俺、兵頭一誠は目の前の光景に呆然としていた。
俺はゆさゆさと揺れられ、もう朝かと思って目を開けた。だが、目の前に見えたのは俺の部屋とは違う天井。なぜか天井の明かりではなく、なにやら値段が高そうな布に覆われていた。そして周りを見渡せば、俺の勉強机や漫画本の入った棚などなく、同じように高そうな椅子や鏡の付いた机が置いてある。これはどう見たって俺の部屋じゃない。なんだなんだと思うも、まだ眠っている俺の頭ははっきりと考えられない。
そんな中、寝ている俺の隣で、なにやらごそごそと音がする。おかしい、俺は昨日、一人で自分の部屋で寝たはずだ。ならば誰かが俺の隣で寝ているはずがない。弟の優一は、急に部活の合宿で10日ほど出かけることになり、家にはいないからありえない。というか、そもそも俺みたいな男と添い寝をする奴なんているだろうか?それこそ泥棒ならばとんだイカれた奴か、その手の趣味を持っている奴だろ。いやちょっと待て、もしもそうだったら俺、今かなりやばくない!?俺は急に身の危険を感じ、どうにか逃げ出そうとするが、なぜか体が動かない。やばいやばいと焦る俺に更に追い打ちをかけるように、俺の背中に何かが触れた。
「ヒィ!?」
思はず声を上げてしまった。まずい、起きていることがばれた!?そんな思いに駆られたが、そんな俺を無視するように、俺の背中に触れた何かがゆっくりと前へと進んでいく。パジャマ越しに感じるそれはひんやりとして冷たい。だが、動けない俺にはとても恐ろしい何かに感じてしまう。そしてゆっくりと進んでいく何かが俺の胸に触れた。そして俺は、それは手だったことに気が付いた。俺の隣にいる誰かが、まるで俺を抱きしめるかのように、手を伸ばしてきたのだ。そしてまた、背中に何かを感じた。ふよふよふにふにと柔らかく、まるでマシュマロのような感触である。
何か分からないけどやわらかい・・・。
そんな場違いなことを考え出す俺を見計らったかのように、俺はくるりと転がされ、隣にいる人物とご対面したのであった・・・そう、新芝宇都であった。
なぜか宇都が俺の隣で寝ていた。しかも俺のベッドとは違い、真っ白なシーツを被っている。そしてこれが一番問題なのだが、真っ白なシーツを纏っている宇都の姿は、どうみても裸である。ほんのりと桜色に色づいた宇都の肌。そして纏っているシーツ越しから見える、宇都のくっきりとした
慌てて両目を手で覆うが、俺の中の男が宇都の姿を気になってしまい、ちょっと手を開く。ほんの小さく開いた隙間から見える宇都の姿に、俺の喉はごくりと鳴る。というか、むしろ余計にエッチじゃないか?だが、そんな俺を見て、宇都は思いも知らない行動に出た。
なんと、宇都の奴は俺の手を掴むと、その華奢な肉体とは裏腹に、力づくで俺の手を顔の前からどかす。その結果、シーツ越しの桃色肉まんを直視する羽目になるわけで。
俺は混乱する頭をなんとか落ち着けようと必死に目を逸らす。が、男の悲しい本能化、宇都の姿が気になってしまい、ちらちらと見てしまう。薄いシーツ越しから見える、薄紅色をした宇都の姿。
「?」
宇都が、どうしたの?と言いたげに首を傾げる。だからそれをヤメロォ!その姿も色っぽさと相まって俺を誘っていると勘違いさせてくる。ダメだ、落ち着け!落ち着け俺ぇ!
俺は自分の中を駆け巡る獣を抑えようと必死だ。今すぐにでも俺は宇都にとびかかり、思う存分に宇都の身体をむさぼりたい。でも、それは駄目だ、ダメなんだ!確かに俺は宇都と恋人になった。デートもした。俺は宇都のことが好きだし、宇都も俺のことが好きだと言ってくれた。でも、
「きゃっ!」
俺は叫び声をあげて体を起こした。その際、布団がベッドから転げ落ちたが、そんなことを気にできるほど、俺の心は冷静ではなかった。ハッとした俺は、すぐに周りを見渡す。俺の部屋の光景に俺は安堵の息を零した。未だに俺の心臓はドクドクと忙しなく鼓動している。気づけば汗もビッショリだ。
「夢・・・かぁ・・・」
良かった。あのまま目が覚めなかったら俺は宇都を・・・ん?そういえば、さっき宇都の声が聞こえたような・・・。でもここは俺の部屋だし、あの謎の部屋じゃない。なら、なんでだ?そう思いながら俺は目覚まし時計を見ると、宇都が俺を起こしに来る時間をきっかりと指していた。ということは・・・!?
