いよいよ此岸と彼岸の境目である三途の川を出発したのび太たち。向こう岸である彼岸には無事にたどり着けるのでしょうか?(フラグ
「幻想博麗丸よ!」
「いーや! ブレイジングスター号だ!!」
「ダメですよ! この船は僕のひみつ道具で豪華にしたんですから。ここはノビタオーラⅡ世号で決まりです!」
「そんな名前が幻想郷で許されると思っているのかしら?」
「何言ってるんだぜ、やはり船の名前にもパワーが溢れていないといけないんだぜ!」
三途の川のほとり、此岸の渡し場を出帆した小町の元ボロ船……今は豪華帆船は、三途の川をのんびりと彼岸目指して走っていたがその上では霊夢、魔理沙、のび太の三人によるいつ終わるとも分からない激しい議論が繰り広げられていた。
ちなみにその議論の議題はと言うと『この帆船の名前をどうするか?』という実にくだらないものだったりする。
さらに言ってしまえば、いつもこの船を利用するのならばともかく、たいていの場合なら一生に一度死後魂を彼岸に送り届ける時にだけ利用される船に名前を付けて一体どうするのかと思うし、そもそものび太は外の世界から来た身の上で将来人生の最後に乗る船がこれになるとは限らないのだけれども、そこの所は三人は全く考えていないらしい。
とにかく、このカッコいい幻想郷でも珍しい帆船に自分の名前を付けたいのだ。
と言うのも、霊夢も魔理沙も、最初こそ初めて体験する帆船と言う乗り物に目を輝かせていたのだけれども、そもそも自分で飛ぶよりも遅く、何よりも三途の川の光景と言うものがいつまでたっても代わり映えの無いものであると言う事からすぐに飽きてしまった。
そしてあろう事かほぼ唯一霊夢たちも使い方をしっかりと理解しているひみつ道具であるグルメテーブルかけまで取り出し、死神の船の上で呑めや歌えやのどんちゃん騒ぎを始めようとする始末。
さすがにこの暴挙には小町も『私が仕事中で呑めないのに、何羨ましい事してるのさ!』と、そのまま舵を取ると言う職務放棄して二人に加わり酒を飲み始めそうな勢いであったために、それを察した霊夢と魔理沙の二人もいそいそと片付けたのだった。
もしそうでなかったら『のび太の大魔境』でワニがうようよと潜むアグアグの河を渡る時に、ジャイアンが舵をほったらかしにして岩礁に衝突させたように、大惨事が起こっていたかもしれない。
そんなこんなで、暇ではあるけれどもお酒も飲めず、さて一体何をしようかとのび太も交えて雑談をしていた矢先に、ふと霊夢が口にした一言である「そう言えばこの船って、なんて名前なの?」という言葉から、各々自分の気に入った名前を付けたい三人によって今の激論が続いている、と言う訳だ。
だが、ここでこの議論は思いがけない収束を見せる事になる。
「ちょっと待っておくれよ。この船は私の船なんだよ? それに勝手に名前を付けられちゃ困るって。この船は『グレイトフル・イグナウス号』って豪華になった時にもう決めてあるんだから!!!」
「ちょっと待ちなさい小町、私に断りもなく何勝手に船の名前決めてるのよ!」
「そうだぜ、そんな横文字の船なんて似合わないんだぜ! そもそもグレイトフル・イグナウスって言語が統一されていないじゃないか」
「いいじゃないか、私の船なんだし。この偉大なる単語の素晴らしさが分からないなんてまだまだだね」
船の持ち主である小町が三人の議論に参戦して、がんと譲らなかったのだ。しかも小町の言い分にはこの船の持ち主であると言うとても大きな強みがある。そのため霊夢と魔理沙の意見はあっさりと棄却され、しかしその上でボロ船からここまで豪華な帆船に変えてくれたのび太には、とても大きな恩義があると言う事で最終的に『コマチオーラ号』へと決まったのだった。
こうしてボロ船改めコマチオーラ号は相も変わらずのんびりと三途の川を走り続けるのだけれども……。
「あー、退屈。ねえ小町、まだ三途の川の向こう岸には着かないのかしら?」
「そんな事言ってもねぇ、確かに手漕ぎの船の時は自分で漕げば進んだけどこの船は風任せか……そこはちょっと違うんだね」
あまりにものんびりと走り続けるコマチオーラ号の速度に、霊夢が明らかに不機嫌になっていたのだ。
