「と~ちゃ~く」
タラップを降りると駆け出す村雨。
「早く~」
後ろを振り返りながら男を急かせる村雨。
「はいよ」
のんびり歩く男の傍らに戻りその腕を絡ませる。
「おっとっと。こらこら、危ないだろうが。一日船に乗ってると、陸に上がった時にどうもふらつくな……」
村雨の頭を反対側の手で撫でつける男。
「こっちは暑いね~」
歩道が狭くなっている芝離宮庭園の傍を通り過ぎ、駅の改札へ向かいかける村雨を男が引き戻す。
「そっちじゃない」
「え? 地下鉄で帰るの?」
「言い忘れてたか? 何時も下船後はホテルで一泊するんだ」
「え?」
キョトンとする村雨の手を引く男。
「え? え?」
戸惑いながらも引かれた手を放さず絡め直す村雨。
地下鉄の入り口を過ぎ、銀行へ入る。
「ちょっと足りないからな。金降ろさないと」
村雨を待たせて金を降ろす男。
「さてと、5万も降ろせば大丈夫かな」
銀行を出て、ここまで来たからと芝大神宮と増上寺を参拝する2人。
「御朱印は良いの?」
「だらだら祭りの時に頂いたからね。今年は……いや、頂いて置こう」
金運上昇の神様として、また縁結びの神様として有名な芝大神宮という事で縁結びの千木筥お守りと強運お守りをそれぞれ頂く。
「源頼朝や徳川家康も戦勝祈願で参拝したのは知らなかったなぁ……」
「勉強不足ね、お父さん」
縁結びの千木筥お守りを購入してご機嫌な村雨が男の顔を突く。
「村雨は知って……いたようだな」
「当然でしょ? それにしても、此処も変わっちゃったなぁ」
辺りを見渡す村雨が、昔の様子を男に語りながら増上寺へ。
「東京タワーって増上寺の敷地に建ってるけど、どういう事情があったのかしらね。知ってる?」
「ああ。東京タワーの建設関係者の一人が増上寺の檀家だったらしいね。その縁で増上寺がお国の為ならってことで寄付したらしいよ」
安国殿で御朱印、勝運守りと勝運黒本尊祈願札を頂く。
「さて、戻るか。今日は隅田川の花火大会があるから混むしな」
「見えるかな?」
「ちょっと無理だろうな、此処からじゃ」
増上寺から出た二人は1時間程前に下船した竹芝桟橋まで戻り隣接するホテルに入る。
案内されたのは海に面した、19階にあるツインルーム。
「ふわぁ~。高そうなお部屋。いつもこんなところに泊まってるの?」
「ンなわけあるか。此処で一人一泊15,000円もする部屋なんて初めてだ。村雨が来てからすぐに此処を予約し直したんだ。良かったよ、最後の一室が取れて」
「えぇ? というと二人で3万円? 嬉しいけど無駄遣いしちゃだめだよ? 私はもっと小さなところでもよかったのに」
男を見つめる村雨。
「村雨……?」
「それでね、も~っと応急修理女神とかを増やしてほしいな~って」
冗談半分の言葉にどう返しが来るかと村雨。
「そっちが目的か! ……まぁ、今後は特注家具職人や母港を拡張するより補強増設と応急修理要員や応急修理女神を増やしていくけどな」
冗談半分に言った言葉に対する男の返事は至極真面目なものであった。
「え?」
目を瞬かせる村雨。
「当たり前だろ? 実際に触れあったら遊び半分で指揮なんか執れるもんか。練度30以上の艦娘には補強増設と修理要員、30以下の艦娘にも修理要員は乗せていくつもりだからな。……こんな可愛い娘を轟沈なんぞさせてたまるか」
その言葉に思わず抱き着く村雨。
「おっとっと。よしよし、何か急に甘えん坊になったなぁ」
陸酔いで些か足を縺れさせながらも村雨を受け止め、砕けた口調でカフェオレ色の髪を撫でつける男。
その言葉で赤くなった村雨が男の胸に顔を擦りつける。
そんな村雨の背中を無言でポンポンと軽く叩く男。
暫く抱き合っていた二人が、どちらからともなく離れる。
「村雨、素泊まりだから食事は何処か食べに行くかホテルのレストランを利用するしかないんだが……」
「ん~。せっかくだからホテルのレストランで良い?」
「決まりだな。席が空いてるか確認してみるか」
そう言うと男が最上階のレストランに電話を入れる。
暫くして予約が取れたと村雨に頷く。
男が電話を切る。
