恋愛・青春描写がありますので苦手な方はご注意下さい。
おまけですので「エールちゃんの冒険」本筋とは繋がりません。
「さあさあ、どっちを選ぶのかしら!?」
パセリがキャ-キャーと騒ぎ、ザンスがエールとスシヌを交互に見ながら悩み始めた。
エールはそんな様子を見てボクがザンスと行けばいい、とさっと口を挟んだ。
その言葉を受けて悩んでいたザンスは意外そうな目でエールを見た。
「え、エールちゃん!?」
「まぁ、エールちゃんたら意外に積極的なのね」
スシヌやパセリもその言葉に驚いたようだ。
「ほら、スシヌも負けないようにアピールしていかないと」
「え、えええ? わ、私は別に、そんな……」
「え、何? お前ザンスと行きたいの?」
長田君の声には少し寂しそうな響きがある。
スシヌを任せるならザンスより身内であるパセリの方が安全だろう。
それに実体があるとはいえやはりパセリは幽霊、スシヌの持っている杖からあまり離れない方がいいはず、という考えをエールが話した。
「私なら大丈夫よ? 誰と一緒でもしっかりついて行くわ」
それにパセリが傍にいないスシヌとザンスを二人きりにするのは危険、と今度は少し真剣な目でエールは話した。
「それを言ったら二人きりになって危ないのはエールもだろ! お前、リーザスで――…」
そこまで話して長田君は口を閉じた。
シーウィードの一件はエールとザンスのお互いの名誉のためにも秘密にしていることだ。長田君もそこは空気を読んで周りに言わないようにしている。
「何々? リーザスで何かあったの?」
「い、いや、何でもないっすよ!? ほんと!」
誤魔化す長田君にエールは二人きりではなくいざとなったら日光さんがいるから、とその頭をポンポンと撫でた。
「エールちゃん、ザンスちゃんと行くの……?」
少し落ち込んでいるスシヌにエールはザンスと行きたいなら代わる、と話した。
「そ、そういう訳じゃないんだけど」
スシヌはちらっとエールを見てすぐに目を伏せてもじもじとしはじめる。
「がはははは! そーかそーか。お前ら、そんなに俺様と行きたいのか」
ザンスはそんなやり取りをしているエールとスシヌを見て上機嫌で笑った。
スシヌと行かせるのは危険だからという事と、エールとしてははやく桜が見たいだけである。
エールは口を尖らせながら言うがザンスの耳には届いていなさそうだ。
「よしよし、今回はエールを選んでやる。お前の方が先に言ったからな」
そう言ってエールの方を見た。
「あら、負けちゃったわね。スシヌもチャンスだと思ったらもっと積極的にいかないと」
「一緒に行きたいのは、ザンスちゃんじゃ…」
スシヌのその小さな呟きは周りに聞こえないまま空気に溶けていった。
「よし、さっさと進むぞ」
ザンスがエールを連れて行こうとすると
「俺もついてくー! ザンスと二人きりとか何されっかわかんねーから!」
そう言って長田君がエールに駆け寄った。そしてザンスに軽く蹴られてごろごろと転がる。
「陶器は一人寂しくついてくりゃいいんだ。どうせモンスター扱いなんだからな」
「俺は冒険者で文化的なイケメンハニーだぞ! 野良ハニーなんかと一緒にすんな!」
恋人たちのイベントを一人で回るとか拷問にもほどがある、とエールは哀れみの視線を長田君に向ける。
「一人で回るならいかねーっての! そんなんやったら俺寂しくて割れるからな! しばらく思い出してトラウマで割れるぞ!」
よく分からない怒り方をする長田君の頭をパセリが撫でた。
「長田君は私達と行きましょ。だからここはエールちゃんとザンスちゃんを二人きりさせてあげるってことで」
エールはスシヌとパセリさんだと両手に花だよと言いつつ、スシヌとパセリの護衛を長田君にお願いした。
「…あれ、それはちょっと嬉しい? 王女と元女王の護衛とか騎士っぽくね? 俺、ハニーナイト?」
スシヌに手を出したらバラバラにして桜の下に埋める、とエールがすごむと長田君は恐怖でひびが入った。
「おい、さっさと行くぞ」
エールは長田君達に軽く手を振り、先に歩き出したザンスの後を追いかけた。
