「うぅ。寒いよぉ」
髪を海風になびかせながら自分の身体を抱きしめる村雨。
おがさわら丸の出迎えイベントでボードウォークに出た二人。
海風の冷たさに震える村雨に
「ああ、少し風が強いな」
そう言い片手でハンチング帽を押えながら着ていたコートを脱ぎ、かける男。
「あ、ありがと。……寒くないの?」
ホッとした表情を浮かべながらも心配げな眼差しで男を見上げる村雨。
「大丈夫。対策ぐらいしているって言ってたろ?」
そう言うと男がベストのポケットから小物を取り出す。
「それって何?」
「これ? カイロだよ」
「え? 使い捨てカイロってそんなに暖かくないでしょ? 冷めるのも早いし」
「いやいや、使い捨てじゃなくて白金触媒のカイロ。ハクキンカイロは戦前からあった筈なんだが。ほれ」
村雨にカイロを持たせる。
「わぁ。暖かいね」
「使い捨てカイロの13倍の温かさだ。時間も専用ベンジンをカップ1杯半入れているからあと9時間は大丈夫だ」
村雨から返されるカイロをポケットに仕舞う男。
「でも小さいの一つで大丈夫?」
「あと一つあるから大丈夫だよ」
「それなら良いけど……」
なおも見つめる村雨の顔を挟み
「俺の顔よりも、だ。橋の先、そろそろ見えないか?」
レインボーブリッジの方に向ける男。
橋の先にうっすらと船影が見え始める。
「あ。来た来た」
村雨が指さす方向に男が薄型のオペラグラスを向ける。
「おお、見えた見えた」
夕日を浴びながらおがさわら丸の姿が次第に大きくなる。
周囲ではスマホやカメラを構える姿や手に持ったハンカチを振る姿がある。
「あれ? 思ったよりファンネルが錆びてない」
横付けされるおがさわら丸を見ていた村雨がぽつりと呟く。
「階層も先代とは違って高くなったし、未だ2016年就航だからな」
その呟きを拾った男が応えを返す。
「それに乗っていた時も思ったけど、船体の横揺れもそんなになかったね」
「そうだなぁ。3回乗ったけど先代よりは揺れが抑えられていたな」
「だからそんなに波を被ってないのよね、多分」
そう村雨が男に言葉を返すと身をデッキから乗り出す。
「お帰り~」
村雨が勢いよくハンカチを振り声をかける。
「村雨、少し落ち着こうな」
よしよしと頭を撫でる男。
「あぁ。また子ども扱い!」
男を振り返り頬を膨らませ抗議する。
「子ども扱いはしてないつもりなんだがなぁ。大切な淑女扱いしてるんだ」
「暁ちゃんじゃないし、言葉でなんか誤魔化されないんだから、もう。人前で頭を撫でるのは止めて欲しいの。……髪を梳くなら良いけど」
一連の遣り取りを見ていた周囲から微笑ましい視線が注がれる。
その視線を感じ取った男の困ったような表情に村雨も我に返り視線を周囲に廻す。周囲の微笑ましいものを見るような視線に頬を染め、
「い、行こ?」
慌てるように男の手を引いてその場を離れる村雨。男が苦笑しながら引かれるままに建物の中に入る。
階段を降り受付を過ぎると、ハンカチ貰えなかった。という声が耳に飛び込む。
「500枚なんてあっという間になくなっちゃうんだね」
「そうだな」
そう言いながら父島観光協会のブースで返還50周年記念の瓦せんべいを再度購入する二人。
「美味しかったから人気だったのよね」
「良い味だったな、確かに。買えるのはこれが最後だしな」
「そうなの?」
「そりゃ返還50周年記念だからな。1月になったら51周年になっちまう。島なら残ってたら買えるかもしれないが」
「そっか。最後なんだね。次は60周年記念か。どんな風になるのかな」
「前の40周年はそんなに大きくなかったから期待はできんなぁ」
そっか残念。と言う村雨の呟きを聴きながらブースの品物に目をやる男。
「このCDは……持っている奴か。ならこの50周年記念の卓上カレンダーでも買っておくか」
残額が心許なくなったWAONに再度チャージしクジ引きする二人。二等と三等を一回づつ当て、島蜂蜜を購入した農協のマルシェ予定場所でウロウロしている。暫くすると視線を遮るように小笠原の風景を印刷した衝立が設置された。衝立が設けられるとほぼ同時に小笠原農協のブースから商品が撤収されていく。
