あの空間がどうなっているのかと気になる村雨。男の留守中に覗いてみることに。
「よっと」
納戸の天井に手を掛け様子を窺う村雨。
「え? ……こんなに天井高かった?」
視線を上に向ければ、小笠原に出かける前日に見た時より2mは高くなっているのが判る。
「7日間で!?」
驚く村雨。そこに縄梯子が下ろされ、三連梯子を背負った夕張が降りて来る。
「あ、村雨ちゃん。戻って来たんだ。どう、元気だった?」
夕張の姿を確認し、身を乗り入れる村雨。
「はい。元気で……って、夕張さん、これって」
「ああ、これ? 吃驚しちゃうよね。随分高くなっちゃったでしょ?」
天井を指さす村雨に応える夕張。
「これね、村雨ちゃん達が出かけた直後から昨日まで一日300mmの速度で高くなっていったの。正直言って村雨ちゃんが帰って来られなくなっちゃうんじゃないかって心配してたんだ」
その速度に驚く村雨。
「という事は……。もし戻ってくるのが遅れてたら」
27日の便が欠航した場合、戻ってくるのが8月3日になっていたことを考える。
「3600mmも高くなっていたんだ……。ちょっと危なかったかも」
でもね、と夕張。
「昨日までは300mmだったんだけど今朝は30mmしか高くなってないの。何か心当たりってあるのかな?」
夕張が村雨を繁々と見つめ
「ふふ。そう言う事。皆には黙っててあげるよ」
村雨の襟元と耳に視線を遣る夕張。その視線を感じ村雨が頬を赤らめる。
「……有難うございます。でも、30mmは高くなってるんですね。……このまま行っても3ヶ月程度しか持たないの? ……繋がったと思ったのに。アレでまだ完全には繋がらないんだ」
考え込む村雨。夕張が優しい視線で見遣る。
「村雨ちゃん。そんなに深く考えすぎちゃダメ。大淀や明石達も考えているから。大丈夫、あと3ヶ月以内には何らかの方法を見つけてみるから。ね?」
「あれ以上の繋がりかぁ。……アレしかないよね……」
夕張の言葉が届いていないかのように村雨が小さく頷く。
「ん~。村雨ちゃんが考えていること、何となくは想像つくけど……」
生温い視線で村雨を見遣る夕張。
「出来るの? 耳・年・増の村雨ちゃん」
色事を自分から仕掛ける分には色々と小悪魔振りを発揮する村雨であったが、実はかなりの奥手であり姉妹艦や親しい艦娘達に事あるごとに揶揄われている事を夕張は知っていた。
「言わないでくださいよ……」
何かを想像したのか聊か頬を染める村雨を姉の様な気分で見つめる夕張が、本当に思ってるならと村雨の耳元で二言三言囁く。
「えっ? そんな事!?」
真っ赤な顔の村雨。
「大丈夫。これで提督はイチコロよ。……出来ないでしょうけどね、村雨ちゃんじゃ」
「ただいま~」
男が帰宅したのは未だ日差しの強い16時過ぎの事であった。
「お帰りなさい、提督。更新終わったの?」
「もち。無事ゴールド免許確定」
「おめでとう」
飛びつく村雨に
「ありがとな」
頭をポンポンと撫でつける提督。
「もう。髪乱れちゃうじゃない」
結わえていた髪を解いていた村雨がどこぞの艦娘の様な台詞を口にする。
後ろを向くとそこにある姿見を使い手櫛で髪を整える村雨。
梳いている髪の隙間から、白く華奢な襟足と少し乱れた後れ毛が一瞬のぞく。
その白く華奢なうなじに一瞬目を奪われる男。
「ん? どうしたの?」
「いや。何でもない」
(村雨のうなじか……何度か見かけていた筈なんだが、今日は随分色気がある様な気がする……)
「ホントにどうしたの? 疲れちゃった?」
下から見上げるように村雨が上目遣いで問いかける。
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとうな」
よしよし。と村雨を撫でる男。
「また子ども扱い……」
頬を膨らませる村雨に
「おっと済まん済まん。贈り物までした娘にする態度じゃなかったな」
