「あなた達、AL教の信者? それとも関係者?」
そうエール達に話しかけてきた女は床には割れた長田君が転がっているのも無理はない格好と胸の大きさだった。
しなだれかかる様にザンスの腕を掴んで胸を押し付けながらエール達を見ている。その表情は女相手に色仕掛けは通じないと考えているのか残念そうにも見えた。
「どっちにしろAL教なんてもう古いですよ。今はRECO教団の時代、いずれ無くなる奇跡より、新しい奇跡をお布施、ご寄付次第でお届けします」
エールはセールストークをしてくるその女へ明らかに嫌そうな視線を向けた。
「し、下着姿なんて何考えてるんですか」
「見せつけるだけあって良い身体と腰つきをしているわ。相当使い込んでいるわね」
スシヌがエールの後ろから恥ずかしそうに覗き、パセリが杖の中からじっと観察している。
ローブを着崩しているだけとは言い難いその露出狂ぶりにエールはとりあえずちゃんと服を着て欲しい、と訴えた。
「エールも結構いきなり脱いだりするけどな」
長田君が小さくつぶやいた。
「ああ、これでいいんですよ。全てをさらけ出して悩みを受け止めるという格好だと思っておいてください。本当は服なんて着てもすぐに汚されちゃうからなんですけど」
RECO教団ではなく全裸教なのではないか?とエールが眉根を寄せる。
「うぅ、シーウィードでもないのになんて目のやり場に困る恰好なんだ! 見たいけど、見たら割れる!」
長田君は極力見ないようにエールの背後に逃げた。
「いい加減放せや!」
「そう言わずに。ぜひRECO教団司祭のありがたいお話と大満足のセッ……ではなくて癒しをですね」
ザンスは振りほどこうと腕を振るがロゼは食い下がってる。
「ほ、本当にRECO教の方なんですか?」
「はーい。RECO教団司祭のロゼ・カドと申します。あら? どこかでお会いした方でしたっけ? 私のところには女の子ってほとんどいないはずだけどどこかで見たような顔」
「いえ、人違いですっ」
スシヌは顔をじっと見られて首をぶんぶんと振り再度エールの後ろに長田君と一緒に隠れた。
「司祭って言うと結構偉い人?」
「ええ、この地域のRECO教団の責任者です。偉いですよ」
エールの後ろから長田君がそう尋ねると、ロゼはさっと胸元からメモ取り出して読み始めた。
「私、ロゼ・カドはこちらにあるRECO教団廃棄迷宮支部にて様々な事情で自らの命を投げ捨てようとする方々に救済を与えておりました。また悩みを抱えている方々の心の負担が少しでも軽くなるよう、誠心誠意サポートさせていただいています。その功績が認められ、またたくさんの信者の皆様に支えられ、RECO教団ザンデブルグ教祖より正式にゼス北東部の担当司祭として封ぜられました」
「なんでカンペ読んでるんすかね?」
「すぐ忘れちゃうので。簡単に言うと主に廃棄迷宮で人生相談所を開いて迷える子羊から相談を受けたり、RECO教団への寄付を受け付けたりしてるってことです。おかげさまですっかり教会も大きく綺麗になりました」
そう言って胸元にまたメモをしまおうとして豊かな胸を揺らすと長田君が割れた。
エールはそんな長田君の破片を踏んづけた。
「ここのRECO教に救われた人も多いって言うのは聞いていたけど……こんなに若い女の人だったんだ」
スシヌは人生に絶望して廃棄迷宮で自殺しようとするのを救っているRECO教団の話を噂で聞いたことがあり、ロゼをちらちらと恥ずかしそうに覗いている。
「ここは自分を捨てに来るレベルで弱っていたり、絶望していたりする人が多いのでそういった人を捕まえてうちに改宗させてるわけですね。苦しい時は神頼みしたり、誰でもいいから手を差し伸べて貰いたくなりますから」
AL教会もあるのに、とエールが口を尖らせる。
「汚くてボロい教会とかご利益もなさそうじゃないですか。たまにAL教の人が来て掃除していくので面倒なんですよね」
