もし織斑マドカがリキッド・スネークみたいな奴だったら   作:ナスの森

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姉妹、対面

『ねえ、エム?』

――――何だ?

『エムは私の事を悪魔の兵器って言ったよね? 自分の事も、あの子たちの事も怪物(ビースト)って……』

――――……気にしていたのか?

『いいえ、その通りだから。だけど……私達は自分から望んで、こうやって生まれてきたわけではないんだよね?』

――――そうだな。だがその遺伝子に刻まれた運命に逆らう事はできない。私も、お前も、あいつ等も、お前の姉妹たちも、身勝手な大人達に在り方を決められて生まれて来る。その運命から逃れる事はできん。

『だけど、エムは大人達の言う事には従わないって……』

――――それはあいつらが無責任だからだ。私達をこのように生み出した責任を、あいつ等は私達を世界から排除する事でしか取ろうとしない。生み出された私達の意志にお構いなくだ。

『……それは……』

――――それは果たして責任を取っていると言えるのか? 違うね。だからお前も、あいつ等もそんな大人達に処分されかかった。処分する事が己の責任なんだと自己陶酔する……それが大人達なんだよ。お前にも覚えはあるだろう?

『……』

 

 マドカに正論に押し黙る巨人のコア人格。

 確かに、世間に存在してはいけない、存在が露呈してはいけないのなら、この世界から消し去ってしまうのが、彼らなりの責任の取り方なのだろう。

 だが、そんなのは建前に過ぎない。

 彼らはそういう形で責任を取る己に対して酔っているだけだ。自分達が生み出したという自覚もなく、ただ消し去る事でそこに満足感を得る。

 あいつらは本当の意味で責任を取っていない。もし責任を感じるくらいならば、私達の在り方を受け入れて、素直に殺さるべきなんだ。

 私達の内に秘める殺人衝動を、自分達がそのように作ったのだと自覚して、それを受け入れて私達に殺されるべきなんだ。

 

――――だからだよ。世界中の大人達は駆逐しなければならない。

『……うん。よく分からないけれど、結局エムはエムって事だね』

――――何か含みのある言い方だな?

『ちょっとだけ、不安になったの。エムは私の事も、自分の事も、あの子たちの事も、皆存在してはいけないとか、怪物だとか言うから。本当は、私の事も、あの子たちの事も、自分自身の事も呪っているんじゃないかって』

――――呪っているとも。この世界そのものが呪わしいさ。自分の遺伝子に刻まれた運命を誇りに(呪わしいと)思っている。

『……結局どっちなの?』

――――好きに解釈すればいい。私は私の遺伝子に従う。あいつ等兄弟を救い、私こそがこの遺伝子を真に持つに相応しいと、それをあの女に証明してみせる!

『……』

――――兄弟達だけじゃない。私と共にあの大人達の基地から脱走したアイツ等も、この世からのはみ出し者だ。私達兄弟と何ら変わりない。大人の都合で使われ、大人の都合で切り捨てられる。そんな事、私は認めない。

『……世界を敵に回したのは、それを証明するため?』

――――あの女も一度世界を敵に回し、勝利している。なら、私がこの戦いで勝てばあの女を超える事ができる! 好き勝手に力を振るったあの女とは違う! 兄弟達を守り抜く事でそれを証明してみせる!

 そして、私達が生き残るには、私達の誰しもが生の充足を得る為には、私達の避難所(ヘイヴン)を作らなければならない! 天国でも地獄でも、この世界でもない、大人達の思想に囚われない自由な世界を!

『エム……』

――――そうだ、私達は大人達が生み出した通りの怪物(ビースト)で構わない。だが、そのように造っておきながら、大人達は私達を受けいれず、排女しようとする。故に、私達の『天国の外(アウター・ヘブン)』を作り上げるのだ!

『……本当に、やるんだね?』

――――そうだ、この世の理や天国に近いモノに、天国の外(アウター・ヘヴン)は似合わない。そこには私達だけの世界がある!

