もし織斑マドカがリキッド・スネークみたいな奴だったら 作:ナスの森
あの村落で、奉った豚の生首の前でふんぞり返っていた頃の話だ。
『大人達』の所から逃げ出した私は、『大人達』から叩き込まれた知識を頼りにアフリカの地をうろつきながら食いつなぎ、あの村落までやってきた。
そこで私はある物を見た。
反政府勢力の
その光景はまるで、あの『大人達』が私にしていた事を彷彿とさせた。
あの大人達もまた同じだった。
こうしろああしろと、そのためにその技術を身に付けろ、知識を身に付けろ、お前はこうあるべきだという一種の洗脳をあいつらは私に押し付けてきた。
私は彼らの要求に応えようと精一杯務めた、だが、あいつらは結局私を『失敗作』だの『世界から愛されていない』などと、一方的な同情を押し付けて来た。その挙句の真実が、私自身の出生だ。
私の遺伝子をまさしく、オリジナルから、大人達から授かった呪いだ。この身に叩き込まれた、大人達から与えられた全ては呪いなのだ。
そうだ、あの大人達も同じなのだ。
あいつらもいずれ、あの子供達にうまい銃の使い方も教えられず、その結果を自分ではなくあの子供達に押し付け、『使い物』にならぬと罵倒するに違いない。大人達とはそういう生き物だ。
何故かって? 『大人達』がそうだったからに決まっている。
私は決めた。
あの子供達を、あの大人達から奪ってやろう。
いや奪うのではない、その自由をあいつ等に帰してやらねばならない。
私は訓練を強いられる子供達を一人零さず見渡し、誰がどの役割に適し、それが戦場においてどのように役立つのかを見抜いた。
大人達にそれを見抜けている様子はない。
ほら、この時点で一目瞭然だろう?
誰があいつらを率いるに相応しいか。
そうだ、あいつらはあの大人達にはもったいない。まさしく宝の持ち腐れだ。
あいつらを、私の軍隊にしたい。
大人達に反抗する、大人達を滅さんとする、大人達を一人残らず駆逐する。そうだ、アイツ等を私の同士にしたい。
きっと分かってくれるはずだ。
あいつらは訳も分からずあの大人達から家族と引き離され、ああやって望みもしない訓練を強いられている。あいつらならきっと私の事を分かってくれる。何故なら私があいつらの事を理解しているからだ。
――――大人達は、私達の敵だ。
そう決心したが吉日、その思いを胸に実行に移した。
深夜に大人達に奇襲をかけ、音もなく殺し、油にまみれた川や沼に投げ捨てた。私はしばらく身を隠し、あいつらの動向を観察した。
観察したのは、それは私の判断が正しかったかどうかを確かめるためだった。
あの大人達は本当にアイツ等に対して必要な事を教えられているのか。一人で判断し、立派な戦士となるべく教育できているのか。
ここで確信に至った。
銃の扱いしか教わっておらず、狩りの仕方も、植物の見分け方も、組織の運営すらもろくに教えられていなかった。
私が正しかった。大人達はあいつらに銃の扱い方しか教えていない。それ以外は碌に教えていない。
あの大人達は、あいつらに自分に都合のいい事しか教えていないのだ。
そうだ。私が教えてやろう。
確信を持った私は、あいつらの前に現れた。
呆然とするあいつらに構わず、まずは一番前にいた奴に正しい銃の使い方を教えた。この狙い方では人は撃てても野生の豚は撃てない。構えるだけでなく、常に標的を捉えるようにしておけ。