ロゼが悪気もなく掃除された後にまたぼろくするのが面倒という事を隠しもせずに言った。
「綺麗にしてもどうせ誰もいないところになんか誰も寄り付きませんよ。先ほども言いましたけどAL教なんて神様のいなくなったところを信じてもすくわれるのは足元だけ。その点、RECO教団なら確かな癒しと奇跡を信仰とお布施次第で確実にお届けできるんですからこっちの方が断然お得です。私も元AL教の神官だったんですけど改宗したんですよー」
「全裸教の時もそうだったけど神異変でAL教から鞍替えしたやつ多いんだなぁ」
長田君の言葉にエールは少し口を尖らせるが神異変のことを聞くと納得するしかない。
尤も目の前にいるロゼはどっちにしろ神なんて信じてなさそうにしか見えない、とエールは内心首を傾げる。
「RECO教の奇跡、ですか?」
「例えば私なんか見た目も若くてお肌も綺麗ですけど年齢は40代後半なんです。若さの秘訣はRECO教団の奇跡。どうですか、改宗したくなりませんか?」
「いやいや、胡散臭すぎだろ!」
せいぜい娼婦の類にしか見えない、エールはロゼに少し嫌味を込めて言った。
「やってることは似たような事ですからね」
ロゼが隠す様子も恥じ入る様子もなく言い切り周りを茫然とさせた。そして掴んだままのザンスの腕にむにゅっと胸を押し付け、剥き出しの生足を絡ませようとする。
「なんか柔らか……って、やめろっつってんだろーがー!」
大きく形を変えた胸見てエールはイラっとした。
「うわ。それちょっとうらやま――」
エールはそれを言い終わる前に長田君を叩き割って、ロゼをザンスから無理矢理引きはがした。
「ああ、あとちょっとだったのに。一回だけでもぜひお話をさせて下さい。絶対ハマりますから!」
「さっきも言ったが俺様はお前みたいな露出狂のアバズレは好みじゃねーんだ。女に困ってなんかねーしな」
邪険にされてもなおもロゼはザンスの手を引こうとする
なんでそんなにザンスに絡むのか、とエールが首を傾げた。
「だってこっちの方すごいお金持ってそうな匂いがするんですもの」
「そりゃ俺様は世界一の金持ちだからな」
リーザスは世界一の金持ち国家であり、ザンスはそこの王子である。
エールはロゼのその鋭い勘に思わず感心した。
「本当ですか? どうです、まずは特別相談料100GOLDからサービスしますよ」
「俺様が宗教なんぞに頼るか」
ザンスは豊満な胸を寄せて谷間を強調しているロゼから目を逸らした。
「長田君割れっぱなしねぇ」
いつの間にかまた割れていた長田君に軽蔑の目を向けまくっているエールを見てパセリが笑っている。
「特別相談で男性の欲求不満の解消もしてますから不満が無くてもエッチな事がしたいってだけでもオーケーですよ。シスター……じゃなくて司祭を好きに出来る機会なんて中々無いじゃないですか。これが背徳的だってすごく人気で、他にも特別相談料に上乗せしてくれればちょっと変態的なプレイも――」
「本当に売春じゃないですか!」
スシヌが目をぐるぐるさせている。
「そうですけど、ここで自分を捨てようとしてる人もエッチな事すれば大抵思いとどまりますし悪い事ではないですよ。実際、たくさんの人を自殺を思いとどまった人が次来るときには立派な金づる……ではなく信者さんになっているわけです」
「金づるってはっきり言った!?」
割れまくってもつっ込みを忘れない長田君の横でとにかくAL教会を汚すのはやめて欲しい、とエールは訴えたのだが
「なら閉鎖した方が良いですよ」
悪気が全くないのか、そう言い切るロゼの表情はにこやかで悪い意味で陰を感じさせない女性だとエールはもはや呆れた瞳で見つめ、思わず日光を抜きそうになる。
「そんな目で見られましても
その魔王を退治したAL教の子はまさに目の前にいるのだがロゼは気が付く様子もない。そもそもロゼは教祖であるザンデブルグを尊敬してもおらず神を信じているわけでもないのでその内情をぺらぺらと語った。
