もし織斑マドカがリキッド・スネークみたいな奴だったら   作:ナスの森

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第10話

 分かっていた。

 己の運命は全て決まっている。

 所詮、己は遺伝子の海から捻くりだされた絞りカスでしかない事を。身勝手な大人達に生み出され、役に立たたないと分かれば闇に葬られる存在であると。

 自分は所詮、『大人達』があの女の遺伝子が自分達の手元に残るように作っておいたスペアに過ぎないのだと。

 

 そしてあの女は、ソレを知らずして自分が背負う筈だった運命を私に押し付けた。

 そうだ、もう『大人達』の目論見は既に達成していたのだ。

 自然が生み出した究極の人類の誕生により頓挫となったプロジェクト・モザイカ――通称、織斑計画。しかし、最高傑作と呼ぶべき人類は作り出す事に成功し、その遺伝子の種を世にばら撒く個体も生み出す事が出来た。

 

 ああ、そうだ。

 織斑千冬が『大人達』の所から抜け出そうが抜け出すまいが、世に放たれた時点で『大人達』の目論見は既に達せられていたと言ってもいい。何故なら、あの女の遺伝子を持つ私を手元に置くことができ、かつ最高の人類に近いスペックを持つ遺伝子を世に放つ事に成功したのだ。

 織斑千冬も、知らずの内に自分が『大人達』の目論見を達成する手助けをしたとは思うまい。無論、この私の存在さえも。

 

 そうだ。私はあの女に生贄にされたのだ!

 

 お前が『大人達』の所から逃げる事ができたのも、今も『大人達』の追手が来ないのも、これほど目立ち有名になって尚『大人達』がお前を捕まえようとしないも、全ては私という生贄がいたからだ!

 お前が背負う筈だった運命を押し付けられ、お前は逃げた!

 運命に従える力を持ちながら、力の劣る私にその運命を押し付けて、お前はそうやってブリュンヒルデという高い席に居座っている!

 

 そうだ、貴様の望み通りだ。

 

 良かったな、知らずの内に運命を押し付けられる存在(ドッペルゲンガー)がいて、お前は知らない顔でそうやって頂点にふんぞり返っていられる。

 さぞ気持ちが良かろう

 私に見向きもせず、視界に入った弟を連れ、姉弟で仲良く家族ごっこを楽しんでいる。それでいながら『大人達』に与えられた(遺伝子)を存分に振るい、『白騎士』として世界を敵に回し勝利し、思い通りになった世界でブリュンヒルデとして君臨し、崇められている。

 

 そして私は貴様の『(ドッペルゲンガー)』であり続けなければならない。貴様と比べられ、劣らされ、こうして貴様に代わって『大人達』に弄ばれている。『大人達』から抜け出せた後も、貴様という遺伝子のおかげで私は大人達の支配から逃れる事はできなかった。

 

 全て貴様のせいだ!!

 

 ああ、本当に残念だよ姉さん。

 私と同じように生み出されたアナタは、『大人達』に身勝手な理由で生み出された貴様は、今ではもう立派な、私の忌み嫌う、無責任な大人になり下がった。

 

 私に運命を押し付けて逃げておきながら、その運命に使う筈だった力を関係ない事に好き勝手振るい、与えられた力だという自覚もなく、貴様の行動はあまりにも矛盾している。

 

 私? ……私か?

 

 私は貴様とは違う!

 

 押し付けられた運命だが、貴様と違って逃げはしない!

 この遺伝子に込められた呪いという運命、貴様が押し付けたソレに、私は従ってやる! そしてその上で乗り越えてやる!

 

 呪われた運命を打ち破るために、私は私の忌み嫌う貴様譲りのこの遺伝子に従ってやる! 貴様の望む通りにな。

 

 だが姉さん。

 私は貴様の望み通りになっても、決しては思い通りにはならない!

 このまま悠々と王様気分をいつまでも味わっていられると思わない事だ。

 私というドッペルゲンガーの存在に感謝しろなどと言わない、今更(いもうと)を捨て、あちら(おとうと)を選んだ事など恨みはしない。

 奴等と同じく無責任な大人になり下がった貴様に選ばれる等、此方から願い下げだ。

 

 そんなもの、大人に支配される事に甘んじるのと同義だ。

 

 私に押し付けたからと言って、自分がその遺伝子の呪いから解放されたなんて思わない事だ。私も、貴様ら姉弟も、この遺伝子に込められた呪いから逃げることなど絶対にできない!

