二月十四にちの朝、執務室で業務を行っている指揮官のところに大勢の少女がやってきた。
「しつれいしま〜す!」
最初入室した少女は睦月。そして続くように如月、文月などの睦月型に加え、陽炎、神風たち【重桜】の駆逐艦に妙高も入ってきた。睦月型面々の手にはラッピングされた小さな袋を持っており、他は紙袋は手に袋を持っていた。そして指揮官は今日は何の日かを悟った。
「指揮官、朝早くからすまない、今日は何の日から知っているか?」
「バレンタインデー」
妙高からの問い書類に目を向けたままの指揮官は間を空けずに答えてから書類をまとめ、一旦目線を少女たちに向けた。すると睦月がとことこと歩いてきた。
「しゅきかん、睦月の手作りクッキーを食べて!」
「……」
睦月と向かい合って数秒後、指揮官は椅子から立ち上がり睦月の隣に移動すると屈んでラッピングしてるクッキーを受け取ると、他の駆逐艦たちが指揮官の前に集まってきた。
「指揮官よ、神風型一同お手製の品じゃ」
「吾輩たち陽炎型も用意してあるぞ」
駆逐艦たちが渡そうとするが指揮官は困っており妙高にちらりと目を向けるとコクリと頷き、執務室の壁を叩いた。駆逐艦たちは突然叩く音に驚き、
「先程から指揮官が困っている。指揮官にチョコを渡すのは構わないが、なるべく整列してから渡すように」
妙高の働きにより駆逐艦はささっと整列し、チョコ渡しはスムーズに進んだ。チョコを渡し終えた駆逐艦たちは指揮官に、しっかり味わって食べてほしい、と言い手を振って執務室を退室した。
「すまないな、こんな時間帯から」
駆逐艦がいなくなったのを確認すると妙高は申し訳なさそうな表情で謝罪した。
「別に構わない、今日ぐらいは羽目を外してもバチは当たらん」
指揮官は腕を組んだまま椅子にもたれて大きく息をすると執務室内よ中央の机にある受け取ったチョコを
(しょうがない、今年も『饅頭』たちに
ひとまず貰ったチョコは全部は食べず、最小限は食べておこうと決めると妙高が机に何かを置いた。
「妙高、これは…」
綺麗に包装した品物を見て疑問に思う指揮官に妙高は説明した。
「今日はバレンタインデーだ、指揮官にはいつも世話になってる。ただ駆逐艦たちのチョコ作りを手伝っていたから時間がなくて市販のものにしたが…」
「構わない、それに駆逐艦たちの為に態々時間を割いてまで準備をしたお前に責め立てるつもりはない。まあ、アレよりマシだ」
申し訳なさそうに思う妙高に指揮官は気にした様子ではなかった。ちなみに指揮官が言っていたアレとは赤城、大鳳、隼鷹のことを指す。
「そういえばまだ会ってないのか……私が護衛を務めるがどうする? 幸い今日は非番だし念のため何人か私から声を掛けるが…」
「妙高だけでいい…多すぎるとかえって周りの迷惑になるし…今から他の陣営寮に顔を出すか」
面倒くさがるように溜息をついて椅子から立ち上がる。
数分後、赤城や大鳳からチョコを貰うが後から来た加賀や鳳翔がすり替えられその場で赤城と大鳳のチョコが艦載機によって跡形も無く処分されたのであった。
「うう、緊張する…」
【ユニオン】のフレッチャー級駆逐艦、スペンスは自室のベッドで何やら思いつめた表情をしていた。
(今日はバレンタインデー、姉さんや皆が指揮官さんにチョコを渡してるけどスペンスのチョコ受け取ってくれるかな…)
受け取ってもらえないのを想像するとスペンス余計に緊張する。スペンスは指揮官との付き合いの長い古参組の一人だが、個性豊かな
「きっと大丈夫よスペンス…指揮官さんは何を考えているか分からないし顔は怖いけど優しいし今はしてないけど前は雷が鳴る日の夜は一緒に添い寝をしてくれるしきっと受け取ってくれる…筈」
自分を言い聞かせるように言いながら指揮官にチョコを渡すと決意すると姉でありネームシップのフレッチャーが声を掛けてきた。
「どうしたの、スペンス? お姉ちゃんが力になれることある?」
優しく声を掛ける
「成程、指揮官さんにチョコを渡す時に付き添ってほしいのね?」
「うん、私一人じゃ緊張して…でも指揮官さんには渡したいの」
「分かったわ、他の皆から貰ってる時に一緒に渡そう」
「ね、姉さん」
悩みを聞いてくれるどころか手伝ってくれる姉にスペンスは涙を潤ませながら抱き着いてきた。
「はいはい、お姉ちゃんが付いてるからきっと成功するわ」
そして数分後、スペンスは姉と一緒に指揮官にチョコを渡すのであった。
ユニオン寮の寮内に入って少し経ち、指揮官は少女たちからチョコを貰った。しかし数が多いので
「指揮官様、バレンタインチョコを作りましたので良ければ後でご賞味ください」
【ユニオン】の空母、ヨークタウンからチョコを貰った。艦隊で付き合いの長い彼女は指揮官がどんなチョコが好きなのかは知っておるので妹のエンタープライズと自作してるのは実は知ってるが敢えて言わない。
(
現在【ユニオン】から貰ったチョコは駆逐艦が大半を占めており、他の艦種からは非常に少なかった。他の陣営に友好の証として渡すのもあれば同じ陣営に渡すのもあり、ポートランドが『インディちゃん』と呼ぶ程溺愛する妹のインディアナポリスに渡すのが
(俺としては貰うことは嫌ではないが全部食べれるわけではない…胃薬でも準備するか)
この後他の陣営寮にも顔を出すし、何より少女たちからの好意を
「指、指揮官さん」
声を掛けられ指揮官は声のした方向に身体ごと向けるとそこにはスペンスと後ろにフレッチャーがいた。
(し、しっかり伝えないと)
周りからの視線に思わず震えてしまうが姉のフレッチャーが肩に手をポンと置く。
(スペンス、頑張って!)
