し振りです。色々心配おかけしまして…」

 頭を下げるスシヌを見ながらこの人は誰?とエールは尋ねた。

「えっと、エールちゃんには話したけどこの人はその……例のクラウン家の―」

 エールはその名前を聞いてスシヌの見合い相手!?と目を見開いて男を凝視した。

「いや、それは俺の息子ですよ。間違われるとはまだまだ俺もいけるかな」

 そう言ってサイアスは爽やかに笑った。

 それを無視してそういえばその見合い相手はスシヌを助けにも来ないで一体何をしているんだろうか、とエールは軽蔑するように言った。

「いや、息子は交渉団という名目だったけど真っ先に志願してスシヌ王女を助けに向かったよ……ハニワ平原でやられてしまったけどな」

「え!? や、やられたって、大丈夫でしたか?」

 そう言えばエールはそんな話を聞いていた。

 謎のハニー軍団にやられた一団にいたということだろう。

「体は問題ないのですが、ハニー相手に全く歯が立たなかったというのが相当応えたようで自らをまた鍛え直すと頑張ってますよ」

 将来はゼスの将軍確実な有望株だと言っていたがハニー相手に勝てないレベルで務まるのだろうか、とエールは口を尖らせながら言った。

「これは中々手厳しい。スシヌ王女が戻られたと聞いて会いに行くように言ったんですが、合わせる顔がないとのことで申し訳ありません」

 サイアスは呆れたように呟いた。

「全くあいつは……ザンス王子も来てるっていうのにこのままじゃアレックスコースだ」

「アレックスって、アレックス将軍ですか?」

 エールがまた聞いたことのない名前である。

「おっとっと。口を滑らせた。…これと決めた女性に対しては積極的なアプローチも必要ってことです」

「そういえばアレックスさんってマジックの元カレなんだっけ? ランスさんに寝取られちゃったのよね」

 パセリにせっかく言葉を濁した好意を台無しにされサイアスは苦笑している。

「ね、寝取ら… そうなの!? 全然知らなかったよ!?」

「まあ、ザンスちゃん見てると積極的すぎるのもダメだと思うんだけどねー」

 あれは積極的という訳でもないのでは、とエールは首を傾げた。

 

「それで、こちらのお嬢さんは?」

 サイアスがエールを見ながらスシヌに尋ねた。

 スシヌが答える前にエールは名乗りながら軽く頭を下げた。 

「エール……エール・モフス? 確か魔王を倒したというかの英雄の名前と同じだが…」

「は、はい。そうです。この子が私の妹で、魔王の子達のリーダーだったエールちゃんです」

 スシヌの言葉にサイアスは目を丸くした。

「エール、マジで有名人だなぁ。へへっ、流石は俺の相棒だな!」

 いつもの通り何故か長田君が得意げにしている。

「名前と噂だけは聞いていましたが……女の子?」

「エールは胸はないっすけど女っすよ! こう見えてめちゃくちゃ強いんだぜ!」

 いつもの通り余計な一言で長田君は割られた。

 

「失礼、申し遅れました、私はゼス四将軍が一人、サイアス・クラウンと申します」

 サイアスはエールに優雅な仕草で頭を下げる。

「あの魔王の子たちをまとめ上げて魔王討伐を果たしたリーダーと聞いていたもので……まさかこんな可憐なお嬢さんだとは思わなかったな」

「うわっ、キザー…絶対女泣かせるタイプだ」

「はは、昔はそれなりにな。だが今は俺には愛する妻と息子がいるよ」

 失礼な物言いですら軽く返す余裕は顔だけでなく中身もイケメンなのが伺えて長田君はぐうの音も出ない。

「サイアス将軍の奥様もゼス四将軍なんだよ。ウスピラさんって言ってすごく綺麗な人なの。仲も良くてゼスで一番理想のカップルって言われて国中で憧れられてるんだ」

「ウスピラさんって氷のウスピラって言われてるほど表情硬いんだけどサイアスさんの前だけちょっと綻ばせたりするの。氷のような彼女の心を愛の炎で溶かしたって、妬けちゃうわよね~」

 恋愛話が好きなスシヌとパセリは目を輝かせている。

「なんだか照れるな」

 サイアスはそう言って頬をかいた。

「いちいち絵になってなんかムカつく…」

 長田君がぼそっと小さく負け惜しみを呟いていた。

 

