ニ不二のじゆう帳(一発ネタや未完作品)   作:二不二

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<登場人物>

邑久村正:主人公。子供時代に逆行した。ホワイトな人生を目指す。小3。
西大寺マドカ:ツンツン娘。小3。

<あらすじ>

KYコミュ障な主人公が、人の間で生きることを覚え始める。


小学生からやり直してツンツン娘や金髪幼女と仲良くなる話(3)_2019年10月

~夏と宿題と金髪幼女と~

 

 

**

 

 

「みんな、一学期はよくがんばったね。いっしょうけんめい授業に学校生活に取り組んで、とっっても花丸な一学期でした!」

 

 満面の笑みの牛窓教諭から、通知票が手渡される。雪のようにまっしろなそれを、子供たちは、背を伸ばしておっかなびっくり受け取る。

 マドカは席に着くなり、すぐ隣の席をのぞきこんだ。お目当ては、正の通知票である。無防備に机上に広げられたそれと、自らのそれを見比べ、

 

「ふんっ。まぁまぁね」

 

 鼻を鳴らして、机にしまいこんだ。

 悔しそうな様子もなければ、嬉しそうにも見えない。どうやら、正と同じ成績(オール5)のようである。

 

「それじゃあ、これから夏休みになるけど、みんな早寝早起きして規則正しい生活をおくってね!」

 

 という簡潔な言葉で以て、一学期は幕を閉じたのである。

 

「夏休みねぇ……」

 

 正の隣席で、気怠そうにマドカが呟いた。

 

「ねぇ。アンタはなにして夏休みをすごすの?」

「特にこれといった予定は無いな。家族で旅行とか、そういうのはウチはしない」

「そうなの? ウチは毎年沖縄にいくの」

「そりゃあ楽しそうで結構じゃないか」

 

 字面だけ見れば、自慢にしか聞こえない。

 けれども、マドカに悪気は無いとみえる。ただただ気怠げにため息をついて、マドカはぼやいた。

 

「それ以外はずっと習いごとなの。お母さんが、せっかく時間があるんだから、ユーイギにすごしなさいって言うの」

「習い事か。それは、確かに有意義だ。働きだしたんじゃ、そんなことする余裕は無くなる」

 

 したり顔で頷く正を、マドカは不機嫌そうに睨む。

 

「アンタもお母さんの味方するの?」

「そういうワケじゃない。ただ、僕も習い事をしたいと思ってるから」

 

 邪気のない口調だったので、マドカはあっさり機嫌を直した。

 

「ふぅん。おねがいしたら、させてもらえるんじゃないの」

「……ウチは両親とも、毎日遅くまで働いてて忙しいんだ」

 

 さも当然といった様子のマドカに、正は、それらしい答えをひねりだした。

 それは、理由のようで、理由になっていない。

 金銭に余裕はあったので――なにせ父親がこっそりもうひとつの家庭を作ることができるくらい所得があるので――いくらでも習い事に行かせることはできた。治安の良い田舎町なので、子供ひとりで近所の塾に通わせることもできた筈である。けれども、両親の口から、そうした話が出たことは無かった。

 結局のところ、正の両親は、息子に無関心だったのだ。

 正がどれだけ良い成績を収めようが、家庭訪問で「お宅の子には友達がいません」とそれとなく言われようが、「まぁ、スゴイわね」だとか「はぁ、そうですか」で済ませてしまうのだった。

 

「いいなぁ。あたしのお母さんも、忙しくなってくれないかなぁ。ずっと家にいるんだもん」

「言っても仕方ないだろ。それより、建設的な話をしよう」

「……そういうなら、してみなさいよ。ケンセツテキな話ってのを」

 

 ピシャリと愚痴を打ち切られて、マドカは不機嫌になった。

 そのような機微を察する正ではない。朴念仁()は、平坦な声音でおもしろくもない話を振った。

 

