男が村雨の手を引き入った店は『
「いらっしゃい。って、あんたやっと来たんだね」
そんなオーナーの言葉に頭をかいて誤魔化す男。
「まあいいっか。ちゃんと寄ってくれたんだから。……おっと」
傍らの村雨に目を留め。
「アンタ、何処で引っかけたんだい? こんな綺麗なお嬢さん。見たところ、まだ10代……いや、20代前半かな? あんたとは一回り近くは離れているだろ」
行く先々で男の知り合いと思しき人に毎回の様に聞かれる村雨が、ふと茶目っ気を出す。
「会社の部下です。金指係長に強引に……」
その言葉に
「アンタ、部下に……って、お嬢さん嘘言っちゃだめだよ?」
村雨がチョロと舌を出すと
「ごめんなさい。ご想像の通りです」
満足そうにうなずくオーナー。
「良いお嬢さんだね。適度な茶目っ気もあるし、アンタも付き合いやすくて気疲れしないだろ? それで、何にするんだい? いつものかい?」
「ええ。いつものポキ丼2つで」
「あいよ」
間もなくゴマ油と醤油で和えた刺身と海藻がたっぷり入った丼が出てくる。
「はいよ、ポキ丼、お待ちどう。何か飲むかい?」
そんな言葉にパッションフルーツのジュースを注文する。
「ふぅ。食ったけど……もうちょっと入れるかな」
「私も、少し……」
ちょっとお腹減っちゃって。と村雨。
なら、あそこにするかと向かった先は入港日に入った店。
「っらっしゃい。ってアンタらか。祭りはどうだった? 今日の便で帰りかい?」
「ええ。楽しめましたよ。台風もそんなに被害なさそうでしたし」
「いや、おが丸は来るとき台風に向かってくるから縦揺れで大変だったろうな」
そうなんですか? と男の問いかけに
「台風突っ切って来たのは今回が初めてだな。今度の船長は度胸あるよなぁ。さすが海の男」
と、カウンターの客が答える。
「さっき聞こえたけど、貞頼さんに行ったんだって?」
「ええ。初めて参加したんですけどね」
「そうか。上の方で工事してたろ。あそこの現場にいたんだよ、俺達。俺達も今日の便で帰るんだ」
弾む会話。
「注文は?」
村雨に注文を取る店主。
「亀玉に、亀刺し、亀の唐揚げ」
村雨の注文内容に
「亀玉、気に入ったかい? これは亀の卵黄を――」
「そうなんですか? じゃあ、その味噌って――」
出された亀の玉子について会話が弾む。
男がアカバの唐揚げに亀刺、亀玉、ソデイカの刺身、デザートに店主の娘さんが奨めてくれたシャカトウとせっかくだからとタコの実のお酒を注文する。
出されたタコの実のお酒を見つめる村雨に、
「お嬢さん、未成年じゃなかったよね。少しどうだい」
と味見をさせてくれる。
「あ、これ甘くて美味しいですね」
「島ラムにタコノミを漬けた――」
「ご馳走様でした~」
ご機嫌な村雨と苦笑い気味の男が店を後にする。
「村雨、お前、ちょっと飲みすぎ」
村雨が試飲の範囲を超えて呑んだ為、纏めて精算を終えた男が一言窘める。
「良いでしょ~」
頬を赤く染め何処かご機嫌な村雨が千鳥足で男の周りをまわる。
「……ちょっと酔い覚ましするかな」
公園に向かう途中、MARUHIの前で一時間ほど前に着いた便の観光客が通り過ぎる。
あれは凄かったね。とか、まだ揺れてるよ~。といった声が耳に残った。
「まっ。出る便は関係ないだろ。部屋で吐かれてなければ良いけどな」
吐かれたことってあるの? という村雨の問いかけに、まずない。と返す男。
公園のお祭り広場を散策し、
「ちょっと甘いもの食べに行くぞ」
と男が村雨の手を引く。
「甘いもの?」
「TOMATONのアイス」
「TOMATON?」
「買った土産物もそこが作ったのがあるんだ。その本店にな」
午前中に寄った小笠原世界遺産センターを通り過ぎ、突き当りを右に進むと瀟洒な店舗が見える。
「わ、可愛いお店」
扉を開け中に入る。
「いらっしゃいま……あ、最後の最後にやっと顔出しましたね?」
ここも? と男を見上げる村雨。
「アハハ、台風が、ね」
「入港日に来てくれればいいじゃないですか。あら? ……ついに年貢納めたんですね、歳の差婚ですか?」
