そしてのび太の運命やいかに!
どれだけ時間が経過したのか……ようやく決心したようにのび太は声の方、つまり後ろへと振り向いた。
「ようやくこっちを見てくれたわね、別にとって食べたりはしないんだから大丈夫よ?」
「………………」
振り向いたのび太の返事はなかった。いやできなかったと言うべきか。
のび太の目の前にいたのは、金色の長い髪をした綺麗な女の人。おまけにドレスを纏い、なぜかこんな森の中にも関わらず日傘をさしている。
少なくともその格好はこんな木々の生い茂る森の中でする格好ではない事はのび太にも理解できる。
その不思議な格好をした女の人が笑顔で自分を見ているのだ。
『外国人だろうか、もしかしたら宇宙人かも知れない。そういえば……リルルに初めて会った時もこんな感じだったっけ。あの時はジャイアンやスネ夫に追いかけられてたけど』
もう二度と会う事は無いだろう、鉄人兵団による奴隷狩りから地球人を救うために歴史を改変し、その命を散らした機械の少女。
一応、3万年後の現在に生まれ変わり、1度だけ遊びに来てくれたけれども、奴隷狩りの必要もない今メカトピアとの接点はもうないはずだ。
彼女に初めて会った時自分に好意的に接してくれた時の印象を思い出しながらも、それより今のび太が気になったのは、誰も行った事がない場所に来たはずなのに、なんで自分以外の人がいるのか? という事。
ひょっとしたらここはメカトピアやそれに近い星なのか? それとも次元の壁を抜けて別の世界に来てしまったのだろうか?
兎にも角にもこのまま黙っていても話は進まない、そう考えてようやくのび太は目の前の女性に促されるように口を開いた。
「あの……おばさんは、誰ですか?」
「おっ、おば……。誰がおばさんですってぇ!!」
だがさすがにおばさん呼ばわりはよろしくなかったらしい。
さっきまでの言葉は一体どこへやら。それまでの怪しささえある笑顔から一転、柳眉を吊り上げ額に青筋を浮かべながらのび太の発言に怒りそのものを吐き出した。
その怒りの様子はまるで0点を連続して取った時に見せたママの表情にも似ていなくもない。
当然、ママもかくやと言う迫力で怒られてはのび太に抵抗などできるはずもなく……。
「ご、ごめんなさーいっ!!」
のび太は謝るより外になす術などなかった。
だが女の人の怒りは収まらないようで、のび太に向けて凛とした声で一言だけ呪文のような言葉を告げた。
「美しく残酷に、この大地から往ね!」
「へ……わあっ!!?」
聞き慣れない女の人の言葉に、頭に?を浮かべるのび太だったけれども、すぐにそんな事は言っていられなくなってしまう。
なにしろ、急に足元の地面が消えたのだから。いや、消えたと言うのは語弊があるか。急にのび太の足元の地面がぱくりと口を開けたように空間が開き、その真上に立っていたのび太はそのままストン、とその空間の中に落っこちてしまっていた。
突然自分を襲った落下現象に、早くタケコプターをと思うのび太だけれども焦れば焦るほどそう簡単にはタケコプターは出てこない。
おまけにタケコプターを出すにはスペアポケットから取り出すより他には無い。
「た、助けてー!!」
助けなんて来る訳がないのに、それでも助けを求めてしまうのは落下していくと言う恐怖故か。
特にのび太たちの場合は普段から空をタケコプターで飛ぶと言う事が多く、落ちる事への恐怖が薄らいでいる節さえあった。
……ああ、このままのび太は成す術もなく地面に激突してしまうのか? そう思われた矢先、唐突にのび太を襲う落下は終了する。そのままお尻からドサリ、と落ちたのは女の人の目の前だった。
何の事は無い、のび太は地面から落っこちて空間を経由して彼女の目の前、自分が落下するまで立っていた場所にまた戻って来ただけだったのだ。
そうして再び戻ってきたのび太に、女の人が話しかける。
ただし、その目は笑っていない。
口元は笑みを浮かべているけれども、ちょっと見るとまだ額には青筋が浮かんでいる。
どうやらまだまだ女の人はとてもお怒りのようだ。
「いてててて……」
「いいこと? 私の名前は八雲紫、あなたは気が付かなかったみたいだけれどもこれでも妖怪なのよ? あなたみたいな美味しそうな子供なんて、ペロリと食べちゃうのよ?」
「ええっ!? よ、妖怪なんですか?」
目の前の女の人に妖怪である、と言われてはいそうですか、と信じる者はなかなかいないだろう。
少なくとも、妖怪なんてものが実在するなどと言えば、与太話の類と思われてしまうようなこのご時世、驚きでもってのび太が見せた反応は至極もっともなモノだった。
そしてそんな反応を一番楽しんでいたのは、実は女の人……怒っているように見せながら、内心はホクホク顔の八雲紫だったりする。
……これこれ、この反応よ。幻想郷だと、人間相手でも妖怪だなんて言っても全然驚いてくれないし、その点外の人間はこういう反応が新鮮でたまらないのよね。
とは言っても、いつまでも脅かしてばかりいられない。さっさとここに来た目的を果たしてまた布団に潜り込もう、そんな事を考えていた時、紫はふと気が付いた。
目の前で脅かした男の子……のび太が、驚きはしたものの驚き方が何か違う事に。
そして、上から下まで自分の事をまじまじと観察するように見ながら、実に奇妙な事を口にしたのだった。
「おかしいなあ……西遊記にこんな妖怪いたっけかな? 羅刹女、じゃないですよね? 芭蕉扇も持ってないし」
「羅刹女? だから私は八雲紫よ。確かに妖怪って私は言ったけれども、そもそもなんで西遊記に限定されるのよ?」
そう、確かに西遊記にも妖怪は登場する。これは紫だって知っている事だ。けれども、それならなんで目の前の子は妖怪=西遊記、と言う認識を持っているのか。
「え? だって紫さん。僕らが唐の時代でやっつけた西遊記の妖怪たちの生き残りなんでしょ?」
「……へ?」
……ちょっと待て、今この子はなんて言った? 唐の時代? やっつけた?