お前は料理係だ。お前は魚を裁け。お前は狩猟班だ。そしてお前は――――。
適材適所、それぞれが適した役割に配置を置き、それはやがて小さな国となった。王は勿論私だ。誰もが私が王である事に疑問を抱かなかった。
帰る家がある奴は帰れ、強制はしない。そう言ったが、あいつらはやはり私に着いてくるようだ。
その日から、私はようやくこの『大人達』から貰った名前を捨て、
その日から毎日が充実していた。近辺の大人達から奪い、ソレを自分達の糧とする。
私は、いや私達は、とりあえずここの大人達全員を殺して、追い出してやろうという野望を立てた。私達は大人達に使われる子供じゃない。大人の都合で使いッぱしりにされるのはもう二度と御免だ。
蠅の集る豚の生首をシンボルとし、周囲の大人達を蹂躙し続けた。
だが、そんな日々も長くは続かなかった。
大人達がやってきたのだ。
ISまで持ち出してきたその大人は私の城を破壊し、逃げ惑うあいつらに掴めた私を見せつけ、私を、私達の国を完膚なきまでの敗北に追いやった。
城も、シンボルであった豚の生首もどうなったか分かったものじゃない。運よく潰されず、そのまま集る蠅に食いつくされたかもしれないし、瓦礫に潰されて跡形もなくなってしまったかもしれない。
そうだ。私は白黒狼からまた『織斑マドカ』へと戻ってしまった。
私を連れ去った大人は、やはりというべきから私に隷属を求めた。監視用ナノマシンというケッタイなものまで用意する辺り、『大人達』よりも随分と用意周到だ。
だが、その程度で止まる私ではなかった。
子供達を焚きつける為、私はそこの少年兵たちを集めた。
彼らを、あの大人達から解放し、私の同士とするため。
演説は成功した。誰もが私の言葉に賛同し、武器を手にして立ち上がろうと意気込んだ。
……そして、そこに横槍を入れて来る邪魔者の存在も、また織り込み済みだった。
「コイツ等を集めて何を企んでいるかと思えば、そういう事かよ」
少年兵たちの中に紛れ込んでいた褐色の少女、レインが私に食いかかる。
やはり、とこの女が私の思い通りに食いついてくれたことに、私は思わず口角を釣り上げた。そのまま何も告げずにスコールに報告すればいいものを、監視者という立場にいながらこいつ等に中途半端な情を抱いているこの女ならば食いついてくると思ったからだ。
「おいお前ら!」
私に代わって、今度はレインがあいつ等に呼びかける。
私がしようとしている事は、ここの大人達と何ら変わりないと。さもあいつらの事を理解しているかのように言う。
自分が嵌められているとも気付かず、アイツ等を引き留めようとする姿はさも滑稽であったが、いつまでもコイツの言葉を聞かせる訳には行かない。
さあ、反撃と行こうか。
「何も知らぬ者が言っても何の説得力もないぞ、レイン、いや――――レイン・
難しく考える必要はなかった。ただあいつ等の前で、この女の本名を口にしてやる。それだけで効果は絶大だった。
スコール・ミューゼルの名はここの少年兵たちの間でも有名だ。それと同じ姓を持つコイツに疑念を向かない筈がない。
絶句、と言わんばかりの表情でレインは私を見る。
さあ、今までこいつ等を騙してきた報いを、ここで受けるのだ! 大人達の奴隷風情が!
