E少年リリカル・クーガー
戦闘から一夜明けて、朝。
フェイト主従とクーガーは、朝霧にけぶる鳴海の街を歩いていた。
鳴海の街には多くの人が――年若い者から老いた者までさまざまな人が、さまざまな格好で行き交っている。
さまざまな格好と言っても、実のところ、それらはスーツとかブレザーとか言われる「制服」にほとんど集約されるから、皆同じような格好をしていると言っても過言ではなかった。そうした制服蟻ともいうべき人の群れが、列を成しあるいはいりみだれつ、各々思う場所へと歩を進めている。
それは、昨日となにひとつ変わらぬ朝の風景である。
街は、常と変わらぬ日常を過ごしているかのように見える。
少なくとも、人々はそう信じていた。
日は東から登るし、相変わらず景気は悪く、といってすぐにどうこうなるわけもなし。昨日と変わらぬ穏やかな日々が、今日もまた繰り返されるものと信じきっていた。
だが、ひとたび注意深く耳を傾けたなら、日常のほころび崩れる音を聞くことができたかもしれぬ。
たとえば、獣による被害。謎の破壊痕。
新聞紙の片隅にちょこんと載ったそれらの記事は、実のところ、ジュエルシードの恐るべき力によって異形と化した獣の痕跡なのだった。
だが、人をひと呑みにしてしまいそうな巨大な猫や、空想の世界から立ち現れたかのような異形の獣を見たという証言は、いまだ誰の口のも登ってはおらぬ。
それというのは、二組の≪魔道師≫の人知れぬ献身のためであった。
ひと組は「なのは」なる少女と、その相棒の知恵持つ獣。
いまひと組はフェイト・アルフの主従。
ジュエルシードが生命の願望に反応し、その身を異形につくりかえてしまうその瞬間発せられる、膨大な魔力反応。それをたよりにきわめて迅速に異形を屠り、ジュエルシードを集めているのであった。
そのようなわけで、ふた組の魔道師と、不思議なめぐりあわせによって引き合わせれたクーガーのほかには、このひそかな異変を知る者はおらぬのであった。
「つまり、ジュエルシードが活性化して暴れだすまでは、見つける手立てがないってこと?」
「身も蓋もない言い方してくれるじゃないか。ま、取り繕ったってしょうがないから素直に言うけれど、そういうことで相違ないよ」
「えっ」
などと首肯を返すアルフであるが、フェイトに言わせれば、その言はいささか乱暴に過ぎた。
「えっと、厳密には手立てがないわけじゃないの。活性化する前のジュエルシードは、べつだん封印されているわけじゃないから、言ってみればいつ目覚めてもおかしくない半覚醒状態にあるの。微弱な魔力反応をはなっているから、頑張れば探し出すことができるんだ」
「ふぅん。ちなみにそれって、どれくらいアテにできるの」
「その……砂場から砂金をみつける程度には」
半径十メートルを通りがかって、違和感を覚えることができれば御の字であると言えよう。
それくらいジュエルシードの反応は微弱だったのだ。
「そんなモノを捜して、ぼく等は朝から歩きまわってたの?」
「ちっ、違うよ! ≪サーチャー≫の魔法で捜すつもりだったんだよ。ここら一帯はもう捜しつくしたから、場所を移して探査魔法を使おうと思って……」
実際、フェイトとアルフは毎日のように、二手に分かれてジュエルシードを捜し歩いていた。
≪サーチャー≫を飛ばしつ、しらみつぶしに街を捜しまわる。
そのような努力の甲斐あって――というよりは女神の気紛れによって――とうとうアルフは見事ジュエルシードを手に入れ、かと思いきや、その場で暴走させてクーガーを召喚してしまったのであった。
だが、暴走の遠因もまた、この不効率な捜索作業にあるといってよかった。「果たしてこんな調子で、すべてのジュエルシードを集めることができるのだろうか」というつよい不安と焦りが、主の不遇を憂う心をうながして、暴走の引き金を引かせたのだった。
「ふぅん。その≪サーチャー≫ってのは、≪透視≫のESPみたいなものかな。まぁ、手立てがあるのは分かったよ。それで、その方法はどれくらいアテにできるの?」