俺は油の切れた機械のごとく、ぎちぎちと音立てながら俺の部屋の入口へと目を向ける。
「あいたたた・・・。酷いよ一誠、急に起き上がるなんてぇ」
そこいたのは、尻餅をついている宇都。俺は2回目の大声を上げることになった。
「おはよう、一誠」
「・・・・・・」
「おはよう一誠」
「・・・・・・」
「ねぇ、一誠ってばー」
「・・・・・・」
学園へと歩いてる中、俺は宇都から顔を背けっ放しだ。声をかけてくれる宇都に対しても、素直に挨拶をすることさえもできない。やっぱり夢のことが原因だろう。あんな夢を見るなんて、俺はどうしちゃったんだ?そんなことをぐるぐると頭の中で考えて続けていたら、不意に宇都が声をあらげ、そしてずっと黙りっぱなしの俺の前に回り込んできた。チラリと見れば、その顔は風船のように膨らんでいる。
「一誠、今日はどうしたの?今朝から私を見ないようにしてるし、声をかけても答えてくれないし。私、一誠になにかした?」
「そんなんじゃないんだよ」
そう、現実の宇都のせいじゃないんだ。でも宇都を見ていると、
「ならなんで私を見てくれないの?今だって私から目を逸らしてる。ねぇ、私ナニカした?」
「だから宇都のせいじゃないんだよ」
「なら何で?」
「だから・・・」
俺は喉まで出かかった言葉を正直に話そうか迷った。まさか夢でお前と、なんて言ったら宇都はどう思うのだろうか?変態と気持ち悪がれるのか?それとも怒るのか?どっちにしろ良い思いはしないだろう。なら黙ってしまった方が・・・。
「一誠、お願い。正直に話して・・・」
宇都の顔を見て、俺は正直に話した。トマト色に染まった宇都の叫び声が、通学路に鳴り響いた。
「おいす~お二人さん。今日も一日いい日になり・・・・・・何してるの?」
「別に・・・」
「何でもない・・・よ」
俺と宇都の返答に、桐生の眼鏡越しの目が細くなった。どう見ても怪しんでるのが分かる。
「宇都ちゃん、ちょっとこっち」
何を思ったのか、桐生の奴は宇都を連れ出して廊下へと連れ出そうとする。あいつのことが、宇都から事の真相を聞きだそうとするに決まっている。そして宇都のことだ、恥ずかしいと思いつつも正直に話してしまうだろう。そうなったら最後、俺は桐生の奴からずっと弄られ続ける。あいつのことだ、今日のことなんてまさに格好のネタなのだ。教室に行く度に桐生から弄られる・・・・・・ま ず い !!
