ニ不二のじゆう帳(一発ネタや未完作品)   作:二不二

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[ネタ]リリなの×超人ロック(2)_2011年10月

E少年リリカル・クーガー

 

 

 銀河連邦軍情報部大尉、クーガー・マクバード。それが彼の身分であった。

 

 銀河連邦――それは、銀河帝国という超帝国の唐突な崩壊によってもたらされた、悪夢のような混乱の時代に結成された、緩やかな星間連合国家である。

 発祥の地たる地球を飛び出した人類は、何世紀にもわたって宇宙を開拓し、ついにはこれ以上広がることのできぬところまでその支配下に置くを得た。

 そこでは、高度に発達した科学文明が人間の寿命をおおいにのばし、人々は≪若返り≫なる処置をうけて世紀をまたがって若く生きることさえ可能であった。≪銀河コンピュータ≫が反乱分子の摘発から皇帝の配偶者の世話までのありとあらゆることを管理し、人類は永遠の安定を約束されていた。

 

 そのような超未来ともいうべき世界からやってきたクーガーの目に、こちらの地球はきわめて原始的に映った。

 いまだ自動車と列車を中核に据えた物流システムが先進国のスタンダードであり、これは、惑星じゅうに≪チューブ≫というきわめて優れた輸送網をあみの目のようにしきつめている超未来とくらべて、何世代も前のシステムであった。

 通信網にしてもそうだ。インターネットという、ネットワーク通信の黎明期に登場したとされる、きわめて原始的なネットワーク・システムが用いられている。

 車は車輪をころがして地面をはしり、「船」はもっぱら海を洋行するものを指し、エネルギー資源は低効率の化石燃料が大きなウェイトを占めていた。

 街はといえば、すっかり開発しきってしまうだけの技術をもたぬのか、人類の領土は湾岸線や山によってでこぼこに分断され、といって美しく自然をのこすような配慮をみせるわけでもなく、どっちつかずの不格好な開発具合である。生活区域と工業地帯がいりまじって混沌の様相を呈しており、それは、否応なしに文明の未熟さを感じさせた。

 

 だが、すべてがクーガーの知る超未来に劣っていたわけではない。思いもしなかったような方向へ高度な進化を遂げた工業製品が散見され、それは、まるで石器時代にステンレスの儀式杖をみいだすような、ひどくちぐはぐな印象をクーガーに与えた。

 そのような街のありさまを見せつけられては、クーガーも、ここがまったく別の宇宙であると信じざるを得なかった。

 

「ほんとうにここは、ぼくの知る地球とは違うみたいだ……」

「やっと納得したかい」

 

「あんたの元居た世界がどんなだか知らないし興味もないけれど、とにもかくにもここは全くの別世界なんだ。言うなれば、アンタは密入国者さ。だから、変に騒がれちゃ困るんだ。わかったね」

 

 有無を言わさぬ口調で、アルフは念を押した。

 

「ああ、よく分かったさ。ここが全く別の宇宙で、そして、ぼく達はスネに傷もつ密入国者なんだってことは。なに、悪目立ちするようなことはしないさ。お互い、こうして弱みを握りこんでいるわけだし」

 

 痛いところを突かれた、という様子でアルフは唸った。

 

「なんだい、脅迫かい。言っとくけどね――」

 

 アルフの手がクーガーの首にかけらる。

 その瞬間、クーガーはこの女を見くびっていたことを悟った。

 その華奢な腕のどこにそんな力が宿っているのか。大の大人もかくやというような、すさまじい力でぎりぎりと締めつけてくる。

 

「フェイトになにかしてごらん。その瞬間に、アンタの首をかみきってやるんだから!」

 

 口元からは、ぬらりと濡れぞぼった、するどい犬歯がのぞき。

 縦にさけた瞳孔が、獰猛な光をやどして、クーガーの鳶色の瞳をするどく射抜く。

 

(これが≪使い魔≫か!)