フレッチャーは耳打ちによる応援をすると少し離れてスペンスを見守る。そして漸くスペンスは指揮官に駆け寄った。
「し、指揮官さん、ス、スペンスのチョコ受け取ってくれますか?」
「……分かった」
思わず目を瞑りか細い声で両手で差し上げながら伝えると指揮官は短く返事して受け取り、すぐに姉の後ろに隠れた。指揮官はその場から離れたフレッチャーの方に目を向けるとアイコンタクトをするので軍帽の鍔を親指と人差し指でつまみ僅かに下げる。
(妹の為に御苦労なことだ…)
その後サッチャーはスペンスを連れて部屋に戻り、指揮官は見まわりながらチョコを貰うのであった。
他の陣営に顔を出して数時間後、現在指揮官はロイヤル寮の門前にいた。
「さて、何かくるのやら…」
他の陣営では手作りや市販のものだが【ロイヤル】の場合は一から作っているのである。つまりバレンタインに対しては一人一人本格的に取り組んでいるのである。
(去年よりも増えてるから貰う数よ比例して増加…制限でもいれようかな)
「ご主人様、此方に来られましたか」
思考に耽っていると後方からメイドのベルファストに声を掛けられたので振り返る。
「
「はい、こうした行動をとってる時点で既に察しております」
「なら、案内しろ」
短いやり取りをして指揮官はベルファストについて行き、中庭のある広場にたどり着く。【ロイヤル】は主にお茶会を開き、使用する場所はその都度に変わる。そして指揮官たちがいる場所もお茶会に使用する場所でオーロラ、ジャベリン、ウォースパイト等数人の少女たちがいた。
「意外と少ないな……」
「それに関しては私が説明致します。今回のバレンタインですが実は趣向を変えまして…」
ベルファストの説明を聞いて指揮官は納得した。今回指揮官に渡すチョコは一人一人が作るのではなく複数人で作ることになった。理由としては材料の負担や人員を減らすことである。去年は新しい『艦船少女』の増加によりメイド隊は忙しく更にバレンタインでは休む暇がなかったので今年はメイド隊が楽になるために敢えて趣向を凝らしたのである。
「成程」
短く答えると両手に紙袋を後ろに隠したまま軽巡のオーロラがにこやかに微笑んで近づいた。
「指揮官さん、ハッピーバレンタインです♪ 空き時間の時に食べてくださいね」
紙袋を胸元まで上げ、少し照れながら指揮官に手渡すと他の少女たちも指揮官に渡す。
「指揮官、チョコではなくバームクーヘンにしました。甘さは控えめにしましたのでしっかり味わってください」
「指揮官殿、私はこちらになります。流石に甘いものだと被りますので」
少女たちからバレンタインの品を受け取り、少し話をして指揮官はロイヤル寮を後にした。
「ご主人様は行きましたか」
ベルファストは現在寮内の窓側付近で指揮官を捉えるとある建物に向かうため廊下を歩いた。
(私も準備しませんとね…折角のバレンタインデーです。ご主人様専用に作っておいた『アレ』は無事なのでしょうか)
廊下を歩いて十数分、目的の建物に着くとベルファストは周りを確認した。
「今は誰も見てませんね…」
周囲を警戒するように確認しすぐに建物内に入る。其処は【調理棟】と呼ばれてる場所で主にメイド隊が使っているのである。そして彼女が今することは誰も知られてはいないのである。
(おそらく誰も来てませんね…なら、今のうちに仕上げないといけませんね)
建物内に入りホッとして歩くと何か音が聞こえるのを感じた。ベルファストは誰か来ているのかと思い音のした場所に向かうとそこには一人の少女がいた。
「あれ、ベルじゃない」
振り向いた声の人物は同じ【ロイヤル】陣営の戦艦クイーン・エリザベス、【ロイヤル】の少女たちからは『陛下』と呼ぶ少女である。エリザベスは何かを食べておりの口元に黒い物体が付いてベルファストはチョコだと推測するが、あるものを見てベルファスト絶句した。
「えっ………」