「えっと……」
言葉を濁す男に代わり村雨が
「ええ。上司に落とされちゃいました」
と爆弾発言をかます。
え? と顔を見合わせるスタッフ。そして――。
「さっきも同じこと言われましてね……」
村雨に拳を落とす男。
「痛いなぁ、もう」
「お前がつまらん事言うからだろ」
まあまあ。と笑いながら宥めるスタッフ。
「可愛らしいお嬢さんじゃないですか」
カウンターの奥で肩を震わせ笑いをこらえるスタッフも。
「お、島ドーナッツ。まだあるのか」
早速買い込む男に村雨が首を傾げる。
「美味しそうだけど、そんなに買いこんで大丈夫なの?」
「美味いし人気だからな。MARUHIや農協じゃ売り切れだったろ?」
そう言えばそうだったと納得の村雨。
「さてっと、パラミツのアイス……あ。新作出たのか。どれにするか」
男が「パクチー&セロリアイス」と「キャベツ&セロリアイス」に目を留める。
「前にパラミツのは食べたから……。このパクチー&セロリアイスを試してみるか。島キャベツのアイスクリームも気にはなるが」
「じゃぁ、私は島はちみつのアイスクリーム試そっと」
飲み物にローゼルのジュースとパッションフルーツのジュースを注文し、空いているイートインコーナーに腰掛ける。
「ふ~ん。キャベツのジャムとかセロリのジャムとか色々あるのね。鎮守府でも作れるかな? 間宮さんや鳳翔さん達が暁ちゃん達が野菜を中々食べないって困ってたから」
「このパクチー&セロリアイスとかみたいに氷菓子にしてみたらどうだ? ……実はゴーヤだけは俺も苦手で、チャンプルーよりも薄く切ったのを揚げたり、漬物とかバナナや牛乳と一緒にジュースにして飲む事が多いからなぁ。無理に食べさせて苦手意識持たれるより少しでも食べられる事に――」
アイスが固くスプーンが通らないため、溶けるまでの間にジャムやカートを纏めて買う村雨。
「溶けた?」
会計を済ませコーナーに戻る。
「ホレ」
とパクチー&セロリアイスを差し出す男。
「意外と美味しいね」
「本当に予想外だった」
村雨が島はちみつのアイスクリームを舐め
「うん。これも美味しい。蜂蜜、瓶詰めがなかったのは残念だったな」
はい。と男に島はちみつのアイスクリームを渡す。
「うん、島はちみつのは良いな、程よい甘さで。パラミツも良いけどな」
その言葉に、あっちでパラミツのナッツ差し上げますってあったよ、と村雨。
アイスクリームを食べ終え、店内を物色する2人。
「島キャベツのジュースか……」
どうしようかなと思案顔の村雨に
「お、パラミツ」
と村雨を手招きし、写真を撮る。
「お二人さん、これどうぞ」
とスタッフから、船の中で食べてね。とパラミツのナッツを渡される。
「ご馳走様~」
と声をかけ店を後にする二人。
「まだ時間はあるけど、待合行く?」
時計が13時を回っている事を確認した村雨が尋ねる。
「そうだな……ちょっと郵便局寄ってから行くか」
「郵便局?」
「そっ。記念切手買ってはがき出して風景印貰うかなってな。村雨が帰るのが31日でギリギリ間に合う筈だから」
「あ、じゃあ行く」
郵便局に着くとブラインドが下りている事に気が付く。
「あ、今日は土曜で休みだったのか。風景印は諦めて切手買うか」
MARUHIで販売中との表示を見てMARUHIに向かう。
売ってないんですよ。と言う言葉に肩を落とす二人だったが、でも内地でも買えますよ? という言葉で戻ったら買おうと店を後にする。
男が道を渡り、通りの寿司屋に入る。
「まだ食べるの?」
「違う。帰りの船で食べる島寿司を予約していたからね、受け取らないと」
と料金を精算し島寿司を受け取る。
「もう結構いるね」
船客待合所に着くと、長椅子には多くの人が腰かけていた。
「荷物は……まだ来ないな」
「じゃあ、先に乗船手続きしておこうよ」
「……えっとな」
動かない男にピンとくる村雨。
「あ、リュックの中に券入れっぱなしでしょ?」
頭をかいて誤魔化す男に、仕方ないな。と腰に両手をあて溜息を吐く村雨。
「しょうがないなぁ。じゃあ座って待ってよ?」