「昨日の花火が延期になってたから今日は予約で一杯だとさ。18時半から45分間だけ取れた。ちょっと慌ただしくなるけどごめんな」
「えっ! ここから花火、見えるの?」
「見えるらしいな。初めて知ったが」
「この部屋からも見えるかな?」
「ここからか? ……ちょっと待ってな」
そう言うと男がタブレットで調べ始める。
「本当に小さくだけど見えるようだな。この部屋からも」
「見えるの?」
その言葉を聞きながら、村雨が窓に近づきレインボーブリッジを眺めていると
「そこのレインボーブリッジからも見えるらしい。こっちは19階だし上にあるからな、意外な穴場だった」
男が窓辺に歩み寄り村雨の傍に立つ。
眼下に広がる暮れ行くレインボーブリッジを眺めながら互いに寄り添う二人。
最後の一筋が消えるのを見つめる村雨。
「沈んじゃった」
寂しそうにつぶやく村雨に男が声をかける
「さて、そろそろ行こうか」
村雨に手が差し出される。
「うん」
最上階のレストランでコース料理を楽しむ二人。
「父島で食べたパスタも美味しかったけど、此処も美味しいね」
オードブルの後に出された茗荷・大葉・ゆで卵のパスタを楽しむ村雨。
「こんな贅沢しちゃって良かったのかな?」
「そう思ってるんなら今は料理を楽しむんだな。8月から白露型で一番扱使ってやるから」
「お手柔らかにね?」
運ばれてきたグルノーブル風の鱸のポワレに舌鼓を打つ。
「白い皿に映えるよな、鱸周りの赤色野菜。トマトとパプリカかな……?」
口に含み
「焦がしバターのソースが合うなぁ……」
口直しのグラニテを食べ終えるとハーブと白ワインで煮たアーティチョークの炒め物を添えた子羊のローストが運ばれてくる。
「……」
声も上げずに一心不乱にナイフとフォークを動かす二人。
くるみパンと、ティラミスとバニラ・苺のデザートを食べコースの終わりの紅茶を含んだ頃、花火が遠くで上がるのが二人の目に映る。
「わぁ。あがった……」
同じ様に窓際に居た客からも声が上がる。
「かなり遠いけど、ちゃんと見えるんだね……」
村雨が次々と上がる花火をうっとりと見つめる。
そんな姿を見ながら男が素早く時計を確認すると19時10分を過ぎていた。周囲を見回すとウェイターが足音を立てずに此方に近づいていた。
「村雨、時間だ」
その言葉に窓から自分の時計に視線を移した村雨。
「もう時間なのね。じゃ、部屋に戻ろ?」
精算を済ませ部屋に戻る2人。
村雨が窓辺に駆け寄る。
「ちょと見難いけど、あそこでやってるのがわかるね。打ち上げ場所ってどこなの?」
「スカイツリーの近くだな。スカイツリーはあそこに見える塔だ」
ビルの間に見える塔を指さす。
「艤装展開して近くに行って見てみたいなぁ」
眼下に広がる海面とスカイツリーに繋がる川の流れを見つめる村雨に男が声をかける。
「行くなよ? 振りじゃないからな? それは本気で勘弁してくれよな?」
「冗談に決まってるじゃない」
コロコロと口元を押える村雨。
「……OKを出したら行きかねん」
「しないよ」
男も苦笑しながら
「近くじゃ見られないが……ほらテレビで中継やってるぞ」
その声に村雨が大人しくテレビの前に陣取る。
燥ぐ村雨を温い視線で見遣る男。
(こういうところはまだまだ子供だな。……俺も人の事は言えないが)
「村雨、お前の頭で画面が見えん。こっちで座って見なさい」
「は~い。……よっと」
男の膝に腰掛け背中を預ける村雨。その顔には人の悪い笑みが浮かんでいた。
そんな村雨の悪戯に対し、
「おいこら。見えんだろうが」
と男が抱きかかえる。
「キャッ」
腋下から差し込まれた男の腕が自分の胸を押しあげる感触に思わず声を上げる村雨。
「前にも言ったよな? 冗談はやめろって」
顔をこれ以上ない位に真っ赤に染めた村雨に
「このまま……どうにかしてくれようか? ん?」
そんな言葉を耳元で囁く男の声に目の前でカフェオレ色の髪が激しく揺れる。
「ったく。よっこらしょっと」
小刻みに震える村雨の身体を抱え直し自分の脇に降ろす。
村雨を降ろして足を組む男。
(やれやれ……気づかれてないよな?)
