エールちゃんの冒険   作:RuiCa

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エールとレイとメアリー

「ただの女の子達じゃないか。子供に絡むなんてなに大人気ないことしてんの」

「メアリー……」

 

 魔人を叩くなんてすごい人だな、と思いつつエールはその女性を見た。

 美人とはいい難いが、さばさばとした雰囲気がある可愛い感じの人である。……どこかで会ったような気がするのだがエールには思い出せなかった。

 

「悪かったね。ちょっと色々あってピリピリしててさ」

 ピリピリなのかビリビリなのか、ただその女性が困ったように謝ってきたので、エールは日光を鞘に戻した。

 

「このガキが持ってるもん、覚えてねーのか。そいつは聖刀・日光……」

「見りゃ分かるよ。それでこの子達があたし達に何しようとしたって言うの。襲い掛かってきたわけでもないだろ」

 

 レイはエールの方を改めて見た。

 エールはすでに一旦抜いた日光を鞘にしまっていて敵意も感じず襲い掛かってくる気配もない。

 ただ背後にスシヌを庇うように立っていてレイの方を警戒をしている様子が伺える。

 

「…お前、この間ぶち殺した連中の仲間じゃねーのか」

 レイの言葉にエールは首を少し傾げてから横に振った。

 そしてそいつらはオレンジ色の軍服を着てはいなかったか、と聞く。

「ああ、そうだ。やっぱり仲間じゃ――」

 そいつらは魔王の関係者や魔人を狙っている東ヘルマンという連中で自分たちも魔王の子として狙われている、ということを話した。

「魔王の子? レイ、この子達ってもしかして」

「あの男のガキども。名前は覚えちゃねーがな」

 魔王の子、と聞いてメアリーは目を見開いてエール達を見た。

 レイの言葉を受けてエールはAL教の法王クルックーの娘エール・モフスです、と丁寧に名乗った。

「わ、私はゼス国女王マジックの娘、スシヌ・ザ・ガンジーです」

 スシヌはまだ戦った時の事を覚えているのかエールの後ろから怯えた様子でおずおずと名乗る。

「へー、あの法王さんとマジック女王の娘さんか。挨拶が遅れてごめんね。私の名前はメアリー・アン、それでこっちはレイ。レイとは会ったことあるみたいだね」

 魔王城に向かう途中で戦った、と言った。

 そしてエールはレイをちらっと見つめてすぐにメアリーに視線を戻すと、日光で無敵結界をはずした後は魔法で余裕で倒した、と少し得意げに付け加える。

「…あん時はけっこうな人数でかかってきやがったからな、なんならもう一度一対一でやるか?」

「はいはい、ムキにならないの。元はと言えばレイが勘違いして絡むからだろ。誰にでもそんなんじゃいつまで経っても勘違いされたままだよ」

「勘違いでもねーだろ、魔人だったんだからよ」

 魔人だった、という過去形である。

「エールさん、この者からはすでに魔人の気配は消えています」

 エールは日光の言葉に納得した。

 魔血魂を倒した時に近くにいたのか、どうやらこの雷の魔人も魔人でなくなっているのだろう。

「…そうだ。俺はもう魔人じゃねぇ」

「そうはいっても、魔人を狙う連中にはいまだに狙われてるけどね」

 一見すると普通の人間にしか見えないメアリーと元魔人のレイ、二人はどういう関係なのかとエールが尋ねる。

「恋人同士さ」

「…そんなもんだな」

 今度はエールが目を見開いて驚いた。

 人間と元魔人が恋人同士、それもかなり乱暴ものだと思っていた魔人がである。しかし恋人だというメアリーのいう事には素直に従っているようで、嘘をついている様子は全くない。

 エールはそれを不思議に思いつつメアリーとレイを交互にちらちらと見た。

「しかしスシヌ王女か。赤ちゃんの時に会ったことあるけどお母さんに似て可愛くなったねえ」

 メアリーは気さくに話しかけてきた。

「母をご存じなんですか?」

「16年前の魔人戦争でちょっとね。それにここはゼスだから女王のことは――」

 

 

「うぉーい、エールー!」

 

 メアリーとの会話を遮るように聞きなれた声がする

 エールが自分を呼ぶ声に振り向くと、長田君とパセリが手を振り、ザンスがふてくされたような顔をしてこちらに歩いてくるのが見えた。

 