「あ、アンケート書いて置こう」
船客待合所の中にある観光協会の案内所でアンケートを記入する二人。
来島記念のスタンプを押し、返還50周年のクリアファイルを貰う。
「あ、このポスターも貰えるんだ」
A1サイズのポスターを1本づつ貰い、長椅子に座る。
「あ、あそこでもお土産売ってるんだ。海豚屋だって」
「ああ、あそこで買っても良いけど種類はそんなにはないからな」
そうなんだ。と村雨が周りを見回すと入口にある自販機が目に入る。
「あ、そこで飲み物買ってくるね」
「ん? あ、そこは駄目だ」
「え? 何で?」
「そこは高い。同じものが通りの反対側に売ってるから、そっちで買った方が30円ほど安い。外に行くのが面倒ならそこで買っても良いけどな」
「そうなんだ。じゃあ向こうで買ってくるね」
手を振り外に出る村雨。
暫くして、
「買ってきたよ。ハイ」
とペットボトルを渡してくる。
「船、思ったよりは揺れてないね」
外に泊まるおがさわら丸を見て呟く村雨。
「湾内だからな」
「そっか。台風、どこまで行ってるのかな?」
「ん? 未だ伊豆辺りじゃないのか?」
そんな取り留めのない会話をしているうちに、午前中のツアーに参加していた観光客が集まってくる。
「あ、あれ見て」
同じ宿に泊まっていた親子連れが購入したらしい鯨の髭を指さす村雨。
「あれって薬局に売っていた髭よね?」
「ああ。あれは……7、8万円で売っていたな。んで、向こうの人が買っている髭は確か……5、6万円だな。髭は最低で3万円位だ。これからもっと値上がりするけどな」
と、別の観光客が購入したと思しき髭を指す男。
「お金持ってるんだね~」
まったくだと頷く男。
「それで、今持っているのは?」
「……5000円」
「うわ。……二人で2500円? なにも買えないね、それは」
「アイスとHAHAJIMAでアップルパイとクロワッサン買ってカクテル一杯頼んだらお終いかな。飲み物は買ってあるから大丈夫だけどな」
14時半近くに荷物が届き、乗船手続きを行う二人。
「良かった、無事に手続き終わって」
半分窘めるような村雨の視線に
「悪かった悪かった」
男が謝る。
待合の外を眺めると、写真を撮る観光客がちらほらと見える。
「あ、見てみて」
と指さす村雨の先には往路では気付かなかった小笠原諸島返還50周年のラッピングが見えた。
待合所を振り返れば案内所の上に中学生が描いた小笠原諸島返還50周年の絵が展示されている。
「あ、あそこにもある」
と村雨が、海豚屋の上を指さす。
「今年は記念の年だから、いつもと違って壁も賑やかだよな」
と、男が呟く。
15時を過ぎた頃から乗船時間の案内が流れ、15時20分から700番台から順に乗船が開始される。
「あ、呼ばれたよ、500番台。行こ」
村雨が男の手を引き、船に乗り込む。
「ふ~う。やっぱり船内は涼しいね」
息を吐く村雨を、
「ほら、急いで外行くぞ」
カメラを持った男が急かせる。
「え? どこ行くの」
6層目の船外甲板に出る二人。
誰もいない甲板の縁に男が陣取る。
「なにかあるの?」
下の行列を眺める村雨。
「あ、あの女の人凄い恰好ね。半分以上見えてる」
その言葉にどこだ? と探す男。
「嘘に決まってるでしょ。スケベなんだから」
村雨が睨むも
「アハハ、男の性って奴だ、許せ。いや、偶には居るからな。……あんな風に」
男の差した指先を辿り、慌てて男の視線を遮る村雨。
視線の先には背負った荷物の所為で服が着崩れ、上から見ると胸の谷間が露になっている学生と思しき女性がタラップを上がっていた。
乗船した観光客が次第に甲板に集まってくる。
「なんか随分集まったね。何があるの?」
「知らなかったか? 船のお見送りだよ」
その言葉で下を覗く村雨の目に太鼓が並んだ光景が飛び込んでくる。
「あれって?」
「ん? あれが航海の安全を祈る見送りの小笠原太鼓。ふむ、今日は南洋踊りは無しか」
ドラの音と共に出航を知らせる曲が流れる。
15:30――おがさわら丸出港。
大幅に変更