「その……桶いっぱいの砂粒から、一粒の砂金を見つける程度には」
「百歩が五十歩に縮まったくらいかな」
「……うん」
呆れ顔のクーガーに、顔をまっかにして言い募るフェイトであったが、ついには、しゅんと肩をおとしてしまうのであった。
「そうだよ。アタシがいつも言ってるじゃないか。こんな無駄なことして疲れきってたんじゃ、いざジュエルシードのバケモノと戦うときになったとき、とんでもないポカをしかねないって」
「なるほど。君の言う「頑張れば」ってのは「相当無理をすれば」ってことなのか」
「そうなんだよ! フェイトったら、いくら言っても聞かん坊で、無理に無理を重ねて一日中捜しまわってるんだ。もちろんアタシも付き合うし、そんなことアタシにとっては別段負担にはなりはしないけれど、フェイトはそうはいかない。日に日にやつれていくようで、見てられないんだ」
ここぞとばかりに尻馬に乗るアルフ。
彼女は、主の無茶無謀ともいうべき、昼夜を選ばぬがむらしゃな努力にほとほと気をもんでいたのだった。
そういう目で見れば、たしかに、フェイトは疲れたような様子であった。目はちょっと充血していて、どこか足取りも重く、なんとはなしに一挙手一投足に活力が見られぬ。
その代わり、朱色の瞳には意思の強そうな光が宿っていて、どうあってもこの無理を続けるつもりなのは明白であった。
「だって、早ければ早いほど喜んでくれるだろうから」
というのがフェイトの偽らざる心境である。
「……驚いた。大人しそうな顔して相当な頑固者なんだね。もっとも、いつ≪管理局≫が出てくるか分からないこの状況じゃあ、仕方のないことなのかもしれないけれど。――よし。そういうことなら、ぼくも手伝おう。幸いエスパーも魔力反応とやらを感じることができるみたいだし」
「ほんとうかい!? 助かるよ。いやぁ、デバイスがないアタシじゃ、たいした力になれなくってさ。アンタも大したことはないだろうけど、猫の手でも手は手だからね」
思わぬ申し出に喜んだのはアルフだ。
フェイトは、しかし、喜びよりも気遣いの方が先に出た。
「でも、本当に難しいんだよ。いくら魔力反応があるっていっても、ほんとうにわずかだし」
「その難しいことをずっとやってきたのが何を今さら」
「う……」
「それに、ぼくら≪エスパー≫はそうした探し物が得意なんだ。ものは試しというし、とりあえずやらせてみせてよ」
さて。
クーガーの預かり知らぬところではあるが、エスパーと魔道師とでは、魔力あるいはESP波に対する感覚の感度がけた外れに異なる。
なんとなれば、エスパーは星間移動があたりまえとなった宇宙時代ともいうべき状況に対応すべく、その身に宿す感覚を研ぎすましてきた。惑星の裏側を透視し、何光年もの距離をテレポートする。そのような進化が起こったのだ。
一方の魔道師は、魔法式やデバイスといった文明の利器、外部デバイスの開発・発展に能力の向上をみいだしてきた人種であったから、肉体的な進化は起こり得なかったのである。
そのようなわけで――
「ん……これかな。こないだのに似てる」
「もう見つけたの!?」
「北の山にひとつ。更に北西の山地にもうひとつ。あとは……街中にふたつほど」
クーガーの超感覚は、あっけなくジュルシードらしき魔力の瞬きを捉えたのだった。
これにアルフが噛みついた。
「……疑わしいね。フェイトがあんな頑張ってなお見つけられないでいるものを、こんなあっさり見つけてしまうだなんて、ちょっと信じがたい話だよ。なにせうちのご主人様ときたら、そこいらの木端魔道師じゃ敵わないような、ちょっとした実力者なんだよ。昨日あれだけ息巻いておきながら、情けない戦いを披露したアンタとは格が違うんだよ。だから、勘違いじゃないのかい?」
「そう思うのなら確かめてみればいいさ。どうせアルフはぼくの言うことを鵜呑みにしたりはしないんだろう?」