「エール様は確か法王様のご息女だとか…言われると確かに母親である法王様の面影がある。あの方も昔は小柄で可愛らしかったものな」

 エールは母の事を話したサイアスにはっとして、知ってるんですか?と尋ねる。

「法王ムーララルーを知らない人は少ないだろうさ。そう多く話したことはないが、真面目だが良い意味で固くない方で何より芯の強い女性だった。エール様は母親似なんだろうね」

 母親が褒められたのと、似ていると言われたことでエールは頬に手を当てて顔を赤くした。

 それはエールにとって最高の誉め言葉である。

「ちょっと、エールまでぐらついてどうすんだよ!顔か!やっぱり顔なの!?」

「えっとハニーの。君は?」

「俺はイケメンハニーの長田君!魔王討伐の旅には俺もついて行ったんだぞー!」

 エールは補足するように自分の相棒です、と紹介した。 

「へぇ…相棒か。ここゼスでは魔法使いが多いから君みたいなハニーの相棒はさぞ頼もしいだろうな」

「……この人いい人じゃね?」

 長田君はチョロかった。

 

 

「弟子よー!よく無事で!」

「げっ…」

 エール達が談笑していると突然ばたーんと扉が開け放たれ、あまり見たくない顔が飛び込んできた。

 その場にいる全員が苦い顔をする中、スシヌだけはその顔を笑顔で出迎える。

「アニス先生! 随分心配かけてしまったようですいません」

「本当にスシヌはみなさんに迷惑をかけて…」

 迷惑をかけた度合いで言えばアニスも大差ない。むしろ直接的に怪我人を出しさらにトラウマを植え付けた分、アニスの方が迷惑だったはずとエールは考えた。

「ですが、よく無事でいてくれました。魔法が制御上手くできなくなったと落ち込んでいたのもあってとても心配だったんですが」

「ハニワの里にいる間もちゃんと魔法の練習はしてましたよ。それで、ハニーさん達が手伝ってくれたのもあってなんとか魔法は制御できるようになりました…」

「そうですか。流石は私の弟子です。スシヌは私と同じく実戦向きなのかもしれませんね」

 実戦向きと手当たり次第は違う、とやはりエールは思ったがスシヌはアニスを慕っている以上、悪く言うのは躊躇われ口には出さなかった。

 

「スシヌ。この方々は?」

 アニスがエール達に気が付いたように話しかけてきた。

「アニス先生とエールちゃんは会った事あるんじゃなかったっけ?」

 エールから見ればスシヌを攫ったやつだと勘違いされて襲われ、背負い投げを決めて昏倒させた相手である。

「覚えてないんすか? 俺を盾にしたザンスにボコられてたじゃないっすか」

「はて、どこかでお会いしましたか?私には覚えがないのですが」

 アニスは首をかしげている。

 最初に見かけた時のアニスと比べて、今のアニスは別人のように落ち着いていた。

「こちらは私の家庭教師のアニス先生。ちょっと変わった方なんだけど魔法LV3で、私なんかよりずっとすごい魔法使いなんだよ」

「ご紹介に預かりました、私、アニス・沢渡と申します」

 変わったの一言で済ませて良いような人物でもないと思ったがエール達は同じように自己紹介をした。

「ふむふむ。あなたがエール・モフスですか。弟子のスシヌがお世話になったようで師匠として感謝します」

 アニスは再度丁寧に頭を下げた。 

「……弟子、ねぇ」

 サイアスもアニスを呆れた様子で見ている。

 ゼス四将軍としてアニスとの付き合いも長く、迷惑をかけられた回数もさぞ多いのだろう、とエールが同情の眼差しを向けるとそれに気が付いたように答える。

「いや、最近はこんな感じで落ち着いているから大丈夫さ」

 