 

 

 

 故に、私達は怪物(ビースト)のままでいい。そんな私達を受け入れてくれる世界さえあれば、それでいい。

 

 

     ◇

 

 

 光さえも通さないうす暗いテントの中で、ある一人の少年が手足を縄で縛られ、身動きを取れなくさせられていた。

 少年の名前は、織斑一夏といった。世界最強(ブリュンヒルデ)と謳われる織斑千冬の弟であり、第二回モンド・グロッソでの姉の決勝戦を見る為に会場に来ていた所をこの島に拉致された人質である。

 

――――ガチリ、ガチリ、ガチリ……。

 

 少年は恐怖のあまり怯えていた。

 こんな暗闇の中に閉じ込められ、手足を縛られ、光を見る機会があるのは、己と同い年の少年少女たちが自分に食事を持ってくる時のみ。

 しかも……極め付けは、これだ。

 

 そう、一夏の周囲に、大人達の死体が横たわっているのだ。

 皆がそれぞれ苦悶の表情を残しながら、無惨に横たわっている大人達。

 死体をこんな間近で見た事はなかった……人の死がこんなに身近にある事なんて想像も付かなかった。

 

――――ガチリ、ガチリ、ガチリ……。

 

 もう、ここに閉じ込められてから何週間が立つだろうか。

 ずっとこの暗闇の中にいる。身近から匂う死臭を何週間も嗅がされている。

 あの会場に謎の極大レーザーが降り注いでから、今に至るまで、恐怖以外の感情は存在しなかった。

 

 謎のレーザー砲撃が辺りを紅蓮の炎と煙で巻き上げた、その煙に紛れていた鋼鉄の腕に捕まり、気絶させられ、気が付けばここにいた。

 ふと、外から会話が聞こえてきた。

 

「おい、交代の時間だぞ」

「やっとか。まったく、大人達がいなくなるとちょっとつまらないかな」

「お前、大人の事嫌いじゃなかったのか?」

「嫌いだよ。だから銃口を向けてやるんだ。そしたらあいつ等頭を下げて命乞いをしてくるんだもん。最近はそれができないからなぁ……」

「マドカが言うには、もうすぐにここに大人達がやってくるらしいから、それまで我慢しろよ?」

「そうか、楽しみだ」

 

 まるで、かみ合わっていない。話し合っている空気と、会話の内容がまったく噛み合っていなかった。

 

――――なんて……会話をしているんだ……?

 

 隣で死んでいる大人達も、これから来るであろう大人達も、あの子供達にとっては自分の嗜虐心を満たすための玩具でしかないというのか!?

 それを、自分と同年代の子供が平然と行うのか?

 こんな、無惨な死に顔をして倒れている大人達に対して!?

 

 彼らの会話を聞いた一夏の恐怖が更に湧き上がる。

 最早、ここは自分の知らない世界だった。自分の知らない常識、知らない倫理、知らない道徳、知らない残酷さが存在していた。

 この暗闇の中だけじゃない。外にも、まったく知らない世界が広がっていた。

 

「所で、そろそろあいつに食事を上げる時間じゃないの? 何で食料班来ないの?」

「狩りに手こずっているんじゃないか。今日の狩り当番はジャックたちじゃないし、オレも植物の見分け方とか未だに分からないよ」

「だけど、マドカはそれが分かるんだよね。本当にすごい奴だよ、あいつは」

「ああ、あいつに付いて行けばこれからも大人達をどんどん殺せる。そんな気がするんだ」

 

 これ以上、聞くのが怖かった。

 話し方とか、雰囲気は完全に学校のクラスメート同士の会話のそれだが、圧倒的に会話の内容がソレとかみ合ってはいない。

 

――――もう……やだ……誰か……助け……。

 

 誰でもいい、早く誰か来てほしい。

 大人であれば誰でもいい。いつものように悪さをする子供達を懲らしめて、叱って、ちゃんと反省させてほしい。

 だが、一夏はそもそも知らない……あんな会話をする彼らの周りには、そんな大人なんて誰一人として存在しなかったという事を。大人達に見放され、好き勝手な都合を押し付けられた哀れな存在に過ぎないと言う事を、一夏はまだ知らなかった。

 

 そんな時だった。

 

「ここで合ってるか?」

「ああうん。やっと来た……ってマドカ!?」

「どうしてここに!?」

 

 どうやら、彼らの間に割って入った誰かが来たようだった。

 

「ここに用があってきた。食料はそのついでだ。通してくれ」

「わ、分かった……!」

 

 どうやらその声の主は、ここの子供達の餓鬼大将的な立ち位置にいるらしい。

 そう思っていたら、テントのファスナーが開かれる。

 久々の眩しい光。手足を縛られているので手で目を隠す事が出来ず、思わずその光から目を逸らしてしまった。

 

 カツ、カツと足音が聞こえる。

 その少女は、ゆっくりと自分に歩み寄って来た。

 

「食事だ、兄弟」

「ッ!?」

 

 その顔を見て、織斑一夏の顔は恐怖とは一転し、驚愕の色に染められた。

 その顔はあまりにも見覚えがありすぎた。

 唯一の肉親であり、蒸発した親に代わって自分を育ててくれた尊敬すべき姉。

 

「ち、千冬、姉……」

 

 パシッ!

