エールちゃんの冒険   作:RuiCa

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エールとリセット

「エールちゃん!! 久しぶり……!!」

 

 リセットは少し泣きそうな顔をしながらエールに抱きついた。

 小さい、軽い、可愛い。エールは姉のふわりと柔らかい感触に懐かしさと愛しさで胸がいっぱいになって会いたかったと抱きしめかえした。

「私もすごく会いたかったよ……! クルックーさんからお手紙で知って、あとレリコフちゃんやイージスさんからも聞いてたけど元気そうで……目が覚めたんだね!」

 エールは腕の中にすっぽりと収まる姉をぬいぐるみのようにぎゅっと抱きしめてくるくると嬉しそうに回った。

「わわっ、これはちょっと恥ずかしいから下ろして欲しいな……」

 そう言いながらも顔はにこにことしている。

「目が覚めた、ねぇ……」

 ザンスはそれを聞いてじろりとリセットを見る。

「おひさっす、リセットさん!」

「お姉ちゃん、久しぶりだね。元気そうで良かった」

「相変わらず変わんねーな」

 元気よく挨拶した長田君に続いて、スシヌとザンスも声をかける。

「二人とも新年会以来だね。長田君が一緒なのは聞いてたけど、スシヌちゃんにザンスちゃんまで一緒に居るのは知らなかったからびっくりしたよ」

 驚いたと言いつつもそれを表面には出さず、リセットは年長者らしい落ち着いた笑顔を二人に向けた。

「しっかしリセットさんマジで全く変わってないんすね。俺、ちょっと期待してたんすけど」

 ペンシルカウで大勢のカラーの娘に会った長田君はリセットの成長を少し期待していたのだが、魔王討伐を終えて別れた時から姿が全く変わっておらず残念そうにしている。

「うー……もうお父さんも大丈夫なんだしそろそろ大きくなっても良いと思うんだけどね。こ、これからだからっ」

 リセットは言われてへこんでいる。

 そのままで十分可愛い、とエールが親指をぐっと立ててすかさずフォローを入れた。

「みんな大きくなっていってるのに私だけこのままなのはイヤなんだよぅ。エールちゃんはちょっと背伸びたんじゃない? でもみんなが成長してくれるのは嬉しい事だから……」

 耳を垂らしながら落ち込む様子のリセットは可愛いな、とエールは思っていた。

「昔、スシヌに抜かされたとき泣いてたよな」

「レリコフちゃんの時もだったねぇ」

「次の新年会じゃアーモンドにも完全に抜かされてんだろうし覚悟しとけよ。がはははは!」

「もー、ザンスちゃんの意地悪!」

 笑って言ったザンスにリセットは口を尖らせる。

「それにしてもみんなで一緒に冒険でもしてるのかな? 何か心配事があったら相談してね」

 にこにこと笑うリセットにエールは冒険しながらみんなで会いに来たと言った。

「いやいやいや! スシヌの呪いを解いて貰いにきたんだろ!?」

 そこに長田君の鋭いツッコミが入る。

 久しぶりに会った可愛い姉の姿に舞い上がってしまったが目的はそっちだった。エールは頷いてスシヌを促す。

「呪い? スシヌちゃん、何かあったの?」

「う、うん。あのね、お姉ちゃん。私、呪いをかけられちゃって眼鏡が外れなくなっちゃったんだ……それでシャングリラのパステル女王様に呪いを解いて貰いに来たの」

 心配そうにするリセットにスシヌがおずおずとマジックから預かった親書を手渡した。

「マジック女王からの親書、確かに受け取りました。お母さんはカラーの女王だからきっと解呪出来るよ。だから安心してね、スシヌちゃん」

 一瞬、外交官の顔をしたリセットはそう言いながら安心させるようにスシヌの手を握った。

「お前には聞きたいことが色々あるからな」

 ザンスがそう言って話に入った。

「さっきエールに目が覚めたとか言ってやがったな。ってことはあの魔法ババアが言ってた通りお前は何かあったの知ってたんだろ。俺等に黙ってた理由も含めて全部聞かせて貰うぞ」

 そういってザンスはリセットの耳を引っ張った。

 それを見たエールも何となくもう片方の耳を軽く引っ張ってみる。

「え、エールちゃんまで耳引っ張らないで……!? ちゃんとお話しするからー!」

 慌てている姉は可愛いなとエールは思った。

 

