エールちゃんの冒険   作:RuiCa

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エールと神とRECO教団 1

 ここは魔法ハウス二階。

 エールはスシヌと共にベッドに並んで座っていた。

 今まではザンスが占拠していたのだが、突然エールとスシヌで二階を使えと言ってきたのである。

 

「俺様に感謝しろよ」

「元々、お前が勝手に二階占拠してたんだぞ。てか、急にどしたん? 一人寝が寂しくなった?」

 一階でエール達が三人で仲良くしているのがつまらなかったのか、長田君がハーレム状態なのが気に入らなかったのか、エールか長田君を床で寝かせているのに少しの罪悪感があったのか、ともかくザンスはエール達に二階を譲ると言い出した。

 色々と考えたが余計な事を言って割られている長田君を見てエールは素直に礼を言った。

「そ、そんな! エールちゃんと一緒のベッドなんて……」

 スシヌはパニックになったのだが、エールはスシヌの手を引っ張って二階へあがった。

 

 スシヌがエールと一緒に部屋に入ると焦って目をぐるぐるとさせていた。

「わわ、ど、どうしよう。ベッド一個しか!」

 エールがスシヌが一緒に寝たくないならボクは床で寝る、と言うと

「そ、そ、そ、そんにゃことひゃいよ!?」

「スシヌ、少し落ち着きなさい」

 パセリに頭を撫でられているスシヌを見ながら、エールは少し真剣に改まって新しい魔法を覚えたい、とスシヌに頼み込んだ。

「えーっと、基本の魔法以外ってこと?」

 エールは大きく頷いた。

 

 

 一階で長田君がいた時もエールはスシヌから魔法を習っていたものの、そのスシヌも長田君相手にマジカルドリルの訓練をしていたのでエールもそれを邪魔は出来ない。

「なんかちょっーーーとずつ痛くなってる気がする……」

 マジカルドリルの実践を何日もそれを続けているせいか、順調に成果が出ているようでスシヌは嬉しそうにしている。

 長田君が魔法で割れる日も遠くないだろう。その時はスシヌと一緒に魔法の歴史に名前を残してもらおう、とエールが言うと

「そんなんで残すとかやめて!?」

 焦る長田君を見てエールとスシヌは笑った。

 

 

「それでエールちゃんはどんな魔法を覚えたいの?」

 エールはいくつか候補を話すと、スシヌは先ほどの焦りがウソのように真剣に話を聞き始めた。

「こういう所、アニスさんに似ているわね」

 パセリが話す通り、魔法を教えている間のスシヌは落ち着いていて優しくも少し厳しい先生であり、エールにとっては頼れる姉として尊敬していた。

 

 それから幾日。

 

 肝心のエールと言えば基本の魔法は簡単に使えたものの、理論を理解していないせいか、単純に相性の問題か上手く使えるようになったのは炎の矢と氷の矢だけであった。

「エールちゃんなら火爆破ぐらい簡単に出来ると思うんだけど……」

 スシヌはそう言って唸ったが攻撃魔法はAL大魔法があるから、とエールは主張して目を逸らした。本来なら霊を浄化するぐらいの魔法ですらエールが使えば並の魔物なら吹き飛ばせるほどの威力があり、剣も扱えるエールにとっては攻撃魔法はあまり必要のないものである。

「興味がないからって真剣にやらないのはダメだよ? エールちゃんは魔力が強いんだから基本をちゃんとやっておかないと大変だからね」

 エールはスシヌに怒られて、叱られた子供のようにしょんぼりとしていた。

 

 その代わりエールは補助系、いわゆる支援魔法を色々と教わり、覚えることが出来た。

「エールちゃんは神魔法でみんなのサポートもしてくれてたし支援魔法の方が得意みたいだね」

 スシヌに褒められてエールは嬉しくなって笑った。

 

 ハニーキング戦でも活躍した魔法バリアに、相手を弱らせるジャクタイン、リズナも使っていた攻撃付与、そしてちょっと難しい足止め用の魔法の粘着地面。

 エールはいくつかの魔法を習得することが出来た。

 