………
エール達が一方通行の細道を進んでいくと、上空から声が聞こえる。
『第一の試練合格』
分岐路につくと突然ぶたバンバラ達が立ちふさがったが、エールがそちらを視認したと同時に覚えたての魔法で消し炭にした。
「何か知らんが合格したみたいだな」
ザンスは消し炭にされた魔物を踏んづける。
「なんだこりゃ、こんな雑魚が相手で何が試練になるってんだ。試練がどうこう言ってたがこれじゃ期待できそうもねーな」
ザンスやエールの相手になる魔物が出てきたら普通の冒険者では手も足も出ないだろう。
しかしもしかしたら最後はハニー造幣局らしくゴールデンハニーが立ちはだかるのかもしれない、とエールがザンスに話した。
「がはははは! 上等だ、ぶっ倒して金塊にしてくれるわ」
ザンスは笑ってのしのしと道を進んでいった。
エールは先ほどのように横の道に追い出されることもなく、目の前の一方通行の道を見て安心した。
遠くには桃色の花が咲いているのがちらりと見える。
はやく行こう、とエールが早足で道を進んでいくのをザンスは呆れた顔を浮かべながらついて行った。
紅葉に覆われた木々の中にちらちらと桃色の花が見えはじめていて、エールの足取りは軽くなっていった。
エールは何となくザンスに桜を見たことがあるのかどうかを尋ねた。
「俺がJAPANのもんなんぞに興味があると思うか?」
ザンスはつまらなさそうにそういうので、エールはザンスも見るのははじめてなのかとさらに質問を続ける。
「乱義のアホが魔王の子達の新年会が出来なかった年にJAPANで花見会開いたことある」
その花見と言うのは桜を見ながら食べたり飲んだりすることであるらしい。
エールは楽しそうだと思いせっかくだから花見をしよう、と気合を入れた。
進んでいくとまたしても魔物が数体が立ちはだかった。
「……また雑魚じゃねーか。あんなのお前で十分だ、さっさとやってこい」
しかし今度はザンスは少し目を逸らしている。どうしたのかと思い見てみると、魔物の中に女の子モンスターのマジスコ、つまり大事な所がまるだしの女の子モンスターが混ざっているのが見える。
エールはじーっとザンスの方を見て何か声をかけようとしたが言葉が見つからなかった。
「何見てんだ、おめーは!」
哀れむような目に見えたのか、エールは頭を叩かれた。
エール魔物を倒すと、またしても頭上から声が聞こえる。
『第2の試練、仲良く手をつないで歩け』
「………は?」
それを聞いてザンスが素っ頓狂な声を上げた。
同時にそれを聞いたエールは桜の通り抜けは恋人たちのイベントであるという事を思い出し、なんだか可愛い試練だね、と言いながらザンスに手を伸ばした。
「なんで俺様がそんなこっぱずかしいマネ……」
ザンスはその手を掴もうとしない。
エールは少し頬を膨らませてザンスの手を無理矢理掴もうとするがするっと抜けられてしまった。何度もその手を狙って手を伸ばすが何度やっても捕まえることが出来ない。
「お前なんぞに捕まるか」
目の前に憧れの桜が広がっている道がある、エールは是が非でも行きたかった。
そしてそのためには手を繋いでくれる人が必要である。
「戻ってスシヌとくりゃいいだろが」
長田君ならいつものように手を繋いで散歩気分でいけただろうが、エールは腕を組んで悩み始めた。
しばらくそうしていて何かを思いついたように手をポンと叩く。
乱義ならきっと余裕で手を取って、ついでに桜について色々と教えてくれながら一緒に歩いてくれる。
そんなエールの言葉にザンスは目を開いた。
そして苛立った表情を浮かべると同時にエールの手を無理矢理引っ掴むとそのまま桜並木を歩き出した。
桜綺麗だしゆっくり歩いて欲しい、歩幅を合わせようとせずにずかずかと歩いているザンスにエールに抗議をした。
「一緒に行ってやるだけありがたいと思え」
ゆっくり行きたいエールと早く終わらせたいザンスとで手を繋ぎつつも互いを引っ張り合う状態になっていた。
思わず強く握られた手にエールが少し顔を歪ませる。
