鳥の囀りと共に男が薄く目を開けると目の前にカフェオレ色の髪が映る。
手探りで枕元の鳥が囀っている目覚ましを止めると、すぐ隣にある髪を梳く男。
その髪の持ち主である村雨は男の腕を自分の肩と枕の間に挟む様に横向きに眠っていた。
「……嫁艦でもない娘に手を出しちまったか。……早いとこ練度上げてケッコンカッコカリ結ばないとな」
村雨を起こさないように静かに数時間前まで月明かりで照らされていた窓の外を見ると黎明の薄らとした明るさが広がっていた。
再び村雨に目を遣り、その肩先の規則正しい上下を確かめ布団を引き上げる。
少し明るくなった窓から目覚ましとは違う本物の鳥の囀りが聞こえる。
後ろから村雨のうなじに鼻先を埋めると、その甘やかな香りを楽しむかのように深く息を吸い込む。
それがくすぐったかったのか村雨がもぞもぞと動き、男が起こさないように梳いていた手を休める。
寝返りを打った村雨が男の懐に潜り込んでくる。
その処女雪のような白い背中を優しく包み込むと
「もう少し寝るか……」
男は小さく欠伸をし再び眠りについた。
こそばゆさを感じ小さくクシャミをして男が目を開けると、自分の髪を
「お早う。今日の午後から仕事でしょ? 早く起きないと。朝ご飯作ったから一緒に食べよ?」
花が咲いたような微笑みを浮かべた村雨が寝起きの男に近づき軽く接吻をすると身を翻し弾むような足取りで部屋を出て行く。
「そうだったな……。今日でお別れか」
言うに言われぬ寂しさが胸を襲う。
階下に降りると用意されていたのは、茶粥、じゃが芋・コンニャク・豆腐・豚肉を具にした御御御付、大根おろしを添えた出汁巻き卵と香の物。
「これは……」
男と村雨が出会った日に村雨が用意していた朝食と同じものがそこにあった。
「わかる?」
「初めて会った日に村雨が作ってくれた朝食だな。あの時はブランチになっちまったが」
男のその言葉に悪戯気な表情を浮かべた村雨が
「そうそう。あの時の提督ほんとに信じてくれなかったのよね。こぉの頑固者ぉ」
笑いながらも
「最後の日は一番最初に出会った時の食事にしようって何となく思ったんだ。なんでだろうね……」
そうどこか寂しげに呟く村雨。
「会うは別れの始まり、か」
そんな言葉を紡ぐ村雨だったが
「ダメダメ。食事は楽しくなくっちゃね」
そう打ち消し、男もそれに乗って食事の間は旅行や鎮守府での様子などまだまだ話していなかった事を互いに話題に出しその食卓は奇妙な明るさで包み込まれていた。
ごちそうさまでしたと食後の挨拶をして村雨が食器を片付ける。
男が自分が洗うと言うも村雨がやらせて欲しいと首を振る。
食器を片づけ終わると手を拭きながら村雨がリビングでくつろぐ男の下へ。
「ちょっと庭に出るね。見ておきたいんだ、こっちの風景……」
村雨がそう言い残し庭に出る。その姿を見送ると
「……村雨が上りやすいように脚立でも立てて……いや、こっちの手すり付踏台の方が良いか」
と男が裏にある物置から手すり付踏台を持ち出し二階に運ぶ。
「こんなものかな」
納戸の天井の点検口に入りやすいように手すり付踏台を置く。
「あ、ここに居たんだ。……脚立?」
最初に来た時と似たような服装の村雨が姿を見せる。
「ん? ああ、これは手すり付踏台って呼ばれる奴だな。……それより、もう準備したのか? DVDとか野菜の種やこっちで買ったものは全部積み込んだか? アイスプランツは持ったか?」
「うん、大丈夫。バッグとかも持ったし。……それより何でこれにしたの?」
「ん? 脚立とか梯子よりこっちの方が上りやすいだろ? そんな風にドラム缶に収まらなかった荷物持ってるときは」
「そう……だね」
言葉が続かず沈黙が流れる。
「村雨……」
「ん? なぁに?」
キョトンとした村雨に男の顔が近づき、ごくあっさりと唇が触れた。
触れるだけのキスだというのに、びくりと細い肩を跳ねさせ相手を上目遣いに凝視する村雨。
