とある船室では、夜明け前から騒動が起こっていた。
「村雨。落ち着いて深呼吸してくれないか?」
村雨が胸元を掛け布団で隠しながら後ずさって行く。
「提督……。信じてたのに」
俯きながら震える声で裸身を男から離していく。
「ちょっと待て、本当に覚えがない。何で……何がどうなって同衾していたんだ……」
男が昨夜を振り返る。
確か……。夕食を摂って、部屋で小笠原レモンを使ったチューハイを二人で飲んで……。村雨がシャワーを浴びると言って部屋を出て……。その間にベッドに潜り込んで……分からん、その後の記憶がない。いつ手を出したんだ? 確かに柔らかさで目が覚めたが。
「……」
俯き肩を震わせる村雨に男が謝罪の言葉を口にしかけ――。
「……村雨、す」
クスクスと笑い声が漏れ聞こえる。
「……まさか、お前……。またか、またなのか」
「ごめんなさ~い。だってさ、昨日シャワー浴びて戻って着たら提督ぐっすりなんだもん。こんな美少女と一緒なのに」
「……だから
男が出す剣呑さに村雨が素早く着替える。
「提督、御免なさい」
男の傍に近寄るも、男が手早く村雨を組み伏せる。
「いいか、あんまり異性を揶揄っているとどういう目に遭うか……。こういう目に遭うんだ」
馬乗りになった提督に脚を広げられ頭の後ろで両手を押さえつけられる村雨。
「村雨、お前駆逐艦にしては良い身体だよな。そのボタンが弾け飛びそうな胸も、折れそうな華奢な腰も、むしゃぶり付きたくなる尻も、男を誘ってやまない。お前はそれに無頓着すぎる。いや、それを承知で誘っていたんだよな。答えてやるよ」
激しく首を振るも次第に自分の胸元に近づく男の手への恐怖と男の欲情に火をつけてしまった後悔で硬く目を瞑る。
「いひゃい」
自身の片方の頬を引っ張られる痛みに思わず目を開く。胸元に延びていた手は自身の頬を抓り上げていた。
「何てな。村雨、これに懲りたら二度と揶揄うのは止めろよ?」
目に涙を浮かべ頷く村雨。
「全く。何でこんな風になったのやら。初めの頃は随分警戒していたから寧ろ安心していたのに」
「……提督が悪いんですよ」
微かな声は男の耳には届かなかった。
ギクシャクとした時間もあったが、朝食を摂る頃には関係も今まで通りになり、和気藹々と第4層の食堂へ二人で出かける。
「お、お父さんはパン? それともご飯?」
「ん。……今朝はご飯かな。だし巻き卵……はないから、厚焼き卵か。それと真薯と味噌汁に、海苔と言ったところか。先代の頃はパンだったんだが。クロワッサンも手作りプリンも美味かったからな」
「へぇ。それも食べて見たかったな」
「んで村雨は、パン派か?」
品物を受け取り精算を済ませる。
「うん。鎮守府でもパンなんだ」
「へえ。艦娘も色々好みが違うんだな」
「うん。だから私達だけじゃなくて、暁ちゃんや朧ちゃんたちとも触れ合って欲しいかな。って。あの娘達、あんまり提督と話ができないって詰まんなそうにしてるから」
「う~ん。善処はしてみるが……。良いのか?」
「私は改二にまでして貰ったしね。でも、指輪が貰えるならもっと嬉しいかな」
「ま、それはおいおい、な」
食べ終えると二人で席を離れる。
9時も半ばを過ぎると前方に弟島が見えてくる。
甲板で村雨と写真を撮っていた男が村雨の肩越しに指差す。
「弟島が見えて来たからそろそろ荷物纏めて下船の準備だ」
「え? もう?」
「10時過ぎたら下船口は一杯になるからな」
「うわー。荷物一杯」
「まだ少ない方だな。もう少し経ってたら階段の方まで並んでた筈だ。まだピークじゃないからかな?」
「え? 後ろの方までいるのに?」
「後少しかな」
男が時計を確認すると、乗員の手で下船口が開かれる。
早速外を覗く村雨。
「わぁ。いかにも南国って感じ」
外の流れる景色に燥ぐ村雨。
「あれは西島だな。……となると、もうすぐか」
「そうなの? 何だかワクワクしちゃうな」
それから30分程経ち、船が着岸し下船が開始された。
「と~ちゃ~く」
「コラ。ちゃんとマットの上を歩きなさい。大切な事だからな」
「いっけない」
村雨が戻ってマットに靴底を浸す。外来種を持ち込まない為にブラシで泥を落とし、海水に靴底を浸す事で種子の発芽を抑える。自然を守るには重要な事だが、世界遺産登録当初は『靴が濡れるの嫌』という人がマットを避ける事も多かった。最近は避ける人が少なくなったらしいが。
