魔王の子達が魔王討伐を成したすぐ後の事。
ミラクルはクルックーと話すためカイズを訪ねていた。
本来であれば世界の王にして覇者である自分が訪ねるのではなく法王自ら会いに来るのが筋だとは思ってはいたが、自分宛ての紹介状がなかったようにあの法王は抜けているところがある。
そんな抜けている未来の民に対し王自ら出向いてやるのも務めとミラクルは思っていた。
RA4年の神異変によって地上から神が消えた。神魔法やAL教の各種奇跡が新たに神託されなくなり、AL教が混乱に陥ってる最中、隙を突かれるように勇者ゲイマルクの一団に襲撃され禁断保管庫から大量に封印されていた危険なバランスブレイカー…アイテムや怪物が解き放たれた。
その後も信心深い者達や勇者災害を経てAL教の封印を守ろうと使命に燃える者達、利権を手放したくない者達の手によってAL教は保たれてはいた。しかしRA8年、神の加護がなくなったAL教に不満を持った司祭ザンデブルグによって新たにRECO教団が発足するとそちらに鞍替えする信者や教会は多く、AL教の勢力はますます落ち込んでいった。
さらにRECO教団が大陸外にあるJAPANの天志教と目指すものは同じだとして協力しあうようになると、独自の奇跡もあって様々な権力者達の支持を得たRECO教団の教祖となったザンデブルグは法王ムーララルーに聖地カイズを明け渡すように要求しているという噂まで出てきている。
もちろんAL教はいまだ世界一の宗教組織である。しかし人々が神に見捨てられたのは現法王ムーララルーの信心が足りないからだとクルックーを非難する者達も多く、AL教と法王であるクルックーにとって厳しい日々が続いている。
しかしそんなAL教にも希望の光が現れた。
法王の子が――神を失った世界でなお神に祝福され、神魔法を与えられた存在が魔王を討伐したのだ。その偉業はすぐに世界に広まり、RECO教団に押され気味だったAL教にもまた人が戻りはじめている。
ミラクルは特定の宗教に肩入れしてはいないし、するつもりもない。しかしカイズへ向かう途中、人々がAL教に感謝を捧げ、喜んでいる様子を見ると宗教は人々の魂を救済するのに必要なものだというのは十分理解できている。
骸骨を連れ周囲の目を惹きながらカイズへ降り立つと自らの威光に恐れをなしたか、法王の手引きか、ミラクルの元へ素早くテンプルナイツが迎えに現れすんなりと法王ムーララルーと会うことが出来た。
「その節はお世話になりました」
テンプルナイツを下がらせるとクルックーは礼を言いながら自身の手でミラクルに茶を振舞った。その茶はロイヤルミルクティーであり、ミラクルが訪ねてくると聞いて用意していたのだという。紹介状の件も素直に謝ってきたので、ミラクルは王らしく寛大に許してやることにした。
ミラクルはいくつかクルックーに質問をした。
まずシィルの事を長年、鬼畜王戦争時ですら隠していたのはクルックーにも考えがあっての事だったという。
全ては世界を救うための計画だと言い、それは結果として魔王の血を消滅させるに至ったのだから正しかったのだろうが、なぜその計画を話さなかったのかとミラクルが問う。
「それには答えられません」
そう返ってきただけだった。いくつか言葉を誘導し聞き出そうとも試みるが昔アム・イスエルからも核心的なことは聞き出せなかったように神と直接謁見できるという法王でしか知りえない話は何も聞き出すことは出来なかった。
しかし、その返答自体はミラクルとしては想定していたもので気分を害することはない。「聞かれなかったので」と言われ誤魔化され嘘をつかれることも覚悟していたが、答えられないというのはむしろ誠意ある言葉に感じたからである。
そしてその計画と関係がありそうな謎の存在、エール・モフスについて。
「エールは私の可愛い娘です。ミラクルさんにとってのミックスさんと同じですね。あの子は母が思う以上に頑張ってくれました、私の自慢ですよ」
クルックーが優し気な笑みを浮かべ、ミラクルに答えたのはそんな娘を自慢する母の言葉だけだった。
