欠伸と共に男が目覚める。
「あ、やっと起きた。もうお昼よ、随分良く寝てたわね。疲れてるの?」
窓際で本を読んでいた村雨が声をかける。
「ああ、すっかり気持ちよくなって寝てたらしい。ありがとな、村雨」
「どういたしまして。あ、そうそう。雨、止んできたみたい。風は相変わらずだけどね」
「ほぉ。逸れたかな? どれどれテレビでも見るか」
ニュースをつけると丁度台風情報が報じられていた。
「お、これは大神山展望台のカメラか。う~ん、予想よりは激しくないな」
「そうなの?」
「ああ。7、8年前の台風に遭った時には宿の人に昭和57年に台風が直撃した時はヤギが飛ばされたのを見たって話も聞いてるしな」
「ヤギ!? ヤギって、メーメー鳴くあのヤギ? ヤギも飼い主さんも気の毒に……」
「ん? ああ、違う違う。飼っている訳じゃなくて、ノヤギが飛ばされたんだと。そう言えば、ノヤギこの頃見なくなったな。駆除成功したのかな?」
「え? そのノヤギと飼われているヤギって違うの?」
「言わなかったか? ノヤギは元々家畜として放牧されてたんだ。第二次世界大戦中は聟島列島以外はオガサワラオオコウモリみたいに食べ尽くされたらしいんだが、その辺って聞いたことあるか? まあオガサワラオオコウモリは、他の島で生きていた個体が飛来して復活したけどな」
「ヤギの話は聞いたことないけど、まぁ大体の想像はつくわ。私は小笠原の事は知らないけど、南方の島では似たようなことが起きてたし。それで?」
「んで、戦後にまた聟島列島のヤギが父島とかに食料として放されたわけだ。でも食料として利用されなくなって結局野生化したんだと。その野生化したヤギがノヤギっていう訳」
「ああ、野生のヤギって言うか野良ヤギでノヤギなのね。それで駆除って……? ああ、わかった、そう言う事ね。ヤギって生えてる植物食べ尽くしちゃうから、94%ある固有植物を保護する為でしょ?」
「正解。ま、勝手に連れて来られたヤギも迷惑だけどな。ムニンツツジって固有種なんかノヤギに食べ尽くされて自生してるのは1株だけだからな。前に原木見たけど、周囲を金網で何重にも囲われてたんだ。周りには栽培されたのが植えられてたけど」
「世界で此処だけにしかない植物か……。それは大事だもんね」
そんな取り止めのない話をしつつ天気予報を見ていると、台風の進路が昨日の予想より東側にずれている事に気が付く男。
「針路が東側にずれてるな。これなら雨風は激しくは無さそうだ」
「あ、ほんとだ。昨日は貞頼祭だったもんね。貞頼様の神通力かな?」
「またサイパン辺りから台風が北上して来て直撃したら、これは貞頼祭りの時季だったから逸れたって判るだろうな」
「じゃあ、当分わからないね、で、船来そう?」
「これなら今日出港のおが丸も引き返さないだろうな、多分。かなり揺れても航路からは外れそうだし。……台風に向かっていくから帰りは寝ていくけどな、俺」
「揺れるんだ。……私艦娘だから酔わないわね。酔ったらお世話してあげるね」
「その時は期待しているよ」
顔を見合わせ笑いあう二人。
「それで、お昼はどうするの? 雨、止んできたし出かける?」
「……バスもないのに出かけるのか? 序でに言うと風が強いから街の店はほとんど休みだぞ?」
「そっか。やっぱりカップ麺と缶詰ね。じゃぁ、私これとこれ」
「なら俺はこれとこれ、あとこれかな」
「お湯足りる?」
「2個なら大丈夫だろ。後の分はまた沸かすよ」
食事の準備をしながらチャンネルを変える。
「どこも週末は台風に警戒だって」
被災地の様子や八丈島の様子などが中継される。
「あっちはこれからか……」
「あ。父島映ったけど……なんか見たことある場所の様な気がするね」
「ああ、今映ったろ、ここ。あそこに漁港があるんだが、そこの家の屋根にカメラがあるんだ」
窓を指さす男。
「え? ……ああ、あそこね。オレンジの屋根の上にアンテナと一緒にあるわね」
「おお!? よく見えるな。……そうだった。時々忘れるけど、村雨は艦娘だったな」
「あ~。それって酷い言い草」
頬を膨らます村雨。その頬を突きながら、
「はっはっはっ。こんな風に頬を膨らませる仕草なんか何処からどう見ても普通の美……痛っ!!」
顔を染めながら、自分を突く男の指に噛みつく村雨。
「痛っ。悪かった。離せって。……ホントに仔犬みたいだな」
男の指を離し、ワンワンと可愛く吠える。そして悪戯気な表情をしながら男に
「もう。いつも私を揶揄って……。この、セ・ク・ハ・ラ・提・督」
後半を一言一句区切りながら男の耳元で囁く。
「ごふっ。村雨に言われると意外と効くな。……セクハラか。そう言えば『艦これ』していると母港に戻る度に「何で触るの?」とか「何なの、もう!」とか言われるんだが、アレってそっちだとどんな扱いになってるんだ?」
「あ、あれ。そうよね……。提督の気配を感じる度にあんな感触受けたら、あんな風に言われちゃうか」
出来上がったカップ麺を啜りながら村雨が気になることを言う。
「感触? ってなんだ?」
「えっと、秘書艦していて提督の気配がしたなって思ったら全身、それも服の上からじゃなくて素肌を直に素手で撫でまわされる感触がするの。……時々部分的に撫で廻されたりさっきみたいに突かれたりする感触もするんだけど、それはなんとなく原因が判ったから良いや。それで先週一緒に過ごして提督が何にもしていないのに飛鷹さん達が怒るの見てようやく分かったけど、執務室が映る度にそうなっていたのね。鎮守府に帰ったら夕張さん達に報告しておくから。提督が
「おい! 私以外には。ってなんだ? 私以外には。って。村雨にだってやって……いたな。うん」
「ですよね、セ・ク・ハ・ラ・提・督」
「提督呼びは禁止だ、禁止」
「セクハラは認めるの?」
「さっき突いたのは客観的に見たらそうなるからな、悪かった」
その言葉を聞き、村雨が
「じゃあ、お詫びとして一つ聞いてね」
その言葉に出来る事ならな。と男。
「じゃあ、私に全身アロマテラピートリートメントしてね。いつものオイルを持ってきてるのは知ってるよ」
先週言ってたでしょ、若い介護士にもやってたって。と村雨。
そのままベッドに仰向けに横たわると、掛け布団の中で、もぞもぞと身体を動かし、準備をする村雨。
男は何を言われたか理解できず、その様子を只呆然と見つめていた――。