ニ不二のじゆう帳(一発ネタや未完作品)   作:二不二

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[ネタ]鬼滅の刃で剣キチオリ主(5)_2020年1月

 風切り音がこだまする。

 

 蝶屋敷の庭先で、まるで紙に絵筆でもふるうかのように、自由気ままに木刀を振るうひとりの青年がいた。

 首塚持暇(もちやす)である。

 彼は、右腕に携えた木刀を無茶苦茶にふりまわしている。

 そんな彼に声が掛かる。

 

「あら、精が出ますね」

 

 おっとりとほほえむ美しい女である。

 ハイカラなことには、詰め襟の隊服の下に、丈の短いスカートを穿いて、むっちりした太腿を惜しげもなく晒している。

 その太腿をまぶしそうに一瞥して、持暇は機嫌良く答える。

 

「カナエ殿か。どういうわけか、すっかり身体も本調子にもどってな。居ても立ってもおられず、こうして身につけた技を試しておったのだ」

「病み上がりなんですから、安静にしなければいけませんのに」

「そうは言っても、機能回復訓練をする隊士もいるではないか。俺ばかり寝てばかりでは、申し訳が立たん」

「まぁ。真面目な方」

 

 胡蝶カナエはおっとり微笑んだ。

 持暇も笑みを返す。けれども、こちらは口の裂けるかのような、獣の笑みだった。

 

「それに、せっかくあの『斬撃』をこの手に掴んだのだ。身体が疼いてしかたがない」

「……持暇さんはもう出て行っても良いかもしれませんね」

 

 カナエは微苦笑した。

 鬼狩りと呼ばれる者たち、すなわち鬼殺隊の面々は、なにかしら欠陥を抱えている。たいていは鬼に身内を殺されているので、ぽっかりあいた心の傷を、復讐という泥で埋めようとしているのだ。

 ところが、この青年は鬼のことなど眼中にない。刀をふるうことができればそれで良いのだと、幸せそうな面には書いてある。

 

「カナエ殿には本当に感謝している」

 

 その幸せ面がのんきに礼を宣うた。

 

「聞けば、鬼との戦いに敗れ死に体だった俺のもとにいち早く駆けつけ、そればかりか、こうして治療してくれたのはカナエ殿だというではないか」

 

 持暇は木刀を置き、地べたにそのまま正座して頭を下げる。

 

「お陰でこうして右腕もくっつき、俺は五体満足のまま、剣士を続けることができる」

 

 そんな持暇に、カナエは頭を上げるよう促すと、小首を傾げて尋ねた。

 

「それなんですけど、わたしが駆けつけたときにはもう、持暇さんの傷は治っていましたよ」

「ん?」

 

 持暇はぽかんとあほ面をさらす。

 

「それは面妖な話。いや、斬られた腕をもとどおりに治すなぞ、すわ鬼殺隊の医療技術は仙術や西洋魔術の類いかと思っていたが、そういうわけでもないのか」

「そんな技術があれば、今ごろ鬼殺隊はバンバン魔法使ってます」

「ぬぅ……。そう言われてみれば、たしかに」

 

 正座姿のまま難しい顔をする持暇。

 カナエは、神妙な顔になって、持暇に問いただす。

 

「あの場で何があったんですか」

「ううむ。何と言われても、ただ――」

 

 持暇が一部始終を話そうとしたときである。

 二人に陽光が降り注いだ。

 

「やあ、ここにいたんだね」

 

 陽光のような、さわやかな声音。

 聞く者の胸にすっと入りこむかのような、それは心地の良い声であった。

 その声を、胡蝶カナエはよく知っていた。

 

「御館様!」

 

 産屋敷(うぶやしき)耀夜《かがや》。

 鬼殺隊を己が手足とする、鬼狩りの首領が、縁側に立って二人に微笑んでいた。

 

 持暇は、鬼狩りの首領というのは、さぞや鬼への恨みを募らせたおどろおどろしい凶相をしているのだろうと思っていた。

 ところが、こうして(まみ)えた本人は、どこにでもいるような、いや滅多に見ないような良い女にしか見えない。

 

