もし織斑マドカがリキッド・スネークみたいな奴だったら   作:ナスの森

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オルコット家の事情

 あるイギリス貴族の夫婦の話をしよう。

 一族の名前はオルコットといった。イギリス貴族の中でも特に名高いとされる名家であり、その影響はイギリスの政界にすら大きな影響を及ぼしてきた上位階級の貴族の名である。

 夫は、そんな名家に婿入りした元一般人だった。それ故、元来からの優秀な貴族である妻には引け目を感じており、妻もそれを知って尚夫の事を受け入れていた。

 上位階級と元労働階級という立場故、二人の間における価値観は決定的に違っており、それ故裏での内心の衝突は多かったが、基本的はお互いに想い合い、そして愛していた。

 やがて、二人は子供を授かる事にした。

 生まれた子供の名前はセシリア・オルコット。

 

 そしてもう一人……二人は実娘とは違う、貧民層のスラム街で拾い上げた身寄りのない娘を育てていた。

 その娘の名前はチェルシー・ブランケットと言った。

 歳はセシリアよりも三歳年上であり、労働階級の出身故に彼女を見捨てる事ができなかった夫の要求を、唯一の我儘を、妻は受け入れた。

 チェルシーもまた名誉あるオルコット家のメイドとしての教育と知識を叩きこまれながらも、まるで実の娘のごとく二人はチェルシーの事を可愛がり、育てた。幼きセシリアもチェルシーに懐き、チェルシーもまたセシリアを可愛がった。

 まるで実の姉妹の如く中のいい二人を見て、妻と夫もまたその時だけは普段の貴族としての矜持も、元の立場の違いによる隔たりも忘れて笑い合う事ができた。

 

 だが、ある時妻は気付いた。

 そもそも、何故チェルシーがあそこまでセシリアを可愛がるのか。来てからそれなりの時間すらも立っていない段階であそこまで可愛がるのはさすがにおかしいと妻は気付いた。

 夫もまたそれに気付いた。

 そもそもの話、元々上位階級に対しての不満を抱える者が多い貧民階層の出身であり、しかも身寄りもなく幼き身で一人で生き続けてきたチェルシーが、自分達上位階級の娘に対して何の隔たりもなく可愛がるなどおかしい話だった。

 チェルシーほどではないにせよ、元々労働階級に位置していた夫に、妻はそのことを相談した。結果、夫はどうやら妻よりも早い段階でそれに気付いていたらしく、二人はそれとなくチェルシーに疑念を向けるようになる。

 勝手に拾っておきながら、勝手に疑ってしまうという、自身の大人としての無責任さを自覚しつつも、二人はチェルシーの動向を見守った。

 

 やがて……二人は聞いてしまった。

 チェルシーの膝の上で眠るセシリア。そのセシリアの頭を撫でるチェルシーは、優しい顔で、そっとその名前を呼んだ。

 

 ――――ああ、可愛い、()()()()

 

 一切の波長の光すら反射しない、ハイライトのない目で、まるで胸に空いた何かを埋めるような、その呟きは、二人をこれまでにないくらい震撼させた。

 二人はとうとう違和感の正体がわかってしまった。無条件でセシリアをかわいがるチェルシー……その違和感の正体。

 

 チェルシーは、セシリアの事など、見ていなかった。

 セシリアを通して、それ以外の誰かを、チェルシーはずっと見つめていたのだ。

 

 表向きはセシリアの名を呼んでいても、裏ではセシリアの名を呼ばす、夫婦も娘のセシリアも知らない誰かを、チェルシーはずっと求めていたのだ。

 それを知ったオルコット夫婦は、とうとうチェルシー本人に直接聞き出す算段に出た。これ以上セシリアを誰かと重ねてほしくない、ちゃんとセシリア自身を見てほしいという親としての願いもあったが、何より二人はチェルシー自身の持つ問題と悩みをどうにかしてあげたかった。

 

 故に、二人はチェルシーに直接聞いた。

 しばらくは黙秘を通していたチェルシーであったが、やがて二人の熱意に折れ、口を開いた。

 

 ――――自分には、生き別れた妹がいる。

 

 今にも泣きそうな声で、ようやくチェルシーは話してくれた。

 自分達には身寄りもなく、物心がついた時から既に二人きりで、毎日物乞いや窃盗などを繰り返しながら食を繋いできた。勿論妹にそれをやらせるわけには行かず、チェルシー一人でソレを実行し、妹をずっと守って来た。

