遅くなりまして大変申し訳ありません。
と言う訳で、とうとうのび太お亡くなりに。
果たしてこの後の冒険はどうなってしまうのでしょうか?
今回のタイトル『天国よいとこ』は藤子F先生の漫画、モジャ公より取らせて頂きました。
シャングリラ文明って、ユートピアなのかディストピアなのか……。
「お、おい起きろよのび太! 悪い冗談は無しなんだぜ? どうせ、心臓が動いてないのも息してないのも我慢してて、ばぁ、とかいたずらしようってんだろ? ほら、怒らないからさっさと起きろってば……」
魔理沙の声がむなしく響く寺子屋の教室は、突如として騒然となってしまった。
何しろ外の世界からやって来たはずののび太が、居眠りをした挙句に慧音の頭突きを受けて死んでしまったと言うのだ。
事実、慧音の頭突きを受けたのび太はあまりの衝撃に教室の隅へと転がり、白目をむいたまま完全にピクリとも動かない。
そののび太に、ボロボロと大粒の涙をこぼしながら魔理沙が声を掛けているが、いくら声を掛けた所で心臓も動いておらず、息もしていない人間に対してさっさと起きろと言うのはいささか無茶なお願いが過ぎるだろう。
ちなみに、この寺子屋殺人事件(仮 の実行犯である慧音先生であるけれども「……何という事だ、先生が生徒の命を奪ってしまうだなんて……」と完全に自己嫌悪に陥り『orz』のポーズをとりながら教室の片隅で、どんよりとした空気を身にまといながら落ち込んでいたりする。
先生は自己嫌悪で近寄りがたい雰囲気を放ち、教室の片隅では白黒の魔法使いが死んでしまった外の子供にすがり付きながら号泣する。
生徒たちも、一体自分たちはどうすればいいのだろうかとその表情には不安しかない。
このまま混乱の中、ただいたずらに時間だけが過ぎていくのかと思われた中、凛とした声がその場に響いた。
「魔理沙! 泣いている場合じゃないでしょ! この中で飛ぶ速さはあんたが一番速いのよ! 早くのび太を永遠亭へ連れて行きなさい! いや、ダメね。それよりも永琳を連れてきて! それしかのび太を助ける道は無いわ」
その瞬間、一部を除きその場の全員の視線がいっせいに声の主に集中する。その視線の先では、腕を組み仁王立ちをした霊夢が魔理沙を睨みつけていた。
あいにくとのび太は見る事ができないけれども、やはりこういう所は博麗の巫女なのだなと思わされる態度である。きっとのび太も、もし今のこの霊夢の姿を見たら間違いなく『霊夢が強いのか?』などと言う質問はしなくなるだろう。
が、残念ながらそののび太はもう、この世にはいない。
いや、この世とのつながりが経ち切れようとしている中で、博麗の巫女が諦めていないのだ。それなのに、その友人である魔法使いの魔理沙もまた、諦める訳にはいかなかった。
「……そ、そうだったんだぜ。まだのび太が助からないと決まった訳じゃないからな」
手で涙をぬぐうと、愛用のホウキを手に教室の外へと飛び出し、霊夢が口にした永遠亭へと永琳なる人物を呼びに行こうとしたまさにその時。
「あー、それは多分無理じゃないかな? 永遠亭の薬師じゃあ、この子は助けられないよ」
「「………………っ!?!?」」
どこか明るく陽気でありながら、それでいてどこか暗い。そんな不思議な雰囲気の声がその場に唐突に割り込んできた。
もちろん声の主は霊夢でも魔理沙でも、当然慧音でもないしましてやのび太ですらない。
では一体誰が? と生徒たちが周囲をきょろきょろと見回すとそこには一体いつの間にやら、赤い髪をした大きな鎌を持った女の人が一人立っていた。もちろん寺子屋の先生ではないし、当然生徒に鎌を持って勉強をしに来るような子はいはしない。
つまりは、その人物は寺子屋とは全く無関係な訳だ。
「まだ死神はお呼びじゃないわよ。のび太が治療を受けてそれでもダメだって言われるまで、大人しくいつも通りサボってなさい」