「夏休みの宿題の話とか。読書感想文とか、どの本を読む? オススメ本の一覧がプリントで配られたけど、学校で借りようと思ったら、早くに借りなきゃいけないだろ」

「そうね。そのモンダイがあったわ。あたしはまだ決めてないけど、アンタは何を読むの?」

 

 それは前々から気にかかっていた話だったので、マドカはあっさり機嫌を直して問いかけた。

 

「『走れメロ』スかな。昔もこれで書いたけど、今だったらもっと面白い感想が書けそうだから」

 

 全裸の男が同性とがっしり抱き合う。それをみた王様が頬を赤らめ「余も仲間にいれてはくれぬか」と願い出る――

 穿った見方をすれば、そういう話である。子供の汚れなき眼では捉えきれない、多面的な作品なのだ。

 もちろん、マドカにそうした腐った一面は理解できない。

 

「アレで? なんだかいそがしくって、感想書きづらいことない?」

「無駄が無くってテンポの良い傑作、という評価らしいけど」

「ふぅん。まぁ、たしかにそう言えなくもないと思うけど」

 

 納得しかねたのか、マドカは唇を尖らせた。それでも分かったふうな口を利くあたり、プライドが高い。

 そんなマドカにいちいち構うのも面倒なので、正はさっさと話題を転じた。

 

「夏休みの宿題といえば、もっと厄介なのがあったな。自由研究に、風景画」

「毎年めんどうなのよね、アレ。時間がかかって」

 

 嫌なものを思い出したとばかりに、げんなりと息を吐くマドカ。

 

「自由研究のテーマは、もう決めた?」

「お母さんと相談して、植物をいくつか育ててみることにしたわ」

「お母さんも考えてくれるんだ。……僕はどうしようかな。せっかくするなら、全力で取り組みたい。風景画も何を描いたものかな」

 

 と言うなり、正は、ノートを広げてあれこれアイディアを書きだす。

 

「ねぇ」

 

 マドカが、頬を赤くして、もごもごと話しかける。生意気そうな吊り目も、この時ばかりは伏し目がちになって、いじらしい。そして、

 

「その、絵のことなんだけど、もしよかったらだけど……アタシといっしょに――」

 

 いっそう赤くなった顔を上げて、何事か告げようとした矢先である。

 

「うっっひょぉ~、夏休みだぜぇぇ!」

 

 と奇声があがった。

 

「うひゃあっ!?」

 

 びっくりして飛び跳ねるマドカの背後には、開放感にひたる備前少年の姿があった。

 

「夏とうらい! これって去年の夏いらい! 宿題する気ナイけど、俺は気にしナイ! イッツォーライ!」

「剣次のヤツ、すげぇぞ。ラップ歌いだした!」

「うわー、すっごくそれっぽい。長船くんって、意外と頭いいのかも。未来のあーあてぃすと?」

「ヒュー! 剣次、ヒュー!」

 

 夏休みを前にした昂揚のためか、学級内はちょっとしたお祭り騒ぎになる。

 

「あのバカ、とっちめてやる!」

「げっ、西大寺!?」

 

 怒ったマドカが加わって、いっそうにぎにぎしく一学期最後の日は過ぎるのだった。

 

「子どもは元気だなぁ。これには付き合いかねるね」

 

 そんな級友の姿を、ちょっと引いた様子で見やる正であった。

 

 

 **

 

 

 そうして迎えた夏休みである。

 正は、海の望める丘へとやってきていた。

 オリーブ園。

 そう名付けられた丘は、家族連れの観光客でにぎわっている。ひとびとは芝の上に腰掛けたり、望遠鏡から瀬戸内海の島々を覗いたり、思い思いに過ごしている。

 