 しかし、ふとした拍子に妹は、上位階級の大人達に拉致され、こうして行方不明なのだと聞いた。

 だから自分は、こうして行き倒れを装ってオルコット夫婦に近付き、少しでも妹の情報を得ようとしたのだという。

 だが、結局エクシアの情報を得る事はできず、もう妹に会えないのだと絶望している所でオルコット夫婦の実娘であるセシリアと出会い、妹と重ねていたのだと。

 

 幸せだった、とも。

 

 チェルシーは続けて言った。もう、自分の事は何処かに捨て去ってしまって構わない。貴方達を騙して自分は近づいた。そんな自分をこんなに可愛がってくれて、まるで実の親のようで、身寄りのなかった自分からすればまるで幻のような幸せな日々だった。

 

 もう、満足した。

 

 妹には終ぞ会えなかったけれど、もう十分に幸せだった。だから、もうこれでよかったのだと。

 後はここから出て、どこかで野垂れ死にでもすると、チェルシーはもう疲れ果てたような笑顔で、そう言った。

 

 二人は激怒した。

 特に夫の方は、ふざけるな、声高にしてチェルシーに叫んだ。妻の方も目を細め、厳しい目でチェルシーを見据えていた。

 チェルシーはそれを甘んじて受けいれようとした。

 自分はもうそれだけの事をこの二人にした。騙して、入り込んで、家族ごっこを演じた。これは報いなのだと受け入れようとした。

 

 だが、チェルシーの予想を裏切り、二人はチェルシーを捨てようとはしなかった。決して、貴女を捨てないと妻はチェルシーにいった。

 唖然とするチェルシー。

 

 ――――絶対に、君の妹を見つけ出して見せる。

 

 真っ直ぐな目で、夫はチェルシーにむかってそう言い放った。妻もまた夫のその言葉に同調した。

 

 ――――何故、そこまでしてくれるのですか?

 

 唖然としながら、チェルシーは夫妻に問う。

 自分は貴方達を騙した。貴方達を妹が連れ去った悪い大人達と同類だと勘違いして、なおかつ行き倒れを装って近づいたというのに、貴方達が良き大人である分かった後もその良心に付け込み続けた。

 そんな塵みたいな人間である自分に、何故そこまでしてくれるのだ。そのような優しさ自分ではなくセシリアに向けてあげるべきだと、チェルシーは言い放った。

 

 ――――そんな顔をしている貴女を、見捨てられる訳ないじゃない。

 

 次に、妻は普段とは違う優しげな、まるで実の娘をあやすかのような口調でチェルシーの疑問に答える。

 反省もしている、別の誰かと重ねていたとはいえセシリアの事も可愛がってくれた、我儘も言わず自分達に尽くそうとしてくれた。そんないい娘が今、自分達の前で反省と後悔に塗れた表情で座り込んでいる。

“そんな貴女を見捨てるなんて、私達にはできない”。

 妻は真剣な眼差しでチェルシーに言う。

 

 ――――君はもう私達の家族なんだ。家族がいなくなれば私も、妻も、そしてセシリアも悲しむ。

 

 家族……その言葉を夫の男性から言われた途端に、チェルシーの目から涙が零れてきた。

 それは、何よりも暖かい言葉だった。

 ……こんな、糞みたいな自分を、この人達は家族と呼んでくれるというのか。

 

 ――――貴女の妹を、必ず見つけ出すわ。もっと私達を頼って良いの。だから……貴女はずっと、ここにいていいのよ。……いえ、ここに……いてくれないかしら?

 

 その言葉で、とうとうチェルシーは泣き崩れ、夫婦の二人に抱き着いてた。

 

 

 

 それから数年たった夜……オルコット夫妻は、上に小さな電灯をともした食卓で向かい合っていた。

 数年前に引き取った娘、チェルシー・ブランケットの妹、エクシア・ブランケットを無事取り戻す事に成功した二人は、エクシアの今後の事について議論していたのだ。

 いや、議論というよりは、衝突していた。

 

「……無理よ。酷な話だわ。確かにその方法ならエクシアを助ける事ができるかもしれない。けどそれは……!!」

 