 

 クーガーは舌を巻いた。

 この女は自らを「狼を素体とする誇り高い≪使い魔≫」と名乗ったが、なるほど、人ならざる人造生命であることは間違いないようである。

 クーガーのいた宇宙では、この惑星など及びもつかぬような高度に発達した科学技術が栄えていた。だが、この女の属する文明もまた、クーガーの想像もつかぬようなまったく別系統の、高度な技術を有しているものとみえた。

 

「参ったな、そういうつもりで言ったんじゃなかったんだけど……。それにしても、あの子にずいぶんとご執心なんだね」

「そりゃそうさ。アタシはあの娘の≪使い魔≫だからね。何に代えてもあの娘を守る。それがアタシの使命さ」

「それは――自分の意思で?」

 

 何が琴線に触れたのか。

 とたんにまなじりを細めてクーガーは問うた。

 

「はぁ? 何言ってんのさ。アタシがフェイトより他の人間の指図を受けるだなんてあり得ないよ」

「……ふぅん。どうも、本当みたいだね」

 

 首にかかったアルフの手。それを振り払いながら、得心した調子で、クーガーは呟いた。

 そこにはもう、先程のするどいまなじりは見当たらない。代わりに、クーガーは、かるく口の端をつりあげて微笑んでみせた。

 

「大丈夫、馬鹿な真似はしないさ。さっきも言ったけど、お互いスネに傷もつ者同士だ。その上ぼくは右も左も分からぬ異邦人。君たちに頼らなくちゃどうにもならない。今のぼくには君たちが必要だ」

 

 などというのは、まっかな嘘である。

 実のところ、クーガーにとって、フェイトやアルフの助けはどうしても必要なものではなかった。

 クーガーは「被害者」なのである。犯罪者が、不正に取得した道具でもって誘拐してきた、哀れな幼子。極端な物言いをすれば、そのようなことになる。

 だから、≪管理局≫なり何なりに「助けてください」と申し出ればよいのである。

 

 だが、クーガーにはそれを躊躇う理由があった。

 その最たるものは、彼が≪エスパー≫であるということに尽きた。彼の世界において、エスパーとは「うすぎたないのぞき屋」であり、畏れと迫害の対象である。かつて「エスパー狩り」と呼ばれる人身売買が盛んに行われたほどであり、しかも、そのおぞましい風習は、いまなお辺境の惑星には根強い。もしこの世界にエスパーが存在し、同じような扱いを受けているのだとしたら、飢えた狼の群れにわが身を投じるような愚行である。

 

(果たしてこの世界にエスパーは存在するのか、存在するとすればどう遇されているのかを、慎重に見極めなくちゃならないな。それにはまず、単純なこの女と、お人好しのあの子につけいることだ)

 

 情報部――というにはいささか荒事の多い部署ではあったが――に身をおく軍人としての冷徹な思索をはたらかせるクーガーであった。

 そう、彼は軍組織に身をおく軍人なのである。それもとある重大な任務の最中に、こうして召喚事故に巻きこまれてしまったような次第であったから、なるべく早く任務に復帰しなければならない。 

 

(まったく、任務に復帰できるのはいつになることやら)

 

 だが、そのような焦りはみじんも気色に出さず、クーガーはつとめて友好的に会話を続けた。

 

「それより、あの子に付いていかなくてよかったのかい? ジュエルシードとかいうモノを捜しに行っているんだろう。すこしでも手は多い方がいい」

「ハッ。アンタみたいないかがわしいヤツを野放しになんてできないからね。さっきも言ったように、変なことをされちゃあ迷惑するのはこっちなのさ。それに――」

 

 アルフは、不快そうに吐き捨てると、正面からクーガーを見据えた。

 クーガーの努力ものれんに腕押しである。

 

「アンタの正体には興味がある。アンタなんか本当はアタシにとっちゃあどうだっていいことなんだけれど、フェイトをもし万一害することがあるとなれば話は別だ。アタシは、アンタがいったいどういう人間で、何が出来てどう行動するのか――フェイトの側においてもよいのかどうか見極める必要があるんだ」

「何者もなにも……先に話したとおり、ぼくはいち軍人の、しがないただのエスパーさ」

「それだよ、その≪エスパー≫ってヤツだよ。……はじめ、たしかにアンタは大人の背格好をしていた。それが、みるみるうちに縮んで、いまやフェイトと変わりない子供の姿だ。しかも、仮初の幻というわけじゃなくて、しんじつ子供の身体に変じてしまっているみたいじゃないか。自由に年齢を変えてしまうだなんて、そんな魔法は聞いたことがない」

 

 クーガーのもつ能力。それは、「魔法理論の発達しなかった次元世界において、独自の進化を遂げた魔法技能」であろうというのが、クーガーに証言に基づくフェイトとアルフのひとまずの見解であった。

