エールちゃんの冒険   作:RuiCa

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エールとザンス 2

 エールが親衛隊の訓練相手をしているとキャーキャーと色めき立つ声が聞こえた。

 

 声の方向を見ると赤い鎧、ザンスの姿が見える。

「エール、付いてこい」

 それだけ言うとすぐに踵を返したので、何かを聞く暇もなくエールはそれについて行った。

 

 親衛隊の人達にモテるんだね、とエールが先ほどの黄色い声を受けてそう話しかけた。

「当然だろ。他の軍の女もメイドもリーザス中の女があんな感じで俺様に憧れてるからな。いや、世界中の女がだな!」

 ザンスは胸を張って豪快に笑っている。

 童貞はやく卒業出来るといいね、とエールが付け加えるとその頭が叩かれた。

「お前は一言多いんだよ!」

 長田君もまだだから大丈夫、とエールがフォローを入れるとザンスは尚更不機嫌になってエールの頭に拳をぐりぐりとめり込ませた。

 

 エールが連れてこられたのは試合をした中庭。今は赤の軍の兵士が訓練をしている。

「お前の仕事はこいつらの訓練相手だ。親衛隊よりは多少歯ごたえあるだろ。 よし、早速始めろ」

 エールは赤の軍の兵士と一人ずつ戦うことになってしまった。

 

 しかしそれを聞いて慌てたのはエールの前に立たされた赤の軍の兵士である。

 ザンスとの試合で善戦しているように見えていたとはいえ、エールはまだ少女と言える年齢。中には自分の娘と大差ないという者もいる。

 しかもリーザス王子であるザンスの妹ということもあって非常にやりにくそうであった。

「こいつはそこそこやるから全力でやっとけ、下手に手抜くと死ぬぞ。 エール、お前もこいつらぶっ飛ばすぐらいで行け、あとで回復すりゃいいだろ」

 エールの方は大きく頷いた。

 

 一礼してお互い剣を構える。

 

パァン!

 

 大きな音がして赤の軍の兵士が倒れ伏した。

 エールは速攻で間合いを詰めると、攻撃を渋り油断していたその赤の軍兵士の頭のヘルメットを打ちぬいて見事に昏倒させた。

 周りで見ていた兵士達はその一撃に呆気にとられた。

「がははは! お前、容赦ないなー」

 ザンスはそれを見て楽しそうに笑っている。

 エールは手を抜くつもりはないとばかりに日光を抜きひゅんひゅんと振り回す。峰打ちだし怪我をさせたとしても後でヒーリングすればいいから、とエールは言った。

「お前ら、情けない姿晒したくなけりゃちっとは気合入れろ!」

 ザンスの号令がかかり、さらに訓練の相手をしていると少しずつ兵士達の攻撃にも遠慮がなくなってきた。

 親衛隊のメンバーは全員女性という事もあって、チルディ含め一撃はそこまで重くはなくエールは相手の動きを受けながらもよく見る余裕まであった。

 しかし大陸でも名の知れた赤の軍となるとさすがに体格のいい男が多く攻撃の重さもあってあまり余裕はなく手加減をしている暇もない。

 怪我人も出してしまうが、その度にエールが手早くヒーリングをかける…戦っては回復の繰り返しはとてもいい訓練になった。もちろんエールと戦う以外に怪我した人達の治療もして回るのも忘れない。

 

 実践的な赤の軍相手は楽しく、やり合っているうちに勘を取り戻しエールはレベルも上がっていくような気がした。

 

「さすがザンス様の妹というか、あの小さい体のどこにあんな力があるのか……」

「これでもあいつくっそ弱くなってんだよ。魔人と互角以上にやり合えるぐらいには強かったんだがな」

 魔人と言えば無敵結界を抜いても世界に名だたる強者ぞろいである。

 ザンスがさらりと言うので、赤の軍は動揺を隠せなかった。

「あのヒーリング能力。今はもう新しく覚えることは不可能なはずでは?」

「まぁ、俺様の妹だし特別でもおかしくないだろ。レベル神もついてるしなー」

 ザンスもそんな妹であるエールを自慢げに語った。

 

 エールが訓練相手だった兵士を治療しもう大丈夫、と笑いかけるとその兵士はその笑顔に不意をつかれて戸惑った。

「あ、ありがとうございます、エール様……」

 赤の軍の兵士はぽーっとエールを見つめている。

「すいません。こちらの怪我の治療もお願いします」

 エールは訓練の手を止めて、手際よくヒーリングをかけていく。

 

