スタッフがオノハが目を覚ました、と言ってエール達を呼びに来た。
ベゼルアイに連れられて診療室まで尋ねると、オノハはベッドで半身を起こしていた。まだ意識ははっきりとしていないのか、どこかぼんやりとした表情である。
部屋に入ってきた三人の姿を見るやいなや
「ひっ…………」
怯えた声を出して、オノハは身体をびくっと跳ねさせた。下手に近付くと泣き出してしまいそうな様子だった。
「なんかすごい怯えようっすねー……」
怪我はほとんどなかったが、誘拐されたことやおかゆ毒のことがトラウマになってしまったのだろうか、とエールが心配していると
「オノハちゃんは昔からずっとこんな感じよ。モンスター相手だとしっかりしてるんだけどね」
オノハが怯えつつも、エール達の方をちらりと見た。
「ふふ、こんな感じですごく臆病に見えるけどちょっと前まで滅殺魔物団なんてやってた時期は別人みたいに――」
「あっあっ、その話はだめ……」
ベゼルアイが口元に笑みを浮かべて言うのをオノハが恥ずかしそうに話を止めると、その場の空気がゆるんだようだった。
オノハは改めてエール達を、今度は落ち着いた様子で眺めた。
「ベゼルアイ、と人間さん?あと、ハニーさん……」
「久しぶりね、オノハちゃん。 この子はエールちゃんとハニーの長田君。攫われたオノハちゃんを助けてくれたのよ」
無事で良かったです、とエールが声をかける。
初めて見たときは決して無事ではなかったのだが、オノハはもちろんエールもそれを思い出すのは恥ずかしいことだった。
「えっと、人間さん、ハニーさん……助けてくれて、ありがとう……」
オノハは微笑んで礼を言うが、なんだか消え入りそうな儚さである。
「女の子モンスター達も怪我してた子はいたけど無事だったみたいで――」
ベゼルアイがそう言うとオノハが突然がばっと起き上がった。
「み、みんな!」
その突然の行動に驚き、止める暇もなく走っていく。
後を追いかけると、そこは女の子モンスターの飼育場。オノハは手早く女の子モンスター達の無事を確かめていた。
女の子モンスター達がご主人様―!と言って次々にオノハに群がり、ぴょんぴょんとその周りをはねたり、頭をこすりつけて甘えたり、無事だったことに安堵して泣いたり。一緒に捕まっていた子ともお互いが無事だったのを喜びあっているようだった。
「良かったなー、俺達頑張ったんじゃね?」
そういう長田君にエールも嬉しくなり、確かな達成感を感じることができた。
「あ、あの、危ないモンスターは……」
オノハが顔を青くした。
女殺しの事だろう。それならこの長田君がやっつけてくれました、エールが長田君の頭をポンポンと撫でる。
「いやー、俺もやる時はやるっつーか?ベゼルアイ様やエールのサポートもあったしな!」
「ハニーさんが…?ありがとう、すごいねえ」
得意げにする長田君に、オノハは驚いたようだが改めて頭を下げて礼を言った。
女の子モンスター達も相当怖かったのか、天敵がいなくなったのを喜んでいる。
その反面、戦闘が得意な女の子モンスター達がオノハを守れなかったことを詫びていた。
「気にしないでいいよ。みんな無事でよかった……」
そう言ってにっこりと笑うと、女の子モンスター達はみんな嬉しそうにしている。
ここでのオノハはよほど愛されているご主人様なのだろう。
オノハは女の子モンスター達の世話を始める。
エールが体も本調子ではないだろうにまだ安静にしていたほうが、と声をかけるが
「みんな待ってるから……」
ご主人様を取り合わないだけ躾が行き届いているのだろうが、既にお世話の順番待ちとばかりに整列していた。
「せっかくだし、エールちゃんもやってみたら?」
ベゼルアイがそう声をかけた。確かにそれが出来たら少しはオノハの負担も減るだろうが、エールは女の子モンスターの世話などしたことはない。それに女の子モンスターといえど、モンスターはモンスター。中にはそれなりに強い種もいるので気を抜くのは危ないのではと警戒心もある。
