ようこそ適当主義者のいる教室へ   作:キルルトン

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中間テスト

 この寮には2基のエレベーターがあるが、朝は非常に混む。上層階に住む女子が乗り込んで来るため、場合によっては到着しても定員オーバーなんてことも珍しくない。

 その為、俺は敢えて遅くに部屋を出ている。

 まぁ、今日は中間テストの日。ほとんどの生徒が朝早くに学校へ行き、最後の追い込みと言わんばかりに教科書と睨めっこしたり、集中力を高めているはず。おかげさまで、こんな時間にまだ寮にいるのは俺だけだろう。周りに誰もいないし。

 やる事もなくボーとしていると、ようやく右側のエレベーターが到着した。

 

「……おはよう佐倉」

「……あ、お、おはよう新道くん」

 意外にも俺以外にまだ寮にいた。自分1人しかいなかったのにエレベーターの隅っこで縮こまっていた少女、佐倉だ。

 

「こんな時間に登校か。寝坊でもしたか?」

「……うん」

「そうか。テスト前の一夜漬けってとこか?」

「うん」

「赤点を取らない自信はあるのか」

「うん」

「!?……意外だな、そんなに自信があるのか」

「うん」

「……さっきから、うんしか言ってないか?」

「うん」

 そこも、うんか。大丈夫か?

 ここは、エレベーターの中だし、監視カメラがあルカだ問題ないだろ。変な事しないしいいだろ。ただ、佐倉の耳元で囁くだけだし。

 

「………佐倉ってかわいいよな」

「うん………えっ!」

 あっ、やっとうん以外のこと言ってくれた。

 

「し、新道くん。今、なんて……」

「佐倉。ちょっと、じっとしてくれ」

 俺は佐倉の両肩を掴みこちらを向かせる。そして、佐倉の目をまっすぐ見つめる。

 

「え、えっ、なに」

 なおも慌てふためく佐倉を無視して俺は手のひらを佐倉の額に当てる。

 

「……少し熱いな。テスト、大丈夫なのか」

「大丈夫……かは、わからないけど……やらないと、退学になっちゃうから……」

 だよな、この学校が風邪を引いたから別の日にテストを行ってくれるとも思えない。

 あー、面倒くさいことに気づいちまった。

 

 

 

 

 

 

 

「欠席者は無し、ちゃんと全員揃っているみたいだな」

 茶柱先生が不敵な笑みを浮かべながら教室へと入ってきた。茶柱先生が現れたことにより、教室はさらに張り詰めた空気になる。そんな俺たちを見回し、茶柱先生が続ける。

 

「お前ら落ちこぼれにとって、最初の関門がやって来たわけだが、何か質問は?」

「僕たちはこの数週間、真剣に勉強に取り組んできました。このクラスで赤点を取る生徒は居ないと思いますよ?」

 平田が自信満々に答える。どれぐらい勉強したか知らないけど周りの生徒の顔には自信に満ちていた。

 

「そうか、なら今回のテストと7月の期末テスト、この両方で赤点者がいなければ、お前ら全員を夏休みにバカンスに連れて行ってやる。青い海に囲まれた島で夢のような生活を送らせてやろう」

 茶柱先生がご褒美をくれると言う。笑わせるんじゃねぇ。クソ暑い日差しの下、塩水に浸かり、生暖かい潮風を受けるとか何処らへんが夢なんだ?しかも、海に囲まれた島ってどう考えたって移動が船か飛行機しかないじゃん!乗り物じゃん!!夢ってつうか、ほぼぼぼ地獄だよ!

 

「皆……やってやろうぜ!」

「「「「「うおおおおおおおお!!」」」」」

 池のセリフに男子たちが咆哮する。いったいどこにそんなやる気を出す要素があるんだ。女子の水着か?それなら水泳の授業で見ただろ。スク水でなく、自前の水着が見れると思ってるのか……そんなポイント持ってないだろこのクラス!