神異変が起こった同時期にエール・モフスが誕生していること。
そして神はいなくなったはずであるのに、新しく神魔法を覚えることができ、担当レベル神がついている存在、これが関わりのないことであるはずがない。
ミラクルはクルックーにやや威圧するように尋ねた。
「神はあの子の事をよく見ているのでしょう。そしてあの子は楽しそうにこの世界を見ています‥‥これからもずっとそうであって欲しいと思います」
ミラクルは微笑みを絶やさないクルックーの言葉の中に小さな不安が混ざっているのを感じ取り、それ以上聞くのはやめることにした。
その後は娘たちの将来のことについて互いに他愛のない話をする。互いに無理に後を継がせるという気はなくあくまで子供たちの自主性に任せるという方針は共通点だった。そんな話をしているとふと娘の顔が見たくなり、帰りにでもシヴァイツァーに顔を出すのも良い、とミラクルは考えた。いつものように怒りながらじゃれついてくる姿が目に浮かぶようだ。
…結局、クルックーからはミラクルが欲しかった答えは得られなかった。
だがそれで良い。いつかまた知る機会もあるかもしれない。未知があることは幸せなのだ。
………
……
エールはミラクルに投げかけられた質問に首を傾げた。
「魔王を討伐し、魔王の子達に別れを告げ、お前は家に戻った。それは間違いないな?」
エールは頷いた。
「……部下にしてやろうと思って探したのだが、この一年の間、お前の行方は知れなかった。まるで存在が消えたかのように。我が娘ミックスも気にかけていたようだ」
「私も心配してたよ。新年会に来なくて、でもお姉ちゃんはエールちゃんは大丈夫だって言ってたんだけど」
「陶器と冒険でもしてたんだろ」
「いや、エールと俺はリーザス行くちょっと前に会ったんだぞ?俺、魔人にされちゃってちょっと記憶があいまいなんだよな。って、一年も経ってたの?もっと早く探しに来てくれよー」
長田君は呑気に言うがエールは少し混乱していた。
改めて思い出そうとするが、ここ一年の記憶が思い出せない。
自分はどうしていたのだろう?
「思い出せないか?」
エールは指を口に当てて順を追って、帰って来た時の事を思い出そうとした。
まず、トリダシタ村に帰って母親であるクルックーに冒険が楽しかったと報告した。お土産の四種類の貝を渡すと母はとても喜んでくれて、母と二人でそれを愛でた後それは母の貝コレクションのケースに大事にしまわれることになった。
「エールちゃん、貝好きなんだね」
カンブリア貝の突起が割れないように持って帰るのは大変だった。あのオーロラ貝は並の物ではなく学会に発表できるレベルで美しく素晴らしいもので母も思わず唸るほどの逸品――とエールが説明をしようとしたのだが
「んなことはどうでもいいんだよ。それからどうしたんだ?」
ザンスに止められて、口を尖らせながらもエールは話を元に戻す。
その後トリダシタ村の人達に魔王討伐したと報告して回って、サチコの店では美味しいパンを魔王討伐のご褒美だといっぱい貰った。家に戻ると母クルックーの作った自分の好物・へんでろぱが用意されていてご飯を食べている間にもたくさん冒険の事を報告して…
久しぶりの我が家でぐっすりと眠った。疲れが一気に押し寄せたのだろうか、ベッドに入った瞬間から記憶がないほどだ。
その後は母とのんびりとトリダシタ村で過ごしていたはずだ。
楽しくも険しかった冒険の反動でレベルががくっと下がるほどにだらだらと過ごしていたはずなのに、エールはその日々が何故か思い出せなかった。
記憶がはっきりしているのは、気持ちの良い朝に目が覚めて、母に魔人(長田君)退治を依頼されたあたりからである。
「ちょっと待て。魔王討伐が終わった後、4か月前にあった新年会にお前は来なかったよな。んで、リセットがエールは用事があるって言ってたってことはあの後リセットには会ったんだろ?」
ザンスの言葉にエールは首を横に振った。
「ど、どういうことなの?お姉ちゃんはエールちゃんに会ったみたいな話をしてたよ」
「エールがド忘れでもしてんじゃねーの。リセットさんってそんな抜けてないよな?」