思わぬところでエールはRECO教団の内部事情を少しだけ聞くことが出来た。母にあったら話してみよう、とエールは母の事を考える。
「こんなんに負けるとかAL教ってマジで落ち目なんだな」
ザンスの言葉にエールは頬を膨らませた。
「そうそう、AL教は落ち目真っ逆さまなんです。ですからぜひRECO教団へ、信仰とご寄付をいただければいつか奇跡が――」
ロゼがそう言いかけた時、入口の方からバタバタと人の足音が廃棄迷宮内に入ってくる音が聞こえた。
「――急いで捜索を!」
慌ただしい足音と怒号はどんどんと近づいてくる。
「まだここにいるはずだ! 目撃した人間がいないかも確認しろ!」
「そこのお前! ここに刀を持ってきたやつを見なかったか――」
「な、なんですか! あなた達は! 誰か警備兵を呼んで!」
廃棄迷宮のスタッフが声を荒げているのも聞こえる。
「おー、やっと来たのか。全く遅いんだよ」
ザンスは少し嬉しそうにしながらバイ・ロードを手にし、エールもこれでシャングリラに行けると言いながら日光を抜いた。
「え、え、え? もしかして例の俺等を狙ってるやつら?」
長田君はあわあわと慌てだした。
「エールちゃん、私も戦って――」
スシヌが杖を構えようとしたところ、エールはAL教会内に隠れていて、と伝える。
「そうだよな! スシヌは護衛される側だからもんな! よし、スシヌは俺が守るから二人は安心して戦うんだぞ!」
長田君はそう言ってスシヌを引っ張って一緒に教会内に引っ張り込んだ。
エールは呆れた笑顔で掃除の続きよろしく、と見送る。
ガシャガシャと鎧の擦れる音が近付いてくる。
「あれはRECO教信者の方ですね」
ロゼは物々しい音を立てている男達の何人かと顔見知りなのかひらひらと手を振った。
「ロゼ司祭。お久し振りです」
「はい、こんにちは。本日の特別相談のご参加でしたら先に教会の方へどうぞ。あとちょっとではじまりますから」
「い、いえ。本日はそうではなく。それよりもそこの者が持ってる刀は……」
エールはその言葉で日光を分かりやすく掲げた。
美しい白刃がきらりと光った。
「そういえば高そうな刀を持ってますね。もしかしてこっちの方もお金持ち?」
残念ながらエールは金持ちではないが、男はエールの持っている刀を見て血相を変えた。
「は、発見ー! 発見ー!」
男が突然大声で叫んだのでロゼは耳をふさいでいる。
「いちいちうるせぇ連中だな」
エールもザンスの言葉に頷き、耳をふさぐ仕草をした。
………
しばらくしてエール達はAL教会の前で男達に囲まれた。
「どうやらロゼ司祭が説得して引き止めておいてくださったようだな」
「えーっと? ……はい、そうです。何かあったんだか知りませんけどすごく怪しいと思って引き止めておきました」
ロゼが適当に調子を合わせている。
エールはこの人は後で叩こう、とロゼを軽く睨むとロゼの方は悪気はなさそうにひらひらと手を振った。
取り囲んでいる男達の格好は東ヘルマンのオレンジ色の軍服ではなく、地味だが堅そうな鎧で全身を包んでおり物々しい雰囲気を出している。
「我々は魔人討伐隊である。君が現日光オーナーだというエール・モフスか?」
エールはいきなり攻撃されると思って警戒したが、装飾が少し豪華な鎧の男に話しかけられた。
少し悩んだがエールは素直に頷く。
「まさかオーナーがこんな少女だとは思わなかったが日光を廃棄してはいないようだな。やはりただの噂だったか」
その男は値踏みをするようにエールを見た。
「それをこちらに渡して貰いたい。我々は魔人を滅ぼすことを目的に動いている者、そのためにどうしてもその聖刀・日光の力が必要なのだ。それは君のような少女には重い物だろう。素直に渡してくれれば争わなくて済む」