「ハッ、吠えるねぇ。まぁいいさ、本当ならアタシたちにはまたとなく都合のいい話だし、勘違いでもアンタをからかうネタにはなる。アタシとしちゃあ、勘違いだとは思うけどね。アンタがどんな顔をするか、今から楽しみでならないよ」
などとつっけんどんな態度のアルフであったが、実はこれでなかな、クーガーとのやりとりを楽しんでいた。
大人しく口数の少ない主とは正反対の、この口達者で生意気な少年とのやりとりは、突けば跳ね返ってくるボールにじゃれているような楽しさがあった。
クーガーの方も同様の楽しみを見出していたから、一見仲の悪そうなこの二人は、その実に似た者同士の仲良しさんなのだった。
「ええっと、ごめんね、クーガー。アルフったらここのところ気が立ってるみたいで……」
そのような機微を察することのできるフェイトではなかったから、どう間を取りもてばよいか悩んだあげく、不器用に謝罪するのだった。
「別に気にしちゃいないさ。それより、ジュエルシードの許へさっさと移動しようじゃないか」
「言われるまでもないさ!」
アルフは牙をむいて転移魔法の術式を走らせる。指定座標はもろちん、クーガーの示した場所である。
**
果たしてそれは、ほのかな燐光をまとった青の宝石。
ぼんやりと、ふしぎな光をたたえて時折思い出したように明滅するそれは、まごうことなきジュエルシードであった。
「ほんとだ……ほんとにジュエルシードだ!」
歓喜の声をあげるフェイト。
その喜びも推して知るべし。何日もかけて捜し続けて、それでも尚見つからなかったものを、クーガーはいとも容易く見つけてしまったのだ。
そしてアルフは――
「は、はははは! なんだいそりゃ、こんなあっけなく見つけるだなんて! アタシたちがこんなに苦労してきたってのに、馬鹿馬鹿しいったらありゃあしない!」
しまった、とクーガーは思った。
(やりすぎたか? 恩を売れば、うまく取り入ることができると思ったんだが、これは下手を打ったかもしれない)
だが、そのような心配は杞憂だったようで。
クーガーの顔に緊張の色のたぎるのを見てとったアルフは、機嫌良さそうに言った。
「ああ、そうじゃない。そうじゃないよ。アタシは今、喜んでるのさ。これで少なくともジュエルシード集めの件では、あの鬼婆――じゃなくてプレシアにいびられなくてすみそうだからね」
「そうだね。これで良い報告ができるね。……お母さん、喜んでくれるかな」
「……その「お母さん」というのは、君達の首謀者と思っていいのかな」
召喚事故の顛末について説明を受けたクーガーであるが、その発端については聞かされてはおらぬ。
ひとつ。フェイト主従は、鳴海の街にちらばったジュエルシードを集めてまわる、次元犯罪者であるということ。
ひとつ。ジュエルシードを封印する際、暴走を起こしてクーガーが召喚されてしまったということ。
クーガーが知るのは、そうした、おのれの身に起きた「事故」にまつわるごくごく一部の情報である。
運輸艦を襲い、ジュエルシード強奪を試みたこと。
その強奪作戦は、そもそもフェイトの「お母さん」の発案であること。
「お母さん」が、何を思ってこのたびの襲撃を計画したのか。ジュエルシードをねらう理由とは何なのか。
そうした諸々の事情を、クーガーは何一つとして聞かされてはおらぬ。
クーガーは、なんとかして「お母さん」なる首領に接触し、元の宇宙に帰るべく協力をとりつけなければならなかった。
「そういえば、クーガーには言ってなかったね」
「悪く思わないでおくれよ。今でこそアンタは危険もないし、それどころか相当に便利なヤツってことが分かったけど、つい昨日まではそうじゃなかったんだ。いきなり目の前に現れた不審者だったんだから」
「気にしちゃいないさ。昨日会ったばかりの人間にいきなり全てを打ち明けるだなんて、正気の沙汰じゃないからね。あ、もちろん、ぼくは事情が事情なだけに、自分の知るすべてをすっかり話してしまったつもりだけど」