 未知の能力を前に、しかしそのときの二人は、とりたてて騒ぎたてはしなかった。

 なんとなれば、数えるのもおっくうになるくらい沢山の次元世界があって、そこでは、独自の進化をとげた魔法技能などは珍しくなかったからである。

 そうした先天的な、特異な魔法の才能は、≪レアスキル≫の一言でかたづけられるのが常であったから、フェイトはそれ以上≪エスパー≫について考えることは止めてしまった。

 むしろ、クーガーの身の上にひどく同情してしまい、「あなたが元居た世界に帰れるようなるべく力になるから」と口にしたほどである。

 

 だが、そうであるほど、アルフは深い警戒心をいだかざるをえなかった。

 すると、≪レアスキル≫には、従来の魔法技術からは想像もつかぬような、特殊なものが多く存在するということに思い至る。

 ひょっとすると、このクーガーなる不審人物が、おそるべき未知の能力をつかって、フェイトの寝首をかくやもしれぬ――

 そのような危惧は、クーガーの友好的な様子をみるかぎりおよそ杞憂にすぎぬのだが、それでも、アルフの耳には現実味をおびて重々しく響くのだった。

 

「アタシはね、そんなうさんくさい輩をすっかり信じきってしまうことはできないのさ」

 

 結局のところ、このアルフという≪使い魔≫は、主を思うあまりに疑心暗鬼にかられてしまって、このいかがわしい男がどのような凶行に及んだところで力づくでねじ伏せることができるのだという確信と、それに伴う安心とを欲しがっているのだった。

 

(参ったな。こういう理屈でなく感情で行動する手合いはどうも苦手だ。さて、どうしたものか……)

 

 などと考えあぐねていたときだった。

 

 ざわり、と。

 ちょくせつ脳を撫でられるかのような、あの感覚。

 

(これはESP反応? いや違う。似ているけれど、どこかおかしな感じがする。一体なんなんだこの感覚は)

 

 クーガーの疑問に、アルフの驚きの声がいらえた。

 

「魔力反応! ジュエルシードの暴走体かい? まさか≪管理局≫なんてことは……ええぃとにかく、いますぐ助けにいくからね、フェイトッ!」

 

 察するに、フェイトが敵勢勢力と戦端を開いたようである。

 これは渡りに船とばかりに、クーガーはアルフに向きなおる。

 彼は、自信たっぷりに口の端をつりあげてみせた。

 

「超能力で何ができるかという話だったね。――ちょうどいい。見せてあげようじゃないか。≪エスパー≫とは何者で、どれだけのことができるかということを」

 

 しかし、ここにきて、アルフは渋るような言動を見せる。

 

「アンタのような得体の知れないヤツに、背中を預けろっていうのかい!」

「……あのさ。何度も言うけどね」

 

 これにはさすがに、呆れまじれの嘆息を禁じえないクーガーであった。

 

「君のご主人様や、君にあだなそうだなんて思っちゃいないよ。君たちの協力が得られなければ、ぼくだって困ったことになるんだ。それに、誇り高い≪使い魔≫とやらは、いざそうなったときに、ぼくを抑え込む自身がないってのかい?」

 

「なっ! ……ふ、ふん。良いだろう。せいぜい足止めでもしておくれよ。その間に、アタシたちはジュエルシードの封印でもしておくことにするさ」

 

 そう焚きつけられては、否と言えるアルフではなかった。

 それに、冷静に考えればもろもろの利点もあることであったし、また、いつかは通らなければならぬ道だ。アルフとしても、このいかがわしい男の実力をさぐる、良い機会だったのである。

 

「ただし、いいかい、肝に銘じておきな。もし万一のことがあれば、その時は――」

 

 ぬらりと鈍くかがやく牙をのぞかせて、アルフはすごんでみせた。

 

「ガブッといくからね」

 

 

 **

 

 

 そうと決まれば行動は早かった。

 

「ここだよ。この向こうで、フェイトはどこぞの魔道師と戦っている。フェイトからの≪念話≫によると、どうも正規の装備ではないようだから、≪管理局≫ではないようだけど……」

 

 どこか安心したような、とはいってもやはり険しい表情で、アルフが告げた。

 

「ここだって? 見たところ、何もないよう見えるけど」

 

 アルフの≪転移魔法≫によって二人が現れた場所。そこは、何の変哲もない公園である。

 後ろをふりかえれば走行音をひきずって四輪の車がはしっているし、空を望めば野鳥がきぃきぃ声をあげながら気ままに飛んでいる。公園のなかも、幾人もの人間がいて、あるいはベンチに腰かけあるいは遊具で遊んだりと思い思いの様子でいつもとかわらぬ日常を満喫しているのだった。