「エールちゃんとスシヌも無事に抜けられたみたいで良かったわ」

「二人も無事着いたんだな! マジで女の子同士でもいいのにハニーはダメってわけわかんねーよ」

 長田君はまだ不満そうにしている。

「それでどうだった? たぶんエールちゃんがリードしてくれたと思うんだけどドキドキした? 手を繋いだのよね? 抱擁はどうしたの?」

 目を期待に輝かせながらグイグイと聞いてくるパセリにエールは楽しかった、とだけ答える。

 スシヌも少し焦り頬を染めつつ、それにうんうんと頷いた。

「あら、二人だけの思い出にしたいってことかしら。残念だけどそれも青春かしら」

 エール達はパセリが幽霊のままだったら撮影されるレベルで覗かれていたような気がした。

 

 パセリさんこそザンスと手を繋いで歩いたり抱きついたりしたのか、とエールが尋ねる。

「このババアが勝手にべたべたとひっついてきやがった」

「俺も手握ってもらったぞー」

 男二人が話すにどうやら試練はパセリがリードしたらしい、エールは納得した。

「男の子に両方の手を引っ張られてると昔を思い出すわ。若返った気分ね」

 パセリは懐かしそうに話した。

 二人はパセリさんに手を引っ張られたり抱きつかれたりで緊張しなかったんだろうか、とエールは少しからかうように聞いてみた。

「そんなわけねーだろ。悪霊ババアにくっつかれても精々憑りつかれてるっつー気分になるだけだ」

「もうザンスちゃんったらあんなに嫌がることないじゃない。それにしてもザンスちゃんて良い身体してるわよね。背が高くてたくましくて温かくて私ったら思わず―」

「お、おばあちゃんったら何言ってるの!」

 セクハラめいたことを言ったパセリをスシヌが慌てて止めていた。

 エールはパセリの言葉を聞いて何となくザンスをじろじろと見つめる。

「なんだ? 俺様に抱きつけなくて残念だったか?」

 スシヌはふんわりとしていて抱き心地が良くなんか良い匂いがした、とエールが言った。

「そ、それを言うならエールちゃんだって柔らかい手でぎゅーっとしてきてすごく可愛くてっ」

「お前ら何してたんだよ?」

 ザンスがそういうと同時に、長田君がそれを聞いて何かを想像したのか割れていた。

 

「まだいんのか……」

 合流してわいわいと言い始めたエール達を見てレイがそう呟いた。

 前髪で目線が分かりづらいが、その中でも真っすぐにザンスを見ているようだ。

「どっかで見た顔がいると思ったら魔人のビリビリ野郎じゃねーか。なんだ、あん時負けたリベンジでもしに来たのか?」

 エールはもうレイは魔人でなく危険もないことを告げた。

「危険はない、ねぇ。そりゃ俺等は勝ってんだから当然だな」

「あん時は人数差があっただけだろうが。……なんなら、今すぐぶっ潰してやろうか?」

「はっ、そりゃいい。雑魚ばっかで退屈してたとこだ」

 ザンスの挑発に乗る形でレイが構え、ザンスも嬉しそうにバイ・ロードに手をかけた。

 

 戦闘好きだという元魔人、そしてリーザスの赤い死神がにらみ合うとそれだけであたりの空気に緊張感が走った。

 

「はいはい、やめやめ! こんな所で何しようってんだい!」

 

 そんな二人をメアリーがさっと止めに入った。

 普通の人間なら元魔人に赤の将の間に入る事など足がすくむだろうが、メアリーは気にした様子もなく子供の喧嘩を止める母親のように間にずかずかと入っていっている。

 

「メアリーは下がってろ」

「あんた達が戦ったら周りに迷惑かかんでしょうが。ちっとは場所考えな」

 ここは伝説の桜があるデートスポットである。

 周りにいる人たちはが何事かとエール達の方を横目で見ていた。

「…ちっ、分かったよ」

 

