過剰能力少年のヒーロー生活 作:ナラナラ
簡素な事務所に通されてソファに座るように促される。事務所と言う割には他には誰も居ないようだった。
「あら、誰もいない……そういえば、今日は結構有給取ってる人がいたんだっけ。マネージャーもまださっきの現場いるだろうし。まあいいわ、お茶いれててあげるからちょっと座って待ってなさい」
そう言って彼女は給湯室と思われる場所へと足を運んで行った。
「……非行少年の補導ってこんな感じなのか。警察相手じゃないけどまさか自分がその立場になるなんて思わなかったけど」
そのような事を考えていると給湯室からカチャカチャと音がして暫くの時間が流れ、彼女がトレイに中身の入った湯呑み二つと茶菓子を乗せてこちらに歩いてくる。
「はいお待たせって……キャッ!!」
先程まで戦闘を行っていたためか、日頃のヒーロー活動による疲労なのかは分からないが彼女は足を縺れさせて躓いてしまった。
今はジーン・グレイの能力がオンになってるけれど、今の自分の練度で流体を溢さずに彼女を支えるのは難しい。そこで自分が一番最初に使用した能力に切り替える。
「change……クイックシルバー!」
能力を切り替えて発動した瞬間、世界の時間の流れがとてつもなくゆっくりになる。
今までクイックシルバーの能力は高速で移動する事だと思っていたけど、その気になれば自分の体感時間を変えて世界をスローモーションに出来るとは知らなかった。加えてその中で高速の移動が出来るってどんな強力な能力なんだよ……。
とりあえず、彼女が落としそうなってるトレイを回収してテーブルに置いて、溢れかけた中身をうまく掬って湯呑み二個もその上に置く。そのまま流れるようにお茶菓子も置いて彼女の身体を支えたところで体感時間の方を元に戻した。
「大丈夫ですか。怪我は無いと思うけど」
もう能力を、彼女的には"個性"を目の前で使ってるからそれが二回も三回も変わらないだろう。そう思って俺は彼女を助けて声をかける。
「……また勝手に"個性"使ったわね。
でもありがとう。それとさっきは潰そうとして悪かったわね」
「ああ、それに関しては気にしてないですよ。貴方は俺を潰さないように自分を痛める形で身体を逸らしてくれてたでしょ」
言いながらソファへと戻ると彼女が茶を勧められてありがたく頂く事にした。
「そう。それじゃあその話は終わりにして君にお説教、なんでこんな昼間に学校も行かないでプラプラ歩いてんの。そんなんじゃロクな大人にならないよ?」
「うーん、行く必要も行く学校も無いからですかね。学校の勉強で充分な子供が塾に行かないような感じで」
何言ってんのと言わんばかりの怪訝な顔をする彼女だが俺は構わずに続けた。
「言ってしまえば出生届も"個性"届けも出されていない、親も居ない、住む所も無い無戸籍なんですよ。色んな知識だけなら学校に行く必要も無いくらい持っていますけどね。例えば筆記ならヒーロー資格試験なんて一発で合格できるくらいの」
嘘は言っていない。調べた結果元の世界と実際クイックシルバーの能力を使って本屋で様々な本を立ち読みしてこの世界の知識は粗方頭の中に叩き込んだ。幸い言語や数学は大体の部分が元の世界と似ていたから覚えるものと言えばこの世界の"個性"の事やヒーローヴィランについての法律関係くらいだった。
「それ、本物のヒーローやってる私の前でよく言えるわね?
今ここに私が勉強で使ってた問題集があったらアンタに叩きつけてあげるわ。それに残念だったわねヒーロー免許の本免取れるのは数えで18歳以上だって知らなかった?」
彼女は僕の言葉を全く信じていない。当然の事だろう、ヒーロー免許とは国家資格なのだから年齢を満たしていない一介の子供が受かるわけが無いだろうと。
「それで、詳細は分からないけど君が凄い"個性"持ってるのは分かった。けどね頭が良いとか無戸籍なんて嘘は良いから家と学校は?