「あれ? この魔法ってもしかして」

 もちろん対ザンス用、とエールは拳をぐっと握る。

 エールはザンスに模擬戦のリベンジをしたいのだが、普通にやって勝てないため色々と作戦を考えこれらの魔法はその作戦の一つである。出来るものならストップやスリープを覚えたかったのだが、エール程度の魔法の腕前ではザンスに効果があるとも思えない。

「……魔法を使わせてくれる隙があるのかなぁ」

 エールもそれが気になるところだ。

「ザンスちゃん相手でしょ? 戦ってる途中でちょっと脱げばいいんじゃないかしら。いきなり脱ぐとあからさまだけれどうまく服だけ切れてちらっと見えるってハプニングっていかにもありそうじゃない?」

 パセリが素晴らしい作戦を思いつき、エールはその手があったかとばかりに手をポンと叩く。

「女の子がそんなことしちゃダメだよ。それに勝ったとしてもザンスちゃんすごーく怒ると思う」

 確かに勝ったとしてもノーカンにされてしまいそうだ、何よりエールの大事なレディチャレンジャーを切らせるのは嫌なのでこの作戦は無かったことになった。

 

 他にもエールはついでとばかりに親子鑑定、変身魔法等をスシヌから習った。

 エールは冒険で役立つ魔法もまだまだ覚えたかったのだが…

「ご、ごめんね。私もそういう魔法があるのを知ってるだけで、使ったことないから教えるのは……」

 スシヌも本でしか知らない魔法を教えるのは断るしかなく、次までにもっと色々と使えるようになっておこうとスシヌはこっそりと決心する。

 ちなみにマジカルドリルは普通の魔法に重ねてかける非常に高度な魔法であり、普通の魔法才能があるレベルではとても扱えないものでエールは少し残念に思った。

「やっぱり長田君割りたかったとか?」

 エールは大きく頷いた。

 

「私にはやっぱり神魔法は使えないみたいだね」 

 エールも何かお返しがしたいと神魔法を教えようとしたのだがスシヌはどうしても覚えることは出来なかった。

「神異変以降、エールちゃん以外は神魔法を新しく覚えられたって話は聞かないからね」

 代わりにハニワ叩きを教えようとして首を横に振られつつ、エールは神異変について色々と聞いてみることにした。

「私が4歳か5歳の時だったかな? 突然専属レベル神を持ってた人がレベル神が呼び出せなくなったって言って大騒ぎしていたの。レベル神だけじゃなくてレベルアップの儀式に回復魔法とかの神魔法、水や空気を浄化したり作物を育てたりするAL教の奇跡とか新しく覚えるには神様の力が必要らしいんだけど、誰も新しく習得できなくなった、つまり神様が世界からいなくなったって大人の人達が……」

 エールがちょうど生まれたころの話である。

「神魔法もレベルアップの儀式も既に習得してる人が急に使えなくなるわけではなかったからまだ良かったんだけどね。魔法使いが差別されていた私達の時代でも神魔法は世界で大事にされてきていたからまさかこんなことになるなんてね」

ゼス(うち)でもヒーラーもレベル屋も減る一方なの。少しでも習得してる人を確保しようってどこの国でも破格の待遇で迎えられるんだ。……ヒーリングぐらいなら才能がなくても頑張れば覚えることが出来たらしくて、ママが私にもはやくヒーリングを覚えさせていればーって言ってたっけ」

 エールはレベル屋を利用したこともなく、母親は神魔法lv3の法王、小さい頃から周りにAL教の人間が多く神魔法が常に身近にあったため全くピンとこない話だった。

「ふふ、エールちゃんにはまるで関係ない話なのよね。神魔法が覚えられて、しかも専属レベル神までついてるんだもの。」

「そういえばエールちゃんにはどうして、どこでレベル神がついたか覚えている? おかげで私達はすごく助かったけど」

 魔王討伐の旅の間、才能限界のない魔王の子達のレベルアップを担当していたのはエールのレベル神である。

 神と直接会うことが出来るというAL教法王の娘だからと自然に考えていたが、エール自身はAL教の信徒というわけでもないようでスシヌは疑問を口にした。

 