 

 私達は作られた怪物(ビースト)

 私達を作るために既に999人のキョウダイが犠牲になっている。 光を消さない限り、影を消しても意味はない。

 

 貴様という『光』が存在する限り、永遠に貴様の『影』であり続けなければならない私と同じように。

 

 だが、私は貴様とは違う。

 

 逃げた貴様とは違う。押し付けた貴様とは違う。この呪われた運命に逆らわない。そのうえで、その運命を乗り越えて見せる!

 

 

 

 

 だから、その為に、姉さん――――

 

 

 

 

 ――――まずは、貴様を殺す。

 

 

 

     ◇

 

 

 あの欧州横断鉄道の列車横転事故から数か月が立ち、イギリスの各業界は未だにこの事件の波紋は収まってはいなかった。

 オルコット家の当主として、数々の成功を収めてきた妻、そしてそれを裏方から支えてきた夫の死亡により、その恩恵を受けてきたイギリスの各企業や、または海外進出企業などが内部で混乱し、ゴタついていた。

 それは無論、IS業界においても例外ではなく、事故――否、事件を裏から糸を引いていた政府関係者は、そんな代償を払ってまでも、これからIS業界のために極めてBT適正の高い少女を再び奪い返す事を優先した。

 

 それでも、さすが時期が悪かったと言っていいだろう。

 もうじき、同じくイグニッション・プランに参加しているドイツの地で、第二回モンド・グロッソ大会が行われようとしていたのだ。

 勿論、イギリス代表もこれに参加させる予定であり、その直前にこの様では色々対応に追われてしまう。

 政府も焦っていたという事だった。

 

 それでも、この代償と引き換えにアメリカとのパイプを強くしつつ、例の少女を取り戻し、こうして無事エクスカリバーを開発する事ができたのだから、それに比べれば安い者だと政府は割り切った。

 アメリカと共同で開発した生体同期IS――表向きは攻撃衛星であるエクスカリバー。パイロットの意識を意図的に遮断し、脳に埋め込まれたチップにより第三者の手で遠方から操作を可能にした初のIS。

 未登録のコアの使用によりアラスカ条約における条例や、コア・ネットワークを介したコア探知機の探知も潜り抜ける事が出来、完全なステレス仕様で宇宙(そら)から強力なレーザー砲撃を放つ事が出来る。

 正に画期的な“兵器”であった。

 

 そして今、そのエクスカリバーが今、ロケットにより打ち上げられようとしていた。

 表向きは政府がIS開発部門が開発した試作型人工衛星の打ち上げを、イギリスの宇宙開発局に要請し、宇宙開発局はこれを受託。

 

 イギリスのロケット発射台にて、エクスカリバーを搭載したロケットが打ち上げられた。

 表向きは人工衛星の打ち上げなので、多くの報道陣やカメラマンがその様子を撮影した。

 

 ロケットは大気圏を離れるにつれ、順番にパーツを切り離していき、ついに内部に搭載していたエクスカリバーを軌道上に乗せる事に成功した。

 

 ――――IS『エクスカリバー』、これより起動します!

 

 

 

 

 搭載された少女と生体同期したISコア、そのエネルギーを装甲である刀身全体に行き渡らせ――――エクスカリバーは、ついに念願の起動を達成した。

 

 ISの極秘開発局はこの事実に大いに歓喜した。

 当たり前の反応と言っていいだろう。

 何せ、自分達の長年の開発・研究が報われ、こうして聖剣は自分達の武器として宇宙の軌道に乗ることに成功したのだ。

 これで、自分達の苦労は報われると思った、その時――――

 

 ――――ッ!? 緊急事態発生!! エクスカリバー、此方の制御を受け付けません!

 

 そう、その歓喜は、そこまでだった。

 瞬間、多くのモノが顔を青くする。

 開発に着手したイギリス、およびアメリカの技術者たちが、呆然とした様子でその様子を見ることしかできなかった。

 

 ――――エクスカリバー……反応消失……此方の索敵範囲を完全に離脱しました……失敗ですッ……!

 

 失敗……その言葉を暫しの間受け入れる事ができず、世間にロケット打ち上げは失敗だと発表して、国民たちの残念がる声が聞こえる中、彼らはだけはその声が耳に入らず、未だにノイズまみれになったモニター画面を呆然と見つめ――――彼らは膝をつけたのだった。

 

 何だったのだ?

