「ああ、上手くいかないもんだなぁ」
とある病院の一室で、一つの命が儚くも消えようとしていた。
広い病室の中にはベットに横たわる少年が一人、
肌は病的に白く頬はこけ、頭髪のない頭を隠すようにニットキャップをかぶっている。
14歳という若さにあるまじき様相ではあったが、これは彼が病魔に抗い続けてきた証である。
悪性リンパ腫、又の名を癌。
今日び珍しい病気でもなく、完治する可能性も低くはない。
そんな病気ではあったが少年は少し運がなかった。
癌はリンパにできたのだ。
それからは転移する癌とのいたちごっこの毎日だった。
少年は生きたかった。
特に将来何をしたい、どうしたいという願望はなかった。
そんなことを考える前に外から切り離されてしまったから。
それでも生きたかったのは、単にもったいないという気持ちからだった。
窓から外を見れば車が走っている。もし僕が運転できたらなんて気持ちのいいことだろう。
ああ、もったいない
テレビを見れば、太った人が美味しそうにふわふわに膨れたパンケーキを食べていた。どんな味なんだろう。
ああ、もったいない
映画館というでっかい画面で映画が観れるところがあるらしい。どれだけ爽快だろう。
ああ、もったいない
山は木と虫でいっぱいで空気が美味しいらしい。消毒液のような匂いはきっとしないんだろう。
ああ、もったいない
海はどこまでも広くてしょっぱくて青いらしい。真っ白なこの部屋とは大違いだ。
ああ、もったいない
父さんと母さんは頑張って働いているから、僕をきっと治してくれるらしい。
ああ、もったいない
今となっては何もかもがもったいなかった。
まだ何も体験していない、横目に見る窓は鍵すら閉まっていないというのにその向こう側はあまりにも遠い。
そして届かないまま終わってしまうのがたまらなく残念だった。
「はあ、最後の一言感謝で終わるとか考えていたんだけどな、都合よくみんないてくれたりしないよね、そりゃ。うまくいかなかったな」
少年は理解していた、自分の命はもう十分もないと。
元より余命なんてものは一年と半分前に過ぎている。
覚悟なんて今更する必要もないぐらいだ。
だがどうせなら三時間ほど前に教えてくれればいいのにと思う。
せっかくお別れの仕方を考えていたのが九割がたおじゃんだ。どうやら目の前で慌てふためく看護師さんにすることになりそうだと思いながら残りの一割であるベッド脇の引き出しを見る。
中の遺書には家族への感謝と主な所持品だったゲーム機を弟にあげる旨とどうか代わりにイ○ルジョーを倒してくれと簡単に書いておいた。
最後まで勝てなくて残念だったな。
……もう時間ないか、最後に話したかったなぁ
「あのさ、桜井さん。僕の【ドゴォォオオ‼︎】いぇ?」
いざしゃべろうとした瞬間、病室の天井を突き破り岩のような何かか落ちてきた。
それはあまりに大きくこの病院自体を押しつぶすようで透き通るその物体越しに晴れ渡る空が見えた。
真上に空が見えるのは久しぶりだ、と思いながら何故と問うこともなく少年はこの世から消えた。
……はずが何故か椅子に座ってスーツの男と向かい合っている。
えっと、何これ……
「今日は、それでは早速転生のご案内をさせていただきます」