エールちゃんの冒険   作:RuiCa

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エールとスシヌ

<コンコン>

 

 エールがホテルの一室でそろそろ寝ようとしていると部屋の扉がノックされた。

「……エールちゃん、まだ起きてる?」

 落ち着いていて、遠慮しがちな小さい声。

 スシヌどうかしたの?、とエールは扉を開けた。

「良かった。まだ起きてて……夜遅くにごめんなさい。ちょっとお話がしたくて、だ、大丈夫かな?」

 エールは人差し指と親指で丸を作るとスシヌを部屋に招いた。

 辺りを見回すがパセリはいないようである。

「おばあちゃんは二人きりでお話してきなさいって。自分はフル様とお話してくるって出て行っちゃった」

 温泉でもちらっと聞いたが二人は知り合いなのだろうか。

「二人は生きていた時代が同じで友人同士なんだって。フル様はゼス建国の時にもお世話になってその縁でゼスはクリスタルの森に手を出さないようにしてたらしいよ」

 美人だが見た目からしてきつめで好戦的だったフルとほんわかとしていてお茶目な所があるパセリ。

 似ていないがゆえに惹かれるものでもあったのかもしれない、とエールは想像した。

 

「……さっきね。サクラさん、パステル様の秘書さんがママと交渉したいことがあるって訪ねて来たの。呪術ブースターの代金をゼスで持って欲しいんだって」

 エールはケチだなぁと少し口を尖らせる。

「わ、私の呪いを解くためのものだから」

 スシヌは外れるようになった眼鏡をさすった。

「それで明日、交渉団を送るから私の事も一緒にゼスまで送ってくれることになったの。しっかりと護衛をつけた特別なうし車出してくれるみたい」

 護衛ならボクがするのに、とエールは今度は少しむくれる。

「エールちゃんはこれから自由都市に行くんでしょ? そうするとシャングリラからだと反対方向になっちゃうからそこまで迷惑かけられない……だから私は明日それに乗ってゼスに帰ることにするね」

 

 つまり明日にはスシヌは家に帰って、一緒に冒険できなくなるという事だ。

 呪いが解けたのは嬉しい事だが寂しくなる、とエ―ルがスシヌに伝える。

 スシヌも寂しそうに目を伏せたが、すぐに顔を上げた。

 

「エールちゃん。少し早いけど、シャングリラまでの護衛ありがとうございました」

 

 スシヌはエールに対して丁寧に頭を下げた。

 その所作は綺麗でゼス王女としての気品を感じさせる。

 

 護衛任務完了だね、エールはそれに得意げに笑顔を向けた。

 そして毎晩のようにスシヌに魔法を習っていた事を思い出すと、ありがとうスシヌ先生、と少し冗談ぽくお礼を言うと

「エールちゃんはすごく優秀な生徒さんでした」

 少し恥ずかしがりながらスシヌがそう言うと、お互いに笑い合った。

「ザンスちゃんにもさっきお礼言ってきたよ。そしたらゼスに恩を売っていつか私の事ゼスごと貰う予定だから当然だって、どうしても礼がしたいなら抱いてやろうかって言われたけどそれは断った……」

 エールは露骨に眉根を寄せた。

 童貞のくせにスシヌを抱こうなんて1000年早い話である。

「ザンスちゃん、怒るよ? あと本当に心配なのは私よりエールちゃんだと思う。お姉ちゃんが何度も言ってたけど本当に気を付けてね」

 ザンスがエールに手を出しかけた事を聞いて、スシヌはずっともやもやしていた。

 姉としてザンスへの怒りも感じるし、リセットにしたことも含めてエールの貞操観念の低さを心配する気持ち、おいていかれてしまうような寂しさ、そして好奇心と少しの羨望。

 ……ゼスに帰ってもしばらく悩みそうな話だ。

 

 

 部屋はシンと静まり返った。

 

 スシヌは別れへの寂しさが増していくようで、泣きそうな表情になる。

 