「逃げるのか? もう魔人じゃねーんだろ。無敵結界がなきゃ戦えねーってか?」

 なおも挑発するザンスを今度はエールとスシヌが止めに入る。

「ざ、ザンスちゃん落ち着いて! 向こうは引いてくれたんだからっ」

「人数の差で勝っただけのくせに偉そうに。俺より強いつもりかよ」

「レイ、やめなって」

 お互いのにらみ合いは止まらない。

「邪魔すんな。試練だとか言ってクソ雑魚ばっかだったからな、ちょうどいい一対一でそいつボコって――」

 周りの浮ついた雰囲気に苛立って仲良さそうなカップルにあたっているように見える、とエールが言うとザンスはエールの頭を叩いた。

 

 メアリーはエール達に止められ、エールの頭をポカリと叩いているザンスを見た。

 その姿がかつての魔王、いや総統とその奴隷の姿と重なる。

「こっちはザンス王子だね、いかにもあの魔王の子って感じがするわ。父親とそっくりじゃないか」

 そういって昔を思い出したのか楽しそうに笑った。

 その笑いが馬鹿にされたように聞こえたのかザンスはメアリーをにらみつける。

「あぁ? このブサイクチビ女、俺様のどこがアレに似てるって――」

 レイが侮辱の言葉に怒り再度手に雷をためたのを見て、エールはザンスの頭を思いっきり叩いた。

「ってーな! 何しやがる!」

「お前がいきなり失礼な事言うからだぞー!」

 長田君が叩かれて当然、とザンスに怒っていた。

「あはははは! 父親に似てるって言われるのは禁句だったか、悪い事言ったね。ごめんごめん」

 メアリーは怒っているレイを手で制しつつ、自分が言われた言葉も気にせずに謝った。

「似てるって言うのは男一人で可愛い子ぞろぞろと引き連れるとことかだよ。エールちゃんにスシヌ王女は妹だろうけど、一緒に来たそっちの大人っぽい子が本命の恋人かい?」

「あら~そう見えるかしら?」

 パセリはそう言われて満更でもなさそうにニコニコしていた。

「ちげーよ。エールとスシヌは俺の女だがな」

「…は?」

「俺様が一人で満足するわきゃねーだろ。もちろんこいつらだけでもねーからな」

「女なんぞ一人で十分だ」

 レイがメアリーを見てさらっと言うのを見てスシヌが顔を赤くし、パセリが熱いわねーと小さく呟いた。

「そこのやつら、妹じゃねーのか」

「だから何だってんだ」

 さも当然とばかりにザンスが答えたのでレイはそれ以上何も言わなかった。

「エールもスシヌもお前の女じゃないってー! あと近親そーかんは、いけないんだぞ!」

 長田君の抗議がザンスに届いていないのもいつものことだった。

 

「こりゃ節操無しかい。ならこっちの人と、あとハニーは?」

「俺は長田! イケメンハニーの長田君でエールの相棒! 俺も魔王城まで行ったんだぜ!」

「へー、そりゃすごいもんだ。魔王の子じゃないよね?」

 さすがの父もハニーとはやってないらしい、とエールは話した。

「メアリーさん、覚えてない? 私はパセリ。体があるからかしらね」

「もしかして城にいた幽霊さん?」

「ええ、これは魔法で身体を作っているだけなのよ」

 パセリはくるりと回っている。

「ババアはさっさと幽霊に戻りやがれ」

「イベント抜けるまではこのままでいるわ。身体があるとここの幸せな空気をぐっと感じられるんだもの」

 

 エール達が改めて周りを見ると当然のごとくカップルだらけだった。

 

「伝説の桜の下でき、き……け、契約をしてる人はいないんだねっ」

 キスをすると言ってしまうのを恥ずかしそうにしているスシヌが話した通り、恋人たちのイベントである桜の通り抜けのメインイベントだと思っていたがみな遠巻きに伝説の桜を眺めているだけのようだ。

「何でもその永久に別れる事のない契約ってのがかなり強力らしくてね。感情を固定するからバカになるとか、浮気すると問答無用で死ぬとか、なんか物騒な噂があるんだよ」

 メアリーが桜を見上げながら苦笑している。

「やっぱ呪いじゃねーか」

「もちろん噂だけどね。そんなのよりゼスの将軍がここで奥さんにプロポーズしたって話の方が有名なんじゃない? んで、それからここでプロポーズすると幸せになれるんだと」