「それは重畳。で、そのプレシアってのがフェイトの母親であり、アタシたちのボスなのさ」
「私たちは、お母さんが必要としているジュエルシードを集めているの」
「……分からないな。どうにも君たちは、ほんとうの悪人というわけじゃなさそうだ。ジュエルシードというのは、惑星ごと破壊してしまうような危険なシロモノなんだろ。わざわざ≪管理局≫に追われる危険を冒してまで、どうしてそんな物騒なモノを集めてるんだ」
「言ってもきっと分からない」
「えっ」
心優しいフェイトの、一転して突き放したような台詞に、ぎょっとするクーガー。
慌てたのはアルフである。
「フェイト、その言い方じゃあ誤解されちゃうよ!」
「えっ、そうかな。……えっと、言っても分からないっていうか、実はわたし自身、お母さんがどうして集めているか知らないんだ。ただ、なにかすごく大切な理由があって、それですっかり人が変わってしまうくらい切羽詰まってる。だから、わたしが全力でお母さんを支えてあげなきゃならないんだ」
「……」
「正直、お母さんのことは良く分からない。それでも、わたしはお母さんの娘だから、あの人に尽くしたいと思うんだ。ひょっとしたら、それがわたしの全てなんじゃないかなって思うことすらある。それで、また昔のように優しく微笑んでくれたらって。……おかしいよね、こういうの。だから、きっと分かってもらえないと思ったから」
「……いや。分かるような気がするよ。ぼく自身、よく分からない理想のために身を尽くすことが己の使命だと思い定めてしまって、その通りに生きていたことがあったから。といっても、フェイトのそれはもっと純粋な、誰かを思う「ほんとうの心」だろうから、引き合いに出すのも憚られるけど」
「その、なんて答えたらいいか分からないけど……ありがとう?」
「あー……ところで、そのプレシアとやらに会わせてはくれないかな。君たちにも色々と思うところはあるだろうけど、こうして協力者として手を取り合った以上、そちらのボスに挨拶に伺うのが筋だと思うんでね」
なんとなくむず痒くなって、クーガーは露骨に話をそらした。
例によって、そのような機微を察することのできるフェイトではなかったし、それはアルフも同様であったから、クーガーにしては幸いなことに、そこに疑問を差し挟む者はいなかった。
「お母さんに? うん、もろちんだよ。頼もしい味方ができたって分かれば、きっと安心してくれると思うし」
「それに、正直言うと、アンタのことはアタシたちの手には余るのさ。プレシアは、一応アタシたちのボスだからね。協力するにしろ放っぽり出すにしろ、判断するのはアイツなのさ」
主の言葉尻を継いだアルフが、したりとクーガーに説明する。
(よく言うよ。そのボスの判断を仰がす、独断でぼくを放り出そうとしていたくせに)
という不平は胸にしまっておくクーガーであった。
「クーガーを元の次元世界に帰すのだって、お母さんに調べてもらわないことにはどうにもならないしね。とにかく一度、クーガーにはお母さんに会ってもらおうと思ってたんだ。折よくジュエルシードもそれなり集まったことだし、そうだね……明日にでも会いに行こうか」
そのようなわけで、いよいよ目的の人物と接触することになったクーガーは、密かな喜びを禁じえなかった。
(よし、うまいこと話が転がってきたぞ。……縁もゆかりもない、まったくの異世界に放り込まれたと聞かされたときはどうしたものかと思ったけれど、なんとかなるもんだな。フェイトのような、とびきりお人好しの、それもスネに傷もつ連中にうまく接近できてよかった。これなら≪管理局≫とやらを頼らなくてすみそうだ)
≪管理局≫のような巨大軍事組織は信用ならない。
彼らは、人をいっこの人格として見るのではなく、道具として扱う。
銀河連邦がそうであった。
クーガー等≪エスパー≫の所属する情報部は、正規のキャリアコースではない。いくら出世したところでせいぜいが大尉。尉官どまりである。
