「あちい……。身体のラードが溶ける……この部屋クーラー効いてんの?」
とある会社の一角で机にうつぶせになりながらそんなことを宣う男の頭を丸めた書類でポコッと叩く同僚。
「明日からの3連休はもっと暑くなるらしいぞ。……もう少ししたら小笠原だろ? あっちの方がもっと暑いんじゃないのか?」
「……あっちの方がむしろ涼しいんですな、これが。少なくとも35度なんていかないんで」
「へぇ。小笠原まで何時間だっけ?」
「船で24時間ですよ。一昨年までは25時間半かかってましたけどね」
そんな会話に、周囲の人が混じる。
「なに? 2等で24時間?」
「いや~それは初めての旅で懲りたんで、その後は1等でのんびりですよ。前は4人部屋何で知らない人もいましたけど、一昨年から2人部屋で相部屋無しになりました。行くのは一人ですから独り占めですよ。差額が結構とられますけどね」
「成程なぁ。ま、気を付けて行ってくるんだな。台風で帰れないなんてならないように」
「台風来たら逃げ帰るだけですよ」
「何時からだっけ? 来週?」
「いやいや、24日出航です。明日からの連休は準備ですよ」
そんな会話をしているうちに終業を知らせるベルが社内に響く。
終業のベルが鳴ると同時に彼方此方で帰り支度が始まる。10分経たないうちに最後の一人が部屋の扉に鍵をかけ、宿直室に声をかける。
「2階店じまいです。お疲れ様です」
「お~。お疲れ。あ、そう言えば今年も小笠原――」
似たような会話と応えを返し、男が会社を後にする。
「あちぃ。ほんとに溶ける……」
地下鉄までの短い道のりを這う這うの体で移動する。
改札をくぐると折良く入線してくる車両。
「ふぃ~。生き返る……」
車両に乗り込み冷房の直下に移動し、近く―1m四方―に誰もいないことを確認したうえで――スメハラは御免である――パタパタとシャツを仰ぐ。
何度か路線を乗り換え、自宅に帰ったのは19時も半ばを過ぎた頃。
「さ~てと、あ、小笠原の案内来てるな」
一通り目を通し、食事を済ませるとPCを立ち上げる。
ブラウザを起動し――。
「そろそろ戻って来たかね、天龍達は」
呟きながら始めたゲームは『艦隊これくしょん』
当初はのんびりモードで週2回立ち上げればよかったぐらいの偽提督だったが、最近はイベントにも少しだけ参加するようになっている。最も3海域以上クリアしたことはないが。
「名取達も戻って来たか。演習も終わったし。後は羽黒達が艦隊演習から戻ってくれば、今日は終わりだな。……今週もあ号もい号も無理だったか、やれやれ」
暫くして男はPCの電源を落とし、欠伸をしながら隣の寝室に移動していった。
翌朝――。
「右よ~し。左よ~し。……よっと。ここが提督の世界かぁ」
カフェオレ色の髪が天井から覗く。
「提督がどんな人かまだわからないから、なるべく気付かれないようにしなくちゃ」
そっと足元を確かめながら天井から降りる村雨。
「……あれ? 思ってたより片付いてる? 変ねぇ……映像ではもっと汚かったのに」
村雨の知るところではなかったが、毎月半ばの突発的片付け症候群――溜まった燃やせるゴミを纏めて自分の農地に設置してある廃棄物の処理及び清掃に関する法律とダイオキシン類対策特別措置法に対応済の焼却炉で焼却するだけ――発症直後であった事と金欠、旅行の準備が重なり、部屋の中はかなり閑散としていた。
「……えっと、家具や本と機械の他は旅行鞄とリュックが一つ。ひょっとしてどこかに旅行予定なのかな?」
部屋の真ん中に鎮座するトランクとリュックサックを見つつ首を傾げる村雨。
「まぁ良いか。……後は……あ、ワインセラー発見。……こっちの世界はどんな銘柄があるのかな」
ワインセラーに近づく村雨。我に返り、歩みを止める。
「いけない、いけない。提督を探すのが先でした。……隣の部屋かな?」
足音を立てないようにそっと廊下を歩き、
「人の気配は……ここからしかしないわね」
扉を開く。
「寒っ! えっと……19℃? 冷蔵庫って言ってもおかしくないわよ。提督ってそんなに暑がりなの?」
冷房が効きすぎている部屋を窺う。
「ベットに寝ているのが提督かな? それにしても、本だらけで足の踏み場もないじゃない。……秋雲ちゃんが喜びそうな本だったら燃やしてあげる」
転がっている本を指でつまみながら、ページをめくる。
「フムフム……『逆説の日本史』? こっちは日本の城に……こっちは日本の国立公園図鑑……こっちは……冒険活劇かな? あ、夕立達が好きそうな恋愛小説……」
目ぼしい本を流し読みする村雨。
「これは、『スウェーデンの政治』? 『物知りになる本』? 『世界の軍用銃』? 『艦隊これくしょん -艦これ- 艦娘型録』? これは私達の事が載ってるんだ。あ、弐もある。こっちは……「艦これスタイル 参」に「艦これスタイル 肆」か。……もしかして提督って手当たり次第本読む人? 性格全然分からないけど……エッチな本が見当たらないのは……隠しているのよね?」
流し読みしながらもベットの人物から目を離さない村雨。
「……それにしても随分煩くしちゃったけど、全然起きる様子ないわね……。起きるの待っているだけなのも詰まらないし……。あ、そうだ。何か料理作ったら匂いで起きるかも。……朝食と言えば茶粥と
部屋に入った時と同じように足音を立てずに部屋を出る村雨。
階下にも人影がない事を確認して台所に入り、冷蔵庫を開け中を確認する。
「えっと……お味噌はある。卵も……期限は切れてないわね。じゃが芋にトマト? キャベツにコンニャク、豆腐。後は……凍っている豚肉? お魚に……。あら? 漬け物がある。他には……この紫の実って何? ……あ。小さいけど甘くておいしい。提督が起きてきたら貰っちゃおっと。うん、これだけあれば作れるかな。番茶もあるし。……意外と材料が揃ってたわね。それじゃぁやってみよ~」