「あ、エールちゃん! これがサイアス将軍のお話だよ。奥様と本当に仲が良いから」

「いかにもあのキザ野郎がやりそーなこった」

 ザンスは砂を吐くような甘い話に苦い顔をする。

 エールはこの衆人環視の中キスできるようなカップルならそもそも契約なんていらないのではないか、と考えていた。

 

「それでお二人はどうなのかしら?」

 パセリがメアリーとレイに尋ねる。

「あたしらも特にそういうことしに来たんじゃないよ。ただ何となく毎年来てるってだけで、もう何年になるのかね?」

 メアリーが思い出すように悩み始めるが…

「9年目だな」

「よく覚えてんねえ」

 レイがさらっと答えたのを見てメアリーは嬉しそうな顔をした。 

「居るのが当たり前、契約なんかいらない間柄なのね。羨ましいわ」

「素敵ですねー…」

 パセリとスシヌは目を輝かせつつ感動しているようだ。

「改めて言われるとなんか照れるもんだね」

「大したもんでもないだろ」

 そう言いつつ、レイも口元に笑みを浮かべている。

 

 

「……なんか俺等、アウェー感やばくね? なんでこんなとこいんだっけ……」

 

 長田君は周りの甘い雰囲気に思わず縮こまり、ザンスもそんな周りに気が付くと居心地が悪そうにしている。

 

 エール達がピリピリとした敵意をおさめて話しはじめたのを見て安心したのか、周りではそこかしこで甘い空気が流れ始めていた。

 桜を見上げながら楽しくおしゃべりをしていたり、ご飯を食べさせあったり、身体を寄せ合っていたり、膝枕をして寝ころがったりとイチャイチャしているカップルばかりである。

 

 

「俺、もう帰りたいんだけど…」

 長田君が色々な感情で割れそうになっているところにせっかくだから周りに倣って膝枕でもしようか、とエールが膝をポンポンと叩いた。

「な、なんかそれは照れるつーか、割れるつーか? 恥ずかしいだろ! そーいうのは!」

「誰がそんなこっぱずかしい真似するか」

「え、エールちゃんの膝枕!? で、でもそういうのは私がする方がいいんじゃ、そ、そうじゃなくてそういうのは恋人同士でっ」

 全員が焦りだす中…

「エールちゃんったらモテモテねえ」

 パセリだけが余裕で笑っていた。

 

 エールは膝枕が必要なさそうなのを見て再度、伝説の桜を見上げた。

 はらはら舞い落ちる花びらを掴んで桜綺麗だね、と全員を振り返る。

 恋人たちのイベントとのことで本来なら縁がない場所ではあるが、無理を言ってでも見に来たかいがあったとエールは満足そうに微笑んだ。

 

「さて、さっそく花見の準備しようかね。せっかくだからみんなで一緒にやらないかい?」

 花見という単語を聞いてエールは首を傾げた。

「もしかして花見を知らない? 桜を見ながら食べたり飲んだりするんだよ」

 エールははじめて聞いた、と答えた。

「私達はJAPANでお花見会をやったことあるんだけど、エールちゃんは桜も見たことないって言ってたもんね。楽しいよ!」

「おっ、いいねー! せっかくだからここでワイワイやっちまおうぜ!」

 長田君は周りの甘い空気を何とか気にしないように、テンションを上げつつ言った。

「花見は大勢でやった方が楽しいもんだよ」

 そういったメアリーにエールも楽しそうだと目を輝かせる。

「でもお二人は恋人でしょう? お邪魔になっちゃうんじゃないかしら」

「いいよ、いいよ。来年、また来るんだから」

 惚気には聞こえない当たり前と言わんばかりの言葉。

 レイは面白くなさそうな顔をしているような気がしたが、来年は10周年のようだしその時は邪魔しないように変な連中に邪魔されないようにとエールは小さく願った。

 

 

………

……

 

 エール達は綺麗な桜を見上げながら、一緒に"花見"を楽しんでいる。

 

 本日の昼ご飯担当はエールだった。エールが作ると必然的に量が多くなるのだが、そのおかげでレジャーシートに並べられた食べ物は種類が多くちょっした宴会にちょうど良かった。

「こりゃ美味しい、器用なもんだね」

 エールは弁当を褒められたので素直に喜んだ。

「味は美味いけどエールは毎回ちょっと作りすぎだぞ。そりゃ、残すわけじゃねーけどもっと節約しねーと」

 成長期だから食べ盛りなんだ、とエールは言って説教してくる長田君をぺしぺしと叩いた。

 メアリーが作ってきた弁当も少し貰ったが、なんとなく母の味を思い出させるような安心する美味しさだった。

 