自分の聞き間違いか? と紫はまず自分の耳を疑った。
少なくとものび太が口にした唐の時代と言うのは今から千年以上も前の時代で、どう頑張っても紫が生を受けるよりも昔である事は間違いない。
「あなたが今言っていた唐の時代、って……私の勘違いじゃないとすれば昔の中国の『唐』の事、よね?」
「はい、そうです」
「えっと、ごめんね。悪いんだけど……何があったのかちょっと説明して貰えないかしら?」
あまりにも想像の斜め上をゆくのび太の言葉に、たまらず紫は説明を求める。
それがどういう事になるかも知らないままに……。
……のび太説明中
……のび太説明中
……のび太説明中
「つまり、唐の時代でゲームから出てきた妖怪が三蔵法師を殺して妖怪の社会になるような歴史改変をしたから、現代からタイムマシンで唐の時代に向かって、そこで西遊記の妖怪たちをやっつけたのね?」
「そ、そうです……あ、あの。紫さん大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないわよ! 何よタイムマシンって! 未来から来たロボットが出してくれた道具? 幻想郷よりも幻想してるじゃないの!」
のび太の説明を受けた直後、紫は文字通り頭を抱えていた。
と言うよりもむしろ思考回路が故障しかかっていたのかもしれない。普段の冷静さを完全にかなぐり捨てながら、絶叫していたのだから。
もしここで普段の紫を知る面々がこの様子を見たら間違いなく驚きの表情を浮かべただろう。
それほどまでに、のび太の話は幻想郷の賢者をしても幻想が幻想でなくなるほどに常軌を逸した内容だったのだ。
……なに、タイムマシンですって? 唐の時代で妖怪まで退治した? どうりで妖怪程度じゃ大して驚きもしない訳ね。
と言うかそんな事をやってのけるような子なら、博麗大結界を通らずに幻想郷に入って来たって不思議じゃないわ。
目の前の、眼鏡をかけて頼りなさげな雰囲気を持つのび太にそんな事を思いながらもその反面、もし話してくれた内容が事実なら面白く退屈させない人材もそうざらにはいない。
紫の中でそんな思いが生まれ始めていたのもまた事実。
「……ねえ、そう言えばまだ聞いてなかったわね。名前はなんて言うのかしら?」
「あ、僕のび太です。野比のび太」
怒涛の展開に悶えながらも、ようやく落ち着いたらしい紫が真面目な顔になりのび太の名前を聞いてくる。
むしろ今までずっと聞いていなかったあたり、よほどのび太の言動が衝撃的だったのだろう。
「のび太、ね。まだ説明していなかったのだけれどもここは幻想郷と言う、忘れられたモノたちが最後にたどり着く場所なの。八雲紫の名において、幻想郷はあなたを歓迎いたしますわ」
ここで紫の言葉にようやくのび太は気が付いたのだった。『誰も行った事のない場所』へ行こうとどこでもドアをくぐった時に、紫に会ったのはどうしてなのか。
確かにどこでもドアは、確かに誰も行った事のない場所へと案内してくれたのだ。幻想郷と言う名の、誰も行った事のない、誰も知らない場所へ。
こうして、のび太の誰も知らない場所での冒険が始まろうとしていた。
謎のおば……もとい幻想郷の賢者、八雲紫さんの登場です。
のび太の中で妖怪=パラレル西遊記、と言うのは、アリだと思うんです。
パパ、ママの変貌(新聞に映る影にトカゲのスープとか)に、先生が目の前で皮膚ぶち破って妖怪化なんてされたら、絶対に妖怪=ヒーローマシンの妖怪の生き残りだっておもっやうと思います。
こうしてのび太くんの幻想郷での生活がいよいよ始まる……といいな(ぇ
後、絶対にどこでもドアって、博麗大結界に引っかからずに中に入ってこれると思うんだ。