バスに滑り込んだ二人。
「ねえ、ほんとにこの雨止むのかな?」
雨に濡れた身体を拭きながら村雨が傍らの男に問いかける。
「どうだろうなぁ」
そんな会話に乗り合わせた島の人達から声が掛かる。
「お二人さん、観光客?」
「ええ。貞頼祭の見物に行こうかと」
「ああ、いいねぇ。でもこの雨だもんねぇ。中止の放送はないからやるとは思うけどね」
「大丈夫よ。貞頼さんの時は絶対雨止むから」
「とにかく行ってみればわかるわよ、私たちも行くんだから」
バスが境浦に差し掛かると雨の勢いが弱まり、扇浦への最後のトンネルを抜けるとすっかりと小ぶりになっていた。
「ほらね」
やがてバスが扇浦に止まり、乗り合わせた人たちが次々と降りていく。
「ここからどうするの?」
周囲を見回し村雨が問いかける。
「ん? 9時からか……。今が8時半だから、ちょっとあるなぁ」
そう言いながら男が小笠原神社への参道を眺めていると、三々五々法被を着ている関係者がテントや神輿を神社へと運び上げていく。
「先に神社にお参りするか」
二人で神社へ詣でる。
「この細い葉っぱ、滑るね」
村雨が参道に溜まっている細長い葉を指さす。
「ん? ああ、モクマオウか。トクサバモクマオウだったかな? 葉っぱが分解されにくいらしいから、結構積もるんだよな。ほら、海岸のあれもそうだし」
「あ、ほんとだ。あんな所にあって枯れないの?」
「聞いた話だと、あの木は塩やシロアリにも強いらしいよ。腐りにくいし、成長が早いって戦前に薪にするために植えたらしいんだけどね」
「そっか。今じゃ薪なんてそんなに使わないから、増える一方なんだ」
「そう言う事。伐採もあちこちでやってるらしいけど、住宅街じゃやってないんだと。あ、ここで去年はアカポッポ見たんだよな」
「今年はいないのね。人も多いから隠れちゃったのかな?」
そんなことを話しながら、開拓の碑を見て男が村雨に読めるか問いかけたり、島バナナの木の説明文を読んだりしているうちに境内へと差し掛かる。
「あ、結構集まってるね」
「へぇ、初めてここが開いてるの見たなぁ。んじゃお参りしますか」
二礼二拍一礼でお参りをすると、次第に関係者と思しき人々が参拝に訪れて来た。
「もう始まるみたいね」
「そうらしい。ちょっと待ってるか。しっかし……本当に晴れてきたなぁ」
空を見ると雲の間から太陽が顔を覗かせている。
「本当に晴れてきた」
9時も過ぎると制服を着た海上自衛隊員や警察関係者、村の関係者も参列し、修祓と祝詞があげられ玉串奉奠とお囃子の奉納が行われる。
お囃子も終わると観光客も一緒に礼拝した後に直会の御神酒を振る舞われる。自分の後方からちゃっかり列に並ぶ村雨を確認し、苦笑を隠せない男。
「成人して……いる、よね?」
お神酒を手渡す前に年齢を確認されるも、
「はい。一月前になりました」
と村雨が笑顔で答えると、盃が渡される。
盃を傾け返すと男の隣に戻る。
「……お前なぁ」
「え~。良いじゃない。お祭りなんだし、縁起物でしょ?それに私、艦娘だし。竣工して20年なんてとっくに過ぎてるもん」
最後の方は男の耳元で秘かに囁く。
「あ、お二人さん、来てたんだね。相変わらず熱いねぇ」
土産物を購入した序でに祭りの詳細を教わった店――MARUHIの店主が二人を見つけ、男の背をバシバシと叩く。
「アンタら、あちこちで噂になってるよ」
妙な事を言われたとばかりに男が目を瞬かせる。
「アンタ、いつも九月頃一人で来てたのに、いつもと違う時期にこんな可愛い娘と一緒に来てるからね」
店主の続きにそう言う事かと納得するも、有名人でもない只のおっさんがそんなに覚えられているものかと疑問に感じる男。