 それを見たエールは朝まで一緒にいよう、とスシヌをベッドに招いた。

 スシヌは驚きながらも眼鏡をサイドテーブルに置いて一緒のベッドに入る。

 

 互いの体温ですぐに布団の中は温かくなった。

 

「あ、あのね、エールちゃん。私、学校卒業したらママの近くで働けないかなって思ってるんだ」

 スシヌはエールから顔をそむけるように顔を天井に向けながら話しはじめた。

「私はやっぱりゼスの為になることがしたい。首都から離れた町じゃ盗賊や悪いことしてる人がいたり、魔法が使えない人達への差別が残ってたりするの見たからそういう手の届かないところを少しでも無くしたいの」

 見聞を深めて欲しいという、母マジックの思惑は正しかった。

 思えば魔法Lv3という人類でも有数の才能を持っているがゆえに、今までは自分の事で手いっぱい。兄弟姉妹が手を引いてくれた前の冒険で魔王を討伐し強くなったものの、元々首都からほとんど出たことがなかった事もあり肝心な自分の国の事はあまり知らなかったように思う。

「机に向かって勉強するだけじゃ知らないことが多いね。ママやウルザさんが忙しそうな理由も少しだけ分かって、協力できればいいなって思った」

 冒険から戻ってきて、祖父の墓へそれを報告しに行って、母としてではなく女王としてマジックは厳しくなったがそれは自分が期待されているという事。

「私、いつかお母さんの後を継いでゼスの女王になるかも……じゃなくて、私は未来のゼスの女王だから」 

 人見知りをいきなり直すのは難しいが自分はゼス王女なのだ。

 ゼス王家の跡取りは自分だけ、強くならなくてはいけない。

 そう少し力強く言って、自分の言葉に恥ずかしがって顔を隠すように布団にもぐりこんだ。

 

 母の後を継ぐという立派な目標を持ち、才能もあるが努力もしているスシヌの事をきっとゼス国中の人が支えてくれるだろう。

 スシヌは期待されてるんだね、とエールはしみじみと呟いた。

 

「エールちゃんは法王様の後を継ぐとか考えたことはある?」

 エールは母からそのような事を言われたことはなく、期待されていないのかもしれない。

「そ、そうじゃなくてエールちゃんの道を無理矢理決めたくないんだけだよ。法王様はエールちゃんに自由にしてて欲しいんだと思う」

 エールは一瞬寂しく思ったが、確かに例え母であっても法王になれと言われたら首を横に振るだろう。

 そもそも幼いころから冒険用の訓練を受けていた。

 むしろ母は自分に冒険者になって欲しかったはずだ、とエールは考えることにした。

「……うん。でももしエールちゃん以外に神魔法を使える人がいなくなっちゃったら法王にならなきゃいけない日がくるかもしれないから」

 そう言って顔を出しながらエールを見るスシヌは奔放な妹を諭す優しいだけじゃない姉の瞳をしている。

 

 そういえばパステルを殺すと言った時、怒ってくれたスシヌはじつにお姉さんらしかった。

 普段はおどおどしているが、いざとなったらエールをはっきりと叱れるぐらいの強さがある。

 エールはスシヌなら立派な女王になれると励ましつつ、次に会う時にはゼス四天王かもね、と言った。

「うっ……が、頑張る。まだまだ勉強不足だけど」

 普段のスシヌは強いわりに押しが弱く、押しに弱い。

 物事はもっとはっきり言わないといけない。

「それも頑張ります……嫌な事は嫌だってちゃんと言わないとね」

 長田君が居たらエールは押しが強すぎだし色々はっきり言いすぎ、とツッコミを入れた事だろう。

「ねぇ、エールちゃん。ゼスに来て将軍にならない? 千鶴子さんも言ってたけどエールちゃんならきっとすぐにでもゼスで将軍になれると思うんだ」

 スシヌはそう言ってすぐ横にいて、顔の近いエールに真剣な目を向ける。

 普通の魔法に加えて、神魔法に剣まで巧みに操り、魔王の子を率いたリーダーシップもある。

 いつか自分が女王になった時、エールが横にいてくれたら心強いだろう。

 経験を積めばきっと立派な将軍に――と続けようとしたところで

 