元々お酒も飲めず、かといって自分で飛んで行けばひとっ飛びにも拘わらずのんびりと未だに三途の川の上を走っているのだからさっさと行ってのび太の魂を身体に戻したいのに、船で出帆する前にまずひみつ道具デラックスライトを探す羽目になり時間を取られ、とストレスが溜まりつつある証拠に、空気がピリピリと張り詰めてきているのがのび太にも感じられる。
「な、なあ霊夢、この船がこんなに遅いのって、要は帆に風を受けて進む風任せだからって事だよな。それならさ、のび太に大風を吹かせてもらえば……当然この船も手っ取り早く進むんじゃないか?」
「……のび太、それ、できるのかしら?」
「は、はいっ、できます! 前に同じような事があって、その時は成功しましたからこの船でも多分できます。できますけど……さっきみたいに道具を取り出してもらえないと……」
「ああ、それならだいたい見当がつくぜ。のび太が取り出そうとしているのは、たぶんこの前妖怪の山で文を吹き飛ばした、あの不思議な扇じゃないのか?」
「あ、はい。そうです。バショー扇です」
その爆発寸前の爆弾のような、危険な空気をまとった霊夢の空気を察してか、魔理沙が慌てて取り繕うように声をかけた。もちろん下手に声をかけると霊夢の怒りに火を注ぐ結果になりかねないのは魔理沙もよく承知しているのか、その内容は霊夢を刺激しないような内容を選んでいるのがのび太にもわかった。
その会話の中で、魔理沙が帆船コマチオーラ号を早く移動させる方法としてのび太の持つひみつ道具を使い大風を起こし、移動速度を上げようとするものだったが奇しくもそれはボロ船と揶揄したバグダッドで手に入れた船を加速させた方法と同じものだった。
ちなみに先の船を加速させた時はチグリス川を下り、ペルシャ湾を抜け、一日でアラビア海の真っただ中までたどり着いている(地図を見てもらえれば分かるように現在のイラク首都であるバグダッドは内陸部でチグリス川の流域、畔に位置しており海に出るにはチグリス川を下り海に出る必要がある)。
ちなみにこの移動距離は地図で見ればわかるが約2~3000㎞ほどの移動をしている事になるのだから恐ろしい速度であるのは間違いない。
それに少なくとも先のデラックスライトとは違い、魔理沙がバショー扇を一度見て形を知っているため取り出すのにはさほど苦労はしないだろうと判断したのび太は魔理沙に任せる事にしたのだった。
「よーし、それじゃあ私がしっかりと取り出すから、見てるんだぜ! えーと、えーと……あっ、あの不思議な扇ーっ!!!」
「せめて名前は覚えて下さいよ、バショー扇ですって」
「固い事は言いっこなしなんだぜ」
「いいからさっさと扇ぎなさいよ魔理沙!」
「あ、霊夢さん。何かにつかまった方がいいですよ。多分大変な事に……」
「え、何が?」
スペアポケットに手を突っ込み、しばらく中をごそごそと探し回った後、妖怪の山でのび太がそれを取り出した時と同様に、魔理沙もそれをするりと引き抜いて高々と天に掲げてみせたバショー扇。わざわざ名前も覚えていないのに名前を呼びながら道具を掲げる辺り、のび太やドラえもんにそっくりだ。
そのバショー扇を手に、コマチオーラ号の船尾まで駆けてゆき、魔理沙は文を吹き飛ばしたのび太のように思い切りそれを振り下ろした。全力で。
「ふっふっふ……弾幕だけじゃなくて、大風だってパワーなんだぜ!! それ……っ!」
「っ!? ちょ、ちょっと魔理沙さん力が強すぎますよーっ!!!」
「こら魔理沙、少しは手加減しなさいよーっ!!!」
当然台風並みの風を巻き起こす事ができるバショー扇でそんな大風を起こしたのだから、当然のようにコマチオーラ号はそれまでののんびりとした航海から一転、ものすごい速度で三途の川を走り始めた。それはまさにかつてバグダッドから出航したボロ船の再現でもあった。
風を受けて帆も、綱も、へし折れ破れ吹き飛ばん勢いで大風を受けて軋みを上げて、メインマストも風の力が強すぎるのか心なしかしなって見える。
幸いのび太は先の冒険で風の強さに吹き飛ばされそうになった経験があったため、すぐに霊夢に声をかけて自分は船室へと入り込んだ事で事なきを得た。
