「ただいまー」
「おかえりなさい、お兄様」
演劇の練習を終えて帰宅すると、茜が出迎えてくれた。いやあ、いいね、家に帰ったら可愛い妹が出迎えてくれるっていうのは。
「お兄様、今日はどうされますか?」
「んー、先に鍛錬にしよう」
「演劇の練習でお疲れじゃないですか?」
「大丈夫だ」
「わかりました。準備してきますので、お兄様も着替えてきてください」
「あいよ」
俺は自室に向かった。
着替えて中庭に出ると、既に茜がいた。
「お待たせ」
「いえ、私も今来たところです」
「・・・・・・なんかデートみたいだな」
「な、ななななにを言ってるんですかっ、わ、わ私とお兄ちゃんとデートだなんてっ/////」
照れる茜も可愛いなー。補足だけど、茜は興奮すると俺のことをお兄ちゃんと呼ぶ。まあ昔はお兄ちゃん呼びだったんだけど、ある時からお兄様に変わった。理由を聞いたら恥ずかしいからと言っていた。
「ほら茜、深呼吸」
「あ、は、はいっ」
スーハーと深呼吸を何回か繰り返す。落ち着いた頃を見計らって声をかけた。
「よし、はじめるぞ」
俺と茜は木刀を一本ずつ持ち構えた。ちなみにこの鍛錬は師匠を含めた三人で旅をしていた時からの日課のようなものでもある。
「はい、お願いします」
「行くぞ」
―――ヒュンッ
と風の切る音がする。俺が茜に対して近づいて木刀を振り下ろした音だ。
―――カンッ
それを茜は受け止める。
「やはり本気ではないとは言え、早いですね」
「目で追えなかったら意味ないからな」
茜の言う通り俺は手加減をしている。この鍛錬は主に茜の防御を鍛えるのが目的だ。一番最初は遅く、そして慣れたら段々早くしていく。そうやって早い剣を防げるようにしているのだ。ちなみに今俺が振り下ろした剣速は恭也さんと立ち会った時より若干早い。
「どんどん行くぞ」
「はいっ」
木刀がぶつかり合う音が何度も響く。
「誰だ!」
しばらく打ち合っていると物陰に気配を感じた。そこを見ていると
「やあ」
「どーも、お邪魔しまーす」
出てきたのは竜馬と藍莉だった。
「なんだ、どうした?」
「空に話があって来たんだけど、邪魔しちゃったね」
「いや、そろそろ終わりにしようとしてたところだ」
「それにしても意外でしたねえ、空さんが妹さんをいじめて喜ぶ性癖があったとは」
「人聞きの悪いことを言うな、これはちゃんとした修行だ」
「そうです、お兄様を悪く言わないでください」
「あははー、茜さんがそう言うならそうなんですねえ」
「あれ藍莉、茜ちゃんの言うことはすぐ聞くんだね」
「まあ、怒らせたら怖いですからね」
茜を紹介したときのことを言っているんだろう。思い出したのか苦笑いしている。
「私よりお兄様を怒らせたほうが怖いですよ」
「そうなの?」
竜馬が俺を見る。俺に聞くな。言っとくけど俺が茜を怒ったことは一度もないからな。
「ええ、この間の騒ぎのときのお兄様のお怒りなんて優しいくらいです」
「でも空さんが女の子に怒るなんて想像できませんねえ」
「それはあなたが身内だからでしょう。お兄様は身内に本気で怒ることはしません。敵であれば・・・・・・、いえ、なんでもないです」
「えっ、どうしてそこでやめたの!?」
「すみません如月さん、私の口からは言えません」
「それを聞くと逆に気になりますね」
「東雲さん、好奇心は猫をも殺すんですよ?」
「・・・・・・・・・」
茜がここまで言うんだ、切れた時の俺ってそんなに怖いんだな。てか、そんな話俺のいないところでしろよ。
「で、竜馬、話って?」
「あ、ああ」
頷いてチラリと茜を見る。ああ、管理局絡みか。
「茜」
「はい」
茜は呼びかけるだけで俺が何を言いたいのか察して家の中に入っていった。
「できた妹さんですね」
「自慢の可愛い妹だ。それで?」
「話っていうよりは気をつけて欲しいんだけど」
「気をつける?」
「はい、先日、あの神谷―――キモメン野郎の騒動の後、ある事件が起こったんです」
態々言い直したよ、藍莉もあいつのことは嫌いなんだな。
「事件?」
「管理局のS級監獄から一人の犯罪者が脱獄しました」
「脱獄?てか前もあったな」
弛んでるんじゃね?
「その犯罪者は強者を求めて、多くの人々を殺めてきた。時には罪のない人さえも。もちろん管理局は彼を捕まえようとした。でもその強さは異常だった」
「異常?」
「彼を捕縛するために約百人のAランク以上の局員が向かった。結果は全滅。半日もせずに全滅させられた」
「彼を捕えられたのは奇跡と言っていいです。彼を見つけたとき、彼は瀕死の状態でしたから」
「そこで止めを刺そうとは思わなかったのか?」
「彼には利用価値があるかもしれない、それが上層部の決定だった」
は?バカじゃねえの?
「バカな話かもしれませんが、事実です」
「で、捕まっていた犯罪者が脱獄したと。てかなんで俺に注意が必要なんだ?」
「それなんだけどね、神谷ってあれでも結構強くて有名なんだよね」
「殆どはレアスキルのおかげですけどね」
藍莉の刺のある言い方。本当に嫌いなんだな。
「それは獄中の彼にも届いていた。そして、神谷が倒された」
「それが耳に入って脱獄したって?てか、あいつより強い奴なんて山程いるだろ」
「正確には、君の名前を聞いてだそうだよ」
「俺の名前?」
「はい、看守がそれを話題に話していたら、空さんの名前を聞いた途端、笑いながら脱獄したと聞いてます」
え、何それもろ俺狙いじゃん!(メ・ん・)?待てよ、その話聞いたことある・・・・・・。
「ちなみにそいつの名前は?」
「死神の異名で知られ、名前は―――
―――オルクス・バトラー」
龍馬からその名前を聞いて俺は目を見開いた。その名前は師匠が殺したはずの男の名だった。
「空さん、どうかしましたか?」
動揺している俺を見て、心配そうに顔を覗き込む藍莉。
「いや、なんでもない」
「・・・・・・・・・」
あの決着の後、管理局がアイツを助けたのか!バカが!俺は知らずのうちに血が滲むほどに拳を握りしめていた。
「空さんっ」
「ハッ」
俺は藍莉の声で正気に戻った。右手が温かいので見れば、藍莉が俺の手を握っていた。
「何か、あったんですか?」
「わ、悪い、大丈夫だ」
「・・・・・・そう、ですか」
「悪い、手、汚した」
藍莉の手には俺の血が付いてしまっていた。
「大丈夫ですよ、気にしないでください。それよりも消毒しないと、茜さんを呼んできますね」
そう言って藍莉は家の中に入っていった。
「空」
「ん?」
「君が何を考えているかわからない。でも、皆を悲しませたらダメだよ?」
「ああ」
さて、今回は俺がどうにかしなきゃな。