エールちゃんの冒険   作:RuiCa

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サトラレハニー 1

<――拡散モルルン>

 

 パステルの手から放たれた光がエールに迫る。

 

「エール、危ない!!」

 

 光が当たる寸前、そんな声がする。同時にエールは強い衝撃で吹き飛ばされた。

 エールが驚きながら、寸前まで自分がいた場所を見ると

 

 そこに、長田君が倒れているのが見えた。

 

「……!?」

 

 エールは急いで長田君に駆け寄り名前を呼びながら揺さぶるが、気絶しているのか返事はない。

 先ほどの光は呪いで間違いないだろう。エールは闘神都市での魔女リクチェルが使っていた呪いを思い出し――瞬間的に自分の中の血が煮えたぎるような感覚を覚えた。

 

 笑顔を消し、同時に日光を抜き放つ。

 そしてそのままパステルに斬りかかった。

 凄まじい殺気にその場が凍り付き、イージスやリセット、ザンスですら反応出来ない速度で迫る。

「くっ……!?」

 パステルは、エールの目が赤く燃えているように見え反射的に強力な呪いの構えを取る。

 だが高レベルであり身のこなしの早いエール相手にその呪いは間に合うはずもない。真っすぐな殺意が宿った一撃がそのままパステルに刺さると言う時………

 

 エールの手から武器がすっぽ抜けた。

 

「エールさん、落ち着いてください!」

 

 すっぽ抜けたわけではなく、日光が人の姿を取り素早くAL大魔法を唱えようとしているエールの腕を掴む。 

「エールちゃん、やめて! お願い!」

 パステルが殺されかけたところに一番驚いたのはリセットだ。

 顔を青くしながらも必死にエールとパステルの間に立ち塞がった。

 日光を振り切り魔法をふるおうものなら姉に当たる、そう思ったエールは魔法を構えた手を下ろすが殺気を出したままである。

 

 エールはパステルをまっすぐ睨みつけた。

 それは大人ですら怯む鋭いものだったが、パステルはポンコツと言われてもカラーの上に立つ女王、怯まずエールを睨み返した。

 

「妾に剣を向けるとはいい度胸じゃ! こやつらを全員捕らえよ!」

「警備兵!」

 パステルの号令にイージスも答える。

 

「エールさん、ここは一旦引きましょう。長田君が気がかりです」

「ちっ、手間かけさせやがって!」

「に、逃げよう。エールちゃん!」

 ザンスが長田君を担ぎ上げ、スシヌがエールの手を掴む。

 

 

 エール一行はその部屋からバタバタと退散した。

 

 その場に取り残されたように立ちすくんでいるリセットがエール達が逃げた方向を茫然と見つめる。

 

 

「あの娘、本気で妾を殺そうとしたな……」

 まだ繋がっている首をさすりながらパステルが呟くと同時に緊張を解いた

 凍り付くような凄まじい殺気をぶつけられた、それはふざけたものではなく命の危険を感じるもので額から冷や汗が流れてくるのを感じる。

「……まだ少女と呼べるような年齢のはずですが、さすがと魔王討伐隊のリーダーと言うべきか、末恐ろしいものですね」

 サクラが声をやや震わせる。

「エールちゃんはそんな怖い子じゃ……」

 そう言って同じく小さく震えているリセット。

 その視線を受けたイージスが小さく頷いた。

「今出て行った者達を追跡するように警備隊に伝えよ。だが無理はしなくていい。相手はあの魔王を倒した者達、このシャングリラにいる全部隊でかかっても捕えるのは難しいだろう」

「は、はい!」

、駆け付けた警備兵にイージスがそう命令した。

 

「全く前にも庇うやつがいたがまたしてもか」

「エールちゃんあんなに怒って……な、長田君にかけるつもりはなかったんだよね。ならすぐに解呪を」

「仲間があのようになってあやつらも少しは反省するだろう。しばらく頭を冷やさせておけば良い」

 リセットの言葉を切るように言い放った。

「しかし妾に解呪できんものがあるなどとなんという屈辱。しかもたかだかハニワどもの王の呪いだと……」

 パステルが忌々し気に言葉を続ける。

 

「……お母さんの」

 

 リセットは顔を上げてパステルを真っすぐに見た次の瞬間。

 

「バカーーーー!!」

 

「リ、リセット!?」

 パステルが止める間もなく目を吊り上げて大声で叫び、リセットは部屋から飛び出して行った。

 