「お前らの言葉なんぞ信用できるか」
ザンスはエールを嘗め回すように見ていた男に不快そうに言葉を返した。
「君達が魔王を討伐したいう事は聞いている。……実際に倒すに至ってはいないにしても現実に翔竜山から魔王とその配下は消えた。魔人達は散り散りになり、人間に敵対する組織立った行動はしなくなっている」
ザンスの言葉にあくまで冷静に返答した。
エールは意外と話が分かる人なのかもしれないと日光を下ろした。
「お待ちください! こいつはあの魔王の子、共に滅ぼすべき相手です!」
別な男が話に割り込んで声を荒げた。
「だが日光には相性というものがあるのも知っている。君が全ての魔人を滅するのに協力してくれれば――」
エールは言い終わる前に首を振った。
そして残っている魔人に危険はないし追わなきゃ攻撃もしてこない、と話すと途端にその男が激高しだした。
「お前らは魔人がどれだけ危険な存在か分かっているのか!?」
男はいかに魔人が危険な存在で滅ぼすべきなのかを説明し始めた。
鬼畜王戦争。
男を殺し、女を犯す、刃向かうものは全て破壊する。エール達の父である魔王ランスは世界で暴虐の限りを尽くした。その際は古くからいた魔人達が魔王に付き従い、共に暴れていたらしい。
さらに魔王が気まぐれに作った新しい魔人達は戦闘や虐殺を好み、人間たちをゴミや玩具のように扱い苦しめた。
助けられたと言っていたリズナは別として、エールはパワーゴリラの魔人を思い浮かべる。確かに誰にでも襲い掛かってくる危険な魔人だった。
この場にいる何人もが魔王と魔人に家族を奪われたそうで、その恨みは魔王がいなくなり魔人が鳴りを潜めても消えるものではないのだろう。
責め立てるように怒鳴ってきたその男に、エールは魔王のやったことにボクは関係ない、と首を振った。
「ぐっ、所詮は魔王の子ということか!」
エールはその言い方に眉を顰めた。
その鬼畜王戦争、魔王ランスを止めたのはエールの姉であるリセット、そしてミックスの母であるミラクル達と新トゥエルブナイトである。
何よりボク達は魔王を討伐し魔王の血を消し去ったからのだからむしろ感謝されるべき、とエールは手を腰に当てて胸を張った。
「その魔王を討伐したというのがそもそもありえないことだ。ならばなぜ魔人が消えていない!?」
「魔王の子はつまり魔人の仲間です。油断させているのでしょう」
「日光がこの者の手にある以上魔人を倒すことはかないません。交渉などせず奪うべきです」
「魔王への報復に魔王の子を処刑するのも――」
「人質に取るという手も」
男達が口々に言い合っている中、男は脇の剣を抜き放ち、エールに向かっていきなり振り下ろしてきた。
エールがとっさに日光を抜く前に、ザンスがその剣を軽くいなす。
「エール、こいつらと話すだけ時間の無駄だ」
無敵結界のある魔人に勝てないから苛立ちを別な場所に向けるしかなかった。その矛先が魔王の女であり、魔王の子達だった。
今となっては無敵結界のなくなった魔人よりも強いであろうザンスやエールを狙う方がバカな話なのだが、ザンスにそれをわざわざ話してやる義理はない。
エールの方も報復や人質という言葉を聞いてヘルマンで自分とレリコフがされた事が頭をよぎった。
もしエールがいないところで家族があんな目に合ったら、エールはそう考えると同時に目の前の男を切り裂いた。
それを合図に激しい戦闘になる。
しかしレベル差は歴然で魔人すら屠るエールやザンスの敵になるはずもなくあっという前に魔人討伐隊は壊滅した。
「はっ、雑魚ばっかじゃねーか」
ザンスは面白くなさそうに死体を蹴り飛ばした。
「……んで、お前は何してるんだ?」
ロゼは死んだ人間を集めて何やら儀式の準備をし始めている。
「せっかく死に立てですからRECO教団の儀式で魂を送ろうかと。これがけっこういいポイントになるんですよね」