 

 だが、奇妙なことに――

 たしかに、あのESP波にも似た、奇妙な力のうねりともいうべきものが感じられるのだ。

 それは、一見なんの変哲のないようにみえるこの公園のあちらこちらから、まるでそこに空間の裂け目があって絶えずそこからしぶいてくるかのように、クーガーの超感覚には感ぜられた。

 

「こっちだよ。ついてきな」

 アルフは、鼻を鳴らして促した。

 片手をふるって、なにかを払うような仕草をする。

 

 その途端――

 

 ずるり、と何かがずれる感覚があって、思わずクーガーは顔をしかめた。

 そのおもては、しかし、次の瞬間には非常な驚きにいろどられることとなった。

 

「な、なんだこれは」

 

 クーガーの目前に広がる街並み。先程までとすべてが同じでありながら、そこにはしかし、何ひとつとして同じものはなかった。

 そこに一歩足をふみいれた――ただそれだけのことであるのに、街はまったくその様相を変じてしまっていた。

 

 あれほど賑やかだった街の喧騒は、潮のひくように、あるいは陽炎のにげるようにすっとかき消えて、代わりに、しわぶきひとつせぬどこかうすら寒い無人の街がひろがっている。街を歩いていた人間も、騒々しく道路をはしる車も、それどころか、きぃきぃ声をあげて空を飛んでいた野鳥のたぐいも何もかも――ありとあらゆる生命がこつぜんと姿を消してしまっていたのである。

 

「結界魔法さ。派手にドンパチするときは、あたりが壊れてもかまわないように、こいつを使うのさ」

 

 結界魔法。それは、次元をずらした異空間に、指定領域の複製をつくりあげる、次元空間制御に属する魔法である。

 魔力をもたぬふつうの人間では、その存在に気づくことすらかなわぬ。≪魔道師≫としての適性をもつ者か、あるいは術者に招かれたゲストのみが、その地に立ち入ることができるのだ。

 

「すごい、こんなことができるだなんて……」

 

 その異様な光景にすっかり呑まれてしまっているクーガーであったが、いつまでもそうして立ち尽くしていたわけではない。

 

 奇妙な力の高まり。

 弾け、ぶつかり、せめぎあう二つの力の争いを、クーガーは上空に感じたのだった。

 

「あれが、魔道師の戦い……」

 

 空では、二人の少女が、目にも鮮やかな光の軌跡をえがいて切り結んでいる。

 クーガーは、不覚の感嘆の念を禁じえなかった。

 

(なんて素早い動きだ。魔道師ってのは、こんなに早く飛べるものなのか)

 

 フェイトは、金色の魔力光の尾をひいて、彗星のように迫る。

 その合間々々に光線を放ち、白い少女のうごきをふうじこめて、そのまま押しきろうと試みる。

 

 対する白い少女は、それを魔法のシールドで防ぎ、あるいは苦しまぎれに光線を放って、なんとか距離を取ろうとする。

 それは、これだけ離れていてもびりびりと肌をふるわせ、恐るべき威力を秘めていることは誰の目にも明らかだった。

 その一撃を警戒して、フェイトは思い切って距離をつめることができないでいるように見えた。

 

(いや、そうじゃない。あえて付かず離れずの距離をとって、相手の体力を削っているんだ)

 

 フェイトの得意とするのは、近距離での戦闘であるように思われた。

 あまり近寄ると、しかし今度は、とっさの一撃に対応できない。まだ戦いは始まったばかりなのだ。互いの手札はまったく伏せられているに等しい。

 そこで、安全マージンをとって、あのような戦い方をしているのだ。

 

 どうやら、フェイトは自ら得意とする距離をしっかり心得ていて、それに見合った戦術を取っているようであった。いまだ荒削りではあるが、あれこれと手練手管を用いているのが分かる。そこには、なんらかの訓練のあとが見てとれた。

 

 対して、白い衣装の少女であるが、

(戦い慣れていないな)

 というのが歴戦の軍人クーガー・マクバードの所感であった。

 

(さて……もう少し観察していたいところだけれど、そうも言ってられないな)

 

 アルフの目がどんどん険を増し、「さっさと作戦通りに動きな!」と文句を訴える。

 

(なに、実地で経験するのも悪くない。それに丁度、そろそろといったところかな)

 

