エール達はアイスフレーム孤児院に向かっていた。
「ロッキーさんって冒険者、俺等よりずーっと長くやってんだよなー」
ロッキーはかつて冒険者であった父に仕えていた召使いだったらしい。
長田君が話している通り、それを考えればエール達が生まれる前から冒険者をしていることになりロッキーは冒険者としてずっと先輩であると言えた。
盗賊に騙されていたこともあり一見頼りなく、召使いとして腰を低くしてエールに懸命に仕えてはいたが決してレベルが低いわけではないベテラン冒険者である。あれだけ世話になっていたのにも関わらず、挨拶もそこそこに別れてしまったのを少し後悔していた。
「アイスフレームかー…」
エールはそうつぶやいたスシヌにアイスフレームという名前に聞き覚えがあるのか尋ねると、スシヌはおずおずと話し始めた。
「…あのね。私が生まれる前、かつてのゼスは差別が酷い国だったそうなの。国民は大きく二つに分かれていて魔法が使える人を一級市民、魔法が使えない人は二級市民って呼ばれて分けられていて、二級市民はまるで奴隷みたいな扱いをされていたんだって。まともな生活も、教育を受ける権利すらなかったらしいよ」
「マジで?魔法大国だからハニーに厳しいってのは分かるけど」
今のゼスでは考えられないことでエールも驚いた。
「魔法使いのどこが偉いってんだ。詠唱出来なきゃ何も出来ねーくせに」
魔法が使えないザンスはバカにするように吐き捨てた。
「私の時代は逆に魔法使いが迫害されていたのよ。だから何とかしたくてゼスを作ったんだけど……きっと当時の鬱憤が行き過ぎちゃったのね。他にもゼスは特別な力を持った種族を殲滅したという話も聞いているわ」
ミラクルの所でかつて魔法使いが迫害されていたとは聞いていたものの、ゼスを建国したパセリの言葉は重いものだった。
「そんな差別意識の強いゼスを何とかしようとしてたのがアイスフレームって言うレジスタンス組織。今の四天王のウルザさんが元リーダーだったんだよ。そのウルザさんが四天王になった後はおじいちゃんがアイスフレームのリーダーになってそういう差別を無くすために活動してたんだって」
「へー!んじゃ、その活動のおかげで今のゼスがあるってわけかー、ウルザさんとかやっぱすげー人なんだな」
スシヌは頷いた。
「エールちゃんはカミーラダークって知ってる?」
エールは首を振った。
しかしカミーラと言えば魔王城でリセットが親し気に話しかけていた綺麗な魔人がそんな名前だったはずだ。
「LP4年にゼスが魔人に襲われた事件なんだけど、今思うとあの時の魔人がそのカミーラだったんだよね。あの時はすぐに思い出せなかったんだけど…」
スシヌもカミーラの姿を思い出す。親し気に話しかける姉・リセットをけだるげに見ていた綺麗な人。美しく恐ろしいドラゴンの魔人。しかしその何もかもに興味がなさそうな表情を思い出すとスシヌは怖さも感じず、怒りも沸いてこなかった。
「あいつは誰にでも懐くアホだからな」
エールはリセットに代わって口を尖らせた。
「なんつーか、俺等魔人と普通に話したり蹴散らしたりしてたけど、本当ならもっと怖いもんなんだよな?普通じゃ勝てないし、人類を苦しめる恐怖の存在…そん時はエールの持ってる日光さんが頼りだからな!」
仮にも元魔人だった長田君がそう言いながら怯えているのを見てエールは小さく笑った。
少なくとも人間を手あたり次第に襲うような危険な魔人はもういないはずだ。
「とにかく、そのカミーラダークでゼスが滅亡のピンチになった時、助けてくれたのがアイスフレームのメンバーになってた私達のパパなんだよ。それで一級市民と二級市民で争ってる場合じゃないってなって手を組むようになったんだって」
「言い方悪いけどそのカミーラダークが差別無くなるきっかけになったってわけ?」
スシヌは頷いた。
「ゼスを助けた人が魔法使いじゃないなら見る目も変わるわよね。ちなみにカミーラダークでランスさんとマジックが出会って、そのまま惚れちゃったんだって。ランスさん、すごくカッコよかったらしいわ~」