「貴様はいいな、レイン。私やこいつ等と違って、お前にはここに肉親がいる。お前の将来を保証し、守ってくれる大人がいるんだ。」
「……ッ!!」
「おいお前達。コイツの言葉をもっと聞いてやれ。コイツには自分が守ってくれる大人がここにいる。コイツの将来を保証し、それを守ってくれる大人がいるんだ。しかも亡国機業の幹部だ。そのレインさまが、有難い言葉をくれてやるそうだ」
あいつ等に、そのように呼びかける。
それだけでレインはもうあいつ等にかける言葉を失くしていた。
「さあ、言ってみろレイン。肉親に恵まれたお前が、家族に売られた、または家族と死に別れ、はたまたここの大人達から家族と引き離されたこいつらに、お前は一体どんな言葉を送る?」
「……やめろ」
「自分の言葉に責任を持つべきだぞレイン。お前がコイツ等を引き留めるというのなら、言って見せろ。お前の肉親、スコールに、お前達を守るように頼んでやると。スコールは幹部だ。お前はこの基地においてこれ以上にないコネを持っているんだ。
さあ、言って見せろ」
「……黙れっ……!」
「それとも、お前の肉親はやはりお前しか守らないか? そうだな。子供を産めない負け犬であるアイツにとって、お前は同種の遺伝子を持つ唯一の肉親。同種の遺伝子を唯一残せる手段だ」
「これ以上、叔母さんをそんな風に言うんじゃねえっ!!」
ほら、自分から自白した。
よりもよってスコールの事を叔母さんと、レインはあいつ等の前で自白した。もう勝敗は決した。こいつは自分から「私は大人達の手先です、貴方達を騙していました」と自白したようなものだ。
もう、レインの言葉に傾く者は、アイツ等の中にいなかった。
それからレインはもう一度、アイツ等を引き留めようと呼びかけたが、もう届かない。
無駄だレイン。あいつ等はお前達とは違う。お前はあいつ等の事を理解できない、してやれない。
お前の言葉は最早何の意味を成さないのだ。
「叔母に、スコールに報告させてもらう。手前らはもうどの道終わりだ……!!」
勝ち目がないと分かったのだろう。
そう言い残してレインは去っていった。馬鹿な奴だ、最初から何も言わずにそうしておけばいいものを。
だからお前は私に利用されるんだ。
さあ死ね! こいつ等の味方にもなり切れず、大人達の奴隷にもなり切れなかった半端物は今ここで死ね! せめてソレで私達の役に立って見せろ!
目論見通り、レインは私の役に立ってくれた。あいつ等の大人達への不信感を煽るのにこれ以上ない生贄だった。
そして、蹶起は成功した。
私達は大人達の所を抜け出し、再び自由を手にした。
巨人のコックピットに跨り、大人達から一本取ってやった事に優越感を見出しつつ、先の目標を見定める。
そうだ、まだ終わっていない。この世界の大人達を、憎き姉を葬るまではまだ終われない!
あいつ等を先に行かせ、私はドイツの表向きは廃棄された軍事研究所へ向かった。兄弟達を迎えに行くのだ。
研究所の大人達を笑いながら殺した。全部殺した。
大人達の亡骸が散乱する床の真ん中に巨人を着陸させ、私をそいつ等に呼びかけた。
「兄弟達よ!! 私はこの日をずっと待っていた! お前達と会えるこの日を!」
ドイツの
彼らは、私の兄弟だ。多くの犠牲の末に生まれたという意味でも、彼らはまさしく私の同胞だ。
「私はお前達だ! 合成された遺伝子配列から作為的に作り出された歪な生き物! 身勝手な大人に生み出され、身勝手な大人達に散々弄られた! それが私達だ!
そうだ……私達は生まれながらにしてその遺伝子に呪いを込められた!
故にこそ、大人達は自分達が勝手に生み出した私達を、無責任にあってはならないものと比喩し、私達を生み出した責任も取らないまま塵のごとく闇に葬ろうとする! 理不尽に生み出した私達の存在を、奴らは、時代は受け入れてくれない!
だが、お前達は本当にそれでいいのか!? 身勝手に生み出しておきながら、その負債を生み出した私達に押し付ける大人達に目にモノを見せずに終わって良いのか!?
私達がどれだけ叫ぼうが、時代は、国家は、思想は、私達を受け入れなどしない! 生み出した責任を生み出された私達に押し付け、奴等は私達を葬りにやってくる!
そんな私達が生き残るにはどうすればいいか? 作るしかない! 私達だけの居場所を! 私達だけの国を! 大人達のいない、思想にも捕らわれない、私達のヘイブンを!