そもそも、情報部という部署そのものが、エスパーの檻となるべく設置された部署である。これには合理的な理由もあるにはあるのだが、それ以上に、エスパーに対する恐れが深く根を下ろしている。いくら味方といえど、ひどく危険な存在であったから、ひとまとめにして管理する必要があるのだと。
(たしかに、あからさまな「道具」扱いこそされていないけれど、でも、普通の人とは扱いが違う。もちろん、ぼくのことをちゃんとして「人間」として見てくれる人もいれば、本当の友として扱ってくれる人もいる。けれど、そういう個人レベルの話じゃなくて、もっと大きな社会的なレベルとなると、これまた話がちがってくる。連邦軍という組織そのものが、あるいは銀河連邦という社会そのものが、ぼくたち≪エスパー≫を人として見ていないんだ)
個々人をみるなら、エスパーを差別する者もいれば、同じ「人間」として扱う者もいた。それは千差万別である。
だが、軍という組織で考えたなら、クーガーは間違いなく「便利な道具」扱いされていた。
その証左が、クーガーの所属する情報部である。
また、民間企業に所属するエスパーは、ある程度以上能力のある者は、政府なり軍なりがこっそり後ろから手をまわして、それとなく軍に召し上げるのだ。
それは、人類が宇宙へ出るより前からの、ひそかな慣習であった。
そこには、「エスパーという大変便利で危険な道具は、しかるべき場所で、きちんと管理する必要がある」という思想が見え隠れしている。
(結局のところ、連邦にとっても≪エスパー≫というものは便利でその分危険な「道具」にすぎないんだ)
ひと頃のクーガーなら、火がついたように怒っただろう。彼は「道具」扱いされることをひどく嫌っていた。
だが、何年も銀河連邦という巨大な軍事組織に身を置くうちに、それも仕方のないことだと思うようになっていた。
軍とは、冷徹なぜんまい仕掛けである。
人格の代わりに能力で人を測り、名前の代わりに数を数える。
そうした世界にあっては、エスパーも含めすべて人は「道具」以外の何物でもないのだ。
いや、話は軍に限らない。
巨大な組織ほど、冷徹な計算で動くようになる。人はすべて、組織という機械を構成する歯車にすぎないのだ。
それは、人類が宇宙に出るよりはるか昔、産業革命により工業化が産声をあげたころから叫ばれ続けている真理であった。
さて。この、次元世界を支配する歯車のおばけが、クーガーという異分子を見つけたらどうするだろうか。
危険であるからと、命を狙われるかもしれない。利益になるからと、骨の髄までしゃぶりつくされるかもしれない。
うまく好意的な関係を持てたとしても、クーガーの望む協力を得られるかは非常にあやしい話であった。巨大な組織ほど融通が利かないものである。
(≪管理局≫はリスキー過ぎる。もし対立するとなったら、とうてい太刀打ちなんてできっこない。話をもちかけるなら小規模の組織――フェイトの「お母さん」とやらだな。なに、うまくやってみせるさ)
そうした企みなど知る由もないフェイトは、無邪気な笑みをクーガーに向ける。
「それにしても、≪ESP≫ってすごいんだね。こんなにすぐにジュエルシードを見つけたり、それに、死にそうな怪我だってすぐに治したって話だし。昨日の戦いだって、クーガーがあそこまで戦えるだなんて思ってなかった」
「ああ……これでも一応、軍人のはしくれだからね」
「とか偉そうに言ってるけど、結局あの魔道師に勝てなかったじゃないか。それとも何かい、アレは本気じゃなかったとでも言い訳するつもりかい?」
「えっとっ、アルフも悪気があって言ってるわけじゃないからね、クーガー!」
「いったい今の台詞のどこをどんな角度で切れば、そういう解釈が出てくるんだか、ぼくにはそれが不思議でならいよ」
「でも、ほんとうに、クーガーはまだ余裕があるように見えた。≪魔道師≫相手の戦闘に慣れてないだけで、ひょとしたら、本当はもっとずっと強いのかもしれないね」