「あらあら。パステルったら怒られちゃったわね」

「お、お母様……」

 茫然と見つめているパステルに一人の女性が話しかける。

「私、心配だからリセットについていくわね。たぶんあの子達を追いかけて行ったんでしょうから」

 ふわふわとした雰囲気の幽霊……英霊であるモダンである。

「パステル、スシヌちゃんの呪いを解く方法ってあるかしら。あとちょっとって感じだったわよね?」

「一つ心当たりがあります。ですが……」

「うんうん、パステルはやればできる子なんだから」

 ショックを受けた娘を慰め落ち着かせるように優しく言ってふわりと飛んでいく。

 それを見送りながらパステルはため息を吐き出した。

 

「……サクラ。プルーペットを呼べ」

 

 

………

……

 

 エール達はシャングリラ警備隊に追われながら町の外、キナニ砂漠まで逃げだしていた。

 

 警備兵やパトロール隊は町の外までは追ってこないようで、適当な場所に魔法ハウスを建てる。

 そして長田君を二階の大きなベッドに寝かせた。

 ハニーに効果があるのかは分からないがエールは回復魔法を何度も唱え、簡単な浄化の魔法もかけてみる。

 

「長田君がかけられたのは拡散モルルンだから命に別状はない呪いよ」

 無表情に長田君を見ているエールにパセリが声をかける。

 拡散モルルン、聞いたことのない呪いだがエールは神魔法図鑑を開き解呪できないかと必死でページをめくりはじめた。 

「神魔法での解呪は難しいと思うわ。でも本当なら気絶するなんて事すらないはずの呪いよ。びっくりして気絶したのか、突き飛ばした時の当たりどころが悪かったのか、とにかくすぐ目を覚ますと思うわ」

「エールさん、長田君は私が見てますから一階で少し心を落ち着かせてきて下さい」

「うんうん。大丈夫よ、エールちゃん。ここは日光さんにお任せしましょ?」

 

 パセリの言葉を聞いてエールは頷き、少しふらふらとしながら一階へ戻る。

 

 部屋を出ると階段の下からスシヌが見上げていた。

 心配そうな視線をエールに向けているので、エールはパセリが言っていたことをスシヌに話す。

「ほっ……良かった。エールちゃん、お茶でも飲んでちょっと休もう。長田君が起きたら一緒にお茶入れてあげようね」

 スシヌがそう言いつつもまだ心配そうにエールをのぞき込むが、エールは目を合わせないまま食堂へと向かった。

 

 とりあえず食堂に場所を移し三人と幽霊で集まった。

 エールは目を見開いて目の前のお茶を見つめている。

 パセリが長田君は大丈夫だ、と改めて説明するがエールは俯いたまま。

 

 パセリのいう事は本当だろうか。もしもこのまま長田君が目が覚めなかったら?

 ……自分を庇ってこんなことに。

 

 お茶の入ったカップをひびが入りそうなほど強く握っているエールの様子は誰の目で見ても激しい怒りを抑えているのが分かる。

 その様子に誰も声をかけることが出来ない。

「しっかし呪い解きに来て呪いにかけられるとはな」

「ザンスちゃんが変な事言って怒らせたのが原因でしょ! エールちゃんだってザンスちゃんが言わなきゃあんな事……」

「偉そうにしてやがったあの無能ポンコツ村長のせいだろが!」

 スシヌが珍しく怒り、ザンスは挑発した負い目のせいか居心地悪そうにしている。

 

 

 今回の冒険で一番重たい空気が流れた。

 

 

 重たい空気を和ませるのはいつも長田君だったが、その長田君は眠ったまま。

 長田君が騒いでいない魔法ハウスは妙に寒々しく感じる。

 

 

「……お邪魔します」

 そんな空気の中、ローブをすっぽりとかぶったリセットが魔法ハウスに顔を出した。

 

「みんなごめんね。まさかこんなことになるなんて……長田君がかけられた呪いのことだけど」

「命に別状はない、だろ。さっきそこの悪霊ババアから聞いたぞ」

「あれは色々言ったザンスちゃんが悪いんだから、お姉ちゃんが謝ることはないよ」

 ザンスはスシヌの頬を引っ張った。

 

 とりあえずスシヌの呪いはどうにもならないのは分かったので、とにかく長田君の呪いを解いてあげたい。

 エールは自分の中にある怒りを目の前の姉にぶつけないように冷静に話した。

 