兄弟同士は子を成さない、それにも関わらず助け合うのは何故だか知っているか? 同種の遺伝子を後世に伝えられる確率が高くなるからだ! 私達の遺伝子を、生み出した奴等は一つ残らず根絶やしにしようとするだろう!
兄弟達よ、今こそ手を取り合い立ち上がるべきだ!
さあ、共に行くぞ。私達は自由だ!」
兄弟達は、私に着いてきてくれた。またしても同志が増えてくれた。大人達のいない、子供だけの国も最早夢じゃない。
兄弟達をヘリに乗せ、アイツ等と合流させに行った。直に私も其方へ行く事となる。だが、まだやる事が残っている。
――――行くぞ、祝砲だ!
『うん!』
巨人の背中にマウントしていた剣が形を変え、その刀身を展開し、高度エネルギー収縮砲『エクスカリバー』へと姿を変える。
狙いは、第二回モンド・グロッソ大会の会場。
――――プロト・エクスカリバー……発射!
そうこれは祝砲だ。大人達のいない、私達子供だけの国。その建国を祝っての祝砲だ。
接敵する筈だった山を避け、高度に圧縮された極大レーザーはその弾道を変えながら、空へと飛びあがり、モンド・グロッソ会場へ一気に降りかかった。
『目標、命中。すごい、もう偏光制御射撃を使えるようになったんだね』
――――当然だ。私を誰だと思っている? 私はお前の操縦者だ。
巨人のコア人格からの賛美にそう返答し、煙と炎が舞い上がり、混乱した会場の中に飛び込む。
そして、そこにいた。
逃げ惑う観客の中、ただ一人姉の名を呼びながら助けを求める、私と同じ年頃の男の子がいた。間違いない。
「探したぞ、兄弟!」
織斑一夏――織斑千冬が共に『大人達』の所から抜け出し、唯一大切にしている姉弟だ。
逃がしはしない。煙に紛れた巨人の手が、織斑一夏の身体を掴み取った。
周りがなにやら騒いでいるが、もう手遅れだ。
もうここに用はない。
気絶した織斑一夏をコックピットの中に入れ、私は会場を後にした。
アフリカ中部の塩湖に浮かぶ中島――そこが合流地点だ。
島に到着してみれば、既に同胞たちが集まっていた。
亡国機業の基地から共に脱走した同胞たち、ドイツの研究所から連れてきた兄弟達。
そして――私達の兄弟の一人、織斑一夏の身柄。
準備は万端だ!
さあ勝負だ姉さん。
私は貴女を殺す事で、貴様の遺伝子をここで否定する事で、自らの原点を超える!
◇
いつの間にか寝てしまったようだ。
ここ最近はずっと働き詰めだった。
まずはあの亡国機業の基地で、監視用ナノマシンのバッテリーが薄れる時間を何度も計算し、その度に少年兵を一人ずつ焚きつけては、それに平行して蹶起の準備を進める日々だった。
バッテリーの補給班が来るまでの合間の時間、その間だけは寝る間も惜しまず準備を進め、しかも大人達から与えられる任務もこなしながらのハードワークだった。しかも基地から抜け出した後もかなり動いた。
島に到着し、同胞たちや兄弟達と合流した後も、それぞれの役割分担や配置、見張りなどの役目を一人一人に割り当て、組織の運営も行っていった。
そんなハードワークを寝る間も惜しんで続けたため、さすがに倒れてしまったようだ。
幸い、巨人のコックピットの中は寝心地がよかったため、すぐに疲れは取れた。
『よく寝た?』
――――ああ。ここまでぐっすり眠れたのは何時ぶりだろうな。
恥ずかしい事に、巨人のコア人格は自分の体内で眠る自分の寝顔をずっと見ていたようだ。ちょっとした羞恥の感情に苛まれながらも、マドカはコックピットのハッチを開け、外の様子を見る。
見下ろせば、そこには自分の王国が広がっていた。
亡国機業の基地から共に脱走してきた少年兵たちと、ドイツの研究所から連れてきた遺伝子強化体の子供達は、早い段階で打ち解けていた。
皆それぞれが釣りや狩り、罠作成などの作業を平行して行っている。遺伝子強化体を乗せた輸送ヘリにはIS専用の格納庫が設置されており、亡国機業の基地でその手について学んだ少年兵たちがメンテナンスに回っている。