実際にはカミーラダークを起こした原因はマジノラインを止めて回ったランスなのだが、それはほとんど知られていない。
「今から行く場所はアイスフレームが隠れて活動した場所らしいの。一度、行ってみたかったんだ」
「社会勉強ね。院長のキムチさんとは会った事あるけど優しい人だし色々とお話聞けると良いわね」
意気込んでいるスシヌをパセリが応援している。
「いつかハニーへの差別も減ると良いな。ゼスで取っ捕まってるときに色々聞いたんだけどさ、なんつーかやっぱゼスってハニーに当たり強いらしいわ」
「お前らはそもそも魔物だろうが」
普通に襲ってくるハニーもいるよね、とエールが相槌を打った。
「ああいうのは俺等ハニーにとっても敵なの!人間にも盗賊とかいるだろー!それと同じ!」
スシヌがそのうち何とかしてくれるかも、と言ってエールがスシヌを見つめた。
「う、うん。ハニーさん達とは友好条約結んでるしこれからもっと仲良くなっていけると思うんだ。私も頑張るから」
「お前、白陶器に攫われて良く仲良くとか言えるな、アホか」
「良いハニーさん達もいっぱいいるし、ハニーキング様にも本当にひどい事されたわけじゃ……」
エール達が話をしていると目の前に魔物が飛び出してくる。
「エール、さっさと掃除しとけ」
「ザンスは戦わないん?」
「なんでこの俺様が今更、イカマンやヤンキーなんぞ斬らなきゃなんねーんだ」
ザンスに言われる前にエールがさっと日光を抜いて魔物を切り伏せた。今更、経験値の足しにもならないが、エールの仕事は護衛である。その後も何度か魔物が襲ってくるのを順調に蹴散らしていった。
「意外と物騒だな、この辺。本当に孤児院とかあるんかねー?」
「出てくる魔物は雑魚ばっかだろうが」
「一般人にはこれでも厳しいんだぞ。まぁ、俺等に勝てる奴らとかほとんどいないけど?なんてたって魔王討伐メンバー、世界でも最強クラスのパーティってーか」
「陶器がそのパーティの平均レベルをガクッと下げてんだけどな」
「ひどくね!?」
………
「この立ち入り禁止って看板、さっきも見なかった?」
地図だとこのあたりで間違いないはずなのだが、エールは貰った地図と長田君が広げている地図を見比べる。
どうやら同じような風景の森の中で迷ってしまったらしい。
「すいませーん! 誰かいませんかー!」
長田君が森に向かって声を張り上げた。
「何情けない声で叫んでんだ、てめーは」
「こういう時は人がいるか確認した方が良いんだよー、そろそろ暗くなってきたし」
その声に反応したのか、エール達は人の気配を感じてそちらを振り返った。
「どうかなさいましたか?」
目の前に現れたのは紫色の長い髪を持った綺麗な女性だった。
エールは母のように右目を前髪で覆っているのが気になる。
「道に迷われたのなら町まで案内しますよ」
敵意は無さそうで、エール達に笑顔を向けて優し気に話しかけてきた。
「そちらの方はどこかでお会いしたような……」
その女性はスシヌの顔をじっと見ながらそう呟いた。
「あの、この辺りにアイスフレーム孤児院と言う場所があると聞いて訪ねてきたのですが」
スシヌがその目に答えるように道を訪ねる。
「…何か御用でしょうか」
「あれ、なんか警戒されてない?」
長田君の言う通り、目の前の女性は何故か身をすくめた。
「エール、ウルザさんから預かった紹介状渡してみようぜ」
エールはウルザから預かった紹介状を女性に手渡した。
受け取って中身を見ると、その女性は驚いたように頭を下げた。
「た、大変失礼しました。王女様になんて態度を……!」
「い、いえ。その、あくまでお忍びですから、そんなかしこまらなくても……」
「お前、アイスフレーム孤児院の奴か?さっさと案内しろ」
二人であたふたとしはじめたところで、ザンスがそう命令した。
「わ、分かりました。申し遅れましたが私はアイスフレーム孤児院で働いているアルフラ・レイと言います」
そう言って挨拶をしてきたアルフラにエール達もそれぞれ名乗った。
「…お、王族の皆様。もしかしてあの魔王を倒したって言う」
「へへっ、そうなんすよー!」
「陶器は違うだろうが。良くてペットみてーなもんだ」