 日の光を知らぬような、蝋のようにまっしろな肌。

 帯まで伸びた黒髪は、鴉の濡れ羽色で。

 日にかざせば陽光に溶けてしまいそうな、儚い笑顔をしている。

 支えたい。この人に尽くしたい――

 ひと目見ただけでそう思ってしまいそうな、それは儚く美しい女だったのだ。

 

 絹の肌に砂埃がつくのも構わず、カナエは膝をついて頭を垂れる。となりの持暇も、右に倣えで頭を下げた。

 そんな二人を、産屋敷(うぶやしき)耀夜(かがや)は好ましそうに見やる。

 

「カナエはそんなに固くならなくても良いんだよ。……持暇は昨日ぶりだね。身体に障ってはいけないと、あれからすぐにお暇したけど、調子はどうだい?」

「畏れおおいことです」

 

 気さくに話しかけてくる首領に、カナエは恐縮することしきりである。 

 一方の持暇は、頭を上げて暢気に答えた。

 

「おかげさまを持ちまして、ほれこの通りピンピンしております」

「ちょっと。あんまり失礼なことしないようにしてくださいよ」

「あいたっ」

 

 座ったまま木刀をヒュンヒュンふりまわして見せるものだから、カナエは持暇の脇腹をつまんで、この暴挙を止めなければならなかった。

 そんな二人を、耀夜はくすりと笑う。春の日差しのような、あたたかな笑顔。

 

「良いんだよ、カナエ」

 

 そして、あろうことか、産屋敷の当主自らが頭を下げてみせた。

 

「きみたちには頭が下がる思いだ」

「御館様!」

 

 カナエは悲鳴をあげる。

 膝立ちになって止めようとするカナエを、耀夜が目で制した。そして、陽光のような微笑みを投げかける。

 それどころか、自ら庭へと降り、カナエの手を取り、労をねぎらった。

 

「カナエは『柱』として鬼を狩るのはもちろん、こうして献身的に隊士の手当をしてくれる。ご覧。ここにいるのは皆、きみが救った隊士たちだ」

 

 鬼狩りの仕事は命がけである。命を落とす者、手足を落とすものが絶えない。

 そうした不幸をすこしでも減らそうと、胡蝶カナエは激務(鬼狩り)の傍ら医学を修め、人を募り、自らの屋敷を野戦病棟さながらにつくりかえた。

 それを(なじ)る心ない者も、いないわけではなかった。

 胡蝶カナエは「柱」である。比類無い実力でのし上がった、武力の頂点「柱」。その本分は鬼を狩ることで、これを成すことでしか鬼の被害を減らすことはできないし、またそうすることで、より多くの仲間を救うことができる。医者の真似事など、金で雇った闇医者にでも任せておけば良い――

 そうした誹謗に傷つきながらも、カナエは己が信じることを押し通してきた。

 

「ありがとう。私の子ども達を救ってくれて」

 

 それを、耀夜は褒めた。

 我が事のように喜び、大切な者を救ってくれてありがとうと、心からの感謝を伝えた。

 

「そんな……畏れ多いことです」

 

 カナエの瞳に涙がにじむ。

 いよいよ零れ落ちたひとすじの雫を、耀夜は、ほっそりとした指先でそっと拭った。

 

「謙遜することはない。私にできるのは、こうして見舞うことぐらいだ。何の力にもなれないことを、いつも歯がゆく思っている。けれど、きみがこうして多くの子ども達を助けてくれた。だから、本当にきみには感謝しているんだ」

 

 耀夜は、こうして定期的に蝶屋敷を訪れては、隊士達を見舞っている。床に伏せる隊士を元気づけ、血反吐を吐いて機能回復訓練(リハビリ)に臨む隊士をはげまし、最期の時をむかえる隊士の手を取ってその労をねぎらう。

 

「そして、首塚持暇くん」

 