「けど、もうこれしかないじゃないか。あの子の心臓病を治す手立てはもうこれしかない。でなければ、あの子は一生あの延命装置に閉じ込められたままだ!」

 

 そう、数週間前、二人は貴族としての伝手を最大限に利用し、ようやくエクシア・オルコットの在処を掴み、こうして取り戻す事に成功した。

 これでようやく姉妹を再会させる事ができる。

 そう思った矢先……ある事実が判明したのだ。

 エクシア・ブランケットは心臓病を患っており、ずっと延命装置の中で生命維持液に漬けられたまま目を覚まさぬ状態であった。

 ペースメーカーでも、人工心臓でも直すことはできず、専門の医者からも治療は不可能であると言い渡された。

 

 ……しかし、一つだけ。

 

 一つだけ、方法が残されていた。

 

 イギリスの上層のIS部門では、機械と生体の融合、生体工学の研究が行われており、その一環として、「人間とISコアの生体同期」というものあった。

 人体の致命的欠損した部分にISコアを埋め込み、身体の一部分として同調させる事によって、生きながらえさせるという手法であった。

 

 だが、これにはある致命的な欠落を抱えていた。

 機能的な欠落ではなく、政治面での欠落が存在していた。

 

「仮に……仮にそんな方法でこの子が助かるとしても、この子は上のいいように利用される運命が待っているだけよ!! ISコアは皆コアネットワークで繋がっていて、それはIS委員会によって常に管理されている。そんな状況で……!!」

 

「なら僕達が守ればいい! あの娘との約束を忘れたのか!? ようやく取り戻したんだ! ようやく再会させる事ができるんだ! それなのに君は――――」

 

「貴方には分からないのよ! ただでさえ今のイギリスはISパイロットや代表候補生を都合のいい駒として見ている節がある! 私達だって上位貴族の一つでしかない。限界があるのよ!!」

 

「ッ! 君にこそ分からないだろう! 上位貴族様出身である君には! ひたすら身寄りのない身で幼い妹を守り続けて、上の身勝手な都合で引き離されて、それでもずっと妹の無事を祈り続けてきた貧民の娘の気持なんて分からないだろう!!」

 

 エクシア・ブランケットを実験体として保存していた施設は、政府の関連施設だった。この非道な研究に上が関わっている事は明白であった。

 しかも最悪な事に、エクシア・ブランケットは次期開発されるであろう第三世代機の特徴武装であるBT兵器を操るのに、これまでに類を見ない最高適正数値を叩き出していた。そんな逸材を、上が易々と見逃してくれる筈がなかった。

 このままでは、オルコット家が上からの陰謀で潰されるのも時間の問題であった。

 

「分かっていないのは、労働階級出身の貴方よ!! IS業界の闇なんて貴方に分かる筈ない! あの子は、エクシアは……既に逸材として政府に目を付けられているのよ!? このままじゃ……体のいいようにいつか利用されるなんて目に見えている。我がオルコット家の所有するコアを使った所で……コアネットワークですぐにバレてしまう! それくらいなら、このまま……!!」

 

 両者の言い争いはエスカレートしていく。

 今までも価値観の違いで幾度か衝突した事は多々あったが、ここまで白熱したのは付き合って以来初めての事だった。

 両者も正しく、間違ってなどいなかった。ただ自分達に尽くしてくれた娘とその妹、姉妹を再会させたいという一途な想い。同じ想いを抱きながらも、自らの家の限界を考慮し、いつか上に利用されてしまう事を予期し、このまま楽に逝かせてあげた方がマシだという心。

 どちらの言い分も筋が通っており、正しかった。

 

 両者は妥協し合う事もなく、譲り合わず、言い争い続けた。

 

 そんな時だった。

 

 

 

 

 

 

「では、未登録のコアであればその危険もない。そうではないですか?」

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 突如として、暗闇の中から聞こえた声に、二人は一斉に辺りを警戒する。

 そして、コツ、コツとゆっくりとした足取りの音が部屋に響き、やがて光に照らされた領域にそれは姿を現した。

 

 左目に泣き黒子、髪先をリンスで見事に丸められた鮮やかな金髪、そして露出度の高いセレブファッションの出で立ちの女性。

 

 妻は、その女性に見覚えがあった。

 社交界でも幾度か見かけ、その度に少し挨拶する程度の仲であったが、それでもお互いの顔はしっかり覚えていた。

 