「この子達は怖くないから、大丈夫だよ?」
オノハがそう言ったのでこれも経験と、エールは女の子モンスターの世話に挑戦してみることにした。
きゃんきゃんやメイドさんといった比較的安全な女の子モンスターに触るのを許してもらえたため、エールが緊張しながら近づく。
何をすればいいか分からないがとりあえず頭を撫でてみると、嬉しそうにされた。きゃんきゃんが遊んで―と言うので、簡単な追いかけっこをしたり一緒に踊ってみたり、世話をするのが大好きだというメイドさんに、髪を丁寧に梳いて貰ったり服のほつれを直してもらったり。モンスターといえど危険は全く感じず、むしろ近くで見るととても可愛らしかった。
エールがにこにこしながら女の子モンスターの世話をするのを、オノハも笑ってその光景を見つめている。
「こういうところはランス君の子供とは思えないわねぇ」
ベゼルアイがそんなことをつぶやく。
「ランス?」
「ああ、オノハちゃんは気にしなくていいわ」
その言葉にオノハさんは綺麗な人だから父のランスと会わせるのは不味いだろうなと、エールは思った。
………
……
夜遅くになってしまったので、エール達は村の宿泊所を使わせてもらい一泊することになった。
エールの方は女の子モンスターも使っていると言う少し大きめの浴場も使わせてもらえるらしい。
ちなみに男湯はないらしくそれを聞くと長田君が差別だー!とか文句を言っている。
「ご、ごめんなさい……本当ならここ男の人が入れる場所じゃないから……」
オノハが申し訳なさそうに言うが長田君はそれを聞いて
「男子禁制の場所!?」と喜んでいる。
それであの時女殺しが男である長田君がいることに驚いていたのだろう。長田君が例外扱いだったのはたぶん見た目がハニーだからか。
エールは納得していた。
「やっべ!俺、ハニーでよかった!なんか良い匂いする気がするー!」
やたら喜んでいる長田君を置いてエールは浴場に向かった。
エールが服を脱ぎ、湯気の溜まった浴場に足を踏み入れるとオノハとベゼルアイが先に入っていたようだ。
ベゼルアイの長い髪をオノハが洗っている。神様をわしゃわしゃと洗うなんて大胆なことしている、と思いつつその様子を眺めていると、ベゼルアイの目は蕩けるようにぼんやりしていた。
さらに全身を洗われはじめると、たびたびその体を力なく震わせている。
エールは何となくじーっとその様子を見つめていると、何故か自分の心臓の鼓動が早くなってくるのを感じた。
「……あら、エールちゃんいたの?」
一通り終わってエールの視線に気が付いたベゼルアイがそう声をかけるが、その声にはいつもの覇気がないようにも聞こえた。
エールは覗きをしていたようなちょっとした罪悪感を覚えてびくっとしたが、素直に洗われていたのを見ていました、と答える。
「そう……せっかくだからエールちゃんもやってもらったら?」
ベゼルアイは悪戯を思いついたような表情になった。
「え、でも人間さんには……」
オノハはその提案に驚き、慌てる
「私と同じってわけでもないけどエールちゃんを女の子モンスターだと思えばいいのよ。昔やったことあるでしょう? 助けて貰ったお礼ってことで」
エールはオノハの返事を待たず、ベゼルアイが避けた椅子に座った。
「なら、エール。大人しくしていてね……」
エールの呼び方まで変えたオノハは、まずエールの髪を洗うことにした。
水をかけシャンプーをつけると、指の腹で頭皮をマッサージするように洗っていく。
その指の一本一本が別な意思を持っているかのように蠢き、さらに力の強弱がつけられ、頭を撫でられているような優しい刺激とツボを押されているような強い刺激が交互にかかる。
エールは頭を洗われているのになぜか背中と首筋にくすぐったさを感じたがとにかく気持ちが良かった。
「気持ちいい?」
泡を洗い流されながら、エールは力なく頷いた。