 だから、こうして持暇に声を掛けることは別段おかしなことではない。

 しかし、その薄い唇から発せられたのは意外な言葉だった。

 

「――きみには期待しているよ」

「……俺に?」

 

 戸惑う持暇に、耀夜は歩み寄る。

 

「下弦の参を斃したというのもある。けれど、なにより予感がするんだ。きみを中心に、今にきっとおおきな流れが起こると」

「はぁ。予感ですか」

 

 神妙な顔をする持暇に、耀夜はにこりと微笑んだ。

 

「産屋敷の人間は勘が鋭いんだ。経済界で成功して、きみたち鬼殺隊の活動を支える資金をつくれる程度には」

「なるほど。御館様は神懸かりでいらっしゃるか」

 

 鬼もいるのだ。そういうものがあっても驚くようなことでもないと、持暇はしたり顔で頷いた。

 そんな単純な持暇に、耀夜はくすりと微笑と、

 

「ところで、日輪刀はどうしたのかな」

 

 かねてからの疑問を尋ねた。耀夜は、持暇が木刀をふりまわすところを密かに見ていたのだ。

 

「子ども達のなかには、感覚が狂うといけないからと言って、けっして木刀や竹光を使おうとせず日輪刀で稽古する者もすくなくない。影や鴉からの報告から伝え聞くに、きみもそういう人間だと思っていのだけれど」

「おお、そのことですか」

 

 大好きな斬撃の話になったので、持暇は声を弾ませた。

 正座の状態から、ぐいと上体を起こして、耀夜のまっしろな(かんばせ)に面を寄せる。

 

「もはや刀は不要なのです。俺は斬撃の頂に、とうとう手を掛けることができた。師匠から受け継いだ、刀無くしてすべてを斬り裂く至高の斬撃。それを、俺は極めたいと思っているのです――あいたっ」

 

 無礼を咎めるカナエの攻撃が、持暇の脇腹をえぐった。

 

「刀が無くても斬れる? それは興味深いね」

 

 耀夜は柏手を打って「影」を呼ぶ。

 するすると現れた「影」になにごとか申しつける。すると、それはすぐさま運ばれてきた。

 

「試し斬りですか」

「斬るのなら的が必要だろうと思ってね」

 

 巻藁、畳表、青竹の三つの的である。

 

「見せてくれないかな、その斬撃を」

「応よ。よろこんで」

 

 持暇はすくと立ち上がり、居並ぶ三つの的に向かう。

 

 一つは、ごくごく普通の青竹である。竹はしなり(・・・)があって斬りにくい。けれども、仮にも鬼殺隊の隊士であれば、難なく両断してのけるだろう。

 二つ目の畳表は、畳を巻き、その芯に鉄棒を仕込んである。並の遣い手であれば、よしんば真剣を使ったところでこれを斬ることは叶わない。斬鉄の妙技を成す達人だけが、これを斬ることができる。木刀を持った相手にこれを斬らそうとするのは、底意地が悪い。

 三つ目の巻藁は、これはもう嫌がらせ以外の何物でもない。芯に鉄棒を仕込むのはもちろんのこと、こっそり藁のなかにちいさな鉄棒を何本もひそませて、即席の鉄の鎧とでもいうべきものになってしまっている。

 

 そうとは知らぬ持暇とカナエである。

 カナエは「がんばってくださいね」とぽややんと声援を送っているし、持暇は「さて、どのように斬ろうか」と声を弾ませ、柄を撫でている。

 

「まずは普通に一閃」

 

 一つ目の青竹。

 尾を引いて流れる帚星が、青竹を両断した。

 澄みきったとても美しい剣筋に、耀夜もカナエも、後ろに控えていた「影」さえも呼吸を忘れて見入ってしまう。

 

「次はぬらぁりと撫でるように」

 

 二つ目の畳表。

 ゆっくりと差し込まれた木刀が、ぬるりとバターを裂くように畳の束を二つに斬った。

 不可思議な現象を目撃した面々は、目を白黒させる。

 