 レイはメアリーが作った自分用の弁当を黙々と食べている。

 メアリーはそれを嬉しそうに見つめて、さっとお茶を差し出していた。

 桜を見上げながら特に会話もない二人のやり取りは長年連れ添っている夫婦のような雰囲気を感じる。

 

「そういや、ハニー造幣局って昔強盗入ったことあるんだってよ。何でも桜の通り抜けを利用して侵入したとか、おかげで開催が危なかったとか。一時期はやたら警備厳しかったらしいっすよ」

 長田君がそんな事を話し始めた。

「ハニー造幣局が好意でやってるってのに酷い事をする奴がいたもんだ。まあ、最近は出店で儲けてるみたいだけど」

「こんなロマンチックなイベントを利用するなんて……」

 メアリーとスシヌは少し怒っているようだ。

 そういうことをする奴は絶対モテない奴だ、とエールは言った。

「あと、なんかゴールデンハニーが地下に埋まってたとかさー…」

 

 エール達はメアリーと色々と話をする、といっても主に話すのは話し上手の長田君である 

 魔王討伐の冒険を分かりやすくメアリーに話していて、レイもタハコを咥えながらそれを聞いている。

 

「……それであんた達が魔王を倒したってわけか。がんばったんだねぇ。英雄さんじゃないか」

 レイから聞いてなかったのだろうか、とエールは首を傾げる。

「魔王がもういないって事と、自分や他の魔人がもう魔人じゃなくなったとだけあっさりと話してくれたよ。それでもずいぶんと驚いたんだけど」

「俺からすりゃ無敵結界なくなっちまったぐらいだからな」

 見たところによると、レベルや性質などは維持されているらしい。

「あと年を取るようになったのかな。レイは元々人間だったから」

 

 そういえば冒険の途中でいろんな魔人に出会った、という話をエールがしたが…

「そうかい」

 レイは興味なさそうにそう言っただけだった。

 

「レイは他の魔人さん達とあんま仲良くしてなかったからね。ハウゼルさんとこの火炎書士さんなんか怯えさせるもんだから相談されたことあるよ」

「使徒のくせに臆病すぎんだよ」

 使徒というのは魔人に血を与えられた直属の部下のことである。

 エールが知ってる中だと主人はとっくに消えているらしいが、JAPANであった戯骸がそうだったはずだ。

「エールちゃん、ヘルマン行ったんでしょ? そこでペルエレって子に会わなかった?」

 パセリがエールに話しかけた。

「彼女も色々あって魔人の使徒なのよ。シーラさんとほとんど同い年なのに若かったでしょ?」

 そういえばレリコフがおばさんと呼んでいたのを思い出し、エールは驚いた。

「ああー、あの意地悪そうな人かー! 若いわりにやたら偉そうだと思ってたんだよな!」

 長田君もそれを聞いて納得していたが、ずけずけと物を言うのは本人の地なのではないかとエールは思った。

 

 そういえばメアリーもいわゆる魔人の使徒なのか、とエールが尋ねる。

「いいや、あたしは違うよ」

「え? んじゃ、でも魔人の恋人って」

「それでもあたしは人間」

「何でだよ。使徒になりゃ、弱い人間でもある程度強くなれるし歳もとらねーんだろ」

 ザンスが聞いている。 

 エールも確かあのサテラですら年齢は数百歳、メガラスは少なくとも4000歳であるということを聞いていた。

 魔人からすれば長くても100年程度の人間の一生なんて一瞬なのではないだろうか。

「でも使徒って言うと部下とか手下になるだろ。あたしはレイの部下になる気はないんだ」

 恋人だから?エールが聞く。

「そういうこと。付き合うようになった時からどっちが上にも下にもならないようにそれだけは決めてんだ。レイは部下にする気はないけど使徒にはなっとけって言われてたけどね」

 それを聞いてエールはメアリーとレイを見て考えた。

 

 人間と他種族では寿命が違う。ポピンズのように人間よりもっと短い種族もいる。

 愛し合ったとして、いつかはどちらかが残されてしまうのだ。

 エールは悪魔のハーフである長兄とその恋人の人間が頭に浮かぶ。

 

