さてさて、一体誰がやって来るのでしょうか!?
のび太が幻想郷の博麗神社にて霊夢、紫と同じ席で夕飯を食べているのと同じ頃、外の世界では……。
「のびちゃん、そろそろご飯よー」
いつものように台所からのび太の部屋へと声をかけるママ。ここで普段なら返事の一つも帰ってくるのだけれども、今日はいつもと違いうんともすんとも返事がない。
確かに時々は昼寝をしている事もあるけれども、たいていの場合は食べ盛りの子供である。
呼べば返事と共に転げ落ちそうな勢いで、二階の部屋から駆け下りてくるのだ。
「変ねぇ……。寝てるのかしら?」
普段とは違うのび太の反応に違和感を覚えたのか、出来上がった夕飯を皿に盛り付けるのを止めてから、ママは二階ののび太の部屋へと向かい、確認をする事にした。
盛り付けるのはそんなに時間を要する作業でもない、のび太がもし寝ているのなら起きてきた時に食べられるようにしておけばいいのだから。
「のびちゃん、ご飯だから……あら、いないの?」
二階ののび太の部屋の前で、一応念のためにノックをして声をかけてみるけれどもやはりのび太からの反応はうんともすんとも返ってこない。
ならばと部屋の戸を開けてみれば何の事は無い、部屋には電気がついておらず本来ならばいるはずの主……のび太がいないのだ。
これではいくら呼ぼうが返事がないのは当たり前ではないか。しかしそうするとのび太はどこに行ったのだろうか? と言う疑問がママの脳裏に生まれる。
少なくとものび太は帰ってくればただいまと言うし、例外を除いては何も言わずに出かけたり帰ってきたり、と言う事はまずありえない。
と、ここでママは昼間ドラえもんの妹のドラミが挨拶に来た事を思い出した。
「ひょっとしたら入院するって昼間出かけたドラちゃんについて未来に遊びに行っているのかもしれないわね」
のび太のためにいてくれたドラえもんが、未来の法律で強制入院させられてしまうと言うのだ。もしかしたらドラえもんについて行ったのかもしれない。
もしそうだとするのなら逆に、なまじ自分たちが見ているよりも安心して任せられると言うものだ。
「じゃあ、しばらくはのび太も帰ってこないわね」
そう言うとママはのび太の部屋のドアを閉めて、安心したようにまた台所へと戻っていった。
のび太が食べる事を前提で作った晩御飯ではあるものの、のび太もドラえもんもいないのならば明日の朝にでもまた出せばいいのだ。
もちろんママは気が付いていなかった。のび太がドラえもんとは全く関係のない場所にいる事を。
気が付いていないから、ママはのび太が帰ってこない事に不安を感じる事はもう、無かった……。
*
霊夢の勧めで博麗神社に泊めさせてもらった翌日。
さすがに女の子の霊夢と同じ部屋に泊まる訳にもいかず、霊夢が平時利用している寝室とは別の客間で就寝となったのび太。
ちなみに紫はと言うと、自分の家が幻想郷のどこかにあるらしく、夕食後に食べ過ぎでお腹を妊婦のように膨らませては苦しいと呻いている霊夢を他所に来た時と同じように、スキマへと消えていった。
そうして、翌朝……。木製の雨戸の隙間を通すように、のび太の寝室へと朝日がぽつぽつと差し込んでくる。
また、光に乗るように聞こえてくる小鳥たちのさえずりもまた、外はもう朝である事を教えてくれていたのだけれども、あいにくとここで眠っているのび太は眠りの達人である。
部屋に差し込む日光や目覚まし時計程度でさえ起きないのび太にとって、わずかに差し込む日光や小鳥のさえずりなどないに等しいのだ。
と、その部屋の障子がすう、と静かに開いた。
……さ……い
「グゥ」
……さ……い
「グゥグゥ」
……きな……い
「グゥグゥグゥ」
……おきなさい
「グゥグゥグゥグゥ」
……起きなさい!