 

 自分達が今までしてきたことは一体なんだったのだ?

 

 数多の資金と技術を取り入れ、未登録のコアまで入手して、あまつさえ一人の少女の人生さえも犠牲にして開発したというのに、一体これまでの苦労は何だったのだ?

 

 

 

 

 ――――あの少女は、何のために、これまで自分達の研究の犠牲となってきたのだ?

 

 

 自覚してしまえば圧し潰されてしまう程の罪悪感を覆い尽くしてくれる程の達成感が、そこには待っていた筈なのに、どうしてこうなってしまったのだ。

 

 苦労も、達成感もない。

 そこには、罪悪感しか残らなかった。

 

 一人の少女の人生を意味もなく犠牲にした、という罪悪感しか、彼らには残されなかった。

 

 エクスカリバーの研究・開発は失敗に終わった。

 政府は結局、業界の混乱という代償を払っておきながら、エクスカリバーの完成という目的すらも達成する事ができなかった。

 

 開発に着手した彼らはその後、次々と技術者を引退し、その後全員行方不明となった。

 

 あまりの罪悪感に逃げ出したのか、それともイギリス・アメリカの両政府がもみ消しのために排除したのかは、誰も知る事はなかった。

 

 

     ◇

 

 

 亡国機業がコアの中に仕掛けた制御奪取プログラムを作動させ、エクスカリバーの制御を奪ってから数時間後、TY中継で衛星打ち上げ失敗の結果が発表されたのを確認したエムは、モニター室から出て行った。

 任務に参加したものとして、一応は結果を見届ける義務があった。

 

 今まで大人達の言いなりになるのを耐えながら任務を遂行してきたエムであったが、今回ばかりは我慢の限界が来ていた。

 それこそ、その殺気が漏れて周囲の大人達がエムを避ける程には、エムから漂う怒気は凄まじかった。

 エムは今でこそ大人しいが、ここに連れてこられた当初の暴れっぷりから、今でも大人達から畏怖の対象となっていた。その事に優越感を覚えつつも、結局は言いなりに甘んじるしかない現状では大人達に対する苛立ちの方が圧倒的に勝っていた。

 

 己の遺伝子の原点(オリジナル)とは違い、結局『大人達』の所から抜け出すことは出来ても、大人達の支配からは逃れられなかった。

 その劣等感が油となって火に注がれていく、そんな日々だった。

 

 何より、今回は身勝手な理由で子供を弄ぶ大人達の任務に加担してしまうという、エムにとっては吐き気をも催す内容だった。

 極め付けにスコールから口で直接その事実を突き付けられ、いい加減子供である事をやめなさいとまで諭された。

 

 ふざけるな。

 自分はお前達大人に支配される子供で甘んじる事などあり得ないし、ましては大人になる事すら在り得ない。

 

 大らかにそれを叫びたくなっても、逆らえばどうなるか分かった物ではない。だが、それで諦めるエムではない。エムはこの監視用ナノマシンによる大人達の支配から逃れる方法を模索していた。

 

 例えば任務で激しい運動をした後、すぐに新しいナノマシンの注射をさせられる時、エムはこの監視用ナノマシンの特徴について少しずつだが解明していた。

 どうやらこのナノマシン、監視対象が激しい運動をすれば、バッテリーの消費が激しくなるであろう事だ。

 運動をしない状態ではバッテリーが約何時間持つか、ずっと運動している状態ではそこから何時間くらいバッテリーが切れるまで短縮できるか。

 スコールが寄越してくるナノマシン補給班が自分の所へやってくる時間を目安に、エムはこの監視用ナノマシンの解明を急いでいた。

 

 ある程度の収穫はあったと言っていいだろう。

 

 着眼したのは、何も監視対象の運動量によるバッテリー消費だけではない。

 監視対象の摂取物の違いによるバッテリー消費の違いも念のためだが計測していた。最近ではロボットに人間と変わらぬ食料を摂取させた時、その摂取物からどれだけの効率で充電できるかの研究が行われていると『大人達』の所にいた頃に聞いていたエムは、摂取物の違いでバッテリー消費にどれだけの違いが出て来るかを測っていた。

 

 まずは大人達が居住区に配ってくる食料。大人達から与えられたものであるという事実に屈辱を感じながらもかろうじて耐え、しばらくそれを摂取し続けてナノマシンのバッテリーの消費具合を、補給班がやってくる時間を目安に計測した。

 

 次にビタミンの種類や野菜、肉、魚類など様々なカテゴリーに偏らせ、ナノマシンのバッテリーの消費具合を測った。

 

 結果、大人達が居住区に持ってくる食事が一番、バッテリーの消費が少ない物であるという事が分かった。

 ――――スコールめ!!