「ポイントって、お前んとこの信者じゃねーのかよ……」
「死んじゃったらもう寄付も出来ませんし」
RECO教団信者だったらしいものが死んだのも気にせず、そう言いながら何やら儀式を始めた。
「死んだ者の魂を送り出す天志教の帰依の術に似ていますね。彼等の死後がせめて安らかであれば良いのですが」
日光が首を傾げているエールにこっそりと話しかけた。その言葉には強い憐みの色が含まれている。
エールはRECO教団の魂送りだというその儀式を眺めながら、何故か不思議な不快感を感じた。
自分がAL教法王の娘からだろうか、とエールはその不快感が何なのかを考えようとする。
むずむずとして思わず儀式をしているロゼに手を伸ばそうとして――
「何やってんだ、エール。そいつ殴りたきゃ普通に殴りゃいいだろうが」
「エールさん。彼らに対する苛立ちは分かりますが既に死人。弔いの儀式くらいであれば見守って差し上げてあげても良いのではないでしょうか」
ロゼに不意打ちしようとしたように見えたのか、ザンスや日光にそう言われてエールは手を引っ込めた。
「お二人に被害はなかったんですから殴るとかやめて下さいよ。乱暴にされるのは嫌いじゃないですけど、暴力はいけないと思いますよー」
刀を抜いたままのエールにロゼが少し焦ったように儀式を終えると、死体が一瞬だけぼんやりと光ったような気がした。
しかしその光になった魂は普段ならふわりと漂って消えるのだが、そのまますっと昇る様に消えて無くなった。
ロゼはいつもと違う様子に首を傾げたが、とりあえず光が消えたのであまり気にしないことにした。
「あれ、いつもと様子が? ……まあ、ちょっと失敗しちゃったかもしれませんが、魂はたぶん無事に我らが神の元へ送られました。それでは儀式のお代の方は頂いておきます。私が有効活用するので安心して成仏してくださいね」
ロゼは倒れた男達の懐を漁り始める。
丁寧に金目の物を探しているロゼは生き生きとしていて楽しそうだ、とエールが言うと日光は深いため息をついた。
「ロゼ様、そろそろ特別相談の方に信者さんたちが大勢集まってますだ。もう待ち切れないとそうで……っと、この死体の山は何があっただ?」
教会側の方から全身をローブに包んだ大きな男が走ってきた。
「あら、もうそんな時間? ダ・ゲイル。私は行っているからこれから金目の物抜いておいてくれる? 装備も高そうだから剥がすの忘れないでね」
「かしこまりましただ」
「それじゃ、私は行きますね。気が変わったらいつでも相談に来てくださいね。ご寄付だけでもいいので」
ロゼはエールに殴られそうになったこともあり、いそいそとその場を離れて行った。
……普通のRECO教団幹部であれば目の前にいる少女がAL教法王の娘だと気が付き、上に報告しただろう。
儀式の様子がいつもと違ったことを不審に思い、それがエールと関わりがあるとして警戒したかもしれない。
しかし自分の安全と楽しみ以外に関心のないロゼは金持ちの勧誘に失敗したぐらいですでに気持ちを切り替え、今日の特別相談でいくら寄付が集まっているかという事で頭がいっぱいだった。
ダ・ゲイルと呼ばれた男はロゼに言われた通り金目の物を漁りつつ装備を剥がしている。
深々とローブに包まれ一見分かりにくいが、仮にもAL教法王を母に持つエールには目の前の存在が悪魔であることがはっきりと分かった。
エールは何で悪魔がいるのか、と思わず尋ねる。
「はぁ? こいつ悪魔かよ。ぶち殺しておくか?」
「おらはロゼ様の下僕ですだ」
ザンスはかつてネプラカスに襲われた事を思い出しダ・ゲイルを睨みつけた。
ちらりとのぞいた大きな黒い体と3つの真っ赤な瞳に似合わず身をすくませたダ・ゲイルを見てエールはネプラカスのような邪悪さは感じない、とザンスに話した。
「ね、ネプラカス様を知っとるだか?」