 それに対しエールは物心ついた時からいつの間にか一緒に居た、と返すしかなかった。

 露出度の高い赤いピエロのような恰好をしたエールの担当レベル神。エールはそのレベル神に何度か話しかけたり手を振ったりしたことがあるが何の返事も帰ってきたことがない。

 経験値が溜まるとエールの目の前に現れてぱぱっとレベルアップして帰っていくだけ、ただ表情はその道化の格好にふさわしく何故かいつも楽しそうに見える。

 エールが分かるのは格好と違って仕事ぶりがとても真面目である、ということぐらいだ。

 

「私の知っているレベル神様たちはいっぱいレベルアップすると神様としての格があがるとかでみんな愛想が良かったんだけどね。それを考えるとエールちゃんの担当レベル神様はすごく喜んでいるんじゃないかしら」

 魔王の子に才能限界はないのでレベルアップしまくりであった。

 それが自分にレベル神がついている原因なのかもしれない、とエールはなんとなく手のひらを見つめる。

 エールは誰かの笑い声が聞こえるような気がした。

 

「もしレベルアップの儀式出来る人がいなくなったらみんなレベル上がらなくなっちゃうのかな……」

 すぐになくなってしまうという話ではないが、人はいつか寿命で死んでしまう。

 もしレベルアップの儀式や回復魔法を使える人間がいなくなったら、と考えると怖い思いがしてスシヌは顔を伏せた。

「エールちゃんがいれば少なくともしばらくは心配なくなるんだよね」

「ほら、スシヌもエールちゃんをしっかり勧誘しないと――」

 

「こら、エールはリーザスに来んだよ。勝手に勧誘してんじゃねぇぞ」

「ザンスちゃんったら勝手にお部屋入ってきちゃだめよ? 盗み聞きも良くないわ」

「それは流石に人の事言えないっしょ……」

 スシヌとエールが話し合っているところに、ザンスと長田君が扉の外で聞いていたのか部屋に入ってきた。

「俺等ハニーは経験値溜まってしばらくすると勝手にレベルアップすんだぜ? エールのレベル神にも上げて貰えてたけど」

「そりゃ魔物だからだろうが。魔物に神はいないんだろ」

「ハニーキングが俺等のゴッドみてーなもんだし? そのうちレベル1だらけになった人間をハニーが支配しちゃったりすっかもな」

「みんな眼鏡が外せなくなっちゃいそうだね……」

 変な事を言っている長田君にスシヌが呪われてしまっている眼鏡をさすりながら言った。

 全員レベル1のままの世界になれば自然にレベルアップしていく魔物に人間は敵わなくなってしまう。

 そのうち魔物みたいに勝手にレベルアップするように人が進化するんじゃないか、エールは話した。

 

 

 エールは改めて二人は何しに来たの?と二人に尋ねる。

「エール、お前気付いてなかったのか?」

 自分達にくっついて来ている視線の事だろうか、とエールが話した。

「え、つけられてるってマジ?」

 スシヌや長田君が驚いた視線をエールに向ける、

 桜貝を貰ってすっかり浮足立って中々気が付いていなかったのだが、いつの間にか後をつけられていた。

 敵意のある視線ではないのでなかなか気づかなかった、とエールは話す。

「アホが、油断してんじゃねえ。桜の通り抜け出たあたりからつけられてんぞ」

 タイミングを考えるにレイを狙っていた魔人討伐隊がこちらに来ているのだろうか、とエールはべしっと叩かれた頭をさすりながらザンスに問いかける。

「俺様に勝てるわけねーのにな。魔人に対抗する武器は最優先事項ってとこか?」

 聖刀・日光が目当てなのか、エールはヘルマンでの出来事を思い出して日光を握り締めた。

 