苦笑しながら詫びる男。
その言葉を聞き顔を赤らめる村雨だったが、
「……j、じゃあ私を子ども扱いした提督には何かおねだりしちゃおうかな?」
「おいおい。旅行帰りの金欠だ。お手柔らかに頼むよ」
「大丈夫。ん~……後にするね。それより、帰りに言ってたけど家庭菜園の世話しなくて良いの?」
「そろそろ行くつもりだったんだけど……行くか?」
「うん」
二人で作業服に着替え家庭菜園に向かう。
「前にも思ったけど家庭菜園にしては広くない? どれくらいだっけ?」
「ん? 一反七畝(約16.85a=約1685.95㎡=510坪)。たいしたことないだろ?」
「……提督って農家だっけ?」
「ンにゃ。両親も俺も普通のサラリーマンだが? 一応言っておくか。農家って最低でも、経営耕地面積が10アール以上の農業を営む世帯または農産物販売金額が年間15万円以上ある世帯。って農水省が決めてるんだ。所謂自給的農家って奴だな。村雨が判りそうな言葉だと……
「そうなんだ。……ところで、前から思ってたけど、この広さを一人で見るのって大変じゃないの?」
「ん? 一人じゃないぞ? あの家は親と同居だからな?」
「え!?」
驚く村雨。
「私、提督の御両親見たことないよ?」
「まあそうだろうな。ルビー婚式で3ケ月位前から210日の船旅に出かけているからな……」
「そうなの?」
「両親居たら村雨と初めて会った時にどう説明したかな。……会社の後輩かな。いや、鎮守府と繋がるなんて信じてなかったからなぁ……まあ、半年後にこっちに来るようなときは注意してな?」
「半年後……」
俯く村雨の様子に、
(やはり繋がりは持てなかったのか……。村雨の様子だと半年も持たない様だな)
と予想する男。
その後はブラックベリーやブルーベリーを収穫し、
「はい、口開けて。あ~ん」
真っ赤になった村雨の口にブルーベリーを一掴み分放り込んだり、
「やべ。ズッキーニ、ダメになりかけてる……」
泡を吹きかけているズッキーニの始末や
「喰われたか……」
爪で中身を刳り貫かれて食べられた甜瓜や西瓜、メロンの始末と、
「ねえ、提督。ここに12.7mm単装機銃設置しちゃダメ? 引っかかったら発砲するの。ダメなら7.7mm機銃でも」
と一条丸々食べられた惨状を見て目が座った状態の村雨を宥めながら、かご罠の設置を行ったり、
「ねえ、このトマトって大丈夫なの? 知ってるのと違うんだけど」
村雨が
「アイスプランツ? 塩害の土地でも栽培できるの? これ欲しい! 鎮守府で育てる! 頂戴!」
日陰でも30度を超えている為枯れ始めているアイスプランツのプランターを車に積み込みながら男が説明したその性質に異様に喰いつく村雨の勢いに、茎を使った挿し木の方法や水・温度管理・重金属があると塩と一緒に吸収するから気を付ける事等の注意点を上げたりと、日が暮れるまで作業をする二人。
陽が落ち切って暗くなった夜道を男の運転するエブリイで帰る2人。
「いや、助かった。これ一人だったら大変だったわ。ありがとな」
片手で助手席の村雨の頭を撫でる男。
「また。……もういいや」
呆れたように溜息を吐き
「……提督、誰に対してもこんな態度だと結婚できないよ? 住む世界が違う私たち艦娘とだけの結婚じゃダメだよ? 家庭菜園。というか畑よね。あれ維持するの一人じゃ大変だよ? ご両親もいつかは弱っちゃうから、そうなったら……ね?」
心配そうな口調の村雨。
「……何とかなるとは言えんわな。とは言っても焦って元も子も無くすようでも困るしな。結婚したとしても、畑は嫌いとか売るとか駐車場にしようなんて言われても、な。難しい所だ……」
そう呟いた後、沈黙する男。その沈黙は帰宅するまで続いた。
「さてと……夕飯どうする? 今から作るか、食べに行くか」
帰宅し、荷物を降ろして軽くシャワーを浴びた二人。
村雨が冷蔵庫を覗き