その名前も出すのも恐ろしいとばかりに恐る恐る聞いてきたので、ネプラカスなら死んだよ、とエールがさらっと話すとダ・ゲイルは一瞬固まった。
「それ本当だか?」
魔王の力が残ってた父に一撃で殺されてしまい、宿命の相手だとか言ってた兄が文句をつけていたのをエールは思い出して軽く話しながら笑った。
笑えるほど呆気ない最後だったが知り合いだったのだろうか?とエールが尋ねる。
「もう一年前だぞ」
「あ、あのネプラカス様が? し、信じられないだ。で、でもいなくなった辺りとちょうど同じ時期だな……」
悪い奴だったから謝るつもりはない、とエールは言い切った。
「とにかく死体漁るのは良いが片づけとけよ」
ザンスがそう命令するとダ・ゲイルは素直に頷いた。
AL教会に死体を放り込みでもしたらさっきの司祭の人を本当にぼこぼこに殴りに行くし、次来た時AL教会が汚れてても殴りに行く、とエールが目を見開いて凄みながら脅すように言った。
「ろ、ロゼ様に悪気はねぇだ。もうしないようにしますんでどうか許して下せえ」
拳を構えているエールにダ・ゲイルは大きな体を丸めてぺこぺこと頭を下げている。
ひたすら頭を下げているその様子にすっかり毒気を抜かれ、エールは神の鉄槌の食らわせるのはやめることにした。
………
……
その後、廃棄迷宮のスタッフが警備兵を連れてきた。争いや死体についてエール達を事情聴取に連行しようとしたが、スシヌが上手くとりなしてくれた。
エール達は廃棄迷宮を逃げ出す様に出発している。
「……それで全部上手く処理しておいてくれるって。主要な施設の人達ならみんなゼス王家に協力してくれるから」
スシヌと長田君はエール達が戦っている間、AL教会の掃除の続きをしていたのだが、外が騒がしくなったので顔を出した。
散乱している死体にスシヌは驚いて痛ましい顔をしたが、エール達が言い争ってるのを見てすぐに話に割って入る。
スシヌがスタッフに何やら四角いものを見せて話しかけるとエール達はすぐに解放されたのだった。
その四角いの何?とエールが興味深そうに聞くと
「これはゼス王家のキューブ。今はママしか作れない特別なもので、これを見せるとゼス人たちはみんな協力してくれるの」
「さっさと出しとけよ」
「ザンスちゃんとエールちゃんを逮捕するって言うから出しただけで本当は使っちゃいけない物なんだよ」
エールが乱暴に引っ張ろうとしてきた警備兵を思わず投げてしまったのが悪かったらしい。
エールはスシヌに謝罪と礼を言った。
「でもこれで心置きなくシャングリラに行けるな! やーーーっとだぜ!」
「お姉ちゃん、元気にしてると良いね。私の呪いも解いて貰えるといいけど」
スシヌは眼鏡を触っている。
眼鏡をかけっぱなしにしてるのに慣れてきてしまい、それはそれで困っているという相談をエールは受けていた。
だがザンスは一人、何かを考えるようにしている。
「ザンス、どしたん? さっきからやたらキョロキョロしてっけど。あのRECO教のお姉さんがやっぱ気になってるとか? まぁ、最近巨乳に縁がなかったもんな? 俺もしばらく忘れられそうに無い――」
エールは長田君を叩き割ってザンスにどうしたのかと尋ねる。
「視線がまだあんだよ。あいつらじゃなかったみたいだ」
エールは視線の方を探ると、確かにまだ見られている。
もうめんどくさいからとっ捕まえようとエールがザンスに提案した。
「よし、行くか。お前らは魔法ハウスで飯の準備でもしとけ」
エールとザンスは二人でさっさと行ってしまった。
「スシヌは視線とか分かる?」
「それが全然分からないの。これって修行不足だよね……」
「いや、あいつらが異常なんだと思うぞ」
………
しばらくして魔法ハウスにエールとザンスが帰ってきた。
「おかえり! エールちゃん、ザンスちゃん」
ザンスは脇に赤と白のローブを着た小柄な人物を抱えている。
「ったく、手間取らせやがって」
「は、放して下さい~」
