少女の手のひらに降り立った悪魔   作:双葉蓮華

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15話

「で、今度こそ本当にあの女がいるところで合ってるの?」

 

猫カフェ事件から程なくして、澪美(れみ)はセバスに古びたアパートへと連れてこられていた。

 

「えぇ。本日は休みのはずですから。休みの日は通常昼過ぎまで眠り、起床後しばらくしてからパチンコ屋へ行き、そこで稼いだあぶく銭によって夕食を決めているようです。ですからもうすぐ…あぁ、出てきましたね」

「あの女…だよね?」

 

アパートから出てきた女を見て、澪美が恐る恐る尋ねる。それもそのはず。大阪に行った当時の写真を見る限りでは、スラリとした体型を保ち、艶やかな黒髪を靡かせ、派手なメイクで勝ち気な笑みを浮かべていた女だったのが、体型は比べようもないほどに横へと拡がり、その長かった髪は艶を失いみすぼらしく沈んだ茶色に染まり、派手というより単に下品なだけに成り下がったメイクと、鬱々と暗い顔へと変貌していたのだ。

 

「失礼、マダム。斎藤恭介(さいとうきょうすけ)氏の元奥様で、柏原朱美(かしわばらあけみ)さんでいらっしゃいますか?」

「ちっ、誰?借金ならもう全部返しただろう」

 

身なりのいいセバスの姿に訝しげにするも、そう言って追い払おうとする女。しかし、横に立つ澪美の姿を認めて立ち止まった。

 

「若い男女のペアの借金取りなんて珍しいね。それともなにかい?ホテル探しに人に聞いてるんじゃないだろうね」

「下品なあんたとは違うから。勘違いしないでくれる?」

「なんだい、失礼なやつだね」

「話が進みませんから、あなたは少し黙っていてください。それで、先ほども言いましたが柏原朱美さんでお間違いありませんね?」

「だったら何だって言うんだい。さっき斎藤恭介って言ってたね…たしか、15年くらい前に少し一緒に暮らした男だよ。あいつの関係者かい?あたしはとっくに縁が切れてるよ。他をあたりな」

「正確には16年前ですが。あなたが斎藤恭介氏と関係していたことが確認できればそれでよろしいので。それで、どうしますか?澪美」

 

セバスが澪美の名を口にした瞬間、僅かに女の目が見開かれた。

 

「レミ?あんた、レミって言うのかい?」

 

か細い声でそう問いながら近づいてくる女に、澪美は咄嗟に1歩後ずさった。

 

「私が何者か、あんたなんかに関係あるの?」

「あるさ。あたしは人生で1度だけ赤ん坊を産んでる。その時名前が思い浮かばなくて、1番好きだったシャンパンのレミーブラックプレステージからとって、『レミ』って名付けた」

 

初めて知る自分の名前の由来に、澪美は戸惑いの気持ちが自分の中に現れたのを感じていた。

 

「だから、あんたが斎藤恭介の関係者で、しかもレミって名前なんだとしたら…もしかして、あの時捨てた赤ん坊じゃないかと思ってね」

「…その通り。私は、あんたに捨てられた赤ん坊の澪美だよ」

「そうか…あたしは自由が大好きだった。赤ん坊なんかに人生縛られるなんてまっぴらで、そう思ったらあんたを捨てて逃げちまってた。放ってたって赤ん坊は勝手に大きくなるってのは本当なんだね。まさか、あの時捨てた赤ん坊がこうしてデカくなって、身なりのいい男を連れてあたしを迎えに来てくれるなんて。あたしの人生も捨てたもんじゃないね」

 

女は自分に都合のいい夢を思い描いているのか、ニコリと微笑んで両手を広げた。しかし、澪美がここに現れたのは顔も知らない母親を迎えるためではない。長年の復讐を果たすためだ。

だが、セバスは一抹の不安を抱いていた。契約書で繋がっているセバスには、澪美の中に現れた戸惑いが手に取るようにわかっていたのだ。

 

「澪美、どうするのですか。まさか…彼女はこのまま見逃すつもりですか?」

「まさか…。迎えになんて、そんな都合のいい話あるわけがないでしょう。私は、私を捨てたあんたに復讐する為にここにきた。つまらない妄想を聞くためじゃない!!」

「っ!」

 

戸惑いを振り切るように徐々に大きくなっていく澪美の声に、女は気圧されたように1歩退いた。

 

「セバス!命令よ、この女を殺せ!!」

「Yes, my lady」

「ま、まって!殺す!?あたしはまだ…っ!!」

 

澪美の叫び声に女は慌てて逃げ出そうとするが、それよりもセバスが目前に立ちはだかる方が早い。

セバスがその胸に右手を突き立てるのと、女が身を震わせて絶命するのとはほとんど同時だった。

胸を一突きにされた女は、口元からタラリと血を流しその場に崩れ落ちる。

 

「どうしてご自分で殺さなかったのですか?やはり、お身内は殺せない…とでも?」

「あんな女ごときに自分で手を下す価値が見いだせなかったからだよ。特に深い意味はない。それにセバス、あんたは私の下僕(しもべ)でしょう?私がやらなくてもあんたがやる、それだけだよ」

「なるほど。…あぁ、顔色が悪い。もうすっかり秋ですから、肌寒くなってきましたね。夕食には暖かいものを出しましょうか。そうですね、チキンを丸々1匹トマトでアフォガードにしたものと、デザートにはベリーソースが美味しいフォンダンショコラなんていかがです?」

「ほんと悪趣味。この悪魔め」

「えぇ、私はあくま(悪魔)異父兄(あに)ですから」

 

チキンのアフォガードも、ベリーソースが入ったフォンダンショコラも、どちらも女の死に顔を連想させるに十分なメニューだった。

帰宅後用意されたそれらは、腹を立てた澪美の為に、セバスの手によって口へと運ばれていく。

赤々とした料理が口元を汚す度、セバスはニヤリと薄く笑っていた。

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