 冒険が楽しいから、とエールははっきりと首を振って断った。

 

「そうだよね。断られるの、分かってた」

 冒険をしているエールはとにかく楽しそうだ。

 きっと誰にも縛ることは出来ない。

「私が勧誘したって聞いたらザンスちゃん、怒るかなぁ」

 秘密にしておく、とエールは人差し指を自分の口に当てる。

 

「……エールちゃんとまた少しだけ冒険出来て、とっても……楽しかっ……っ」

 スシヌが笑顔でエールにそう伝えようとしてふいに視界がぼやけた。

 

 眼鏡がないせいではなくぽろぽろと涙が頬を伝いこぼれ、声も震えてしまう。

 

 スシヌに何かあった時はまたいつでもどこからでも助けに行くから。

 

 エールはそう言ってスシヌと両手を握り合い、お互いの額を合わせた。

 

 

「う、うん……! えへへ。ちょっと恥ずかしいね」

 はにかむように笑う姉は本当に可愛くエールの中に悪戯心が沸き上がったのだが、そこは護衛として我慢をする。

 男だったら他に慰める方法もあったのにね、とエールがからかうように言った。

「エールちゃんってば変な事言わないのっ。もう……」

 これで魔法Lv3の実力者でさらに王女という身分なのだから、男がわんさか寄ってくるのも無理はない。

 あとハニーもだ。

 こんな可愛い眼鏡っこは世界中探してもそうそういるものではなく、ハニーキングが攫うのも無理はない。

 変なのと付き合うように言われたりお見合いさせられたりしたらはっきり断るように、とエールがスシヌを心配しながら言った。

 スシヌに手を出すようならまずは最低限ボクに勝てるぐらいじゃないと。

「お兄ちゃんみたいなこと言って……でも、エールちゃんに勝てる人っているのかな?」

 ザンスは色々下手だからやめといた方が良いよ、と付け加える。

 スシヌは涙を引っ込めて「ザンスちゃん怒るってば」と言いながらおかしそうに笑った。

 

 

 エールとスシヌの二人はお互い手を握ったまま、眠りにつくまで冒険の思い出を語り合った。

 

 

………

……

 

 

 次の日、スシヌが乗るうし車の準備が整うまでシャングリラを観光しよう、とエールが言い出した。

 

「そーいや俺達結局シャングリラ全然回れてなかったよなーあんだけ店あって楽しそうなのに」

 町に詳しいリセットもいるし案内してもらおう、とエールがリセットを見たのだが

「ごめんなさい。本当なら私が案内できればいいんだけど私と歩くと落ち着けないと思う……」

 リセットは長い耳を少ししょんぼりと垂らしている。

「姉上殿の人気は魔王討伐以降ますます高まるばかり。確かに人に群がられそうでござるな」

 ウズメの言葉にエールが残念そうな顔をして前みたいにフード被ればいけないかな、と提案するが

「それに私はちょっと色々とお仕事があるの。すいませんけどパセリさんは私と一緒に来てくれますか? サクラさんが話があるそうなので」

「はいはい。スシヌもエールちゃん達とまたしばらく会えなくなるからしっかり思い出作ってきてね」

「シャングリラは世界中から物とか人が集まるから、露店を見るだけでも楽しいよ! いっぱい楽しんできてね」

 リセットとパセリはそう言って小さく手を振りながら慌ただしく館に戻っていってしまった。

 

 