 魔王の血が消え、魔人から無敵結界は無くなり、レイを見るに元の種族に戻ったようだ。つまり日光やカオスが無くても元魔人なら倒すことが出来るはずである。

 倒せないのは回収されなかった魔血魂を持ち無敵結界を持ったままの魔人達、ホルスの戦艦にいるメガラスや今回の冒険の最初に会ったケーちゃんことケイブリス、そしてエールが持っている魔血魂を入れたハニーの魔人(主に長田君)ぐらいだろう。

 

 しかし東ヘルマンは魔王はまだ倒されていないという虚報を流している。

 レイは自分たちにかかってきた奴らは潰したと言っていたし、サテラやリズナの強さから見て魔人でなくなり無敵結界が消えたとはいえその根本的な強さやレベルに変化はないようだ。

ならばまだ無敵結界があると勘違いされて、日光を狙ってくるのもおかしい話ではない。

 

「え、え、え、俺等狙われてんの? やばくね? どーするよ!?」

「直ぐに襲い掛かってはこねーよ。やたら慎重みたいだからな」

 震えている長田君をザンスが軽く蹴り飛ばした。

「お、お忍びだったのに私が目立つようなことしちゃったからバレちゃったのかな」

「困ってる人を放っておけないもの。マジックも怒らないと思うわ」

 盗賊団や悪徳領主を懲らしめる世直しの旅状態だったのだからそれは仕方のない事である。

 ボク達は良い事をした、とエールは胸を張った。

 

「東ヘルマンか魔人討伐隊か、この前潰した盗賊や貴族共の復讐か、スシヌ狙いの反乱貴族。さて、どいつだろうな?」

 ザンスはなぜか嬉しそうに話している。

「なんでそんなに嬉しそうなんだよ!?」

「どれでもさっさと始末できるじゃねーか」

 エールもザンスに頷いた。

 

 襲ってきたら倒せばいいとエールは気楽にいこうとしたのだが…… 

「それが本当ならすぐシャングリラ行くとそいつら引っ張ってくことにならね?」

「そしたらお姉ちゃんに迷惑かかっちゃうね……」

 長田君達の言葉にエールははっとした。

 

 大きく頷いて今すぐ行って潰そう、とエールは日光を構える。

「だ、ダメだよ。お外真っ暗だから危ないよ」

 魔法ハウスの外は既に暗くなっている。

 エールが外を見ると視線も感じず、気配もないようだ。

「潰すのは当然だ。しかし、こっちに敵意を悟らせねーとはけっこう出来る連中かもしれねーぞ」

 ザンスも窓の外を見ている。

 普通なら注目されているぐらいで流しそうな、気配をほとんど悟らせない視線と気配で今はもうそれすら感じなくなっていた。

「敵意を感じないなら案外、俺等のファンってことない? ほら、俺等魔王倒した英雄だしサインが欲しいとかさー」

 長田君が気楽に言うがそうだとしてもしつこすぎる、とエールは首を傾げた。

「さて、どうする? いっそこっちから乗り込むか?」

 

 東ヘルマンや魔人討伐隊であればすぐに襲ってこないのは機会を伺っているのかもしれない。

 下手にこっちから近づけば逃げられる恐れがある。

 ヘルマンでのこともあり、敵ならばシャングリラへ行く前に確実に潰しておきたい。

 

 エールは唸りながら腕を組んで考えると、すぐにシャングリラに向かわず、廃棄迷宮へ行こうと提案した。

 

「え? なんで廃棄迷宮?」

「なんか捨てるもんでもあんのか? いらねーもんっつーと……」

 そう言ってザンスは長田君をじっと見た。

「なんでこっち見るんだよー! 失礼だぞ!」

 次にスシヌの持っている杖を見る。

「捨てないよ!? おばあちゃんの入ってる大事な杖なんだから!」

 ザンスはその反応を見て笑っている。

 

 敵の目当てがエールの持っている聖刀・日光だとすれば廃棄迷宮に捨てようとしているとでも噂を流せば止めに来るんじゃないか、という作戦だ。

「私をですか?」

 もちろん捨てる気など全くない、とエールは少し心配そうにしている日光に話す。

 