「アンタ、もう十何年も同じ時期に来てるだろ、その帽子姿で。そりゃ覚えられるさ。センターの子とあそことあそこの店主が話題にしてたよ。未だ店に行ってないんだろ? 後で行っておやり」
来島する度に通っている店の名前をあげる店主。そう言われれば今回は未だ行ってなかったなと気が付き、後で行きますか。と男が呟く。
「じゃぁ、楽しんでおいで」
そう言い残し、店主が笑顔で立ち去る。
「始まるみたいよ、お神輿」
村雨のその声に振り返ると、揃いの法被を着た担ぎ手の他に背広や制服姿の関係者も一緒に神輿を担ぎあげている。
掛け声とともに坂道を降り、声が遠ざかる。
「あれ? 行かなくて良いの?」
動かない男に疑問を抱き振り返る村雨。
「御朱印頂いてからな」
そう言うと男は御朱印帳を掲げる。
「あ、そうか。そっちもあったわね」
「そ。ここの御朱印は年1日しか頂けないからな。今日だけなんだ」
「へぇ。今日だけなんだ。貴重なのね」
暫く後に御朱印を頂き、神社を後にする。
海岸のレストハウスでは神輿が二基、白や赤と言った島の草花で装飾され、いかにも南国を思わせる飾り付けになっていた。
「うわ~綺麗」
そう歓声を上げ、村雨が神輿に近付く。
飾り付けを奨められ、早速飾り付けをしている人たちに交じって楽しそうに花々を神輿に飾りつける村雨。
「良いお嬢さんじゃないか」
そんな楽し気な村雨を見ている男に声が掛けられる。
「あ、お久しぶりです」
声の主は何時も参加しているツアーの船長。その姿を見て挨拶を交わすも、ふと思う。
「あれ? 船長、台風養生は?」
「ん? これからやるよ。毎年貞頼さんには顔を出すんだが、見たことのあるでかい身体があったんでな」
男に手を振る村雨を見て
「何だ? ついに新婚旅行もここか?」
「アハハ、だったらいいんですけどね」
「違うのか? 傍から見てるととても違うとは見えんが。……まさか」
男を軽くにらむ。
「浮気や遊びはいかんぞ? そういう奴は俺の船には金輪際乗せん」
「手も出してないので浮気や遊びでもないんですけどね。知り合いの
「ほんとか? 只の知り合いというには随分親しげだな。……訳アリか?」
「まぁ……。ちょっと」
言葉を濁す男に
「色々ありそうだが、部外者からは何とも言えん。ただ、悔いのないようにな」
ポンポンと男の肩を叩くと、
「ほれ、煮込みだ。お嬢さんと食べろ」
そう言って亀の煮込みを二椀差し出す。
「しっかりやれよ」
そう言い残しあいさつ回りに出かける船長。
「あ~楽しかった。あれ? それなに?」
「ん? ホレ、亀の煮込み。食べるだろ」
「うん。もちろん。……えっと」
箸を取ったものの、その見た目から躊躇する村雨に煮込みをかき込んでいる男が映る。
恐る恐る箸を伸ばし口に入れる村雨。
「あ、美味し」
「うん。美味いよな。この祭りの亀の煮込みが一番美味いって農協で聞いたけど、たしかに美味いわ、これ」
亀の煮込みは生臭いと思っていた男。だが、この煮込みはどう処理しているのか臭みが全く消え、牛や豚とは違ったモツの弾力と旨味が引き立っている。
「……ちょっと行ってくる」
「あ、私も」
レストハウス横の配布所に並ぶ二人であった。
「関係者集まれ~」
そんな声とともに関係者が集まり、神輿が担がれる。
ドッコイ ドッコイ ドッコイ ドッコイ
掛け声とともに坂道を進む神輿。
坂道の途中から扇浦でも比較的新しい建物が並ぶ地区に入る。
あちこちの建物から水が掛かる。
「すごいね、水があちこちから撒かれてる」
そんな風に神輿の後ろを他の観光客と一緒について行く二人。
時々観光客が神輿の担ぎ手に引っ張られる。
笑ってみていた二人だったが――。
「ちょいとアンタ、入りなさいよ、荷物は持っててあげるから」