スシヌや長田君も焦り始めた。
エールははっと思い出したように日光なら何か知っているんじゃないかと、脇に差した愛刀に話しかける。
「……私は掃除用具入れに刺されたままでしたから」
「つまりエールのあのちんけな家にはいたわけだ。何も知らねーってことはねーだろ」
自分の生家をいきなりちんけ呼ばわりされたのでエールは少し頬を膨らませた。
「私から話せることはありません。ただその事に関してエールさんが心配するようなことは無い、と思います」
「それは法王の言いつけか? 聖刀・日光よ」
日光はミラクルの言葉には答えない。
そしてエールも日光さんがそう言うならいいや、とそれ以上聞かなかった。
「それで良いわけないよ!記憶がないなんて、どうしてお姉ちゃんは用事があるなんて言って…私もみんなもすごく心配で―」
これからシャングリラに行くのだからその時に聞けばいいんじゃないか、エールはそう提案した。
「お前、気にならないのかよ。自分の事だろが」
エールは何か思い出せはしないかと目を伏せて集中する。
そうすると意識がどこかに吸い込まれる感覚がした。
………くすくす
「………?」
そこでは誰かの小さな笑い声が聞こえてくるような気がした。
「……-ル! エール!」
エールは長田君の呼ぶ声で目を開けた。
みんなが心配そうな顔でこちらを見ている。
「あ、あの、エールちゃん…」
俯いて黙りこくってしまったエールにスシヌが心配し声をかけようとしたが、言葉が思いつかない。言葉に出してしまえば目の前にいるエールが何故かまたいなくなってしまうような…どうしてそんなことを考えるのか分からないが不安と怖さで胸が締め付けられる思いがした。
「……まー、とりあえずエールは相変わらず間抜け面でここにいるわけだからな」
ふらっといなくなってしまいそう、というのはザンスも考えていたことである。
エールは少し俯いたまま、銀色の茶が入ったカップを手に持ってじっと眺めている。
「とりあえずリセットに聞けばなんか知ってんだろ。俺らになんか誤魔化してたたんなら会った時しばいてやるわ」
それを見たザンスがエールの頭をぺしっと叩いて話を切り上げると、その場に漂っていた張り詰めた空気が緩んだ。
「まぁ、どっちみちシャングリラには行くんだし? 会わなきゃいけない理由が一個増えただけでちょうどいいってことで」
長田君がエールの肩を励ますようにポンポンと叩く。
「話さないではなく話せない、か。それならば仕方がない」
ミラクルの言葉にエールは頷いて、逆に自分の記憶が飛んでいるらしい一年間に起きたことを尋ねてみた。
「色々あったけど……大きなのはやっぱり魔人がいなくなったってことかな」
スシヌが話し始めた。
「翔竜山にいた魔人や魔物をホーネットさん達がまとめて引き上げさせてくれたの。一部の魔物は残ってるけど人間を頻繁に襲いに来るってことはすっかり無くなったみたい」
「あれ?んじゃーあのでっかい魔王城とかどうなんの?」
「クエルプランに壊されたまま、放棄されてるんじゃないかな。建設も終わってなかったけど直してももう誰もいないわけだし」
魔王城と魔王討伐跡としていつか観光名所になりそうな気がする、とエールは思った。前は探検できなかったこともあり、いつかまた見に行くのも楽しそうである。
「うちの城も元魔王城だっていうし、アメージング城もそのうち再利用されるかもしんねーけどな。変なのが住み着かねーようにしとけよ」
「ゼスでもヘルマンでも、シャングリラでもちゃんと見張ってるから大丈夫、だと思う……とりあえず中にはもう何も残ってないはずだし」
スシヌの言葉より、リーザス城が元魔王城というのにエールは驚いてザンスを見た。
「は?お前、知らねーのかよ。リーザス城は二千年以上前の魔王が使ってた歴史ある城だぞ。何でも色々あって地下に魔王が封印されてたらしいな」
「魔王ジル。人類にとって最悪の魔王だったことを考えればリーザス城はなかなか曰く付きの物件ではないか」