「そうだな、もし嫌だって言うのなら……力ずくでも退いてもらうんだぜ」
死神、そう彼女は死神なのだ。その証拠に、その手には魂を刈り取ると言う大きな鎌を手にしている。おおかたその鎌で今命を落としたばかりののび太の魂を刈り取りに来たのだろう。
そうとしか思えない登場の仕方に霊夢ものび太と死神の間に割り込むように移動し、袖から何枚ものお札を取り出すと死神めがけて突き付けた。
さらに死神の登場に気が付いた魔理沙も、今まさに飛び出そうとしたところで大急ぎでのび太の側に戻り、霊夢の隣で同じようにホウキを片手に身構えている。
霊夢も魔理沙も、さすがに寺子屋の教室で、まだ子供たちが近くにいる所で針や大幣、さらには弾幕を展開して大立ち回りを演じるのは危険すぎると判断したらしい。そうでなくても霊夢や魔理沙の背後には命を落としたばかりののび太の身体が横たわっているのである。
死神は無事に追い返しました、でも戦いの余波でのび太の身体はボロボロ、助かりませんでした。では本末転倒にも程がある。だからこそのお札やホウキでの威嚇だった。
そうして、いつでも死神が怪しい動きをすれば飛び出せるようにと、慎重に身構えながら霊夢は死神に再度の、そして最後の警告を発した。
その身体から発される殺気は、もしこの警告を無視して死神がいつまでもこの場にとどまるのなら実力で叩きだす、と言う意志を如実に表している。
「もう一度言うわよ、のび太の魂をアンタに渡すつもりは無いわ。大人しく退きなさい? そうすれば、痛い目を見ずに済むわよ」
「悪いけど退く気はないよ? さっきも言ったようにその子は永遠亭の薬師じゃ助けられない。何しろ魂が身体から外れてるんだからね」
「は? 魂が外れてる? 身体から?」
「一体どういう事なんだぜ?」
そんな霊夢の警告もまるで気にする風でもなく、死神は『魂が外れている』と全く予想外の言葉を口にした。
もちろん霊夢も魔理沙も、二人とも魂を奪いに来たとばかり思っていた死神がまさかそんな事を言い出すとは思ってもおらず、それまでの気勢をそがれたように口をぽかんと開けて、それまでの勢いははたしてどこへやら。
それまでの死神を追い出す気配はすっかりどこかへと行ってしまい、それどころか死神の言葉の続きを促すように完全に黙りこくってしまった。
「そう。魂が外れてるのさ、身体からね。おおかたそこの先生が頭突きをしたはずみに外れちゃったんだろうね。……当然普通はこんなことめったに起こるような事じゃないんだけど、もしかしてこの子以前に魂が身体から抜け出したりしてるんじゃないのかい?」
「あのねぇ、いくらのび太が未来の道具を使ったり、いろいろな冒険をしているみたいな事は話してくれたけれどもさすがに魂まで身体から切り離したりできたら、もう道具じゃ済まないわよ? ……のび太の道具の場合、ありそうだけど」
「でもさ、魂だぜ? 私たちが今までいろいろな異変を解決したりしてきたけれども、魂が外れたとかそんな話は一度も聞いた事が無いんだぜ」
「だから言っているじゃないか。めったに起こる事じゃないって」
死神と問答を繰り返す霊夢と魔理沙。死神はのび太の魂が身体から外れたと言っているけれども、霊夢と魔理沙はまだ少し疑っているらしい。
実際に死神も、魂が身体から外れるのは珍しい事だと言っているのだから、今起こっている事はかなり珍しく、そうそう起こるような事ではない事は間違いないのだろう。
しかし死神の見立ては間違ってはいない。その見立て通り、のび太は実際に魂を切り離して過去に飛ばした事があるのだ。
『タマシイム・マシン』
タイムマシンの誤植ではない。タマシイム・マシンという一種のタイムマシンでのび太は以前魂を切り離したのだ。