「グゥえっ!」
ゆさゆさとのび太を揺さぶる声や、のび太を揺するふり幅も大きくなっていくが、のび太は起きるどころかいびきで返事をする始末。
一体何回起こされたのか、何回目かの声かけの後、眠りながらいびきで生返事をしていたのび太を襲ったのは無言で腹へと叩き込まれた強烈な一撃だった。
さすがに眠りの達人であるのび太もこの一撃を受けてはさすがに眠ってはいられず、弾かれるように布団から飛び起きたのだった。
「「いただきます!!」」
普段着に着替えてから、前日に引き続き神社の居間で朝食を食べる霊夢とのび太の二人。
今朝の朝食はと言うとご飯に卵焼き、納豆に焼き魚と言う至ってシンプルな朝食となっているが、これらはすべて霊夢のお手製ではなく、当然のように朝食の支度はグルメテーブルかけによる瞬間調達である。
前日にはやれ奇跡だ、やれ神の所業だと礼拝までしていた霊夢もすっかりグルメテーブルかけの使い方を理解したようで、今ではのび太に頼らずとも使えるようになっていた。
やはりその使い方を短期間で完全に習得した動機は、間違いなく食が絡むからであろう事は想像に難くない。
「で、いいこと? 食べながらでいいから聞きなさい。確かにのび太は無料の食事を提供してくれている、これには確かに感謝しているけど、ここにいるからにはきっちりと働いてもらうわよ?」
「ええっ、僕も働くんですか?」
まさか宿題でもしてなさい、ではなく働けと言われるとは思っていなかったのび太は箸を止めて驚いたように霊夢へと視線を向けるが、霊夢の意思は揺るがない。
口にこそしないものの『当然じゃない、』と言わんばかりに、のび太へと容赦なく仕事を言いつけていく。
それはまるでのび太のママがのび太にお使いを頼む日常の光景によく似ていた。
「まずは境内の掃き掃除よ、それが終わったら井戸から水くみもお願いね。まずはそんな所かしら」
「えーっ!?」
「つべこべ言わない! いい? 外の世界とここ幻想郷とは違うのよ?」
「はーい……」
当然のび太に反論の余地はない。いや、仮に反論しても霊夢はさらにその反論をねじ伏せてくるだろう。
その辺りまでママにお使いを頼まれる光景にそっくりなのだ。
結局のび太は食べ終わるとすぐにホウキ一つを手渡され、そのまま境内へと放り出されてしまった。
唯一の救いは時間も朝早くと言う事もあり、まだ日中ほど暑くないと言う事か。それでも、何しろのび太の家の庭とは比べ物にならないほどに広い博麗神社の境内、おまけにその周りは全面が緑に包まれている。
つまりは、広い上に落ち葉の量も多いのだ。
「疲れたよぉ……ドラえもーん!!」
普段の諦めの速さもあって、いつものようにべそをかきながら『これじゃあ終わらないよぅ』と開始5分で早々と親友に助けを求めるのび太だったが、あいにくとその親友は今頃未来のロボット病院にいる事だろう。
もっとも、あちらはあちらで『検査はいやだ!』と逃げ回っているのかもしれないが。
となればどこでもドアで幻想郷に来た時のように自分でひみつ道具を使って何とかするしかない、かと言って庭や境内の掃き掃除を勝手にやってくれるような便利な道具はあるのか? と言うと。
……それが、あるのだ。
ぐ す、ぐす、とべそをかいていたのび太もようやく落ち着いたようで、記憶を頼りにいつでも使えるようにズボンのポケットに入れて持ち歩いている四次元ポケットに手を入れる。
手で中を探る事数分、普段使われる事が少ない道具のため隅っこの方へと追いやられていたらしい目的の道具はようやく見つかった。
するりと四次元ポケットから目的の道具を取り出すと、高らかに掲げその名を口にする。
「確か、前にジャイアンちの庭掃除をやらされた時に……あった! ねじ式台風!!」
のび太が取り出したのは、〇のカー〇ィに登場するクラッ〇に、ゼンマイねじをくっつけたとでも言うべき珍妙な格好をした道具。
しかし侮るなかれ、その名の通りねじ式台風はネジを巻く事で台風を起こせると言う道具なのだ。当然その強さと持続力は巻いたねじの回数に比例する。
数回巻いた程度なら、ホウキで掃き掃除をするよりもはるかにお手軽に落ち葉があつまるような、台風と言うよりもむしろつむじ風、と言ったレベルの風になるが、もう少し多く巻けば人間が空中に浮かんだまま風に乗って遊ぶ事ができるレベルまで強くなる。