「リセット様。お話しする前に皆さんをお住まいの方にご案内されてはいかがでしょうか?」

 いつの間にかリセットの後を追いかけてきていた女性がそう話しかけた。

 少しだが息が少し上がっているのは駆け出したリセットを急いで追ってきたからだろう。

 エールとザンスは手を放してリセットを解放する。

「さっさと案内しろ、ちゃんともてなせよ」

 ロナは恭しく頭を下げる。

「もー、ザンスちゃんは乱暴なんだから。……いきなり飛び出してごめんなさい、ロナさん」

 エールは会ったことのない女性だったのでぺこりと頭を下げた。

「お初にお目にかかります、エール・モフス様。私はロナ・ケスチナ、リセット様にお仕えさせていただいております」

「へー、メイドさんっすか? カラーじゃないんすねー」

 白いエプロンが眩しいメイド服姿にエールはどことなくビスケッタに似た雰囲気を感じとる。

 ビスケッタさんにちょっと似てる、と何となくエールが言うとロナは少し驚いたあと照れたように口元に笑みを浮かべた。

「昔、お父さんのお城でメイドさんをやってた時にビスケッタさんはロナさんのメイドの先生だったの。ロナさんとっても優秀なんだよ。他にももう一人、一緒に居るイアンさんもあとで紹介するね」

「リセット。エールに会えて良かったね」

「会いたがってたもんね。良かったねー」

 リセットのそばにはいつの間にか小さな女の子がわらわらと現れた。

 サイズは少々違うがエールの頭の上にいたピグと呼ばれていた女の事とみんな同じ顔をしている。いったい何つ子なのかとエールが首を傾げた。

「彼女はピグちゃんって言って姉妹とかじゃなくって分裂してるんだよ。昔、良く遊んでもらったんだ」

 スシヌは懐かしそうににこにことしている。

「え、分裂?」

 スシヌは当然のことのように言ったが、エールは長田君と共にその聞きなれない言葉に首を傾げた。

「ぷりょみたいなもんだっていえばわかるか?」

 エールは頷いて分裂できる人とか初めて見た、と小さなピグを持ち上げてみる。

 松下姫よりちょっと小さいぐらいだろうか、リセットの半分ぐらいしかない。

「がったーい!」

 そう言うとピカっと光ってわらわらしていたピグが合体してピグは大きくなった。

 合体してもエールよりも小さいのだが、エールと長田君は驚きながらぱちぱちと拍手をする。

「分裂に合体ってわけわかんねーけど、なんかすごいな!」

「ピグちゃんにはエールちゃんが来たらすぐに教えて貰うように伝えておいたの。ヘルマンで話を聞いてきっとまた寄ってくれるって思ってたから。ピグちゃん、連絡くれてありがとうね」

「うん。そうだ、エール」

 エールはピグに名前を呼ばれたので小首を傾げた。

「ランスやリセットの事助けてくれてありがとう」

 そう言ってピグはニコッと笑った。エールは一瞬驚いた表情をしたが返事のかわりに満面の笑顔を返す。

 リセットはその様子を見て嬉しそうにしていた。 

「それじゃ、パトロール戻るね。ぶんれーつ」

 またしてもピカッと光るとピグはまた分裂してわらわらと去って行った。

 何人かのピグの服がその場に取り残されたままになっているのが気にかかるのだが……

「ま、待って下さい、ピグさん! 服はちゃんと着てください!」

 ロナがそう言って服を持って追いかけていく。

「あはは、ロナさん、ピグちゃんの事よろしくー。それじゃ皆を案内するからついて来てね」

 

 そう言ってピグとロナが走って行った方向を見ながら苦笑しつつ、リセットはエールの手を離さないようにぎゅっと握る。

 エールはその温かい感触になぜかドキドキとした。

 

………

 

 リセットが暮らしているのはパステルが政務をしているらしい都市長執務室からは少し離れた場所にある。

 宮殿のような豪華な造りになっていて様々な種族が大勢出入りしており壮観である。カラーが多めなのはやはり都市長がカラーの女王だからなのだろう。

「昔、このシャングリラには砂漠の王様が住んでいて、とある悪魔に頼んでこの大きな宮殿を作らせたんだって。私達カラーがそれを改修して使ってるんだよ。お外の建物もだね」

「砂漠の真ん中にこんなでっかい都市があるとかすげーよなあ」

 そう説明するリセットに長田君が頷きながら一行は歩いて行く。

 すれ違う人がみなリセットに一礼したり声をかけていく様子を見てやはり人望があるのだなとエールはうんうんと頷いて感心した。

 

