エールちゃんの冒険   作:RuiCa

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エールとチルディ

 次の日からエールたちはリーザス城で貰った仕事をこなしていくことになった。

 

「エール様はまず怪我人の治療をお願いします」

 そう言われメイドに医療室まで案内された。

 

 今は戦争中ではないがそれなりの数の怪我人がいるようで、医療スタッフらしき姿の人が回復薬の箱を持って忙しなく働いているのが見える。

 東ヘルマンがリーザス北の方でちょっかいをかけてきたり、国内でも反乱が起きたりで軍が駆り出され、リーザスのヒーラー達は主にそちらに同行。ちょっとした近隣の魔物の発生や訓練などでの怪我の治療は医薬品で済ませている状態であるとメイドはエールに説明をした。

 神異変以降、数が減りそのうち使えるのものがいなくなるだろうヒーラーに頼らない体制を作るのはどの国でも課題であるようだ。

 エールの頭に医者である姉のミックスが思い浮かんだ。

 

 いたいのいたいのとんでけー、エールは次々に怪我人にヒーリングをかけていく。

 

 仕事としては本当にそれだけなので非常に楽だったのだが、エールが神魔法が使える年若い少女であるというのがとにかく珍しがられる。

 さらに法王クルックー・モフスの娘だと言う話が回ると、怪我人の中にはAL教徒がエールを拝みだしたり、怪我を負ってない人までエールの様子を見に来たりとちょっとした騒ぎになった。

「エールの母ちゃん、変な人だなって思ってたけどあの人マジでAL教の法王なんだな」

 横でその様子を見ていた長田君が感心する。

 否定はできないが変な人というのは余計だと思いつつ、エールも改めてそう言われると少し不思議な気分だった。

 エールがトリダシタ村以外でちゃんとしたAL教徒であるという人たちに会うのははじめてで、正直なところ母のクルックーがどれだけ凄い人物であるかすらピンときてすらいない。

「いや、世界最大の宗教組織だって前に言っただろ! せっかくのチャンスなんだからAL教の布教とかしとけばいいんじゃねーの?」

 エールはそんな注目も気にせずもくもくとヒーリングを施していった。

 あくまでお仕事なので布教はせ3ず、治療が終わってお大事に、と言う程度である。

 しかし感謝や明らかなお世辞の他、法王の後継ぎとして立派、などと言ってくる人もいた。

「えっ、エールって法王の後とか継ぐの?」

 エールは首を横に振った。

 

 子供のころのこと。

 村にたまに訪ねてきたAL教関係者がエールにも次期司教または法王になるための勉強を、と母にすすめていたのをエールは聞いたことがあった。

「エールには自ら信仰を見つけてくれればいいと思っています、私の娘ですから大丈夫ですよ」

 

 ……クルックーがそう返していたのを覚えている。

 

 そういう方針の結果、エールは"アリスの大冒険"と呼ばれている聖書も読んだことすらなくAL教も教義でなんかいいことを言っている程度の宗教知識しか持たなかった。そもそも家の本棚は主に冒険の指南書と貝の図鑑や絵本で埋まっているので家には聖書が置いてあるのかさえ微妙で、改めて思い出すとエールは母であるクルックーが聖書を読んでいるのを一度も見たことがない気がする。

 小さい頃はいつかは法王である母を守るテンプルナイトに、なんて夢を持っていた時期もあったがそれも昔の話。

 エールにとってクルックーはちょっと顔が広くて、冒険と貝が好きで、自分のことを愛して大切にしてくれる世界で一番大切な母親。

 それだけ分かっていれば良かった。

「そうだ! ならさ、AL教の本拠地っつーカイズにもそのうち行ってみようぜ? たしか観光地みたいになってるってどっかで見たし、へへっ、また目的地が増えたなー」

 エールはその提案に大きく頷いた。 

 

 母の勤め先(?)にいくのは、今まで考えたこともなかったので楽しみである。

 

………

 

 一通り怪我人の治療が終わると今度は親衛隊の訓練相手の仕事に入る。

 

 親衛隊の人が集まっている訓練場まで案内された。

「うっひょー! 綺麗な人、可愛い子ばっか!さっすが、大陸一華やかな軍隊ってだけはあるぜー!」

 長田君が思わず踊りだしそうになるほどテンションが高くなったのも頷ける。年齢はエールより少し年上ぐらいだろうか、華やかで綺麗な人達が目のも眩しい金色の鎧を纏って集まっている。

 

 エール達が感心しながら見ていると、会ったことのある凛とした雰囲気の女性、チルディと目が合った。

 すでに話は通されているのだろう、エールも魔王討伐の旅では修行でお世話になった人なのできちんと挨拶をする。

 

「お久しぶりですわね、エールさん」

 