 

「な、なんだこの妙なプレッシャーは……」

 茶柱先生は生徒(主に男子)から発せられる気迫に一歩後退していた。

 

「変態」

 堀北の冷徹な一言により、一気に静まり返る教室。

 やがて全員に問題用紙が行き渡り、準備完了だ。

 

「では、始め」

 先生の合図と同時に、クラス全員が問題用紙をひっくり返した。

 

 

 

 

 

 

 テストの内容は小テストと比べたら、割と難しい。だが、問題はない。

 強いて言うなら……

「楽勝だぜ!中間テストなんてな!」

「俺なんて120点取っちゃうかもな!」

 他の生徒が問題だったが、何故か全員余裕の表情だった。

 

「須藤くんはどうだった?」

 櫛田が1人机に座って何かのプリントを凝視する須藤君に声をかける。だが、須藤はプリントを凝視していた気付いていないようだった。そして、その表情は暗く、焦っている。

 

「……あ?わりぃ、ちょい忙しい」

「須藤、お前もしかして……過去問で勉強しなかったのか?」

「英語以外はやった。寝落ちしたんだよ」

 池の質問に少しイライラしながら答える。

 へぇー、過去問なんかあったのか。話の流れ的に俺以外は知っている感じだな。

 そして、須藤は英語の過去問に今初めて目を通しているのか。テスト開始まで残り10分程度で全部詰め込むのは不可能だろう。

 英語は慣れていない人から見れば呪文にしか見えない。しかもあの焦りようだとかなり厳しい。

 かなり焦っている須藤に堀北が席を立ち近寄る。そして、点数の高い問題と答えが極力短いものを覚えるようにアドバイスをする。今の状況でできる最善の策を教え、できる限りのことをする。

 

 俺は、そんな2人の最後の追い込みを見る中一緒に視界に入る佐倉を見た。過去問を持っていないだけか知らないがいつもと変わらず、じっと自分の席で座っていた。

 エレベーターの時から結構あったけど今はどうなんだ。

 この場で佐倉の額を触って体温を調べるのは流石にできない。仕方ないから、俺はトイレに行くふりをして佐倉の背中をそっと撫でた。バレたら面倒だが問題ないだろう。

 

「………」

 結果は無反応。元々鈍い訳でない限り、病状が悪化している。このままテストをやれば、もしかしたら須藤だけは赤点を免れるかもしれない。

 

 テストが終わり、クラスの奴らが教室を出て行く中、俺は自分の席でボーと須藤たちを見ていた。

「お、おい大丈夫か?」

「わかんねえ……あーくそ、なんで俺は寝ちまったんだ……」

 自分への苛立ちから貧乏ゆすりを見せる須藤。櫛田が慰めようとするも、今の須藤に効果は薄かった。

 そこに、堀北が姿を見せる。

 説教をすると思いきや、堀北は過去問をやらなかったのは須藤の落ち度だが、精一杯やったと言った。慰めではなく、本心で須藤を褒めていた。

 それだけでも驚きだと言うのに堀北はさらに須藤に謝罪した。その内容はなんでも以前にバスケットを馬鹿にした事だそうだ。ゆっくりと頭を下げ、謝罪の言葉を残し教室を出た。

 

「や、やべぇ……俺……堀北に惚れちまったかも……」

 ああ、そうか心底どうでもいいわ。早よ帰れ。

 その俺の願いはすぐに叶った。

 心臓に手を当てる須藤を連れて、池たちが教室を出る。綾小路だけが俺の方を見ていたが、池たちの催促の声を聞き、すぐに後を追って行った。

 

 これでやっと帰れる。俺は席から立ち上がり佐倉のところへ向かう。

「佐倉。大丈夫か?」

「………」

 話しかけても全く反応がない。

 仕方ないので肩に手を置き、少し揺らしながら声をかける。

 

「おーい、佐倉」

「……あ、新道くん。……えっと、もう、終わったの……」

「ああ。残ってるのは俺とお前だけだな」

「……そ、それじゃあ……私も……」

 佐倉が帰ろうと机から立ち上がるが、足腰に力が入らないのかよろけて倒れそうになる。俺はそれをギリギリで受け止めた。

 危ねぇな。付き添いはあると思ってたけど。これじゃあ時間がかかるし、面倒くさいが……

 

 

 

 

 

 

「………………んっ」

 目が覚めたら、そこは私の部屋だった。

 一瞬、今日の1日の出来事が全部夢だっだんじゃ無いかと思った。

 テストが不安だったから見てしまった夢で本当はまだ中間テストはやってないんじゃ……

 でも違う、頭がまだ少し痛いし頭もぼーっとする。

 何より私の服装。あれが夢だったらパジャマ姿のはずなのに、私は上にワイシャツと下はスカートを履いている。

 それから、私は今の状況を少しずつ思い出していった。

 そうだ、私、自力で帰れなくて新道くんに負ぶさって……

 

「……じゃあ、これって……!!」

 私はもう一度自分の服装を見た。ワイシャツと学校指定のスカートを着ているだけ。

 これって、やっぱり……私……新道くんに……

 

