次の日。
教室は普段通り穏やかな空気が流れていた。ただ2つの空席以外は、いつもと同じだった。
「えー、今日は、みんなに悲しい知らせがある。もう知ってる者もいるかもしれないが、田沼と沖のことだ。痛ましい事故により、昨日2人が亡くなった。大切なクラスメイトのため、今から少し黙祷をしよう」
クラスメイトが黙祷している中、
「ねえ知ってる?あの2人、喧嘩がもつれて葉子ちゃんが沖くん殺しちゃったんだって。そのショックで自殺したって」
「聞いた聞いた。でも2人とも体ボロボロになるくらい、酷い喧嘩してたみたいだね」
「でもさー、普段から人のことあれこれパシって偉そうにしてたし、死んでもあーそうって感じだよね」
「うんうん。本当、変にビクビクしなくて良くなったよね」
「セバス、本当にバレないんだね」
帰宅後、澪美はポツリと声を漏らした。
「おや、バレて欲しかったのですか?」
「そういうわけじゃないけど」
そうは言うものの、澪美の表情は晴れなかった。
可笑しいですね。
セバスは胸の中でそう独りごちた。そう、可笑しいのだ。復讐を1つ果たしたと言うのに、セバスに見えるその魂の光は、以前よりも弱々しいものへと変化していた。色も濁り、霞み、到底美味そうには見えない。
以前の主人とは全く違うのだ。あの時は、真実に近づけば近づくほど、復讐を遂げれば遂げるほど、果実が熟すかの如く魂は美味へと導かれていた。
なのになぜ…?
「澪美、あなた、まさか後悔しているのですか?自分がやったことを」
「ッ後悔なんて、してない!後悔は…してない。だけど、人を殺したのは初めてなんだから、少しくらい弱気になったっていいでしょう。1人にしてよ」
「澪美、私を見てください。あなたの目の前には今誰がいるのですか?さぁ、私を見なさい」
部屋から飛び出そうとする澪美の腕を捉え、もう片方の手で腰を掴み逃げられないようにするセバス。その紅い眼差しに、澪美は息を飲んだ。
「その顔。情けないですね。悪魔を欲するほどこの世を憎んでいたのは誰ですか?あなたでしょう、澪美」
「あんたに…ッ、わかるわけないでしょ、私の気持ちなんか!!悪魔のあんたに!!」
「えぇ、わかりませんよ。私は人間などではありませんから。それでも…」
グイッと更に腕を引き、2人の距離は縮まっていく。
「あなたはその身に契約書を宿している。あなたが弱気になれば、私にも影響があるということをお忘れなく」
「っ…」
「それとも…どろどろに溶けてしまうほど甘やかして、あなたの目に私以外が映らないようにしてしまいましょうか?あなたがそれを望むのなら。私以外見えなくなれば、復讐の度に胸がポッカリ空くこともなくなるでしょう」
「あんた以外…見えなくなる…」
「ええ、そうです。あなたは今、経験してきた辛い記憶と、初めての殺人への罪悪感との狭間で苦しんでいらっしゃる。さぁ、涙を拭って。あなたは何も考えず、忘れてしまえばいい。あなたのしていることは何も間違ってはいない。堕ちるところまで、堕ちてしまえばいいのです。私がお傍についています」
「おちるところまで…なにもかもをわすれて、わたしは…」
「あぁ、たまには甘やかすのも悪くないのですね。先程まであんなに脆弱だった魂が、ようやく光を取り戻してきましたよ。それならば私もお付き合いしましょう。最後まで」
「さいご…まで…」
セバスに掴まれた腕が、やけに熱く感じた。頭がぼんやりとし、意識が微睡みの中で彷徨っている。ただ1点、紅い瞳だけが確かにその中にあった。
澪美の中で渦巻いていた辛く苦しい想いと罪悪感は、今は跡形もなく消え去っている。
肺腑の奥まで潜り込んだその誘惑の囁きは、体から力を奪っていった。澪美の体がゆっくりと弛緩し、意識を失った肉体はその場に崩れ落ちる。
「心の闇に付け入る隙があれば、この程度の誘惑にも人間は負けてしまう。彼女を主人にしたのは失敗だったのかもしれませんね…」
一時の解放。それでも、澪美の望みを叶えその魂を得るには、必要な下ごしらえだった。
甘い微睡みの中、澪美はかつてない程の満足感に満たされていくのを感じていた。