ちょっと短めですが、次の目的地が決まりました。
まずは幻想郷での暮らし、なので異変と言うよりもちょっと息抜きのような感じで人里に向かいます。
※一応のび太が幻想郷に来た目的って、夏休みの宿題ですので。
「あーっ、のび太がいるとやる事が簡単に終わるから本当に楽でいいわね」
「霊夢はここに座って、のび太に指示を出してただけだったけどな」
「う、だ……だってテーブルかけなら私でも使えるけど、台風とか何か取り扱いを間違えたら怖いじゃない」
「間違えないように練習する、って頭はないのな」
「……霊夢さん、境内の掃除終わりました」
「ごくろうさまのび太、それじゃあ朝ごはんにしましょうか」
のび太が妖怪の山から戻ってきて一日が過ぎた。と言っても妖怪の山で大怪我をしたりした訳ではない事から、霊夢と魔理沙にとってはまた異変のない日常が、のび太にとっては冒険が待っているに違いないであろう日常が、戻ってきた。
「「「いただきます!!!」」」
居間に集まり、ちゃぶ台を囲みながら霊夢、魔理沙、のび太の三人で食べる朝ごはん。
ちなみに今朝の献立はご飯とみそ汁、そして焼き鮭に豆腐、卵と言う外の世界の旅館などに宿泊しても出てきそうな朝食のメニューである。
が……。
「やっぱりのび太の道具が出してくれる料理は、美味いんだぜ。特にこの魚、幻想郷じゃなかなか高価で滅多に食べられないのに、こうもあっさりと出てくるんだから本当にありがたいぜ」
「そうよね、この大きさだったら三人分でいくらするかしらね?」
「賽銭箱の中身何年分かはかかるだr……「ひっ!?」っ!」
「…………魔理沙、これ以上言ったらどうなるかは分かってるわね?」
「はっはっは、何を言い出すんだ? 私は余計な事は言わない性格なんだぜ」
焼き鮭を美味い美味いとぱくつく霊夢と魔理沙の二人と、対照的にそんな二人の様子を不思議に思いながら、ごくありきたりな焼き鮭の切身を口に運ぶのび太。
幻想郷ではなかなか口にできない魚である鮭の切り身がごく当たり前に出てきた事が感動だったらしく、高くて手が出ない事を言及した霊夢がそれをからかった魔理沙に針を投げつけた。
やはりお賽銭箱にお賽銭がなかなか入らない事は霊夢も気にしているらしい。
ちなみにどうして鮭の切身でここまで感動しているのか、のび太はまだ知らないがここ幻想郷には海がない。つまり海の幸は基本的に手に入らないと思っていい。
しかし二人は鮭の事を知っており、値段が高いと口にしていた。それはなぜか?
鮭は確かに海の魚である。しかしだからと言って全く淡水に生息していない訳ではないのだ。
当の鮭だって、卵を産みにはるばる自分が生まれた川へと遡上し、卵を産みそしてその生涯を終える。
これはかつて『酒の泳ぐ川』にてのび太が鮭の生涯を調べ、学んだ事である。
そしてその鮭の仲間は淡水にも生息している。パパが以前釣り好きの同僚に尺ほどもあるサイズのものを釣ったと自慢されたイワナなどがまさにそれだった。
ただし、イワナ、ヤマメ、アマゴといったこれらの魚は元来警戒心が強くなおかつ山奥の渓流に暮らしているため漁師が行ったとしてもそうヒョイヒョイと簡単に釣れる魚ではない(※実際これらの種の解禁日は早い所で2月なので、解禁日当日に釣行しようとすると場所によっては雪渓を渡っていく事すら起こりうる)。
ドラえもんの出してくれたひみつ道具『箱庭シリーズ・急流山』で、のび太のパパがつかみ取り大会でもしたのかと言う数のイワナを漁獲できたのはあくまでも未来の道具によるもので、実際には非常に難しい釣りなのである。
それはつまり、それらの魚が幻想郷の市場に流通する数がとても少ないと言う事に他ならない。
当然供給が少ないと言う事は値段の高騰を招く。結果として、お金持ちならばともかくとして一般の庶民の口にはなかなか入らないハレの日のごちそうとして、それらの魚は幻想郷の人々にとっては知られる味になっていた。