「いや、こいつの余裕は見ためだけさ。口先だけは達者な、おませなガキンチョだよ」
「……これでもとうに40は超えてるんだけどな」
「あ、そういえば最初見たときは大人だったっけ」
「えっ?」
三者三様の喜びを得た三人は、そのような気の置けぬやりとりを続けたのだが、それはさておき過日の戦闘――白衣の魔道師「なのは」が恐るべき才覚の発芽を魅せた、あの空中戦である。
実を言えば、クーガーは、その気になれば楽に勝つことができたのだ。
過日の戦いでまともに使った能力は、≪パワー・ビーム≫と≪テレポート≫、そして≪サイコキネシス≫だけであった。
それは、クーガーのもつ数多の手札の、ほんの一部にすぎない。もっと別の能力をつかっていれば瞬時にあの未熟な魔道師を下すことができたであろう。目と鼻の先にテレポートして、そのままパワー・ビームを放てば、それだけで命を刈りとることができたのだ。
そうしなかったのは、理由があったからだ。
力を示しては、アルフのいっそうの警戒心を招いてしまう。二人に取り入るためにも、これは悪手であった。いっそ負けるほうが望ましい。
といって、あまりにあっさり負けてしまっては、「足手まといである」という理由でこれまたアルフの不興を買いそうだ。
勝ちすぎず、負けすぎず。匙加減が肝要だ。
そのようなわけで、まずは、あの才気あふれる少女に打ち負かされる。そして小細工によってこれを覆すことで、気転の利くこと、それなりにできることをアピールしたのであった。
だが、故意の敗戦の理由はそれのみに尽きぬ。
クーガーは、あのとき、何者かの視線を感じていたのである。
いや、視線というにはあまりに明瞭なあの感覚。すぅっと、不可視の手で背中を撫でられたかのような感覚。
それは、エスパーお得意の≪透視≫の能力を受けた感覚に似ていた。
(あれは≪ESP≫のようで、そうでない。おそらくは魔法技術とやらのひとつだろうな。ひょっとすると≪管理局≫だろうか……)
――もし、「見て」いるのが≪管理局≫であったなら。
あの銀河帝国と比するほどの、数多の次元世界を支配するという超巨大組織≪管理局≫であったなら。
この身に宿した能力の有用さ、恐ろしさを知られるわけにはいかない。なんとなれば、その能力こそが、≪エスパー≫が迫害されるに至った原因なのだから。
それは、フェイト達に関しても同じだ。
必要以上に力を見せびらかすような下手は打たない。
おそらく魔道師など歯牙にも掛けぬほどの優れた探知能力。それを証だてるこの事実もまた伏せておかなければならぬ。
力に頼っていれば、いずれ足をすくわれる。力を振るう以上に、頭を回すべきであるということを、今やクーガーはすっかり心得ていた。
召喚直前、得意の≪ESP≫を封じられて成す術なく死出の旅に出ようとしていたクーガーは、うすれゆく意識のなかで、懐かしい友の言葉を幾度となく反芻していたのだった。
――最後に頼れるのは、自分の頭脳と体力だからね。
(確かにその通りだね、ロック。まったく、今度ばかりは、自信ないだなんて言ってられそうにないよ)
**
そしてこちらは、数多の宇宙を航行する次元艦≪アースラ≫。
≪管理局≫が次元世界にほこるその戦闘艦は、地球をとりまく人口衛星群の、観測可能距離よりはるか遠方に陰のようにただずみ、はるかな地上の様子を≪遠見≫の魔法でもって望んでいた。
「クロノ執務管。どうかしら、ランクA魔道師のあなたから見て、このクーガーという少年は」
モニターに映し出されているのは、過日の戦闘である。
なんども検分されすっかり見あきた映像ではあったが、今後の方針を決定する重要な会議ということで、こうして念入りに再検討しているのだった。
「変わった魔法を使いますね。それにアレは≪殺傷設定≫……。現地の≪レアスキル≫持ちといったところでしょうか」
顔をしかめながら、クロノ少年はいらえた。