俺はそれを阻止するため、二人を追いかけようとするが、それを遮る影が二つ。
「一誠!お前と言う奴はー!!」
「この!この!裏切り者ー!」
「な、元浜に松田!?何だよいきなり!っていうか、今はお前らに構ってる暇なんて・・・!」
元浜と松田を押しのけ、桐生たちを追いかけようとするも、二人ががっしりと俺の手を掴む。
「逃がすか一誠!お前、宇都ちゃんと恋人になったって本当か!?」
「しかもデートまでしたってどういうことだ!!聞かせてもらおうぞ!」
「な、なんで二人ともそんなことを知って・・・・・・って、今はそれどころじゃないんだよ!離せー!」
「「話すのは貴様だぁぁぁー!」」
俺は二人に羽交い絞めにされるのだった。
「さぁて、説明してもらおうかしら?」
「なっ、なんのことかな?」
桐生ちゃんに手を引っ張られ、私は廊下に連れ出され、そして着いたのは階段の踊り場。不幸にも周りに生徒はいなくて、私と桐生ちゃんの一対一である。背中に壁の固さを感じつつ桐生ちゃんの視線から目を反らす。が、反らした先に桐生ちゃんの顔。メガネ越しの視線が鋭いのは気のせい・・・じゃないよね、多分。
「一誠と何かあったでしょ?」
『!?』
直球どストレートの一言に、私はその場から離れようとするも、桐生ちゃんの手がどーん!と遮った。いわゆる壁ドンである。
「宇都ちゃん」
「はい」
「別に私は興味本意で聞いてる訳じゃないの。そりゃ気になるからってのは否定しない。でも、私の友達になんかあったら、何か力になりたいってのは本当」
桐生ちゃんの目が私を見つめる。
「だから宇都ちゃん、何もないなら何もないで良いの。単に私の勘違いってだけだから。でももし困っているなら正直に話して、お願いだから」
「・・・」
ああ、やっぱり
「えっと、その・・・ね?これは私の友達から聞かれたことなんだけど・・・ね?」
取りあえず、私ではないことを始めに言っておき、私は桐生ちゃんに話した。
「こ、恋人の夢で、その、お互いがそう、えっと、その、アレなことをやりそうになった、って言われたら、桐生ちゃんはどう思う?」
その後、桐生ちゃんはしきりにお腹を抱えて笑い転げ、笑いを堪えながら私の頭を撫でだした。その後、戸惑う私に色々と教えてくれて、私は頭をフットーさせながらも桐生ちゃんの言葉を一字一句覚えようと必死になった。チャイムが鳴る時刻になり、教室に戻ると、なぜか床で元浜君と松田君に羽交い絞めにされている一誠を見るのだが、今朝のように顔を逸らされた。私も一誠を見ることが出来なかった。だが、桐生ちゃんのアドバイスを思い出し、私は決意するのだった。
そして今、私は一誠と一緒に下校しているのだが、やっぱりどちらもしゃべらない。元浜君と松田君は、なぜか桐生ちゃんに耳を引っ張られながら先に帰ってしまった。何やら叫ぶ男子二人と、にんまり笑顔で私を見つめていた桐生ちゃんの構図は、どこか奇妙であった。しかも桐生ちゃん、何やら一誠にごにょごにょ話をしていたのだ。その後、一誠が顔を真っ赤にして怒鳴っていた。普段の私では聞こえなかったから、一体何を話していたのだろうか?
「・・・・・・」
「・・・・・・」
沈黙がもどかしい。昨日まで一緒に喋っていたせいか、違和感を感じてしまう。でも、どうやって話を切り出せばいいのか分からない。ああ、一誠の家が見えてきちゃった。このままじゃ駄目なのに、このままじゃ・・・。
「なぁ」
「えっ」
突然の一誠の言葉に、私はビクリと身体を震わせた。どうしよう、急なことでどうしたらいいのか解らない。でも、一誠が話しかけてくれたんだから、どうにか答えないと。
「えっと、なに?」
ようやく出せた声は、酷く上擦っていた。ああ、私のバカー!
「その今朝のことなんだけど・・・さ」
「うん」
私は一誠の方へ顔を向ける。彼の顔は、ほんのり赤みが勝った色だが、その眼は私をじっと見つめている。
「本当にごめん!」
そして頭を下げた。どういうことか戸惑う私に、一誠は話す。
「えっとその、本当にごめん!俺もどうしてそんな夢をみちゃったのか解らないんだけど、でも、夢でも俺は宇都に襲い掛かろうとしちゃって。その俺だっていっぱしの男だからそういうのに興味はあるんだけど、でもなんか宇都にそんなことをしようとしたら、宇都を裏切るんじゃないかと思って。それで俺、自分が酷く情けなくて・・・」
「一誠」
私は声をかけた。私の言葉にビクリと身体を震わす一誠。
「一誠、顔を上げて」
ゆっくりと顔を上げる一誠の表情は、どこか叱られるのを怖がる子供のような印象。私はそんな彼を見て、
「ありがとう」
ハニカミながら抱きしめた。
「え、宇都?怒ってないのか?」
「どうして?」
「だって、俺は夢とはいえ宇都のことを・・・」
「それって、夢でも私のことを思ってくれてたってことでしょ?桐生ちゃんが言ってたの。夢でも思ってくれるなんて、そいつはとんだ恋愛馬鹿だって。だから私、一誠が私のことを大好きだって思えたの。うん、だからありがとう」
「え、なんでそんな風に考えって、桐生!?あ、あいつ、帰り際に言ってたことってこのことかぁ!何が『素直に謝れば上手くいくわよ。安心しなよ』だ!宇都に変なことを教えやがったなぁ!!」
顔を真っ赤にして叫ぶ一誠に、私はくすくすと笑いだす。ああ、やっぱり生きてるんだなぁ。そんなことを想い、私はふとあることを思いだす。これは桐生ちゃんに教えてもらった、仲直りの定番だったっけ?