「アニスー!」

 もう一人、アニスに困らされている人が部屋に入ってきた。

 服装のあまりのまばゆさに全員が目を手で覆う。

「千鶴子様、どうされました?千鶴子様がいきなり入られたので皆さん目を痛がってますよ」

「どうされましたじゃない。スシヌ王女の無事を確認したのなら長話してないで建物の復旧の続きに行ってきなさい」

「私がいないとみんな困りますものね。わかりました。では失礼します」

「あなたが壊したからでしょ!あくまで手伝いなんだからくれぐれも怖がらせないようにするのよ」

 アニスはその言葉に首をひねりながら部屋を出ていった。

「久しぶりに暴れてるアニスを見ましたが、本当にとんでもない……まるで別人みたいです」

「実際、別人みたいなもんよ。暴れてるときの記憶とか全然覚えてないんだから」

 千鶴子は呆れてため息をついた。

「スシヌ王女がいれば落ち着いてるから油断してた。何かあった時の準備は怠らないようにしないとね」

 それを聞いてスシヌが首をかしげているが、そんなスシヌに千鶴子が話しかけた。

「お願いですから、急にいなくなったりしないでくださいね。ゼスの安全の為にも、遠出する場合の手紙は忘れないでください」

「えっと。その、すいませんでした……」

 スシヌが悪いわけではないのだが師匠の責任は弟子のものなのかもしれない。

 エールは自分の師匠がサチコとチルディという優秀な二人で良かったと思った。

 

「そういえば、エールさんはまだどこの国にも所属していないのですよね?そしてAL教の司教でもないとか」

 エールは頷いた。

「では良ければゼスに来てスシヌ王女を支えてやってくれませんか? 次期、ゼス四将軍として」

「千鶴子様、勧誘ですか」

「ええ、エールさんは冒険者に留まらせておくにはあまりに惜しい人材だもの。神魔法だけではなく魔法もある程度使えて、日光持ちとして剣を操る才能もある。ゼスの戦力は魔法に偏り過ぎているからエールさんを迎えられれば心強いわ。魔王討伐をしたという偉業とレベルを考えればすぐにでも将軍として迎えても良いぐらいね」

 きょとんとした表情のエールを見ながら千鶴子は口元に笑みを浮かべて話を続けた。  

「何よりスシヌ王女の心の支えになってもらえるもの。スシヌ王女は精神面で不安定な所があるけれど信頼出来て側で支える人がいてくれれば…」

「うんうん、エールちゃん。千鶴子さんもこう言ってるんだしスシヌの同級生にならない? 応用学校行くのも良い経験だと思うわ」

「エールちゃん……」

 そうやって勧誘される中、スシヌもすがるような瞳でエールを見つめている。

「エールちゃんがもし男の子だったら次期ゼス国王としてーってなるんだけどね。あっ、私は女の子でもいいんだけど!」

「おばあちゃん!」

「ははは!エール様が男の子だったら勝てなかっただろうな!」

 パセリの軽口を冗談だと受け取り、サイアスが軽く流す。

「おー…エールがまた勧誘されてる。冒険者やめてもどこでもやってけるな」

 エールはザンスの言う通りいつかは将来の事も考えなければいけないが今はまだまだ冒険がしたい、と長田君に話しかける。

「そうだよな! 桃源郷も探さないといけねーし…」

「そうそう長田君だったかしら。エールさんの側近としてあなたもいかがかしら?」

「えっ、俺もっすか!?」

 千鶴子が長田君を勧誘し始めたのでエールも驚いた表情になった。

「ゼスは魔法の国だから長い事、ハニーを隔離していたわ。それがハニワ平原なんだけど…魔人戦争以来、友好を結ぶようになって15年以上になるけれどまだまだハニーは珍しい。今回のことだってちゃんとしたハニーが仲間に居たら事前に察知できたことだったと思っていてね」 

「ハニーなら魔法が効かないしゼスでは普通に戦力にもなれるな」 

「長田君はすぐにみんなと友達になれちゃうしね。うちでも絶対うまくやっていけるわ」

「……へへっ、そーっすかね?」 

 ゼスの重鎮勢から勧誘を受けて長田君は嬉しそうに照れていた。

 長田君と一緒にゼスでスシヌを支えながら過ごすというのは中々楽しそうだな、とエールは頭に思い浮かべる。

「もちろんエールさんが将来AL教の法王を目指すというならゼスで全面的にバックアップを――」

 

「おいこら、金ピカババア。そいつはリーザスのもんだ。勝手に勧誘とかしてんじゃねーぞ」

 