「へー、魔王ジルってどっかで聞いたよな。なんだっけ魔王の血?だかのでさ――」
魔王ジル…裸の美女を思い出して長田君が割れた。
「その魔王ジルの復活を企みリーザスに攻め込んだ魔人を打ち倒し、復活しかけていた魔王を再度封印したのがカオスマスターだと言うな」
「こっちは母さんから嫌になるほど聞かされてるわ。いちいち言うんじゃねーよ」
エールは知らなかったと言って首を横に振った。
そういえばリーザスでメナドから父の活躍でリーザスを襲った魔人を退治した話を聞いていた。
「パパはゼスを襲った魔人も倒してゼスを救ってくれたんだって」
「うんうん。その戦いでマジックはランスさんに惚れたそうよ?」
エールは英雄である父を少し誇らしく思った。
「リーザスやゼスだけではない。カオスマスターは人類を救った英雄だったのだ。 …その直後に魔王になってしまったがな」
「クソ親父のことはどうでもいいんだよ。エールが聞きたいのは俺らが魔王討伐をした後の事だろうが」
ザンスが話を無理矢理切って話の続きをし始めた。
「あとは東ヘルマンのごたごただ。俺らが魔王討伐に成功したせいで東ヘルマン内部は意見が真っ二つに割れた。魔王の子を擁する大国に対して魔王が居なくなったからって今までの罪が帳消しになるわけじゃねーって抵抗を続けるのと、魔王がいなくなったんだからもう和平するべきだってのと」
政治の話である、エールは向き直って真剣に聞き始めた。
「ミックスちゃんの提案で私達を襲った軍隊の人達を治して帰してあげたでしょ?そのおかげもあって私達魔王の子に対する考え方が東ヘルマン内部、主に軍隊の人達の中で変わったんだって」
「あれで逆に俺らをより一層化け物だって喚き散らす奴もいるけどな」
ちなみにエールもミックスに言われてヒーリングをして回った。
しかし散々逆恨みで襲われた事を許せるずはずもなく、リーダーだったタイガー将軍を殴り直している。
「あれにとってそんなことは些細なこと。怪我をしているものがいたら治す。病気になっているものがいたら治す。それだけだ」
ヘルマンで襲われた際、襲ってきた連中を軒並みざくっとやってしまったと知ったらミックスは悲しむかもしれない、それを思うとエールは少し後ろめたい思いがした。
「元々東ヘルマンの連中ってのはほとんどが魔王や魔人に恨みがあって、魔王の子を作るような女の国に居たくないとかそんな理由だった。それが俺らが魔王を討伐したならその理由ってのがなくなるわけだ。そしたらあんなくっそ寒くてろくな食い物もないようなとこに居たい連中なんているわけないだろ」
「ヘルマン料理、不味かったもんなぁ」
レリコフが聞いたらむくれそうだ、とエールは懐かしい顔を思い出す。
「んで、東ヘルマンの人間が元の国に戻ろうとしてな。大量に放棄された町が出て、西ヘルマンはそこを領土として取り戻して東ヘルマンはちっさくなったらしい」
エールはよくわからないが、とりあえず頷きながら聞いていた。
「んでこっから問題だ。東ヘルマンには魔王がいなくなったからって今までやったことが許されるわけじゃないって派閥連中の他に、もともと魔王や魔人にそんな恨みなんかない連中もいるんだよ。それにかこつけて反乱を起こして上になり代わろうって奴らの掃き溜めだな。当然、魔王が居なくなったところで東ヘルマン以外居場所なんかねーしそいつらはもう後には引けねーだろ」
エールは首を傾げた。
「んで、東ヘルマンは魔王討伐されたってのが大国が流した嘘の情報ってことにしやがった」
ザンスが忌々しそうにしているのを見ながらエールはヘルマンでのことを思い出した。
レリコフを誘拐しようとした連中はおそらくそいつらだったのだろう。
「なんだよそれー!俺達、がんばって魔王倒したってのに!」
「魔王からの人類解放を掲げていた国が、いざ魔王が討伐されれば国の存在意義を失わぬために魔王は生きてると言い張らねばならぬとは実に皮肉なものだな」
ミラクルの言葉にも呆れた様子がうかがえる。