 折よく、戦いはひとつの節目を迎えようとしていた。

 慎重に攻めるものと、苦しまぎれに守る者。両者の間に硬直状態がうまれて、やがて、一定の距離をたもったまま、地面に降り立った。

 じっと互いの動きをうかがって押し黙っていたが、やがて、白い少女が口を開いた。

 

「ねぇ、ジェルシードを集めてどうするの? あれは、とても危険なものなんだよ」

「あなたには、関係ない」

 

 といった押し問答をはじめた白い少女であったが、暖簾に腕押し。フェイトは頑として答えようとはせぬ。

 そういえば、とクーガーは思う。

 

(二人はジュエルシードを集めていると言ってたけど、その理由は教えてくれなかったな) 

 

 それも無理からぬ話ではあった。

 いくらフェイトが世間知らずのお人好しであったとしても、会ってその日のうちにべらべらと己の事情すべてを、見知らぬ人間にあずけたりはすまい。必要以上の警戒心をかまえるアルフもまた、それを許すとは到底思えぬ。

 

(さて――)

 

 頃やよしとみて、クーガーは二人の間に声を割り込ませた。

 

「無粋をするようで申し訳ないけれど、その子の相手はぼくが引き継がせてもうよ」

「露払いはこいつにまかせて、フェイトははやくジュエルシードの封印を!」

 

 フェイトはちょっと逡巡して、それから、アルフに頷きにかえすと後ろに飛びのいた。

 それを背中に隠すようにして、クーガーは、少女の前に立ちはだかる。

 

「わたしは高町なのは。あなたもジュエルシードを集めてるの? あなたのお名前は?」

「……」

「お話しようよ。じゃないと、何にも分からないよ。ねぇ!」

「……」

 

 クーガーはだんまりを決め込んだ。

 それというのは、アルフの視線が雄弁に語りかけてきたからである。「余計なことしてないで、さっさと始めな!」と。

 

「どうしても話がしたいんなら、そうだな――」

 

 クーガーは自信たっぷりに、口の端をつりあげた。

 

「正面から打ち勝って、力づくで聞きだせてみることだね」

 

 言うなり、クーガーは攻撃を放つ!

 少女――なのはの足元をふかくえぐって、盛大に土ぼこりを舞いあがらせる。

 

 土ぼこりが晴れたときには、すでにクーガーの身は上空にあった。

 

「いつの間にあんなとこまで」

「これがアイツの≪ESP≫かい!」

 

 フェイト主従の驚きの声が聞こえる。

 このとき、クーガーはすでに二度目の攻撃態勢に入っていた。

 

 パワー・ビーム。

 増幅したESP波によってつくりだした熱量エネルギーをそのまま放つ、≪ESP≫のもっとも基本的な能力のひとつである。

 その形態は術者の力しだいで千変万化する。力弱きものがつかえば光まとう矢尻に、力強きものがつかえば柱のごとき光線となる。

 

 クーガーが放ったのは、光弾であった。

 いくすじもの碧色の光弾が少女へ殺到する。

 

 碧色の軌跡をしたがえて、彗星のようにせまりくる光の弾。

 少女は、しかし、その軌道をしっかり捉えていた。

 

「わたしが勝ったら、ちゃんと話をきいてくれんだね? 約束だよ! ――いくよ、レイジングハート」

『Yes, mum. ――Flier fin』

 

 急上昇。

 魔力光のしぶきをちらして、いっそう高く舞い上がる。

 

 光弾をみるみる眼下にひきはなし、クーガーめがけてまっすぐに駆け抜ける。

 

 だが、クーガーの攻撃はそれで終わりではない。

 なのはの行く手をさえぎるように、つぎつぎに光弾が飛来する。

 それを、上下左右にかわし、それでも避けきれなかったものを鮮やかな紅の壁、≪ラウンド・シールド≫の魔法が防ぐ。

 

 だが――

 先回りするかのように浴びせられる光弾のシャワーに、なのははとうとう痺れをきらした。

 

「ううっ、たくさん出しすぎだよっ! それならこれでっ」

 

 魔杖から紅色の魔力光がほとばしる。

 光の奔流が光弾ごと呑みこんで、まっすぐにクーガーめがけて襲いかかる!

 

 だが、それはあまりに早計であった。

 この未熟な魔道師は、いまだ戦闘の機微とでもいうべきものを心得ていなかったのである。

 

「焦っちゃだめだよ。まだ早い。そんなに距離がはなれてたんじゃ、当たるものも当たらないだろう?」

 

 クーガーは余裕のていで光線を避ける。

 

「避けたのっ!?」

 

 焦りの色をみせるなのは。

 その一瞬のすきをついて、クーガーは死角へとテレポートし、

 

「はっ!」

 

 裂帛の気合とともに、掌から光弾を放つ!