そのごちそうなはずの魚とそっくりな味をした料理がさも当然のように食卓に並んだため、霊夢と魔理沙は感動していたのである。
こうして三人の食事が終わった頃になって、霊夢が「よいしょ」と新聞の束を居間へと持ち込んできた。
「わ、霊夢さんこれなんですか?」
「新聞よ、幻想郷のね。昨夜妖怪の山で鴉天狗たちが色々話を聞いてきたでしょ? 彼女たちがあの後でこうして新聞にしたのよ」
「……それにしても、今日はさすがに量が多くないか?」
「のび太みたいな子供がやって来たのよ? 記事にするなって言う方が無理な話よ」
「ええっ、じゃあこれって、みんな僕の事を書いた新聞なんですか?」
「そうね、みんな一面のび太の事で埋まってるわ」
「えへへ、僕が新聞にのるなんて……」
魔理沙が呆れたように言うのも無理はない。普段ここ博麗神社では文が作成している文々。新聞くらいしか読んではいない。
と言うよりもほぼ日刊で新聞を作る鴉天狗と言う存在が射命丸文くらいしかいない、と言った方が正しいか。他の鴉天狗は日刊ではなく週刊、あるいは大々的な異変や事件が起こった時に号外として(という表現も本当はおかしいのだけれども)ばら撒く、そんな天狗も少なくはなかった。
そんな中、ほぼ全ての妖怪の山に住まう鴉天狗たちがいっせいに新聞をばら撒いたのだから、いかにのび太と言う存在が妖怪の山に衝撃をもたらしたのか、その度合いが伺える。
一方ののび太は、自分が新聞にのったとあってその表情は緩みっぱなしだった。
外の世界ではぐうたら、勉強もできない、おまけにいじめられっ子とあり学級新聞にだってそうそう書かれる事はないような生活をしていたのに、ここでまさか妖怪から新聞にしてもらえるなんて思っても見なかったのだ。
が、その新聞を見て、ん?と目を潜める事になる。
「外の世界から来た謎の子供、本当に人間か!? 天狗を負かし空を飛ぶ子供、未来の道具が見せる恐怖! ……なんだこりゃ?」
「あー、まあよくある事だな。色々と話を大きくして書くんだよ。だから、鴉天狗の新聞は情報って言うよりも、面白おかしく書いてある事を楽しむ、マンガみたいなものなんだぜ」
「えー、そんなぁ」
そこに書かれていたのは、のび太が昨夜に話した事とはまるっきり違う、根も葉もない事まで付け足されて書かれていたのだ。意気揚々と外の世界ではまず目を通さない新聞に目を通したらこれでは、落ち込みたくもなるだろう。
山のようにある新聞の全部がこうだとしたら読む気すら失せてしまう、そう思っていた矢先に魔理沙が取り出して『のび太、見てみろよ!』と言ったのは一枚の新聞。その名前を文々。新聞と言った。
「……これ、なんて読むんです? ぶん……? 新聞?」
「ぶんぶんまるしんぶん、だな。のび太が勝負した鴉天狗の文が書いている新聞がこれなんだよ」
「ええっ、あの文さんの新聞、ですか?」
「そうね、でもこの様子だと元の大きさに戻った後で書いたみたいね。もっとも、文の新聞も他のとそこまでは変わらないんじゃなかったっけ」
「いや、そうでもないみたいだぜ……?」
初めて目にした奇妙な名前の新聞。文々。新聞をそのまま『ぶんぶんまるしんぶん』とは読めずに目をぱちくりとさせていたのび太に、魔理沙が笑いながら読み方を教えてくれた文の新聞。その奇妙な名前の新聞にのび太よりも先に目を通していた魔理沙曰く、どうやら文の新聞は他の新聞とは書き方について違うらしい。
そこに書かれていたのは外の世界で消失した守矢神社を宿題のために探しに幻想郷にやって来たのび太と遭遇した自分自身が弾幕で勝負を行った結果、大風を起こす未来世界の道具を使った事で吹き飛ばされて敗北したと言う顛末だった。
またそれだけではなく、守矢神社の神々とのび太との対談の場にも居合わせた事で、食料がいくらでも出てくるグルメテーブルかけを出してもらったりと、タイムふろしきで守矢神社まで直すどころか新品同様に戻してしまうと言う、神様でもなかなか難しい事をあっさりとやってのける姿までしっかりと写真に写されている。