「あんまり……というか何もないけど? 作るなら何か買ってこないと」
「じゃ、食べに行くか。買い物はその後だな。豆乳や乳製品買っておかないとな。ああ、納豆もか」
「お金は?」
「ハハハ。……あまりないが買い物する分考えても、そこの焼き肉屋位なら行けるな。確か100分食べ放題で一人税抜き2480円だったはずだ」
「お肉? いいよ。向こうじゃ高くてあまり食べられないから」
夕食を終えた二人が貰った飴を舐めながら徒歩で買い物に向かう。
「久しぶりに腹いっぱい食べたなぁ……」
「お腹いっぱい。皆にも食べさせたいなぁ。飛龍さんや金剛さん達なら喜びそうなんだけど」
「あの穴を通れるのは軽巡艦娘と駆逐艦娘って聞いたけど、小型の軽空母とかはどうなんだ? 大きさ的には龍驤とか」
「あ、ひどい。龍驤さんだって見た目はアレだけど歴戦の空母なんですからね、後で報告しちゃおっと。長門さんや飛龍さん達があの穴を見ると小さくて通れそうにないんだって。私達や夕張さん達からは通れそうな大きさに見えていたし、実際通れたんだけどね。……多分、艦時代の公試排水量とかも影響してるんじゃないかって明石さん達の話だけど、それだと明石さんが通れたのは変なんだよね。龍驤さんより明石さんの方が公試排水量はあったから。だから公試排水量と艦種制限なのかな?」
「そうか、排水量の他に艦種制限もか。もし重巡艦娘以上が来ようとした場合は重巡以上の艦娘の目にも穴が広がって見えないとダメなんだな。……それと報告は勘弁してくれ」
外食と買い物から戻りそれぞれ風呂に入る。風呂から出てラフな部屋着に着替えると
「提督、小笠原の写真見せて」
村雨がおが丸での事を思い出し、写真をねだる。
「ん? ああ、あれか。ちょっと待ってな」
ノートPCを持ってくる男。
「んじゃ、早速見るか?」
男が2005年から撮った小笠原の風景を見せ始める。
「これがパパブッシュの植えたノヤシ」
「あ、枯れちゃったっていう……?」
確かにあそこには植え込みがあっただけで、それらしいものは何もなかったと思い出す村雨。
「この隣にペリー提督の記念碑があるんだ。一部が右側に映ってるだろ?」
「え? あ、これなんだ。そう考えると今は跡がほとんどないね」
村雨が次の写真を見る。
「ここは?」
「ここは母島の北村小学校跡だな」
2007年に訪れた母島の様子を話す男。
「あの頃は港の周辺以外ドコモも繋がらなくてな……宿も圏外だった」
父島に向かう朝、港に着いた途端に仕事場からの電話を受けた事等を面白おかしく村雨に話す。
「そうなの? そんなこともあったのね」
次の写真をめくる村雨
「ここは? 霧がすごいけど」
「ここは乳房山だな。この時は気温32度で湿度が98%だったんだ。……ペットボトルの水が無くなりかけてな。あれは参った。頂上で登頂記念の証拠で紙とクレヨンでしっかり登った証拠を写して来たんだがホッとしたなぁ」
「へぇ。……登ってみたかったなぁ」
次の写真を見た時、一瞬だが村雨の目が険しくなった。
「この娘は?」
「ツアーで一緒になった中国地方H大学の娘だな。色々と話は盛り上がった……のかな? 俺一人で話してた気がするが。むしろ一緒にいた男性の方が相性良かったんじゃないかな? 帰って来た日に泊まるホテルも一緒だったようだしな」
「……」
ジーっと男を見つめる村雨。
「ま、別に良いか、私達がこの姿で生まれる遥か前の事だし。それで、此処は?」
「ん? ここは小笠原亜熱帯農業センターだよ。ま、この建物はもうないけどな」
「……じゃ、ここは?」
「ここは境浦ファミリーだな。2008年に泊まった宿なんだ。貞頼さんに行く途中にペンションが見えたろ? あそこだ。そう言えばあそこの嬢ちゃん達ももう二十歳前後だよなぁ……」
感慨深げな男にムスっとしながら次の写真をめくる村雨。
「……これって、野外ライブ?」