ちなみに、のび太やドラえもんからねじ式台風を強奪したジャイアンが最大級にねじを巻いた際に発生した超大型ねじ式台風は、庭の葉を全て落とし、ジャイアンたちが風に巻き込まれて目を回すレベルまで威力が跳ね上がったりする。
のび太はそのねじ式台風を手に持ち、確かこれくらいだったな、とドラえもんが自分に説明してくれた際巻いていた回数を思い出しながら、背面にセットされているねじを数回『キーコ、キーコ』と回して巻くと空中に軽く放るような形で手を放す。
…………ヒュオオオオ
するとどうだろう、つむじ風のような弱い竜巻がねじ式台風の周りに起こり、ひとりでに落ち葉を集めていくではないか。
そう、台風の風は内側に向かって進む風なので落ち葉も散らかすのではなく風に乗る格好で集まっていくのだ。
それではのび太がやる事と言えば、ゆっくりと移動しながら落ち葉を集めてゆくねじ式台風の後をついて歩き、変な方向に進んだり、ネジが切れた時に巻き直せばいいだけ。ホウキで終わらないとべそをかいていたさっきまでの掃き掃除とはうって変わってお手軽な掃除へとあっという間に変わってしまったのだった。
「終わったー!!」
数十分後、のび太はばんざいをしながらねじ式台風を手に、霊夢から言われた掃き?掃除を全て終わらせてしまっていた。
何回かねじ式台風を使い、それぞれの場所で落ち葉をまとめておいた山も全部一まとめにしてしまったのび太の前にはこんもりとした落ち葉の小山ができあがっている。
このスピードはのび太はもとより、霊夢が掃除をするよりも間違いなく早いねじ式台風での掃き掃除。この記録は今後長く破られないに違いない。
「……こら、のび太! 掃除をサボったらだめじゃない!」
「え? いえ、あの……もう終わりました」
「終わった!? 何言ってるのよ、私だってもっと時間がかかるのに……って、あれ? 本当だ」
のび太の声を耳にしたらしい霊夢が「サボるんじゃないわよ」と、ママのようにのび太を叱りに神社の居間から顔を出した。
けれども、終わったと言うのび太の言葉を受けて疑わしそうに回りを見てみれば、確かにきれいさっぱり落ち葉は片付けられてのび太の脇に山を作っている。
自分が作業をしてももっとかかるんだから嘘おっしゃい、と言おうとしても実際に終わっていると言う証拠を見せられてはいくら霊夢と言えどもぐうの音も出てこない。
ねじ式台風を使っているシーンは見ていないものの、別に霊夢はひみつ道具を使って働いてはいけないとは一言も言っていないのだからこれは明らかにのび太の発想力の勝利である。
が、ここで霊夢は自分が指示を出した作業……すなわち、境内の掃き掃除と井戸からの水くみと言う二つの作業のうち、水くみが終わっていない事に霊夢は気が付いた。
「で、でも! まだ井戸の水くみは終わってないんでしょう? それもやらなくっちゃダメじゃない! のんびりしている暇はないわよ!」
「あ、あの……それなら……これを使っちゃダメですか?」
「……? 何よこれ?」
鬼の首を取ったり、とでも言いたげにのび太へと強気で薄い胸を張りふんぞり返る霊夢に、のび太は思い出したようにまたパンツ、もとい四次元ポケットから金属でできた、ピカピカと光る道具を取り出した。
ひみつ道具と言えば四次元ポケットやそこから取り出したどこでもドアにグルメテーブルかけ、と言った道具しかまだ見ていない霊夢から見ても、今度のび太が取り出した道具は手のひらに収まる程度の小型の道具である事が分かった。
ただし、その使い道は今まで見て来たひみつ道具以上に霊夢にとって想像しにくい形でもあった。
それは、のび太から受け取った霊夢が手の中でいろいろと転がしながら様々な角度からその道具を見ている事からも伺える。
「えっと、これはどこでも蛇口……って言って、くっ付けるとどこからでも水が出てくるんです」
「はぁ!? いくら何でも冗談もいい所よ。くっ付けるとどこからでも水が出てくるなんて、そんな芸当できるのは幻想郷広しと言えども紫くらいのものよ? それがこんな小さな金属の道具をくっつけただけで水が出るなんてそんな……」
『どこでも蛇口』
それこそその形は名は体を表すの通り、水道管から取り外した蛇口そのものの形をしたひみつ道具である。
しかしその効果は驚くなかれ、取り付けた場所がどこでも水道となると言う道具なのだ。
のび太が裏山と心を通わせてしばらく暮らした事があった。その時のび太は裏山の木々が水不足に陥らないよう、木々にどこでも蛇口を取り付けて、自由に木々に水がいきわたるようにしたのだった。