「一誠」
私は一誠から少し離れ、ちょいちょいと手を振る。
「ん?何だよ」
「ちょっと顔を出して」
「なんでだよ」
「いいから」
私の言葉に首をひねりつつ、顔を出した一誠に私は・・・。
柔らかい感触を、唇に感じた。
そのまま下を向きながら家へと駆け込み、私は階段を駆け上がると自室のベッドに飛び込んだ。すぐさま枕を抱きしめ、ゴロゴロゴロゴロと転がる。ああ、顔が熱い、身体が熱い、やっぱりこれはやめておこう。下でママの声が聞こえるが、私はそれに頭が回らないほどに、私の顔は熱かったのだった。
ズル・・・ベチャ・・・べちゃ・・・
「ひ、ひぃぃぃぃぃいい!?」
ソレはいったい何なのか?月の明かりが遮られた倉庫の中、ソレは現れた。最初は不思議な音だった。パリ、ペりと、何かが細かく割れていく音。だが彼はそれを気にすることはなかった。なにせ彼のいた倉庫は長い間棄てられて、至ること壊れていたからだ。ひび割れた窓。鉄骨がむき出しの壁。それこそまともな部分など探す方が難しいほどに。ゆえに、彼はどこかの壁が剥がれたのだろうと思った。だが、その破砕音は止むことはなく、むしろ音がどんどんと大きくなっていく。ペり、パリ、がパリペりとなり、果てにべき、ペきとなっていく。ようやくオカシイことに気が付いた彼だが、周りを見ても何も以上はない。それこそ、
「穴?」
彼は不思議に思った。どうして空間に穴が開いているのだろう?しかも
その音が響き、穴は人一人が通れるほどの大きさになった。穴の向こうは光さえも見えないほどに真っ黒。そしてその穴から突然、手が生えた。しかも二本。その瞬間、彼は体が重力に屈したように地面に倒れた。重い。急に彼の重力が何十倍にもなったかのように、身体を支えることが出来なくなった。混乱する彼の視線は、不幸にもその穴に固定されていた。ゆえに、彼はそれを見てしまった。突如現れた手は、そのまま穴の端を掴み、ぐっと力を込めたように見えた。それはまるで、窮屈な穴から身体を引き上げるような。そして見てしまった。山羊のような丸まった赤黒い角、血を固めたような二つの光、夜を織ったかのように真っ黒なドレス。そして、身体中から生える何本もの黒い手。そのい出立ちの異形から発せられたのは、
「まったく!領地を離れるならちゃんとやってから出かけてよね!いくら補佐に彼女らがいても万全じゃないってのに、話とはいえ普通に10日間も留守にするって・・・。原作だからって・・・もう!これじゃぁ一誠が心配で一人の時間も作れないわよ!折角勇気を出して・・・また顔が熱くなってきちゃった・・・。ああ!恥ずかしい!恥ずかしくて死んじゃいそう!」
酷く場違いな、誰かへの罵声。
「でも仕方がないわね。これも大好きな一誠やみんなのため。うん、頑張れ私!頑張ればいいことある!そしてゆくゆくは・・・きゃー!駄目だよ一誠!それはまだ早いよ!私たちまだ学生だからぁ!」
そして自分を励ました後、気持ち悪く身体をくねらせる。それにつられて体中の手も揺れる。そしてしきりに自分の世界に浸っていたそれは、
「だからね」
ゆっくりと彼を見下ろし
笑った。