そんな言葉と共に神輿の担ぎ手に引っ張り込まれる男。
ずっしりと肩に重みが圧し掛かる。
(思ってた以上に重い……)
数10mも進む内に、誰か交代してくれないかと周囲を見回す男に笑顔で囃し立てる村雨がうつる。
(もうちょっと頑張るか……)
水が彼方此方から掛かり、神輿が揺さぶられる。
ドッコイ ドッコイ ドッコイ ドッコイ
(肩が痛い……)
「ホレ、もうちょっと。頑張れ」
関係者から声が掛けられる。
それから暫く後、休憩となり――。
ヘトヘトになり、座り込む男に
「お疲れさま。よく頑張りました」
村雨が男の首筋に缶ビールを当てる。
「お、ありがとう。これは?」
「みんなに配ってるから、貰って来たの」
村雨も手に持った缶ビールを開け二人で飲み干す。
「途中から前に入ってきたおっさん、もうちょっと頑張って欲しいよね~」
そんな声が聞こえてくる。
顔を上げると、男の前後で担いでいた10代後半から20代前半と思われる女性グループだった。
「そうそう。背丈が違うからって腰曲げちゃってさ。あれじゃ力入らねえっての」
「まぁ、あっちの外国人も同じだけどね。あっちはイケメンだから許しちゃう」
そんな言葉を最後に笑い声があがる。
「……ちょっと一言言ってくるね」
そんな村雨を留める男。
「仕方ないわな、実際ヘトヘトだしな」
「でも」
そんな二人に法被を纏った関係者から声が掛かる。
「おお、ご苦労さん。よく頑張ったな。ちと頑張り過ぎたんじゃないか? 明日は筋肉痛だぞ。頑張ったのは、コレか」
そう言って小指を立てる。
「いや、20年ぶりに担ぎましたよ。良い経験でしたけど、肩痛いですね」
苦笑する男。
「そりゃ疲れたろ。これでも飲みな。アンタも」
そう言ってビール缶を手渡し立ち去る。その先には同じように神輿を担いでいた観光客の姿。
「村雨、今度は担いでみたら?」
「うん。そうしてみる。……あの子たちに目にもの見せてやるんだから」
「ほどほどにな」
休憩も終わり休憩場所を提供した宿のオーナーに礼を述べ神輿が再び担がれる。
「村雨は……あ、いたいた」
先程の女性達の間で担ぐ姿があった。
ドッコイ ドッコイ ドッコイ ドッコイ
威勢のいい掛け声が上がる。
坂道を下り、上り坂に差し掛かる。
何度か神輿が揺らされる。
「さっきより勢いがあるね」
観光客やカメラマンから声が上がる。
「うん、右のほうが揺れ幅があるかな?」
(……村雨、頑張ってるな)
周囲の声を聞きながら村雨の姿を探す男。
そこには若干肩を浮かしながら、腕だけで神輿を揺らす姿が。
「ちょ! なに? この娘、すご」
「嘘、持てな!」
「なんなの」
一緒に神輿を担いでいる外国人観光客の肩に合わせ腕を上下する度に周囲の担ぎ手が引っ張られる。
「おっと、この動きについて行けるのか、お嬢さん。おい手前ら! 負けんじゃねえぞ」
おうっと男衆から声が上がる。
ドッコイ ドッコイ ドッコイ ドッコイ
掛け声にも力が入り、一段と揺れが大きくなる。
「もうダメ……」
「あ~ついていけない」
そんな声とともに女性たちが手を放し、担ぎ手が代わっていく。
「ほらほら、あんたも入りなさい」
男も村雨の後ろに引っ張られる。
後ろを振り返り微笑む村雨。
「ほらほら、一緒に、ね」
ドッコイ ドッコイ ドッコイ ドッコイ
周囲の建物から水を浴び、神輿は坂を下り海辺に出る。
水をたっぷりと浴び、神輿の担ぎ手の服はぴったりと体に張り付いている。
再びの休憩があり、二人でビールを飲んでると法被を纏った関係者から声が掛かる。
「二人とも頑張ってるねぇ。どうだい、二人で参加した感想は?」
そんな問いかけに村雨が
「え? やっぱり二人で担げるって良いですね。これからも一緒に担ごうね、ね?」