「ちっ……」
シーウィードで強く足を掴んだことを思い出したのか、観念したようにザンスは力を抜いて歩幅をエールに合わせはじめた。
その様子を見てエールは少し勝ち誇ったような笑顔を見せる。その笑顔を見たザンスは繋いでない方の手でエールの頭をポカンと叩いた。
握り合った手からお互いの体温が伝わる。
ザンスの手はとても大きくて固く鍛えあげられた戦士の手だ、とエールは思った。
リーチの違いは体格の良さもあり武器だけではないのだろう、才能の差もあるが剣ではまず勝てる気がしない。
だが味方であれば頼りになる、エールはそう思いながらザンスの顔を少し尊敬するように見上げる。
逆にエールの手は剣を振るう者の手とは思えないほど小さく柔らかかった。
手を繋いで並んでいるととよく分かるがエールはかなり小柄であり、とても世界屈指の強者の身体には見えない。
実際に中身を見ているが色白で華奢な体つきをしていた、そこまで思い出したところでザンスは何も考えないように自分を見つめてくるエールから目を逸らした。
エールは叩かれたものの、自分の歩幅に合わせはじめたザンスを見て楽しそうににこにこと笑っていた。
きらきらと陽に透ける桃色の花びらが美しく、エールは目を輝かせながら進んでいく。
はしゃいだ様子で風に揺られて舞い落ちる花びらの一枚を掴んだ。
「そんな楽しいか?」
エールは大きく頷いた。
エールが桜綺麗だね、と言いながら手のひらに乗せた花びらをザンスに見せる。
小さく可愛らしいこの花びらに似た桜貝とはどのような可憐な貝なのだろうか。
ホ・ラガから伝説の貝の情報は手に入れているが、桜貝もぜひ手に入れたいとエールは気合を入れた。
「そーだ、そーだ。お前脱がせたときそんな色してたぞ」
ザンスがニヤニヤしながらそんなセクハラめいた事を言った。
てっきり恥ずかしがると思ったのだが言われたエールはザンスに脱がされた覚えはない、と言いつつ服のボタンを一つ外して自分の服の中を覗き込んだ。
同じような色だと言うが服の中は暗くて胸元がよく見えず、さらに服をずらそうとしたところで…
「はしたない真似してんじゃねぇ!」
エールはザンスに叱られて、またしても強く手を引っ張られてしまった。
「アホなことしてねーでさっさと行くぞ!」
歩幅を大きくしたザンスに引っ張られ、エールは桜並木を抜けた。
『……ごうかーーーーく』
またしても合格したようだが、桜の通り抜けはまだ奥に続いているようだ。
「どうせならもっとエロい試練だったら面白かったのにな」
エールの手をぱっと離しながらザンスがそんな事を言った。
さっきの体たらくでよくそんな大口を叩けるな、とエールは思ったが口には出さないでおく。
代わりに例えばどんな事だろうか、と。
「そりゃエロい事と言ったらまず服を脱がせてだな。野外と言えば露し――」
「ここは毎年行われている純粋な恋人たちのイベント。そんな試練はあるはずがありません」
それまで黙っていた日光が言葉を挟んだ。
「ちっ、そういや保護者気取りがいたな」
エールは日光はここに来たことがあるのかを聞いてみた。
「過去に私のオーナーだった人とその恋人がここを目指してゼスに来ようとしていたのです。イベントもそうですが桜はJAPANが有名だとか、彼らの住んでた世界でも知られているとかで私に見せてくれると言っていました。結局、道に迷ってヘルマン方面に行ってしまって来ることは出来なかったのですがね」
懐かしそうな声色で話す日光に優しいオーナーさんだったんだ、と返事をしつつエールは少し嫉妬心を感じた。
「ってことは、その恋人がいるオーナーとやらとも例の儀式をしたわけだ」
ザンスがそう言うと日光は押し黙った。
エールは前にも話していたがその儀式とは何なのか、と尋ねる。
「……お前は知らんでいい事だ」
エールはそう言われると気になる、と口を尖らせた。
「私にとってもあまり知られたくない事です。エールさんは儀式なしに私を使うことが出来ていますから知る必要も無いかと」
エールはそう強く言われてそれ以上聞くことは出来なかった。