 その後ろ姿をしょんぼりしながら目で追いかけているエールの肩を、長田君がポンポンと叩く。

「まっ、こういうこともあるって。ちっと残念だけどアイテムの補充もしねーといけねーし行こうぜー」

 世界中から商人が集まってるなら珍しいえっちな本も手に入るかもね、とエールが長田君をぺしぺし叩く。

「い、いや! それは別に期待とかしてねーって!」

 長田君は図星だった。

「人通り多そうだけど、大丈夫かな?」

「ウズメがしっかりと護衛するでござるよー」

「お前らだけで行ってなんかあると面倒だからな。俺様もついてってやる」

 エールも最後までしっかり護衛はすると頷き、一行はさっそく町を回ることにした。 

 

 

「いやー、呪い解けてホント良かったー!」

 長田君は嬉しそうに跳ねていた。

 シャングリラの町は砂漠の真ん中にあり大変暑いため、露出度の高いお姉さんも多くここぞとばかりにその姿を横目で追っている。

「そんなだから退治依頼が出されそうになってたんでござるよ。道行く冒険者にワイセツな言葉を投げかけるハニーが出ると」

「ちょ、少しぐらいいだろー! せっかくもう誰も俺の事、変態を見るような目で見てこなくなって」

「それでも女の人をジロジロ見るのは失礼だよ?」

「スシヌまで言うの!?」

 ウズメとスシヌに言われて長田君は少し凹んだ。

「陶器に懸賞金ついてもくっそ安そうだな。」

 長田君は高Lvハニーだから良い経験値にはなるよ、とエールがフォローを入れる。

「それフォローじゃなくね!?」

 

 エール達はわいわいとシャングリラの市場を歩いていた。

 

「ひ、人が多いね……」

 人混みが苦手なスシヌの手をエールがしっかりと握っていた。

 

 前に来た時よりもさらにたくさんの人々でごった返していて騒がしい。

 行きかう人々は国も種族もバラバラでカラーはもちろんポピンズにホルスにハニーに様々な魔物まで多種多様である。

「これだけ色々といるのによく問題起きないよな? 魔物も相変わらず多いっぽいのに」

「ここで問題を起こせば世界中の国から睨まれっからな。おかげでうちも手が出せねぇ」

「魔王が居なくなって一年、交易もしやすくなったもんね」

「実は秘密の取引も多いんでござるよ? 良いものも悪いものも」

 

 そんな話を聞きながらエールはきょろきょろと色んな露店や屋台に目を奪われてはスシヌをやや強引に引っ張っていく。

 まず向ったのは良い匂いがしたうっぴーを焼いている屋台である。 

「わわ、エールちゃん。もうちょっとゆっくり歩いてー!」

「エールもずっと砂漠にいてストレスたまってたんかね? おーい、エール! それ俺の分も一本よろー!」

 

 

 買い食いをしたり、露店の商品を見て回ったり。

 

 シャングリラは歩いているだけで楽しいと感じられる町だった。

 

 

「……キナニ砂漠はもともと、豊かな緑のある地域だったんだけど昔にゼスとヘルマンの戦争で禁呪が使われて砂漠化したんだって。おばあちゃんがキナニ砂漠見た時びっくりしたらしいよ」

「シャングリラさえ取れれば他の国攻めるの楽だったんだろうがな。どこの国も欲しがったんで結局は中立で行き場無くなってたカラーが代表ってことで落ち着いたわけだ」

 エールが食べ歩きをしつつそんな雑談を聞いていると、ふとスシヌの足が止まった。

 

 目を丸くさせている。

 

 どうかしたの?とエールが少し心配そうに尋ねると、スシヌはぱたぱたと走り出した。

 エールがその後を急いで追いかけると、スシヌの視線の先には赤いローブをかぶった小さな女の子が小さな店を出している。

「ルーシー様!?」

 スシヌがそう声をかけると、少女は顔を上げた。

「ここはアーシーの占いの館よ。おかしくれたらなんでも占ってあげるね」

「おっ、ここって占いの店? 女の子って占いとか好きだもんな」

 呑気な様子の長田君とは対照的にスシヌはアーシーを見ながら目を点にしている。

「え、え? ルーシー様じゃない……?」

 ルーシーって誰?とエールがスシヌに尋ねた。

「ルーシー様はゼスの大事な御方で……おばあちゃんが居ればよかったんだけど」

「おねえちゃんたち、ルーシーちゃんの知り合い?」

 赤いローブの少女がスシヌの顔をのぞき込む。

「は、はい。ルーシー様にはいつもお世話になっております。お顔が瓜二つで驚いてしまって」

 スシヌの丁寧な言葉遣いを聞くと、年端も行かない少女にしか見えないその子供はかなり凄い人物のようだ。

 