 

 その名を呼んだ瞬間、目の前の少女は自分の頬をビンタしてきた。

 手加減されているのか分からないが、それでも相当力を込めて引っぱたかれたのが分かった。

 

「ッ!」

 

「……確かに似ている所もあるようだな、我が弟よ。いや、“兄さん”と呼ぶべきか?」

 

 ジンジンする頬の痛みに耐えながらも、訳の分からない事を口にする少女の顔を、一夏は再び見上げた。

 やはり、そこには見覚えのある顔があった。

 見違える筈もない。

 ……どうして……。

 

――――何でそんなに千冬姉に似ているんだ!?

 

「まあ、そんな事はどうでもいい。お互いプロジェクト・モザイカの数少ない生き残りだ」

 

――――さっきから何訳の分からない事を言っているんだよ!?

 

 そう声高に叫ぼうとしようにも、恐怖の感情が先に勝ってうまく口から出ようとはしない。かつて一夏はクラスメートから虐められている幼馴染を暴力で救おうとした時があったが、今回はその手すら出す事ができなかった。

 いや、この手足を縛る縄がなかったとして、その気すら目の前の少女には起きる気がしなかった。

 そんな自分の事を余所に、少女の腰に下げられていた端末が鳴った。

 

「私だ」

 

 少女はその端末を取り、一夏から視線を外して電話の向こうの相手と連絡を取っているようだった。

 

「そうか、それで……ククク、そうか、ついに来たか……」

 

 電話の向こうから何を言われたのか、少女はゾっとするような悍ましい笑みを浮かべた。その笑みを見た一夏は、恐怖のあまり目を逸らしてしまう。

 そして、ついに確信した。

 

――――こいつは、千冬姉じゃない!

 

 確かに、自分の姉も怒った時は恐ろしい笑みを浮かべる事もある。だが、そこには家族特有の優しさと思いやりがちゃんとあって、怖いけれど暖かいものだった。

 目の前の少女の笑みは違う。

 どこまでも深い深淵、底の見えない闇、ネットリとした恐ろしいナニカが潜んでいるような、そんな眼だったのだ。

 

「そうか、既に罠にかかっている大人達もいる、と。分かった、すぐに向かう。お前達も用意をしておけ」

 

 端末を切り、腰に戻す少女。

 

「おい、兄弟」

 

 自分の姉によく似た少女は、此方に振り向いて再度話しかけてきた。

 

「間もなく大人達がここにやってくる。目的は様々だろうが、間違いなくお前の姉もやってくるだろうよ。肉親たるお前を助けにな」

 

 どこか皮肉めいた言い方が鼻についたが、それもすぐに忘れた。

 

「千冬姉、来る……?」

「そうだ。お前がいてくれてよかった。おかげで、こうして織斑千冬をおびき寄せる事ができそうだ」

 

――――何だって?

 

 今、コイツは何と言った?

 姉を呼び寄せる? そのために自分をここへ拉致した?

 

「私は、織斑千冬を殺す」

「――――ッ!!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、自然と体が動いていた。

 縛られた手足を用い、身体全体をバネのように使って、目の前の少女に捨て身の一撃を与えようとした。

 だが。

 

「無駄だ」

「うッ!?」

 

 その一撃は、たったの指一本で止められた。

 少女はその場から一歩も動いていない。

 ただ指一本をかざしただけで、それだけで一夏の身体ははじき返された。

 

「貴様には何もできはなしない。己の呪われた遺伝子の事すら知らぬ貴様には、なッ!」

 

「う、アァ嗚呼嗚呼ああアァァァっ!!」」

 

 瞬時に後ろに回り込まれ、縛られて両脚に強烈な踵落としが見舞われる。

 まったくの無拍子から繰り出され、何の痛そうにも見えないソレは、一夏の両脚を()()()

 

「ぃ、ィタイ、ア、嗚呼ッ!!」

 

 痛む足を手で押さえる事すら許されない。ただ悲鳴を上げる事しかできない

 こみ上げ来る痛み、恐怖、無力感。

 もはや一夏は何もする事ができず、ただ姉が助けにくるのを待つ事しかできない。

 

「じゃあな兄弟。せいぜい、そこの大人達の死体の隣に自分の姉が並ぶのを楽しみに待っていろ」

 

 此方を嘲笑する笑い声を上げながら、少女は去っていく。

 テントのファスナーは閉められ、再び一夏は暗闇の恐怖に襲われる事となった。

 

――――怖い、イタイ、恐い、痛い!!