「お母さんはしばらく頭を冷やさせておけって……」

 つまりすぐに解くつもりはないという事だ。

 

「みんなが謝ったら、すぐに解呪してくれるかも」

「誰が謝るか」

 ザンスはもちろん、エールも頷けない。

 そもそも母親を悪く言われ、頭をちゃんと下げて、あれだけ偉そうにされて、解けませんでしたというのに怒っていいはずだ。

 謝る振りだけすればいいならザンスを無理矢理す巻きにしてでもパステルに頭を下げようか、と提案する。

「おーおーやってみろや。逆にお前をす巻きにしてやるわ」

 エールだって謝るなど、フリすらしたくはない。

 別に謝っても良いが、解呪が終わったらそのままパステルに斬りかかってしまう気がした。

 

 シャングリラを燃やして脅迫でもしようか? とエールは大真面目な顔で提案する。

「シャングリラのみんなを巻き込まないであげて。燃やしたって余計怒らせるだけだから……」

 リセットはエールの怒りが伝わっているのだろう、ただ悲しげな表情をしていた。

 

 ……パステルさんが死ねば長田君の呪いって解けるのかな?

 解けなくたって次世代女王はリセットなんだから、リセットに解いて貰うと言う手がある。

 

 あまりにも物騒なことを口走ったエールにリセットは体を震わせた。

 エールは普段から笑顔を浮かべている。

 物騒で乱暴なところも非常識なところもあるが、前の冒険ではリーダーを一所懸命につとめようと頑張っていた家族思いで仲間思いの可愛い妹だ。

 そんなエールが笑顔を消して、物騒なその言葉を半ば本気で話していることを理解し、リセットは泣きそうな本当に悲しげな表情を浮かべる。

 

 大好きな姉を泣かせるのは心苦しいはずだがエールにとってはそれがもはや目に入らないほど怒っていた。

 

「エールちゃん!そんな怖いこと言っちゃだめ!」

 そこに声を荒げたのはスシヌだった。

「私たちみんなママが大好きなんだから、言われたリセットお姉ちゃんの気持ちも分かるよね? 長田君もそんな怖いこと言うエールちゃんに怒ると思う」

 叱りつけるように言いつつ、ぎゅーっとエールを心配そうに抱きしめる。

 いつもは気弱そうで少し頼りないところもあるが、こういうことをいうスシヌはとてもお姉さんに見えた。

 悲しそうな表情を浮かべたままのリセットに、ごめんなさいと謝る。

「ううん……お母さんを説得できるようにするから。ごめんね、エールちゃん」

 自身は何も悪くないが、母親の代わりに謝りながらエールの頬を撫でるリセット。

 エールはその手に撫でられてやっと気分を落ち着かせた。

 

「そうだ、今日は私もここに泊まっていいかな? 色々大変だろうから――」

 リセットがそう言ったところで、

 

 

「うおーい、どしたん? なんか暗くねー?」

 

 

 シリアスな雰囲気にそぐわない間の抜けた声が食堂に届いた。

「ここ魔法ハウスだよな? 俺、パステルさんの呪いからエールを突き飛ばしてそれで……ここどこ? 宿じゃないん?」

「エールさん、長田君が目を覚ましたのですが――」

 エールはその声に飛びつく様に反応して部屋に入ってきた長田君を抱きしめた。

「ど、どうしたんだよー? いきなり、なんか照れるぞ!」

 無事で良かった、大丈夫?と言って心配しているエールを不思議そうな目で見ながら長田君はあたふたとした。

『エールもこうしてみるとちょっと柔らかいんだなー、これでもうちょいおっぱいがあればなー』

 そんな長田君の声が聞こえた。

 庇ってもらった手前、割らなかったがエールは長田君に眉根を寄せた。

「長田君、大丈夫だったんだね」 

「俺、なんかあったん? なんか心配になるんだけど」

 きょとんとしている長田君にスシヌ達も近付く。

 

「エールさん、先ほどから長田君の様子がどこかおかしいのです。もしやこれが呪いの――」

『あー、やっぱ日光さんの人間姿は良いよな! 巨乳だしこっちでいてくれたらいいのにな』

「……先ほどからこの調子で」

 エールは頬を膨らませて長田君を叩き割った。

 