その動きは村雨の柔らかくも適度な弾力に反応しかけたモノを隠そうとの足掻きであった。
村雨を見遣ると顔を赤く染めながら自身の胸を押え息を整えている。
暫くして恨めしげな視線を男に投げかけて来る。
「……に言いつけてやるんだから」
「仕掛けてきたのは村雨だよな?」
互いに画面を見ながらの軽い言葉の応酬。
そんな応酬が数往復も交わされる頃には二人とも画面に集中し始めている。
「花火って平和の象徴よね~」
「そうなのか?」
「元々は鎮魂の為なのは知ってるけど、あっちじゃ中々上げられなかったの」
花火を見ながら村雨が言葉を紡ぐ。
「打ち上げ花火って作るまでに1年近くかかるのもあるでしょ? よっぽど落ち着いている時じゃないと大きなのは中々作れないよ?」
そんな言葉にそう言うものかと納得する男。
「んじゃ、此処じゃウンと楽しまないとな」
そう言ってわしゃわしゃと男の手が村雨の頭を撫でる。
「もう」
擽ったそうな村雨の顔に笑みが浮かぶ。
花火を楽しんでいる二人。やがて
「テレビでスカイツリーのお色直しだって」
テレビでは時代劇で一世を風靡した俳優が他の出演者と同じ様な内容を話している。それを横目に窓の外に視線を投げる二人。
「あれね」
「テーマは花か……。うん、いい色だなぁ」
画面に目を戻すと、ジョッキに注がれたビールが映っていた。
「あ。ビール飲んでる。……提督?」
「そこのリュックサックにオリオンビールが入ってるぞ」
部屋に二人しかいない為、村雨がアルコールに手を出そうとしても制止しない男。
「良いの?」
そう問いかける村雨に
「貞頼さんで言ってたろ。竣工して20年なんてとっくに過ぎてるって。二人だけの時は止めないよ、絡みや脱ぎ、脱がせみたいな悪い酒癖はなさそうだしな」
その言葉に村雨が缶を二本持ってくる
「良かった。じゃ、乾~杯」
缶を打ち合わせ、喉に注ぎ込む。
「花火を見ながら飲むビール、最高」
男が画面の中と同じようなことを口にする。
「あ、かすみ草だ」
画面と窓の外を交互に見つめ
「ポケモン? 花火だって」
窓からは解らない形になっている花火を画面で見ながら手元の缶を空にしていく。
そんな中、花火が最高潮に近付くにつれて村雨の言葉数が少なくなって行き、ついに沈黙の時間が長くなって行く。
「花火、終わっちゃったね……」
花火大会が終わる寸前から窓辺に立ち花火を見ていた村雨は、大会が終わっても窓から離れようとしなかった。
「ねぇ、提督」
村雨が寂しそうに言葉を紡ぐ。
「今朝、提督が俺の方から言わせて貰えないかなって言った時は期待してたんだ。でもやっぱり、私って提督にとっては子供だったんだよね……。今朝のあの言葉だってその場しのぎだったんでしょ? ……花火の間は少し期待してたんだけど、やっぱりダメだったね」
振り返る村雨。
「小笠原で聞いたよね。本当に子供にしか見えないの? って。答え、30日までには聞かせてねって。これが答えってことで良いのかな?」
再び窓を向く村雨の目に光るものがあったことを男は確かに捉えていた。
微かに息を吐き、拳を握り広げる。そんな動きを2、3度繰り返し、
「……村雨」
意を決した男が背後から抱え込むように村雨を抱き寄せる。
「え? ていと、く?」
男の腕に力が籠められる。
「不安にさせてごめんな。……言葉に出さないとだめだって判っていたんだがな。外見の年齢差とかを考えると一歩踏み出せなかった……。本当に済まなかった。村雨に受け取って欲しいものがあるんだが、受け取ってくれるかな」
その言葉にハッと顔をあげ振り向く村雨。
涙で濡れた顔が上下に動く。
その動きに男がホッとした表情を見せ――片手で村雨を抱き寄せる。
村雨を抱き寄せる男の片手がスラックスから目的のものを探り当てる。
「指輪は未だ渡せないからな……。これで」
そう言うと男が目的のもの――ナンバンアカアズキのイヤリングを村雨の右耳につけ、サメの歯が付いているネックレスを首にかける。
ナンバンアカアズキ――『紅豆南国に生じ、春来たりなば幾枝を発す、君に願う多く採りて襭せよと、此物最も相思なり』と詩仏王維が詠んだ樹。その別名を相思樹と言い、古より相思相愛の象徴とも言われ、また独身者が異性にこの実を贈る行為は意中の人への「貴方を想う」という意思表示とされている。
そしてサメの歯は勇気の象徴であり、海での安全を願う魔除けでもある。
サメの歯の意味は村雨もよく知っている。そしてナンバンアカアズキの意味と別名も艦時代の乗組員が口にしていたことで知っていた。
身につけられた二つに手を遣り
「……お嫁さんは飛龍さんでしょ? 飛龍さんじゃなくて良かったの?」
かすれた声で男に問う。
「飛龍か……。もしここに居るのが飛龍だったら意識しすぎて今みたいにはならなかっただろうな。あいつは俺の嫁艦だしな。それにな」
村雨との2人旅は案外楽しかったぞ。と片眼を瞑りながら男が宣う。
「そう、なんだ……。提督、私達って相性いいのかな?」
泣き笑い顔の村雨。頷く男が視界に入り――。
「ごめんなさい、飛龍さん。私」
その言葉を村雨の口に当てられた男の指が遮る。
その指が村雨の頬を流れる涙を拭い、村雨の頤をあげる。
窓から差し込む月明かりの下で二人の影が一つに重なった。
――何処かで人の耳には決して聞こえない硬質の擦過音が響き始めた。
あ、ヤッてませんからね?