「ああ、2008年はこれを目的に行ったんだ。確か父島出身の歌手のライブだったな。小笠原へは専門の旅行会社で頼んでいるんだけど、そこでも宿が取れなくてな。あの頃はそんなに宿もなかったからなぁ。手配できたのは境浦ファミリーしかなかったらしいんだ。ただ、境浦ファミリーでも一人用の部屋がなくてな。結局12畳の6人用和室を一人で使ったんだ。そこの旅行会社の依頼じゃなきゃ断ってたよって帰るときに笑いながら言われたよ」
「そんなことあったんだ。……って、この娘達は?」
「こっちもツアーで一緒になった娘さんだな。前のは2007年で、これは2012年の時だ」
「この娘達とは何かあったの?」
「なにもない。仕事は知っているけどな」
「……何もなかったの? アバンチュールとか」
「何もない寂しいツアーだったが?」
その言葉を聞き少しほっとした様子の村雨。次の写真をめくる。
「あ。見たことない船。これって?」
「先代のははじま丸とふじ丸だな。ふじ丸はチャーター専門のクルーズ客船なんだ。これはふじ丸が皆既日食のクルーズで父島に寄った時のだな。ふじ丸は2013年に引退してるんだ」
「こう見ると随分違うのね」
「そりゃ比べ物にはならんわな」
「これって? 見送り?」
「そうだな。三日月山から撮ったやつだ」
「ここは?」
「長崎展……違う、初寝浦展望台だな」
「こっちは?」
「こっちが長崎展望台だ」
「これって?」
「ん? 首無し尊徳像だな。アメリカの兵士が学校にあった尊徳の首を記念に持って帰ったらしい。色々あってここに置いたらしいんだが……説明を確か撮って……これか」
「ここは?」
「ああ、これは保護区域に入る前の泥落としとかだな」
「ふ~ん。その後にこの写真があるってことは、此処は保護区域なの?」
「ん? ここは千尋岩、ハートロックだな。ここも保護区域の一つだな。2009年に皆既日食があったんだけど、ここから日食観察をしたんだ。そう言えば日食から行ったことないなぁ……また行ってみるかな。あ、これが
日食途中の写真な。一時的に雲が出てきたから何とか直接見て撮れたんだが、晴れてたら危なかったんだよな。大分欠けてるだろ? この後も欠けて最大で98.8%欠けたんだ。母島の北港で見ると99.8%欠けたらしいんだがな、此処じゃ98.8%だった。50Kmの差は大きかったな。父タクは朝から船出して母島沖50キロまで行って皆既日食みたらしいが、そこのツアーが一番の勝ち組だったな。因みに吐噶喇列島の悪石島って所でも金環蝕が見られる観測ツアーがあったんだけど土砂降りで散々だったらしい。あ、ピークのはこんな感じでフィルター越しに撮ろうとして
撮影失敗した」
「あらら残念」
そう言って村雨が次の写真をめくると
「わ。これってどこ?」
「ああ、ここはウエストの別館だな。今はもうなくなった。この別館は2人部屋なんだがトレーラーハウスなんだ。んで日食の時に泊まったんだが、風呂が壊れたらしくてな。風呂はウエスト本館を使ったんだ。翌年には旅行会社の宿泊先リストになかったな」
「そうなんだ。……これって何?」
見知らぬ人物の後ろ姿が映っている写真を見る村雨。
「ああ、これか。失敗写真だな。南島で鮫池を撮ろうとしたら急に前に立たれた」
男のボヤキ混じりの口調に、あらら。と返すしかない村雨。
「じゃ、此処も南島?」
「南島に上陸すると見晴らしのいい丘に上るんだが、その途中で写したんだ。この下の方に水鳥の巣があった筈なんだが……微かに写ってるな」
「え? どこどこ?」
村雨が身を乗り出す。
「ほら。根元の……」
男の指を辿り
「あ、これ!?」
「そ。目立たないだろ? 写真だと」
「うん……ってそれは腕次第なんじゃないの? 青葉さん辺りなら上手に撮れると思うんだけどな」
「なかなか手厳しいなぁ」
更に次の写真へ。
「ここは?」