この使い方からも分かるようにどこでも蛇口は樹木の幹だろうと家の壁だろうと、取り付ける場所には関係がないのだ。
このどこでも蛇口の使い方の説明……、と言っても使いたい場所に蛇口をくっ付けて、蛇口をひねるだけと言う簡単なのび太の説明に霊夢は半信半疑で物は試し、ととてとてと台所に移動し、手にした蛇口を流し台へとくっ付けて蛇口をひねってみた。
と、どうだろう。すぐに蛇口の先端からはひんやりとした、まるで井戸水のような水がとうとうと流れ始めたのだ。
そしてその水の流れはいつまでたってもやむ様子が見られない。
「み、み、水! 水が、水が噴き出したわよ!!?」
「うわっ!? そんなに驚かないでくださいよ……だから、どこでも蛇口なんですって。これがあれば井戸の水くみも霊夢さん、要りませんよね?」
「う……ま、まあ、ね……」
分かっていたはずなのに、まだやはりどこか半信半疑だった霊夢が台所で思わずひっくり返るその様子に、霊夢の後ろからついてきていたのび太はまさかここまで驚くのかと、逆にびっくりして声を上げてしまう。
その様子は、まるでマヤナ国の王子ティオが野比家でカップ麺を食する際、ガスコンロを見て驚きの声を上げた時の様子によく似ていた事をのび太は知らない。
ただ、今ドラえもんがこの場にいたら、火と水の違いこそあれ間違いなくティオの反応そっくり、と言っただろう。
一方の霊夢は霊夢で、年下の男の子の前で驚きのあまりひっくり返り尻もちを搗くと言う恥ずかしい格好を見せてしまった事で顔を真っ赤にしながら、何事も無かったのようにお尻をはたきながら立ち上がった。
それでもまだやはり恥ずかしいらしく、その顔は暑さとは別の要素で赤く染まっている。
その霊夢も『この蛇口があれば井戸水を汲む必要はもうない』と言うのび太の言葉に同意せざるを得なかったのは言うまでもない。
このどこでも蛇口があれば流し場だけでなく、お風呂、飲料水の水がめなどありとあらゆる水が指先一つで作業できるようになるのだ。
この恩恵がどれほどのものか、日々生活の中でその苦労を味わっている霊夢は迷う事なく、ひみつ道具を受け入れたのだった。
そんな時だった。霊夢とのび太、二人の耳に聞き慣れない甲高い音が飛び込んできたのは。
…………キィィィィィィィィィィン!!!
何かが高速で動いているような甲高い音、ただ気になるのはそれが『自分たちへと近づいてきている』と言う事。
少なくともこんな音を立てるものが近づいてきているとなれば、たいていの場合はろくな事がないと言うのはのび太もだいたいは見当がつく。
となれば、一体何なのかと確認をするのは自然な事とも言えた。
少なくとも、もしこの神社が爆発したりするような事になれば、いくらひみつ道具を持つのび太でも道具を用意したりする時間が無ければ無事では済まない。
ドラミの打ち上げた花火に気を取られたデマオン城の悪魔よろしく、のび太は慌てたように博麗神社の台所から境内へと飛び出した。
この時、もしのび太がもっと注意深く霊夢の様子を確認できていれば、のび太と違い霊夢はそこまで動揺していない事に気が付けたかもしれない。
そう、まるで霊夢にはこの音の主に心当たりでもあるように。けれども、あいにくとのび太はその点に気が付けるほど落ち着いてはいられなかった。
「のび太! 待ちなさい!」
背後で霊夢の制止が聞こえる中、博麗神社の境内に飛び出したのび太が周囲を見回す。
音はまだ止んでおらず、さらに近づいてきているようだ。
一体どこから? 周囲をきょろきょろと見回すのび太が空のとある一点を見た時、それはやって来た。
…………ッッッッ!!!
最初は針の先程の黒い点。それが見る見るうちに大きくなっていき、声を上げる間もなく爆音と衝撃を引き連れてきた『それ』はせっかくのび太が集めた落ち葉の山へと盛大に衝突、としか言いようのない勢いで乱暴に着地する。
どうして着地、と言いきれたのかと言うとその突っ込んできた主が、衝突時の勢いでバラバラと舞い上がるせっかくのび太が集めた落ち葉の中、ホウキから降りてすっく、と立ったからだ。
「……………………ふぅ、ちょうどここに落ち葉の山があって助かったぜ」
「………………」
そう言ってのび太の目の前に現れたのはホウキを手にした、どこからどう見てもおとぎ話に登場しそうな魔女だった……。
爆音と衝撃を伴いのび太の目の前に降り立った謎の人物!!
果たしてこの人物の正体とは!?(ぇ