 そのなかで、正の姿は浮いていた。なにせ、家族連れのなか、ぽつねんと小学生がひとりで居るのである。

 これは、周囲の視線を集めた。「あの子は迷子なのだろうか」という心配の視線が半分。もう半分は、「あの子は何なんだろう」という好奇の視線であった。

 正は、もちろん周囲の視線なぞ気にしない。芝生の上に腰掛け、スケッチブックに鉛筆を走らせる。朝早くから、もうずっとこの調子で何時間も、絵を描き続けていた。

 夏休みの課題の、風景画である。

 

「全力で学校生活に取り組もう」

 

 そう決めた正は、風光明媚なこの地を題材と定め、わざわざバスに揺られてやってきた。

 描いては消し、再び描いては頁ごと破り捨て再度挑んでと、試行錯誤をくりかえしている。その甲斐あってか、絵はすこしずつ上達し、あと数日もすれば一応は満足のいくレベルになって、清書にとりかかることができると思われた。

 

「絵の指南書を借りて良かったな。前回(・・)は、それこそ小学生並の絵しか描けなかった。今は、たぶん中学生レベルかな。……上達するのは嬉しいし楽しいけど、職業にしたいものじゃあないな」

 

 などと呟きつつ、鉛筆をかざして被写体のスケールを測る正に、

 

「きみ、ちょっと良いカナ」

 

 と声がかかる。

 落ち着きのある、渋い男の声だ。

 

「おー……いぇす」

 

 思わず正は中途半端な英語で答えた。話しかけてきたのは、西洋人だったのだ。

 それは三人の親子連れのようだった。

 髭と眼鏡の似合う壮年の、ブロンドの短髪の男性。その妻とおぼしき、黒髪の美女。そして、正と同じくらいの年頃の、蜂蜜色の金髪の少女。

 

「さっきカラ、ずいぶん熱心に絵を描いているネ。キミは画家なのカナ?」

「見ての通り小学生です。で、学校の宿題をしています。景色の絵を描くんです」

 

 ニコニコ笑顔の男性に、正は、真顔で答えた。

 

「そうデスか。さっきからイッショウケンメイ何枚も描いてイルから、てっきり画家なのかト。……いや、シツレイ」

 

 それは、彼なりの冗談だった。しかし、正がニコリともしないので、彼も阿呆のような笑顔をひっこめた。

 代わりに、ちょとだけ引き締まった、理知的な笑みを浮かべて、くだけた口調で話を続けた。

 

「私達は、旅行でここを訪れてネ。私はこうして喋ることはできるケレド、文字は読めないシ、妻も娘も日本語はダメ。……よかったら、あの看板(ボード)の話してること、教えてくれるカナ」

 

 ちらりと様子を窺って、なるほどと正は得心した。

 娘とおぼしき少女が、退屈そうにあたりを見回している。彼女の無謬を慰める話のタネを、男性は探していたのだ。

 

「ここ牛窓は、日本のエーゲ海と呼ばれています。この案内板には、そうありますね」

「フムフム」

 

 男性は、さっそくその情報を家族に伝える。

 

『ちがうわ、パパ。エーゲ海はこんなにきたなくなかったもの』

 

 少女は拗ねたような声を出した。

 ネイティヴの流暢な早口の英語だったが、かんたんな表現だったので、正にもなんとか理解することができた。

 

(そりゃあ、しょうがないよな)

 

 正は納得する。

 じっさい、牛窓の海水浴場を訪れた客は、たいていが不満をこぼす。こんな汚い海のどこがエーゲ海なのだと。

 本州と四国の間にある内海で、しかも沿岸部だけでも三千万人の人口をかかえているから、ゴミが多い。そこに、都市部から川をくだって、あるいは海流の流れに乗って、更なるゴミが流入する。近くに寄れば、エーゲ海の幻影はただちに消え去るのだ。

 そうした苦情に対する、観光協会の主張を、正は再生した。

 

「景観がエーゲ海に似ている、というのがこの文句の由来です。穏やかな海に、白く霞んだ島々の遠影。ちかくにはオリーブの鮮やかな緑がある。欧州からやってきた画家が、故郷の海に似ていると言って、ここに家を建てたそうです。その家が、あっちにあるそうですよ」

 

 離れて見た景観がエーゲ海だよ! 海水浴を推すほど綺麗ってワケじゃないからね!