しかし霊夢はと言うと、そもそも妖怪の山でもバショー扇がどれほどの風を起こすのか見ていなかった事、そしてのび太の忠告に一体何が? ときょとん、としたところでまともに魔理沙が起こした風を受けた為吹き飛ばされそうになり慌てて船の柵にしがみついてどうにか風をやり過ごしていた。
ちなみに舵輪を握っている小町はと言うと、急激な船の加速に必死で舵輪を握りしめ、声を出す事もできずにどうにか船の進路を保っているありさまだったりする。
*
その頃、幻想郷から見て三途の川の向こう側……彼岸の是非曲直庁、すなわち小町の勤め先では小町たちの同僚や上司が何も知らずにその日も普段の仕事をこなしていた。
あの世でもこの世でも、仕事と言うものはそうそう変わるものではないらしく、格好こそ外の世界で働くのび太のパパたちのようにスーツ姿ではないものの書類を運んだり、その書類に印鑑を押したり、あるいは小町たち此岸から運ばれてきた魂の生前の行いに合わせて裁判を行い、判決に則った行き先に魂を案内したりと皆せわしなく動いている。
それは昔から変わる事なく、またこれからも変わる事がないと、誰もがそう信じていた。
…………『それ』が来るまでは。
「「「「………………ああああああああああああああああああ!!!!!」」」」
「止めて! 止めて! 止めて! 止めて!」
「止めろって言ったって、どうすれば止まるんだぜ!!!」
「私が……知る訳ないでしょ……っ!!!」
「た……たぶん、勢いが完全になくなるまで……こりゃあ止まらないよ……」
「……魔理沙、あんた…………無事に止まったら覚えてなさいよ……」
断末魔の悲鳴でももう少し穏やかなものになりそうな叫び声が、三途の川からやって来てはさらに川岸を乗り越えておまけにその先の道を勢いよくがりがりと船底を削る音と共に通り過ぎていく。
そう、魔理沙が思い切り扇いだバショー扇の力が強すぎて、三途の川を走り続けたコマチオーラ号は川が終わり向こう岸が見えてもなおスピードを落とすことなく走り続けていた。
おまけに、帆船と言う構造上一度加速してしまうと減速する方法はもはやないに等しい事から、川が終わって岸に乗り上げてもまだ進み続けておりのび太、霊夢、魔理沙、小町の四人は悲鳴を上げながらただ、ものすごい振動に振り落とされないようそれぞれ船体にしがみつきながら、船が止まるのを待つよりほかに方法は残されていなかった。
いや、一日で数千キロも進むような勢いでいったん加速してしまっては、たとえコマチオーラ号が帆船でなく、エンジンを積んだ船になっていたとしてもそう簡単に減速はできないだろう。
当然死者の魂ではなく、こんな異様な物体が三途の川の方から土ぼこりと悲鳴を上げながら接近してくるのだから是非曲直庁の職員も気が付かない訳がなく、正門を警備していた職員からの『不審な物体接近』の通報によって、それまでのんびりとしていた是非曲直庁は一転ものものしい警報が鳴り響き、死神たちが次々に飛び出してきては鎌を手に手に警備をとると言う、厳戒態勢に陥った。
その様子はさながら『のび太の海底鬼岩城』において海底火山の爆発を目と耳がキャッチし、警報と共にバトルフィッシュの群れが舞い上がり、七千年の眠りから目覚め活動を再開したアトランティス連邦が遺した最後の拠点・鬼岩城のようでもあった。
もっとも、鬼岩城とは異なり是非曲直庁は鉄騎隊のように無尽蔵の兵力でもないだろうし、鬼角弾を乱射したりはしない分遥かに鬼岩城よりもはるかにマシなのだけれども……。
兎にも角にも、そんな厳戒態勢に入った是非曲直庁へとコマチオーラ号はぐんぐんと向かっていく。死神たちも必死で『止まれ!』と警告を発したりするけれども、そもそも止まるための装置のついていない帆船を自力で止める術など無いに等しいし、止められるものならここに至るまでにとっくに止めていたはずだ。
「あ、ぶ、ぶ、ぶ、ぶつかるーっ!!!」
「みんな振り落とされるんじゃないわよーっ!!」
「うわぁぁぁぁぁーっ!!!」
「私の船がーっ!!!」
………………………………………………………………………………!!!!!!!!!!!!