長田君が言い返す言葉を探してるのを見て、エールは自分も王族ではないと首を振った。
「AL教法王様の娘様ならすごく偉い方ですよ。案内しますので、後をついて来て下さい。ここの森はぐるぐる迷いやすいんです」
エールは案内される間、アルフラにその前髪は母のファンで真似をしているのかを聞いてみた。
「い、いえ。私は右目が見えなくてそれで隠しているんです」
「エール!お前何、失礼な事聞いてんだよ」
長田君にぺしぺしと叩かれたエールは謝った。
「お気になさらず。そういえば法王ムーララルーと同じですね、ご利益があったのかもしれません」
そういってアルフラは笑った。
………
エール達がアイスフレ―ム孤児院につくと、そこはこじんまりした建物だった。
外では何人かの子供達がはしゃぎまわっているのが見える。
「いらっしゃい。ウルザからの手紙見たけどロッキーに会いに来たんだってね。私がここの院長のキムチ・ドライブ。ウルザとは四天王になる前からの仲よ」
小さな応接室に案内されてしばらくすると黒髪に褐色の肌、若いと呼べる年齢ではないが落ち着いていて包容力のありそうな女性が現れた。
「いいタイミングだったね。ロッキーならちょっと前まで冒険行ってたんだけどちょうど戻ってきているの。近くの町までちょっと買い出しに出てるから戻るまで待っててね」
そう言いながらキムチはザンスとスシヌの顔を交互に見た。
「懐かしいわね。ザンスちゃんにスシヌちゃんもすっかり大きくなって」
「あ? 俺はあんたに会った事ねーぞ」
「えっと、すいません。私も覚えてなくて…」
二人がそういうとキムチは笑顔を向けた。
「まだ二人とも赤ん坊だったからね。しかし大きくなるとやっぱりお父さん、ランスの面影があるね」
「全然似てねーだろうが!あとガキ扱いすんな、頭を撫でるな!」
「うんうん、そっくりそっくり」
ザンスがキムチが嬉しそうに頭を撫でようとする手を振り払っている。
「スシヌちゃん…スシヌ王女も立派になったね。ロッキーから聞いてるけどあなた達、魔王のことを止めてくれたんだってね。ありがとう。すごいねー」
「感謝しとけよ」
「わ、私なんか全然。こっちのエールちゃんが私達のリーダーだったんですよ」
そう言ってスシヌがエールを紹介する。
エールはミラクルから貰ったお菓子の袋をお土産ですと言って差し出した。
「あら、ありがとう。気が利くね。あの魔女さんのお菓子なんて楽しみ、みんな喜ぶわ」
キムチが礼を言って笑いながらそれを受け取ると、扉の外で様子を伺っていた子供達がなだれ込んでくる。
「わーい、珍しいお菓子だ!」
「こら、こんな時間にお菓子食べると夜ご飯が入らなくなっちゃうでしょ」
キムチが入ってきた子供を窘める。
「ねーねー、お姉ちゃん達が魔王倒したってホント?」
「カーマお姉ちゃんよりすごいの?強いの?」
「カオス持ってないのー?」
孤児院の子供達がわらわらとエール達を囲む。
「皆さんはキムチ先生と大事なお話し中だからお邪魔はしないの。お菓子はご飯の後のデザートにするから、みんなお外行きましょうね」
アルフラがお菓子の入った袋をキムチから受け取り、ぶーぶー言っている子供達を連れ出して行った。
「騒がしくてごめんね。外からお客さんが来ることなんてほとんどないし、それが魔王を倒した英雄ともなるとみんな興味津々で」
「まっ、俺等有名人なんでもう慣れっこっすよー」
アルフラが改めて茶を出してくれた。
「薄い。味がしねぇな」
「ここは孤児院で生活カツカツなんだから贅沢言わないでよ。そもそも偉い人達に出せる様な高級品はないんだから」
出された茶に文句を言ったザンスにキムチがそう返した。
その様子は子供を窘める母親のように見えてエールは口元に小さな笑みを浮かべた。
「そういえばここの孤児院って辺鄙な所にあるんすね」
「まだアイスフレームがレジスタンスだった頃からあるからね。動かすのもなんだからってずっとそのまま。それにこんな場所だからこそ良いってこともあるの」
「先ほど、子供達が話していましたがカーマさんはここ出身だったのしょうか」