 ほぼ男所帯の中、女性に治療されるというだけでも兵士達には嬉しいものであった。

 神魔法が新しく覚えられなくなってから既に十年以上が経ち、使い手は減り高年齢化が進んでいる。そんな中で少女にヒーリングを受けるという経験だけでも貴重で、さらにエールはAL教法王の娘であり、結構な美少女でもある。

 いたいのいたいのとんでけー、と手をかざしている姿は可憐でどこか神々しく、訓練の手を止めてその様子を眺める兵士までいた。

 エールが治療が終わると、今度は訓練相手に戻る。

「次のお相手、お願いします!」

「待った! こっちが先だぞ!」

 そうしてあっという間に手合わせも順番待ちとなり、エールはちょっとした人気者となっていた。

 

 ザンスもしばらくはその様子を得意げに眺めていたのだが、さらに手を止める兵士があらわれ手合わせの順番待ちが増えると次第に苛立ちはじめた。

「お前ら、何鼻の下伸ばしてやがる!」

 怒鳴られて赤の軍の兵士達は震え上がりそそくさと訓練に戻っていく。

 ザンスが訓練相手になれって言ったのに、と言うとザンスはエールの耳を引っ張る。

「お前も何うちの連中に色目使ってやがんだ」

 何が気に食わなかったのか、エールは理不尽に怒られてしまった。

 

 ザンスは訓練相手になってくれないの?とエールが尋ねる。

「お前じゃ相手にならねーが、そこまで言うならちょっと相手してやるか。感謝しろよ」

 試合で負けたのが悔しいのか、妙にやる気を出しているエールのことをザンスは内心嬉しく思っていた。

 

 レベル差も技能差もあって剣でははっきりいって相手にならないのだが、闘神大会あたりではエールの方も負けないぐらいに強かったはずだ。

 勘を取り戻したら再戦してもらおう、とエールは思った。

 

………

……

 

「エールちゃん。訓練相手、お疲れ様」

 エールが少しベンチに座って休憩をしていると、赤の軍の鎧を着た女性が飲み物を持ってきた。

 赤の軍に随分細身の人がいるな、と言うのは気になっていたが彼女は赤の副将で名前はメナド・シセイというらしい。

 エールはお礼を言いながら飲み物を受け取ると、メナドは少し話がしたいと言って横に座る。

「ヒーリング使えるって本当だったんだね。赤の軍は切り込み役とか突撃とか先陣を切る役目が多いから怪我人が多くて、エールちゃんがうちに入ってくれるとすごく助かるんだけど」

 爽やかで凛とした雰囲気の中性的な美人、あまり出会ったことがないタイプだな、と思いつつエールは首を横に振った。

「残念だな。 エールちゃんはAL教の法王様だからお姫様みたいなものだもんね。うちの軍はさすがに危ないか」

 法王というのは王族ではなくあくまで職業である。

 お姫様と言われたのは初めてで、エールがきょとんとした表情でメナドを見つめた。

 

 そこでなんとなく話が途切れてしまった。

 エールが空を見ると澄み切った青空に真っ白な雲がゆっくりと流れている。心地よい気候で天気は快晴、ぼーっとしてると眠たくなってしまいそうだ。

 

 エールが横にいるメナドをちらりと見ると、メナドもエールを見つめていた。

 目が合うと逸らされてしまうが、その様子からメナドはまだ他に話したいことがあると察した。

「エールにメナド。お前ら、そろそろ訓練に戻れ」

 ザンスが休憩している二人に声をかけてくる。

「す、すいません。若!すぐに――」

 メナドが立ち上がろうとするが、その手を掴んでちょうど赤の軍に勧誘されたところだったのに、とエールが言った。

「そうか?そういう事ならもうちょっとサボってていいぞ。お前には親衛隊よりこっちのが向いてそうだしな」

 

「ありがとう、エールちゃん」

 エールはザンスのことや赤の軍のこと、リーザスの事を尋ねた。

 あまり目新しいことは聞けなかったが、メナドは副将として勤めて随分経つらしく、リーザスはとても良い国でリーザスの赤の軍にいることを誇りに思っているのが分かる口ぶりだった。

 前の赤の将でありエールが魔王討伐の修行で世話になったリックのことを聞き、さらにチルディのことも聞くと昔のチルディは今のエールよりさらに小柄だった事なども聞くことができた。

 それが本当であれだけスタイル良くなるのなら自分も将来背が伸びて胸が大きくなる可能性もあるはずと、エールは希望が持てた。

 それを言うと、余計なことを言ったとばかりにメナドが慌てている。

 

 メナドの方はエールの質問に丁寧に答えていくだけだった。

 しかし相変わらず妙に話し辛そうに目を逸らしもじもじとするので何か自分に聞きたいことがあるのでは、とエールは顔を覗き込む。

「いや!えーっと、そんな事は」

 慌てるメナドに内緒話なら秘密にします、エールは人差し指を口に当ててそう言った。

 