 というのが観光協会の言い分だった。

 じっさい、こうして眺める海は美しい。見渡すかぎりのパノラマを、海の青と、芝生の緑が二分する。海を渡る風が吹き抜けて、おだやかな心地になる。

 

「ほぉ。それは面白そうだ」

 

 父親は感心した声を漏らした。

 娘のぼやきに応えたかのような、その言葉。さっそく娘に伝えてみれば、しかし、彼女はいっそういじけてしまった。

 母親は「これだから男は」という苦々しい顔をして、けれども次の瞬間には笑顔を浮かべて、少女に向き直る。

 

『そんな建物があるのね。面白そうじゃない、アーニャ。行ってみない?』

『でもママ。わたし、ホントは泳ぎたかったのに……』

 

 少女はポツリと呟いた。

 そんな少女に目を合わせるべく、男性は身を屈め、肩に手を置いた。

 

『いいかい、アーニャ――』

 

 父親は、少女におだやかに語りかける。どうやら、娘のワガママを諭しているようである。

 けれども、それは難航していた。父親は、娘の不満を理詰めで解きほぐそうとしている。けれども、幼い少女の感情は、そうした理屈で宥めることはできない。少女の眦に、じわじわ涙が滲んでくる。

 

(わざわざこんなトコまで来たのに、お気の毒に)

 

 というのが、事情を察した正の感想だった。

 日本のエーゲ海と聞いて、少女は、泳ぐのを楽しみにしていた。ところが、想像とかけ離れた現実を目の当たりにした両親の提案によって、水泳は中止となった。 

 楽しみを取り上げられて、彼女は拗ねていたのだ。男性が宥めてもなお、彼女の額にかかった雲は晴れない。

 事情を飲みこんだ正の脳裏に、とある誓いがよみがえる。

 

(今生の目標。前回してなかったこと――人の役に立つこと――をする。ここはひと肌脱いでみよう)

 

 正は、口を開く。

 

『ローマっぽい、モニュメントのある公園が、向こうに、ある。林の中にあるから、まるで、遺跡(ルイン)があるみたい』

 

 三人は目を丸くした。

 それは、ところどころつっかえた拙い英語だった。流暢には程遠く、発音だって怪しい。

 けれども、言いたいことは、きちんと伝わった。

 

『いっしょに行ってみない?』

 

 と指さしたのは、丘の向こうにある林である。そこに何かあると思いも寄らぬのか、誰もその林には近寄らぬ。

 子供らしい冒険心を刺激されて、少女はウズウズした視線をそちらへ向ける。

 

『でも……』

 

 少女は躊躇した。たしかに興味はある。けれども、拗ねていた手前ころっと態度を変えるのはプライドが咎めたし、異国の男の子に対する戸惑いもあった。

 そんな娘の背中を、母親がそっと押した。

 

『行ってらっしゃい。私たちはここで休んでるわ』

 

 母は強し。

 その一言だけで、少女は笑顔を浮かべて駆けだしたのだ。

 

『いやぁ、参ったな。さっきの娘の愚痴、しっかり聞かれていたみたいだね。日本人は英語がニガテだと聞いてたんだけど』

『きっと地元の子ね。彼には悪いことしちゃったわ。あとで、うんとお礼を言いましょう』

『そうだね、ハニー』

 

 男女は手を取り合って、楽しそうな娘の後ろ姿を見送ったのだ。

 

 

 **

 

 

 誘ったはずの正が、むしろ逆に、少女についていく形で林へと駆ける。

 正は、少女の両親も付いてくるものと思っていた。異国の地で、我が子を赤の他人にポンと預ける親などいないというのが、その根拠である。

 けれども、二人はニコニコと手を振るばかりで一向に動こうとしないので、

 