「長田君ったらこんな時にまでおっぱいの事考えてるのね。えっちねぇ」

『え、え、え? なにこれ、どうなってんの!?』

 パセリがくすくすと笑って、長田君は飛び上がった。

「リセットー、大丈夫ー?」

「おばあちゃん!」

 パセリと話をしていたのか、エールとははじめて会う英霊モダンもひょっこりと現れた。

「エールちゃんははじめましてね。リセットの祖母でパステルの母のモダン――」

 

『うわー! 何このおっぱい幽霊さん誰だれ!? 美人、優しそう! やべーよ。リセットさんの一千倍ぐらいある!』

 

 モダンが名乗り終わるまえに長田君の興奮してテンションがあがりきった声が聞こえてきた。

「い、一千倍って……」

『幽霊だけどたゆんたゆん揺れてる! マジやべー! 俺が会ってきた巨乳ランキングに載るな、これはー!』

 そんなものつけてたのかとエールが口を尖らせつつどんな人が長田君の巨乳ランキングに載ってるの?と聞いてみた。

「キャー! 俺の秘密が何でー! な、なにこれー!?」

『リズナさんとかナギさんとか。アームズさんとかシーラ大統領とか日光さんも中々であと眼鏡ポイントも高いマリアさんもかな。あと深根とかこれからもっと伸びると――』

 エールは長田君を叩き割って頬を膨らませた。

 なぜかちょっと長田君が思い出して幸せそうなのが伝わってきたからでもある。

「むー……いつか私だっておばあちゃんぐらいになるんだから……」

「なれると良いわね、リセット」

 モダンはなぐさめるように拗ねているリセットの頭を撫でた。

 

『あ、あれ。俺、何も言ってないのになんか声が!? なにこれ、なにこれー!?』

 

 長田君は大の巨乳好きだが、空気は読めるハニーである。こんな時に変な事を言うようなハニーではない、と思う。

 何より口を動かしていないのに声が聞こえるようで、エールは首を傾げた。

 

「あのね。長田君にかけられたのは拡散モルルンっていうの。かけられた人の考えてる事とか思ってる事が周りの人に全部わかっちゃう呪いなんだ」

「え、ええ!? んじゃ俺が考えてる事、全部分かっちゃうってこと!?」

 リセットが長田君を気の毒そうに見て頷いた。

「え、え、え、俺マジで困るぞ、そんなの!」

 長田君は一人でバタバタとしはじめた。

 それに釣られるように周りにいたエール達もそわそわとし始める。

「なんかそわそわしてきた……」

「こ、これも呪いの影響なの。拡散モルルンは周りの人にかけられた人の感情が伝染しちゃうから」

 さっき妙に幸せそうな空気がしたのはそのせいか、エールはとりあえず長田君に落ち着く様に話しかける。

『そんなの困る―! マジ困るー! 誰か助けてー! イーーヤーーー!』

「そわそわすんな! 俺等にも伝染るだろうが!」

「大体、ザンスがエールのこと煽るから怒らせちゃったんじゃん!」

「お前も笑ってただろうが!」

 そわそわして、バタバタとする一行。

 

「みんな、落ち着いて!!」

 

 ザンスが長田君を叩き割ろうとしたところでリセットがすかさず長田君に近付いた。

 

「大丈夫だから。ちょっと落ち着いてね」

 長田君をぽんぽんと優しく頭を撫でているリセットはどこか神秘的で体の小ささを感じさせない大人の雰囲気を感じさせる。

「あっ、なんか落ち着く……」

『これでリセットさんがもうちょい成長してくれてればもっと嬉しかったのにな。幽霊さんぐらいは無理そうだけど、もーちょいこんな赤ちゃんよりちょっと大きいぐらいの姿じゃなくて』

 長田君の不埒な声が聞こえて来て落ち込むリセットを見て、エールは長田君の頬を引っ張った。

「いてててて! 待って、引っ張らないで!」

 あくまで長田君の心の声とのこと、割りづらいのが残念だ。

 

「ホントろくでもねーことばっか考えてんだな、このエロ陶器。捨ててった方が良いんじゃねーか?」

「うわーん! もう、やめてー! 聞かないでー!」

「ザンスちゃん! 酷い事言わないの!」

『ザンスだってエロい事ばっか考えてんだろ! 俺は巨乳派なの! 貧乳でもいいイキリ童貞のザンスとは違うの!』

 ザンスにより長田君は叩き割られた。

 

 拡散モルルン。かけられた人の思考・感情などが、 周囲に拡散し伝染する呪い。

 

 長田君にとっては最悪の呪いだった。 

 


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