「――――――――――――!!!」

 ううう……。顔が熱い……。

 

 そう言えば、ブレザーは何処なんだろう。

 周りを見回すと机に制服のブレザーが綺麗に畳まれ、その上にいつも掛けている伊達メガネと学校指定のリボンが置いてあった。

 そしてその横にコンビニの袋と置き手紙があった。袋の中にはヨーグルトやスポーツドリンクが入ってあった。

 私は手紙を手に取り読んで見た。

『消化に良さそうなのをコンビニで買っておいたから食欲が湧いたら食べてくれ。ポイントを返す必要はないから安心しろ。P.S.ブレザーの件とかは触れないでくれると嬉しいです』

「…………新道くん」

 

 

 

 

 

 

 俺は自室に帰るや否や、床に膝をつきベットに顔の上半分を押し付けた。

「ああああああ……」

「帰って来て早々、なに奇声上げてんの?」

「ああああああ」

「聞けぇい!」

「あたっ!!」

 俺の背中をバチン!と思いっきり叩いてくれたおかげで背中に残っていた感触を忘れることができた。

 

「いっつう〜……って、明日香!お前いつから居たんだ?」

「いつからって……輝が帰ってきたときにはもうゲームしてたよ。そしたらいきなり、ベッドに突っ伏して奇声あげて。一体どうしたの?」

 おおっと、そうだった、そうだった。俺、体調不良の佐倉を背負って……それで……

 

「ああああ……」

「またか!!」

「いっつう〜……助かった」

「何があった、本当に?」

 うーん、どうしよう理由言ったら100%茶化してくるよな。

 

「早よ言え〜!」

「!!……わかった!わかった!だから、下手くそなヘッドロック解け!」

 ヘッドロック自体はなんの苦にもならないが、今は背中に胸を当てられるのがまずい。

 

「じゃあ、さっさっと話せ」

「……いや、実は――――――――」

 その後、俺は軽く説明した。

 佐倉が風邪をひいてテストが散々な結果であろうこと。茶柱先生に軽い質問をしたこと。俺が佐倉をおぶって寮へ帰ったこと。そのあと、風邪の時に食べた方が良いものを買って置いたことを…………流石に、制服のブレザーを脱がしたことは言わなかった。

 

「ふむふむ。つまり、その愛理ちゃんをおんぶした時におっぱいがこれでもかと背中に当てられたからあんな奇声を上げていたと」

 明日香の解答に俺は小さく首を縦に振った。それにしても、会ってもないのに名前で呼んでるよ。

 

「………へぇ〜、へぇ〜!輝ってそんなにムッツリだったんだ〜。そんなに気持ちよかったの〜。愛理ちゃんのお・っ・ぱ・い」

 ぶん殴りて〜。女子だけど殴りて〜。つーか、もう殴って良いじゃないか。俺の怒気に気づいたのか明日香は唐突に話題を変えてきた。

 

「あっ、そうそう輝。次の月曜の放課後空けといてね」

「いきなりなんだ?」

「実は、軽音部のみんなで1年の中間突破祝勝会を開くんだ。輝も参加しない?」

「俺、部外者だぞ」

 そういう場所って、関係の無い奴がいたら変な空気になるんじゃ無いのか?

 

「大丈夫、大丈夫。なんだったら輝の友達とかも呼んでいいよ」

「……ほぅ、明日香は今の俺に友達がいると思うのか」

「…………あー、なんかごめん」

 …………謝るな。気にしてないのに、虚しくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 月日は流れ……というほどの流れはないが、今日、中間テストの結果発表が行われる。いつもと変わらず俺が寮のエレベーターを待ち、着いたエレベーターに乗るとまた、佐倉と会った。

「おはよう」

「お、おはよう。新道くん」

「……テストはどうだった?」

「……たぶん、ダメだった。最後の方はぼーっとしてあんまり覚えてないんだ」

 消え入りそうな声で佐倉はつぶやく。

 落ち込んでいる佐倉には悪いけど、俺はひとつ気になることを聞いてみた。

 

「そう言えばさあ、クラスの奴ら過去問持ってたけど。なんでか知ってる?」

「えっと。も、木曜日の放課後に、櫛田さんが配ったの」

「へぇー、櫛田がぁ」

 確かに櫛田なら、先輩の誰かと仲良くなって過去問とか手に入れそうだな。それに、クラス全員と仲良くしたいというほどだし過去問を共有しようと思うのも頷ける。

 