(おおらかだなぁ。ひょっとしてアメリカの人だろうか)

 

 と正は呆れながら、少女の後を追ったのだった。

 

『!』

 

 少女が息を呑んだ。

 樹のトンネルだった。丘を下る路の両脇から、樹が枝を伸ばして、トンネルをつくっている。葉々の天蓋が陽光をうけとめて、キラキラと光の雫が、足下の苔に落ちる。

 振り返れば、観光客のたむろする丘があって、前を向けば、無人の木のトンネル。

 ひょっとしたら、この先は異世界に続いて、行けば戻ってこられないのではないだろうか――

 そんな不安に駆られて足を止めた少女を、正がスタスタと追い抜く。

 

『あ――きゃあ!』

 

 あわてて追いかけた少女が、足を滑らせた。苔に足を取られたのだ。

 すべては一瞬の出来事だった。回る視界に、迫る地面。何が何やら分からないまま、反射的に目を閉じて、

 

『おっと。大丈夫?』

 

 という声に目を見開いた。

 気が付けば、少女の体は、正に抱き留められていた。

 

『あ……ありがとう』

マイ・プレジャー(どういたしまして)

 

 台詞とは裏腹に、ニコリともしない正である。

 少女はあわてて身を離す。

 

(こわい人なのかな)

 

 隣に並んだ少女は、横目に正の様子をうかがった。

 そして気付く。正が気遣わしげに、少女の足を見ていることに。

 

(しんぱいしてくれてるんだ)

 

 そうと分かると、いろいろな事が見えてくる。歩幅も、少女のそれに合わせてくれているし、また転ぶことを警戒してか、すこし腰を落として、腕を構えている。

 それがうれしくて、少女は、にぱっと笑顔を咲かす。

 

『わたしアーニャ。アーニャ・ホプキンソン。あなたは?』

『邑久村正。正と呼んでくれ』

『わたし、カリフォルニアから来たの。9歳』

『僕も同じで、9歳。ここ稲中(いなか)市の出身』

 

 たどたどしく、けれども、一生懸命なのがよく分かる受け答えだった。

 アーニャが話しかけて、正が答える。そうして話しながら歩いていくと、唐突に視界が拓けた。

 

『あっ、オリーブ!』

 

 そこには丘があった。丘の斜面にはオリーブが植えられていて、石畳の路が延びている。

 石畳の行き着く先は、丘の上である。アーニャは感嘆の声をあげた。

 

『うわぁ、遺跡(ルイン)がある!』

 

 石の土台があって、その四隅に崩れかけの石柱が建っている。まっしろな石柱は、もとは同じ高さだったのだろう。けれども、雨風にさらされるうちに崩れ、べつべつの高さになってしまっている――というふうに、素直なアーニャの目には映った。

 実際には、それは、ただの模造品(アート)に過ぎない。

 

『ねぇねぇ、ここも昔はローマやギリシャだったのかな?』

 

 キラキラ目を輝かせる。

 

『そうかもしれないね』

 

 いつもの正であれば、生臭い真実をそのまま告げ、子どもの夢を無残にうち砕いただろう。ところがこの時ばかりは、どういうわけか、真実をぼやかす物言いをした。

 いかにも子供らしく無邪気でかわいらしいこの少女は、見る者を笑顔にさせる。馬鹿正直な正でさえ、父性に突き動かされたのだ。

 ニコニコ笑顔のアーニャは、石礎の上に飛び乗ると、くるくる踊るように飛び跳ねた。

 

『みて、タダシ! ここでこうして、くるっと回ると、まるでローマのお姫さまみたい』

 

 ふわりと踊ったワンピースの裾は、陽光をまとっていっそう白く。空を泳ぐ蜂蜜色の髪は、きらきらとまばゆい。

 それは、西洋の画家の描いた、光とたわむれる純粋無垢な幼子の絵画そのものだった。

 