 

 自分のせいだ。自分のせいで千冬姉はせっかくのモンド・グロッソ大会の優勝を逃し、自分を助ける為にここまで来てくれる。

 そして自分は何もする事ができない。

 こうして、痛みのあまりに悲鳴を上げる事しかできない。

 

「千冬、姉……」

 

 そして、こんな状況でなおも姉の助けを求めてしまう自分が、余計に不甲斐なかった。

 

 戦いは、もう目前まで迫っていた。

 

 

     ◇

 

 

 ようやく島の水際へとたどり着いたドイツ軍。

 アメリカ軍の次に彼らの居場所を特定し、ここへやってきた。

 ドイツには自分達に直接脅迫メッセージを送られて来たという、最悪な事態と共に、皮肉にもその最適な言い訳を得られる事ができた。

 表向きに軍を他国に派遣する言い訳が、ドイツにはあるのだ。

 その点においては、この島に上陸しようとする他のどの国の軍よりも有利だ。

 

 ヘリの中から、大勢の兵士たちがつるされたロープに跨って島に着陸していく。全員が全身防護服とガスマスクを着用しており、この島に蔓延している毒性物質に対する対策も完璧だった。

 そのドイツ軍兵士の中に、一つだけ異様な存在感を放つ女性がいた。

 

 他の兵士たちとは違って防護服を纏わず、口の部分のみを覆うだけのガスマスクを着用している女性が一人、そこにいたのだ。

 

「本当に、一夏はここにいるんですね?」

「はい。情報に間違いはありません。おそらく、其方の弟さんを攫った犯人もここに……」

「……そうですか」

 

 マスクで表情が分からないものの、その怒気を感じ取った周りのドイツ軍兵士が彼女から距離を取る。その彼女の怒りの訳を、周りの兵士たちは十二分に理解していた。

 せっかくの決勝を邪魔され、更には弟まで連れ去られ、こんなアフリカくんだりの島まで来る羽目になった。

 それだけでも彼女の怒りは容易に想像できた。

 

「……待っていろ、一夏」

 

 全てはただ一人の大切な弟のために。

 モンド・グロッソの大会が中止になったこととか、ブリュンヒルデの座に相応しいのは誰なのかが有耶無耶になってしまったのはもうどうでもいい。

 今は、弟の無事を願うばかりだ。

 

――――一夏、無事でいてくれ……!

 

 ただ一人の大切な肉親の無事を願いながら、織斑千冬はドイツ軍の兵士たちとともに森林の中へ歩を進めていく。

 

――――お前がいなくなったら、私は……!

 

 『大人達』の所にいた頃の日々を思い出し、再びあのような空白の時を過ごしたくはないと思い返す。せっかく、弟を連れ去り、『普通』を手にする事ができたのだ。

 織斑の血だとか、そんな物はもうどうでもいい。

 

(そんな未来は、とうに捨てた!)

 

 弟という未来を手にした今、千冬は何としてでもその未来を奪い返そうとその地へ足を踏み入れた。

 

 彼女は、まだ知らない。

 その、自分が切り捨てた未来を押し付けられ、知らずの内に生贄にしてしまった少女がいる事を。

 救われなかった『いもうと』がこの先に待っているのを、まだ知らない。

 

 

 

 島の森林へと、千冬とドイツ軍の兵士たちは突入した。

 アフリカ中部の塩湖に浮かぶこの島は、アフリカの広大な自然をこれみよがしにと表しており、その壮大さに千冬も胸を打たれていた。

 だが、今はそれどころじゃない。

 一夏を見つけ出し、連れ帰る。そしてまたいつもの日常を迎える……それが今の彼女の最優先事項だった。

 

 その時だった。

 

「……待ってください」

 

 先頭を歩く部隊の隊長を呼び止める千冬。

 

「……どうした?」

「何か、います……」

 

 そう言って、我先にと物陰に隠れる千冬。

 世界最強の女の言葉だ。無碍にする事も出来ず、隊長と隊員の一斉がそれぞれ物陰に隠れ、周囲を見渡した。

 そして……かすかに、向こうの葉っぱが動いているのを、ドイツ軍の兵士たちは認識した。

 

「光学迷彩か……何者だ?」

 

 隊長がそう呟く。

 

 そして、次の瞬間、アクシデントが起こった。

 

 ドイツ軍が一斉にソレを注目したのと同時、その地点に木製の格子が降って来たのだ。

 それと同時、潜んでいた者達の姿が露わになった。

 