目を通してみると確かに、他の新聞よりは比較的事実に則った内容が書かれている辺り、本当に天魔に叱られた事で反省しているのか、あるいはもしかしたら文には他の鴉天狗とは異なりのび太との勝負の果てにタイムふろしきで幼い姿に縮んでしまった事などの負い目があるため、あまりある事ない事を書いてしまいそれらを外に漏らされては困ると言う思惑があるのかもしれない。
「そう言えば、のび太って宿題をしに来たのよね?」
「あ、いっけない。そう言えば……そうです」
「へぇ、なあのび太。外の世界の宿題ってどんなものがあるんだ?」
「え、宿題ですか? ちょっと待ってくださいね」
外の世界の宿題と言う存在に興味を示したらしく、どんなものがあるのか聞いてきた魔理沙に見せようとのび太がここに来る時に色々と詰め込んできたカバンを泊めさせてもらっている部屋から持ってくる。
そのままグルメテーブルかけを片付けたちゃぶ台の上に広げたのは、夏休みのしおり、日記、朝顔の絵日記、算数のドリル、漢字の書き取り、読書感想文、自由研究、と言ったごくごく外の世界ではありふれた夏休みの宿題一式。
「へぇ、外の世界ではのび太たちはこんなものをやるんだな……」
「面白いわね、朝顔の観察なんてして何が面白いのかしら?」
「僕に言われても……」
幻想郷では夏休みの宿題は無いのだろうか? 少なくとものび太が見せた宿題のセットを見た霊夢や魔理沙の感想からは、夏休みの宿題と言うものを知っているようには聞こえなかった。だがもしそうだとすると幻想郷には夏休みの宿題がないのかもしれない。もしそうだとするのなら、ここは何と素晴らしい世界なのだろうか。
「ねえのび太、人里に行ってみない? 多分この宿題をするのならここでやるよりも、人里の方がいいかもしれないわ」
「人里、ですか?」
「そうだな、ここでやるよりもその方がいいんじゃないか? のび太ならどこでもドアも空を飛ぶ道具もあるし、そんじょそこらの妖怪なら軽くあしらえるだろうからいいんじゃないか?」
宿題がないなんて、なんてすばらし世界なんだろう。僕も幻想郷に生まれたかった。
『のび太の宇宙開拓史』において、コーヤコーヤ星と地球との時間の経過の仕方が全く違い(向こうの1日が地球時間の2~3時間にしか該当しない)に気がつき、コーヤコーヤ星なら毎日一日中遊びまわっても地球では数時間しか経過しないと言うなんて素晴らしい星だ、と気が付いた時のような事を考えていたのび太に霊夢から掛けられたのは『人里』と言う新しい場所への案内状だった。
こうしてのび太は妖怪の山に引き続き幻想郷の新しい場所、人里へと足を踏み入れる事になる。
のび太は気が付いていなかった。
いや、のび太だけではない。のび太と共に数日とは言え暮らしながら霊夢も魔理沙も全く気がついてはいなかった。
未来からのひみつ道具を数多駆使するのび太と言う、幻想郷をもってしても完全に規格外な存在が入り込んできた事が鴉天狗のばら撒いた新聞によって、今までは知られていなかったものが完全に誰もが知るところとなってしまったのだと言う事に。
幻想郷は決して一枚岩ではない、そのパワーバランスを各地で担う実力者たちが、のび太にどういった形で接触をするのか、それはまだ誰にも分からない……。
はい。
のび太幻想郷中に知れ渡るの巻でございます。
ひみつ道具にどっぷりとつかって全く違和感を感じなくなっている霊夢と魔理沙ですが、実際何も知らない他の幻想郷の住民からすれば一人で数多の『〇〇する程度の能力』を使える事に他ならないんですよね。
幻想郷の猛者たちが果たしてそんなのび太を見逃したままにしておくのか?
そして人里に向かったのび太を待つものは!?
次回、乞うご期待!!!