「この18日間、楽しかったよ。ありがとうな」
男のその言葉に、
「……私の方こそ。今までありがと」
男を見上げ、背を伸ばして接吻をする村雨。
唇を離すと男から身を翻し
「色々あったなぁ」
天井を見上げたまま感慨深げに村雨が言葉を発する。
「うん。楽しかった。旅行の事、早く鎮守府の皆に話したいな」
納戸の天井を見上げ続ける村雨の言葉。男の胸に【鎮守府の皆】という言葉が引っ掛かった。
(そうか、やっぱり村雨にとっての居場所は此処ではないか。【鎮守府の皆】か。村雨にとってはちょっと長めの休暇だったんだよな)
そう考えかけるが、微かに震えている肩を見遣り、
「村雨……?」
手を置き強引に顔を向けさせる。
「ちょっ! ……見ないで」
村雨の目には薄っすらと涙が溜まっていたが、見る見るうちに溢れ出し左右へ流れ落ちて行った。
「最後は泣かないでお別れしようと思ったのに……これじゃ台無しよ。……馬鹿ぁ」
その顔を伏せたまま男の襟を掴むと胸に顔を押し付け――おさえていた感情が堰を切ってあふれるように泣きだした村雨。
暫く男の胸にしがみついたまま、時間は流れ――。
男の襟を離し、
「服、濡れちゃったね」
照れくさそうに笑う村雨。
「構うことないさ」
男が笑みを浮かべる。
「もうそろそろ……」
咳払いをする村雨。
男が不思議そうな視線を向けるも
「最後ぐらいはきちんと決めないとね」
そう言ってウインクを決めると背筋を伸ばし
「本当にお世話になりました。色々我儘言っちゃったけど……本当にありがとうございました。提督、ううん。憲広さんの事、小笠原への旅行の事、鎮守府に戻っても忘れません。……ていと、憲広さんも忘れないで下さいね」
笑顔で敬礼をする村雨の眦から零れる涙が頬を伝う。
震える声。それを振り払うかのように礼を解くと一歩、また一歩と踏台を登る。
そして――。
「それでは白露型三番艦村雨、鎮守府に帰還します。またいつかお目にかかれる時を楽しみにしています」
天井から再度色気のある敬礼をすると村雨が姿を消す。
ぎこちないながらも、村雨に教わった通りの答礼で最後まで見送る男。
「行ったか……。……さてと、仕事行くかな……」
答礼を解き、のろのろと体を動かす男。
「おい、何やってるんだ! 旅行ボケか!?」
職場についていつも通りの業務をこなす男。
だが……
「何やってるんだ! お前、それやってどうなるか解ってるのか!? データ全部消えるだろうが!」
当初は怒り心頭だった上司が最後には心配する位の常になく大きなミスを連発する。
「……金指。お前、もう帰れ。今日はこれ届けてそのまま直帰しろ。振休が余ってるだろ? 今週一杯休め。疲れがまだ残ってるんだ。ちょっと前まで3週連続での休出が続いてたからな」
心配げに見守っていた同僚が有無を言わさず荷物を持たせて部屋から押し出す。
「気ぃ付けて帰れな」
元気のない足取りで封筒を通勤ルート上の契約先に届け、そのまま帰宅する男。
「ただいま。……って、誰もいないか」
暗くなった部屋の明かりをつけ、惰性でPCを起動する。
「……さて、起動するか」
と、起動させる『艦これ』
おなじみの挨拶中にシャツを脱ぎラフな部屋着に着替える。
ペットボトルのお茶を飲みながら
「そうか……小笠原に行っていた間の旗艦は村雨から変えていたんだったな」
そう呟き秘書艦を村雨に変える男。
母港に映る秘書艦――村雨。
『はいは~い、お待たせ! ……そう? ごめんなさい。でも、これからも村雨のうんといいとこ、いつでも見せたげるっ!』
いつも通り――ではなく、微妙に台詞が変わっていたが男がそれに気づくことはなかった。
淡々と惰性でデイリークエをこなす男。
時間が過ぎるとともに画面の村雨の表情が微妙に変わって行くことにも気が付かず――。
(提督、元気ないね? そんな時は村雨が元気分けてあげるから。チュッ! はいっ! どう? 元気でた?)