「うーん。同じ年齢の子どものはずなのに、あのナマイキ娘(西大寺)と全然違ってこうも可愛いのは何故なんだろう……」

 

 柄にもなく、父親のような暖かな目で見つめる正であった。

 

 

 

**

 

 

『おかえり。どうだったかな?』

『なんて聞かなくても分かるわ。思いっきり楽しんだみたいね』

 

 丘へ帰ってきたアーニャを、両親の笑顔が迎えた。

 

『ねぇ、アーニャ。何があったか教えてくれるかしら?』

『うん! えっとね――』

 

 アーニャは、花の咲くような笑顔を浮かべて、あれこれ一生懸命に語って聞かせる。

 そんな娘の姿に満足そうに頷いてから、父親は、正に向き直った。

 

『娘の相手をしてくれてありがとう。すっかり機嫌も直ったようだ。……だが、時間をとらせてしまったね。もうそろそろお昼時だ。キミのご両親も心配しているだろう。ひとつ挨拶したいんだが、どちらにいらっしゃるのかな』

 

 正がある程度の英会話ができることは分かったので、父親は、英語で話しかけた。とはいえ、そこはノンネイティヴの幼子である。かんたんな語彙でゆっくりと話すよう気遣った。

 

『僕はひとりです。バスでひとり、ここに来ました。夏休みなので、小学生の僕は、こうしてここに来れますが、両親は仕事があるので』

『なんだって! こんな子供をひとりで、しかもバスまで使って外出させるだなんて、日本の治安はどうなってるんだ!』

 

 父親は、両手を振りまわして大仰に驚いた。

 興奮のために早口になってはいたが、なんとなく大意を捉えて、正は、たどたどしく英語で返答する。

 

『この辺は田舎なので、みんなのんびり、してるんです』

『そうは言ってもひとりだぞ……。まさか、昼食も?』

 

 おそるおそる尋ねると、正はさも当然のように頷いた。

 

『はい。お金はもらっているので、この辺りで食べるつもりです』

『こんな幼い子供がひとりで!? ……分かったぞ。このあたりじゃ犯罪者はもちろん、怪しいヤツらも軒並み刑務所に入れられてるんだ。そうに違いない!』

 

 怒っているのか、それとも純粋に驚いているのか、ツバを飛ばして大声でまくしたてる。もうここまでくると、何を言っているのか正には全く理解できなかった。

 困り顔の正に気付いて、父親は、笑顔で言葉を継いだ。

 

『あー。それじゃあ、一緒に昼食に行かないかい。実は、良いレストランを探してるんだ。オススメを教えてくれると嬉しいな』

『パパ、タダシもいっしょに来るの?』

『あら、それは良いアイディアね』

 

 ぱぁっと満面の笑みを咲かせたアーニャを見て、母親も手を叩いて喜んだ。

 そのようなわけで、ホプキンソン一家と正の四人は、連れなって丘を後にしたのだった。

 

「まだイエスと言ってないんだけどな……」

 

 そんな正のぼやきを後に残して。

 

 

**

 

 

『見て、パパ! 海賊がいる!』

 

 とアーニャが指さしたのは、木彫りの人形である。眼帯をつけた黒髭の、いかにもな格好をした海賊だった。

 

『へぇ。面白い(インタレスティング)レストランじゃないか』

 

『昔、このあたりには、海賊がいたんです。村上水軍って言ったかな。それにあやかってるんだと、思います』

 

『日本に海賊がいたの!?』

『日本の海賊だから、髑髏の旗(スカルフラッグ)とか、フック船長(キャプテン・フック)とか、財宝(トレジャー)とかとは違うけどね』

『グーニーズは、日本にもいないのね……』

 

 と古めかしい映画を挙げたのは母親である。彼女は名前も古めかしく、メアリー・ホプキンソンと名乗った。

 

『その代わり、刀を持って暴れてたそうです』

『ほう、カタナかね!』

 

 父親――トーマス・ホプキンと名乗った――は声音を高くした。

 