二人で宿からの迎えを探し程なく見つける。宿の看板の下に行き、名前を確認してもらう。
問題なく済んだということは、無事書き換えと振込が終わっているという事で、大淀に改めて感謝する二人。
チッキで預けた荷物を受け取ると
「ではお荷物を持ってこちらの車へ」
と案内される。
宿に案内され、部屋に入る。
ベッドと水回りを確認し、荷解き。
「ねぇ、提……憲広」
「どうした? いきなり」
「ん。今更だけど私達ってどう見えるのかなって。どう見ても親子には見えないと思うんだ、私達」
「そうだろうね。訳ありとは思われていそうだ。……親子に見えないなら」
男が茶目っ気を出し、
「村雨の私服姿は大人びているから年の差婚か。位には思われるかもな。詮索はされないだろうけど」
村雨を揶揄う。
「年の差夫婦か。……良いかも」
「ん? 何か言ったか?」
「別~にぃ」
「ま、子連れ結婚の親子って見られるのが現実的だけどな」
「……詰まんないの」
宿の送迎車で街中に出て昼食をとる二人。
「t、憲広。どこに行くの」
「村雨、お前、急に大胆になったな」
腕を絡めてくる村雨を見て若干戸惑う。
「良いじゃない。どっちにみられても。本土の知り合い居ないでしょ?」
「まあ、今更だしな」
「それで、憲広さんは、村雨をどうエスコートしてくれるのかな?」
「……駆逐艦を
「私じゃご不満?」
「いえいえ。……まぁ、まずはコーヒー買えるか確認かな?」
「え? いきなりお土産? 気が早くない?」
「ボニンコーヒーは人気だから、ここ10年一度も買えないんだ。……この時期、買えるといいんだが」
ボニンコーヒーを取り扱う店に入るとコーヒーの在庫を確認するが、やはり品切れであり、9月過ぎの販売になるという事であった。
「残念。私は飲めないのか、コーヒー。種は買って貰ったけど、育つかわからないし。残念だなぁ」
「ん? 飲めないなんて言ってないぞ。これから軽く腹ごしらえする喫茶店で飲めるから」
「そうなの? 良かった。じゃ、行こ行こ。早く」
男の腕を引いて行く村雨の姿に道行く人からは、温かい視線が投じられていた。
「ここ? ハートロックってお父さんがいつも泊まってる宿でしょ? ここにあるの?」
「言わなかったか? 喫茶店と土産屋も併設されているって。というわけで、喫茶店で腹ごしらえだ。村雨、何か食べたいものあるか?」
「えっと、良く分からないからお任せ」
「なら……。あ、新製品出てるのか。なら、このスパイシーサメバーガーと普通のサメバーガーと小笠原コーヒーを二つ」
「え? サメ? 鮫って食べると臭いよね? 食べて大丈夫なの? 後、ボニンコーヒーと小笠原コーヒーって違うの?」
「ああ、ここのサメはオナガザメを使ってるからね。臭みなんてないから美味いよ。淡白な味だしどちらかというと白身魚系かな。後コーヒーは同じものだよ。ボニンは小笠原を現した辰巳無人島の無人からなまったものだから。お。来た来た」
食べ終えた二人が次に向かうのは。
「うわぁ。急な階段。全部で何段だろ」
「数えてみるか? お詣りするしな」
「良し。数えてみるね。1、2、3、……」
途中の踊り場に差し掛かった時、男が村雨の肩を掴む。
「きゃ! なに?」
「しっ 静かに。……アカガシラカラスバトだ」
「え? あの前にいる鳥?」
「そう。カメラカメラ。……村雨も撮っておいたらどうだ?」
「あ、羽根を広げてる。日向ぼっこかな?」
二人で暫く眺めていると、突然羽ばたき頭上を飛びすぎる。
「うわっ」
「きゃっ」
二人が振り返ると枝に止まっているアカガシラカラスバト。
ビックリしたと二人で顔を見合わせクスクスと笑い合い――。
「あ、今何段だっけ。忘れちゃた。数え直し?」
「ほら行くぞ」
「あ、待ってよ」
無事お詣りを済ませ階段を下り、ビジターセンターにアカガシラカラスバトの目撃を報告するかと考えていた男の耳に微かな音が聞こえてきた。隣を見ると村雨が頬を染めている。
「なんか食べに行くか。ハンバーガーだけじゃ腹減るしな」
「うん」
腕にしがみつく村雨であった。
2018/08/20追記:麓から神社までの段数はメモによると54+60+82でした(メモ出てきたけど多分間違っている。ハト見た最初の踊り場まではあってると思うけど……。段数ご存知の方、教えてください)