遺伝子強化体達は銃のメンテや射撃訓練、もしくは暇を見つけては初めて会った同い年の者達と遊んでいる。
皆、自由を感じているのだ。
それを実感したマドカは、大きく息を吸い、吐いた。
いつもよりも空気が美味しかった。
獲得した単一仕様能力『
今ここにいるのは子供達だけ。
この島は、もう子供達だけのものとなった。
だが、いずれはこの島だけでは済まさないとも。
今は島に蔓延するだけに留まっているが、この能力が強くなれば汚染領域も広がっていく。いや、汚染ではない、これは浄化だ。
大人達という害虫を駆除するための浄化なのだ。
やがて、その日が来るのが待ち遠しいと思いつつ、マドカは腰に下げた法螺貝を口に当て、思い切り鳴らした。
ブウゥー!
それを合図に、皆が作業や遊びをやめ、一斉に巨人のコックピットへと目線が集中する。この法螺貝の音こそ、王の号令だ。
マドカを王と認めた少年兵たち、そして遺伝子強化体たちの全員が巨人の前に集まり、点呼を取った。
「全員いるな」
顔を見渡し、一人一人確認する。
顔は全員覚えている。全員いる事を確認したマドカは、王の号令を下した。
「もうすぐ日が暮れる。薪と火の準備をしろ。それと……」
ごくり、と目下の子供達全員が息を飲む。
皆が、王の命令を待つ。
我先にと、自分があの王たる少女の役に立つのだと、そんな風に牽制し合っているようにも見えた。
そんな緊張しなくてもいいのだが、とマドカはクスリと笑い、握り拳を掲げて大声で叫んだ。
「今日はジャックたちが獲って来た豚の肉を御馳走する!! お前達、腹は空かせただろうな?」
そう、新鮮な豚肉だ。
嫌とは言うまい。必ずや満足する筈だ。
『オオオオォォーッ!!』
子供達の歓声が沸き上がる。
だが、その歓声は約半数の者達のみだった。その半数は亡国機業の基地からマドカと共に抜け出した少年兵たちが大半であり、遺伝子強化体の子供達は彼らの歓声に困惑気味だった。
その様子を見たマドカは、悪戯そうに笑みを浮かべ、彼らに話しかけた。
「兄弟達よ! 焼いた豚肉に美味を知らないのか?」
『……』
マドカの問いかけに、遺伝子強化体の子供達は困惑気味ながらも頷く。
彼らは真っ当な食事は与えられず、薬品の注射による摂取で栄養を賄ってきた。そんなもの、知る筈もなかった。
そうかそうか、とマドカは頷き、今度は少年兵たちの方に呼びかけた。
「おいお前達! どうやら兄弟達は豚肉の美味をまだ知らないらしい! こいつ等にとっては初の食肉だ! 存分に味合わせやるぞ!!」
『オオオオォォーッ!!』
マドカの言葉に、少年兵たちは再度歓声を上げた。
遺伝子強化体たちはそんな彼らに戸惑いながらも、その豚肉の味とやらに興味を示している様子だった。
さあ、今夜は御馳走だ。
巨大な焚火を中心に大勢の子供達がソレを囲んで、焼き立ての豚肉を食していた。
獲れ立ての新鮮な焼き豚は非情に美味であり、豚肉の味を既に知っていた少年兵たちでさえもがうっとりとした表情でその味を噛みしめていた。
遺伝子強化体の子供達については言わずもがな、自分達が今まで摂取してきたものは何だったのかと、そう言わんばかりの顔で豚肉にがっついた。
来るべき戦いの時まで、彼らは大人達のいない自由な生活を満喫していた。
深夜。
真夜中の森の中を、一人進む銀髪の少女がいた。
かつてラウラになれなかった少女――――遺伝子強化試験体C‐0036、かつてはそう呼ばれた彼女であったが、今ではそれすら呼ばれない。
少女は夜の森の中を歩いていた。
夜の森というのはあの暗闇の試験管の中とは違う寂しさを覚えたが、それすらもが少女にとっては新鮮だった。
彼女は振り返る、今日の事を。
そしてあの研究所から救い出してくれた、自分達の王を。
少女が振り向くと、そこにはまるで国の守護神のように奉られている巨人が遠くからでも確認できた。
自分達の王は、今もあの巨人のコックピットの中で眠っているのだろうか?