「あたしがおばあちゃんになって、レイがずっと若いままだったらどうなってたかね」

「変わんねーだろ、別に」

「そうだね。でもレイが魔人じゃなくなってその心配も無くなったわけだ。いやー、良かった良かった。あんがとね、エールちゃん」

 

 エールはそんなやり取りを二人を見て笑顔を浮かべた。

 

「そういやエールちゃんって法王さんの娘さんだったよね。あの人も元気にしてる?」

 エールは頷きつつも驚いて母と知り合いなのかとメアリーに尋ねた。

「それは良かった。なら、もしかしてエールちゃんも貝好きだったりするかい? 両親揃って貝集めが趣味だったからさ」

 メアリーはその質問には答えず、代わりにエールにさらに質問をした。

 エールは大きくゆっくりと頷いた。

 

「んじゃ、これあげよっか? もう似たようなの持ってるかもしれないけど」

 

 メアリーが荷物から取り出し、ひょいっと手渡してきたものを見てエールは思わず目を見開いて息を呑んだ。

 

 

 桃色がかった乳白色に宝石のように透明感のある光沢。

 今ここで咲き誇っている桜の花びらを幾重にも重ね合わせたかのような扇状の美しい縞模様。

 おそるおそる撫でてみると手に吸い付いてくる、まるで上質な布のような感触。

 図鑑で見るよりも小さく可愛らしいフォルムなのに、優しい色合いの中に力強い生命の神秘を感じさせる――

 

 斑点や汚れもなく、穴も欠けもない、完璧な状態の逸品で図鑑で見たものよりもはるかに美しい。

 

 

 それはエールが憧れていた桜貝であった。

 

 

「ちょっと小さいけど綺麗なもんだろ。ここはちょうど桜の名所だし、ちょうどいいもんだと思わない?」

 その言葉が聞こえているのかいないのか、目を点にして固まっているエールを見てメアリーはさらに貝を出し始めた。

「もしかしてもう持ってる? ならこのくるっと丸まってる貝とか、空色のやつとか、黒色のとか、この凄く綺麗なのとか……」

 そう言ってメアリーはレアな貝を次から次にエールに見せはじめた。

 オウム貝にそら貝、宇宙貝、さらにエールが見つけるのに苦労しクルックーに得意げに見せた真・オーロラ貝まであるようだ。しかもエールが手に入れた真・オーロラ貝よりも一回り大きいサイズである。

「今あるやつはこれだけだ。もう魔王に貝を届けることも無くなったから処分しちゃってあんま持ってないんだよ。これでも一応、面白いのとか特別綺麗なのは取っておいたつもりなんだけど」

 

 エールはメアリーが次から次に出てくるレアな貝に驚き、一部が処分されてしまったという事を聞き、思わず膝をついた。

 それほどの衝撃だった。

 

「ちょ、エール? 大丈夫? その貝がどうかしたの?」

 長田君が心配そうにエールに駆け寄ってきた。

 

「あはは、反応が両親と一緒だ。やっぱ親子だねぇ」

 そんな長田君を支えにしてエールは何とか立ち上がり、なぜこんな貴重なものを持っているのか、とエールはメアリーに詰め寄った。

「あたし、なんかそういう才能みたいなのがあるらしくてこういう綺麗な貝をよく拾うんだ。だからご機嫌取りに定期的にレイに貝を届けて貰ってたんだ」

 そんな才能が本当にあるのだとしたらどれだけ羨ましい才能なのか、エールはじっとメアリーを羨望の眼差しで見つめた。

「喜んでくれたみたいだね。ならこの中から一個だけあげることにしようか。魔王にも毎回一個ずつ届けて貰ってたから全部上げるとエールちゃんがあいつに怒られっかもしれないし」

 エールは全部欲しかったのだが、さすがにこれだけのものをまとめて貰うのに払える対価などない。

「え、そんなにすごいのこれ」

 貝の価値が分からない長田君や他の面々は理解できないという顔をしている。

 