『ぎゃ、あああぁぁぁッ』

『た、助け……』

『グぇッ』

 

 姿を現したのも束の間、その者達は降って来た格子に閉じ込められると同時、地面から飛び出してきた棘に下から串刺しにされてしまった。

 その一連の様子を見ていた、ドイツ兵士たちがその顔を青ざめていく。

 

「隊長、これは……!」

「ああ、(トラップ)だ! それも原始的な……」

 

 そう、現代機器を使ったものではない、原始的な罠。それもかなり巧妙に造られている。

 原始的な罠は現代戦においてもその実用性は認められている。機器に頼る時代であるからこそ、古典的な戦術には気を付けねばならない。

 それは分かっていたが、目の前で見せつけられるのと見せつけられないでは違った。

 

 機雷やクレイモア地雷とは違う。

 

「探知機にまったく反応しないとは……!」

 

 知らずの内か、隊長は戦慄してしまった。

 いくら原始的な罠といえど、このこれ程の仕上がりの罠を作成する程の敵が、この先に待っているのだ。

 敵は理解しているのだ。正面切ってでは自分達に勝てないのを。

 だからこうして態々機器にも探知できない原始的な罠まで仕掛けてきた。

 

「た、隊長……見てください、アレッ!!」

 

「な……これは……!!」

 

 部下が指さした方向を向く。そこには、木陰に隠れた死体がたくさんあった。木の枝に設置された棘に串刺しになっている、先ほど罠で命を落とした者達と同じ服装の兵士たちの死体がいくつもあったのだ。

 

「あ、あそこにもあるぞ……!」

 

 別の部下がまた違う死体を発見した。

 そう、次々と見つかっていくのだ。

 落とし穴に仕掛けられた棘で命を落としている兵士、体中を全方位から飛んできた棘に刺された兵士、縄を付けた大岩に潰されている兵士。

 

 その中には、先に突入させていた別動隊のドイツ軍の兵士たちも混ざっていた。

 

「惨い……」

 

 誰かが、そう口にした。

 

「ッ、隊長! この先に地雷の反応があります! 至急取り除きに行きます!」

 

「ま、待て! 早まるな!」

 

 地雷を取り除きに行った部下を慌てて引き留めようとする隊長であったが、時は既に遅かった。

 

「ガッ、う、うわああぁぁぁっ!」

 

 地雷の元に歩み寄った瞬間、その兵士の頭上から大量の岩が降って来た。それはその兵士を死に至らしめるものではなかった。

 が、しかし。

 降って来た岩のおかげで体が地雷の方へと倒れていき――――

 

「伏せろッ!」

 

 このままで周囲の隊員も巻き込まれると判断した隊長は、周囲の隊員に呼びかけた。

 そして、大きな轟音を立てて地雷は爆発した。

 

「くそっ!」

 

 もうあの隊員は無事ではあるまい。地雷を踏むはおろか、身体ごと吹き飛んでしまっただろう。

 危機に探知できず、何処に罠が仕掛けられているのか分からない。

 その恐怖が、ドイツ軍兵士たちの身体を震えあがらせた。

 

「……隊長さん」

 

 そこに、千冬が声をかけた。

 

「ここからは、私一人で行かせてください」

 

 悔しそうな表情をする隊長に、千冬はそう願い出た。

 勿論、それは聞き入れられる要求ではなかった。

 仲間がここまでやられて、それでここで待っていろと言われても、いくら世界最強の言葉であろうと聞き入れる訳にはいかなった。

 

 反論する隊長だが、千冬は有無を言わせない。

 

「このまま行っても、おそらく犯人の思うツボです。これから、色々な国からこの島に部隊が派遣されてくるでしょう、その時は彼らを囮にして進んでください。

 私なら、この罠を見抜くことができます。ここからは私一人で行くのが望ましい」

 

「それは……分かった」

 

 ついに折れる隊長。

 情けない話だが、世界最強の言う事に逆らう事はできない。

 

「ならば我々はここに留まり、この死んでいる兵士たちの国籍を調査しよう。既に、我々以外にもここに乗り込んでいる勢力がいるのは確か。分かり次第、追って報告する」

 

「……感謝します。ご武運を」

 

 隊長に礼を述べた後、千冬はまるでかまいたちの如く森の中を疾走していき、一瞬で隊長の目から見えなくなった。

 本当に人間なのか、という疑問を持ちつつ、隊長は自分達の出来る事をやった。

 

 

 