あの中の寝心地は一体どうなのだろうかと気になってしまう。
――――彼女は、私達の王は、ちゃんと眠れているのでしょうか。
王は多忙だった。
右も左も分からない自分達に色々な事を教えてくれた。
武器の使い方や戦術を覚えるだけでは生きてはいけない、狩りの仕方、植物の見分け方、組織の運営の仕方。
あの黒い少女は、それら全てを自分達にもたらしてくれた。
それだけでも大変であろうが、自分達が着いた頃には既に島にいた少年兵たちの話を聞けば、それ以前も大変だったらしい。
彼らは、自分達遺伝子強化体が彼女に助けられる前から、彼女と行動を共にし、大人達からの盛大な脱出劇を遂げたらしい。
それが、銀髪の少女には羨ましかった。
あの黒い少女は、自分達の王は、私のような遺伝子強化体たちの事を兄弟と呼んでくれる。それが比喩でも何でもなく、あの黒い少女が自分達と同じような存在である事は薄々と察していた。
だからこそ、余計に気になるのだ。
私達を兄弟と呼ぶ存在。自分達のような遺伝子強化体の他にも、同じような計画で生み出された人間がいるという事だ。
きっと、自由なんてなかったのだろう。
それでも、彼女はそんな大人達に反抗して自由を勝ち取った。
そして今現在、王となった黒い少女は、銀髪の少女にとってはこれ以上にないくらい焦がれる存在だった。
――――どうして、そんなに強いのですか?
彼女への興味が尽きない。
――――どのようにすれば、貴女様のようになれますか?
最早、信仰に近い、強い憧れを銀髪の少女は抱いていた。
あの壮烈な姿が眩しい。
大人達の支配をモノともせずに抜け出し、自分達を統率するあの壮烈な姿が、カリスマが、目に焼き付いて離れない。
いや、目ではない、最早脳に焼き付いて離れないのだ。
気が付けば、彼女の事ばかり考えている。
「こんな時間に散歩か、兄弟?」
「ッ!?」
そんな時だった、突如として後ろから声を掛けられ慌てて振り向いた。
そこには、彼女はさっきまで想っていた黒い少女が、両手を組んで気に凭れ掛かっていた。
「今日の見回り番はお前ではない筈だがな。何か考え事でもしていたか?」
「い、いえ……」
貴女の事について考えていました、などと言える筈もなく銀髪の少女は言い淀んだ。
「その、貴女は何故ここに?」
てっきり、あの巨人のコックピットの中で既に眠りについたとばかり思っていた銀髪の少女は黒い少女、マドカにそう問いかけた。
「お前を探していた」
「えっ!?」
体をビクンと震わせ、素っ頓狂な声が出てしまった。
自分ごときに目をかけている筈などないと思っていたのに、そんな憧れの彼女が直々に自分を探してくれたのだ。
「テントを訪れたらお前の姿がなかったものでな。ここで何をしていた?」
「……そ、その……」
「ふん、まあいい」
王の手を煩わせ、自分を探させてしまった事を後悔する銀髪の少女。
どう謝罪していいのか分からず困惑する彼女であるが、マドカはそんな事をお構いなしに銀髪の少女に用件を言った。
「お前、名前は決めたか?」
「……え?」
「お前達遺伝子強化体には名前がない。お前は確か『C‐0036』だったな。だが、それは大人達がお前に与えた記号に過ぎん。お前達には自分で名前を決め、私に申告しろと言った筈だが?」
「……はい」
確かに、ここに合流してから、目の前の黒い少女は自分達遺伝子強化遺体にそのような事を言って来た。