『刀に興味が、ありますか』

『サムライが使ったという、ニンジャソードだろ? これに興味を持たない西洋の男はいないさ。東洋人にとってのバスタードソードとか、魔法の杖とか、そういうものだよ。実にロマンを誘う』

『…………』

 

 色々とツッコみたい正であったが、それを成すだけの語学力が不足していた。

 忸怩たる思いの正であったが、それは、刀の一件だけではない。メニューを眺めて、ぼそりとアーニャがつぶやいた時のこと。

 

『この”ハンバーグ”ってなにかしら』

 

 ハンバーグというのは和製英語である。なので、正はどういう料理かを伝えようとしたが、単語が出てこない。

 パティを焼いてソースをかけたもの――

 ということを伝えようとして、なんとかひねり出したのが、

 

『ハンバーガーの中身です』

 

 という情緒もへったくれもない表現だった。案の定、一同は怪訝な顔をした。

 

『ソールズベリー・ステーキか!』

 

 やがて運ばれてきた料理を見て、ようやく一同はそういう料理があるらしいと納得したのだった。

 だが、それよりもアーニャの目を引くものがあった。それが卓上に運ばれて来るや、ぎょっと目を剥いて、おそるおそる尋ねた。

 

『この黒いのはなに? イカスミ?』

『何だろう。僕も分からない』

『タダシもわからない食べ物……』

 

 毛虫を前にしたような表情で、アーニャは、皿を睨んだ。

 プレートには、ハンバーグやエビフライ、そしてタマゴを散りばめた黒色のライスが乗っていたのだ。

 正は、まじめな顔でスプーンをひとすくい。飲食物なのだと示してみせる。

 

『おいしいです。えびめしって言う、この店独自のソースをからめた、炒飯(フライドヌードル)だ』

『なるほど。これはオリエンタルでエキゾチックだ。まるで日本の美女みたいにね』

あなた(ダーリン)

『さぁ、頂こう』

 

 失言を誤魔化す為か、それとも、これ以上の失言を恐れたのか、父親(トーマス)は料理を口に運ぶ。

 

『あら、美味しい!』

 

 と声をあげたのは、アーニャの母である。

 

炒飯(フライドヌードル)っていうから、パサパサしてるかと思ったけど、やさしい食感ね』

『うん。おいしいね!』

 

 にぱっと笑顔を咲かせるアーニャに、思わず一同も笑顔になる。いつも真顔でニコリともしない正でさえ、相好を崩した。

 そんな正を見て、夫妻は微笑み合う。

 出会って数時間も経たぬ仲ではあるが、いくらか言葉を交わすうちに、この少年の為人がある程度分かってきた。

 悪人ではない。むしろ善良で、正しいと信ずるとおりに行動することができる。だから、見ず知らずの外国人一家に、こうして親切にしてくれている。

 だが、人付き合いが不器用だ。正しいと思ったとおりにしか行動できないから、融通が利かない。馬鹿正直なのだ。

 そんなまっすぐな正のことが、夫妻は気に入った。二人は雄弁な目配せを交わし合って、それから、父親(トーマス)が口を開く。

 

『タダシくん。もし良ければ、この後もいっしょにこの町を見て回ってはくれないかな。日本人に案内をしてもらえたら、こんな心強いことはないからね』

『うーん……』

 

 正は逡巡した。

 そもそも、バスに乗ってここまで来たのは、風景画の宿題をこなす為である。彼は、学校生活に本気で取り組むという目標を定めたたのだ。

 

(でも)

 

 目標といえば、もうひとつ、新たに定めた目標があった。

 

(他人に親切にする――これもその一環ってことになるかな)

 

『分かりました。僕でよければ』

『♪』

 

 ニコニコと気色満面のアーニャを見て、正も頬を緩めるのだった。

 

 

 




9,732文字。


夏休み。
地元の観光地で金髪幼女一家と仲良くなる話でした。
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