「……うん。ならその、ボクが聞いたっていうのは秘密にしてほしいんだけど」

 意を決したという様に言葉を紡ぐ。

「エールちゃんのお父さん、ランスのこと何か教えて貰えないかな?」

 そう言ったメナドはさっきまでの凛とした雰囲気はなりを潜ませ、恋する乙女のように頬を染めた。

 エールはその姿に驚いたものの、魔王退治の顛末を簡単に説明した。

 そして父とは再会してすぐ別れてしまったが、元に戻った姿はとにかく元気そうで魔血魂を倒したあとは煙のように消えてしまった。冒険にでも行ったんじゃないか、という事を話す。

「そっか、元気にしていたなら良かった……」

 嬉しそうに、そして寂しそうにメナドが呟いている。

 これだけがそんなに聞きづらい話なのか、とエールは尋ねた。

「魔王ランスが正気に戻ったことも、魔王の脅威がもうなくなったことも聞いてたから無事なんだろうなとは分かってた。でもその後ランスがどうなったのかは誰にも……若にも聞けなくてね。リア女王にマジック女王シーラ大統領、チルディさんにかなみちゃん、法王様も。ランスには凄い人のお子さんがいっぱいいるし、そうじゃないボクなんかが今更ランスのことを聞くのは……」

 気が引けるという事か、エールはあまり気にならないが確かにリア女王の耳に入ったら確かに少し面倒なのかもしれない。

 

 エールが突っ込んで聞いてみると案の定、メナドも昔ランスの女の一人だったのが分かった。

 美人なのだから当然と思いつつ、このさいだからと父であるランスがどれだけ女性に手を出していたのか聞いてみる。

「そ、それは聞かない方がいいんじゃないかな……」

 エールは秘密にするからと言って、強引に聞き出した。

 するとリア女王の侍女であり側近のマリス、結婚する前とはいえリックの奥さん、親衛隊の講義に来ていたアールコートや親衛隊隊員、城のメイドも、ということをメナドが話した。

 むしろ綺麗な女性で手を出されてない女性を探す方が難しいほどだった。

「ごめん、娘さんには父親がそういうのってちょっとショックだよね」

 エールはすぐに首を横に振った。

 既に世界中に兄弟がいて神様ともやっているような人なので女性関係については今更であり、むしろ感心するぐらいである。

「そうなんだ。確かにランスは色んな女の人とそういうことしてたというのもあるけど、人類を率いて魔軍と戦った人類の希望だったんだよ。世界で一番偉くて、かっこよくて強い人だった。だからボク含めて、女の人だけじゃなくて男の人も種族も超えて色んな人がランスに惹かれた。 リーザスがヘルマンに攻められて陥落した時もランスがリーザスを救ってくれて――」

 メナドはそれは自分が惚れた男がどれほどの存在だったのかをエールに語った。その言葉は贔屓目や誇張などもあるかもしれないが、真っすぐに愛情と尊敬の念が伝わるものだった。

 

 エールは実のところ魔王でない父をあまり知らない。

 

 人々に恐れられ、エールも戦いで蹴飛ばされ腕を大きく切られたりと何度も殺されかけた魔王。

 それ以外で知っていたのは魔人戦争で人類を率いた英雄、神まで抱くような見境のない女好き、貝を頭に乗せたらとても喜んでくれた貝好き、そして母の愛する人というぐらい。

 メナドから教えてもらうランスの姿は志津香やリセットから聞いた時とはまた違う……英雄である父の姿が見えるようでとても楽しく、嬉しく、そして誇らしく思えるものだった。

 

 エールはメナドにお礼を言った。

「こちらこそ少し話せてすっきりしたよ。さすがAL教法王の娘さんってところかな、法王様も自慢だろうね」

 そう言ってメナドはエールの頭を撫でた。

「友達のかなみちゃんなんかランスの事特に心配していてね。娘さんがいなくなっちゃったのもあるけどここ数年とにかく辛そうだったからランスも会いに行ってくれればいいんだけど。もちろんリア女王にもね」

 かなみ、というのはウズメの母の名前だったはずだ。

 メナドさんは美人だから父も会ったら喜ぶし会いに来てくれると思う、とエールが付け加える。

「あっはは。ありがとう。なんかエールちゃんて女の子だけどちょっとお父さんにも似てるかも」

 綺麗に笑ったメナドは、凛とした雰囲気を纏って立ち上がった。

「エールちゃん、せっかくだからボクとも一戦やろうか。仮にも赤の軍副将だからね、手加減はいらないよ」

 

 エールはメナドと少し仲良くなった。

 


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