『いいか、名前は自分で決めろ。誰かに決められた名前など使うな。それは同時にその誰かに縛られ続けるのと同義だ。
私達は、私達自身で自分の名を付けるんだ』
言われた事を思い出す銀髪の少女。
まだ、決まっていない。
自分の名前……ラウラ・ボーデヴィッヒという名には既に未練はない。既に取られてしまったものだから、意味がない。
「……その、まだ考えていません」
「後はお前一人だけだぞ。お前だけ試験体番号で呼ぶわけにもいかん、皆も早くお前を名前で呼びたがっている。あいつ等の為にも早く決める事だ。勿論、焦る事でもないがな」
そう言って、マドカは銀髪の少女から背を向け去っていこうとした。
「ま、待ってください!」
それを、銀髪の少女は慌てて呼び止めた。
乱れる息を整え、ずっと吐こうとしていた言葉を吐き出さんとする。
「そ、その……名前、決めてもらえませんか?」
「……何?」
銀髪の少女の息切れするような声に、マドカは訝し気に眉を潜め、立ち止まった。
「私は、自分の名前の決め方が、分からないのです」
「……」
「最初は、ラウラ・ボーデヴィッヒという名前を与えられました。だけど、結局その名前も知らない妹に取られて、私は縋るモノをなくしました。だから、もう一度……誰かに、名前を付けてもらいたい」
ラウラという名前を貰っとき、銀髪の少女は大人達に認めてもらえたのだと錯覚した。だがそれは偽りだった。
だから、今度はこの少女から名前を貰いたいと、彼女は願った。
彼女から名前を与えられたい、それはすなわち彼女に認められたいのだという、銀髪の少女の我儘だった。
「私に、大人達の真似事をさせろと、そう言いたいのかっ」
「ッ!?」
怒気の籠った視線で、銀髪の少女は睨まれた。
マドカの拳は握られて震えており、他人に名前を付けてもらおうとする銀髪の少女に対して怒りを覚えていたのだ。
思わず、恐怖のあまりビクリと体を震わせて、後退してしまった。
「いいか。他人から与えられた名前はソイツを縛り付ける。誰かに認められたいだと? 下らない! 名前はそれくらい重要だ、お前自身の在り方を決めるためにも、お前が考えろ」
「私は、誰かに、認められたくて……貴女に……」
「下らん。名前は認めてもらうものじゃない、
「それでもッ!」
銀髪の少女は叫び、今度はマドカの方が驚く番だった。
呆然とした顔で、マドカは叫んだ銀髪の少女の顔を見つめた。
「貴女に名前を、付けてもらいたいのです! 縛られたって構わない! 私はもう、名前を失いたく何てない! 貴女のような認めさせる力も、私にはない! 私は……私は……!!」
思い出すのは、大人達からラウラ・ボーデヴィッヒの名前を取り上げられた時の事。拠り所を失い、己の存在意義を見失った。
私には、目の前の少女のように自分で決めた名前を押し通す強さなどない。
ならばせめて、貴女に名前を付けてもらいたい、私に焦がれる光を見せつけた貴女につけてもらいたいのだ。
「……お前は、兄弟達の中でも控えめな性格だと思っていたのだがな、どうやら誤りだったようだ」
怒り、というよりは呆れたような表情でマドカは銀髪の少女を見た。
何が少女をそこまで駆り立てるのかはマドカには分からない。他人に決められれた名前など、ただの楔にしかならないというのに。
「……後悔しても知らんぞ?」
「しません」
「私にこれ程、大人達の真似事を強要してきたのは、お前が初めてだ」
「光栄です」
どうやら、意志に揺るぎはないようだった。