エリザベスが食べていたのは、誰にも知られずに作った指揮官にあげるバレンタイン用のチョコケーキであった。
時間は過ぎて夜頃、この時間帯は夕食の後片付けを行う中、ベルファストは一人落ち込んでいた。
(隠す場所が甘かったようですね…今度は別の場所に保管すべきですね)
表情には出さずにベルファストは何時ものようにテキパキとこなしているとシェフィールドが声を掛けてきた。
「メイド長、指揮官から言伝です。至急執務室に来るようにと」
「今からですか?」
ベルファストは思わずシェフィールドを見る。いつも無表情の彼女は淡々と喋るが時々姉のエディンバラを揶揄っているが自分には冗談を言わないのは分かっている。
「分かりました、後はお願いします」
何か思惑があるか分からないが取り敢えずベルファストは早歩きで執務室に向かった。
「……行きましたか。メイド長、今日ぐらいは羽を伸ばしてくださいね」
ベルファストがいなくなるのを確認するとシェフィールドは一人小さく呟き後の仕事に取り掛かった。
一方ベルファストは一人執務室前の廊下に立つ。
(一体何の用でしょう? 聞いてみないと分かりませんね)
「ご主人様、ベルファストです」
「入れ」
呼吸を整えて三回ノックをしてから自分の名前を呼ぶと扉越しの相手、指揮官から入室許可が下りたのでベルファストは颯爽と入る。
「ご主人様、何か御用でしょうか?」
執務室の中央部分から少し前にある机のがあり指揮官は腕を組んだまま業務用の椅子に座っている。椅子から軋む音を鳴り指揮官が椅子ごと身体をベルファストに向けると立ち上がった。
「すまんな、態々足を運んで。実はお前に渡したい物がある。とりあえず座れ」
目元まで目深に被る軍帽の
「紅茶の御用意をしましょうか?」
「いや、俺がやる」
何か持ってくるので茶でも淹れようかと進言すると指揮官自らが淹れるそうなのでベルファストは大人しく椅子に座って待つ。
(ご主人様と二人きりですか…それにお茶を淹れるとなると何か差し入れでしょう)
今日は指揮官への
数分後、再び執務室に入る指揮官を見るとカートにティーポットと二人分のカップと皿、包装された箱を載せていた。
「すまんな、少し準備を手伝ってくれ」
「かしこまりました」
言うと同時に立ち上がり準備する。
「ご主人様、これは?」
ティーポットやカップなどを持ってくるし特に包装された箱が気になった。指揮官は何も反応せずに無言で箱の中を開くと中身はチョコケーキだった。
「一応来客用に用意したが、まあいいか」
ベルファストはチョコケーキを見てすぐに理解すると同時に嬉しくなった。
「私を呼んだのはこのためですか?」
無意識に指揮官に聞いてみると小さく頷いた。
「実はシェフィールドから話を聞いてな。お前が俺のために作ったのをエリザベスが無断で食べたので落ち込んだお前を慰めて欲しいとのことだ」
面倒くさそうに説明する指揮官の話を聞いて合点がいった。いつ知ったのかは定かではないがシェフィールドはベルファストが知らない内に指揮官に会って話したであろう。
「あの子が手を回したのですね、優秀な部下だとつくづく思います」
今度あの子に何かしてあげよう、とベルファストは考えている側から指揮官から声が掛かる。
「……とりあえず、茶でもするか」
「そうですね、
今だけは指揮官とのお茶を楽しもうとベルファストは考え、幸せそうに
「ハッピーバレンタイン、ご主人様♪」
「ハッピーバレンタイン、ベルファスト」
ベルファストは指揮官の隣に座り、短い時間だったが幸せの余韻に浸ったのであった。
ベルファストと指揮官、どんな風に過ごしたのでしょうかね〜
※余談
皆さんはバレンタインの時の秘書艦は誰にしましたか?(筆者はヨークタウンにしました)
※指揮官に渡したチョコレートの陣営ごとの割合です。(筆者から見た基準)
ユニオン…七割(五割手作り、二割市販)
ロイヤル…十割(全部手作り)
重桜…八割(全部手作り+ナニカ入ってる)
鉄血…六割(全部手作り)