 これ以上、自分の弟の捜索に協力してくれた人達が犠牲になるのが耐えきれず、一人飛び出した千冬。

 やはりというべきか、道中に国籍の分からない兵士たちが次々と原始的な罠にかかり、命を落としていくのを目撃しながらも、彼らの目をかいくぐり、千冬はあっという間に島の中央部にたどり着いた。

 

 小川に面した岩場が見え、もう少し進むと同時。

 

 そこには、巨人が見えた。

 

 岩場の先の滝がある崖沿い、手付かずの自然の中にあって強烈な異彩を放つ、西洋のような騎士の風貌の巨人が佇んでいたのだ。

 背中に剣を背負い、片膝を着いて崖の下で、まるで来るべき戦いに備えて体を休めているかのように、その巨人は佇んでいた。

 

 それを見た千冬は、あのモンド・グロッソ大会決勝当日で起こった事件の中、噂になった巨人の目撃談を思い出し、ようやく確信に至った。

 

――――ここにいる。一夏を攫った犯人は!!

 

 決して許しはしないと心に決めつつ、千冬は岩陰に隠れてその巨人を覗き込んだ。

 

 まるで聖域を守るかのように、先の尖った木々がバリケードのように地表から突き出ている。その隙間から、巨人の足下で蠢く複数の影があるのを千冬は確認した。

 

「子供、だと?」

 

 驚きの余りに、思わず呟いてしまった。

 その影の正体は、自分の弟と何ら変わらない年代の少年少女たちだったのだ。

 つい凶悪な大人達という犯人像を想像していた千冬はそのギャップに苛まれながらも、巨人の胸部にあるむき出しとなったコックピットの中に、巨人と同じく強烈な異彩を放つ子供がいるのを見た。

 

 巨人のコックピット内部から伸びているコードに繋がれた妙なISスーツを身に纏い、その子供はまるで王のごとく、自分の国民である子供達を見守っていた。

 

 千冬は、ようやく確信に至った。

 あの少女が、あの子供達のリーダーであると。

 子供でありながら、王に相応しいだけの異彩をあの少女は放っていた。

 

「……アイツか」

 

 おそらく、あの少女が一夏を攫った犯人。

 そして、あの巨人ISの操縦者。

 

 確信に至った千冬はさっそくあそこへ乗り込もうと体を乗り出すが、小川の水から複数の波紋が広がっている事に気付いた千冬はソレを止め、再度岩陰に身を潜めた。

 

――――光学迷彩……私達より先に乗り込んできた部隊の者か。

 

 何処の部隊かは分からない。

 千冬は飛び出したい衝動を抑え、何とか事の成り行きを見守る事を決意した。

 

 その時だった。

 千冬のIS《暮桜》のプライベート・チャンネルに連絡が入った。暮桜のハイパーセンサーのみを展開し、千冬はその無線を傍受した。

 

『聞こえるか、千冬殿』

 

 通信の主は、先ほど別れたドイツ部隊の隊長だった。

 

『返事はしなくて構わない。我々の報告を聞いてくれ。国籍不明の兵士たちの正体を洗ってみたが、国籍はアメリカだった』

 

――――何?

 

『おそらく光学迷彩装置を実戦配備した、書類上には存在しない非正規部隊だ。注意してくれ』

 

 それきり、声は聞こえなくなった。

 書類上には存在しない、アメリカの非正規特殊部隊。

 思い当たるのは一つだけだ。

 

名も無き部隊(アンネームド)か……!」

 

 何故だ、米軍が何故こんな所までくる!?

 いや、問題はそこではない。何故米軍がドイツ軍よりも早く、彼らの位置を特定し、いち早く乗り込んでいるかだ。

 名も無き部隊の目的が掴めない千冬であったが、すぐに動きがあった。

 

 巨人の足下に集まっている子供達は光学迷彩により気付いていないようだが、巨人のコックピットにいる少女はその存在に気付いているようだった。

 そして――――

 

 

――――ハァ、ハァ、ハァ……。

 

 

 何処からもなく、先が尖がった木のバリケードあたりの位置から、緊張するような息上げが聞こえた。

 それを聞いた千冬は、あの光学迷彩を纏った兵士たちが何をしているのか大体察しがついた。

 

(戸惑っているのか、子供を撃つのを)

 

 銃口を向け、巨人のコックピットにいる子供を狙い撃とうにも、彼らにも最低限の倫理観は存在するのか中々引き金を引くことができない。

 だが、彼らも立派な兵士だ。

 戸惑うのも束の間、その銃口から一発、火が噴いた。

 