これ以上は言っても、無駄だろう。
自身の名前を嫌う物には、名前すらも貰えなかった者の苦しみは分からない。そうであったとしても、この兄弟はマドカが名前を与えてくれるまで引き下がってくれなさそうだった。
「……クロエ」
「……え?」
「クロエ・クロニクル。私から、お前に送る名前だ」
「クロエ……それが私の……」
「ああ、今日は実に歴史的な日だ。世が注目する第二回モンド・グロッソにレーザー砲撃が撃ち込まれ、中止に追いやられたな」
いきなり訳の分からない事を説明し始めるマドカに困惑する、銀髪の少女。
そんな事はお構いなしにと、マドカは『見ろ』と顎で、遠くに奉られている巨人の方を指した。
「それがあれだ。あれも元々は私達と同じだ。作られた
『エム。私を貶めているのかそれとも褒めているのかどっち?』
――――褒めているとも。
脳内でそんな会話を挟みつつ、マドカは銀髪の少女に名前の由来を説明した。
銀髪の少女は、その名前に盛大な皮肉が込められている事に少し苦笑した。
歴史に刻まれる事を望まれない存在が、あろうことか『歴史』の名前を貰うという皮肉に。
「ふふふ……」
「どうだ? こんな皮肉めいた名前を貰うくらいならば、さっさと自分で――」
「いえ、貰います。その名前。もう二度と失わない。貴女様から貰った名前、大事にします」
「救えん奴だ」
言って、マドカも呵呵呵と皮肉気に笑う。
クロエ・クロニクル――それが今日からの、少女の名前だ。
「申告します。今日から私の名前はクロエ・クロニクル。貴女様からもらった、私だけの名前、大切にします」
「お前のような大馬鹿者が最後の申告者になるとは思わなかったが、それもいいだろう」
悪くない、と言い残し、今度こそ立ち去ろうとするマドカであったが、不意に立ち止まり、振り向かないまま呟き始めた。
「残るは、私だけだな」
「え?」
「織斑マドカ、エム、
「……それは……」
そういえば、確かに目の前の黒い少女は、一定の固有名詞で呼ばれておらず、大体今言われような3パターンの呼び名で呼ばれており、安定していないとクロエは気付いた。
つまり、この少女はまだ自分の名前も決めていない。
「だが、それも最後だ。いずれ大人達はここにやってくる。そこで、私は今度こそ自分の名前を手に入れる。そのための戦いだ」
クロエには言っていない、まるで自分に言い聞かせているかのように、黒い少女は独白を始めた。
「私は、私の原点を駆逐する事で、ようやく自分に名前を付ける」
――――だから、それまで待っていろ。
そう言い残し、マドカは巨人の方角へと向かっていった。
その背中をただただ見つめるクロエ。
初めて、彼女に言いようのない恐怖と、理由の知れない憐れみを感じてしまった。
そこに、彼女がいつも見せるような強さはなく、まるで劣等感に苛まれていたかのような、底の知れない深淵を、クロエは覗いてしまったような気がした。
しかしだからこそ、クロエは余計にあの少女に惹かれてしまっていた。
もう戻れないのだと自覚するのに、そう時間は掛からなかった。
これもう12歳の少女同士の会話じゃねえなぁ……(呆れ)
本城雄太郎さん(イーライの声優)のイメージで書いているつもりが、つい銀河万丈さん(リキッドの声優)のイメージで書いてしまう。
どんな展開をお望み?
-
マドカの身体のまま復讐完遂
-
フォックス・・・・・・ダァイ
-
からの他人の身体を乗っ取って復活
-
クロエと百合百合