朽ちた殺人鬼は何を思う   作:生姜ねる

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過去

通路を進む。

 

 

雨が降る中でも湿気が少ない。空調が働いているのだろうか。

 

もしくは、これも…魔術の効果だというのか。短い思案を巡らせた後、緩やかに曲がった道を進む。

 

通路に灯りは無く、静寂の中、革靴とコンクリートの地面が小さな音を立てる。

 

 

 一歩進む度に空気が異質になっていく。…私にとっては、この感触は当たり前だった。数年過ごした非日常とは全く違う次元に存在する、常人にとって異常で、私にとって日常的なこの空気。

 

…私はそれが当たり前と思えたからこそ、道具として選ばれたのだろうか。人の命が異常なまでに軽かったあの日々を思い出させる。

 扉の前へとたどり着いた時、ある風景が脳内に鮮明に現れた。

 

 

 私の所有者だった者がいた建物に、一度だけ訪れたことがある。

 

  "道具"として調整されていた日々での数少ない例外的な出来事だ。

 

朝の合同訓練前に呼ばれた後、一人の男に連れて行かれ、そのまま車に乗り数十分ほど移動した。

 

 まだあの山小屋ではなく、集団で生活していた頃、道具候補者の一人が様々な噂話をどこからか仕入れた。その中でも特に多かったのは持ち主についての噂だった。筆舌し難い拷問や生きたままの解体、人を獣に襲わせて遊んでいる…真実か、それとも嘘か、分かる術もないのだ。私は顔も名前も分からない者達に対しての話題に興味すら無かった。数日後、その候補者は訓練から消えていた。

 

 

 車から降り、男に連れられるまま進み、装飾の無い黒い扉を男が開けると、部屋の中に白い服を着た男が一人座っていた。生活感のない一面白の床と壁。中央には赤い絨毯が敷かれており、その上に1メートルくらいの照明器具と少し歪な椅子に座っている小太りの男がいた。私を連れてきた男は非常に丁寧な口調で道具の状態を説明し、座っている男は特に興味もなさそうに男の話を聞いている。

 

 男達が話している間、私は歪な椅子に注目した。

 

男が座っている椅子は、一般的に椅子と言われるものから逸脱していた。

椅子の節々から鉄の棒が生えていて、飛び出した鉄の棒を火で炙り貫いた皮膚を塞いだような跡がいたる所に見えた。

 

 それは椅子というよりかは、人だった。いや、限りなく人に近いナニかだった。

 

椅子という骨組みに無理に人間を当て嵌めた、という表現が正しいだろう。座る人間に合わせたのか関節ではない部分で折られていたり、太ももには男が座る為の板が両方にねじ込まれていた。

 

「…では、そのように調整致します。失礼致します。」

 

 男達の会話が終わったようだ、座っている男は私と連れてきた男を一瞥し、つまらなそうに戻って良いと声を掛けた。

 

 私達は再び扉の前で一礼する為に後ろを振り返った。

 

 視線を感じた。

 

…私は、死んだ人間を椅子に加工したとばかり思っていた。それは違った、それを今、確かに私の目が捉えた。

つまらなさそうに目を閉じ、椅子に深く腰掛けている男。

 

その椅子の、人間としてみると頭部にあった目は、確かに私を見ている。

 

…私は感情というものを理解出来ない、否、する事を求められていなかった。

 

道具に感情を教える必要性など無かったからだ。だがその挙動、言葉、視線の動きになんの意味があるかを淡々と知っていった。道具に感情は必要なくとも、知らなければ使う際に不都合だからだろう。

だが、今の椅子の形をしたアレの目からは、何も読み取る事が出来なかった。

 

 あの椅子からは、あの人だったものからは、何らかの意志があるかすら分からなかった。今思えば…何かに対して興味を自ら持ったのは、おそらくアレが初めてだった。

 

 私は男の後ろを歩いている最中も、戻る車の中でも考えた。

 

確かに、あの男はこちらを見ていた。否、ただ見ているだけだったのかもしれない。だが道具には必要ないものだろうと、考えても仕方がないとも思った。

 

車から降りる頃には既に意識外だった、そして思い出す事もなかった。

 

 …何故私はあの事を思い出したのだろうか。感情のない身では理解ができなくとも、想像はつく。この先に待っている何かが、本能的に関連付いた記憶を呼び覚ましたのだ。

 

 

 扉を開けると、こびりついたような、妙な匂いが奥から漂ってきた。

 

私は既にそこに何があるのかを確信してしまっている。キャスターが私を留め、自ら処理をした何か。私にこれを見せない為だったのだろう。…今となってはわからないが、それが優しさというものなんだろうか。

 

 

 

 幾つもあった少し長方形の箱、最も近くにあったモノの、重い箱の蓋を開けると、ソレは在った。

 

 

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