村雨と提督の小笠原旅行記   作:fire-cat

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7月27日――旅行第4日目 前編――

 男が雨風の音で目覚めた時、隣のベッドで眠っていた村雨の姿は無かった。

「村雨……」

 

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 昨夜、村雨から思いがけない言葉を聞いた男が部屋に戻って来た時、すでに村雨は夢の世界に旅立っていた。

 スヤスヤと寝息を立てる村雨の顔に掛かる髪を梳いているうちに、出会ってからの思い出が浮かんでくる。

 出会った翌日に初めて一緒に買い物をした事。服、食材、小物……。村雨はその度に燥いでいたが、自分を警戒しているのは明らかだった。だが当然の事、その身持ちの固さは寧ろ好ましいとさえ思っていた。

 休み明けから仕事に出かける自分をいつも笑顔で見送る姿。いつもは週末にもなると疲れていた筈が、村雨の笑顔を見ると不思議と活力が沸き――。

 娘の様なものだと思っていた存在が何時からか変わっていたのだろうか?

「……村雨、お前にあそこまで言われちゃもう逃げるわけにもいかんわな。戻るまでには答えを出さないとな」

 髪を梳いていた手を止め――その手は何かを躊躇うかのように空を彷徨う。

「おやすみ」

 

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「あ、起きたんだ」

 そんな声と共に村雨が髪を拭きながら浴室から出てくる。

「なになに? 村雨が見当たらなくて泣いちゃった?」

 ベッドに腰掛ける男の姿を見つけ悪戯気な表情を浮かべると傍らに腰掛けるなり、よしよしと男の頭を掻き抱き撫でる村雨。

 湯上りの甘い香りが男の鼻腔を擽り、柔らかい感触が頭を包み込む。

 柔らかさを意識した男の顔が赤らむ。

 照れ隠しに男が発した、

「お前ね……自分の格好、解っているよな?」

 その言葉に自分の姿を見――バスタオルを纏っただけであることに気付き慌てて距離を取る。

「あのな……自分で仕掛けて真っ赤になる位ならやるなよ……」

 赤くなっている男以上に、真っ赤に身体を染め俯く村雨に、些か呆れて声をかける男。

「だって……」

 微かな声。

「ほら。さっさと着替えて、飯行くぞ」

「……は~い」

 階段を降りると、途端に激しい雨が二人を叩く。

「こりゃたまらん」

 慌てて食堂に駆け込む二人。

「うわっ。もう濡れてる。シャワー浴びたばかりなのに」

 村雨が濡れた自分の身体をハンカチで拭く。

「全く、良く降ってるな。そろそろ来たのかな?」

 窓から外を窺おうとするも、台風養生の為すでに窓にはシャッターが下ろされていた。

 朝食を摂っていると、宿のオーナーから昼食用におむすびを用意していると声が掛かる。

「どうするの?」

「まぁ、昨日買ったカップ麺と缶詰で良いかな」

「そっか。せっかく買ったんだもんね」

 食後のコーヒーを飲み、部屋に駆け戻る。

「いや~濡れた濡れた。村雨、大丈夫か?」

「ん? 大丈夫だよ」

 そう答えながら浴室に入り、ドライヤーで髪を乾かす村雨。

 やがて、防災無線から村営バス全線運休と青灯台岸壁閉鎖、夜明道路通行止めの知らせが相次いで流れる。

「ホントにどこにも行けなくなっちゃったね」

 窓から外を眺めている男の傍らに立ち、同じように窓の外を眺める村雨。

「……で、今日は何するの?」

「……寝てるよ。筋肉痛で肩と腰がな」

「大丈夫? ちょっと見せて」

 村雨が男の上着を脱がせ肩を覗くと、肩が赤くなり青あざができている。

「あらら、赤くなっちゃってるよ? 無理するから」

 男の様子を見ていた村雨が、良い事を思いついたとでも言うようにポンと手を打つ。

「あ、そうだ。憲広、そのままベッドに横になって。そう、うつぶせで」

 上着を着た男が横になると、えいという掛け声とともに、村雨が男の腰にまたがる。

「おい!」

 突然、柔らかな感触とぬくもりを感じ、焦る声を発する男。

「良いから、そのまま、そのまま。これから村雨がオイルセラピーを始めちゃいます」

 そう言うと、男の上着を脱がす村雨。

「おい!」

 男の焦る声を無視し胸元からマッサージ用のオイルを取り出し掌につける村雨。

「村雨! 冗談なら止めろ」

「冗談じゃないから。そのまま大人しくしててね。疲れていそうな憲広へのプレゼントだよ」

 村雨の言葉に男が大人しくなると、村雨が両手の平を軽くこすり合わせてオイルを温め、男の腰に手を置き両手の平で脊柱を挟み密着させる。

「冷たくない? 大丈夫?」

「ん? ああ、大丈夫だ」

 その声を聞き両手の親指と人差し指で三角形を真ん中に作るように手を置き、肩にかけて優しく滑らせる。

「どう? 凝ってるところない?」

 村雨が男の首の付け根まで手を滑らせ軽く掴み、凝っている個所を確認する。

「ああ。その辺かな」

 身体の位置をずらし、人差し指を首の脇を半円を描くように滑らせる。男が痛がっていないことを確認し親指を立てて首から肩にかけて強く押しながら指を滑らす。

 同時に肩から首に手を返しながら指の甲で優しく押していく。

 オイルを足しながら首の両脇の強張りを解きほぐす様に親指と人差し指の指先で揉み解す。

「どう? 痛くない?」

 頷く男。

 男の肩に掌を置き、時には優しく時には体重を掛けながら揉み解していく村雨。

「どう? 気持ちいい?」

「ああ。良いな……」

 半分眠りながら男が答える。

 肩から腕に、背中から腰に掛けて丁寧に揉み解す村雨。

「憲広? ……あらら、寝ちゃった」

 いつの間にか静かに寝息を立てている男の顔を覗き込む。

 男が完全に寝静まっているのを確認し、言葉を紡ぐ。

「……昨日はごめんなさい。大淀さんから書き換えが終わった連絡があった時に一緒に注意されていたことがずっと気になってたんだ。あの穴っていつ消えるか解らないんだって。7月中は大丈夫そうだけど、それ以降は解らないって。ただ、私達の世界と貴方の世界で何らかの繋がりがあれば穴は消えないらしいの。それで男女の繋がりを持とうって少し焦ってたんだ。……親娘の繋がりでも繋がりは繋がりなんだけど、男女の仲の方が繋がりが強そうだったから。……私は提督と男女の仲になっても後悔しないけど、提督はどうなのかな……」

 静かに語る村雨の言葉に応えはない。

 

 




後3話から4話で終わる予定。
……小笠原にいるうちに26日分までは終わらせたかった。
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