 優雅な仕草で挨拶をするチルディの傍らを見るとアーモンドも一緒だった。

 どうやら将来の親衛隊入隊が決まっているらしく母について見学にきているらしい。

「お、お久し振りです、あね様。とハニーの……」

 自分を姉と呼ぶ可愛い妹、エールはその慣れない呼ばれ方に気恥ずかしさと嬉しさを感じた。

「俺は長田、イケメンハニーの長田君! ちゃんと覚えておいてくれよなー」

 アーモンドはそういってビシッとポーズをとった長田君をじっと見た。

 妙に気になるらしく、ぺたぺたと触ってよじ登ったり頭を叩いたりしはじめる。

 人間社会に溶け込んでいるハニーも多いがまだ小さいアーモンドにとってハニーはモンスター。あまり近くで見ることのない存在だった。

「叩かないでくれよー」

 そう言いながら長田君もアーモンドを乗せながら楽しそうに走ったり、ジャンプしたりで遊んであげている。

 アーモンドがチルディから行儀が悪いと窘められると、すぐに降りて長田君に謝る。

 素直ないい子だな、とエールは微笑ましくその光景を見つめていた。

「いやー、ほんっとチルディさんってスタイル抜群だよなー! 仕草も綺麗っつーか、大人の女って感じがして、アーモンドちゃんもあんな風になるのかねー? エールは母ちゃんからして、まぁがんばれって感じ――」

 エールは長田君を叩き割った。

 

「私はリーザス親衛隊の指南役を務めておりますわ。かの有名なエールさんにお会いできると機会だと親衛隊一同楽しみにしてましたのよ」

 

 そういうチルディに促され、エールがぎこちなく親衛隊の隊員たちに挨拶をすると皆その存在に興味津々のようだった。

 魔王ランス討伐に向かったメンバーの一人、AL教法王の娘、聖刀・日光持ち、ザンスの妹、さらにチルディの肝いりと紹介されては無理からぬこと。特に魔人を屠った伝説の武器である日光が人気で、試させてほしいと言われ何人かが抜こうとしていたが、当然のように誰も持てずエールは少し得意げだった。

 

「はい、挨拶はそこまで! さっそく訓練相手をお願いいたします」

 

 早速、親衛隊演習に訓練相手として駆り出されることになった、とはいってもエールに大勢での演習や訓練の感覚など分かるはずもなく、とりあえず剣を振り回す程度である。

 エールに戦い方や剣やガード(ついでに色々な勉強も)を教えてくれたのは母である法王のクルックーと、その友人で元テンプルナイツでパン屋のお姉さんであるサチコ。

 当然のように二人とも剣の技能も持っておらず、エール的にも剣はとりあえず相手を倒せればいいという実践剣術といえば聞こえはいいがほぼ我流の型である。

「相変わらず乱暴に振り回しているだけなのに良い動きで……お強いですわ」

 チルディから見れば型もなく、動きも洗練されてるとはいいがたいのに力強さだけは一級品というエールの剣技は異質なものであった。

 

 エールは前の冒険からだいぶレベルが下がっているとはいえ、訓練相手の一撃はそう重くもなく受け止めるのは容易。

 このままごり押しでなんとかなりそうだ。

 

「しかしあの時はザンス様と並ぶ……いえそれ以上に強いのではと思わせるほどでしたのに何故こんなに弱くなってますの。さてはサボってましたわね?」

 目の前の相手はどうにかなっても、チルディの目にはエールのレベルの低さや腕のなまりをごまかすことはできなかった。

 エールは少し焦りながらも素直にレベルがものすごく下がってしまっていることを説明した。

 全盛期の半分どころか20%もないだろう。

「この強さでそんなに下がっているの……?」

 手合わせをした親衛隊の面々は驚いている。

 

「はぁ……仕方ありませんわね。他の方々では力不足ですし、私が直々に稽古をつけてさしあげますわ」

 かなり呆れられつつも再度、修行をつけてくれるという流れになる。

 チルディに直接稽古をつけられると言うのは親衛隊にとっては大変憧れの事であるらしく、エールは遠巻きに羨望や嫉妬の視線を感じなんとも居心地が悪い思いがしてむずむずした。

 

 稽古ではなく訓練相手の仕事に来たのだが、チルディがマンツーマンでエールに修行をつけることになった。

 

 前の修行の時もそうだったが、チルディの指導は実に的確だった。

 体の力の入れ方や、構え方に意識の向け方、視線や姿勢に至るまで……エールの我流とはかけ離れない程度の矯正を入れていく。

 

 エールはだいぶ戦いの勘を取り戻すことができたような気がした。

 

………

 

 さらに戦闘訓練の他にも学ぶべきこと…戦略や礼節の座学訓練もあると言われエールも参加させられることになった。

 講師はリーザスの黒の軍の総大将だというアールコート将軍である。

 

 エールはそれを聞いていかつい武人か老将を思い浮かべたのだが、現れたのは礼儀正しく言葉遣いも丁寧なさらさらとした髪の長い綺麗な女性であった。しなやかな物腰で総大将らしい逞しい雰囲気も纏っているものの、年齢はチルディとそう変わらないように見える。

 エールは最初は物珍しさもあって大人しく聞いていたのだが、内容が理解できないまますぐに興味がなくなってアールコートの講義を安眠音声とばかりにすやすやと寝はじめてしまった。