エールが椅子に立てかけていた日光がキムチに話しかけた。
「日光さん、久しぶりね。あまり話したことはなかったけど、前の戦争でカーマが世話になったかな」
日光とキムチは面識があるようだ。
「カーマって、エールの前にカオスオーナーだったカーマ・アトランジャーすか?」
「そうだよ。あの子、カオスに選ばれちゃって人類の為にランスに正気を取り戻させようとして出て行っちゃった。うちの自慢だね」
「え、マジで!?今ここにいるんすか、会ってみたいんすけど!」
「ごめんね。今は冒険に出かけちゃってて居ないよ」
エールもぜひ会ってみたいと話したがキムチは少し寂しそうな目を向けた。
「…カオスに選ばれたから仕方がないって言うのは分かるんだ。でも鬼畜王戦争であの子は魔王に負けて酷く傷つけられた。リセットちゃん達のおかげで何とか魔王を正気には戻せたみたいだけど、その戦いでカオスも失くしちゃって随分落ち込んでいたわ」
キムチはそっと目を伏せて話した。
「カーマお姉ちゃん、自分には剣の性能がないって悩んでたから尚更…」
「は? カオス持ちだったのに剣の才能無かったのかよ」
アルフラの言葉にエールは驚いた。
「ならなんでカーマさんって選ばれたんすかね?」
「カオスは他の子にはない何かがあるなんて言っていましたが…」
日光は鬼畜王戦争の際に出会ったカーマとカオスの事を思い出した。
なぜ剣の才能がなく、レベルもそこまで高くはなく、決して戦いが好きというわけでもない彼女をカオスが選んだのかをこっそりと尋ねるとカオスは人間だったころの自分に似た才能があるから相性が良いと答えた。しかし日光はカーマのスタイルが良く美しい容姿や人を疑わない素直な性格で選んだのではないかと考えている。
「鬼畜王戦争の後。魔剣カオスを使える人間は希少だからってカオスを失って落ち込んでたカーマをまた持ち上げようって連中がここに押し寄せて来てね。中には脅迫まがいの事を言う奴等まで。ウルザに相談して何とかしてもらったけど、カーマは居づらくなったのか冒険者修行って言ってほとんど戻ってこなくなっちゃった」
キムチの言葉には辛そうな響きがある。
キムチは直接見ていないが鬼畜王戦争は本当に厳しい戦いだったらしい。
魔王ランスが生み出した魔人達の残虐さは噂だけでも背筋が凍るものでありキムチはカーマをずっと心配していた。
命は無事だったものの、カーマはランスに処女を犯されてしまったらしくここに戻ってきたときにはとても落ち込んでいた様子だった。
「…魔王や魔人と戦ってなお五体満足で命が無事だったとはいえ、止めておけば良かったのかもね」
「カーマさんがいなければ鬼畜王戦争は止められませんでした。私達は彼女に感謝しています」
「そう言ってもらえるとカーマも喜ぶよ。戻ったら伝えておくね」
………
「そういえばロッキーから聞いたけどエールちゃんがカーマの次のカオスオーナーらしいね。日光さんも使えるって言うしすごいもんだね」
エールは少し照れながら笑った。
「皆さんのおかげでもうランスさんも魔王になることもないんですよね。本当に良かったです。ありがとうございます」
頭を下げたアルフラに父に会ったことがあるのか、とエールが尋ねた。
「昔、お世話になったことがあるんです。今でも覚えてます、とても優しい方でしたね」
「「え?」」
思い出すように綺麗な笑顔を浮かべるアルフラをエール達は驚いた顔で見た。
「アルフラはまだ子供だったから。リセットちゃんと同じぐらいって言えば分かる?ランスも小さい子には結構優しい所もあってー」
「ただいま戻りましただす。買い出し行ってきましただ」
玄関から懐かしい声がした。
「ロッキーさん、おかえりなさい。お客さんが来てますよ」
アルフラが明るい声でそちらに走っていく。
「おらにですか?」
そう言って懐かしい顔が応接室に顔を出した。
「おかえり、ロッキー。買い出し、ご苦労様」
エールが顔を出したロッキーに笑顔で久しぶりです、と挨拶をする。
「…え?」
すると目を見開いて一瞬固まったが、すぐに気を取り直して頭を下げた。