「回りくどいな。ま、廃棄迷宮なら襲われたとしても死体の片づけには困らねーか」

「廃棄迷宮はそういう場所じゃないんだけど……」

「シャングリラがまた遠くなっちまうな」

 

 エールとしては廃棄迷宮というゼスでも有名な観光名所の一つに行きたかったというのが主な理由だが、それは黙っておくことにした。

 

 

………

……

 

「釣れねーな。さっさとかかってくりゃいいのによ」

 

 日光を所持している魔王の子が自分たちが狙われる原因になるからと日光を廃棄しようとしている――

 すでにお忍びなんていうことは忘れ、名声宣伝とばかりにそんな噂をばらまきつつ進んだが、エール達は何事もなく廃棄迷宮に到着してしまった。

 

「こういう時、ウズメちゃんなら上手く情報流してくれるんだろうね」

 エールもにゃんにゃんのように笑う忍者の顔を頭に思い浮かべていた。

「ウズメだったらさくっと視線の元、暗殺してくれんじゃね?」

 長田君の言葉にエールも頷いた。

 

 

「ここが廃棄迷宮。有名な観光地かー」

 

 石造りのいかにもダンジョンといった佇まいなのだが、大きく廃棄迷宮と書かれた派手に装飾された看板が立っている不思議な場所である。

 

:   廃棄迷宮 利用規約    :

:生物、ゴミは捨てない      :

:裏帳簿、犯罪証拠は捨てない   :

:子供は両親が同伴の時のみ使用可能:

 

 廃棄迷宮に入ると案内板もかけられており、側にある記帳台の上には捨てるものを記入するノートが置かれている。

「ちょっと中見てみようぜ」

 長田君に言われてエールがノートをぺらぺらとめくってみると

 おじいさん……あの日の思い出……危険な武器……処女……

 様々なものが名前と一緒に書かれている。

 

「陶器は捨てられねーってことだな」

「当然だろ!! てか、エール。ここまで来たんだし例のハニー魔人の魔血魂捨ててこーぜ」

 ザンスが生物の方ではなくゴミのところを見ながら言ったのに気付かないふりをしつつ、魔血魂を捨てるなら封印してもらう、とエールは長田君から目を逸らした。

「その態度は意地でも手放さない気だな! 俺はもーやらないからな! なんか意識とか飛んで……すごく怖いんだぞ!」

「そういや、魔人になったからって強くなるってわけじゃねーんだよな。せいぜい壁にはなってたが」

 そのおかげでハニーキングと戦えた、とエールがフォローする。

「そうそう、俺が魔人になればお前の攻撃なんてへでもないんだからなー!」

 さっきまでもう魔人になりたくないと言っていたのに、長田君はちょっと得意げである。

「そういや絶対ぶっ壊れない打ち込み用かかしがありゃ良いと思ってたとこだ。陶器もエールと一緒にうちで雇ってやんぞ」

「嫌だよ!?」

 エール達は談笑しながら廃棄迷宮に入って行った。

 

 

 スシヌは慣れた様子で廃棄迷宮を歩いて行き、エール達はそれに続いていく。

「ここには社会科見学で何度か来たことがあるの。魔法研究の過程で出来ちゃった危険なものとか捨てる場所だから、ゼスの魔法使いはここの場所は覚えてなきゃいけないんだ」

 迷宮と言う名前だが中は綺麗に整備されていてほとんど観光地である。中には観光案内をしているスタッフがおり、すてすて商店街と看板がある場所には色々な店が並んでいた。

「引き取り屋にお祓い屋ね……捨てる前のアイテムをってこと?」

「世界中から変なもんが集まるからな」

 そう言ったザンスが口元に笑みを浮かべて

「あと自殺者もな」

 と付け足した。

「マジで!? 自分を捨てるとかそういうアレかぁ……うわ、なんか呪われてそう」

 仮に呪われてもシャングリラで解いて貰えばいいよ、とエールは軽く言った。

 

 