 

「きゃっ」

『Protection』

 

 なのはを打ち据えるかと思われたそれは、しかし、薄紅色の障壁に阻まれる。

 それは、主の不覚を守ろうと、忠実なデイバスがとっさにつくりだした護りの魔法である。

 

 障壁はみしみしと音をたてて光弾をうけとめ、両者は刹那の拮抗を経たのち、光の粒子となって中空に四散した。

 

「ありがとう、レイジングハート!」

『It's my job, mum』

 

「どうした、それまでか」

 

「むっ、まだまだだよ。勝って、ちゃんとお話してもらうんだからッ」

 

 啖呵を切ったいきおいで、いっそうの気合を魔力に注ぎ込む。

 

 その途端――

 あの奇妙な力のうねりが、いっそう高まったかのような感覚を、クーガーの超感覚はとらえた。

 と同時に、目に見えてなのはのスピードが増した!

 

「なかなかすばしっこく動くな。こんな相手ははじめてだ。これは骨が折れる……」

 

 やれやれとクーガーは呟いた。

 

 エスパーの多くは、念力でもって自身を宙に浮かべることができた。念力は基本的な能力であったから、これができないエスパーは珍しかった。

 といって、魔道師のように見事な空中機動を行うエスパーも、これまた稀であった。

 エスパーといえど二本の足で地を歩む「人間」にすぎぬわけで、空を狩場とする猛禽の類ではなかったから、空中機動はその本懐ではない。

 

 一方の魔道師はというと、こちらは、飛行の魔法に情熱をかたむけてきたような人種である。

 その背景には、科学技術に並んで――あるいは先行して――魔法技術が発達してきたという歴史的経緯があった。

 航空機登場以前の空は、魔道師の領域であった。飛ぶことの利便性は極めてたかく、魔道師はこぞって飛翔の魔法を習得したがったが、そうするうちに飛ぶこと自体が魔道師の証である、ステータスであるとされるようになって、ますます飛行の術式に磨きがかけられたのである。

 そうした何世紀にもわたる技術の研鑽があって、その延長上に現在の、きわめてすぐれた飛翔魔法があるのである。

 

 この点、エスパーには≪テレポート≫というものがあった。わざわざ空を飛ぶより、目的の地点へちょくせつ「跳んだ」方がはやいのである。そもそも、エスパーという存在が歴史の表舞台に現れたのは、すでに航空機の発達めざましい時代であったから、飛行の用途にむけた能力の発展向上はついぞ起こりえなかったのである。

 そのようなわけで、よほど優れたエスパーを除いては、飛燕のごとき空中機動をみせることのできる者はいないのであった。

 

 だが、クーガーの驚きをさそったのは、その飛行能力というよりむしろ、少女の闘争に関する才覚であった。

 

 ――徐々にではあるが。

 クーガーの有利にすすんでいた勝負の天秤が、いま一方へと傾きつつあったのだ。

 

(これは、まずいな……。ぼくは、フェイトがそうしたように、一定の距離を保つようつとめてきた。でも、それが、じりじりと狭まりつつある)

 

 はじめ、少女は光弾からおおきく距離をとって避けていた。

 だが、だんだんと目が慣れてきたのか。

 光弾をより近くにひきつけて、どんどん際どいタイミングで、攻撃を避けることができるようになっていた。

 

 回避が上達すれば、こんどは、時間に余裕がうまれる。

 そうして稼いだわずかな時間を、加速についやして、有効射程内へと己が身をねじこもうとしているのだった。

 

(もうこちらの攻撃に対応できるようになったのか。そればかりか、どう戦うべきか本能的に理解しつつある。なんて成長のはやさだ!)

 

 それは、おそるべき成長速度であった。

 まるで真綿が水を吸いあげるように、その少女は急速に戦いの妙ともいうべきものを体得してきているのだった。

 あたかも、はじめて蜜の味を知った子供が、どんどん際限なく貪るかのような、それは劇的な変化であった。

 

 そして、とうとう、なのはが攻勢に転じた!