「最後は、そうだな、軌跡を曲げてみよう」

 

 三つ目の巻藁。

 上からの振り下ろしは、途中でくるりと翻り、「し」の文字を描いて藁束を分断する。藁に刀身をはさまれた状態で、ぐるりと軌道を変えながらするりと斬った。

 刃の向きなどお構いなしの理外の怪現象に、カナエなどは白昼夢を見ているのかと頬をつねる始末である。

 

「興が乗ってきたぞ。まだまだだ!」

 

 声を弾ませ、跳び上がる。

 くるくる身を翻して、むちゃくちゃに身体を踊らせる。それはまるで、子供が弄ぶ操り人形をのようであった。

 上下逆さになって木刀をふりまわすと、的はみるみる撫で斬りにされ。独楽のように回りながら斬りつけると、的はどんどん小さく細かく分断されていく。

 振れば振るだけ、的が斬られた。

 どんなあてずっぽうで無茶苦茶な振りであっても、「斬撃」は必ず同じ結末をもたらすのだ。

 

「すばらしい……!」

 

 地面に転がった的の欠片。そこに仕込まれた鉄棒さえも、鏡のような綺麗な切断面をさらしている。

 

「こんな技ははじめて目にするよ、持暇くん」

 

 耀夜は、木刀を降ろして残心する持暇に歩み寄ると、肩を叩いてその業を絶賛した。

 

「十二鬼月をはじめ、特に硬い鬼は日輪刀すらも弾くと聞いている。きみの斬撃は、鬼殺隊のあらたな力になる。是非とも、その技を皆に広めてはくれないかな」

「願ってもないことです。俺は、師匠の業を受け継いだ。受け継いだからには、次代に伝えていく必要がある」

 

 持暇は腰を折って、嬉しそうに謝辞を述べた。

 しかし、耀夜を見返すその瞳には、狂気がとぐろを巻いている。

 

「『斬撃』を指南する。それは構いません。しかし、鬼は斬らせてもらえるのでしょうか」

 

 耀夜は悟る。この剣鬼の本性を。

 彼は刀なのだ。斬るためだけに存在する、抜き身の刀。

 斬る――

 それ以外の在り方も目的も持たぬ、ただひとふりの刀。

 

 空を仰いで、耀夜は瞠目した。

 

「……そうか。きみはそういう子なんだね」

 

 なにを思ったか、彼女は嬉しそうにくすりと微笑んで、是と答える。

 

「もちろん、存分に斬ってくれて構わない。これからも、今までと同じように鬼殺しの任務を言い渡すけど……そうだね、きみにはしかるべき場を用意しよう」

()?」

「近いうちに連絡する。それまで、この蝶屋敷で身体を休めておいてほしい。見たところ、いろいろ無理がたたっているようだからね」

「はぁ。俺は、べつだん身体に異常を覚えませんが」

「気付いていないだけさ。なに、刀は自分自身の手入れなど出来ぬもの。きみはカナエくんの言うとおりにして、身体を休めておくといい。そうすれば、切れ味もますます研ぎ澄まされる」

「む……」

 

 持暇は考える。

 斬ることばかりに夢中で、身体の調子を整えたりだとか、身体を鍛えたりだとかは、気にかけたこともなかった。それらを手に入れれば、ひょっとしたら、もう一皮剥けることもできるかもしれない。

 そんなふうに考える持暇の心に、耀夜はするりと入り込む。

 身をかがめ、持暇の剣ダコだらけの手をそっと両手で包みこむ。口許を持暇の耳に寄せるとさらりと髪が流れて、それは、月夜の海のように怪しく耀いた。

 

「私がきみを研いであげよう。斬るべき鬼を用意しよう。だから、持暇くん――」

 

 持暇は耀夜を見た。

 陽光のようなあたたかな瞳の奥に、ふつふつと滾る黒くおどろおどろしい炎を幻視した。

 黒炎は、ちろちろと舌先を持暇に伸ばす。

 

「私のものにならないかい」

 

 




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