 

 今も自分を支配する忌々しい大人にたしてエムは内心で悪態を付く。

 とにかく、ナノマシンのバッテリー消費をある程度自分でコントロールできるようになったエムは、それによりバッテリー補給班が自分の所に来る時間も把握できるようになった。

 

 ナノマシンバッテリーが残り少ないタイミング……バッテリーが少なくなる事で監視範囲がどこまで狭まるかはまだ正確には掴めていないようだが、さすがに日常会話レベルのものとなるお粗末なものになるらしい。

 そこまで掴んでいたエムはこうして今日も、ナノマシンバッテリーが残り少ないであろうタイミングで、同じ居住区の子供達に呼びかけていた。

 

『お前は何故、ここにいる?』

 

 暗い部屋の中、その少年と二人きりになり、エムはその少年に問いかける。

 少年は暗い部屋の中で同い年の女の子と二人きりになるというこの状況に若干顔を赤らめつつも、突然自分の憧れる少女からの質問に、困惑する事となった。

 

 少女は凄い奴だった。

 自分と同じ年で既に大人達から認められ、畏怖され、こうしてコードネームを貰って戦場に立っている。

 そんな少女がいきなり、こんな事を聞いてきたのだ。困惑もする。

 

『えっと……』

 

『悪かった。言い方を変える。お前はどのようにしてここに連れてこられた?』

 

 困惑しながらもエムという少女の質問に、少年は答える事にした。

 少年は、女尊男卑の激しい地域で生まれた子供だった。それゆえ外に出れば男は屑と見なされ、女は偉いと持てはやされる所だった。

 

 それでも、少年は幸せだった。

 何故なら、母親と名乗ったその女性は、自分の事を守ってくれたからだ。母だけではない、姉もまた自分を守ってくれた。

 母と姉は自分と違って顔を布で隠さずに外を出歩き、自分の悪口を言っている近所の人々を黙らせては、傷だらけになって帰って来た。

 

 だが、そんな生活でも限界は来る。

 

 母と姉は言った。

 この国から出ようと。

 もう貴方が苦しむ必要のない所へ行こうと、自分の手を引っ張って言ったのだ。これ以上母と妹に迷惑をかけたくなかった自分はそれ承諾し、役人の目を盗んで国から出る事を画策した。

 

 しかし、国境付近で自分は母と妹と生き別れ、何もない所で野垂れ死ぬ筈だった所を、亡国機業に拾われ、ここにいるのだと。

 

 そんな、家族との悲しい別れ話を離した少年に対し、エムは、可笑しそうに笑った。

 

 何が可笑しいのだと、若干の怒りを込めてエムに問い詰める。

 

『いや、悪い、おかしいと思ってな』

 

『おかしいって……何が……』

 

『お前が住んでいた所がお前のいっていた通りの場所なら、そこにはまだ女尊男卑の風潮はなかった筈だ』

 

『……え?』

 

 エムの発言に、少年は唖然とした。

 

『一つ聞くぞ、お前、その頃家の外に出た事はあるか?』

 

『そ、それは……』

 

 言い淀む少年。

 そうだ、そういえば自分は、あの頃、家の外に出た記憶がない。そもそも、外の世界を知っているかどうかすら怪しかった。

 母や姉が必死に外は男が迫害されているから出ては駄目と自分に言い聞かせ、自分はその通りにしてきたが、それ故、己が外の世界を知らないという違和感にすら気付けなかった。

 

『……何が、言いたいの?』

 

 体をブルブルと震わせ、少年はエムを睨む。

 少年も薄々とエムの言いたい事を察してしまったが、言葉にする事はできなかった。

 

『お前の話を聞けば否でも想像がつく。お前の母親と妹、おそらくお前の事を騙していたぞ?』

 

『……そ、そんなこと、ある訳ないじゃないか!? じゃあ、毎晩傷だらけで帰ってくる母さんや姉ちゃんは一体……!!』

 