「こ、これは!エール様にザンス様にスシヌ様に長田君まで!本当にお久し振りですだ!しかし皆様なんでここに?」
「俺達、ゼスに来たんでせっかくだから挨拶しようかって来たんすよ!ロッキーさん変わってないすねー」
長田君がそう言うとロッキーは感激にあまり涙を流しはじめた。
「お、おらなんかのためにわざわざここまで……感動で前が見えませんだ」
「お久し振りです。ロッキーさん」
「スシヌ様も立派に成長なされてマジック女王に似てきましただな。ゼスも安泰ですだ」
「おいこら」
「ザンス様もますます凛々しくなられ…」
「俺様は借金の取り立てに来た。闘神都市で貸してやった5万GOLD返せや」
「ひーーっ!すっかり忘れてただ!」
ザンスの言葉に思い出したようにロッキーが飛び上がった。
「あれ、3万GOLDじゃなかったっけ?」
「どんだけ経ってると思ってんだ。利子だ、利子」
だとしたらかなりの暴利である。
「うぅ……申し訳ありませんが今手持ちが全然なくて、必ずお支払いしますのでどうか……どうかもう少しだけ待って欲しいだ…」
感激の涙を悲哀の涙に変えながらロッキーがぺこぺこと頭を下げている。
借金はエールのせいではないが自分がロッキーに会いに行きたいと言ったばかりにと、ほんの少しだけ申し訳なく思った。
「まぁ、こんな貧乏くさい所にいるようじゃ手持ちなんかねーとは思ってたがよ。返すのが遅くなればもっと利子が増えるからな」
「お前なー!いちいち失礼だぞー!金持ちのくせにー!」
長田君が笑っているザンスに抗議している。
「ロッキーったらそんなにお金借りてるの?」
「すみません、キムチさん。明日にでもおらまた働きに出かけますだ…」
目に小さく涙を浮かべてロッキーが肩を落としながら言った。
「てかロッキーさんも俺等と一緒に魔王城行ったんだから魔王討伐隊のメンバーだろ?仕事とか引く手あまたじゃねーの?」
「おらは一介の冒険者にすぎません。魔王討伐ではほとんどお役に立てませんで―」
そう言ったロッキーにエールはそんなことない、と口を挟んだ。
最初の冒険から頼りなかった自分や長田君を支えてくれたのはロッキーである。
「そーそー!ロッキーさんいなかったらエールと俺だけじゃあんなスムーズに冒険できなかったって!」
「ロッキーさん、キャンプで美味しい料理も作ってくれてお世話とか細かい所まで気を配ってくれて皆を裏で支えてくれて本当に助かってました」
「…まあ、飯は悪くなかったな」
「み、皆さん…何とお優しい。付いて行って良かっただ」
ロッキーはまた感激の涙を流している。
「へー、魔王の子達にここまで言わせるなんてロッキーってばやるじゃない」
「さすがロッキーさんですね」
キムチやアルフラからも褒められてロッキーはもじもじと照れている。
「金が払えねーならリーザス来て働け」
それは勧誘だろうか、エールが尋ねる。
「実戦経験もあってレベルも低くねーからまぁ、使えるだろ」
ぶっきらぼうな言い方だが、ザンスはロッキーを高く評価しているようだ。
確かにロッキーはレベルなら長田君より上であり、冒険者として経験豊富で共に修羅場を潜ってきた事を考えるとかなりの人材のように思える。
「お誘いは嬉しいのですが、おらはただの冒険者の身。それにランス様にいつでも仕えられるようにしておきたいので」
「クソ親父のどこがいいんだか。文句があるならさっさと返しやがれ。さっさとしねーと身ぐるみかっぱぐぞ」
「が、頑張りますだ」
エールは世話になったからお手柔らかに、とフォローを入れておく。
………
「それじゃ、もう外は暗くなるしみんな今日はうちに泊まって行って。美味しいものご馳走してあげる」
「こんなとこに美味いもんなんてあるのか?」
「期待してていいよ。と、いうわけで今日のメニューはキムチ鍋に変更。アルフラ、準備手伝ってくれる?」
「はい!」
キムチ鍋、というのは聞いたことがない食べ物である、エールは楽しみだった。
食事が出来るまでの間、エール達は子供達に群がられた。
ザンスは居心地が悪そうに外に出て行ってしまったが、何人かがばたばたそれを追いかけて行った。子供は怖いものしらずである。