「……どっかで見たようなガキだなと思ったらお前か」

「わたちはてんちゃい占い師アーシー。ルーシーちゃんとにてるのは三つ子だから」

 アーシーを見て怪訝な顔をしたザンスに気分を害することもなくそう答えた。

「ザンスちゃんは知ってるの?」

「そいつの占いは100%当たるんだとよ。別に何でも占えるってわけでもねーらしいが」

「え、それめっちゃすごくね?」

 長田君の言う通り100%ならばそれはもはや予言なのではないか、とエールも驚く。

 ザンスも占って貰ったもらったことあるのだろうか。 

「俺様がそんなもんに頼るわけねーだろ。ただそいつがうちのチルディに菓子ねだりに来てるの見たことあってな」

 チルディが作った菓子を食べた事のあるエールにはその気持ちがよく分かった。 

「100%当たる占いってのは色々と使えるってんで、リーザスで勧誘したんだが蹴りやがって」

「わたちは究極のおかしをもとめてるの。チルディちゃんの至高のおかしはおいしいけどそれだけじゃまんぞくできないの。むぐもぐ」

 アーシーは前の客から貰ったらしい菓子を食べながら答えた。

「つか、ゼスのルーシーってこいつと同じ占い師なのか。会ったことはねーが確か永久客人だったよな」

「ルーシー様は何でも出自が特殊らしくて人前にはほとんど出られない方だからね」

 

 アーシー、ルーシー、そしてマーシーの三人は予知の魔人レーモン・C・バークスハムの使徒であるが、主である魔人は既に亡いはぐれ使徒である。

 三人に戦闘能力はなく危険もないのだが各地で魔王と魔人が暴れまわる中で、魔人の使徒というだけで危険視され恨みを持った人間達に狙われることは目に見えていた。

 ゼスとしても魔人の使徒であるルーシーが建国に携わっていたとなれば国内外で批判は免れないと考え、彼女達三人が魔人の使徒であるという情報は国家によって隠されることになった。

 マーシーの行方は知れないが、アーシーの事はリーザスが保護をするという話も出たのだがアーシー自身はそれを断りおかしを求めて放浪を続けている。

 

 エールは何を占って貰えるの?と尋ねる。

「なんでも。おかしくれたらうらなうよ」

「なになに? エールも占いに興味があるん? なんてったって100%だもんなー!」

 エールは懐からさっと白いまんじゅうを取り出した。

「お前何でそんなもん持ってんの……」

 ウズメの頭にでも乗せようと思って、とエールはそのまんじゅうをアーシーに渡した。

「それは残念でござるな」

 エールはさらに懐から紅いまんじゅうを取り出しすとウズメの頭に乗せた。

 ウズメは驚きつつも器用にまんじゅうをヘディングさせて口でキャッチをしたので、エールは小さく拍手をした。 

「なにをうらなう?」

 エールは楽しく冒険できるところ、とかなりあいまいな事を願ってみたがアーシーは気にすることなく

「むぐもぐ。ぷいぷいぷー…」

 お菓子を食べながら水晶を撫でた。

 

 

「………あれ? もっかい」

 エールがワクワクしながら占い結果を待っていたが、アーシーが目を見開いて驚くと急いでまんじゅうを呑み込んだ。

 

「なんにもみえない?」

 エールはそんな呟きに驚いた。

 

 アーシーは首を傾げて水晶を何度か撫でたり、エールの事を射貫く様に見つめる。

 

 