『その時、オマエはそんな二人を助けてあげたいと思わなかったのか?』

 

『思ったけど……二人がそんな事いいって……』

 

『まるで人形だなお前。大人達……いや、女たちのいいなりだ。まるでペット――いやペットはまだ飼い主からの愛情が貰える。お前はそれすらないな』

 

『一体何が言いたいんだよ!!?』

 

 先ほどからエムの口から開かれる不快な言葉の数々に、少年はとうとう堪忍袋の尾が切れて叫ぶ。

 自分を必死に守ろうとしてくれた家族たちを馬鹿にする少女が、許せなかった。

 

『話は最後まで聞け。家を出た事がないお前では分からないだろうが、お前のいた所では昔から男尊女卑を是とする宗教が根付いていた。どう考えても男が迫害されるなんて事はない筈だぞ?』

 

『……え?』

 

『男は顔を出して堂々と外を出歩け、更には車の運転免許や様々な職業資格を取る権利がある。それに対して女性は外に出るときは布で顔を隠して出歩かなければならず、車の運転免許を取ることすら許されない。しかも宗教の教えに根付いてソレを定めているときたものだ。

 ある意味、ISによって広まった今の女尊男卑よりもずっと質の悪いものだぞ?』

 

『じゃあ、じゃあ何で……』

 

『自分の言った言葉をもう一回思い出してみろ。お前の母親と妹、外に出る度に毎回傷だらけになって帰ってくると言っていたな、しかも、顔を布で隠すこともせずに……どうしてだと思う? 本当にお前を庇っていたからだと言えるか?』

 

『そ、それは……』

 

 エムに問われ、少年は恐る恐る自分の記憶を振り返ってみる。

 思えば、母親は自分に隠れて夜遅くに毎回荒れていた。「やれ何故男が優遇されなければならない」「何故私達女に権利をくれない」だとか、男への色々な悪口が聞こえていた。

 けれどそれはあくまで外の男に限った話で、自分に対するものではないかと思っ……。

 

『ア、レ……?』

 

 ようやく、少年は気付いた、その矛盾に。いや、家族を信じたいあまりに気付かない振りをしていたというべきか。

 そもそも、家族は自分を女尊男卑から守りたいと思って自分を外へ出さなかった筈なのだ。それなのに「何故男どもばかりが優遇されなければならない」という言葉が飛び出るのか。

 そして、エムが言った通りに、母親が妹が布で顔を隠さずに外に出歩き、そして毎回傷だらけで帰ってくる意味……ソレは……。

 

『差別されてたのは……男じゃなくて、女性の方……顔で布を隠さずに外に出歩くのは違法だから……母さんと姉ちゃんは周りから……』

 

『想像が付くだろう? お前の母親と姉は、そんな男たちを憎んで、男であるお前に世の中の立場は女の方が上だから、男は腰を低くして生きていかなければならない世界だと、遠回しにお前にそう思い込ませていたんだよ。それが唯一の逃避になるからな。お前の母親、随分とプライドの高い女みたいだと見える』

 

 逆に尊敬できる、とエムはそんな母親を評した。少なくとも、世の風潮に抗って、臆する事なく外で己を曝け出していた事は素直に尊敬できるが……そのイラつきや鬱憤を子供にぶつけるのは頂けない。

 結局、その女も『大人』でしかなかったわけだ。

 

『まあそれはさておきな。当初はお前のいた所が例外で、大体な所では女尊男卑の風潮は広まっていた。私の話を信じるならば、お前の母親と姉が国から出ようとした理由も大体察せるだろう?』

 

 エムの言う通り、少年はその理由を察していた。

 おそらく、男尊女卑の世界から逃げたかったのだ。決して自分を庇うためではなかった。

 

『そ、それでも、僕はあの二人といれたならそれで……よくて……』

 

『だがお前は二人から引き離された。そこでもう一つ聞きたい。お前の母親と姉がお前に国を出る話を切り出す前、お前の母親と姉は何か話し合っていなかったか?』

 

『それは……どういう……こと?』

 

『二人がお前を騙していた事はもう既に明白だ。ならば、お前に隠れて二人で秘密事を共有していたと考えるのが自然。何でもいい、何か思い出してみろ』

 