「え? どうしたのそのすっげー可愛い人」
ザンスに捕まえられているその人物は胸は小さいがあどけなさが残る顔立ちの眼鏡っこでおどおどした雰囲気も合わせてハニーに好かれそうな少女であった。
「逃げ足が早くて無駄に時間かかっちまったわ」
隠れるのも上手だった、とエールは小さく拍手している。
「もー、すっごく遠くから見てたのになんで分かったんですか。今まで一度もばれたことなかったのに……」
「その人が私達を見ていたって人なの?」
意外そうにしているスシヌに、エールは頷きながら手に持ったものをくるっと回転させた。
「エール、なにその不気味なもの……呪いのアイテムでも拾った? そういうのは拾ってきちゃダメだぞ!」
「呪われてませんよ! 仮面返して下さいよー」
ちょっと喋ってたけどね、と言ってエールが嬉しそうに手に持っているのはとても不気味な仮面だった。
「なんかその仮面がなんとか貝に似てるんだってよ」
呆れながら言うザンスにほんだら貝だよ、とエールが口を尖らせた。そのまま貝の説明に入りそうになったエールの言葉を遮り長田君が話を進める。
「んで、この人誰なん? 悪そうな人には全然見えないけど」
「魔人の使徒だよ。エールが仮面取っちまって分かりづらいだろうがな」
「えっとー、こんにちは。魔人の、元魔人ですがラ・ハウゼル様の使徒火炎書士です。あとお久し振りです、スシヌ王女。すいません、本当はこっそり後をつけるつもりはなかったんですけど……」
「えっ!? こちらこそすいません。仮面がないのでわからなくてっ。お、お久し振りです、火炎さん」
火炎書士とスシヌが丁寧に頭を下げあっているのを見て、エールは気が弱そうな眼鏡っこ同士で似てる、と心の中でくすくすと笑った。
エール達は魔人使徒火炎書士と再会した。
※ 独自設定
・RECO教団(補足) … 悪魔ネプラカスが悪魔界へ効率よく魂を送るために作った宗教。RECO教団式の魂を送る儀式(天志教の帰依の術と同じもの)で死者の魂を悪魔界の方へ送っている。RECO教団の奇跡=悪魔の契約なのだが、契約する悪魔のランクが低いので大きな願いは叶えられない。教祖ザンデブルグに指示を与えていたネプラカスが急に消えてしまい内部はてんやわんや状態。
・ロゼ・カド … RECO教団司祭。RECO教団発足後すぐにAL教から改宗した信仰心の欠片もない破戒僧。廃棄迷宮支部で自殺しそうな人間を救うと言って有り金を巻き上げたり、特別相談と称して信者とエロい事をして寄付を募ったり、神官とのセックスを通しての背徳感で信者の魂を汚染、その汚染された魂をRECO教団の奇跡=悪魔との契約で魂を送ったりしている。他人に悪魔と契約させた際、ちゃっかり自分の願いを叶えさせており若返りと不老の能力を得た。人間に抱かれるのはお金の為で、定期的にRECO教団である神の使徒=悪魔と交わったりもしている。悪魔からは働きを含め気に入られているが出世して偉くなるより楽しく稼いで過ごしたいだけ。本人は悪気も何もない。
・ダ・ゲイル … 相変わらずロゼの下僕をしている悪魔。第八階級から長年の下僕生活にすっかり慣れきっており、またそれで幸せなので階級を上げることにあまり興味はない。しかしロゼやRECO教団のおかげも魂の契約は上々で昇級してしまった。厳格にして残酷なネプラカスのことを恐れていたため内心、いなくなって良かったと思っている。
・廃棄迷宮の穴 … 悪魔界の最下層に繋がってる。エールを覗いていたのは三魔子のプロキーネ。神の力が近づいてくるのを感じ近くまで来たが、穴をのぞき込んだエールが軽く睨みつけただけですぐに引いたので特に何もしなかった。
・エールのレベル神 … 七級神マッハ。三超神ハーモニットの化身。エールが生まれた頃から一緒に居るがレベル上げ以外は一切手出しをせず話すこともない。男神なのでストリップもない。