「ここだ、ここ」
「ここって……。何だか高価そう」
暖簾が掛かった小料理屋風の構えを見た村雨。
「値段相応かな。来る度に入っているから大体の値段はわかる。だから安心しなさい」
「はーい。じゃ、入ろ」
店に入りカウンターへ。
メニューを渡されるも、さっさと決める男。
「えっと、島寿司と亀玉と亀刺し………後は、アカバの姿揚げと味噌汁を二人分。あ、スターフルーツも二人分で」
少々お待ちくださいと待つ事暫し。
「亀って食べられたの?」
そんな村雨の疑問に店主が亀料理について説明する。
亀料理の歴史、島の煮込み料理などの食文化、捕鯨が禁止された時に亀食も禁止となり小笠原が世界遺産に指定された時に亀料理が問題になった事、亀の保護活動も盛んであったことから食文化として問題なしとなった事――。
店主の説明を聞きながら男がふと後ろに視線を投げると、小笠原を扱った番組の海洋センターの保護活動の場面が放映されていた。
店主が、
「保護動物程、美味しいんですよ。カメ美味しいでしょ」
と冗談を飛ばし、居合わせた客が数名、男も含め苦笑する。
「うん。この亀の玉子って、濃くって美味しいね」
村雨は玉子を気に入った様子で、もう一皿追加していた。
島寿司を食べ終えていた男に、店主が
「お客さん、ずいぶん長くいましたね」
と声をかける。
「え? 今日来たばかりですよ。次の便で帰る予定です」
「あれ、去年もいたよね」
「ええ。いつもは9月なんですけどね」
「ああ、だからずっといたように見えたのか。あれ? 今回は一人じゃないの?」
「ええ。これと一緒です」
「お、隅に置けないね、こんな綺麗な娘さん捕まえたのか」
「アハハ」
店主の軽口に苦笑する男。その隣で顔を赤くしている村雨に、店主から二言三言声がかかる。
デザートのスターフルーツを食べ終え、店を後にする。
「んー満足満足」
軽く伸びをして周囲を素早く見回す村雨。誰もいないことを確認し男に腕を絡める。
「ね、憲広。次はどこ行くの?」
「ん? ビジターセンターに行くよ? アカポッポ見つけたから報告しないとな」
「アカポッポ?」
首を傾げる村雨に、言い忘れていたかと男がアカガシラカラスバトの通称だと説明する。因みにアカガシラカラスバトの若鳥はクロポッポと呼ばれている。
「え? 報告義務あるの?」
「義務じゃない。報告された情報を元にデータベース作っているらしいからな、協力しないとね」
「じゃ、行きましょ行きましょ」
村雨に腕を取られながらビジターセンターに向かっていると、内地に比べて随分涼しいと感じる。
先ほどの店でも言われたが、内地はサウナ状態で10分も歩けば汗でぐっしょりになるのに、ここではうっすらとしか汗をかいていない。村雨も気付いていたらしく、
「思ってた以上に涼しいのね、小笠原って。私たちの世界でも平和になったら行けると良いな。作戦中でも良いけどね」
「いや、こんなに涼しいのは初めてかな。いつもはもっと暑かったような気がする」
行幸記念の石碑と公園を過ぎ、建物が見えて来る。
「あ、こっちも良さそう」
そう言って浜辺に歩みを進める村雨。
「お~い。水着着てたか?」
「着てないけど泳ぐわけじゃないし、良いじゃない」
「別に良いけど、俺はビジターセンターに行くから。後で砂を落としてきなさい、砂まみれだと入れないからな」
「そうなの? じゃあ後で行こっと。良いよね」
「ん、良いよ」
村雨の頭に手を置く男。
「もう。また」
言葉とは裏腹にくすぐったそうな表情の村雨が男の手を振り払うことはなかった。
受付でアカポッポ――アカガシラカラスバトの目撃情報とその場所と時間を報告している間に村雨は小笠原の歴史を眺めていた。
「あ、山城さんだ」
模型に目を留める村雨。
「こっちは……天山と零式艦戦52型か。52型って此処にも来てたんだ」
「ふんふん。二式水戦に零式水上偵察機ね。水偵には皆よくお世話になってるね」
模型を見ながら歩みを進める村雨。
「あ、この辺は知ってるわね」
墜落した米軍の攻撃機や爆撃機の模型を見たり、開拓時代の住居や戦前の道具を見ていく村雨。教師の年収が約800円、総理大臣の年収が約8000円の時代に戦前の島民の平均年粗収入が漁師で4500円以上、農家で7000円以上と比較的豊かであった事や疎開後は殆どが困窮し昭和28年には疎開した島民の85%が生活困難世帯になった事、戦後生まれた子供達も返還後に英語から日本語に言語が変わったことで言葉に苦労した事などを説明したパネルを読み進めるうちに村雨の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「……ごめんなさい」
村雨の様子がおかしい事に気がついた男がそっと近寄る。
「どうした?」
浮かぶ涙をそっと拭い、肩に手を置き抱き寄せる。
「うん、何でもないの。ちょっとね」
「そうか」
頭をひと撫でし、そっと離れる男。
村雨は暫くその場に佇んでいた。
暫く返還50周年記念の写真展や島民が未だに帰島出来ていない硫黄島の戦前の写真パネル等を見て過ごし、建物を後にする。
目の前の砂浜に移動して並んで腰を下ろし見るともなしに海面を見つめる。
「さっきはごめんなさい。びっくりさせちゃって」
「気にすることはない。艦の記憶でも思い出したんだろ?」
無言で頷く村雨。
「何かの切っ掛けで、急に蘇って来るんだよね。山城さんと違って私はそんなに小笠原には縁がないと思ったんだけどね」