話上手である長田君は冒険の話を子供達に聞かせていて、みんな大人しくわくわくとした表情で聞いていた。
エールははしゃぎまわって転んだ子供にヒーリングをかけつつ、子供の相手をすべて長田君に押し付けている。
「戦争で身寄りが無くなった子達って聞いていたから少し心配したけどみんな元気いっぱいで良かったわ」
エールは長田君から少し離れた場所の椅子にスシヌと並んで座っていて、パセリが杖の中から声をかけた。
「来た時は怯えている子達も大勢居ましたが、大人が思っている以上に子供と言うのは強いものですだ」
ロッキーがエール達に茶を入れ直している。
「ここも国からの援助でやっていけてるだ。マジック女王様の統治のおかげで魔法使いじゃなくてもすっかり安心して暮らせるようになっただよ。あの子達も魔法が使える子、使えない子、色々いるけどみんな仲良くやってるだ。おらが若い頃は考えられなかったことだすな」
子供達を優しく見つめながら話すロッキーの言葉を聞いてスシヌは嬉しそうな顔をする。
「お強くてもお優しいスシヌ様が次期女王になれば安心ですだ」
エールもうんうんと頷いた。
「私はまだまだ未熟ですけど母の意志はちゃんと継ぎたいって思ってます」
情報魔法や魔法道具によって運営している国ゆえ仕方ない部分もあるが一部の役職は魔法使いが独占している状態で、貴族の中には差別意識が残っている者達はまだいるのが現実だ。
スシヌは杖を持った手にぐっと力を込めた。
「頑張るのは良いけど一人で気を張りすぎないようにね~」
パセリがスシヌに優しく言った。
「ロッキーさんが冒険者になったのって何でなんですか?エールちゃんが冒険始めたころに会ったって聞いてるんですが」
スシヌが何気なく思った疑問を口にした。
「そう言えばスシヌ様達にはお話してなかっただな」
ロッキーはかつてランスに勝手に仕えていた召使いだったのだが魔王となったランスに捨てられてしまった。
その後色々と考えた結果、今度はランスの子に仕えようと決心。本格的に冒険者として修業を積んでいる中でランス団と言う名前で盗賊をしていた魔王の子の偽者に騙されて仕えていた所を本物の魔王の子であるエールがやってきてそのままエールに仕えることにしたことを話した。
「思えばエール様とは運命の出会いでしただ。初めてお会いした時はまさか本当に魔王城まで行ってランス様に再会できるとは思わず、感謝してもしきれませんだ。おら一人じゃ今頃騙されてどこで死んでたかも……」
ロッキーは改めてエールに頭を下げた。クエルプランに飲み込まれたりと色々あったがそれでも無事だったロッキーは本当にタフな男である。
エールははじめてロッキーに立ち塞がれた時にトドメを刺そうとしたのだがしなくて良かった、と呟いた。
「えっ!? あ、危なかっただー…そういうところはお父様似ですだ」
エールはなぜまだ冒険者を続けているのかを尋ねてみる。
「またお仕えしたくてランス様の居場所を探してるだ。しかししばらくは働いてしっかり稼がなきゃいけませんが……」
エールに仕えてなお、やはり本当に主として仕えたいのはランスなのだろう。
ビスケッタもそうであったがなんだかんだで父は人を惹き付ける魅力があるんだろうな、とエールはぼんやりと考える。
「ザンスちゃんも本気で言ってるわけじゃないと思いますから」
「何、勝手な事言ってんだ。耳揃えてきっちり返しやがれ」
ザンスが子供に引っ付かれながら戻ってきた。
「おい、ロッキー。このガキども引き離せ」
「は、はい!ほら、みんなザンス様が困ってるから離すだよー」
面倒見がいいのだろうか、ロッキーが言うと子供達はしぶしぶザンスから離れる。
「ロッキーはキムチ先生と結婚しないのー?」
「ぶへっ!」
持ち上げられた子供が突然そんなこと言ったのでロッキーが噴き出した。
「い、いや。おらはまだ一人前ではないから…」
様子を見るにロッキーはキムチに片思いをしているのだろう、とエール達は理解した。
「でも魔王討伐の旅に行ってきたって本当だったんでしょ?」
「そーそー!ロッキーすごいじゃん!」