 応接室では一人の執事の格好をした男性が出迎えた。

「こちらがさっき話したイアンさんだよ」

「イアン・ルストンと申します。エール様のお噂はかねがね」

「あれ、男の人なんだ? メイドじゃなくて執事って感じ」

「エール様無くしては魔王討伐は成し得なかったとリセット様より常々伺っておりました。魔王の脅威を拭い去り、この世界に住まう全ての人々の未来を救って下さったその功績にはどのような言葉でも言い表せませんが深い感謝を――」

 その堅苦しい挨拶にエールは首をぶんぶんと振った。

 魔王討伐はみんなで成し遂げた事だから、と言いながら少し焦る。

「エールちゃんってば照れちゃって」

 照れ隠しとばかりにエールはリセットの頬をむにーっと引っ張った。

 引っ張られながらもリセットは嬉しそうにしている。

「でもこんなカラーばっかの所で勤められるとかハーレムじゃね? うらやましー」

 確かに女性しかいないカラーの多いこの場所にリセットの従者として人間の男が勤めていると言うのは珍しいことのように思えた。

 特にカラーの女王は人間が好きではなさそうな事もあって、エールは首を傾げた。

「ロナさんとイアンさんは元々お父さんに仕えてたんだよ。お父さんが魔王になっちゃってビスケッタさんも一緒に行っちゃって……行くところがないからってロナさんと一緒に来てもらったんだ。二人ともとっても優秀だからすごく助かってるの」

 そういえばロッキーも元々は父に仕えていた召使だった、とエールは思い浮かべた。

 優秀な人なら男でも仕えさせてたのならただの女好きではないのかも、とエールは心の中で父ランスを少しだけ見直した。

 ロッキーはおしかけ召使、イアンは当時城のメイドに色目を使う者達への対応がいるとビスケッタが提案したものでランスは特に認めてなかったのだが。

「あとイアンさんには好きな人がいるからね。男手があると助かることも多くて、お母さんも渋々了解してくれたの」

「リセット様」

 イアンは小さく咳払いする。

 姉に色目を使う心配もなさそうで、エールは安心した。

「あはは、ごめんなさい。おもてなしの準備してくれてありがとう。ロナさんはピグちゃんをちょっと追いかけて行っちゃったけどすぐ戻ると思うから」

 家族だけで話したいというリセットの意志をくみ取ったのか、イアンは全員分の茶を入れて一礼すると下がって行った。

 

 

「お茶美味いなー」

 用意してもらったお茶はとても美味しかった。一緒に用意されていた素朴なお茶菓子とぴったりで、エールは遠慮せず手を伸ばしている。

「それでお姉ちゃんはエールちゃんが一年間何をしてたか知ってたんだよね? さっきの目が覚めたって言うのは……」

 スシヌがさっそくとばかりに話を切り出す。

「うん。みんなには内緒だったんだけど……私ね、あの冒険の後にトリダシタ村までエールちゃんに会いに行ったんだよ」

 リセットが静かに話し始めた。

 もちろんエールには記憶にない事である。

「そしたらエールちゃんずっと寝てたんだ」

 確かに冒険の後、疲れてベッドに入った覚えがエールにはあった。

 起こしてくれればいいのに、と話すとリセットは少し真剣な目でエールを見る。

「ただ寝てたんじゃないんの。呼びかけても全然目を覚まさなくて……クルックーさんに聞いたら冒険から戻った後ベッドに入ってそのままずーっと眠っちゃってるって言われたの。半年くらい前の話だよ」

 それを聞いて、全員がとても驚いた。

 エール本人ですら菓子を食べる手を止めて目を丸くさせている。

「呪いや病気なんじゃないかって思ってお母さんやミックスちゃんに見てもらおうって言ったんだけど、クルックーさんはいつかちゃんと目を覚ますから大丈夫だって。それでも心配でずっと手紙でやり取りをしてたんだ」

 母から聞かされていない事で、エールは首を傾げるばかりだ。

「それでこの前貰ったもらった手紙に、少し前にエールちゃんが目を覚まして長田君と冒険に行ったって書いてあってすごく安心したの」

 優しい瞳をエールに向ける。

 その目はやはり少し泣きだしそうで、とても心配してくれていたことが伝わりエールは胸が熱くなった。

「なんでそれ黙ってたんだよ」

「そ、そうっすよ! クルックーさんもなんで他の人に相談とかさー!」

 エールも自分も知らなかったと首を振った。

「クルックーさんとっても真剣だったから。皆がエールちゃんの事を知らないまま、冒険に誘ってくれた時みたいにきっと何か考えがあるんだろうって思ったの。だからエールちゃんの事は秘密にすることにしたんだ」