「貴女は……スコール・ミューゼル……?」

 

「お久しぶりです。いつかのパーティー会場でお会いして以来ですね、オルコット殿?」

 

 いつもパーティー会場で会う時と同じように、気品を感じさせるお辞儀をするスコール。妻もまたいつもの癖で同じように貴族特有のお辞儀で返してしまう。

 

「……どうやって、ここに入って来た?」

 

 そんな中、夫の方は警戒しながらスコールに問いかける。

 

「というと?」

 

「ここの警備は厳重だ。少なくとも、貴女のような淑女が簡単に入り込めるような場所ではない。一体どうやって……」

 

「フフフ……少しあの子に頼りまして……今、ここの警備員は皆眠っております。無論、セキュリティシステムも潜り抜けて」

 

「ッ!!?」

 

 スコールの口から放たれた衝撃的な事実に、夫妻は息を飲む。

 夫は慌てて壁の受話器に手を取り、警備部隊の無線に呼びかけようとするが、反応はなかった。

 全員、意識不明。

 夫婦の頭の中で導き出された結論はこれだった。

 

「我々に、何の用だ」

 

 警戒の姿勢を崩すことなく、夫はスコールに問いかける。

 殺気は感じない。

 どうやら自分達の命が目的で来た訳ではないようだ。ならば、彼女は一体何のためにここまでやってきたのだ?

 

「その前に、改めて名乗らせてもらうわ」

 

 しかし、スコールは夫の疑問に答える前に、いつもの社交場での敬語を崩し、砕けた口調になる。

 そこにはもう、社交場におけるスコールの顔はなかった。

 

「私の名は、スコール。『絶え間ない雨(スコール)』のコードネームを持つ、亡国機業(ファントム・タスク)の幹部。以後、お見知りおきを」

 

 再びお辞儀したスコールは、顔を上げて本題に入る。

 

「安心しなさい。貴方達をどうこうするつもりはないわ。ここの警備員には少しの間眠ってもらうだけ。その間に、私達は貴方達とある取引がしたいの」

 

「取引……だと」

 

「そう……エクシア・カリバーン。いえ、エクシア・ブランケットというべきかしら」

 

「「ッ!!?」」

 

 それは、スコールの口から聞きもしないであろう単語だった。

 二人は驚愕し、先ほどとは打って変わって訝し気な目線でスコールを見やり、夫もまた警戒の色を強める。

 

「やはり政府の回し者か!? どんな物を突き付けられようが、あの子は渡さ――――!!」」

 

「アナタ、待って!!」

 

 激昂した夫がスコールの前に立ちはだかろうとするが、それを妻が止める。

 彼女も眉間に眉を寄わせて不機嫌な顔になっていたが、それでも夫よりは冷静な様子だった。

 

「ごめんなさい、続けて頂戴」

 

「フフ、相変わらず聡明な方で助かるわ。では続きを、貴方達はエクシア・ブランケットを無事政府から奪い取る事に成功した。そして彼女の病を治す手段も存在している。だがそれはISコアを心臓部と置き換えて同期させるという非人道じみたもの。おまけにISコアはコアネットワークにより繋がっており、コア同士、もしくはコアネットワークを介した機器に反応してしまう。つまり、貴女方の保有するコアでは彼女を助ける事ができても、その今後が保障される事は一切ない。

 そうでしょう?」

 

「……全て、お見通しなのね」

 

 何処で情報が漏れてしまったのか、と妻は悔しい思いに駆られる。

 亡国機業……名前くらいは聞いた事があった。

 何でもISコアを狙うテロ組織として活動しており、まさか彼女がそこに所属する人間だとは思いもしなかった。

 

「それで、そうだとして、貴女方は一体我々とどのような取引をしたいの?」

 

「そうね。まどろっこしいのは面倒だし。単刀直入に言うわ」

 

 スコールは口を歪めながら、その甘美敵な内容を口にした。

 

 

 ――――未登録のISコア、欲しくはないかしら?

 

 

 それは、今の二人にとってはあまりにも魅力的な提案であった。

 

 

 同時に、悲劇の始まりでもあった。

 

どんな展開をお望み?

  • マドカの身体のまま復讐完遂
  • フォックス・・・・・・ダァイ
  • からの他人の身体を乗っ取って復活
  • クロエと百合百合
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