「ん。扇池を丘の上から撮った奴だな。砂浜に人がいるだろ? 扇池の沖に船が泊まっているのが分かると思うけどそこから泳いで上陸したんだろうな。扇池だけは南島に人数制限で上陸できなくても泳いで行けるんだ。これは敢えてだろうけどね」
「ここは?」
「砂浜からみた扇池だな。さっきの写真に白い砂浜があっただろ? そこから撮ったやつな。黒い所は岩になってるんだ」
「そっか……行ってみたかったかも」
「因みに海藻とかで滑るから注意するように言われるんだ。でもギョサンやマリンシューズを履いていてもこけるんだよな。俺もこけた」
その言葉に吹き出す村雨。
クリックしながら写真をめくる。
「ここって大神山神社だよね?」
「そうだな。因みにこの写真、随分前に撮っていたから今と少し違ったところがあるんだが……解るかな?」
「え? 違い……。あ、判った」
男の言葉を受け、しばらくじっと写真を見ていた村雨がポンと手を打つ。
「お。どこかな?」
「手水場でしょ?」
「大当たり。さすが艦娘。細かいところまで見ているなぁ」
村雨の頭を撫でまわす男。
「あ、またぁ」
笑いながら男の手から頭だけを逃そうとする村雨。
「今の大神山神社は手水場の上が覆われているんだ。鳥が水浴びしないようにな。写真を撮ったのは日食があった2009年だけど、この頃はまだ覆われてなかったんだ。覆われたのはいつなんだろうな。台風で逃げ帰った後だとは思うんだけど」
「台風?」
「そ。2010年は宿に着いたら台風養生の真っ最中。着いた次の日の夕方出港で台風と一緒に帰って来た。2011年はツアーで参加して台風が来たから1日早く切り上げて出港したんだ」
「今年は早くならなくて良かったね。直撃だったけど」
「着発だから早まることはなかったが欠航する危険もあったからなぁ。欠航覚悟だったけどホント良かったよ」
「ホントに、ね」
複雑な表情の村雨。写真を捲ると、一枚の写真が目に留まる。
「ノヤギ排除のお知らせ? え? もしかして道を外れると撃たれちゃう危険もあるの?」
驚く村雨。
「ああ、大丈夫。おが丸入港中は駆除しないから。絶対逸れる奴いるから危ないしな」
次の写真を見せる男。
「良かったぁ」
安堵のため息を吐き再び写真をめくる村雨。めくると他にも見覚えのない場所が村雨の目に映る。
JAXA小笠原追跡所のアンテナ。
休業中の森の喫茶店の風景。
兄島海中公園の様子。
「あ、イルカだ。目の前に来るんだね、可愛いなぁ」
目を輝かせる村雨。
「これって水中観光船か何かから撮ったの?」
男を見る村雨。
「ん? ドルフィンスイムに参加した時の写真だから目の前に来たイルカだが? 小笠原に水中観光船はない筈」
「え? この右端の影って船のフレームじゃないの?」
「ああ、これか。これはシュノーケルの一部だな。これはウェアラブルカメラで撮ったんだ。貞頼さんで付けてたろ?」
「あ、あの顔につけていた橙色のカメラ?」
「そ。ドルフィンスイムにはあれをつけて参加するんだ。カメラ意識しないで済むからな。そん時に少しぶつかっていたらしいな」
「そうなんだ」
他には何があるのかなと呟きながら写真をめくる村雨。
ホエールウオッチング中のマッコウクジラとの出会い。
母島沖港。
母島にあった高射砲。
探照灯陣地。
母島にある都道最南端の標識。
今回行かなかった場所の写真を肩を寄せ合いながら見ていく二人。
「行かなかった所、まだ随分あったんだね」
一通り見終わると村雨がぽつりと呟く。
「母島とか来年行けたらよかったのにな……」
俯く村雨。男が声を掛けようとした矢先に
「提督、お願いがあるんだ……」
「ん? 何だ?」
「最後だから……髪を梳いて欲しいな」
「最後……?」
「うん。……お昼にあの空間に行ったんだけど、そこで夕張さんから聞いたの。あの空間ってまだ1日30mmづつ高くなっていくんだって。……せっかく提督と絆ができたって思ったんだけど、3ヶ月しか持たないんだね」