 言われて、少年はまた思い出そうとする。

 思えばあの日、二人が自分に国を出る話を切り出す前の日、二人は確かに何かを話し合っていた。

 途切れ途切れにしか内容は聞こえなかったが、『もう家には金がない』、『姉には高いIS適正がある』だとか、『息子である自分はもう……』であるとか、そんな話だった。

 

『待て。息子であるお前はもう……なんだって?』

 

『……分からない。そこまでははっきりと聞こえなかった……』

 

『……なるほどな』

 

 一人納得するエム。

 そして、次に彼女の口から開かれた言葉は……信じられないものだった。

 

『大体想像がつくな。おそらく、お前は母親と姉に売られたんだ』

 

『――――え?』

 

 訳が分からず、呆然とする少年。

 家族が、あの二人が、あの優しかった母親と姉が、自分を売った?

 そんな事……ある訳……!!

 

『母親はお前の姉に対し、高いIS適正があると言っていたんだな。どうやって知ったかはもう定かではないが、IS適正が高い人間の価値は今の世の中じゃあ絶大だ。母親にとって、お前の姉はさぞありがたい飯の種になるだろう? ……それに対してお前はどうだ?』

 

『僕、は……!?』

 

『お前の母親にとって、男であるお前は長年自分を神の教えだかを理由に自分を妨げ続けてきた男たちと同類だ。無論はお前が直接何かしたわけではないだろうが、お前に吹き込んでいた嘘を考えるにお前に対して抱いていた感情はもう察しがつくだろう? お前に、男たちに妨げられた屈辱、その鬱憤をぶつけていたんだよ。子供だからと、女の方が立場は上だと教え込むようにしてな……』

 

『そんな……!!』

 

 嘘だ、嘘だウソだうそだ!!

 頭の中で、少年は何度も否定した。

 

『だからと言っても、親としてお前に恨まれるわけにも行かず、お前に女の方が立場が上だと思い込ませるためには、お前を守るためと嘘をついて、男たちに迫害された傷をオマエに庇うために付いた傷だとみせかける事によってしか、ソレを教え込む方法がなかった。最も、そのやり方じゃあストレスは溜まる一方だったろうな』

 

『そんな、事……』

 

『だが、国に出ればもうそんな必要もなくなる。態々下らないプライドのためにお前に見得を張る必要もない、だからといってお前にぶつける鬱憤もなくなる。そしてお前はこれから逆に本当に女たちから下に見られるだけの男となる。そんなのが一緒にいても飯の種にもならないし、逆に足手まといだ。ほら、お前はもう用済みだろう?』

 

『違う!! 母さんはきっと僕に教えたかっただけだ!! 性別で差別するような人間になってはいけないって……ただそれだけで……女の方が立場が上だと思い込ませるなんてそんなッ!!』

 

『家族とはぐれたたった一人の子供を、たまたま通りかかった大人が拾ってくれた。そんなうまい話しがあると思うか。出来過ぎた話だと思わないか。何故偶然ではなく必然だと考えなかった?』

 

『違う! 偶然じゃない! きっと母さんと姉ちゃんは今も僕を心配してくれて……!!』

 

『フン……まあいい』

 

 頑なに認めない少年であったが、エムは今回はこれでいいだろうと思った。

 もうこの少年は、自分の家族を信用しきれなくなっている。何を信じればいいのか分からない。

 実際の所、彼の母親と姉が本当にどう思っていたのかはエムも知らない所であったが、少なくとも、誰も人のいない草原の中で、家族と引き離された子供が、偶然通りかかった大人に拾われるというなどと出来過ぎた話だ。

 おそらく、目の前の少年を家族が、亡国機業(ここ)に売ったというのは確実だろう。

 

『重要なのは、これからの話だ』

 

『……?』

 

 話し切り替えるエム。

 もうこいつは大人達の事を信用しきれなくなっている。今がチャンスだと。

 

『ここの大人達に従っていて、お前はこの先生きていけると思うか?』

 

『……どういう事?』

 

『私がお前に本当に聞きたいのはソレだ。お前達は大人達に認められるために、こうして毎日銃の扱い方を学び、戦術を学び、人を殺す方法を学んでいる。だがな、お前は本当にソレで生きていけると思うか?』

 

『……エムは、生き残ってるじゃないか』

 