 だが、その一発は突如コックピットを覆ったバリアに弾かれる。

 銃声に驚いた子供たちは、一斉に巨人の背後にある滝の奥の洞窟へと向かっていく。

 

 どうやら、名も無き部隊の狙いはコックピットにいる少女一人のようだった。

 

 放たれた一発の銃弾を合図に、周囲の兵士たちもまたフル改造した小銃を連射し、コックピットにいる少女を鉢の巣にせんとするが、コックピットを覆うをバリアに阻まれ、それが少女に届く事はなかった。

 

「moving!!」

 

 並の銃弾では歯が立たないと知ったのだろうか、一人の兵士がそう合図すると同時、後方から更にロケットランチャーを携えた部隊が現れ、一斉に少女の方へ向けて発射される。

 

 爆発による煙に覆われ、少女の姿が見えなくなる。

 兵士たちは一旦撃つのをやめ、仕留めたかどうかを確認するために煙が晴れるのを待った。

 千冬もまた、物陰から身を乗り出し、少女の安否を確認した。

 

 そして――――

 

 いつの間にか、巨人の本体から切り離された(アーム・ビット)がその掌を突き出し、少女を庇っていたのだ。

 

――――まさか、BT兵器か!!

 

 内心でそう驚愕する千冬を余所に、巨人のコックピットのいた少女は何ともなさそうに大人達を嘲笑うような掛け声を上げ、コックピットの蓋を閉めた。

 

 

 

 その途端、膝に乗せられていた巨人の左腕が持ち上がり――――

 

 

 発生したエネルギー・シールドにより、装甲(ボディ)に付着していた砂塵が弾かれて周囲に霧散し――――

 

 

 背後に逃げていく子供達の守護神のように、眼下の侵入者達を睨み付け――――

 

 

『グ、オォォォオッ!!』

 

 そのバイザーの下から、拡散レーザーを連射し、眼下の大人達を焼き払っていく。

 ISの兵装を人間に使えばどうなるのかは言うまでもなく、『名も無き部隊』の隊員たちは次々と拡散レーザーの餌食になっては蒸発していく。

 

 その拡散レーザーの何発かはその()()()()()、巨人の背後にある崖の上に潜んでいた『名も無き部隊』の隊員たちにもその矛先を向けた。

 

『う、うわぁぁぁッ!?』

『退避、退避!!』

 

 光学迷彩装置も破壊され、生き残った兵士たちが巨人から背を向け、あろうことか千冬の方へと逃げ込んできた。

 ダメージを受け、足を引きずる兵士、混濁する意識を保ちながらもと体をヨロつかせながらも撤退する兵士、動けない仲間に肩を貸して共に撤退する兵士。

 

 様々な行動を取りながらも、巨人から逃げようとする名も無き部隊の兵士たちだったが、巨人はそれを逃げさない。

 

『ゥオ、オオオォォッ!!』

 

 逃げ逝く大人達に一歩、巨人は踏み出す。

 眼下の憎き大人達を睨み付け、憎悪の唸り声を上げた巨人は、逃げる兵士たちに向かって――――

 

 

 

 跳躍した。

 

 

 

 兵士たちのいる場所を着地点に、とてつもない衝撃と轟音が響き渡る。

 逃げ込んできた兵士たちは潰されるか、もしくは衝撃に吹っ飛ばされて命を失った。

 

 着地した巨人は更に歩を進め、眼下の兵士たちを焼いていく。

 巨人の足下から発生した、炎のような形状の高エネルギー集合体が、文字通り兵士たちを跡形もなく焼き尽くしていった。

 

『うわああああああああぁぁぁッ!!』

『熱い、アヅイッ!!』

 

 悲鳴を上げながら、炎に包まれて倒れていく兵士。

 そこには、ただの蹂躙しかなかった。

 戦争にもならない、ただの虐殺がそこにあった。

 

 そして、巨人は千冬の方を睨み付けた。

 

(気付かれていたか……)

 

 IS・暮桜を展開した千冬は近接ブレード・雪片を拡張領域から呼び出し、その刃を巨人の方へ向けた。

 だが、巨人は千冬の前に立つと同時、まるで蟻でも覗き込むかのように千冬の方へ屈み込んできた。

 

(何のつもりだ?)