 何百年もあらゆる生き物の運命の流れを見て来たアーシーは驚いていた。

 

 あいまいではあっても分からないという事は過去一度としてなかった。

 

 人間はもちろん魔物も、魔人も、未来の魔王ですら見えないということはなかった。

 

 

 

 ――しかし目の前にいるエールと呼ばれた少女は、何一つ見通せない。

 

 

 ただ真っ白に、無限に広がり、これから運命を作っていくかのような――

 

 

 

「……ほんとにみえない。こんなのはじめてよ」

 アーシーがエールを見た。

 

「な、なんか不吉な予言とかじゃねーよな……?」

 長田君は怯えるように震え、エールはまんじゅうのとられ損、と頬を膨らませる。

「はぁ? 100%当たるとか所詮デタラメか。てか、占い師ってんなら適当でもそれっぽいこと言っとけよ」

 商売だろうが、と言ったザンスの方を見てアーシーは水晶を撫でる。

「……おにいちゃんのはちゃんとみえるわ。おねえちゃんだけみえないみたい」

 アーシーはそう言ってエールを不思議そうに見つめる。

「あ? 勝手に覗いてんじゃねえぞ」

 アーシーの真剣な目を見て、ならザンスなんかじゃなく長田君を見て欲しい、とエールは長田君をアーシーの前に座らせた。

 長田君が楽しく冒険できるところならどうだろうか。

「なんかってどういうことだ、コラ」

 占いに興味ないって言ってた、とエールが両頬をぐにーっと伸ばされて手をパタパタとさせているところをスシヌが慌てて止めている。

 アーシーは気にせず目の前の長田君を見て占いはじめた。

「どきどき……」

 

「リセットおねえちゃんといっしょにいくといいよ」

 

「え、リセットさん?」

「あとみなみのほうだね」

「いやいや、南って大雑把すぎっしょ。もっと何かないんすか?」

 長田君は首を傾げているがそれを聞いたエールは途端にぱーっと顔を明るくした。

 

 長田君がリセットと一緒という事は、当然リセットは自分とも一緒と言う事。

 つまりこの占いは「リセットと一緒に南の方に冒険に行くべし」という結果である、とエールは解釈した。

 

 エールは喜んで嬉しそうにニコニコとしている。

「……まぁ、範囲広いけどこれから行く自由都市も南だし? これって俺等の冒険上手く行くってことだよなー」

 長田君はエールが嬉しそうなのでとりあえず一緒に喜んでおいた。

 

 

 

 アーシーはお礼を言って帰っていくエールの後ろ姿を見つめていた。

 

 

 彼女の未来は見えなかったのだが、なぜかそれを不安にも不快にも思わない。

 

 

『私の視た光景……それをお前たちが覆すのだ。

        小石に過ぎなくとも……波紋を生んでおくれ』

 

 

 かつての主が話していた、あの時良く分からなかった言葉が一瞬思い出された。

 

 しかし目の前のチープなおかしを食べているうちにまたチルディのお菓子を食べに行こう、とアーシーは思い至り店の片付けを始めるのであった。

 

………

……

 

 アーシーの占いの館を後にして、エール達は門の方へ向かっていた。

 そろそろうし車が出る時間だとロナが迎えに来たからである。

 

「なんでアーシー様はエールちゃんには何も見えないって言ったんだろう」

 ルーシーの占いはゼス建国以降を支えているほど信頼されているものだ。

 それと同じであろうアーシーが占いでエールの事を"何も見えない"と言ったのが不安で、ゼスに帰ったらルーシーに話してみようとスシヌは考えていた。

「エールさんが不思議なのは今にはじまったことではありません。占い結果で不吉な結果が出たわけでもないでしょう」

 スシヌにつられ不安そうにしたエールに日光が優しく話しかける。

「神魔法にレベル神、主君殿はもともと謎がいっぱいでござるよ?」

「確かにこいつがどっかおかしいのは前からだな。今更、占いごときで見えないとか大したことねーよ」

 契約なしで日光を扱えること、カオスが認めていないのにカオスを持てていたこと。

 JAPANでクエルプランを追い返した謎の力など、ザンスが軽く考えただけでエールには謎が多い。

 そもそも一年間寝ていたというのにピンピンしているのだ。

 普通ではないという事は誰の目にも明らかである。

「気にすることでもねーよ」

 エールの頭をザンスがぐしゃぐしゃと撫でた。

 