 光弾を避け、そのあいまに、クーガーめがけて光線を放つ。

 

「この距離ならッ」

 

 距離を詰めるにしたがって、攻撃は徐々にクーガーの肌をかすめだす。

 

『Target grazed』

 

「ッ! いかん、テレポートで体勢を立てなおさなくちゃ」

 

「ああっ! もう、また遠くに逃げられちゃったの」

『Try again, master. Just go ahead, Ahead, AHEAD!』

 

 仕切りなおすも、そこからの展開は、もはや同じであった。

 何度かの攻防があって、

 

「ぐがっ」

 

 とうとう、桜色の光線がクーガーの肩に着弾した!

 

「やったっ。やっと当てれたの!」

 

 その攻撃がもたらしたダメージは、クーガーの予想とはまったく異なるものだった。

 圧倒的な熱量が肌を焼く感覚――

 それに代わって、身体の芯にずっしり来るような、おもおもしい衝撃が身の内をつらぬいた。

 次いで、炎のような熱量が、胸のおくから四肢の先端にたいるまでの神経をむちゃくちゃに駆けめぐる。

 

(ぐぅぅ……これが、魔法攻撃か。肩を貫かれたはずなのに、不思議と傷はない。代わりに、身体の内側を無茶苦茶に食い荒らすような、奇妙な痛みが走る。これはこれで堪えるなぁ……)

 

「捕まえたよ。もうこれまでなの!」

『It's over. Lay down your arms, boy』

 

 よろめき、地面に降り立ったクーガーに、杖が向けられる。

 血を溶かしこんだような、おどろおどろしい深紅の宝石が、不吉な光をたたえてクーガーをするどく睨みつけた。

 そのように思われたのは、魂を宿さぬはずのソレから、明瞭な敵愾心を感じ取ったからである。

 

 インテリジェンス・デバイス。

 人工知能を備えたそのデバイスは、戦闘の要所々々で、未熟な主を的確にサポートしていた。

 さいしょ回避行動に手いっぱいだった少女がこうしてクーガーの膝を折るに至ったのは、そのあふれんばかりの才気の故であるのは明らかであったが、このすぐれた人工知能の手助けなしには、道中力尽きていたはずである。

 

 雄々しく相棒を突きつけて、少女は誰何した。

 

「教えて。あなた達のお名前は? どうしてこんなことをするの?」

 

「どうしても教えなきゃだめかな」

 なのはは、一瞬、驚きに目を丸めた。

 それは、クーガーのこの不遜な態度に意表をつかれてのことである。

 

「や、約束してたよねっ!? ちゃんと話してくれるまで、お家に帰してあげないんだから」

『Keep your promise, nasty boy』

 

 ぷりぷり気色ばむなのはに、しかし、クーガーは不敵に言い放った。

 

「そうか。――なら、無理にでも押し通るまでだ」

 

『……! Protection』

 

 クーガーより発せられた奇妙な魔力反応。

 それをいち早く察して、忠実なデバイスは護りの魔法を展開する。

 しかし、それは遅すぎた。

 薄紅のヴェールが衣をひろげるよりも早くに、疾風の魔弾が、デバイスを貫いた!

 

「きゃっ」

 

 金属をたたく鈍い音がして、つぎの瞬間には、デバイスは地面を転がっていた。

 

 はるか天空より飛来したもの。

 それは、どこにでも転がっている、親指ほどの石ころだった。

 流星のごとき超速度で、少女のもつ杖型デバイスを打ち据え、弾き飛ばしたのだった。

 

「≪サイコキネシス≫。気づかれないようにこっそりと、石を上空にもちあげておいた」

 

「え……なに、いまの……」

 

 その身をつつむ白いバリアジャケットも、デバイスを手放した今や光の粒子となって四散して、なのはは、ただの児童と選るところのない姿で惨めに尻もちをつき、茫然とクーガーを見上げていた。

 それは、誰の目にも明らかな決着の瞬間であった。

 

「勝負あったね。――さ、ついてきな。さっさと引き上げるよ」

「ああ、待たせたね」

 

 いつしか戦いを見守っていた――とういうにはいささか険しいまなじりのアルフが、そっけなくクーガーを促した。

 フェイトの姿は見えぬ。とっくに目的を果たして、撤退を終えたものとみえる。

 クーガーは、アルフにかるく頷きをかえすと、ちらりとなのはに一瞥をくれて、そのまま踵を返そうとして、

 

「ま、まって!」

 

 なのはの叫びに足を止めたのだった。

 

 なのはは、だが、それ以上は言葉を告げず、ただ黙して、じっとクーガーを意思のつよい瞳で見据えるのだった。

 それは、言葉よりなお雄弁に、少女の意思を語っていた。

 