 

 疑問に思う千冬。

 だがその疑問を口にする前に、巨人からオープン・チャンネルによる通信が入った。

 

『見ろ、あんたは必ず来る』

 

 まるで自分の来訪を予測していたかのように、いや、実際に待っていたのだろう。でなければ自分の弟を態々はこんな所までに誘拐しない。

 だが、千冬は相手が一夏を誘拐した目的などどうでもよかった。

 

『一夏は、何処だっ……』

 

 殺気を込めて問う千冬。

 常人ならばこれだけで泡を吹いて気絶するところだが、巨人に搭乗していた少女はそれを意にも介していないようだった。

 

『安心しろ。お前との決着を付けたら放してやる。私とお前との決着には相応しい生贄だ。そうは思わないか、織斑千冬?』

『一体何を言っている!?』

 

 逆上する千冬の疑問に答えるかのように、巨人の胸部にあるコックピットが開かれる。そこにはバイザーで素顔を隠した少女がいた。

 今がチャンスだと、零落白夜で斬りかからんと身を乗り出そうとする千冬であったが…………がその動きは、ピタリと止まってしまった。

 

「私だよ、姉さん。この顔が分からないか」

 

 開かれるバイザー。

 そこには、小さい頃の自分と瓜二つの顔があった。

 

「なッ、お前、は―――――」

 

 分かってしまった。

 目の前の少女が、何者なのか……だが、受け入れられない。

 

「馬鹿な……あの計画は、既に頓挫になった筈だ……何故、なぜお前(姉妹)がここに……!?」

「分からないだろうな、逃げ出したあんたには。自分だけ好きな夢を見て、本来背負う筈だった未来を私に押し付けたあんたには! この顔を見ろ! 私はお前だ! 劣っていると知りながらお前に運命を押し付けられた……搾りカスだ」

「何故一夏を攫った!?」

「何故だと? 『大人達』が、お前達姉弟に追手を差し向けなかったのが答えだよ、姉さん」

 

 その返答を聞いた千冬の顔が、青ざめていく。

 その答えで、全てを察してしまった。

 世界よりも、未来よりも、最愛の『おとうと』と生きていく道を選んだ。

 

 だが、もし。もう一人いたとしたら。

 

 救われなかった『いもうと』がいたとしたら。

 自分が捨てた世界と未来を、劣っていながら押し付けられた存在が、いるのだとすれば。

 

「あ……あぁ……」

 

 今までの怒りが嘘であるかのように、溢れ出る罪悪感が千冬を押しつぶさんと襲い掛かった。

 

「何故……そうだとして何故一夏を攫った! 私に復讐したいのなら、私にだけ挑みに来ればいいだろう!? 自分が何をしたか分かっているのか!? このままでは死ぬぞ!」

「どう死のうが私の自由だ。そう……私は自由だ」

 

 自由――――噛みしめるようにそう言うマドカ。

 お互いに呪われた遺伝子を宿した姉妹の初対面は、必然というべきか穏やかなモノではなかった。

 

「このままでは世界を敵に回すぞ!?」

「いけないか!? 世界を敵に回して!? 一度『白騎士』として世界を敵に回し、勝利したアンタがそれを言うのか!?」

「あの時と今では違う! 巡洋艦やミサイルなんかじゃない、ISの発祥した世界を敵に回すんだぞ!?」

「ならここで世界に勝利すれば、私はあんたを超えられる。そう言いたいんだな姉さん!?」

「違う! 私はお前に――――!!」

 

 言い返そうとして、それ以上千冬の言葉は続かなかった。

 今更そんな事を言って何になる?

 自分のせいで、この少女の存在のおかげで自分は今まで、弟と一緒に幸せに暮らす事ができた。

 知らずとはいえ、この目の前の妹を勝手に生贄にし、それで掴んだ幸せを謳歌してきた自分が、今更姉としてどんな言葉を送るというのだ?

 

「……ッ」

 

 悔しさと罪悪感のあまり、拳を握る千冬。

 そんな千冬を見たマドカは、もう話す事はないと言わんばかりに、しゃがみ込ませた試作型エクスカリバーの巨体を立ち上がらせる。

 

「これ以上姉さんの好きにはさせない。私は呪われた運命を打ち破る!」

 

 もう、話す言葉はない。

 その機会はとうに過ぎている。いや、そもそも永遠に訪れる機会などなかったのかもしれない。

 後は、互いに壊し合うだけだ。

 

「そのために、まず貴様を殺す!!!」

 

 さあ、始めよう。

 救われる者なき戦いを。

 勝利者なき戦いを。

 

 呪われた遺伝子を持って生まれた姉妹は、出会うことなくすれ違い続けた彼女達には、もはやそれしか残っていなかった。

 

どんな展開をお望み?

  • マドカの身体のまま復讐完遂
  • フォックス・・・・・・ダァイ
  • からの他人の身体を乗っ取って復活
  • クロエと百合百合
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