契約した当初、すぐに不安定になっていた
しかしセバスの食指が動くような魂になったにも関わらず、当の本人はやや迷いの見える眼をしていた。
その身を喰らったこともあり、後に残るはその魂のみ。本来ならば極上の魂を一息に喰らいつくし、その身が消滅した暁には再度自身の世界へと帰る予定だったが、セバスはどうしてもそうしたいと思えなかった。
ターゲットを憎む強い眼差し、凛とした後ろ姿、うって変わりターゲットを始末した後の弱々しく震える肩、静かに零れ落ちる涙、それらがセバスの気持ちを、蕾から花へと変えてしまっていた。
「この気持ちは一体なんなのでしょうね。まさか、悪魔である私にこのような気持ちが芽生えるなんて思ってもいませんでした」
セバスの声は闇の中へと溶け込んでいく。その顔は憂いに満ちていた。
「魂を喰らいその身を消滅させてしまうのを、惜しいと感じるなんて」
「嗚呼、なんと愚かしいことか…この私が、人間と同じ気持ちを抱くなんて。ですが、愚かでも事実」
セバスはようやく自身の気持ちを受け入れ始めていた。自身の胸に一輪の花が咲いてしまった、という事実を。
「生きるべきか、死ぬべきか…いえ、それを言うならば。生かすべきか死なすべきか、それが問題ですね」
自身の悩みをシェイクスピアの悲劇に例える黒い男の前に、赤い紅い死神が久方ぶりに舞い降りてきた。
「アーラ、セバスちゃん。久しぶりじゃない」
「お久しぶりついでに今すぐ死神界にお帰りいただくか、東京湾の藻屑となってください」
「相変わらずクールなところが堪んないワ!それはともかくとして、今度はこんな辺鄙な島国なんかで首輪付きやってるワケェ?」
「あなたも相変わらず気持ち悪いですね。えぇ、そうですよ。今回の主は女性ですから、横取りしないでくださいね」
「気持ち悪いなんて言わないでヨ!横取りだなんて失礼しちゃうワ。というか、アタシ仮にも死神なんだから、魂狩るとしたら仕事ヨ仕事!そう…その仕事の話で来たの。アンタのご主人様、斎藤澪美って言ったっけ?」
赤い死神、グレル・サトクリフとセバスが顔を合わせるのは、実に数百年ぶりのことだった。相も変わらず自分とは真逆の目に痛い赤を着こなす死神。そのグレルが澪美の名を口にしたことで、話の予想がついたセバスは顔色をサッと変えていた。
「!澪美が、死亡者予定リストに載っているのですか?」
「ソウネ。詳しくは教えられないけど、ここアタシの担当区外だし、昔のよしみでそれくらいは教えてアゲル。澪美って女、近いうちに殺されるワヨ」
ニヤニヤとした笑みから一転、真面目な顔つきでそれだけを告げるグレル。数百年前よりかは大人になっているのかセバスへの興味が薄れているのか、本題へと入るのが早くなっていた。
「澪美が殺される?それはいつの予定なんですか」
「そこまでは教えらんないワヨ!アタシの首が飛んじゃうじゃナ〜亻!」
「それもそうですね。情報ありがとうございます。それでは」
グレルによりもたらされた澪美の情報。それを握り潰すかのように、セバスは拳に力を込めた。