男の目に映る涙交じりの村雨。
「そうか……」
昨夜己の想いを告げた男が村雨を掻き抱く。
男の後髪に村雨の手が伸びる。
「少しだけ、こうさせて」
男の身体に身を寄せた村雨から微かな声が流れた。
暫くして顔を赤らめながらも、村雨が身を離す。
「ありがとう、提督。……残念だなぁ」
「どうした?」
訝しむ男に、
「提督と一緒だと泣き易いから。素直になれるんだもん。もう最後かって思うと、ね」
男が村雨を抱き寄せ、その髪を撫でる。
村雨の双眸から涙が零れ落ち――。
男が涙を拭うと村雨が背を向け、男の膝に腰掛ける。
無言で髪を梳き始める男。
「前にも話したよね。私がここに来た理由。本当のこと言うと、不安だったんだよ。提督は男性だし、私はこっちに来たら初めの頃は外見通りの力しか出せなかったし……」
「そうなのか? でも島じゃ艤装は……」
「あれが出せるようになったのはおが丸に乗った後だもん。初めの頃は私用の部屋って鍵なかったし夜這いされたらどうしようって。襲われたら抵抗できないって怖かったんだからね」
「信用無かったんだなぁ」
フフッと寂しげな村雨の声が聞こえるも、直ぐに沈黙が部屋を包み男が髪を梳く音だけが流れる。
「提督、もう一つお願いして良い?」
暫く後、ぽつりと微かな声で村雨が言葉を紡ぐ。
「どうした?」
村雨の髪を梳く手を休ませずに尋ねる。
「一緒に寝よ」
一瞬手が止まり――やがて何事もなかったかのように動き出す。
「わかった。……そうだな。23時も周ったしそろそろ寝るか」
「うん」
立ち上がり、互いに背を向けながら寝間着に着替える。着替え終わると男の寝巻の裾を村雨がチョンと掴む。そのまま寝室に入る2人。
「……いいんだな?」
「うん」
男が明かりを消し村雨をゆっくりとベッドに押し倒す。
男が村雨の傍らに入り身体を固くする村雨。だが男はそのまま身を翻して背を向ける。
長い沈黙が部屋を包み込む。
「意気地なし……」
村雨が微かな声を発し男に背を向ける。
その背中越しに男の手が伸び、村雨の掌を包み込む。
だが応える言葉はなかった。
セミダブルサイズのベッドで互いに背を向けて横たわる2人。
「……提督、起きてる?」
背中越しに男が起きている気配を感じ村雨が声をかける。
「ああ」
男が応えを返す。
「……最後にもう一つだけお願いしても良い?」
「ん。直ぐ俺が出来る事ならな……」
背中越しに聞こえる男の声。
意を決する村雨。
「……抱いて」
男の応えはない。
「お願い……」
長い沈黙が続く。
やがて、深い溜息とともに男が身体を動かす気配がした。
「村雨。……言ってる意味はわかってるのか? 今なら聞かなかったことに出来る」
村雨も身体を動かし、男と正対する。
「本気、だよ。冗談じゃこんなこと言えっこないもの」
互いに見つめあい、暫しの沈黙が流れる。
「良いよ。覚悟は出来てるから」
そう言いながらも微かに震える声に男が村雨を抱き寄せる。
「村雨……」
生まれたての子鹿の様に微かに震える村雨の頭を胸に抱き寄せ直す。
「あ……」
村雨の目が僅かに見開かれる。
「――わかるかな」
男が掠れた声で
「情けない話だが、お前だけじゃないんだ」
村雨の眉が僅かに下がる。
「提督……」
そう言葉を発する村雨の唇に手を当て
「違うだろ?」
表情を緩める村雨。
「憲広……」
その言葉に男が村雨の頤をあげる。
重なる二つの影。
その夜、二人は心身ともに繋がり――。
――何処かで響いていた硬質の擦過音。
その音に被せるようにガチっと言う連結音が2回響き――擦過音が消えた。
次回で本編最後(後書き回書くかは不明)
2018.09.10 写真は加工中です
2018.09.11 写真加工終わり。
2018.09.22 農地の面積について疑問のメッセージが来ましたので坪数と平米とアール換算をしました。序でに農家についてちょこっと追記。