そんな言葉が聞こえてきたような気がして、顔を上げる。
画面には微笑を浮かべているような村雨。
よく見るとネックレスが掛かっている事に気が付く男。改めて繁々と村雨を見つめると耳にはイヤリングがあった。
「小笠原に行く前と違うのは、実際に村雨にあげたからか?」
ふと小笠原で村雨と話していた事を思い出す。
同時に昨夜、手にしていた柔らかさも――。
男の胸に黒い欲望が浮かぶ。
「……うりゃ」
村雨の胸元をクリックする。
『提督……』
「ん? 台詞が違う? そう言えば、向こうの執務室とこの画面は連動していると言っていたな。それなら……これはさすがに怒るだろうが。……怒りで来ないかな? なんてな。最後だって言ってたからな。もう会う事もないだろうな」
寂しげに呟きながらも、昔遊んだエロゲーの動きの様にマウスの左ボタンを押しながら村雨の胸元辺りにカーソルを動かす。
「エッ? アンッ、ヤッ…ハッ。…ッン……ちょっと、いい村雨、呼んだ?」
前半はよく聞き取れなかった台詞。その後半は同じ台詞だが、心なしか息が乱れ声が低く変わったように聞こえる。
「……何か睨まれているような気がするな。試しに秘書艦を変えてみるか」
村雨を外し、時雨を秘書艦に据える。
「僕にも興味があるの? いいよ、何でも聞いてよ」
時雨の台詞もわずかに変わり、視線も幾分厳しめになっている。
そんな変化に男が気付くことなく演習用の編成を考えていると頭に軽い衝撃が走る。
「ん? 痛てっ!」
振り向いた提督の顔に丸まったアルミホイルが当たる。
「なんだ? 痛っ! 痛っ!」
アルミの礫が次々と当たってくる。
「君には失望したよ」
画面から聞こえる時雨の声。同時に礫の先に見えたモノ――。
「村雨!?」
天井から真っ赤になった顔を覗かせ、アルミの礫を指弾で放つ村雨。
「セクハラ禁止!」
色々な感情が入り混じり狼狽する男。
「もう会えないんじゃなかったのか!?」
「もう会えないなんて一言も言ってません。昨日のアレでちゃんとつながったんだから。私も戻って初めて知ったから、もう会えないんだってあの時は泣いちゃったんだけどね」
後半の言葉は男の耳に届かなかったが、軽く咳ばらいをすると、あっかんべーと下まぶたを引き下げ、舌を出す村雨。
「まったくもう。元気出してね? そりゃしょっちゅうは来られないけど、せっかくこっちとあっちがつながったんだから時々皆で遊びに来るからね! ……それと、さっき見たいなセクハラなんかしたら只じゃ置かないんだから!」
指で鉄砲の構えをつくり男に向けてパン。と撃つ仕草。
「するんなら私が来た時に堂々としてよね……」
咳払いをすると再び天井の奥に。
呆気に取られていた男の表情に次第に笑みが戻り、クックックッと抑えた笑い声が漏れ、やがて大きな笑い声に変わって行った。
そして――。
「提督、遊びに来たよ」
ちょっと変わった日常が始まる。
7月28日――旅行第5日目 昼間―― で出していた
ノネコの里親のブログは
ミニボン・ワールド http://minibon.fruitbat.jp/ です。
部屋と鎮守府の関連ですが、一応簡単な図を此処に置いておきます
いるのかなぁ……