すべて≪魔法≫には人体や自然環境にたいする物理干渉をおさえる、≪非殺傷設定≫なる術式を組み込むことができる。
人道的な観点、また環境保護の観点から、管理局の支配下にある先進国を中心に、この≪非殺傷設定≫がつよく推奨されてきた。
傷つけあってはいけません。やさしく戦争しましょう。
そのようなわけで、クロノ少年はたやすく人を傷つけ殺める「前時代的」なクーガーの能力を快く思わなかったのだ。
「空間転移だけは使えますね。あんなにぽんぽん跳ばれたんじゃあ厄介だ。もっとも、とてもうまく使えているとは言えないようですが」
相手の少女は、典型的な遠距離砲撃型の魔道師だ。距離を取るのではなく、逆に、距離を詰めるためにこそ、能力を用いるべきだった。
アレでは脅威にはならないな、とクロノ少年は判断した。
「それより、黒いバリアジャケットの娘。こっちは脅威ですね。遠近ともに優れ、特にスピードに関してはずば抜けてる。あの使い魔らしき女性も合わせれば、負けることはないにしろ、拘束するのは容易ではありません。とはいえ、不可能というわけでもありませんが」
こともなげに言い放つクロノ執務管である。
しかし、リンディは、その顔色に若干の「苦み」を見つけた。
「あら、頼もしいわね、クロノ執務管。でも、そう簡単な話でもないんでしょう?」
「はい。どうやら、事の発端――件の襲撃事件の犯人一味である可能性が高い。あのとき観測された魔力パターンのうちひとつが、この魔道師と一致しました。あの大魔法攻撃を放ってきた魔道師が、後ろに控えているものと思われます」
「……ところで、なのはって子はどうかしら」
「非常にすぐれた才能のもちぬしだと感じました。あの短期間で、あの少年と互角以上に渡り合えるようになったのだから。それと、以前命じられた調査の件ですが、魔法を覚えて間もない、現地住民であるという報告が上がっています。あの小動物に扮した魔道師がしこんだのでしょう。……ほんとうに、あの才能には呆れるばかりだな。戦神の末裔といわれても、なるほどそうなのかなと納得してしまいかねないぞ」
すっかり呆れかえってしまって、最後のほうは、誰に聴かせるでもない独り言になってしまっていた。
その評価に満足にうなづくと、リンディは、目をほそめて問うた。
「ねぇ。あの子に手伝ってもらったら、ずいぶん楽になると思わない? なかなか素直な善い子のようだし」
「なっ! かあさ――」
母さん、と言いかけて、クロノ少年はあわてて口をつぐんだ。
この生真面目な少年は、任務に従じる間は、母親のことをいち上司たる「リンディ・ハラオウン提督」として扱うのだと固く自らを律している。
それは守られるべき規律ではあったが、≪管理局≫は軍隊のようなガチガチの規律社会にはほど遠く、このようなこまごまとした規律などあってないような扱いをうけるのが常だったから、彼はよほどの石頭であるといえた。
その彼のうしろで、くすりと、聞き耳を立てていたオペレーターが含み笑いをもらした。日ごろむっつりとした顔で黙々と任務をこなすこの少年が声を荒げて、それも「母さん」などと言いかけたことがよほど可笑しかったとみえる。
「リンディ提督」
いささかばつが悪そうに、クロノ少年は言いなおした。
「非戦闘員を召し上げるというのですか。それも≪管理外世界≫の」
いち民間人にすぎぬ少女に助力を求めるなど、正気の沙汰とは思えなかった。そのうえ、それが≪管理外世界≫の住民であるとなれば、「管理外世界ノ原住民ニ魔法技術ヲ与エルベカラズ」という法に抵触することになるのである。
しかしそこは、海千山千で提督の地位までのし上がってきた女狐、リンディ・ハラオウンである。
「あら。クロノも言ったじゃない、あの子の才能はすごいって。あの子が協力してくれたら、容疑者確保もだいぶん楽になると思わない?」
にこやかに、まるで春の野原を散策するように、気安げに言ってみせるのだった。
11,283文字
以上、未完です。