 リセットは顔を伏せる。

 黙っているのはきっととても苦しい事だったはずだ。

「……みんなエールちゃんの事、ふらっとどっかにいっちゃいそうって感じてなかった? 私もだけど」

 エールが魔王に挑む決戦の前色んな人から言われた言葉である。

 急にいなくなりそうだとか、どこかに行ってしまいそうとか、本当に色んな人から心配された。

 ザンスもスシヌもそう感じていたので言葉に詰まる。

「それで目が覚めなくなってるなんて言ったらみんなすごく心配するだろうから。だからエールちゃんは冒険に出てるって事に……嘘ついちゃってごめんね」

 リセットが真剣な表情で事情を話す。

「……エールちゃん。もう大丈夫なの?」

 スシヌが心配そうに聞いたのでエールは立ち上がってその場でぴょんぴょんと飛んだリ体を伸ばしたりしてみた。

 体には何の異常もない。お茶もお茶菓子も美味しく感じる。

「エールちゃんとっても頑張ってたもんね。きっとすごく疲れちゃったんだね」

 そうなのだろうか、エールは首を傾げる。

「寝てる間、エールちゃん良い夢見てた? でもみんな心配するからもう長く眠っちゃだめだよ」

 リセットがエールの手をぎゅっと握る。小さく温かいその手にエールは癒される気がした。

「日光さん、エールちゃんにお話ししなかったんだね」

「お久し振りです、リセットさん。クルックーさんから言われたわけではないのですが起き上がったエールさんは特に体調が悪いなどという事もなさそうで、普通に接するべきだと思いましたから」

 最初に言われた久しぶりという言葉は皮肉ではなく、本当に安心した一言だったのかと今更分かったエールはちょっと申し訳ない気持ちになった。

「うん、エールちゃん不安になっちゃうかもしれないしそれが良かったと思います」

 リセットもクルックーも黙っていたのは自分を思っての事、そう感じてエールは照れ臭そうに笑顔を浮かべる。

 それにきっと母であるクルックーも何か考えがあったのだろう、エールはまた一つ母に会いたい思いを募らせた。

「しかし一年ずっと寝てた、ねぇ。どうりでクッソ弱くなってるわけだ」

「あはは……やっぱりレベル下がっちゃてるよねぇ。お父さんからだけど私達レベルがずっと上がる代わりにすぐに下がっちゃうらしいから」

 剣の修行をリーザスでチルディに教えて貰い、今も剣や魔法の訓練をザンスやスシヌにしてもらっている。

 ボクは頑張ってる、とエールは口を尖らせた。

「ふふ、二人が教えてあげてるんだ優しいね。エールちゃんは頑張り屋さんだしまたすぐにすっごく強くなれるよ」

 今でも弱くはないつもりだが、エールは気合を入れた。

「そうそう、レリコフちゃんからも聞いたんだけど冒険すごく大変だったみたいだね。ザンスちゃん達と一緒に居るのも気になるしお話聞かせてくれる?」

 エールは大きく頷いた長田君を呼んだ。

「へへっ、冒険譚なら俺に任せろー!」

 長田君が待ってましたとばかりに話始めようとしたところでザンスに頭を掴まれてポイっと放り出される。背後からひびが入るような音がした。

「長くなるだろうし先にスシヌの解呪すませとけ」

 ザンスの一言でエールは口を開いて手を当てた。

「そ、そうして貰えると助かる。なんか最近は眼鏡ずっとかけっぱなしなのに違和感なくなっちゃってきて」

「あはは、それは大変だ。それじゃ、みんなでお母さんのとこ行こっか」

 リセットに連れられて部屋を出る。

 シャングリラには世界中から珍しいものを扱う楽しい店が色々と集まっているらしい。リセットの見回りにくっついて一緒に観光しようという話になる。

 わいわいと談笑しながらパステルの元へ向かった。

 

 

「断る」

 

 

 事情を説明し親書を渡されたパステルがエール達に告げた言葉はとても短かった。

 




※ 独自設定
・ロナとイアン …… ハニホンXにある「ロナはシャングリラでイアンと共にリセット付きになっている」という案より。一周年記念の織音先生の回答ですと一人残されてるって言うのは晩年の事だと思うのでリセット付きから後にビスケッタの意思を継いでランス城へとか。二人は苦労が多かったので幸せになって欲しいなと……

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