 そんなエールをアールコートは度々起こすのだがすぐに寝てしまうので、親衛隊の隊員達はその様子を見てくすくすと笑っている。チルディがそんなエールに呆れかえり、あまりに不真面目ということで耳を掴まれて部屋から出されることになった。

 

「全く、失礼な事なさらないでください!」

 チルディが言うにはアールコートは黒の軍の総大将という立場でありながら貴重な時間を割いて親衛隊の講義をしてくれている非常に優秀な人であるらしい。

 あとで謝っておきますと言いつつ、座学に出ようものならまた寝てしまうだろう、とエールは正直にチルディに話してみる。

「これだけ強いのに…… 私の先輩を思い出しますわ」

 チルディの脳内に気は良いがへっぽこな、それでいて目が離せない先輩の姿が思い浮かぶ。

 さすがにエールはそこまでではないと思い直し、女性には武、知、美、礼とチルディは語った。

 

 エールが世界一尊敬している女性は冒険、貝、火という人なので求めるものがだいぶ違う。

 4つ目選ぶとして他は何が入るかな、信仰ではない気がするなー、とエールはチルディの説教を受けながらクルックーのことを思い出していた。

 

 長田君はすっかりアーモンドと仲良くなっていて、先の冒険の話を聞かせたりしているのが見える。

 エールもそっちに混ざりたいと思いながら見ていたが、チルディは相変わらずエールにあれやこれやと構っていた。

「全く、エールさんは困った方ですわね。それでは親衛隊に入れることはできませんわよ」

 エールは驚きながら親衛隊に入る気はないことを伝えた。

 するとチルディは心外とばかりに目を丸くさせた。

「あら……うちに入りに来たんじゃありませんの?」

「こいつにそういうのは無理っすよー」

 長田君の言う通りエールは訓練相手になること以外は仕事ではないし、あまり興味がないことを伝えた。

「つーか、エールなんかを親衛隊に入れたいんすか?」

「ええ、エールさんは不真面目さはともかくとしてとても優秀な方ですから。正直に申しますとそれだけではないのですが……」

 エールは理由を聞かせてほしい、と言った。

「アーモンドは将来、親衛隊に入るでしょう。才能やこの子の実力を考えればすぐに隊長になってしまうと思います。しかし何の張り合いもなく、そうなってしまうのではなく私のように超えるべき壁や目標がこの子にもあってほしいのです。それをぜひ実の姉であるエールさんにと考えておりますの」

 娘を自慢するようにチルディが語り、アーモンドが嬉しそうにしている。

 なぜ、自分なのかとエールが尋ねる。

「レベルや技能を考えて他の方々、同じ元魔王の子達でも出来ませんから。ですから強さだけではなく礼儀や女性らしい立ち居振る舞いも身に着けていただきたいのです。それはきっとエールさんのためにもなりますわ」

 自信ありげに口元に笑みを浮かべる。

 エールはそうすればナイスバディになれるのだろうかとチルディを見て考えながら、考えておきますと適当に相槌を打った。

 

 とりあえず、物は試しとばかりにアーモンドと模擬戦をしてみることになった。

「よろしくおねがいします」

 ぺこりと頭を下げるアーモンドはすでに礼節を身につけているようで、剣を振るうその足取りは軽く、剣には確かな重みを感じるものだった。

 手加減をしながら戦い、最後は前にザンスと模擬戦でやられたときのように頭をこつんと剣で軽く叩いて訓練ははおしまい。

「ありがとうございました、エールあね様」

 そう言いつつも相手にならなかったのを悔しそうにする妹の姿は可愛い。

 さすがにまだまだエールには及ばないもののその実力は5歳にも満たない年齢ながら既に親衛隊の中堅クラスなのではないだろうか。

 エールは姉として誇らしくなって強いねー、と褒めながら笑顔を浮かべてアーモンドの頭を撫で繰り回す。

「いや、それはエールの贔屓目じゃねーの」

 エールは長田君の言葉を無視した。

「えへへへへ……」

 アーモンドは悔しそうにしてたのから打って変わってにゃんにゃんのように気持ちよさそうにしている。

「エールさん、アーモンドの頭を撫でないでくださいまし!」

 チルディがその光景に気が付き、エールはなぜかすごく怒られてしまった。

 その剣幕に思わず謝るも、なぜ撫でてはいけないのかを聞いてみた。

「……じょ、女性の頭を軽々しく撫でてはいけませんわ。髪も乱れますし」

 ならこんな感じですかと、エールは手を伸ばしてチルディの頭を優しくさわさわと撫でてみた。

「あっ……ん、んっ……」

 怒られると思ったがチルディはなぜか顔を真っ赤にし、とても気持ちよさそうにしている。それはアーモンドよりもさらに甘えたにゃんにゃんのようだった。

 

 エールが一通り撫でおえて手を放すと、その手が名残惜しそうに見つめられた気がした。

 

「ほ、本日はここまでですわ、また明日。しっかり体を休めてくださいね……」

 さっと気を取り直すとチルディは優雅に身をひるがえし、アーモンドの手を引きぱたぱたと走っていってしまった。

 

 

 エールは何だか悪いことしてしまったような気がした。

 




※ 08/14 ハニホンXに合わせて一部修正

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