このひみつ道具の効果は、使用した人間の魂だけを切り離し、マシンで指定した過去の時代に指定した時間だけ送り込むと言う効果を持っている。
この道具によってのび太は魂だけを赤ん坊のころに1時間、送り込み勉強も宿題も学校もない時代に行った事があった。
そしてこの道具は『魂の一部』を時間移動させるのではなく、丸ごと魂を時間移動させてしまうためその間抜き取られた身体は完全に心臓も止まってしまい、意識もない。まさに死んだような状態になってしまうと言う、つまりその間完全な無防備かつ何も知らなければ死んでしまったと思われる状態になってしまうと言う欠点があった。
実際、のび太がタマシイム・マシンを使って過去に行っている間、魂の抜けたのび太の身体を見つけたママはのび太が死んでしまったと勘違いして完全に卒倒してしまった事がある。
そんな事もあり、のび太の魂は一度外れた事により、外れやすくなっていたのだろう。
勿論死神も、霊夢も魔理沙もそんなのび太の事を知る由はなかった。
「……百歩譲って、のび太が本当に魂が頭突きの衝撃で外れた、でもって永遠亭じゃあ戻せないって言いきるくらいなんだから、当然戻す方法はあるのよね?」
「おいおいおい、まさかまた慧音に頭突きをさせる気か? そんなことしたら今度こそのび太の魂が天国か地獄に行っちまうんだぜ」
「あー、まあ方法って言うか、私じゃなくてそれをやるのは四季様だけどね。この子をあの世に連れて行くのさ」
「「………………大丈夫なの?(か?)それ。 のび太を閻魔の所になんて連れて行くなんて……」」
死神が、呼び捨てでなくて『様』をつけて呼ぶ四季様なる人物。
霊夢や魔理沙が閻魔と呼ぶ、その人物の所に連れて行けばのび太を助けられると言う死神の言葉に、霊夢も魔理沙もその表情や言葉からは不安と不信しか見当たらない。
まあ、文字通り命を落っことした人間を閻魔の前に連れて行ったら、後に残るは蘇生ではなく天国か地獄のどちらかに放り込まれる、と言うのがおおよそ一般的な常識であるからこの不安は抱かれても仕方がないだろう。
しかし、通常の病気や事故ではなく、魂が身体から抜けてしまっていると言う以上、直せるとしたら永遠亭の薬師ではなく、死後の世界を司る者たちしかいない、と言うのも理由としては頷けるもの。
何しろ今までの冒険でも、あの世と言う場所に行く事はとんと無かった。そして命を落とすと言う事も。
その今まで無かった事が起こってしまったのだから、それを解決できるのも今までに行った事のない場所と言う事なのだろう。
「いいわ、ただし私たちも同行させてちょうだい。何があってもいいようにね」
「だな、私も付いていくんだぜ」
「お前さんたちも行くのかい? ……うーん、まあ大丈夫だろうね。いいよ、じゃあついておいで。とりあえず三途の川でこの子の魂を見つけたら、身体と魂を一緒に向こう側に連れて行くよ。まずはそれからだね」
死神や閻魔が何をするか分かったものではない、とのび太のあの世行きについて同行を申し出た霊夢と魔理沙に、死神が少しどうするべきか考えた上で許可を出す。
ついでに魂の抜け殻になったのび太の身体をよいしょ、と背負うと、ここに来た時と同じように
こうして、図らずも人里や寺子屋を見に来たはずののび太(の身体)はあの世に旅立つ事になったのだった……。
と言う訳で急遽人里からあの世への大移動となりました(ただし抜け殻になった身体だけ)。
さて、このまま地獄に落とされるのか天国に行ってしまうのか、それともさっさと帰って来られるのか。
ちなみに今回登場した死神の小野塚小町は、のび太の視点ではなく、すでに名前やどんな人物か知っている人間同士(霊夢や魔理沙)の会話と言う流れになっているため、小町ではなく表現は一律で死神、としてあります。
恐らく閻魔の四季様も同じような事になるかと思われます。
さて、次回もお楽しみに!