 エールがさらに廃棄迷宮内を進んでいくと古びた扉にAL教会と書かれているのを発見した。何となく扉を開けて中を覗いてみるとボロボロの埃だらけでゴミが放置してあるのが見える。

「うわー、なにここゴミ置き場かなんか?」

 嫌なものを見るように言った長田君にエールは口を尖らせながらAL教会と書かれた文字を指をさす。

「えっ、教会なのここ?」

「わわっ、これは酷いね…って、あのね。これはその……」

「AL教も落ちたもんだな」

 スシヌが惨状に言葉に詰まらせるが、ザンスがはっきりと言った。

 エールは別にAL教の熱心な信徒ではないがAL教会が法王である母の持ち物であると思うと、こうも汚れているのは気分が悪い。

「まーまー、そう怒るなって。とりあえず全部見て回ろうぜ。ほら、あっちに穴があるってよ」

 長田君が拗ねているエールを腕を引っ張った。

 

 

 エールが階段を上って先に行くと、そこには四角い穴がぽっかりと開いているのが見える。

 

「へー、これが有名な廃棄迷宮の穴か。なんか近づくのちょっと怖いな」

 頼りない低い手すりに囲まれた真っ暗な穴である。効果がなさそうな飛込禁止の看板がいくつか立っている。

 

 だがエールには穴の近くにある施設に目がいった。

 

 それは教会のように見えるのだが、先ほどのぼろぼろの施設とは打って変わってやたら豪華な扉である。

「AL教じゃねーぞ」

 ザンスがそう言って壁を顎でしゃくった。

 

: RECO教会 ロゼ司祭の人生相談所 :

:はやまらないでまずは相談しましょ?:

:        相談料 有り金全部:

:    特別相談料 一回100Gから:

 

 エールがそちらを見ると壁に貼られた案内板にこんなことが書かれていた。

「こっちはRECO教団の教会。お前のとこのライバルだろうが」

 エールは名前ぐらいしか聞いたことがなかった。

「いや、相談料有り金全部って。これ絶対教会じゃないだろ」

 エールもうさん臭さを不信に思ったのだが、そうしている間にもいそいそと一人の男が中に入っていく。

 しばらくするとさらにもう一人、と大人気のようでエールは首を傾げた。

「ザンスちゃんもさっき言ってたけど廃棄迷宮って、自分を捨てに来る人も多いの。あの場所は元々普通の人生相談のお店だったらしいんだけど、いつの間にかRECO教団の教会になってて自殺者の相談とかを聞く場所になったみたい。救われた人たちが信者になって来てるんだろうね」

「対してここのAL教会はほとんど放置。そりゃRECO教会の方に行くわな」

 それはしょうがないな、とエールは納得した。

 

 

 エールが改めて穴の方を見ると先に来ていた人がポイっと何かのアイテムを放り込むのが見えた。

 アイテムが穴に吸い込まれるように消えていく。

 

「全く音とかしねーのな。これどこまで深いんだろ……」

「地獄の底に続いてるって言われてて、ここに落とした物は絶対に返って来ないって言われてるんだよ」

 スシヌが説明をしてくれた。 

「地獄ってJAPANと繋がってなかったっけ?」

「え、そうなの?」

 エールはJAPANの死国に地獄と繋がっている穴があるらしい、ということを話した。

「地獄の底に繋がっているっていうのはあくまで噂だからもしかしたら違う所に繋がってるのかもね」

 

 スシヌが少し興味深そうに穴をのぞき込み、エールもつられて何となく穴をのぞき込む。

 

 

 

 エールは穴の中から覗かれているような強い視線を感じた。

 

「…………?」

 

 

                   『――モニカナノイカチ』

 

 

 音もなく光もない真っ黒な穴の中から何かがエールを真っすぐに見ている。

 

 

『モニカイニスナミチ――』

 

 

「…………!」

 

 エールは頭に響いてきたその言葉に驚いて穴から後ずさって、尻もちをついた。

 

 

