せめて、好きだけは。   作:Feldelt

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第3話

太陽が天球の頂上に達する時間。

うだるような暑さが室内を支配する。

扇風機が送る風すら生ぬるい。

 

だから、どうした。

 

今、僕は生きていようと思っている。由菜が僕の中にいる。面と向かって話すことはできないし、由菜の動きを見ることもできないけれど、それでも僕は2時間前の僕よりも世界と関わることができている。

 

ふと僕は由菜が脳内にいるということはどういうことか気になった。視界や思考は共有されているのか、意識は独立しているのかなどだ。

 

「由菜、ちょっといい?」

─ん、どったの禍月。─

 

由菜の返事を確認して、僕はチョキを作った右手を見る。

 

「由菜、僕の右手の伸びてる指の本数は?」

─二本だね。─

「おっけー、じゃあ...」

 

次は頭の中にうさぎを思い浮かべる。

 

「今僕が思い浮かべてる動物はわかる?」

─それはわかんないなぁ、猫?─

 

わかんないのか。てことは視界は共有してるけど思考はそうではない。

 

「もひとつ質問いいかな。由菜の両親の名前はわかる?」

─君のような感のいいガキは嫌いだよ─

 

いやいや、確かにそんな返しがくるような聞き方はしたけれども。

 

─残念ながら、今の私は禍月の脳内にいる不安定な人格だからね、禍月の知ることしか私は知らないよ。だから忘れたこともあるし、新しくわかったこともある。でも、禍月は私のこと、すっごく大事に想ってくれてたんだね。─

 

言葉が出なかった。そうだ、僕は由菜が大事だ。僕の命よりも大事だ。あの地獄のどん底からすくい上げてくれて、僕に光をくれた由菜。

 

「そうだよ...由菜を大事にできないわけが無い...救い出してくれた恩人をないがしろにできるわけないじゃないか。」

─私は特に何もしてないよ。─

 

はっとする。いつもそうだ。僕は由菜のことを恩人とも思うし大好きだとも思う。けれども由菜は僕を助けてくれたことを僕が勝手に助かったと解釈している。ただ普通に振る舞ったら救われたと崇められる。

 

普通なら、狂信ともとれる行動だ。

それを僕は自分で気づいてしまったから、由菜と会話するのが少し怖かったことがある。嫌われるのではないかと。下手を打てば僕は由菜に否定されてもう2度と立ち上がることはできないと。

 

「そう、だったね...」

 

だから由菜が何もしてないと言うなら、それは本当に"何もしていない"のだ。

 

─禍月はさ、きっといろいろ抱え込みすぎなんだよ。って、今の私に言われるってことは自覚あるね?─

「抱え込みすぎか...」

─そ。投げ出しちゃえとは言わないけど、でももう少し楽になれると思うよ。─

 

楽、か。

 

─禍月の記憶をふわっと見返してみたんだけどさ、やっぱり頑張りすぎだって。誰にも助けてって言わないし。全部一人で抱え込んで、押さえて凝縮させて余裕を無理やり作ってる。まるでブラックホールみたいにいずれ全部押しつぶしちゃいそう。─

 

僕は何も言わない。由菜の言ってることは、僕がずっと目を逸らしてきた事実だからだ。

 

─そっか。私は禍月の心が壊れる前に禍月を元通りにするために作られた人格なのかもね。─

 

「僕を、元通りにするため...」

 

それが僕の中の由菜の使命なら、僕は一生この苦しい重荷を、闇を抱えて生きればある種由菜と添い遂げられると思った。

 

思ってしまった。

 

 

 

 

 

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