ああ、正直に言ってくれたら注意だけで警察に突き出したりしないから安心して」
「……お姉さん、言うよりも視てもらった方が早いから能力使いますよ」
「は?良いけど君の能力って手を触れないで物を動かせるとかそんなのでーー」
「change……プロフェッサーX」
言質はとった。彼女の言葉を遮りつつ元の世界で最強のミュータントの一人の能力に切り替える。
まさか彼の能力まで備わっているのはビックリだ。色んな人の能力をノーリスクで授かった自分の身体が無事でいられる事が不思議でならない。
「それじゃ失礼します」
早速彼の能力を行使して自分の思考と彼女の意識を繋げる。
すると彼女の目の焦点が合わずにどこか虚空を見つめ始めて物言わぬ人形のようになってしまった。
その様を見て少し心が痛み申し訳なさを覚えつつも、何も能力を持ってなかった頃の自分があの日を境に力を得て調子に乗ってこの世界へと来てしまった事、その能力は一つでも強力なのに複数得てしまった事、そして彼女とさっき会った所までを掻い摘んで一瞬のうちに追体験させた。
「ちょっと……今の何?
空が光ってその光がアンタに落ちて、凄く速く走ってたらなんか黒い穴に入って気がついたらこの街の近くまでいて……」
「信じられないかもしれないですけど、それが俺に起こった出来事。それ以上の事は証明できない、信じてとしか言えないかな」
そう言い終えて出されたお茶を飲み干して席を立つ。
「安心して下さい、能力を使って悪事は一切してませんから。
お茶、ご馳走様でした。
そんなこんなで住所不定無職の身なので、今日もどこかの河原で魚でも取らなきゃ行けないから失礼します」
「待って!」
「……何ですか?」
扉の前まで歩いた所で彼女に引き止められる。
振り返り彼女は少し唖然とした表情をしていたが、すぐに口角が上がって企みがありそうな笑顔を俺へと向ける。
「複数の"個性"持ってるなんて凄いじゃない!もしかして金の卵拾っちゃったのかも!
ねえ、行くところ無いならココに居候しない?」
思わぬ申し出に俺は戸惑っていると入口の扉が勢い良く開き、頭に被り物を被ったスーツの男が何やら怒った様子で入って来る。
「マウントレディ!現場を放って勝手に帰って来るとは一体どういうつもりだ!」
「あっ、マネージャーおかえり〜。良いでしょどうせカムイさんが何とかしてくれたんだから!
それよりも聞いてよ、この子凄い"個性"持ってて絶対良いヒーローになれると思うんだ!でも行くところが無いって言うからウチで面倒見てあげましょうよ!」
俺はまだ首を縦に振ってなんていないのに、彼女はもう引き取る前提で話を進めている。話を聞いた被り物の男はさらに怒るのかと思いきや呆れたように溜め息を吐いている。
その様子からどうやら彼女が人の話を聞かないのはいつもの事らしい。
「お前は勝手に何を言ってるんだ……この少年を保護した事は認めるが、仮に行き場が無いとしてもそれは我々の領分じゃ無い事くらい分かるだろう」
「でも"個性"をたくさん持ってて近いうちに絶対良い私のサイドキックになれると思う!今のうちにその場所を空けておくのも悪い事じゃ無いでしょ!私はもう決めたの!