「キムチ先生がダメならアルフラ姉ちゃんはどうなの?いつもロッキーさんのこと心配してたんだよ」
子供達に囃し立てられてロッキーはしどろもどろになっている。
確かにロッキーは身を固めても良さそうな年齢だし奥さんになった人を幸せにしてくれそうだ、とエールも相槌を打つ。
「え、エール様までなんてこと言うだ。おらにはまだ早いだすよ」
「お前全くモテなさそうだしな。どうせ女経験もねーだろ」
ザンスはそう言って笑っているがザンスは全く人の事言えない、とエールが返すと頭がポカリと叩かれた。
………
エール達はその夜、キムチ特製だというキムチ鍋をご馳走になった。
ものすごく辛いのにものすごく美味しく、思わずカラウマーと言いながらぱくぱくと口に運んでいく。
「はいはい、いっぱい作ったから落ち着いて食べてね」
エール達が熱さと辛さに負けないように懸命に食べていると体の中から力が沸き上がるような気がした。
「あら、ラッキー。ランスもそうだったけどたまにキムチ鍋を食べると能力アップする人がいるからたぶんそれね」
エールは作り方を聞こうとするがキムチと言う名のつく人しか作れない伝説の食材がいるらしく、諦めるしかなかった。
ザンスも気に入ったらしくいつかリーザスに来て作らせるのをキムチに一方的に約束させた後、これ以上のロッキーの借金の利子追加は無しにしてやる、と言った。
そのまま孤児院に一泊。
「お名残り惜しいですが、またお別れですだな…」
寂しそうにしているロッキーにエールは冒険者同士いつかまた会うこともあるだろうしその時はまた一緒に冒険に行きましょう、と笑顔で話した。
「うぅ……なんとお優しい言葉」
ロッキーはまた感激で泣いていた。
「借りた金はリーザス持って来いよ。足りなかったら働かせてやるからな」
ロッキーは落ち込んでいるがエールにはさりげなくリーザスに勧誘しているように聞こえる。
「長田君ばいばーい!また来てねー!」
「子供たちと遊んでくれてありがとうございました。ぜひまた来てくださいね」
「アルフラさん困らせないでいい子にしてろよー!」
昨日の話が楽しかったのか、長田君は子供達の人気者になっていた。
「スシヌ王女、お城に戻ったらウルザにたまには顔出してって伝えてくれるかな?」
「分かりました。お話聞けて良かったです」
スシヌはそう言って頭をぺこりと下げた。
キムチやロッキー、アルフラや子供達に見送られながらエール達は出発した。
目指すは姉リセットのいるシャングリラである。
※孤児院メンバー独自設定
・カーマ・アトランジャー … カオスオーナーとして鬼畜王戦争に参加。魔王ランスと戦って敗れるが、ミラクル達が最凶生物SBRを使った作戦でランスを正気に戻すことに成功する。
その後、口直しとばかりにランスに抱かれることになりカーマとしても小さい頃からの憧れだったランスに処女を捧げる気持ちだったのだが、シルバレルの悪夢を振り払おうとしているランスに余裕などあるはずもなく一方的に犯されるというがっかりな初体験だった。憧れは幻想だった。
周りは魔王に犯されたことや戦争のことなどを心配しているが、カーマ自身はそんなに傷ついておらず持ち前の盗賊Lv2の才能を生かして冒険者を続けている。
・アルフラ・レイ … 孤児院の副院長(院長補佐)。子供の頃、大人達に性的な暴行や虐待を受け失った右目を失明し手先の障害を残し、酷いトラウマを負っていた。ランスにはそのトラウマを払拭してくれた恩があり、ランスが魔王になってからも心配していた。手先の障害はほぼ克服し、見えなくなった右目は髪で隠している。キムチ鍋のせいかレベルは低くなくカーマやロッキーの影響もあって孤児院周辺を見回ったり出来るぐらいには強い。
・キムチ・ドライブ … 孤児院の院長。鬼畜王戦争で家族を失った子供達を保護している。そのカラウマなキムチ鍋は健在。ロッキーにとっては永遠の憧れの女性。ロッキーの気持ちには薄々気が付いているが孤児院の子供達を世話か、忘れられない男がいるのか未だ未婚。アイスフレーム孤児院というのは通称で、孤児院自体に名前があるわけではない。