 

 シャングリラの門の前に着くと装飾の豪華なうし車が用意されているのが見える。

 一般的なうし車にくらべて一回り以上大きく、頑丈そうだった。

「うひゃー、でっけーうし車だな。これが貴族専用車ってやつ?」

「貴賓用送迎うし車だよ。遠距離移動でも快適に過ごせるようになってて、これに護衛用のうし車が前後を走るんだ」

 手に持った紙を見て中をチェックしていたリセットが答える。

 エールがなんとなくうしを撫でると、うしはみゃーと気持ちよさそうな鳴き声をあげた。

「みんな、シャングリラの町は楽しかった?」

「うん、楽しかった。とっても」

 スシヌが笑顔でそう言ったのでエールも笑顔を向けた。

 

「良い思い出が出来たかしら? 私も昨日はお話しできて楽しかったわ。といっても、私ばかり話してたけれど」

 パセリが小さく手を振っている。

 その視線の先には屋根の上からスシヌ達を見下ろしているフル・カラーがいた。

 その手に答えることはないが、ただパセリやエールたちの事を真っすぐに見ているのが分かる。

 

「護衛はカラーでも精鋭の人達だから大丈夫だよ。国境まで迎えに来てもらえるようにゼスにちゃんと連絡も入れてるからね」

「それではスシヌ王女、参りましょうか」

 サクラに促されて、スシヌは頷く。

 

「それじゃ、みんな……色々とありがとうございました」

 スシヌは頭を下げた。

 

「姉上殿も達者で。また顔出すでござるよ」

「スシヌちゃん、元気でね。次の新年会の前にまたゼスに行くと思うから」

「うん、待ってるね」

 ウズメとリセットは笑顔で見送る。

 

「ザンスちゃんもありがとう」

「ゼスに恩を売っただけだ。次会うまでに俺が手を出そうと思えるぐらいには女を磨いておくんだな」

「もう。エールちゃんに酷いことしちゃだめだからね!」

 目を逸らすザンスと窘めるようにいうスシヌは不良と学級委員長のようだ、とエールは思った。 

 

「寂しくなるなぁ、女の子成分がまた減るっつーか、貴重な眼鏡っこ成分が減ってまたパーティの潤いダウン……」

「ゼスでは逮捕されてたとか失礼なことしちゃってごめんなさい。次、ゼスに来たらちゃんと歓迎するからね」

「おっ、それは期待しちゃうぞー。ゼスで行きそびれたトコ結構あるし、また一緒に冒険行こうな!」

「うん! エールちゃんの事よろしくね」

「おう、任せとけー!」

 スシヌが長田君の頭を撫でると長田君は照れていた。

 

「エールちゃんも、本当にいろいろとお世話に――――」

 エールはスシヌが言い終わる前にぎゅっとスシヌを抱きしめた。

 そして耳元でまたね、と呟く。

 

「……うん!」

 

 少し涙を目に浮かべながらも、スシヌは笑顔で手を振りながらうし車に乗り込んだ。

 

 スシヌは窓から顔を出して手を振っている。

 

 エール達もうし車が見えなくなるまで、大きく手を振りながら見送った。

 




※ 独自設定
・魔人バークスハムの予知 … 魔人バークスハムの予知はランスが魔王になった未来よりもっと先、神が世界に飽きて世界を崩壊させること。
ルーシーはゼス建国を助け、アーシーは2でシィルを助け、マーシーはノアを導き海から魔物界へ攻める一助となったため、小さくともその波紋は広がりエールが世界を楽しむことへと繋がった。

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