ザンスは他にも東ヘルマンからの難民問題や、東ヘルマンとリーザスの軍隊が小競り合いを起こしたこと、それに対して西ヘルマンが介入し停戦交渉をしていることなどを話したのだが、エールは明らかに頭にはてなを浮かべてそれを聞いていた。
「うーん、とにかくなんか俺らがいない間なんか大変だったってことか!」
「全然分かってねーだろ…ったく、アホどもに分かるように説明すんのは難しいわ」
ザンスが呆れた表情で話を切った。
「エールちゃんはどこの国の人でもないもんね。でもAL教の法王様の子が魔王を討伐したって今、AL教が見直されてるんだよ。エールちゃんのママは何か言ってなかった?」
エールは首を横に振った。だが、それが母の役に立てたのなら少し嬉しいと感じる。
「パパがまた冒険に出かけちゃったのも原因なんだよね。アメージング城から魔王が居なくなったのが魔物界で人間に対して侵攻を企ててるからって…」
「あのクソ親父。後始末もなにもしねーで勝手に出ていきやがって」
「カオスマスターが勝手なのはいつもの事だぞ」
ミラクルは嬉しそうに笑っている。
エールもうんうんと頷いていたが、正直難しい話なので話半分である。
色々話は聞けたがエールが聞きたいのはそんな難しい話ではなく、兄弟たちのその後、主に新年会の事である。
「お前が聞きたいのはリセットがお前が用事があって来られないって言ってたことか?」
エールは頷いた。
「なら最初からそう言え」
ザンスはエールの頭をポカリと叩いた。
「えっとね。みんな、国に帰ってからはそれぞれの生活に戻ったはずだよ。ウズメちゃんは修行の旅に出てるって言ってたけど、やっぱりお家のお手伝いしているみたい。4か月前の新年会はシャングリラでやったんだけどお姉ちゃんはエールちゃんは用事があるから来れなくなっちゃったって話してたの」
「スシヌはエールちゃんに会えないってすごく寂しがっていたわ」
「わ、私だけじゃないよ。レリコフちゃんだって深根ちゃんだって…みんなすごくしょんぼりしてたでしょ」
スシヌが丁寧にエールに新年会のことを話した。
「用事ってなんだよって聞いたらたぶん冒険に出てる、とかぬかしやがって。何か様子がおかしいと思ったが嘘だったわけだ」
エールにはやはり覚えのない話である。
やはりシャングリラでリセットに聞くしかなさそうだ。
そして母であるクルックーにも自分の事を聞きたい。
今はカイズにいるだろうか?もしかしたら自分をどこかで見ているのだろうか?
エールはまた冒険の目的地が増えた。
………
「……さて、エール・モフス。お前も話さなければならないことがあるだろう」
エールは首を傾げた。
「お前はゼスに来る前、どうやらヘルマンを旅していたようだな」
「何で知ってんすか?」
「余は世界の王である。先ほども言った通りいずれ部下にするものの動向を探るのは当然のこと。とはいっても詳細までは分からんがな。ただヘルマンが少々騒がしくなっているという事は掴んでいる。お前は何かを知っているんじゃないのか?」
エールはヘルマンの国の事情を勝手に話していいのかと悩んだ。
「母親のように聞かれなければ黙っているつもりだったか? あれはお前の母親の悪い癖だぞ」
黙っているエールにミラクルが窘めるように言った。
「話したくないのであればそれでも良い。しかし話さないことで逆に心配する者達もいる。お前には頼りに出来る家族がいるということを忘れるな」
「エールちゃん。ヘルマンで何かあったの?」
エールは心配そうなスシヌに目を見てから何となく長田君の顔を見た。
「隠すことでもないんじゃね?」
エールは頷いて、ヘルマンで起きた冒険について話し始めた。
とは言っても長田君の方が話上手なので、ほとんど長田君任せである。
ヘルマンでの冒険で日光の言葉で北の賢者の塔に行こうということになった話になった。
「北の賢者、ホ・ラガか。聖刀・日光の元仲間であったな」
ミラクルがその名を聞くと眉根を寄せて不機嫌そうな顔になった。
エールはそれを不思議に思ったが話を止めずそこに行くまでの道中で東ヘルマンの罠にかかりレリコフと一緒に捕まってしまったことを話した。
「はぁ!? 狙われたってお前、なんでそれすぐ話さなかったんだよ!?」