「へぇ」

 

 その瞳に真摯な光のやどっているのをクーガーは見てとった。

 「読む」までもない。アレは、子どもらしい純粋な心で、言葉を交わしたいというただその一念で、こちらに語りかけているのだと直感する。

 

「まったく、とんだ頑固者だね君は。その強情さに免じて、ちょっとくらいなら話をしてもいいとは思うけど、生憎とおっかない「仲間」がいてね。代わりに、そうだな、あの子の名前や戦う理由は告げることはできないけど――ぼくはクーガー。訳あってあの子たちに協力している」

 

 

 **

 

 

 そうして、あの奇妙な≪閉鎖空間≫を一足おくれて抜け出したクーガーを出迎えたのは、アルフの冷たい言葉であった。

 

「アンタの負けだよ。あの子が躊躇わなかったら、地に伏しているのはアンタだった。アンタは、あの甘ちゃんのお情けで、こうしてここに立っていられるのさ」

 

「う……そうは言うけれど、ぼく達の勝利条件はジュエルシードとやらを回収し、無事に逃げおおせることじゃないか。戦闘に勝つことじゃあない」

「あきれた。アンタってヤツは、口だけは達者なんだね。弱い犬ほどよく吠えるって言うけど、それはどうやら、アンタの世界の犬にもあてはまりそうな話だね」

 

 アルフは、呵々と笑った。

 あれほど深く寄っていた眉間のしわは、いまややわらかくほぐされて、ぶっそうな牙ののぞく口許からは、愉快そうな笑い声がころがってくる。

 

 あのような未熟な魔道師に後れを取るとあっては、大した脅威ではない。

 アルフはそのようにクーガーを認識した。

 それは、アルフが無意識のうちに、しかし強烈に欲していた答えであった。

 

(なんだい、まるで大したことないじゃあないか。まったく、アタシはこんな小物のいったいどこを警戒してたんだか)

 

 そう考えると、かような弱者に対して自分はなんと大人げないことをしてしまったのだろうか、という羞恥の念が首をもたげてくる。

 思えばこの少年は、主が「あなたが元居た世界に帰れるようなるべく力になるから」と言葉をつがえた相手なのである。何もかもをなげうって手助けする義理はないが、せめて友好的に接するくらいはして然るべきではないか。

 それに、ほんの少しは使えるようだし、いざというときの盾にはなるだろう。なんといっても人出が足りないのだ。放り出してしまうより、都合よく使ってやったほうがお互いの為、なによりフェイトの為になる。

 

 アルフは、それまでどんどん暗がりに転がっていくばかりだった前途が、とたんに拓けてきたような心地さえした。

 だが、それは思い込みである。アルフがどのように感じようと、事態は何一つ動いてはおらぬ。主の身のうえにたちこめる暗雲がひとつ晴れたと思うだけで、この忠実な≪使い魔≫は、かように喜ぶことができたのだ。

 

 そのような心の動きを「読んだ」クーガーは、苦笑を禁じ得ぬのだった。

 なるほど、たしかに「狼を素体とする」誇り高い≪使い魔≫だ。よほど単純にできているらしい、と。

 

 だが、それ以上に、もうずいぶんと長いこと感ずることのできなかった、あたたかな想いがきざしてくるのを自覚していた。

 

「まったく、たいした忠誠心だ」

 

 アルフのその忠誠心が、人の手によって植え付けられた偽りの想いでないことを、クーガーはすでによく心得ている。

 そして、そのような忠実な≪使い魔≫の想いを真摯に受け止めようとする、心優しい主。

 それが、クーガーにはひどく眩しくあたたかなものに思われてならなかったのである。

 

 苦笑は、いつしか、やわらかな笑みへと転じていた。

 

 

 **おまけ**

 

 

「――?ΠP¶?■?У?▽ё?ёЦ?Π――――――」

 

 なのはの耳朶を打ったのは、わけのわからぬ音の羅列だった。

 

「えっ、あのっ」

 

 狼狽するうちに、巻き毛の少年は、陽炎のようにその場からかき消えた。

 後に残されたのは、地面に転がる相棒レイジング・ハートと、変身をとかれた魔装少女高町なのは。そして、お伴の白い賢獣ユーノだけである。

 

「ねぇ、ユーノくん。あの子なんて言ったの?」

「あ、そうか。レイジングハートを手放したから、翻訳魔法の効果が切れちゃったんだ」

 

 クーガーの言葉は、結局、少女に届かなかったのである。

 




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