 エールは全ての貝をもう一度見まわして悩んだが、手の平に乗ったままの美しい桜貝を手放す気になれずそれを選ぶことにした。

「んじゃそれをどうぞ。今度また会ったらもう一個あげるから――」

 エールは思わずメアリーに礼を言いながら抱きついた。

「はいはい、どういたしまして。魔王の子達ってすごく強いって聞いてたけどこういうとこはまだ見た目通り子供だねえ、可愛いもんだ」

 抱きついてきたエールの背中をポンポンと叩いた。

 

 メアリーに抱きついているエールを見ながらレイは複雑そうな顔をしている。

「……そういやその貝、あいつが受け取らなかったやつだよな。いらねーなら捨てるぞっつったらぶちギレやがってよ」

 そんなレイの言葉にこんな綺麗な貝をなぜ受け取らなかったのだろうとエールは首を傾げた。

「今だから言える事だけど、その貝って色がシィル姉ちゃんに似てんでしょ。だから手元に置いときたくなかったのさ」

 シィルというのは父の最愛の人物であり冒険に連れてってしまった人だというのをエールは思い出した。

 あのランスに告白させた人、エールはその存在が気になりいつか話してみたいと思っている人物である。

「どっちみちもう必要ないもんだろ。本物が生きてたんだから」

 貝マニアであればそれとこれとは話が別、むしろ無事だったからのだから尚更この美しい桜貝を欲しがるだろうが、エールはもう譲る気はなかった。

 会ったら見せてめちゃくちゃ自慢しよう、という気持ちがエールの中に沸き上がった。

「良かったね、エールちゃん」

「欲しかったもん貰えてよかったな、エール! 俺にはさっぱりわかんねーけど」

 荷物の中に目をキラキラさせながら丁寧かつ慎重に桜貝をしまい込むエールを見て、スシヌと長田君が小さな拍手をしている。

「魔法ハウス貰った時より嬉しそうにしてんな」

 ザンスもそんなエールを笑ってみている。

 エールは振り向いて小さくガッツポーズをした。

 

「そういやお前ら、前に来た時ロッキーいなかったか」

「ロッキーさんとお知り合いなんですか?」

「レイ、ちゃんと挨拶した? 世話になったでしょうに」

「背伸びてて全然分からなかった。向こうも何も言わなかったしな」

 

 レイは過去、ランスの命令やメアリーの助言で下働きとしてランス城で過ごしてたことがある。その際、同じ下働きとしてレイを指導をしていたのがロッキーだった。魔人であるレイに怯えていたのだが元来の面倒見の良さ、そして真面目さでレイにとっては良い先輩といえる存在であった。

 魔人と人間との戦いで死んだと思っていたのだが、まさか魔王の子についているとは驚いた。

 

 エールはロッキーさんとならつい先日会ったことと話す。

「孤児院か。レイ、そう遠くないようだしちょっと挨拶してくかい?」

「俺等が行って面倒事に巻き込むわけにもいかねーだろ」

 レイの言葉にメアリーが少し残念そうな顔をする。

「東ヘルマンか、魔人討伐隊だな。お前らも狙われてんのか」

「…襲い掛かってきた奴らは手加減なしで潰してんぞ」

 何かを守りながらというのは手加減する余裕もない、エールは護衛対象であるスシヌを見ながら頷いた。

「レイはあんま顔は知られてないからサテラさんやリズナさん達ほど狙われてないと思うんだどね」

 

 戦闘好きそうなのに顔が知られていないというのは少し意外な話だった。

 戦闘時に髪を上げて別人のようになるからだろうか、とエールは考えた。

「それもあるけど魔王はとにかく女好きだったでしょ? お供に連れてくのはサテラさんとかホーネットさん達でレイにはほとんど関心なかったんだ」

 その場にいる全員がとても納得できる話だった。

「レイは元々ホーネットさんとは敵側であんま信用されてなくて魔人の中じゃ立場は弱かったってのもあんのかな。そのおかげで人と魔人で戦争があっても自由に動けてたんだからラッキーだったかもんないけど」

「…呼び出されりゃ最前線でコキ使われたぞ」

 

「ただ最近急に狙われだしたんだよね。こっちは特に何もしてないんだけど」

「そりゃ東ヘルマンが魔王は倒されてない、魔王も魔人も潜伏して機会を伺ってるってって嘘の情報流してっからな。そのせいで魔人みつけりゃ徹底的に襲うだろ、無敵結界もなくなって倒せるようになったんだからよ」