そんな様子を見ながら周囲を見渡すといつの間にか列が出来、前から3番目に並んでいた。
「まだかな、まだかな♪」
些か燥いでいるような村雨を揶揄いつつ準備を待つ二人。
「マルシェ楽しみにしていたあの人達どこ行ったんだろうね?」
ふと開場前に一緒に前にいた人はどこに行ったのか。と周囲を見回す村雨。
「そう言えばそうだな。……後ろにもいないし」
後ろを振り返る男。振り返った先には列が二重になっていた。
20分ほど待つと、お待たせしました。との声と共に衝立が移動される。
二人が素早く視線を動かす
「ジャムとレモンやパッションフルーツのカードと島辣油、蜂蜜の他はプチトマトに島とうがらし、島オクラ、ジャボチカバ、青パパイヤ、中玉トマト、ミニトマトね。どれ買うの?」
「コーヒーはないのか、残念。プチトマトが一人2パックか。これは当然買うとして、後はジャボチカバに青パパイヤかな。中玉トマトとかミニトマトは要らないし、蜂蜜はさっき買ったからもういいな。カードやジャムは……要らんな」
カゴに入るだけの量にしてください。との注意を聴きながら品物を吟味しカゴに入れる二人。
「やれやれ。無事に買えたか」
購入した物をバッグに詰めながら
「ライブにはまだ少し時間があるけどどうするの?」
村雨が男を見上げる。
「そうだな。もう一回あそこに並ぶか」
そう言うと二人で開場直後に訪れたブースに並ぶ。
「何かあるかな」
村雨が楽し気に品物を見る。
「創立50周年ロゴ入りボールペンか。後は……返還Tシャツは買ってあるし、画用紙位だな、買うのは」
「あ、これも買っておこっと」
呟くような村雨の声が耳に入り、男が視線を遣るとネクタイピンを購入する様子が目に入った。
「コースターか。……村雨、これ買うか?」
「ん~。何枚か買っておこうかな」
支払いを済ませる村雨。
目的のものを購入し終えると隣のブースに移動する。
「共勝丸お別れタオル……? あれ? 共勝丸って引退するのか。なら買っておかないとな。後はペーパークラフトも買っておくか。あ、先代のおがさわら丸ペーパークラフトもあるのか。これも買いだな。後は……トートバックか。……これ面白い図柄だな。買うか」
村雨がタオルやペーパークラフトの他にCDやカレンダーを購入し支払いを終える。
「ん~。満足満足」
大きく伸びをし、男の腕をとる村雨。
「どうする?」
壁の時計に視線を移し、
「そろそろフラの披露があるから座るか」
「は~い」
フラダンスを踊るナァ・プア・ナニ・オ・マクア。
「あ、おがじろうだ」
その脇からおがじろうが現れ一緒にフラを踊り会場を盛り上げる。
そんなおがじろうに向けて小さく手を振る村雨。
おがじろうに向けて声が飛び、おがじろうが応える。
「あ、こっち向いた。可愛い」
相変わらず村雨の感性はちょっとわからんと感じる男であった。
フラ披露の後に小笠原村観光局が開設したクチコミサイトが紹介される。
「投稿してみたら?」
「どうするかなぁ。……気が向いたらしてみるかな」
暫く座席でのんびりしていた二人の前では小笠原アカデミー第一弾と銘打ったイベントが開催されている。
若い女性整備員が慣れた様子でスライドを交えながらおがさわら丸の整備の様子を紹介している。
アンカーを下ろした船体と下から見上げた写真を写しながら
「私達でもあんまりこの角度から見ることはできないんですよ。下は危険ですから」
楽し気に裏話も交えながら紹介していく。そんな言葉から思わず村雨を下から見上げた姿を想像する男。
「……うん。確かに危険かもな」
「なに想像したのかしら?」
「ん? 何、村雨を下から見上げた時の姿をっぃて!」
男の二の腕を抓り上げる村雨。
「いや、確かあったんだよな……ニコかどこかで」
「そうなの? 後で探してみよっと」
第二弾として、すみだ水族館からの魚の生態クイズが始まる。