「ザンス王子、相変わらずなんてガラと口の悪い…今日の格好は地味な方でしょう」

「ザンス将軍お久し振りです」

 ゼスの将軍とリーザスの将軍同士、面識はあるようだ。

「きざきざ野郎もいるのか。お前のとこの雑魚にスシヌに近付くなって言っておけ」

「…あいつは先日正式にスシヌ王女の相手役としてマジック女王から紹介を受けましたよ。一歩リードといったところですね」

 サイアスがモテそうなせいかやたらとげがある物言いのザンスに、サイアスはさらっと返した。

「はぁ!? そんなの聞いてねーぞ!おいコラ、スシヌ説明しろ!」

「わ、私はまだそういうことは考えてないよ。本当に紹介されただけ」

「でもデートはしたのよね~」

「お前、なんかされてねーだろうな!?」

 スシヌに詰め寄ろうとしたザンスをエールが庇うように立ち塞がる。

 もし何かされてたその時はボクがサクッとやりに行く、とエールは日光に手を当てた。

「スシヌ王女は大事にされてますね。あいつも中々先は長そうだ」

「先なんかねぇよ。望みなんかないんだから諦めるように言っておけ」

「ザンス王子よりもエール様の方がライバルになりそうだ。男の子じゃなくて本当に良かった。いや、あいつもエール様に惹かれるかもしれないな」

「エールも俺様の女だ! とっとと失せろ!」

「女性は一途な男に惹かれるものですよ。それでは失礼します」

 サイアスは余裕の態度で優雅に一礼して去って行き、その後ろ姿をザンスが睨みつけている。

「……やっぱモテそうだよな、あの人」

 長田君の言葉にエールもうんうんと頷いた。

 あのサイアス将軍に似ているのであればその息子もやはりモテるのだろう。ザンスとは気が合わないだろうな、と呟いたエールの頬がむにーっと引っ張られる。

「ザンスちゃん、エールちゃんを放してあげて~!」

 痛がるエールからザンスを引き離そうとスシヌが手を引っ張っているがびくともしなかった。

「……ザンス王子は父親似ですね」

「金ピカ、お前も出てけ。見てると目が痛くなるわ」

 

 そう言われた千鶴子も肩をすくませ、一礼して部屋を出て行った。

 

………

 

「め、目がチカチカするでござる……」

 そう言いながらウズメが部屋にふらふらと入ってきた。

「大丈夫?ウズメちゃん」

 どうやら千鶴子と二人で話をしていたらしい。

 ゼスの機密情報を漏洩したことを咎められたが、それよりも二人きりで部屋にいて衣装の乱反射をもろに浴びたのが堪えたようだ。

 エールはウズメの目に手を当ててヒーリングをかける。

「ウズメ、まだ修行が足りない……主君殿の手あったかくて癒されるでござる」

 ウズメがにゃんにゃんのようにエールの手に甘えるのを、スシヌが少しうらやましそうな目で見ていた。

「てか、なんなのあのファッションセンス。眼鏡似合ってるとか貧乳ってことがどうでも良くなってるのに逆に何も聞けないような恰好」

 長田君の言葉にエールも大きく何度も頷いた。

「小さい頃はキラキラしてて綺麗だなって思ってたんだけどね。服はああなんだけどすごく優しい方なんだよ。それに情報魔法の達人であの人がいないとゼスが回らないってぐらいに優秀なんだ」

 真面目で根の優しそうな人だというのはエールにも何となく分かる。

 アニスの師匠なのだ、面倒見のいい人でなければ務まるはずがない。

「んで、後任が育ってないんだろーが。情報魔法は便利なのはわかるが、誰にでも使えるもんじゃないってのはな」

 ゼスがリーザスのものになったら情報魔法への依存を減らすことをザンスは考えているらしい。

「千鶴子さんも後任を育てようって頑張ってるんだけどね。休む暇もないみたいよ?」

「だから男もいねーんだろ」

「ママはちゃんと結婚するように勧めてるんだけど仕事があるって断ってるだけだよ。でも気にされているからそれ言わないであげてね」

 エールはあのファッションセンスを理解できる男の人がいるのだろうか、と首を傾げた。

「服で分かりづらいけどド貧乳だし、厳しんじゃね?」

 エールはこの場にいない千鶴子に代わって長田君を叩き割った。

 


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