「そんな…レリコフちゃんにエールちゃんまで!? だ、大丈夫だったの?」
エールの兄と姉が血相を変えた。
「なるほど。停戦交渉中だと聞いていたが、東ヘルマンが関わっていたのか。そのせいでリセットはヘルマンへ向かったのだろうな」
ミラクルは目を真剣にしながらそうつぶやいた。
どうやらリセットの動向も知っているらしく、エールは入れ違いになったと話す。
「お前、なんかされてねーだろうな!?」
冷静なミラクルと違い、ザンスはエールに詰め寄り、スシヌは顔を青くしている。
エールは危なかったことを素直に言って、長田君とヒーローが助けてくれてその場にいたやつを全員ざくっとやったことを話した。
「俺とヒーローがびしーっと助けてやったんだけど危なかったよな。いや、マジでさ」
「何、油断してんだバカが!陶器もちゃんと見張ってろや!」
ザンスは苛立ってエールの頭をボカンと強く叩き、長田君を蹴り飛ばす。
自分より危なかったのは日光さんだ、と男に犯されそうになってた日光を思い出してエールは顔を歪めた。
「日光さんが盗まれそうになったって事?」
エールは日光が人の姿になれることを話した。
「人間の姿になれることは話していなかったのだな」
「話す必要がありませんでしたから。私もエールさんに助けに来ていただけましたので大丈夫でしたよ。 …しかしエールさん達には手を出さないという約束を破られ危険に晒していたと聞き後悔しています」
日光は反省するように話している。
「ちっ……西ヘルマンの連中も停戦交渉だの何だの言ってたがこれで目が覚めただろ。次の懇親会はいつ潰すかの話し合いだな」
スシヌもザンスの言葉に小さく頷いている。
トラブルはあったものの、エールはレリコフやヒーローとの冒険は楽しかったことを話した。
ホルスの魔人に会った事、レリコフと勝負をしたこと、ランス城へ行ったこと、北の賢者の塔へも無事にたどり着いたことも話した。
「大陸の北の果てにあって超寒くてさー、でもこんなとこまで行ったんだぜ?」
「わー、雪原地帯の端っこだね…こんなところまで行ったんだ。すごいね…」
「わざわざ話するためだけにこんなとこまで行くとかお前ら超暇人だな」
長田君が広げた地図を見ながらスシヌが感心しザンスは呆れ顔である。
「わざわざご苦労な事だな。全てを知り、全てに飽いた男。相変わらずつまらない男だっただろう」
珍しくミラクルの言葉にはあからさまなトゲがある。
「彼にも予想外の事が起きたようですが。態度は相変わらずでしたが、ブリティシュと再会できたようで少し表情が柔らかくなったように思います」
日光にとっては元々旅の仲間だったこともありフォローを入れている。
全てを見透かすような、皮肉めいた口調の老人だったが、伝説の貝の場所を教えて貰ったとエールは話した。
「そーそー、何でも教えてくれるって言ったのにエールが貝の場所なんてどうでもいいこと聞いちまったんだよな」
どうでもよくない、それだけで行った価値があったとエールは力説した。
「せっかくなら巨乳になる方法でも聞けば良かったじゃねーか」
長田君と同じこと言っている、エールはゲラゲラ笑っているザンスが座っている椅子を蹴り飛ばした。
「見透かす、か」
きっとあの男なら色々と知っているのだろう、ミラクルは騒いでいるエール達を見つめた。
エールは塔からの帰り際になんかすごいインパクトのある像を見たことも話す。
「そーそー! 見てて気分が悪くなるっつー、曰く付きというか呪われてそうな像があったんすよ」
「はぁ?なんだそりゃ」
なんでも度胸試しに使われているほどらしい、とエールは話した。
「ヘルマンの北、という事はそれはおそらくシルバレル・シルバレラの像、通称・ブス観音だろうな」
「シルバレルって確か伝説のブスの名前だよな」
「私も名前を聞いたことあるよ」
像の近くには近寄れなかったので説明を見ることは出来なかったのだが、エールには覚えのない名前だった。
「伝説のブスってどんなのだよ!? …って、像であの破壊力だもんな」