「えっと、新道くんは貰ってなかったの?」

「ああ。さっさと帰ったから貰いそびれた」

 とは言っても。櫛田の性格ならなんらかの方法で俺に過去問を渡してくると思うが。俺が退学してせいせいするならともかく。

 

 

 

 

 

 

 教室に着き、いつも通り自分の席に着くと程なくして茶柱先生が入ってきた。その手にはテストの結果が載ってあるであろう紙を持っている。

「先生、本日テスト結果の発表と伺っているのですが?」

「平田。お前はそこまで気を張る必要はないだろう」

「教えてください。いつですか」

「喜べ、今からだ。放課後にやると色々と手続きが面倒だからな」

 茶柱先生の手続きという発言に一部の生徒が顔を硬ばせる。

 

「……どういう意味ですか」

「そう慌てるな。今点数を発表する」

 茶柱先生はそう言って、小テストの結果発表の時と同じように持っていた紙を黒板に張り出した。

 

「正直言って、感心している。数学と国語、それに社会では同率1位、つまり満点が10人以上もいた」

 その言葉に歓喜する生徒たち。

 だが一部の生徒は、最も危険とされてた須藤の英語の点数に注目していた。

 その点数は39点と小テストの時に言っていた赤点ラインを超えていた。

 

「しゃっ!!」

 須藤が立ち上がり叫ぶ。それに同調するように池や山内たちも喜ぶ。

 

「見ただろ先生!俺たちもやるときはやるってことですよ!」

 池がドヤ顔を決める。

 

「ああ。お前たちが頑張ったことは認めている。ただ、お前は赤点だ。須藤」

「は?ウソだろ?なんで俺が赤点なんだよ!」

「須藤。お前は英語で赤点を取ってしまった」

「赤点は32点だろうが!俺は39点取ってんだろ!」

「誰がいつ、赤点が32点だと言った」

「いやいや、言ってたでしょ!なぁみんな!?」

 池が須藤をフォローする。

 

「なら、お前にこの学校の赤点の判断基準を教えてやろう」

 そう言い、茶柱先生は黒板にある数式を書き出した。

 

 79.6÷2=39.8

 

「前回、そして今回の赤点の基準は各クラス毎に決められていた。そしてその求め方は平均点割る2。そして小数点は四捨五入する。つまり40点以上がセーフ、それ以外がアウトだということだ」

「……ウソだろ……俺が退学……?」

「ちなみに答案の採点ミスはない。確認したければするといい。ありえないだろうがな。そろそろ1時間目が始まる、私はもう行く。それと須藤、放課後職員室に来い。以上だ」

 茶柱先生が教室を出て行き、教室は静寂に包まれた。その中、綾小路がゆっくりと席を立った。

 

 

 

 

 

 

 結果として須藤の退学は取り消しになった。詳しい理由は知らないが別段どうでもいいか。

 そして、放課後になりクラスの奴らは各々で祝勝会を行うようですぐに教室から人がいなくなった。俺もさっさと帰え……あ、そうだ明日香に祝勝会に誘われてたんだ。

「あ、あの。新道くん」

「なんだ、佐倉」

 荷物を片付けているといきなり佐倉に話しかけられた。まあ、理由はわかるけど。

 

「あ、あの、ちょっと、いいですか?」

「ああ、いいぞ」

「えっと、なんで、私のテストの点数、あんなに高かったのか知ってますか」

 佐倉の中間テスト得点は……国語 94点、数学 73点、社会 86点、理科61点、英語 57点。凄え〜な〜佐倉。風邪引いてたのに俺なんかオール50だったのに。

 

「なに、簡単な話だ。俺の点数を半分佐倉の点数に加えるよう茶柱先生に頼んでたんだ」

「え!し、新道くんの点数を私の点数に」

「そ」

 つまり、実際の佐倉の点数は−50されたもので、俺はオール100ということだ。

 

「い、いつ?」

「金曜の放課後」

 まあ、依頼料としてそれなりのポイントを払ったけど。

 

「ね、ねぇ。なんで、私にそんな事してくれるの?」

 佐倉の疑問も最もだ。俺と佐倉は友達でもないし、況してや恋人でもないし。まさか、こんな理由だって知ったらどうするつもりなんだ?

 

「いや、特に理由がないんだよね〜ははは」

「…………へ?」

 俺の話を聞いて鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする佐倉。だけど、これが事実だ。

 

「ま、これが俺って奴だ。気にすんな」

 何はともあれ中間テストをDクラスは誰1人として欠けることなく突破することができたのであった。




投稿が遅くなりすみません。
来年もよろしくお願いします。
それでは、良いお年を!

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