『お前は、私のようになれるか? 先の私の言葉が正しい事を前提で言うが、お前の親がお前を売った先の大人が、お前を真っ当に使ってくれると思うか? 所詮、安い金で買い取った子供だ。使いものにならぬと分かれば、お前の親と同じように使い捨てられるのがオチだ』

 

『……それは……』

 

『ここ亡国機業にも、ISに乗れると乗れない、つまり男と女で差別がされている。幹部であるスコールの部隊に女ばかり集まっているのがいい例だ。私はともかく、お前はそんな所で生きていけるか? お前の忌み嫌う、性別で差別する大人達の元で、お前達は生きていけるのか?』

 

 少年は俯く。

 今度は、家族が自分を騙しているような状況とは違い、本当の差別の世界が待っている。それでも、少年はここの大人達を信じたくて……。

 

『甘いな。お前は大人達の事を何も分かってはいない。奴らにとって私達子供はな、自分達に隷属すべき存在なんだよ。名前という識別コードで在り方を縛り、自由を奪う。お前はコードネーム持ちになれば大人達に認められ、戦場で戦えると思っているんだろうが、ソレは違う』

 

『戦う自由などない、殺す自由などない、引き金を引く自由などない。ただ大人達から与えられる任務を確実に遂行する事だけが求められる。 何故そう言えるかって? 私がそうだからだ。あいつらはこんな私に任務のために殺すなと言って来る。些細なミスすら許さない、違えたらその時点で私の身体は自滅するように奴らに仕掛けられている。 こんな状態の私を、お前は戦士と言えるか?』

 

 あまりにも衝撃な事実に、少年は思わず顔を上げる。

 エムの言った事が真実ならば、それはもう戦士ではなく奴隷だ。

 ゲームで例えるならば、決められたストーリーを、ストーリー通りに主人公を動かさなければ死ぬのと同義。

 オープンワールドのような自由なフィールドで自由な手段でストーリーを進められるのとではわけが違う。

 しかもゲームのようにやり直しがきかない戦場で、だ。

 

『お前は私のような戦士になりたいと言っていたな? こんな私を見て、ここの大人達がソレを許してくれると思うか? 確かに戦士には戦場を選ぶ自由はない。だが、その場その場での判断の自由はある筈だ。奴等はそれすら許さない』

 

『……』

 

『ハッキリ言う。今のお前では、ここの大人達に従う道を選ぼうが、従わない道を選ぼうが、どの道死ぬ。戦士は愚か、奴隷にすらなれない』

 

『そんな……』

 

 ならば、自分はどうすればいいのだ。

 大人達を信用する事ができなくなり、それでも従わなければ殺される。だがこのまま従っていてもいずれ使い捨てにされるだけ。

 戦士や兵士とは大体そんなものだと子供である少年はまだそんな現実を知らず、自分が敵に打ち勝つ立派な戦士になるという事を前提にして考えてしまう。

 

『だが、機会は必ずやってくる』

 

『え?』

 

 だが、そんな少年の迷いに入り込むかのように、断ち切るかのように、エムは宣言した。

 

『私がお前に言いたい事はひとつ。ここの大人達を信用する事ができなくなったら、私に言え。それだけだ』

 

 話しはもう終わりなのか、エムが自分の元から立ち去ろうとしたその時だった。

 

「おうおう、面白そうな話してんじゃねえか。一体何について話してんだ、エム?」

 

 ドアを思い切りよく開け、そこから十四歳ほどの、丁度少年やエムよりも二歳年上の少女が乱入してくる。

 褐色で金髪のポニーテールで、男らしい口調でしゃべる少女の名は、レインと言った。

 

「お前ら、明らかに英語じゃねえ言語で話し合ってたな。一体何について話し合ってたんだ、ええ?」

 

「さてな」

 

 不敵な笑みを浮かべつつも、疑惑の目をエムに向けるレイン。

 エムにそれに動揺する様子もなく、何の用だとレインに問いかけた。

 

「お前の監視用ナノマシンの再投与の時間だとよ。さっさと来やがれ」

 

 親指を外にむき、部屋の外に出るように急かすレイン。

 そろそろ来る頃だと予想していたエムは、少年から背を向き、部屋の外へと出て行った。

 

 そんなエムの背中を、少年は呆然としながら見届けた。

 

どんな展開をお望み?

  • マドカの身体のまま復讐完遂
  • フォックス・・・・・・ダァイ
  • からの他人の身体を乗っ取って復活
  • クロエと百合百合
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