「そうか。小笠原出身の乗員でもいたのかな」
「いてもおかしくはないのかな」
お互いに無言のまま時間が過ぎる。
「行こ、t、憲広」
暫くして立ち上がり砂を払う村雨。手を伸ばし男を引っ張り上げる。
「……なぁ、村雨。普通逆だよな。男の立場がないんだが?」
仏頂面で零す男に笑みを浮かべ
「良いじゃない。たまには。ね?」
そう言って身体を翻す。
大通りの物産店を覗きながら買い物をする二人。序でに土産も買っておこうと土産物屋――MARUHIと隣のアサヒ薬局に立ち寄る。
「えっと、ラム酒ゼリーに、グアバジュース。バナナに、シャシャンポ? あ、このパックも良いかな。ビスケットに、グミに、塩は……いいか。那智さん達にはお酒が良いかな。……深海熟成ラム酒にゴールドラム酒? どっちも5000円もするの? でもゴールドは10年物か……良し、買っちゃお。金剛さん達は……あ、この返還50周年記念Tシャツ良いかも」
持ちきれるのかと疑問に感じる量の土産を次々と買い漁る村雨。精算時に店員が隣の男に気の毒そうな視線を投げる。
「――円になります。2000円以上お買い上げなのでこちらのエコバッグをサービスでおつけします」
抱えきれない程の土産を購入した二人が人目につかないところに移動する。村雨が艤装を展開し装備のドラム缶に次々と土産物を投入して行く。
「……便利だな、このドラム缶。島から帰る時に俺の土産やトランクも入れてくれないかな」
「良いよ。ただ、私の分とは分けてね」
「おっと。買い忘れた。村雨、ちょっと先にB.I.T.C.――Bonin Islands Trading Company――(小笠原生協)でカップ麺と缶詰選んで置いてくれ。台風ができてるらしいから念の為な」
そう言って男が農協に行くと村雨もBITCに向かう。
「えっと……カップ麺はこれかな。缶詰は……。SPAM? これと、サバ味噌とイワシで良いか。……あ、デザートチーズがある。これも買っちゃお。お父さん、まだかな」
肩が叩かれ振り向く村雨。
「待たせた。何買った? ……もう2個くらい買って置くか。余ったら船で食べても良いしな。あ、飲み物忘れてたな。こいつも買っていこう」
追加してカップ麺を購入し、歩いて宿に向かう。
戦前に掘られた清瀬隧道を抜けると水産センターの目の前に出る。
「寄ってくか?」
「何がいるの?」
「小笠原の海洋生物だな」
「亀とか?」
「亀は海洋センターだな」
「そっちの方が見たいかな」
「う~ん。今回は厳しいかもな。台風次第だけど。明日は祭りに行く予定だしな。明後日には台風直撃らしいし。村雨だけで行ってくるか?」
「冗談? 一人で行ってもつまらないもん。台風かぁ。行けなかったら仕方ないか」
水産センターを素通りし、一路宿に向かう。
「到着。あ、飲み物買って行くからちょっと待って」
鍵を受け取り部屋に戻る。
生協で購入したアルコールやタイから輸入されたタピオカ入りのココナッツミルクドリンクやアメリカから輸入されたグアバ入り果汁飲料などを冷蔵庫に詰めて行く。
「村雨のアルコールも買ったし、夕食にアルコールは頼むなよ?」
「えぇ。せっかくの旅行なのに」
「ダメ。見た目未成年には飲ませられません。船の中を思い出せ」
不満な表情をした村雨だったが、渋々納得する。
夕食時――宿のオーナーから思いがけない言葉が発せられる。
「台風が近づいている為、このまま行くと27日東京発の便が欠航する恐れが非常に大きいです。7月27日の便が欠航した場合ですが島を出るのが8月1日の便になります。欠航が決まり次第、島の防災無線から連絡がありますので聞き逃しのないようにお願いします。それと延泊される方いらっしゃいますか?」
その言葉を受け、あちこちから質問の声と延泊希望の声が上がる。
「まいったな……。どうする?」
延泊の希望をした男が村雨に問いかける。
「どうにもならないよね、これ。……鎮守府には31日昼までに戻るように言われているけど。……どうしよう」
「俺は何とかなるけど、村雨は拙いか? 大淀達に連絡は……無理か」
頷き、微かに不安な表情を浮かべる村雨の頭を一撫でし、
「謝って済むものなら一緒に頭下げてやるから」
その言葉に困ったような笑顔を浮かべる村雨。
「うん。……気にしてても仕方ないよね。美味しいもの食べて、忘れちゃお」
(……どこぞのSFじゃないが問題は、期日を過ぎて帰ったら戻れなくなっていた。なんてなっていたらどうするか、だな)
夕食を済ませ、部屋に戻った二人
「林檎のコンフォート美味しかったね、憲広」
「うん。あれは美味かった」
「あっちでも間宮さんに作ってもらおうかな」
まったりとした時間が過ぎ――。
「そろそろ寝るか。村雨、どうする?」
「え? うん、……寝ようかな」
ベッドに潜り込む男の脇に入り込もうとする村雨。
「おい。朝言ったよな」
「……添い寝してほしいな、お父さん」
「……添い寝しないと眠れない年じゃないよな。今朝まで添い寝してなかったよな」
「ケチ」
プイッと頬を膨らませ隣のベッドに潜り込む村雨。程無く寝息が聞こえてくる。
ベッドから身を起こし、その寝顔を覗き込む。
「全く。綺麗な寝顔だよな。不安なんだろうが、添い寝なんかしたら理性が持たんわ。すぐに別れるんだから、そういう事は、な」
そう呟き、村雨の顔にかかる髪を梳くと自分のベッドに再び身を沈める男。
――直後に目を開けた村雨に気づく事はなく。