ねえ、君も黙ってないで"個性"使っても良いからさっきのやつマネージャーにも見せてあげて!」
今度はこっちに飛び火したか、まあせっかく許可が下りたのだから見せたいのは山々だけども……。
「さっき貴方に使った能力なんですが人の脳波を読み取って索敵のような事やテレパシーは幾らでも出来るけど、俺の今の実力だと人に記憶を見せる事や洗脳の類いは日に一度しか出来そうにないんですよ。
まあせっかくですし……それでは窓の外を見てて下さい。
change……ストーム」
力を切り替えると俺は強く念じる。まるで手足を操る様に窓の外で風を起こして小さな竜巻を5個発生させた。市街地のため規模は小さく道路にも届かない様にこのビルの外の高さほどの大きさしか作りはしなかった。
二人が窓の外のソレを見ると彼女はどこか得意げで、男は唖然とした表情を浮かべて顔を合わせていた。
二人が竜巻を見た事が分かったので万が一被害が出る前にすぐにソレを消した。
「ちなみに竜巻を作る能力ではなくて、天候を操る能力なのでお間違い無く」
「あ……ああ、確かに凄い"個性"持っているみたいだなうーん……一応聞いておくけど行く場所が無いというのは家庭の環境が良くないのかい?」
「違うって!この子ホントに文字通りの意味で行くところが無いんだよ、家族も家も戸籍すら無い」
彼女の言葉に同意の意味を込めて首を縦に振ると男は頭を捻って考える。そして少しの間を空けて考えが纏まったのか口を開いた。
「複数の"個性"を持っていて、行くところが無いか……数日くらいなら置いても構わないと俺も正直思っている。ただその後君はどうするんだ?結局ウチも慈善事業じゃないからその辺は分かるだろう?
そこの能天気バカはサイドキック候補だなんて言っているが個人情報を持たない君がヒーローになる事はハッキリ言って難しいだろう」
「ちょっと、誰が能天気バカよ!!」
「1人しか居ないだろう、大体お前は考えもなしにこんな場所に事務所を構える事だけ決めてあとの手続きや法的関係は全て俺に投げてきて……」
「あの……」
2人はにらみ合うが、目の前で喧嘩を始められても正直困る。割って入るように声を出すと男は咳払いを一つした。
「失礼した。そもそも、君はヒーローになりたいと思っているのか?」
「ヒーローに……」
男の言葉が耳に入り一瞬思考は停止するも、直ぐにフル回転させる。
ヒーローになりたいか、その問いにはもちろんイエスだ。だがこの世界のヒーローの定義はあくまで職業を指すもの、元の世界でもそう言った面が無かった訳ではない。
でもヒーローと呼ばれた人達は皆が確かに心に正義を宿していた。
それに比べてこの世界のヒーローはどうだろう。はっきり言ってビジネスだとしか思っていない人間が多過ぎる。立ち読みした雑誌や家電量販店のテレビで見たインタビューを受けるヒーロー達の多くは自身の売名を強く行い正義について語る者は少なかった。
それを考えた上でこの世界で言うヒーローになりたいのかという質問に答える。
「本音を言うと、メディアへの露出ばかり気にしてるヒーローにはあまりなりたくは無いですね。
でも、俺には人に比べて能力がある。
俺が憧れているヒーローが言っていた、大いなる力には大いなる責任が伴うってね。
……だから俺は
「ほう……それをこの事務所で言うか。
ハハハ!面白い!君のその意思と、メディアへの露出ばかり気にしているヒーローの前でのその発言気に入った!
君の生い立ちを洗いざらい話してもらう事にはなるが、戸籍の取得は俺に任せろ」
大笑いをしたマネージャーの男は俺の背中を叩いて笑顔を向けてきた。だけど反面彼女の機嫌は悪そうに見える。
「悪かったわね!人気取りばっかり気にしてるヒーローで!」
「事実だろうが、それともなんだ?引き取ると言ってこの子に期待させてやっぱり嫌だと放り出すつもりか?」
「そんな事しないわよ!ただアンタの言い方が気に入らなかっただけよ!
……コホン、ちょっとみっともない所見せちゃったわね。私はMtレディ、本名は岳山優。よろしくね!」
「俺はコイツのサイドキック兼マネージャーをやってる……」
「ああ、コイツはマネージャーで良いわ」
「なんだよそれ!」
またも二人が口喧嘩を始めようとしたので割って入るように俺は声を出した。
「俺はマンカンゼンです!お世話になります!」
渡りに船とはこのことか、俺は望んでいた住む場所が決まりこの世界での新たな生活がスタートした。
まずは、年齢制限が関係無いヒーロー仮免取得を目指そうと思う。
口論を始める前に二人に頭を下げて感謝の意を表した。