魚の名前当てや写真の場所当てなどで盛り上がる会場。
「あちゃ~。間違えたか、残念」
男が席に着くも
「お。さすが村雨」
「当然でしょ」
正解し続ける村雨。
「あ。そろそろ少なくなってきたから止めるね」
残りが10名前後になったところで着席する。
「どうした?」
男が不審げに問うも
「だって……目立ったら色々大変でしょ?」
それもそうかと納得する男。
最後は勝ち残った子供と大人でじゃんけんになり、子供が勝ち商品のシロイルカのぬいぐるみと水族館の入場券を受け取る。
「面白かったね。色々知ったし」
「そうだな。JAXAのアンテナの愛称がオレンジペペだったのは初めて知ったな」
クイズの最中に男が購入してきたホットドッグを食べながら話し込む二人。
肩を叩かれ振り向くと、
「あ、先程はどうも」
開場前に話していた人と再会する。
「マルシェどうだった? お。無事買えたんだね、ミニトマト」
「ええ。前の方にいた物で。そちらは?」
「危なかったけど買えたわよ。蜂蜜とかも買えたし」
「それにしてもまだまだ混んでいますね」
「知り合いのスタッフに聞いたんだけど1000人近くいるみたいね」
「それは凄い」
「それじゃ、ね。次のミニライブ、色々良い曲があるみたいよ」
そう言いながら前の方に花束を持ち移動する人を見送る二人。
「何が聞けるのかな?」
「あ、丸木舟だ。良いよね、この曲」
「アオウミガメの旅ね。この曲、どうしても鎮守府の皆を思い出しちゃうのよね」
「そうなのか?」
「そ。だから貰ったプレイヤーで遠征中とかによく聞いてるんだ」
「次は……オハナワラワラか」
「あ。レモン林……」
「ウラメか」
何処か聞き覚えのあるような曲に村雨が首を傾げる。
「これって南洋踊りの?」
「そうだな。これに合わせていることが多いな」
道理で。と呟くとそのまま目を閉じ曲に集中する村雨。
「これって……父島を出港する時に聞いた曲だね。僕たちのパラダイスって言うのね」
「最後にBoninの島を持ってくるか。王道と言えば王道だけど……」
しんみりとした口調で呟く男。
「良い曲ばかりだったね」
「そうだな。買ったCDに新曲も入っていたな。帰ったら早速聞いてみるかな」
「一緒に、ね?」
時間が過ぎ去り、いよいよ最後の抽選会。
「漢字で書いていませんよね? 漢字の名前は失格ですよ」
司会者の注意と確認を聞き
「あれ? そんなこと書いてあったっけ?」
と男が首を傾げる。
「書いてあったけど……あ、まさか」
村雨が男の失敗に気が付く。
確かに自分の名前を漢字で書いた覚えのある男。失格だった事に気が付いた。
「あ~あ。やっちまったなぁ」
「もう。ドジなんだから」
「まぁ、どんな景品があるのか最後まで見ているかな」
そのまま帰るかとも思った男だったが。傍らの村雨が目を輝かせて舞台を見ている事に気付く。
「村雨は名前書いたのか?」
「もちろん。しっかりと『かなさしむらさめ』って書いたよ?」
悪戯気な表情で強い絆を結んだ自身の提督を見遣る村雨。
「おいおい。……当たるかな?」
「時雨姉さんか雪風ちゃん辺りなら当たったかもね。私はどうかなぁ?」
島レモンチューハイ1ダース、パッションフルーツのサワー1ダース、非売品であるアルコール濃度25%の深海ラム6本やヴァンテアンクルーズの食事券、おがさわら丸の往復券が読み上げられる。
「なかなか当たらないね」
いよいよ一等のおがさわら丸特二等のペアチケットの当選者が読み上げられる。
「どうかなどうかな」
村雨が紙を握りしめる。
「残念。外れちゃったか」
言葉ほど残念そうな表情を見せることなく
「じゃ、帰ろ?」
男の腕を取り、入口に展示している水槽を一巡りし広場に向かう。
「うわぁ。綺麗」
広場のマストがライトアップされ冬の夜空に映えていた。
「村雨、そっちに立って」
「え? は~い」
男がカメラを構えているのを見ると、マストに近付き――。
「今日は楽しかったね」
男に寄り添いながら駅に向かう村雨であった。