「だ、大丈夫? エールちゃん」

「エールもびびっちゃった? この穴なんか怖いもんな」 

 呑気に話す長田君にエールは脂汗をかきつつ、首を縦に振った。

 

 エールはふらふらと穴から離れる。

 

「しかしここまで来ても襲ってこねーのな」

 エールは気を取り直して作戦失敗だね、と返すしかなかった。

「ついて来てるやつふん捕まえて尋問するか、人質にでもすっか」

 エールはザンスの案に頷いた。

 

 外に出る前に、エールはその前にちょっとAL教会の掃除して良いかどうかを聞く。

 どうせ襲ってこないのだからそれぐらいの時間はあるだろう。

「うーん、自分のとこがあんなだとやっぱ気分良くないよな。俺も手伝うぞ」

 エールは長田君にお礼を言った。

「エールちゃん、私も手伝う――」

「一国の王女がAL教かRECO教団のどっちかに肩入れするようなことしていいのかよ」

 手を貸そうとしたスシヌの言葉をザンスが遮った。

「お、お掃除お手伝いするだけだよ。それにザンスちゃんだってAL教寄りでしょ、エールちゃんのママが法王様なんだから」

 そう言ってスシヌはささっとエールの後ろに入る。

 ザンスはAL教の力になってくれるんじゃないのか、とエールが尋ねる。

俺の女(エール)が法王になった時にはAL教を支援してやる」

「エールちゃんが法王になりたいならゼスでも応援するよっ」

 二人の言葉にエールは法王になる気はない、と首を振った。

「でも信仰心はともかくエールちゃん以上に法王に相応しい人なんているのかしらね?」

 パセリの言葉にエールは信心深いを通り越して狂信者といえるALICE神一筋の司教の男を思い浮かべた。

 母が良い人だと言っていたのだが、片手に人形を持った髪の毛のない男……エールは大変苦手な相手である。

 

 

………

 

 エールは雑巾で汚れた祭壇や長椅子を磨き、放置されてたゴミを焼却処分していた。

「仮にも観光地にあるのにこれどれぐらい放置されてんだか。エールも母ちゃんにちゃんと言っとけよ、RECO教団に負けちまうぞー」

「前来た時は寂れてたけどここまで酷くなかったと思うんだけどな。定期的にAL教の人がお掃除してくれたはずだから」

 長田君がそんな愚痴を言いつつ、スシヌと一緒にAL教会の掃除を手伝ってくれている。

 

 RECO教団というのは東ヘルマンとつながりがあるらしいというのをエールはザンスから聞いていた。

 AL教の法王も魔王の女の一人だったと知れば無理もない事だが、エールはそれを思い出し面白くなさそうに口を尖らせる。 

 

 ちなみにザンスは見張りをしていると解釈すべきか外でエール達を待っていた。

 

「――離れろ、エロ女! 俺様はお前みてーなアバズレは好みじゃねーんだ!」

 

 エール達がAL教会を掃除していると外からザンスの怒鳴り声が聞こえてきた。

 

「絶対気持ちいいですから、ちょっとだけでもお話を――」

 

 さらに女性の声がしてバタバタと外が騒がしくなる。

「何やってんだ、あいつ? 俺、ちょっと様子見てくる」

 気になった長田君が扉の外に出ていった。

「あんっ!」

 すぐにパリーンと勢いよく長田君が割れる音がした。

 

 エールが慌てて外に顔を出すと、そこにはおでこが眩しい金髪の美人がザンスの腕に絡みついているのが見えた。

「エール、このクソ女引っ剝がせ!」

「あら、中にも人がいたんですね? 商売敵のお店を綺麗にされると困るんですけど」

 そう言ってエールの方を見る。

 

 綺麗な人だとは思ったが、問題はその恰好で、どこかの司祭のような長いローブを羽織っているのに中は下着だけである。

 スシヌが扉から少しだけ顔を出して、その女の格好を見て顔を真っ赤にしていた、

 

 

 エールは眉を寄せながらAL教を商売敵、教会をお店と言った女――RECO教団司祭ロゼ・カドを見つめた。

 


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