 ザンスがメアリーの言葉を聞いて推測を述べる。

「何度ぶちのめしても向かってきやがる。めんどくせぇ」

 前にザンスが言ったようなことをレイが言っている。

「そのおかげであたしらも同じところに長く居られなくてね。今は半ば強制的に冒険させられてんのさ、慣れちゃえば楽しいもんだけどね」

 だが魔人だったレイはともかく、メアリーは普通の人間だ。

 エールが心配そうな目で見ると、メアリーは平気平気とひらひら手を振った。

 

「元魔人っつーとどこ行っても怖がられんだろ。お前はそこそこやるしリーザス(うち)で雇ってやろうか?」

「けっ、いらねーよ」

「どっか落ち着くところがあればいいんだけど、さすがに大国に御厄介になるのはちょっとねえ。シルキィさんなんかは魔物界に安全な所をつくるからそこにくればいいなんて誘ってくれんだけどそれだともう人間界(こっち)に帰って来れない気がするし」

 魔人に対する恨みは今もなお各地で燻っている。

 元魔人を国で匿うのはリスクが高く、魔物界に行くのも危険となれば、彼らの状況はそこまでいいものではなさそうだ。

 

 エールはそれを聞いておもむろに地図を書き始めた。

 そしてメアリーにさっと手渡す。

 

「ん? これはどこの地図?」

 

 その地図はエールが誰に知られることもなく育った村、トリダシタ村の地図である。

 

「へぇ……招待してくれるの?」

 エールは大きく頷いた。

 AL教の人達が多くいるが勧誘は熱心ではない。田舎だがここなら元魔人であっても安全に暮らすことが出来るだろう。

「そっか、ありがとう。……優しい子だね。この地図の場所には困ったら頼ることにするよ」

 

 メアリーがエールの頭を撫でながら礼を言った。

 魔人と恋人というのは楽な道ではなかったはずだが、それを全く感じさせない強くて優しい女性であると感じる。

 エールはレイが少し自慢げにしているような気がした。

 

 

  

「それじゃ、ここでお別れだね。気を付けていくんだよ」

 別れ際、メアリーはエール達にそんな声をかけた。

「…こいつらにそんな心配いらねーだろ」

「あはは、そうかもね。なんてったって魔人や魔王を倒した強い子達なんだから」

 そちらこそ道中気を付けてください、とエールが言ってレイを見た。

「当然だ」

 レイがそう短く言った。きっと命に代えてもメアリーを守るつもりだろう、エールはそれを聞いて笑顔を向けた。

「来年もぜひゼスにいらして下さいね」

 スシヌが笑って声をかけた。

「ありがと、エールちゃんもスシヌ王女も悪い男には騙されないようにな。二人とも可愛いんだからさ」

「俺様が見張ってからそんな心配はねーぞ」

「…あはは、そりゃ安心だ。大切にしなよ」

 ザンスの言葉にメアリーがやっぱり父親に似ていると思いつつそう返した。

 

 

「そろそろ行くぞ、メアリー」

 呼ばれたメアリーはレイに走り寄っていく。

 歩き出しているレイの歩幅はメアリーに合わせていることをエールは見逃さなかった。

 

 

 エールは並んで歩いて行く二人の背中に大きく手を振りながら旅の安全を祈った。

 




・メアリー・アン … 年齢は20代半ばでレイの恋人。現在、魔人討伐隊に狙われ各地を転々しているが悲観的にならず前向きにレイとの旅を楽しんでいる。
 貝ハンターの才能は健在。レイの立場を考え魔王に定期的に貝を献上しており、それ以外魔王はレイには全く興味がなかったため二人は比較的自由にやっていた。魔人の使徒や他の魔人とは面識があってレイより仲良くやっている。エール達とは闘神都市ですれ違っているのだが互い覚えていなかった。

・桜貝 … サクラ貝。ランスがJAPANで発掘したり、10万GOLDする白亜紀の桜貝というプレミアものもある桃色の綺麗な貝。付与素材にもなったりする貴重品。
 鬼畜王ではシィルが死ぬとランスがこの貝をシィルの墓に供える。



 あけましておめでとうございます。
 冬コミ参加できませんでしたがランスシリーズは大盛況だったようですね~
 今年もよろしくお願いします。
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