そうこうしている間にも、制止を振り切るように是非曲直庁に向けてつっ込んでくる船がもう止められないと悟るや、死神たちも轢かれたくはないのか散り散りに逃げ出してゆく。のび太たちも船の勢いが止まらず、ぶつかると分かるや目をつむり衝突の勢いで吹き飛ばされないように、しっかりと周囲に掴まる。
そうしてコマチオーラ号はその豪華な姿を披露してから、わずか数時間の処女航海の後に、是非曲直庁の壁面に衝突し、もうもうと土ぼこりを舞い上げながら大破したのであった。
「あ、あ……びっくりした……。魂じゃなかったらどうなってたか分からないや……」
「い、痛たたたたたた……のび太、魔理沙、みんな無事?」
「どうにかな……下手な異変よりもよっぽど命の危機を感じたんだぜ……」
「……まったくね。衝突の瞬間はさすがに神様に無事を祈ったわ……」
「あああー!! せっかく立派になったのに私の船がぁぁぁ……」
「ま、まあ大丈夫だぜ小町。確かに船はこんなになったけれども、のび太なら元に戻せるから安心するんだぜ。なあ、霊夢」
「そうね、時間を巻き戻したりするあの風呂敷なら、この船もきっと戻せるわね」
「本当かい? よーし、それなら急いで四季様に会いに行かなくちゃいけないね!」
「え、え? ちょ、ちょっと小町さん」
是非曲直庁の壁に衝突し、大破したコマチオーラ号の残骸からどうにか這い出してきた霊夢、魔理沙、のび太に小町、そして小町が背負っているのび太の身体。誰もが衝突の際に舞い上がった土ぼこりを全身に浴びて、真っ黒けになりしずかでなくてもお風呂に入りたくなりそうなひどいありさまである。
それでも、全員幸い大きなケガもなく衝突の際の衝撃で身体を船体にぶつけたりしたけれども、ひとまず声をかけ合い互いの無事を確認してから船を見上げたその視線の先、そこにはもうあの豪華な帆船の面影はどこにもない、むしろデラックスライトを使う前のボロ船よりもさらにひどい事になっている。
あまりにもあっけない、自分の相棒の最期に、小町は完全に落ち込み涙を流していた。
それでも小町はともかく、霊夢も魔理沙もそう悲観はしていなかった。もちろんその理由はのび太が妖怪の山、守矢神社で使って見せたタイムふろしきの存在を知っているからである。鴉天狗の射命丸文を子供に戻し、文とのび太の弾幕勝負でボロボロに痛んだ守矢神社をあっという間に時間を巻き戻すと言う方法で修復して見せたあの驚異のひみつ道具。
あれさえあれば大破して残骸に姿を変えたコマチオーラ号であっても、間違いなく元に戻せるであろう事を、のび太ならそれができる事を説明すると、小町はがば! とそれまでの落ち込んだ姿から立ち直り、魂ののび太の腕をつかみ、建物の中へと連れて行こうとする。
その時だった。
「…………これは一体どういう事かしら? 小町」
「し、四季様!? ど、どうしてここに!?!?」
のび太たちの前に立ちふさがるように、一人の人物が立っていた。
四季様、大地に立つ!
そりゃあまあ、是非曲直庁の壁に帆船かっ飛ばして衝突、大破させればそりゃあ一体何事かって四季様だって出てきますよね。そもそも事前に警報鳴らして厳戒態勢敷いていた訳ですし……。
ちなみに作中で小町が名付けようとしていたグレイトフル・イグナウス号ですが、英語とラテン語で『怠ける事に感謝』(非常におおざっぱな意訳)と言う小町らしい意味にしています。
もっとも、のび太への感謝も込めて最終的にコマチオーラ号になった訳ですが、もしグレイトフル・イグナウス号で船籍を登録して四季様に船の名前の意味を知られたら絶対お説教コースだったろうな、とちょっと妄想。
さてさて、次はいよいよ四季様との対面です。
乞う、ご期待っ!!!