「まー、俺様が近いうちに身体にじっくり教えてやるから楽しみにしてろよ。がはははは!」
エールは首を傾げつつも楽しみにしてる、と返すとザンスは言葉に詰まった。
「ザンスさんに何か出来るとは思いませんがね……父親とは違って」
日光は二人に聞こえないように小さく呟いた。
エール達がそのまま先を進んでいくとまたしても頭上から声が聞こえる。
『第3の試練、熱い抱擁をせよ』
「………………」
ザンスは何も言わずにエールを見た。
エールが抱擁と言われて思い出すのはレリコフだ。抱きつけばいいのであれば、これもまた簡単な試練である。
「お前、抱擁っていうのはだな……」
ザンスはそこで言葉を切った。
エールが先手必勝とばかりに避けられないようにザンスに抱きついた。
体格が大きいのでとても抱きつきづらく、首に手を回すと足が浮く。
レリコフはジャンプして飛びついていたな、とエールはにゃんにゃんのようなふわふわとゆれる金髪を思い出しつつ手に力を入れてザンスを抱きしめている。
「お、おまっ……いきなり何しや――!」
ザンスは突然の事に焦って固まったが、自分を見上げるエール表情はいつもと変わっていなかった。
それを見て一旦深呼吸をするとぶすっとした表情で抱きしめかえすようにエールの背に手を回す。
エールはいつものように引き離そうとされるか叩かれるかのどちらかだと思っていたので、その意外な反応に目を丸くした。
「お前、ほっそいな。あんだけ食ってるのに全然成長してねえじゃねーか」
そう言いながらぶら下がっているエールを軽く支えるようにしつつザンスが言った。
ザンスとしては先ほどからエールに振り回されっぱなしであり、このままでは終われないという男としてのプライドがあった。
「がははは! こうしてるとお前も可愛いもんだ。まあ、悪いもんでもないぞ、たぶんな!」
エールの顔がすぐ目の前にあり、全身に女性らしい柔らかい感触が伝わってきて、ほんのりと良い匂いが鼻をくすぐり、否が応でもシーウィードの一件が頭に浮かんでくる。
余裕のありそうな言葉で冷静を装ってはいるが、内心この後にどうしていいのか頭をフル回転させて考えていて軽くパニック状態である。
『……ごうかーーーーく』
その声が聞こえるとエールはザンスの首から手を放し、ザンスも同時にエールを下すように手を離した。
「俺様に抱きつけて満足したか?」
そう余裕のある事を言いつつも、心臓の動悸が収まっていない。
エールは少し考える仕草をしたが、ちょっとドキドキした、と素直に答え照れたような笑顔を浮かべた。
「……こっち見んな」
その表情を見たザンスは小さくそう言ってそれ以上話もせず、エールの顔を向くこともないままざくざくと一人森を踏み荒らすように先に歩いて行ってしまった。
エールが悪い事でもしたかと首を傾げるが
「あれは照れているんですよ」
日光が優しい声色でそう言ったので、エールはすぐにザンスの後を追いかけた。
「流石にあれで最後だろうな」
これ以上エスカレートするならやはりこの森は燃やすべき、とエールが言おうとしたところでで……
『君達は、素晴らしいカップルだ。永久の愛をあの桜の元で誓いたまえ』
その言葉が聞こえてきて、目の前には一際大きな桜の木がそびえたっているのが見えた。
ゴールについたね、とエールが声をかけようとしたが
「誰が誓うかーーー!!」
ザンスはそう叫んで、どこかに走って行ってしまった。
エールはその後ろ姿を見て楽しそうにくすくすと笑いながら、目の前で満開に咲き誇っている大きな桜を見上げる。
桜の通り抜け。
ここはエール達が来るには少し早い場所だったのかもしれない。
・ザンスと行く桜の通り抜け
スシヌ、長田君(&パセリ)ときたので最後にザンスルート。ザンスとベストフレンド時、女エールだとハニーインザスカイ等での差分が多めで甘酸っぱい雰囲気なのでそれに寄せようとして通り過ぎました。
日光がザンスに少し警戒を解き、優しくなっているのは(父親と違って)童貞だと知ったからです。