そう言うと男の腕にしがみつく村雨。
そんな姿に周囲から冷やかしの声が飛ぶ。
やがて扇浦のレストハウスに神輿が戻る。
「ここで一旦昼食にしま~す」
そんな声と共に神輿が下ろされ、ビールやスポーツドリンク、麦茶や亀煮・赤飯等が振る舞われる。
「は~い。亀の放流会はこっちで~す」
そんな声が聞こえ、村雨が
「ちょっと行ってくるね」
と浜辺に降りる。
男が亀煮を片手に浜辺の様子を見てると、
「あれも20年後にはこうなるんだよなぁ」
といった声が傍らで起こる。声のした方を向くと亀の煮込みを持った男性が笑いながら浜辺を見ている。
「子ガメが放されて20年回って産卵する。そして亀漁で捕まってこうなって俺たちに美味しく食べられる。孵化した子ガメはまた放されて。と、美味しいサイクルだな」
その声を受け周囲で苦笑が広がる。
次第に雨がぽつりぽつりと落ちてくる。
亀の放流会が終わる頃には雨脚が次第に激しくなっていた。
「まいったな。もう傘いらないと思ったんだが……」
次第に激しくなってくる雨に、神輿はと見ると人が再度集まり、反対方面へと担がれ進む。
「今回は担げないなぁ」
とバックの御朱印帳を濡らさないように傘を開く男。
「う~ん。私も良いかな。あ、私も入れて」
と村雨が男に寄り添う。
「傘あるよな」
「良いじゃない。そんな気分なんだもん」
「はいはい」
神輿を見送る二人。
「あれ? お二人さん、休憩?」
お囃子を担当していた関係者が声をかける。
「ええ。これがあるもんで」
と御朱印帳を掲げる。
「ああ、それは濡らせないね。まだ亀煮あるから食べてなよ。後は神輿の海入りだけだし。見ていく?」
「できれば、見たいですね。バスの時間は……14時13分か。ちょっと厳しいかな?」
「う~ん。台風も来てるしね。店とか閉まっちゃうから、二人もお土産とか早く買っといた方が良いね。ま、ぎりぎりまで待ってなよ」
そんな声を最後に、お囃子も神輿の方へ出かけていく。
どうしようかと雨を避けレストハウスに避難していると村内放送が入る。
欠航確実と思われたおがさわら丸が、引き返す可能性もあるという条件付きながら出航する予定との事だった。
耳を澄ませ放送を聞いていた村民から、「まじか、よくその決定出たな」とか「いや、途中で引き返すだろ」といった声が上がる。
「どうかな? 来ると思う?」
「台風が今の進路だとな。途中で引き返すか、良くても1日は遅れるんだろうな」
「そうだよね。……31日に間に合うかな?」
微かに不安そうな表情をする村雨の頭を軽く男が撫でる。
暫くすると、神輿が返ってくる。
「子ども神輿が最初か」
子ども神輿は浜辺に近付くと浜の方に向きを変える。
「お、海に入るかな?」
「行こ行こ」
二人が浜辺に降りると、神輿が海に向かって進む途中であった。
「うわぁ。すごいね。ほんとに海に入るんだ」
カメラに収める二人。
「うん、鎮守府に戻ったらみんなに見せなくちゃ。……あっちでもできるかな?」
呟く村雨の頭を一撫でし、
「さて、大人の方は……」
と振り返る男。
「止まってるね」
「ああ。止まったな」
時計を見ると、バスが来る時刻。
「う~ん。時間切れかな」
「う~ん、残念。
そう海と神輿を見遣り2人がバス停に急ぐ。
「それにしてもひどい雨」
「全く。祭りが終わりに近づくと雨が激しくなるって、天気が良かったのは貞頼さんの神通力かね」
バスに乗り込み、そう祭りを振り返る二人であった。
「このまま宿に帰るの?」
「いや、買い忘れがあるから、
「は~い」
バスの窓から外を見ると激しく雨が打ち付けていた。
歪んでいる写真は動画を切り出して加工したものだからです。見難かったらごめんなさい。