「見るものが見れば間違いなく人類を救った英雄の像だぞ」
エール達は驚いてミラクルを見た。
「魔王となったカオスマスターが正気を失って尚、魂に刻まれているほどに恐れた存在であった。5年前、鬼畜王戦争にて魔王を怯ませることが出来たのはあの者の存在あってこそ」
前の冒険の時その人が居たらもっとはやく魔王をなんとかできたのではないか、とエールはミラクルに疑問を投げかける。
「先ほども言ったがあの魔王が一瞬でも怯むほどの者。一歩間違えれば魔王の逆鱗に触れたかもしれん。余と新トゥエルブナイトですら扱うには骨が折れる。魔王と新しい魔人による被害が甚大でもはや後がない状態だからこそ出せた、まさしく人類の切り札であり最終兵器、お前達ではとても扱えるものではない」
「マジすか。その人だか兵器だかってどうなったんすか?」
「今はAL教の禁断保管庫で厳重に封印されているはずだが、その封印も何年持つことか。もし解かれるような事があれば再封印には…エール・モフスよ、お前の力も必要になるだろう」
エールはそれを聞いて大きく頷く。
「その時は俺は遠くから応援してるからな!」
長田君は言葉だけで怖気づいていた。
………
「全く、何が食後の運動だ。こんな雑魚共が相手になるか」
「ちょっとびっくりしたね」
エール達は食後の運動とミラクルが呼び出した魔物を軽く蹴散らしていた。
余裕で蹴散らされたが、それに満足したのかミラクルはエール達を元の場所に戻してくれると言ってゲートを開いた。
「二度と俺様の邪魔すんじゃねーぞ」
ザンスはそれだけ言ってさっさとゲートをくぐった。
エールは余ったお菓子を全部持ってっていいですか?と尋ねた。
「ちょっ、お前いくら何でも食い意地張りすぎだぞ!」
そうではなく次の目的地は孤児院なので菓子を持ってけば喜ばれる、とエールが口を尖らせた。
「はっはっは! いずれ余の部下になる者の頼みだ。全て包んでやろう」
骸骨をあやつりさっと袋に余った菓子を詰めてくれる。
エールはそれを受け取ると深々と頭を下げた。
「お前達の旅が楽しいものになることを願っていよう」
ミラクルの言葉は北の賢者ホ・ラガに別れ際言われたものに似ていたが、胸に温かさを感じてエールは笑顔を返しながら手を振った。
「自由都市にいる娘にも会ってやってやれ、喜ぶだろうからな」
エールは大きく頷く。
「医療都市シヴァイツァーだっけ、ちゃんと寄ろうな」
「じゃぁね、ミラクルさん。ご馳走様でした」
「お茶、ありがとうございました」
エールは入ってきたときのようにスシヌの手を引きながらゲートをくぐった。
ゲートをくぐるとまた高い所から落下したのだが、エールは今度はすたっと着地しスシヌを華麗に受け止める。
「二度も同じ手を食うか」
ザンスがそう言っている横で、最後にゲートをくぐった長田君が着地に失敗して割れている。
次の目的地はアイスフレーム孤児院だ、既に日が落ち始めているが夕方までにつくだろうか、エール達は早足で出発した。
※ 独自設定(たぶんあまり使われません)
・東ヘルマン … 魔王討伐後、勢力は弱まり国土も小さくなった。魔王が討伐されたというのは虚報という触れを出し魔王や魔王の子を未だに狙い、各地の反乱勢力と繋がっている。
・RECO教団 … 神異変によりAL教が弱ったのを見たネプラカスが地上での暗躍の一つとして興した宗教。新しい神を降臨させ奇跡を起こすという名目で人間の魂を悪魔界、ラサウムに送ることが目的。創始の経緯が天志教と同じ。
・AL教 … 神異変、勇者災害、RECO教設立の災難続きで大国の庇護も減っている。魔王を倒した法王の子エール・モフスは名前と神魔法が使えるということが知られている。
・ホーネット達魔人勢 … 一部の魔人を除き、魔物界に引き上げた。再度、魔物達をまとめようとしているが魔人でなくなり無敵結界が無くなったためにその影響力も減って順調に進んでいない。
・ランス … シィルを連れて放浪中で基本行方知れず。しかし一部の人間には場所を把握されていて、気まぐれに世界各地でに顔を出している。