「ふふふ、エールはいい子だねー」
エールが気持ちよくしていることに満足したのか、オノハは続けてスポンジに石鹸を含ませる。
「体もきれいきれいしましょうねー」
そして腕から泡のついたスポンジがエールの体に這わせはじめた。
エールはくすぐったさでむずむずするので、楽しそうに体をよじったり動かしたりしている。
「こら、大人しくして」
オノハが優しく声をかけながら、今度は腰にスポンジを当てられる。するとくすぐったさとはまた違う、気持ちよくもじれったい感覚が身体をふわりと撫でた。
さらに胸にスポンジが這うと、ただ撫でられただけなのに今まで味わったことのない強い刺激にびくりと体が跳ねる。
その感触に温かい浴場であることとは関係なく身体が火照り、それとは反対に力が抜けてしまった。
自然と荒い吐息が口から漏れて、心臓がドキドキを早くなるのを感じる。何かが下腹部から込み上げてくるような感覚にエールは言いようのない恥ずかしさを感じていた。
これは前にあったシーウィードで体を触られたときの感覚に似ているがあの時はどうしたんだっけ、とエールは何とか冷静に思い出そうとする。
しかし、止まらない身体を這いまわる刺激に頭の中はかき乱されるばかりで、とても気持ちがいいのに早く終わってほしいという矛盾した気持ちを抱えながら、力の入らない身体を硬直させるのが精いっぱいだった。
そのまま全身を洗われて風呂から上がり、体を拭かれ、髪をとかされ……着替えさせられるころにはエールは歩くのがやっとというところまで腰が砕けていた。
「エールちゃんには刺激が強かったかしら。オノハちゃんにお世話されて腰が砕けない子はいないから……その才能が見込まれてリーザスに保護されてるらしいけど」
エールにはそんなベゼルアイの声もぼんやりとしか聞こえていない。
「はい、エール。ぽんぽん」
オノハはそのままソファに移動し今度は膝を叩いてエールを膝に招く。
エールもそのまま抵抗も出来ずに吸い込まれオノハの膝に頭を預けた。
「耳掃除しようねー」
柔らかい吐息がふーっと耳に吹きかけられた。
それだけですでに気持ち良かったのだが
「入れるよー」
そう言って耳かきがエールの耳の中にゆっくりと入り込むと、エールの体に電流が走るような感覚が駆け抜けた。
「…………!」
その感触に背中がむずがゆさを感じると、エールは思わず小さく声を上げた。
「大丈夫。怖くないから、リラックスしてねー」
そうは言うが、母にやってもらった耳かきとは全然違う感覚であった。
耳の中がゆっくりと優しく擦られ、たまに耳たぶに柔らかい手が触れるとエールはまたしても刺激されている部分とは関係なく、下腹部にきゅーっと力が入るのを感じる。体をよじり抵抗することも考えたが、あくまで最低限触れられるような優しい感触と膝の柔らかさという二重の気持ちよさに抗えず、にゃんにゃんが甘えるように少し体を丸めただけだった。
「終わったら爪切りもするねー」
そういうオノハは優しい笑顔を浮かべている。その様子は悪意もいやらしい雰囲気もなく、エールはただただされるがままになってしまった。
………
……
「はい。きれいきれいになりましたー……あれ、エール?」
オノハが気が付くとエールはその膝の上ですうすうと寝息を立てていた。
「お、やっと風呂から上がったのか。ってエールのやつ寝ちゃったんすか?膝枕で寝かしつけられるとかまだまだガキだなー」
顔を出した長田君がそんなことを言ってエールの顔をのぞき込む。
その顔は風呂上がりだから、それとも別の何かか、頬を紅潮させているのが分かった。
「あらあら、すごく気持ちよかったみたいね。私がベッドに運ぶわ」
その様子を見ていたベゼルアイがエールの体をひょいっと担ぎ上げ、ベッドに運んでいく。
「ベゼルアイ様、力持ちっすねー」
「力のベゼルアイだから」
エールは心臓の音が少し早いまま、気持ちよく眠りについた。